「お、おはようリヴァイ」
「……ああ」
リヴァイとファーランの関係が実にぎくしゃくしたものとなってから一週間が経過していた。
鈍感なイザベルも、さすがに二人の間を流れる不穏な空気に気づき不安げな表情を隠さなくなっていた。
ファーランが声をかけてくれば返事はする。必要なことは協力しあう。しかし以前のように他愛のない会話を共有し始終行動を共にすることはできない。
訓練時間は共にいるものの休憩時間になると二人から距離をとり単独行動をとるようになっていた。
午前中の訓練を終えた頃だった。兵舎の食堂に入室すると何だか騒然としていた。最初は気にもとめずにテーブルについたリヴァイの耳にとんでもない話が聞こえた。

「ハンジが?もしかしてやばいんじゃないのか?」

リヴァイは反射的に立ち上がり、噂話の主の肩を両手で鷲掴みにしていた。




ごろつきの初恋




「どういうことだ!!」
「お、おい……ちょっと、待ってくれ」
「あいつに何かあったのか?!」
「お、俺も人づてに聞いただけで……く、詳しくは……」

リヴァイの迫力にたじろぎながら途切れ途切れに同僚が口にした言葉から得た情報はこうだ。
ハンジが訓練中にミスを犯し地面に落下。その時は軽い脳震盪と軽傷だけで済んだと思われたのだが念のため医務室に搬送され医師の診断がでてからというもの、付き添ったナナバの様子が異常だというものだ。
ぴりぴりして見舞いに訪れた仲間たちを扉の前で門前払い、話を聞きつけ駆けつけたエルヴィンに至っては公衆の面前で強烈な左フックの洗礼を受けたらしい。
仮にも上官に対して、あの冷静なナナバが、そんな非常識な振る舞いをしたのだ。ハンジの身に何かあったのだ、もしかすると命に関わることかもしれないと憶測が乱れ飛んだ。
リヴァイは同僚を放り出し猛スピードで医務室に向かった。



「だから何でもないって。たまりにたまった疲れとストレスが原因で長時間の睡眠が必要だって警告うけただけ」
「本当なの?じゃあ、どうして分隊長を殴ったりしたのさ」
「ストレスの原因を連れてきた張本人だからだよ」
「じゃあハンジは大丈夫なんだね。驚かせないでよ」
廊下の角を曲がる寸前に聞こえてきたナナバとリーネの会話はリヴァイの暴走にストップをかけた。
「じゃあ吐き気や微熱も疲労が原因なの?」
「……まあね」
ハンジは無事、その情報を得ただけで満足すべきだとリヴァイは己に言い聞かせ踵を返した。





その夜、小さな事件が起きた。
「……どうした、その情けねえ面は?」
リヴァイは膨れ上がったファーランの右頬を見るなり言った。
「あいつにやられたんだよ。あのナナバっていう色男に」
「ばか、イザベル!」
ファーランはイザベルの口を塞いだが、勿論手遅れだ。狼狽えながらリヴァイを見つめた。
「……どういうことだ?」
ファーランは覚悟を決め、イザベルから手を離すとその場に膝をついた。
「……悪かった、殴ってくれ」
「俺はどういうことだと聞いているんだ!」
リヴァイは激情のままファーランの髪の毛を鷲掴みにして恫喝したが、ファーランは動じない。
痛みを覚悟した奴に脅しは通用しない。それはリヴァイがごろつき時代に学んだ持論でもあった。



「話せ、イザベル」
ならば訊ねる相手を変更するだけだ。
「ファーランはあの女に会いにいったんだよ。でもさ医務室に忍び込んでろくに話もしないうちに、あの色男が入室してきてさ。ファーラン見るなり、すげえことになったんだ。そりゃもう地下街のファイトクラブみてるみたいで、すごいのなんのって。、ファーランを一方的にちぎっては投げちぎっては――」
「そこはいい。結果だけ言え」
「んー、ファーランは追い出された」
「ファーランは?」
「俺は見張りしてたんだけど見つかってさ。でも俺は大目に見てもらって少し話もした」
リヴァイは初めてイザベルを羨望の眼差しで見つめた。



「ファーラン、二度とハンジに近づくな。てめえも懲りただろう。窃盗団のリーダーだったくせに、その様だ」
「……所詮、巨人相手に死闘繰り返してきた野郎とごろつきとじゃ格が違うってことだよな。全然、歯が立たなかった。でも、おまえは俺とは違うから、あいつより絶対上のはずなんだ」
含みのある言い方にリヴァイの眉は不快そうに歪んだ。
「何が言いたい?」
「いいのか?本当にいいのかよ?」
ファーランは泣きそうだった。
「あのナナバって野郎は顔がいいだけじゃねえ。強いしフェミニストだし、彼女と同期で気心もしれた仲だっていうじゃないか。今の傷ついた彼女なら簡単に絆されるかもしれないぞ」
普通に考えればそれがベストに決まっている。学も財もないごろつきあがりよりも数倍ハンジにふさわしい相手がそばにいる。
だが嫉妬でどうにかなりそうだ。
どろどろした感情から意識を逸らすために、リヴァイは、もう一つの気になることに神経を集中させた。



「……イザベル、ハンジと話をしたと言ったな。何か言ってたか?」
「うん。またクッキー欲しかったしさ。俺が今まで食った食べ物で一番うまかったの、あのクッキーだもん。だから――」
「余計なことはいい。他に何を話した?」
「あのさ、すげえんだぜ。兄貴の……あ!」
イザベルは己の両手で口を塞いだ。
「おい、イザベル」
「……ごめん兄貴、忘れちまった」
あからさますぎる嘘だった。ハンジに口止めでもされているのだろうか?俺には近況すら知られたくないってことか?
心臓がしめつけられるように痛む。
「俺、本当に何も知らないよ。兄貴に隠し事なんてしないから」
イザベルは口は軽いが、それでも肝心なことは言わないだろう。うまいことハンジに餌付けされたらしい。
ハンジの心はもう自分にはない。覚悟はしていたが辛い現実をリヴァイは受け入れるしかなかった。それでも一つだけ確認したいことがある。

「……あいつは元気だったか?」

ナナバとリーネの会話からは大したことはないとのことだったが、それでも、やはり気になった。
「うん、心配するようなことないってさ。それに一年半も休職するっていってたよ。内地の自宅で静養するってさ」
「一年半休職だと?」
矛盾しているではないか、疲労と軽傷程度で、あの仕事の虫のハンジが一年半も調査兵団から離れるなんて考えられなかった。
もしや自分から離れるためにとも思ったが、ハンジは公私混同するような女ではない。第一、いくらエルヴィンが理解のある上官とはいえ、そんな個人的感情で一年半もの休職を認めるわけがない。
考えられる可能性は一つだ。リヴァイは呼び止めるファーランを無視してエルヴィンの執務室に走った。





BACK   TOP   NEXT