「じゃあ、全員集まったところで早速出発だな」
跡部がくんでいた腕を解きながら言った。
「でも景吾、私たちの他にもまだ生存者がいるかもしれないわ。
夜が訪れるまで、まだ時間があるし、ぎりぎりまで探しましょうよ」
「悠長なこと言ってんじゃねえぞ美恵。その洞窟内で時間くうかもしれねえし、合宿所が安全かどうかもわからねえんだ。
太陽が高いうちにやることは山ほどある。もう捜索に時間をかけてる余裕はねえんだよ」
「俺も跡部さんに賛成だよ。あの洞窟は女のあんたや病人の菊丸先輩にはきつい。
かなり時間かかると思って間違いないよ」
「越前、てめえにしちゃあ珍しく素直じゃないか」
「別に。ただ俺の意見が跡部さんとたまたま同じだっただけだね」
跡部とリョーマの後押しをするように白石も賛成意見を述べた。
「せやな。合宿所にもゾンビがぎょうさんいると思った方がええ。
すんなりバスまで逃げきれるとも限らんし、そうなったら合宿所で籠城することになるかもしれん。
安全地帯を発見してバリケードくむ時間が欲しいしなあ」
残念だが、ここにいる生存者だけで行動するすかなさそうだ。
まして今は菊丸という爆弾を抱えているのだから。
Panic―11―
跡部、美恵、忍足、白石、謙也、小春、金太郎、リョーマ、不二、幸村、赤也、菊丸、合計12名のパーティー。
洞窟に到着するまでに1人でいいから生存者と遭遇するとこを美恵は願ったが、叶えられることなく目的地に近づいていった。
「ほら、あそこや、あそこ」
謙也の人差し指の先には確かに小さい洞窟がある。
中は5メートルほどの奥行きしかない。
「一見すると雨宿りくらいにしかつかえん洞窟やけどな」
謙也とリョーマは奥にある1メートルほどの岩を転がした。人1人通れるくらいの穴が空いている。
「ほら、行くで」
中に入ると、もう一つ岩があった。それを転がして入り口を塞いだ。
「な、これならゾンビは入ってこれんやろ?」
美恵は、ほっとした。確かにこれなら安全だ。
「この入り口知ってるんは俺とコシマエとコーチと沖縄のタニシだけや」
「あのトング野郎は知ってるのか。なら比嘉中の奴らが生きてたら、この中に隠れているかもしれねえな」
跡部の言うとおり、ここは光こそないが安全地帯といえるだろう。
それに水も豊富にある。空腹さえ我慢すれば身を潜めるには最適な場所だ。
「じゃあタニシ君たちがいるかもしれないわね。そうなったら仲間が増えるわ」
「仲間ったって、あいつら誉められた連中じゃあないし」
「切原君そんなこというもんじゃないわ」
「だって美恵さんも見ただろ。あいつらのダーティーなテニス。
お世辞にも性格いいとはいえないし、こんな極限状況で協調性のない奴をパーティーに入れたら返って厄介ごとが増えるってね」
赤也の言葉はあんまりだったが、実際に対戦したリョーマなどは「全く同感」とのたまわっている。
「あーん、笑わせるんじゃあないぜ。てめえが他人のテニスをとやかくいえるような立場かよ。
ちょっと天使になったくらいでいい気になりやがって」
「跡部君、切原君は改心したんやで。そんなきついこと言わんでも」
すかさず白石が赤也を擁護した。
「それに立海は鉄拳制裁も辞さない体罰上等の超体育会系社会。
そんな部で教え受け取ったら切原君が多少気性の激しい子に育つんも仕方ないやろ」
「そうっすよ。だいたいうちは副部長がスパルタすぎてテニスは格闘技だって叩き込まれてるんすから」
赤也の言い分に、幸村は「うん、あいつはそういうところあるよ」と呟くように同意した。
「真田君も無事だといいのに」
思い出す余裕もなかったが、真田の名前が出たので美恵は心底そう願った。
むちゃくちゃな面もあるが、真田はパワーも根性もあるし、仲間にしたらきっと大きな力になってくれるとも思った。
「安心し美恵、あの男は噛みつかれても死なんよ。そういう奴や」
忍足は根拠のない慰めの言葉をかけてきた。
半分、ふざけてるとしか思えないが、励ましてくれているのだろうか?
「そうだね。真田ならゾンビの方が逃げてくさ」
幸村もチームメイトとは思えないようなきつい言葉を吐いている。
「そうそう。第一、副部長は……」
赤也は言葉を止め、ぴたっと足も止めた。
「切原君?」
赤也の様子がおかしい。徐々に表情が歪んでゆき、がたがたと震えだした。
「……い」
「どうしたの切原君?」
「超やばい!副部長のこと忘れてたーー!!」
「ぬおぉぉぉ!!赤也よ、まだ来んのかぁぁ!!」
真田は岩壁に張り付いたまま叫んでいた。常人ならば、とっくに体力が付き谷底に落下していただろう。
しかし生来とてつもなく腕力に恵まれた上にテニスで鍛えていたのが幸いした。
まして今は究極のサバイバルに触発されたのか、野生の本能に目覚めパワーが倍増されていたのだ。
しかし、それも限界がある。真田の腕は痺れだしていた。
「お、おのれ赤也!たるんどる、たるんどるぞぉ!!さっさと戻らんかぁぁ!!」
真田の孤独な叫びは谷底に吸い込まれてゆくばかりだった。
「何ですって、真田君を置いてきた!?」
美恵は愕然とした。いくらなんでも、それはあんまりすぎるというものではないか。
「いやあ、俺としたことが……思い出したところで今更っすよね。もう手遅れだろうし、このまま先にすすみます?」
「切原君、何てことをいうのよ!あなた、真田君に世話になっているんでしょう?」
「……世話というより虐待に近いって言った方が正確かな?」
大変な事になった。今から真田の元に戻っていたら時間を大きくロスしてしまう。
だからといって真田を見捨てるわけにもいかない。
「すぐに真田君を助けに行きましょう」
「えっ……行くんすか?」
「え、じゃないでしょ。あいつらが出る前に真田君を助けてあげないと」
「心配しないでも、もう、とっくに谷底に落ちてるから予定通り進行して大丈夫っすよ」
「そっちの心配してどうするのよ!もう話をしている暇もないわ。皆、すぐに戻りましょう。
今なら、ぎりぎり太陽がでている間に往復できるわ」
しかし美恵の意見を聞いたメンバーは皆一様に渋い表情を見せた。
小春だけは「そうよね真田君って案外アタシの好みだし~」などと場違いながらも賛成してくれているだけだ。
「どうしたの景吾、あなただって真田君は好敵手だったじゃない」
「ああ、そうだな。人格はともかくテニスプレやーとしては、それなりに敬意をはらっていい奴だったぜ。
だがな美恵、引き返すとなるとリスクがでかすぎる」
「だから今すぐ引き返せば……」
「てめえだってわかってんだろ?それはあくまでアクシデントが全く起きず事が順調に事が進んだ場合の話だ」
跡部の意見はシビアながらも正論だった。
「危険おかして戻ったところで真田が生きているとは限らねえ。
生死不明の奴のために俺たち全員が死ぬかもしれないんだぞ」
「じゃあ真田君のことはあきらめるの?」
「誰が見捨てると言った。俺はただメンバー全員の命を秤に掛けるべきじゃねえと言ってるだけだ」
跡部は鋭い眼光を幸村に向けた。不穏な空気を読みとった幸村は跡部を睨み返した。
「……何が言いたいんだい跡部?」
「時間がないから単刀直入に言うぜ。俺たち全員が危険を冒す必要はねえ。
要は真田を迎えに行くだけの話だからな。少人数で真田救出隊を結成すりゃ済むことだ」
幸村の表情が、さらに険しく歪んでいった。
「……つまり立海の人間は立海だけで助けに行けってわけかい?」
「話が早いじゃねえか幸村。てめえには部長として部員を守る義務がある。
切原には真田を忘却していた責任がある。
てめえら二人でどこにでも助けに行きやがれ」
跡部と幸村の間に流れる空気は絶対零度のようにぴしっと凍り付いた。
「はぁ~、仕方ないっすよね部長。跡部さんの言うとおり、俺たち二人で……って、何で睨むんすか部長!」
「……もっともらしいこと言って、俺をのけ者にするつもりだろう?」
「そいつは被害妄想だ。さあ、さっさと真田を助けに行け。
まさかとは思うが、おまえの留守を守ってくれていた真田を見殺しにしたりしねえよなあ?」
「それはもちろんだよ。行こうか赤也」
「そうっすね。俺と部長の足ならすぐに戻ってこれますよ」
幸村は赤也を伴い歩きだした。だが――
「う……っ」
「部長?」
突然、幸村が体勢を崩し岩壁に寄りかかった。
「幸村部長、どうしたんすか?」
「幸村君、大丈夫?」
美恵は慌てて幸村に駆け寄った。幸村は苦しそうな息の下から、「大丈夫だよ」と答えた。
「大丈夫なわけないじゃない」
跡部が「騙されるな美恵、そいつは完治しているはずだ。ただの演技だ!」とわめき出したが、美恵は聞いてない。
「幸村君に無理はさせられないわ」
幸村は「ごめん、苦労かけるね」と苦しそうに微笑した。
忍足まで「あかん美恵、それが幸村の手や!」と叫んだが、美恵は無視した。
「……こんな様じゃあ真田を助けに行くどころか赤也の足手まといになってしまうよ」
「部長、気にしなくていいですよ。俺、覚悟決めましたから。元々、俺のせいだし、部長は皆と一緒にここで待ってて下さい」
「苦労かけるな」
跡部と忍足は納得できず、揃って幸村を責めたが、美恵は二人の言葉には耳を貸さなかった。
「安心して幸村君、あなたの代わりに私が行くから」
「え?」
幸村がぎょっとした。まるで計算違いが起きたとでも言うような顔、いや実際そうだった。
「美恵が行くなら俺も行くぜ」
「俺も同行するわ。切原、案内頼んだで」
跡部は美恵の手を握ると「じゃあ、さっさと行くぜ」と歩きだした。
「ちょっと待てよ。治ったから俺も行――」
「何言ってるんや。ほら、横になり、気分悪いんやろ?」
「白石、邪魔しないでくれ。美恵さんが行ってしまう。美恵さん……!!」
この日、幸村は思い知った。世の中、思い通りにはいかないということを。
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