「ねえ、リヴァイは地下街以前、どこにいたの?」
リヴァイは毎晩のようにハンジの部屋で過ごすようになっていた。
体を重ねた後はハンジの話に耳を傾けてやっているが、他愛のない世間話から壁外調査に関する戦略、はては文化や科学にいたる講義じみた話まで相変わらずハンジのお喋りは実に幅が広く、かつ情事の後とは思えないほど色気とは無縁だった。
それなのに実に悪くない。その課程でリヴァイも知識や教養を得ることができる。口には出さないがハンジには教師の才能があると感心もしていた。
しかし本日のテーマは今までのものとは勝手が違う。お世辞にも他人に自慢して聞かせられる過去など持ち合わせていないリヴァイは一瞬躊躇した。
ごろつきの初恋
「話すのは嫌かい?」
リヴァイの気持ちを察したのか、ハンジは心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「……おまえに聞かせても感心するようなものは一切ないからな。それどころか俺に愛想つかすかもしれねえぞ」
「嫌なら無理とはいわないけどね。あなたのことは何でも知りたいと思ったんだ。私は何か疑問に思ったらとことん解明しなけりゃ我慢できない性分だし、それがあなたのことならなおさら」
「地下街以前……と、言ったな。どうして知っている?俺の生まれが地下街ではないことはエルヴィンも知らないはずだ」
「何となくだよ。団員たちの話じゃあ、ファーランもイザベルもそれほど長年つきあってるわけじゃなく、ある日、ふらりと地下街であなたと出会ったって事らしいじゃないか。
あなたほど強い人間、仲間になる以前から噂くらいあるはずだろ?でも、そうじゃない。だったらあなたは地下街で生まれ育った人間ではなく余所からやってきたんじゃないかって。どう、この推理いい線いってるかい?」
いい線どころか、その通りだ。
リヴァイはハンジの後頭部に手をまわすと引き寄せた。ハンジがリヴァイの胸部に頭を密着させる体勢になった。
「ファーランやイザベルにも話したことはねえ。俺のフルネームはリヴァイ・アッカーマン。ガキの頃は殺人のプロに養われていた」
「なかなか壮絶な過去だね」
「冗談だと思わねえのか?」
「冗談なの?」
「……いや」
こんな殺伐とした話をたやすく受け入れる。本当に変わった女だ、だからこそ、こんな過去を話す気になったのかもしれない。
「そいつに戦闘術を叩き込まれた。色々あって俺は逃げた。苗字も、その時捨てた。今の俺は、ただのリヴァイだ。
地上で逃げ続けるのは限界がある。だから、俺は地下に自ら落ちた。くだらねえ手段で食いつなぎ、ファーランと出会い窃盗団のリーダーに祭り上げられ、同じ頃、飢え死に寸前のイザベルを拾った。
生きるためなら何でもしてきた。窃盗を繰り返し、万事、暴力に訴えってきた。正式に裁判にかけられたら、俺の罪状は膨大なもんになるだろうな。
後はおまえがエルヴィンから聞いた通りだ。
ドジ踏んでエルヴィンにとっつかまって罪の免除と引き替えにここにきた」
我ながら波瀾万丈の人生だった。
「おまえが想像していた以上にろくでもない半生だろう?」
ハンジの気持ちが離れるのではないかという危惧もあったが、彼女が次に尋ねたことは予想外のことだった。
「……愛するひとは?」
「あ?」
「地下街時代、あなたには特別なひとがいた?」
その問いにはリヴァイはきっぱり答えを告げた。。
「いなかった」
即答するとハンジは嬉しそうに胸部に顔を埋めてきた。素直にかわいいと思った。同時にリヴァイも気になった、ハンジの過去に。
「そういうおまえはどうなんだ?」
「私?」
「俺だけ話すのは不公平だろう」
「それもそうだね。リヴァイにとっては平凡でつまらないものだと思うけどいい?」
「つまんねえかどうかは俺が決める」
「それもそうだ」
ハンジは笑い声をあげながら語りだした。
「私の家はウォールマリアの田舎に代々暮らしていた小領主家でね」
「おまえ、貴族だったのか?」
いきなり意外な出だしにリヴァイは表情こそ変えなかったが、内心驚いた。
「そんなたいそうなものじゃないよ。爵位をもってる本家の端につらなる家で、所有している土地だって自慢できるほどのもんじゃなかった。
内情は火の車っていう名ばかりの下級貴族さ。平民の地主や豪商の方が、ずっと裕福だったと思うよ。父は学者肌の人間で商人の娘を娶った。仮にも貴族が金に困って成金と婚姻関係を結んだって色々と噂されたらしい。
実際、持参金目当ての祖父と貴族の縁戚という名誉が欲しかった母の実家の利害関係一致の政略結婚だったのは間違いないしね」
地下街とは、また違う意味で生々しい話だった。
「でもね、両親は仲のいい夫婦だったよ。父は本の虫で、明るくて読書好きの母とは気があったんだ」
両親という単語は地下街では、ほとんど死語だった。
父親がわからない私生児どころか、親の顔も知らない捨て子すら珍しくはなかったからだ。
まともに育つ人間は、ほとんどいないといってい。
ハンジの温かい人柄は恵まれた家庭という土壌のおかげなのだろう。
それは喜ばしいことなのだがリヴァイは一つ気になった。
「……おまえ、後悔していないか?」
「何が?」
「仮にも貴族の娘が地下街出身の男と関係したら家族が嘆くだろう」
「できないよ。もう、いないから」
その一言でハンジはすでに天涯孤独の身だと判明した。
頼りになる身内もいないらしい。いれば調査兵団なんて止めるはずだ。
「あなたが気にすることじゃないよ。私はこの通りの性格で、物心ついたときから森を駆け回って親戚中から言われたものだ。『成金を母にもつような娘だから、あんな変わり者に育ったんだろう』ってね」
選民意識の強い貴族が考えそうなことだ。血を分けた同族に対しても冷酷な思いを抱くらしい。
「貴族の面汚しになる前に、さっさと適当な家に嫁がせてやろうって連中だったよ。でも、私は言いなりになるような性格じゃなかったし、どうせ一族のつまはじきなら、それにふさわしく生き抜いてやろうと調査兵団を目指したんだ」
「腹いせにしては危険すぎるな。巨人の腹の中よりはマシだろう?」
「それは誤解だよ。目的は壁外に出ることさ、学者だった父から子供のころから色々と教えてもらってたから、ずっと外の世界に憧れてたんだ」
ハンジは熱く語った。父親が禁書まで持ち出して聞かせてくれた壁内では想像もつかない絶景の数々を。
鳥が運んできた壁外の植物の種から芽生えた花の美しさ、特別許可を経て壁上から望遠鏡で除いた世界の壮大さを。
「あなただって壁外に出た人間なんだからわかるだろ?」
確かに地獄のはずの壁外の空気を味わった感覚は悪くなかった。それどころか感動した。
ただの地獄では終わらせたくない。
この広い世界で自由に生きることができたら、そう考えなかったといえば嘘になる。
「巨人を絶滅させたら……こんな狭い壁の中とはおさらばするのも悪くねえな」
「だよね。ねえ、一緒に世界を旅しようよ」
想像するだけで夢のようだった。それは人生の伴侶ってやつじゃないのか?
「不思議だよね。私たちって性格は正反対だけど根っこの部分は同じなんだ」
「かもしれねえな。だが、巨人をかわいいなんて一生思えなねえぞ」
生まれも育ちも関係ない。そんな壁、ハンジとなら簡単に乗り越えられる。
その時、リヴァイは確かに、そう信じていた――。
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