「じゃあ3時間後にここに再び集合だ。てめえら、しっかり探せよ」
結局、跡部たちの話し合いは決裂。美恵一人を残し、三人それぞれ生存者を探しに行くことになった。
「気をつけてね」
美恵は一人になったが、ゾンビたちは昼間は活動しない、今は安全だ。
留守番でも美恵は自分にできることを考えた。そこで火を起こしてたき火を作った。
何度も試してきてあまり効果はなかったが、それでも不二と幸村が見つけてくれた前例はある。
他に生存者がおり、この煙を見つけたら、きっと来てくれる。
それに、こんな目立つ目印があれば、跡部たちが帰り道に迷うことはないだろう。
(景吾たちが無事に仲間を見つけて帰ってくれればいいけど)
生存者の捜索も肝心だが、食料の確保も重要事項だ。疲れて戻ってくる跡部たちのためにも食事は必要だ。
(山ってどんな食料があるかしら。キノコ類は駄目よね。
毒キノコだったらゾンビになるまえにあの世行きになってしまうわ。食べられる木の実とかあればいいけど)
美恵は食料を探すことにした。
「これって山芋かしら?」
掘ってみると案の定、立派な山芋が姿を現した。夢中になって掘っていると背後から物音が聞こえた。
こんな状況だ、一瞬ギクッとなったが、ゾンビのはずはない。
ゆっくりと振り向くと木の枝の上に愛らしいリスが立ち、こちらを見ていた。
「かわいいわね」
こんな事態でなければ実に微笑ましい出来事だった。しかし今はリスに魅入っている暇はない。
「他に何か食べるものが見つかればいいけど」
美恵は煙を確認しながら行動範囲を広げた。数十メートルほど歩くと再び背後から物音がした。
またリスかと思った、その時だ。何かが背後に飛び降りる音がした。小動物にはおよど不似合いな大きな音だ。
美恵は恐怖におののきながら反射的に振り向いた――。
Panic―8―
「お、おチビ……まさか俺を殺そうなんて思ってないよね?」
菊丸は怯えきった目でリョーマを見上げていた。その体はロープ状のもので拘束されている。
「さあね。それは先輩次第だよ。悪いけど、こっちも命がかかってるんだ。その時は、俺を恨まないでよね」
菊丸は顔色が悪く呼吸も乱れていた。何より小刻みに震え、明らかに病体だった。
「お、俺は……俺は感染してない。信じてよ」
「悪いけど俺に情に訴えようなんて無駄だよ。俺は不二先輩以外のチームメイトとは違う。甘いことは一切考えていないから諦めなよ」
リョーマの非情な宣言に菊丸はますます顔色を失っていった。
「それくらいにしとき。仮にも世話になってる先輩やろ?」
白石は菊丸に「すまんなあ。こんな状況だけに勘弁してや」と優しい言葉をかけた。
しかし、その白石も菊丸の拘束を解こうとはしない。
「俺をどうするつもりなの?」
「悪いようにはしたくないとは思ってる。ちょっと待ってな」
白石はリョーマにアイコンタクトをした。
「なあ、ええか?」
「何?」
「話があるんや」
白石とリョーマは菊丸から少し距離をとった。
「どう思う?」
「どう思うって?」
「今のところ理性はあるみたいやから人間だけど、得体のしれへんもん感じる。
ゾンビになると思うか?その時は非情な決断せえへんといかん。ほんまに気分重いわ」
「しょうがないじゃん。危険は未然に防がないとね」
「けど……かわいそうで」
「何、甘いこといってんの?」
「自分の先輩やろ?忍足君の言うとおり、自分ちょっと可愛げないで。世話になってる先輩を庇ってやろとか思わんのか?」
「さっきも言った通り、俺、そんなに甘い人間じゃないですから。第一、菊丸
先輩の世話になんかなってないし」
白石はため息をついた。並の人間であれば、「何て生意気な」と思うところだが、白石は違った。
「せやな。越前君の言い分ももっともや」
リョーマの簡単に割り切れる性格は平素ならともかく、この異常事態では頼もしいものであると白石は理解していた。
自分や生き残っている仲間を守るためなら非情にならざるえないことをリョーマは知っている。
逆に情に溺れる者は無自覚に事態を悪化させる。
「白石さん、あんただって口では同情してるけど本心は俺と同じなんじゃない?
俺、こう見えても人を見る目あるから、あんたが温厚なだけの人間じゃないってわかってるよ。
そうじゃなきゃあ、あんな奇人変人だらけの四天宝寺の頭なんて勤まらないもんな」
「随分、俺のこと買ってくれてるんやな。確かにここは菊丸君には尊い犠牲になってもらうべきかもしれん。
けど俺の考えはちょっーと違うなあ。色々と思うところがあるんや」
「何が違うんすか?」
「越前君は感染した人間がゾンビ化する瞬間いうのを見たか?」
「見てないけど」
「俺は見たで」
「美恵!?」
聞き間違いではない。確かに美恵の悲鳴が聞こえた。
跡部は踵を返すと全力疾走で走った。
(ゾンビのわけがない、あいつらは光や炎を恐れる。ゾンビ以外に何かいるのか?)
野犬か、それとも熊か?どちらにしても下手したらゾンビたち以上に危険だ。
こんなことになるのであれば、美恵一人を残して離れるべきではなかった。
跡部は激しく後悔した。これほど後悔したのは美恵の気を引くために他の女と遊び続けた時以来だ。
(迂闊だった。まさか合宿所を設立するような場所に危険動物がいるなんて思わずゾンビ以外の驚異はないと頭から信じ込んでいた)
陸上選手に転向しても十分通用する素晴らしいスピードで跡部は美恵の元に駆け戻った。
「美恵!!」
美恵がいた、とりあえず無事だ。だが美恵の前方に人影が見える。
(まさか奴らか!?あいつらは昼間は動けないはずだ)
もしかして木々が光を遮っているのかも思ったが、今は推理している暇はない。
跡部は小石を拾うと謎の人影めがけて渾身の力を込めて投げた。
小石は見事に人影の頭部に命中。鈍い音がした。
「痛っ!!」
「喋った、だと?」
と、言うことはゾンビではない。生身の人間だ。跡部は改めて人影を見つめた。
頭を抱えて痛い痛いと叫んでる、その声は聞き覚えがあった。
近づくにつれ、声の主の正体がはっきりわかった。
「貴様は四天宝寺の遠山じゃねえか」
「何やねん、いきなり攻撃するなんて!」
「それはこっちの台詞だ。なぜ美恵を襲ったんだ。返答次第では容赦しねえぞ!」
「違うのよ景吾」
美恵は慌てて跡部に説明した。
金太郎が突然木の上から飛び降りてきたため、驚いて悲鳴をあげたことを。
「わい、ずっと木の上で寝てたんや。移動も木を飛び移ってたんやで。そのねえちゃんがいきなり大声あげて、びっくりしたんはこっちやで」
「こんな状況で声もかけずにそんな行動とれば誰だってびびるだろ。白石の野郎は後輩にどういう教育していやがるんだ」
「景吾、私が悪かったのよ。金太郎君を責めないで。それに仲間が一人見つかったのよ」
「……仲間か」
「どうしたのよ景吾」
「何でもねえ」
(このガキは扱いにくい。仲間にして利益があるのか微妙なところだぜ。白石がいれば、奴に押しつけられるのに)
「金太郎君、あなた以外に生存者はいないの?」
「わい、ずっと一人だったからわからん」
「……そう」
残念な返答ではあるが、もともと自分たち四人以外に生存者はいないことも覚悟していたのだ。一人でも見つかっただけ幸運だ。
「わいな。腹へって腹へって」
金太郎の言葉を主張するように、腹の音が聞こえてきた。
「そうよね。私たちだって焼き魚以外ほとんど口にしてないんだもの」
「だから山荘に行こう思ってたんや。あそこなら食料あるやろ?そしたら、ねえちゃんがおったから」
「山荘?」
「せや。あそこなら食料もあるし寝床も確保できる。ねえちゃんたちも一緒にくるか?」
話をきくと負け組たちの合宿所ともいうべき建物があるらしい。
「景吾、もしかして他の生存者もそこにいるかも」
「ああ、確かに負け組が、まず行くとしたら、そこだな」
仮に生存者がいなくとも、食料や道具類が手に入るではないか。
「よし、すぐに行こう」
「ちょっと景吾、不二君と幸村君が戻ってからでしょ」
「ちっ、覚えてやがったのか」
「……あなた、どうして、そこまで二人のことを嫌うのよ。二人とも優しいのに」
「優しい?ふん、せいぜい甘い戯言をほざいてろ」
(何て言いぐさなの。やっぱり景吾はわがままで理不尽な男だわ。
氷帝にとっては部員思いのリーダーでも、ライバル校の選手には冷たいのかしら?)
「俺は見たんや。奴らが、どうやって増殖するのかを」
「噛みついて感染するんでしょ。俺だってだてに何度も襲われたわけじゃないよ」
「じゃあ噛みつかれた奴がどうなるんかも知ってるか?」
「そのままゾンビになるんじゃないの?」
白石は己の目で見たおぞましい光景を詳細にリョーマに説明した。
真夜中に巨木の上に隠れ仮眠していたら悲鳴が聞こえた。月明かりの下、必死に逃げる男が見える。
遠目だったが着用しているユニフォームから高校生だということだけはわかった。追いかけていたゾンビは複数いた。
おまけに男を囲むように別方向から他のゾンビも出現した。
「あかん。捕まる」
その僅か十数秒後にゾンビは雪崩込むように高校生に襲いかかった。
ただでさえ疲労しきっている身に、あの勢いで襲われたらひとたまりもない上に多勢に無勢。
ついに高校生はゾンビたちに押し倒された。
今や、ただ悲鳴をあげるだけが彼にとって精一杯の戦いだろう。さすがの白石も目を背けたかった。
次々にゾンビたちは高校生に食いついていく。その度に悲痛な叫びは加速していった。
「あ、あいつら、まさか人間を捕食してるんか?」
ばたばたと動いていた高校生の足の動きが鈍くなり、その顔色は瞬く間に青白くやってゆく。
呼吸困難になったのか、悲鳴すらかすれていった。
そして最後はぴくぴくと微かに痙攣し、その数秒後に完全に動かなくなったのだ。
(……死んだのか?)
その直後にゾンビたちは高校生から離れた。死体に興味はないのだろうか?
高校生の肉体は噛み傷は酷いが致命傷となるような損傷は見えなかった。
喉元でも喰いちぎられたと思った白石は疑問が沸いた。
(奴らの狙いは人間の肉を捕食することでは無いんか?)
ゾンビたちは高校生を襲って満足したのか、ゆっくりと歩いている。その口元は真っ赤な鮮血で染まっていた。
(血!奴らの目的は血液だったんか?!)
では血を吸い尽くされて死んだのか?
(死体は?)
白石は見た。今し方、死んだ高校生の肉体がゆっくりと動き出したのを。
(……ゾンビや。いったん死んでから奴らのお仲間入りってことか、気の毒に)
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