「リヴァイ、おまえ達は異動だ」
左頬を赤く膨らませたエルヴィンに、ファーランは自分も同じ状態だということも忘れ呆気にとられた。
イザベルは頬を膨らませて今にも飛び出しそうな笑いを必死に抑えている。
リヴァイだけは無機質に視線も合わさず、聞いているのかどうかもわからない態度だった。
しかし異動先の班名を知るなりリヴァイの目の色がたちまち変化した。
ハンジ所属の班から一番離れている班だ。壁外調査の陣形のポジションはもちろん、平素の訓練も別々となり、もうハンジとの接点が一切なくなる。
「……どういうことだ?」
勘が鋭いリヴァイは、その人事がハンジとの確実な距離をおくための処置だとすぐに気づいた。
「どういうつもりだ!」
反射的にエルヴィンの胸元をつかむと、青ざめたファーランが必死に制止をかけてきた。
「やめろリヴァイ!す、すみませんね分隊長さん。リヴァイは、ちょっと機嫌が悪くて、その……」
「ハンジのことか?」
エルヴィンは単刀直入に言った。
「おまえを入団させたの私だ。おまえの行動一つ一つが全て私の責任問題になる」
リヴァイは半ば愕然としたが、反面納得もしていた。ファーランですら気づいていたハンジとの関係をエルヴィンが把握してないわけがなかったのだ。




ごろつきの初恋




「もう終わったことなんだろう?個人間の問題に私はとやかく言うつもりはない。
おまえは、ただ兵士として職務を全うしてくれさえすればいい。だからハンジのことを責めるつもりも詮索もしない。ただし、今後一切彼女にかかわるな」
口調こそ穏やかだったが、最後の一言はリヴァイにとって最も冷酷な宣告だった。
昨日からリヴァイに一言も口をきいてもらえないファーランも、さすがにエルヴィンの決定に残酷な響きを感じ、「ちょっと、待ってくださいよ。いくら何でもそれは」と反論しかけた。
しかし、たちまちエルヴィンは反撃にでた。
「私に、これ以上譲歩させないでくれ!またハンジを泣かせるような事態になったら、私はナナバに顔を変えられてしまう!!」
リヴァイとファーランは、今回の件でエルヴィンまで制裁を受けていた事実を知った。未だに事情を飲み込めないイザベルが「十分、変わってんじゃん」と空気を読めない発言をし、ファーランが慌てて手でその口を塞ぎにかかる。
「……その怪我は俺のせいってわけか」
「おまえを責めるつもりはないと言っただろう。二度とハンジに近づかなければいいんだ。わかったね」
エルヴィンはため息をついた。
「ナナバはハンジの親友だ。立腹しているのはハンジではなくナナバの方なんだ。ハンジは部屋に閉じこもってしまい私でも様子が全くわからない」
その一言でハンジがどれほど傷ついたか理解できる。リヴァイは唇を噛みしめた。
「そういうことだ。おまえは巨人を倒すことだけを考えなさい」
リヴァイは思い知った。
もはや自分はハンジを傷つけるだけの存在でしかない。巨人を削ぐことでしか生存価値はないのだと。










月が闇夜を照らしながら西に傾いていたが、調査兵団の酒宴は終わる様子を見せなかった。
「よぉ、リヴァイ。どうした辛気くさい面をして」
調査兵一、酒癖の悪いお調子者ゲルガーがビールジョッキ片手にふらつきながら近づいてきた。顔は赤く染まり、酒臭い息を吐き散らしている。リヴァイは露骨に顔をしかめた。
「嫌なことでもあったのか?だったら酒が一番だ。ほら、飲めよ。俺のおごりだ」
差し出されたジョッキに並々とビールが注がれている。
「悪いけど、リヴァイは今はそんな気分じゃあないんだ」
ファーランが素早く間に入ってきた。
「もらおうか」
「え、リヴァイ?」
リヴァイは奪うようにジョッキを受け取ると、ぐいっと大胆に口内にビールを流し込んだ。口の端から収まりきらなかったビールが流れだし兵服を汚す勢いだ。
常に身だしなみには定評があるリヴァイの有様にゲルガーは「お、いける口じゃないか」とはしゃいだが、リヴァイがやけになっている理由を知るファーランは酷く狼狽しながら「頼むからやめてくれよ」と警告したものの、リヴァイは止まらない。



「おい次」
「そうこなくっちゃ」
すでにできあがっているゲルガーは際限なくリヴァイのジョッキにビールを注いだ。
リヴァイは止まらなかった。酒の力を借りてでも、忘れるものなら忘れたかった。
ハンジと愛し合った日々の幸福も、自分しか知らないハンジの官能的な肉体の魅力も、何より、あの日から脳裏に焼き付いて離れないハンジの涙も。全て忘れたい、忘れ去りたかった。
「リヴァイ、もうやめてくれ」
ファーランの必死の訴えもいつしか耳に届かなくなった。リヴァイは浴びるほど飲み続け、そのまま意識を失った。

『こんな奴、介抱してやることないよ』
『……リヴァイ』

(……誰だ?)

額にひんやりと気持ちのよい冷たさを感じた。
その手の感触は本当に心地よかった。










翌朝、瞼を開けると白い天井が視覚に飛び込んできた。
(……ハンジがそばにいてくれたような気がしたが。やはり、そんなわけなかったな)
見慣れている自室のものとは違う。ゆっくりと上半身を起こすと、ずきっと頭に鈍い痛みが走った。
「……くそっ」
こめかみを押さえつけ視線を泳がせると、左隣のベッドにそれぞれゲルガーが就寝している。リヴァイ以上の二日酔いらしく頭を押さえながら、ぶつぶつとうわごとを繰り返している。
「気がついたかリヴァイ?」
右側に顔の角度を変えるとファーランが心配そうな顔で椅子に座していた。
さらに見渡すと、向かい側にもいくつかベッドがあり二人の兵士が寝込んでいる。どちらも酒の臭いが抜けきってない。それらの状況から、途切れた記憶の先に何があったのか容易に推理できた。
「すまないリヴァイ!」
ファーランが勢いよく頭を下げた。
「おまえが我を忘れて酒なんかに飲まれるなんて……俺のせいだ、俺がおまえと彼女の仲を引き裂いたから」
今にも泣きだしそうな顔でファーランは必死に謝罪の言葉を繰り返した。
「……てめえだけのせいじゃないだろ。元々、俺とあいつとじゃ住む世界が違った。それだけだ」
「……リヴァイ」
「もう、二度と言うな」
「彼女に本当のことをいうよ。おまえとよりを戻してもら――」
「黙れ!!」
室内の壁が声の反響で揺れるのではと錯覚するほどの怒号に、ファーランはびくっと硬直し言葉を飲み込んだ。



「いってえ……静かにしてくれよ。頭に響く」
ゲルガーが目を覚ました。その顔色は最悪そのものだ。
「昨夜はやりすぎた……けど」
ゲルガーは胸ポケットから一枚の紙切れを取り出すとサイドテーブルに置かれていたペンで線をひいた。
「浴びるほど酒を飲む……完了、と」
そして改めてリヴァイとファーランを見上げると、「おまえらもやってみるか?幸福リスト」と、紙切れをひらひらさせながら言った。
「幸福リスト?」
返事する気にもならないリヴァイに代わってファーランが少しくいついた。
「俺たちの世代ではやってるんだよ。ほら」
掲げられた紙切れには、『カジノで豪遊する』『大勢の女にキャーキャー言われる』など、くだらない項目が10行書き込まれており、そのいくつかには横線が入っていた。
「俺らはいつ死んでもおかしくねえ調査兵だ。だから、人生を楽しもうって、死ぬまでにやりとげたい夢を10個決めて、それに日々挑戦してんだよ」
「思い残すことがないように?」
「そういう考えの野郎もいることはいるが、俺の場合は生き残るためだ。まだ半分もやりてえことをやってないっつーとだな、巨人を目の前にしても、今は死ぬときじゃねえってふんばれるんだよ」
実に前向きな思考だが、最愛の女を失ったばかりのリヴァイにとってはハンジなしの人生で喜びを探索するなど想像もできなかった。



「おまえらもやってみろよ」
ゲルガーは用紙を取り出した。
「『巨人を絶滅させる』『浴びるほど酒を飲む』『世界一の美女にキスをする』これははずせねえよな」
ゲルガーはすらすらと書き込むと、「ほらよ」と紙を差し出してきた。
リヴァイは言葉もなくそっぽを向いた。それが返事だと受け取ったゲルガーは「まあ、嫌ならしょうがないか」と紙を丸めてゴミ箱に投げた。
「おめえはどうする?」
「……俺は」
ファーランはリヴァイとゲルガーを交互に見つめたが、「そうだな、やってみるか」と受け取った。
「そうこなくっちゃ。ほら、あと七つ人生の目標を書き込めよ」
ペンが紙の上を滑る音が室内に静かに響きわたる中、リヴァイは目を閉じ二度と目にすることは叶わないであろうハンジの笑顔を思い出していた。






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