大袈裟にヒステリックな声をあげる女兵士。人垣をかきわけて兵長が登場した時には、すでに俺は事件を起こした後だった。
床には喧嘩を売ってきた先輩兵士とやらが1ダース単位で転がっている。一応手加減してやった。全員意識はないけどな。
「何をしている!」
「見ての通り正当防衛だ」
俺は事実を述べた。実際、喧嘩売ってきたのも最初に手を出してきたのも、こいつら。
俺が無傷で、こいつらが半殺し状態だろうと真実は変わらない。
「……ガキが。そんな言葉が通用すると思っているのなら、兵団を甘く見すぎだ。来い!」
兵長は強引に俺の腕をつかみ歩きだした。
魂の継承
「被害者はこっちだ。秩序のためなら加害者を庇うっていうのかよ!」
「格下相手に無駄な力を使っておいて偉そうな口をきくな!」
訓練場に到着するなり兵長は「すぐに装備を整えろ!」と命令してきた。
「あ?」
「てめえみたいなガキは言葉で叱っても通用しないからな。力でねじ伏せてやる」
人類最強の兵士が新兵相手に大人げないと普段の俺なら思っただろうが、頭に血が上っていた俺は簡単に兵長の挑発に乗った。
切れると熱くなる性質は母さんから受け継いだものだ。遺伝だから仕方ない。
結果、俺は生まれて初めて完膚なきまでに負けた。そして知った、人類最強ってのは半端じゃないと。
「いいか巨人どもは人間とは根本が違う。でかくて馬鹿力で、おまけに再生能力まである。俺なんか油断すれば握りつぶされて終わりだ」
「……」
「周囲がどんなに騒ごうが所詮俺も生身の人間だ。死ぬときは簡単に死ぬだろう。だからこそ、いざというときのために俺の穴を埋めてくれる手練が一人でも必要なんだ。
おまえには才能がある。あんな連中相手にしてもらってちゃあ困るんだよ」
人類最強なんて讃えられているくせに兵長は常に自分の死をイメージしている。それほど巨人はやばい生物ってことか?
「俺の技術は全部おまえにくれてやる。もっと強くなれ、おまえならできるはずだ」
「……つい先日入団させたばかりのガキだぜ俺は。あんたの期待通りにいく保証があるのかよ?」
「ああ、あるな。素質だけなら、おまえは俺の10倍はある」
出会って間がないガキに、なぜ、そこまで肩入れできるんだ?
俺の疑問に気づいたのか、兵長は、さらに言った。
「おまえの精神は抑え込んでどうにかなるもんじゃない。はっきり言うが、おまえの才能は化け物レベルだ。
もっとも、それをうまくコントロールできなきゃ宝の持ち腐れになるけどな」
俺のことなんか、ほとんど知らないくせに、まるで俺自身より俺のことを理解しているかのような兵長の言葉。
疑問しか湧かない不確かなもの。俺は眉間に皺を寄せていたらしく、兵長は苦笑した。
「納得できないって顔だな……昔の俺もそうだった」
「今は俺の言葉を信じられないだろう。これは命令だ、黙って俺についてこい。
三か月で真実だとわからせてやる」
この世に鬼が存在するならば、そりゃ間違いなく兵長のことだ。
俺は兵長直々のご指導とやらで、それを知った。
他の若い兵士たちが俺を妬むことも一切なくなったのは、地獄のような特訓が要因なのは言うまでもない。
妬むどころか同情される立場になったってわけだ。うぜぇ。
「おい、やりすぎだぞ。怪我でもさせたらどうするんだ」
分隊長Aが時折抗議するほど兵長は容赦なかった。
「巨人の胃の中で臭えと叫ぶこともできず死ぬことに比べたらなんだ。団長許可だってとってある」
あの金髪の団長……温厚そうに見えて実際は相当冷酷な野郎だったんだな。
それにしても、いくら特例で入団させた責任があるとはいえ、なぜ兵長は俺に拘る?
私的な時間すら削って俺を鍛えることに躍起になるのは本当に兵士長としての職務だけなのか?
「兵長、分隊長がいらっしゃいました」
兵長と女性分隊長が夫婦だということは入団後しらばくして知った。
普段はお互い仕事ですれ違うことも多い分、分隊長は何かにつけて兵長に会いに来る。
俺が見たところ、分隊長の方が兵長に惚れているようだ。
「……話がある」
分隊長は周囲を気にしながら小声で言った。どうやら他人に聞かれたくない話のようだ。
兵長は無言で席をたち、分隊長と屋外に出た。
俺も洗濯当番だったので、外の洗い場に薄汚い洗濯物をぶちまけ作業を開始した。
洗剤を忘れたので(本当は禁止されているのだが)倉庫への近道である幹部用の宿舎の中庭に足を踏み入れた。
しかし運が悪いことに兵長と分隊長がベンチに座っているじゃないか。
見つかる前に引き返そうと踵を返すと二階の団長執務室の窓が開いたので俺は咄嗟に木陰に隠れた。
団長がこちらを見ている。やばい、見つかったか?
しかし注意深く観察すると、団長の視線の先にいるのは兵長と分隊長だとわかった。
(兵長と分隊長を見ているのか?)
他人のプライバシーを覗き込むのは悪趣味だと自戒する気持ちは、好奇心によって簡単に瓦解された。
言い訳するつもりはないが、好奇心旺盛なのは母親譲りだ。遺伝だからしょうがない。
珍しく頬を紅潮させた分隊長がやや俯きながら兵長と向かい合い言葉を交わしている。
その内容は、かなり特別なものだったらしい。
あの兵長が、最初はぽかんと気の抜けたような表情をしていたかと思うと、徐々に顔の筋肉が緩んでいき、最終的には崩れそうなほどの笑顔へと変化していった。
分隊長を抱きしめ、何度も「ありがとう」と叫んでいる。
その幸せいっぱいの二人の時間は、兵長が俺の存在に気づくまで続いた。
兵長とばっちり視線がぶつかった俺は反射的に団長執務室を見上げた。だが団長の姿はすでになく、勝手だが裏切られた気分になった。
「……聞いていたのか?」
兵長は普段の鬼教官ぶりが嘘にようにご機嫌だ。幸いなことに落雷は免れた。
「宝くじにでもあたったんですか?」
ボキャブラリーの少ない俺にとって精いっぱいのジョークだった。
「宝くじなんか比較になるか」
兵長はいったん間を置くと、照れながら言った。
「俺たちに子供ができたんだ」
「……は、ガキ?」
確かに慶事には違いないが、俺自身、まだガキだったので、子供を授かった親の気持ちはいまいちわからなかった。
ただ、いつも気難しい顔をしている兵長のだらしないくらいの笑顔を見る限り、言葉では言い表せないくらい最高の気分なんだろう。
「……この子のためにも俺は必ず巨人を絶滅させてやる」
兵長は、すでに父親の顔をしていた。
俺の父親も、俺と妹を授かったとき、こんな顔をしたのだろうか?
「あいつには俺から報告しておく。すぐに産休に入れ」
「まだ大丈夫」
「おまえの大丈夫なんて信用できるか。いいか、今すぐだぞ。申請も許可も今日中にとってやるから絶対安静だぞ。間違っても腹筋なんかするなよ」
兵長はさらに「走るな」「重いものはもつな」と、何度も釘をさした。
案外、良き夫だったんだな。
「何だ?」
「意外だなと思って。てっきり巨人を駆逐することに情熱の全てを注ぎ込んでいるのかと」
何気ない俺の言葉に兵長は、まるでデジャブウに陥ったような微妙な表情を見せた。
「……15年前、俺も、あるひとに同じ台詞を言ったよ」
15年前……俺は、まだ生まれていない。
「縁があるのかも。この子のお父さんにあなたが言った言葉を、今度はあなたが言われるなんて」
分隊長が息を吐くようにさらりと言った。
「おい!」
焦った兵長を見て分隊長は「……まだ言ってなかったの?」と困惑した顔を見せた。
「……おまえは部屋に戻ってろ」
「……わかった」
兵長は分隊長を下がらせると、しばらく俯いていたが、覚悟を決めたのか頭をかきながら神妙な顔で俺を見据えた。
「まあ座れ」と、兵長は分隊長がつい先ほどまで座っていた部分を軽く叩いた。
俺がベンチに腰を下ろすと、一呼吸おいて兵長は空を仰ぎながら切り出した。
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