重なり合った葉の僅かな隙間から差し込む陽光を遮るようにリヴァイは顔を右手で覆った。
手の甲に感じる光は温かいのに、心の中はブリザードが吹き荒れている。
今回の壁外調査は最悪の結末で幕を閉じた。
予想外の天災に見舞われたとはいえ犠牲者の数は凄惨を極めた。その戦死者リストの中にはファーランとイザベルの名前もあった。死亡を確認しただけで遺体はない。
連れ帰って埋葬してやることすらできなかった。
形だけの墓には二人が生前使用していた衣装が遺体の代わりとして納められている。
最後まで、結局最後までファーランと和解できないままだった。




ごろつきの初恋




あの時、ファーランとイザベルのそばにいたら。
あの時、もっと早く戻っていたら。

(あの時……くそっ!)

どれだけ後悔しようが結果はかわらない。死亡は死亡だ。それでも自分なら二人を巨人から守ってやれたはずという事実がリヴァイを苦しめた。
誰か助けてくれ。
叫びたいのに声が出ない。
誰もリヴァイの心の悲鳴に耳を傾けてくれない。リヴァイは孤独を噛みしめ、ただ、この心の痛みを時間が解決してくれるのを待つしかなかった。

(これが……地獄ってやつなのか?)

想像する未来は暗闇に包まれ、足の爪先から冷気を感じた。
その中を、ただ宛てもなく彷徨いつづける自分がそこにいる。まさにリヴァイは深い闇の淵に落ちる寸前だった。
しかし突然救いは現れた。


「リヴァイ」


懐かしい声、そして左手にぬくもりを感じた。暗闇の中、微かだが光が見える。
その光は徐々に大きくなってリヴァイを包み込んだ。
その居心地の良さにリヴァイはそっと瞼を開けた。

「……誰だ?」

眼前にいたのはリヴァイが誰よりも必要とし、誰よりも傷つけ、誰よりもここにいるはずのない人間だった。

「……ハンジ」

夢なら覚めないでくれ。リヴァイは祈った。

「……リヴァイ」

ハンジは両手でリヴァイの顔を包み込むように触れた。確かな体温が、これが幻ではないと訴えている。リヴァイは泣きそうになった。



「ハンジ……俺は」
「聞いたよ、二人の事。残念だったね」
リヴァイはゆっくり上半身を起こした。
「泣いているのか?」
リヴァイはハンジの涙をそっと拭った。
「おまえも大切な人間を失ったのか?」
「違うよリヴァイ、あなたが泣かないから……泣けないひとだから」
「……俺の代わりに泣いてくれるのか」
諦めたはずなのに、もう終わったのに、血を吐くような思いで決意した別離だったのに、リヴァイはハンジの胸に顔を埋めていた。
ハンジはリヴァイの頭を包み込むように抱きしめてくれた。


「俺のくそみたいなプライドが二人を殺した」
「……そう」


ハンジは『あなたのせいじゃない』などと陳腐な言葉で否定しない。
相手が弱い人間ならばドライすぎるであろう彼女の態度は、自己弁護するつもりのないリヴァイには清々しいほどだった。
ハンジは慰めはしない。ただ肝心なことだけを簡潔に言った。

「でも二人は、あなたと一緒にいて幸せだった、それだけは本当だ」

永遠にわからなくなった疑問にハンジは答えをだしてくれた。


あいつらは、俺なんかと運命を共にして後悔しなかったのか?


「証拠だってある。これ」
ハンジは一通の手紙を差し出した。調査兵団の自由の翼の紋章がついている。
壁外調査の出発前に、団員たちが覚悟の表明として残していく遺書だった。
地下街出身で身内など皆無のリヴァイ達には必要ないはずのものだったのに、その遺書の差出人はファーラン・チャーチだ。
「これが届いた時は驚いたよ」
リヴァイは封筒を受け取り、ファーランの最後の意思を確認した。


『リヴァイはあんたのことがすきだ。ほんきなんだ。
あんたをりようするってのはオレだけのかんがえでリヴァイはほれてもないおんなをそのきにさせられるようなきようなやつじゃない。
うらむあいてはオレだ。オレだけをにくんでくれ。
どうかあいつのことはきらわないでくれ』


稚拙な文章だった。
お世辞にも上手とはいえないミミズが這ったような文体で、何度も書き直した跡が汚れとなって残っている。あげくに簡単なスペルですら間違っている。
ファーランが、まともな教育を受けてないことは一目瞭然だった。
リヴァイは、そのお粗末な文章を何度も目視した。
下手くそなはずの、その短い遺言を――。



「……あのバカ、最後まで余計なことを」
本当は嬉しいのにリヴァイは憎まれ口しかきけなかった。
「あなたにもあるよ」
まだ封が切られていない遺書、もしかしたらファーランは心のどこかで自分の死を予感していたのかもしれない。


『リヴァイ、おまえがこれをよんでるってことは、オレはもうしんでるってことだよな。
ほんとうにおまえにはわるいことをした。でもオレはおまえといっしょにとべてしあわせだったよ。イザベルもおなじきもちだったとおもう。
おまえはオレにとってたったひとつのじまんだった。いままでありがとう。
さいごにひとつだけオレのたのみきいてくれないか?
オレのこうふくリスト、おまえがひきついでくれ』

遺書と同封されていた紙切れには、やはり無教養な文章が書きこまれていた。

『巨人を全滅させる』
『浴びるほど酒を飲む』
『世界一の美女にキスをする』
『リヴァイとハンジ・ゾエをなかなおりさせる』
『ずっとちじょうでくらす』
『こうきゅうレストランではらいっぱいくう』
『みずしらずのこじにしんせつにする』
『だれもみたことのないけしきをみる』
『おおぜいのひとにかんしゃされる』
『かぞくをつくる』

「……やっぱり、大馬鹿野郎だ。あいつは」

リヴァイは顔を手で覆った。




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