「どうやらタニシさんから、ここの情報聞いてたみたいだね」
木手と知念の視線はリョーマに照準があっている。二人はリョーマにむかって猛突進した。
「完全に理性失ってやが
るな。悪く思うなよ。と、言っても、もう、そんな意識もねえか」
跡部が放ったタンホイザーサーブが、二人の足首
に命中。そのまま、二人は坂道を転がり落ちていった。
だが、もちろん、その程度で彼らの動きはとまらない。
「こいつ、何てパワーや。お笑い担当のくせに!」
しかも一氏が白石と謙也をはねのけ立ち上がった。
Panic―14―
「ま
ともにやりあったら不利なんはこっちや!」
不幸中の幸いは、ゾンビになるとパワーやスピードはアップするが、思考能力がないせいか動きが単調で隙が多いことだ。
白
石に突き飛ばされ、一氏は派手に坂道を転がっていった。
「おい、ロープはねえのか?」
「ないよ」
「ちっ」
跡
部は舌打ちした。拘束することはできない。
映画の中では、いくらゾンビでも頭部を破壊すれば完全に死んでしまうが、そこまで残酷にも
なれない。
と、なると、残った手段は、ただ一つ。
「逃げるぞ、てめえら!」
跡部は美恵の手を取
り走り出した。
「景吾、一氏君たちが追ってくるわ!」
「しつこい連中だぜ」
前方で道が三っつに分かれている。
「おい越前、合宿所に行く道は、どっちだ?」
「一番、左っすよ」
跡部は走りながら、「おい美恵、ボトルをぶちまけてやれ」と言った。
美恵は別荘で手に入れた三船コーチの宝物のブランデーを投げ飛ばした。
地面に落下した衝撃で散らばったアルコールに向かって跡部は火をつけたライターを投げつけた。
炎は激しく燃え盛り、木手たちは足を止めた。
その間にたちは全力疾走で距離を広げた。もはや姿も見えなくなるほどだったが、それでもスピードは弱められない。
火勢が弱まれば、彼らは途端に追走を再開するだろう。
完全に逃げきってしまわなければ、この鬼ごっこは終了しないのだ。
「おい川だぜ。次は泳ぐのかよ」
宍戸がリョーマたちに尋ねた。
「そんな心配しなくていいよ。むしろ逆。川に流されたらやばいから注意してよ。それから、合宿所まで、あと一息だよ」
「ほら、流れの所々に石が突き出てるやろ。あそこを土台にして向こう岸まで渡るんや。
バランス崩したら、あっと言う間に流れの一部やさかい。気いつけて
な」
リョーマと謙也の先導で全員川を渡り始めた。何とか無事に渡りきり、さらにしばらく歩くと微かな光りが見えてきた。
「あそこが出入り口ね。よかった、間に合ったわ」
美恵は思わず駆けだしていた。
ここまでの道のりは長かったが、それも、もう後少しの辛抱だ。
美恵はそう確信していた。
「美恵、待つんや!」
忍足が叫んでいたが、すでに地上への入り口にたどり着いていた。
入り口と同様に岩で塞がれているが、隙間から太陽光が注いでいる。その光はやけに赤い色を帯びていた。
それが何を意味するのか、は瞬時に悟った。
(夕日だわ。太陽が沈みかけている)
この数日間で、ゾンビたちの行動パターンはだいたい理解していた。
個体差はあるものの、夕日くらいならば活動を始める奴もいる。つまり危険時間は、すでにスタートをきっているのだ。
やはり真田を迎えに行ったロス時間が影響していたのだ。
外に出るには細心の注意を払わなければならない。
美恵は、やっと腕一本が通るくらいの隙間から、そっと外をのぞいた。
今のところ、動くものは見えないが、視界が狭いから安全を完全に把握することはできそうもない。
「美恵、どいてろ。女のてめえには、この岩は動かせねえだろ」
跡部に促され、美恵は立ち上がった。
ところが、その瞬間を狙っていたかのように腕が突然伸びてきての服をつかんだのだ。
「きゃあ!」
凄い力で引っ張られ、美恵は岩に衝突した。そして、美恵は見てしまった。隙間を介して恐ろしい獣の目を。
「この野郎、俺の女に何しやがる!」
跡部が引き離そうとするも、凄いパワーでなかなか離れない。
「ふざけやがって!!」
跡部は拳大の石を拾うと隙間めがけて投げつけた。岩壁の向こうから鈍い音がした。
見事にゾンビの顔面に激突したらしい。
さすがのモンスターもひるんだのか一瞬手をはなした。
「おい岩をどかせ、このクソ野郎に思い知らせてやる!」
激高する跡部、白石は「跡部君、落ちついてや」となだめようとした。
だが真田は逆に「跡部よ、手伝うぞ。こうなったら最後の一兵になるまで全面戦争だぁ!!」などと口走っている。
「あかん、冷静になってや跡部君。って、真田君、何動かしてるんや!」
すでに岩を押し出している真田。もう誰にも彼を止められない。
「安心しろ白石、俺は冷静だ。奴はひとりだ、だからこそ、今、何とかしねえとやばいだろ」
白石は跡部の考えを聞き安堵すると共に、なるほどと思った。
ゾンビは群をとりたがる習性があるようだ。幾度か複数から襲撃されている。
今は単独だが、ほかっておいては仲間を呼ぶ可能性がある。
だから、跡部は敵が一人でいるうちに脅威を取り除こうとしているのだ。
岩がどかされるのを待っていたかのように、ゾン
ビが突入してきた。
「動きが単純すぎんだよ、てめえらは!」
跡部はゾンビの頭を鷲掴みにすると、そのまま地面に押しつけた。
「不動峰の神尾、てめえだったのか!」
神尾は唸り声をあげ暴れているが、跡部にがっちり押さえつけられて立ち上がれない。
「今のうちに外にでるぞ、くれぐれも注意を怠るな。忍足、宍戸、おまえら先に出て安全を確認しろ」
宍戸は穴をくぐり、程なくして「大丈夫だ。猫の子、一匹いないぜ」と言った。
「よし、美恵、次はおまえだ」
「と、いうことは女から先に逃がしてくれるのね。美恵ちゃんの次はもちろんアタシよね」
「黙れ、オカマ」
全員、外に出ると入りはすぐに塞がれた。洞窟に閉じこめられた神尾の声も、もう、ほとんど聞こえない。
「見て、もうすぐ日が沈むわ」
美恵は赤く燃える夕日を見て、ぞっとした。その色は、自分たちの未来を暗示する血の色にすら見えた。
「急ぎましょう、もう時間がないわ!」
「こっちや、全力疾走やで!!」
言われるまでもなく全員最高速度で駆け抜けていた。その間にも太陽はどんどん沈んでゆく。
赤く染まっていた山は薄暗くなってゆき、暗闇が顔を覗かせている。
「見えた、合宿所や!」
フェンスで囲まれた建物。門は閉められたままだ。
「秘密の出入り口があるんや。安心し」
謙也の案内でフェンスが壊れている場所までやってきた。
人一人通れるくらいの穴になっているが、ツツジのおかげでぱっと見ただけではわからない。
「ゾンビたちが、ここを発見してないことを祈るだけや」
何とか敷地内に潜入成功。建物まで後僅か。
だが運命は非情だった。唸り声が聞こえた、奴がいる。
「どこ?どこにいるの?」
姿は見えない。
「どこから声が……」
生きようとする本能が後押ししたのか、美恵はなぜか視線を上に向けた。そして発見したのだ、銅像の陰に人影を。
「危ない岳人!」
ゾンビが飛び降りていた。落下地点にいるのは岳人、大切な仲間だ。
美恵は夢中で小石を拾い投げつけた。ゾンビの後頭部に命中。
ゾンビはくるっと頭を回転させ美恵を凝視した。
知っている顔だ。シャッフル試合でクラウザーと戦った高校生だ。
そうだ、確か外道と呼ばれていた。
美恵にとっては大事な仲間を守るため、とっさにとった行動だったが、それが外道の標的を変更させる羽目になった。
外道は、すぐそばの岳人を無視して美恵に向かって猛突進してきたのだ。
「冗談じゃないわ!」
美恵は慌てて逃げ出した。当然、外道も追いかけてくる。
さすがは一流の高校生テニスプレイヤーだけあって、その足の速さもマネージャーにすぎない美恵より上だった。
「来ないでよ!」
美恵は走りながら、さらに投石した。小石は外道の顔面にまともにはいり、メガネにひびが入った。
それでも外道の猛追は止まらない。それどこからスピードアップしている。
美恵は敷地の隅にあった物置に飛び込み、内側からつっかい棒で扉を閉めた。
扉がどんどんと殴られ、その度に美恵は生きた心地がしなかった。
(どうしよう……いつまでも、この中にいるわけにはいかないわ)
完全に夜が訪れれば、今の何倍も、いや何十倍ものゾンビが出没し、この小さな物置を取り囲むだろう。
(一晩どころか一時間だってもたないわ)
美恵の予想を裏付けるかのように、扉がぼこっと変形しだした。
(どうしよう。どうしたらいいの?)
美恵は物置の中に何か武器になるものはないか探した。
しかしテニスボールやネット、紐やバケツ等の備品があるくらいで、これと
いったものは何もない。
(もうダメなの?)
半ば絶望していた美恵だったが、突然静かになり、きょとんとしていると声が聞こえた。
「美恵、無事か!?」
「景吾?」
「無事なんだな?!」
「……え、ええ」
――私を助けに来てくれたの?
こんな状況だというのに、美恵は不思議と温かい気持ちになった。
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