結局のところわかったのは、跡部たちも、この事件の原因が何なのか全く知らないということだけだった。
ただし一つだけ判明したことは最初に襲撃してきたゾンビがリョーマに敗退した高校生だったということだ。
彼らは合宿所から少し離れた場所で原始的な特訓をしている。
感染源はそこにある。保菌者が動物か昆虫かはわからない。
もしかしたら植物や水が原因かもしれない。
何かはわからないが、始まりとなったものは確かに存在しているのだ。

「……亮や岳人、樺地君や日吉君は無事かしら」

あの場所にいたのは高校生だけではない。敗北し合宿所から追い出された中学生も一緒のはず。
美恵は大切なチームメイトの安否を思うと胸が苦しくてならなかった。




Panic―7―




「……コ、コシマエ……脅かしっこやしなで」
「甘いなケンヤ、この一年坊主は本心から言ってる。そういう奴や。ほんまにえげつないガキやで、こいつは」

忍足の台詞はシーンとした不気味な静寂を生んだ。
誰もが希望とは程遠いネガティブな未来を想像しただろう。
ただ事の発端であるリョーマだけは平然としている。

「……そうやなあ。越前君の推測も一応考えておいたほうがええな。最悪な結果なんてごめんやけど、今は楽観的に物事を見んほうがいい」
白石が静かに言った。
「俺は何とか外部と連絡とって救助してもらおう思ってたけど、越前君の意見聞いたらかえって連絡手段がなくて良かったとさえ感じるくらいや」
再び誰もが黙り込んだ。しばらくするとリョーマはため息をつきながら「ねえ」と言った。
「脅かすつもりなんてなかったんだ。あんまりシリアスにならないでよ。俺、責任少し感じるんだ」
リョーマはさらに言った。
「今は脱出よりも仲間集めて合宿所に行くこと考えるべきなんじゃないの?」
白石は「越前君の言う通りや。こんなところでくよくよしてても始まらん」と立ち上がった。




「ほらケンヤ、小春、そんな暗い顔はなしやで。元気で明るいのが四天宝寺のモットーやろ」
白石はカーテンの隙間から外をのぞいた。
「幸い今日は快晴。これなら天気が崩れることもないやろ。
昼間は自由に動きまわれる。その間に一人でも仲間を見つけて合宿所に向かうんや」
「そうや……俺は美恵を見つけんと。今頃、俺の助けを待って、どこかで震えているに決まっとる」
「侑士、あの子は跡部の彼女なんやろ?心配せんでも跡部が保護して守ってやってるって」
途端に謙也の頭部に忍足の平手打ちが炸裂された。


「痛っ、何すんのや。俺はおまえのいとこやで!」
「余計なこと言うからや。ええか、美恵と跡部はとっくに終わっとる。跡部が美恵の関心得るために浮気ごっこを繰り返したのが原因でな」
小春が「何よ、それ。アタシたち女の敵じゃない」と言った。
「別れてたんか?」
「そうや。あの俺様は美恵に嫉妬させるのが楽しくてやりすぎたんや。今の美恵はフリー、つまり俺の彼女になる運命なんや」
「ん?そこで何でおまえとくっつく事になるんや?」
「深いこと考えるな。おまえも俺の身内なら黙って俺を応援しいや」
「それもそうやな。女はとったもん勝ちや」


「雑談はそこまでや。ほら行動するで」
白石は紙をとりだすと簡単な地図を描いた。
「この山荘から、あんまり距離はとらん方がいい。念のために移動中は必ず目印つけるようにして道に迷わんようにするんやで。
洞窟とか太陽の光が届かん場所は厳禁や。もし天気が崩れそうな気配がしたら捜索は中断して、さっさとここに戻る。ええな?」
白石は、さらにくじ引き用の細長いこよりを握って差し出した。
「手分けして行動しよう。こよりの先端に色がついてるから」
くじ引きの結果、忍足と謙也、白石とリョーマに組分け決定。残った小春は留守番をすることになった。
留守中に、この山荘に他の生存者がやってくる可能性を考慮したのだ。
「小春は火をおこしてくれ。生存者が煙を見たら、きっと向こうから来てくれる」
「OK、気をつけてね、皆。必ずユウ君たちを探してちょうだい」
こうして白石たちは最小限の荷物だけ持って出発した。














「ゾンビに追いかけられて逃げてるうちに合宿所から随分離れてしまっていたのね。
ここは合宿所と亮や岳人たちがいる特訓場の中間くらいかしら?」

美恵は体力には自信があったが、それでも日本トップクラスの中学生である跡部や幸村とは到底比較にならない。
跡部たちは、間違いなく自分の何倍もの範囲を移動しているだろう。
にもかかわらず脱出ルートも仲間も探し出すことができなかった。事態は思ったより切迫していると考えた方がいいだろう。

「……範囲を広げて皆を探しても駄目かしら?景吾たちが動き回っていたにもかかわらず、生存者と出会うことがなかったんだもの」
「おい、断っておくが、俺様は動き回っていたのは事実だが行動範囲そのものは、そんなに広くなかったぞ」
「え、どうして?」
「女のてめえなら、そう遠くに行ってないと思って、おまえの行動範囲を想定して、そこを中心に動いていたからだ。
それ以上、外にはあまり行ってない」
「私の行動範囲に合わせて?私を見つけるまで、二日間ずっと?」
「ああ、そうだ」
「どうして、そんなことしてたのよ。他の皆を探そうとは思わなかったの?」
「当たり前だろ。他の連中は二の次だ。てめえが一番非力なんだ。最優先に考えて何が悪い」
「……非力で悪かったわね」
しかし、そうなると捜索範囲を広げれば仲間に会える可能性が……いや、幸村と不二は、きっと広範囲に行動してたはず。




「不二君と幸村君はどのくらいの範囲を動いていたの?」
「俺も跡部と同じくらいかな」
「奇遇だね。僕もさ」
「え、どうして?」
「どうしてって、美恵さんを探してたんだよ」
「私を?」
「そうだよ。はっきり言わせてもらうけど、俺は立海のチームメイトなんかより美恵さんの方が――」
「僕は青学の皆を後回しにしてでも君を見つけたかったんだ!」
台詞を中断された幸村は恨みがましい目で不二を睨みつけた。
「私が女の子だから二人とも気を使ってくれたのね。ごめんなさい、私のせいでチームメイトと出会える確率減らしてたのね」
「そうじゃないよ。女の子だからじゃなく、君だか――」
美恵、今はそんなことどうでもいいじゃねえか」
またしても台詞を中断された幸村は憎々しげな目で跡部を見つめた。


「じゃあ捜索範囲を広げれば、他の皆も案外容易に見つけることができるかも。こんな時だから期待しないほうがいいかもしれないけれど……」
突如として起きたホラー映画のようなゾンビ騒動。
あれだけの感染力と攻撃性。生存者はいないかもしれないと覚悟を決めた方がいいかもしれない。
「仲間を捜すことも大事だが、その先のことも考えねえとな。夜がくる度に、ゾンビどもと追いかけっこなんかしてられねえ。
こっちは睡眠不足だってのに、奴らの体力は底なしだ。死者だから疲れるってことを知らないんだろうぜ」
跡部の言うとおりだ。この三日間、あまり眠れていない。
疲労はどんどん蓄積されていく。安全地帯を探しだし、体力の回復をはかることも重要だ。
もちろん脱出方法も考えなくてはいけないが、それは今は後回しでいいだろう。
「じゃあ動くか。二手に分かれよう。俺と美恵、幸村と不二で――」
跡部が言い終わらないうちに、幸村と不二は盛大に抗議を開始した。














「……眠い。俺、昨日も昨夜もゾンビレースで徹夜だもんな。せめて昼間だけでも寝たい」
赤也は、その場に座り込んだ。瞼がゆっくりと降りていく。だが、それを許してくれない人間がいた。
「たるんどる!赤也、貴様、それでも軍人か!!」
鼓膜が破れそうなほどの大音量に、赤也は両手で耳を塞いだ。
「勘弁してくださいよ真田副部長。俺は育ち盛りなんですよ。 寝る子は育つっていう時に連日徹夜で体力の限界なんすよ」
「気合いだ!気合いが足らんのだ!!」
「……そりゃ副部長は気力だけでフルマラソンできるような性格だからいいですけどね。
第一、なんすか軍人って。俺、一介の中学生ですよ、ただの一流テニス選手ですって」
「何ぃ!貴様は己の立場がわかっていないのか!異常な状況では男は常に兵士であらねばならないのだ。
生まれながらの戦士であるべきだろうが、この大たわけ者がぁ!!」


赤也は消耗しきった体力以上に精神的に疲労した。その大半は間違いなく真田が原因だろう。
何の因果か、この超自然現象的サバイバルの最中、よりにもよって真田に出会ってしまったのが運の尽き。
真田はすっかり鬼軍曹気分になっており、いつも以上に赤也に厳しく接してくるのだ。

「……俺、ゾンビにやられる前に副部長に過労死させられるかも」
「ん、何か言ったか?」
「いいえ。なーんも」
「よし、では行軍を続けるぞ」

(まいったな。副部長にまともに付き合ってたら消耗しなくていい体力までライフゼロになっちまう。
かといって逆らったら鉄拳制裁に出るに決まってる。いっそ隙を見て逃げ出しちまおうか?
いや、待てよ。下手な行動とって、もし逃げきれなかったら副部長のことだ軍法違反で処刑とか言いかねないぜ。
どうしたらいいんだよ……畜生、こんなことなら立海なんか入るんじゃなかったぜ。もし助かったら四天宝寺に転校しようかな?)

赤也の脳裏には白石の顔が浮かび上がっていた。

(あのひと、うちの先輩たちと違って人間できてるしさ。あーあ、どうせなら白石さんと一緒にいたかったぜ。
俺の命は副部長の気分次第なんて、下手したらゾンビよりも最悪の敵なんじゃあ……)

赤也の精神も限界にきていた。真田は元気いっぱいで「よし突撃だ!」と大声を張り上げている。




「はいはい、わかりましたよ」
こうなったらやけだ。これも運命だと思って真田についていくしかない。赤也は覚悟を決めて歩きだした。
「こらぁ赤也!貴様、動きが鈍すぎるぞ!!」
「……そんなこといっても俺は体力ゼロでしてね副部長」
「問答無用。さあ走るぞ!!」
真田は全力疾走で森の中に突き抜けるように走った。
「……あのひとの体力は底なしかよ。マジで化け物だな」
半ば呆れていると、「うわああぁ!!」と真田らしからぬ悲鳴が聞こえてきた。


「え、副部長?」
まさかゾンビかと一瞬思ったが、奴らは昼間は活動しない。
何事かと森を出ると、そこは谷。はるか崖下には流れの速い川が見える。
「副部長、落ちたのか。ラッキー……って、俺は何を考えているんだ。でも助かった」
赤也は自分でも何を言っているのかわからなかった。
それほど真田によって追いつめられていたのである。
「南無阿弥陀物南無阿弥陀物、副部長、どうか迷わず成仏してください」
手を合わせて真田の冥福を祈っていると、足下から「勝手に殺すんじゃない!!」と怒鳴り声が聞こえてきた。
「え?」
崖をのぞき込むと真田が岩壁にへばりついていた。

(……げっ、何て往生際の悪い人だ)

「危ないところだった。さあ赤也、さっさと俺を引き上げるのだ」
「……短い幸せだったな」
「何か言ったか?」
「いーえ、何も。ちょっと待って下さいよ。今、ロープ代わりになるもの探してきますから」
赤也は再び森に入った。すぐに木の幹にまきついている蔓を発見した。




「はぁ……疲れた。俺と副部長以外の人間はやっぱり全員やられちまったのかな」

いつもは明るく楽観的な赤也だが、さすがにネガティブになっていた。
「かといって、あんな副部長でも仲間がいるだけマシとか思えないってのも、ある意味、すごいよな」
ただでさえ強引で浮き世離れした真田。その上、後輩という立場上、赤也は逆らうことすら許されない。
「せめて他校の選手が一人でもいてくれたらな。いくら副部長でも、まさか立海以外の人間に妙な主義押しつけたりしないだろうに」
しかし真田と共に山中を歩き続けて早三日目。その間、一度として他の生存者の痕跡を見つけることはなかった。
「……やっぱり俺たち以外は全滅なのかな。ん?」
赤也は一瞬我が目を疑った。はるか遠くに煙が見えたのだ。
手の甲でごしごしと目をこすり、もう一度見た。


「……見間違いじゃねえ。煙だ、俺たち以外にも人がいるんだ!」


それはサバイバル生活三日目にして、ようやく赤也が見つけた一筋の光明だった。
赤也は煙を目指して全力疾走していた。




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