平静を装っているようだが、僅かに語尾が震えていた。
「……一応は」
対して俺は淡々と答えていたが、兵長ほど緊張してなかっただけで、実際は秘密の箱を開こうとしているような奇妙な感覚のせいで鼓動が早くなっていた。
「俺が誰よりも尊敬したひとだった」
短い一言に兵長は随分気力をつぎ込んでいた。
「15年前、おまえのお父さんは巨人との戦いで戦死した。彼は俺の直属の上官だったんだ」
調査兵は英雄だと語り続けた母。その英雄とは他ならぬ自身の夫、そして俺の父親だったというわけか。
魂の継承
「兵長が俺を特別待遇で入団させてくれた理由がそれですか?」
兵長は訝しげな口調で「どういう意味だ?」と訊ねた。
「俺みたいな問題児を入団させるなんてすんなりいくわけがない」
俺は自分を省みることはなかったが、周囲の評価を把握することはできた。自身が厄介な存在だと自覚している。
「憲兵団や駐屯兵団と、調査兵団は根本が違う。調査兵団はカビの生えた規則やしきたりより実力を必要としている。
おまえの立体起動の技術はずば抜けている上に座学だって教官が舌を巻くレベルだっただろ」
「だが俺は人格に問題あるんだろう?」
「完璧な人間なんていないさ。これから学んでいけばいい。俺が、おまえを一流の兵士にしてやるから心配するな」
兵長は、その悪人面とは違い情が深いひとだ。戦死したという俺の父親に今でも義理を感じているのだろう。
「お母さんは、お父さんのことを何て?」
突然、母のことをふられ、俺は俯き気まずそうに前髪をかきあげた。
暮らしと仕事と、何より俺たち兄妹の養育に追われ過去を振り返る暇もなかった母が、時折聞かせてくれた父。
「『父さんは立派なひとだった。誠実で真面目で責任感が強くて情が深くて優しい、いい男だった』、何度も聞かされましたよ」
男勝りだった母は普段から俺が悪さをすれば容赦なく頭をひっぱたく体罰上等な躾を実行していた。
しかし俺が近所の不良相手に暴力沙汰を起こしたときは手を上げず、ただ辛そうに、じっと俺を見つめた。平手打ちよりも精神的な痛みを感じたものだ。
そして、きまって母は同じ言葉を吐いた。悲しそうに。
「『顔はそっくりだけど、おまえは父さんに全く似ていない。父さんは理不尽な暴力をふるうような人間じゃなかった』と。
死んだ父は母に言わせれば完全無欠の聖人君子だったようで、俺は誰に似たのか短気で切れやすい傍若無人な人格破綻者。
母にしてみれば、手の掛かる問題児。それは、どこに行っても同じだったみたいだ」
「お母さんは、おまえにお父さんみたいな人間に成長してほしいと思っているんだろうな」
「……親子だからって似るものか」
自分でもわかってる。俺は欠点が多すぎるんだ。
父から受け継いだのは外見だけ、他には何もない。いや、なまじ顔が似ているだけに、より違いがはっきりわかることだってある。
「母さんは、親父のたった一人の息子である俺が全く似てないのが無念でたまらないんだ」
「勘違いしてないか?お母さんは、何も立派な人間になって欲しいと思っているわけじゃないぞ。
俺も、少しは、おまえのお母さんを知っている。
お母さんが願っているのは、おまえにお父さんのような強い人間になってほしい、巨人に奪われて人生を終えるような生き方だけはしてほしくないと思っているだけだ」
「どうして兵長にわかるんですか?」
「俺も、もうすぐ父親になるんだ。親心がどんなものか少しはわかる」
『お父さんはね。本当なら貴族のお婿さんにだってなれたんだよ。案外モテモテで、いくつか縁談があったんだ。
でも、お母さんを選んでくれた。
あの頃は、何て物好きななんだろうと思ったけど、今は本当に感謝しているよ。
かけがえのない宝物を二つも授けてくれたんだから……本当に私は幸せ者だった』
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