「そっか。自分も苦労したんやなあ」
忍足は「腹減ってるやろ?」と携帯していた食料を差しだしながら、その労をねぎらった。
「空腹は我慢できたけど、精神的に辛くて。何せ、あの副部長は超体育系な上に他人の話は頭っから聞く耳持たずな性格っすから」
「せやな。他校の俺が見てもそう思うわ。後輩の自分は立場上逆らえんから余計苦労したやろ」
「本当っすよ」
「じゃあ、行くか」
赤也が食べ終わると同時に忍足は立ち上がった。


「行くってどこに?」
「この近くに山荘があるんや。俺たちの他にも生き残っとる奴が数人おる」
忍足は簡単に説明した。
「じゃあ俺も含めて6人も生存者が?」
「白石と越前が他の生存者を発見してたら、もっと増えてるで」
「よかった。俺一人じゃ夜あいつらに襲撃されたら、さすがにもうダメかと思ってましたよ」
「自分のことも頼りにしてるで。戦力として役に立ってな」
「もちろんっすよ。さあ行きましょう」
赤也は、先ほどまでの憔悴ぶりが嘘のように元気を取り戻した。


「ん、何か忘れているような……ま、いいか」




Panic―10―




「おーい、ねえちゃん、こっちやこっち」
金太郎が手をふっている。どうやら目的地にたどり着いたようだ。
しかも金太郎と不二だけでなく、四天宝寺の小春もおり、美恵たちの姿をみてハイテンションに騒いでいる。
「きゃぁー、一気にアタシのナイトが増えたわぁ!皆、アタシを守るために頑張ってね」
妙な事を口走っているが、この生死を賭けたサバイバルの中、明るさを失っていない小春はある意味すごいと美恵は感心した。


「これで十人ね。1ダースまで、あとちょっとじゃない」
「十人?」
辺りを見渡したが小春たち以外の人間の姿が見えない。
「小春君、他の人たちは山荘の中にいるの?」
「ううん。くらりんやケンヤ君たちは他の生存者を探しに行ってるの。そのうちに戻ってくると思うわ」
「白石君と謙也君も生きていたのね。金太郎君、よかたわね」
「それにリョーマ君と忍足君もよ」
「侑士が?」
チームメイトの安否を知りたかった美恵にとって忍足の無事はとても嬉しいものだった。




「忍足君ね、美恵ちゃんだけは探しだして自分が守るんだっていってたのよぉ。うん、美恵ちゃんって愛されてるのね」

「……何だと?」

跡部のドスの利いた口調に、小春はハッとして両手で口を押さえた。

「……あの野郎。氷帝の帝王たる俺を裏切るつもりだったのか。よりにもよって俺の女に手を出そうなんて」
「あらぁ、跡部君、落ち着いて。聞けば、あなた浮気が原因で美恵ちゃんと別れたっていうじゃない。
と、いうことは美恵ちゃんはフリーだから、忍足君が美恵ちゃんにアタックしても、それは自由恋愛ってことで――」


「黙れオカマ、俺を本気で怒らせるつもりか?」


「いえいえいえ!」
小春は後ずさりしながら完全に沈黙した。




「氷帝のバスで強行突破か。悪くないアイデアだぜ。
あれは跡部財閥特注の特別仕様だ、ゾンビどもが10ダースかかってこようがびくともしねえ」
美恵も乗車してきたので知っているが、跡部が贅を尽くして作られたもので、シャワーやベッドまで備え付けられていた。
馬力も凄まじく、どんなに困難な山道でも走行できる優れものだ。
「でも運転は誰がするの?」
運転手も合宿所にいたのだ。生き残ってくれていればいいが、逆の可能性も考慮しておかねばならなかった。
「心配するな。俺が運転してやる」
「景吾が?」
「俺がサーキット場でスポーツカー乗り回してたのは、おまえも知ってるだろ?」
確かに跡部は中学生の分際で車の運転ができる。
まだ免許をとれる年齢ではないので、跡部家所有のサーキット場限定での運転だったが大した腕前だった。


「でも大型車と普通車は違うでしょ?」
「基本は同じだ。心配するな。それとも俺以外でそんな芸当できる奴はいるのか?」
確かに他の選手にいたっては車どころか原付二輪だって運転経験はないだろう。ここは跡部にまかせるのが一番だ。
脱出方法は決定したが、問題は合宿所の駐車所まで無事に辿りつけるか否かだろう。
「皆も知ってる通り、合宿所までの唯一の公道は使えないのよ」
長距離トンネルを避けては通れない。あのトンネルの中には、間違いなく太陽から逃れたゾンビたちが巣くっている。
「短期間でゾンビが異常なスピードで増殖したおかげで吊り橋は破壊されてしまったから山道だって使えないわ」
理性を無くしたゾンビどもだが、微かに人間だった頃の記憶があるのか、夜のうちに逃走ルートを潰していた。
本能ゆえの行動で計算されたものではないだろう。
山中を強引に進むのは時間がかかりすぎるし、途中、崖や谷など障害があることを考えたら挑戦すべきではない。
道に迷い夜になったら戻ることもできなくなってしまう、確実なルートが必要だ。




「それに関しては解決済みや。なあ謙也」

タイミングを見計らったように扉が開き忍足が姿を現した。
美恵、心配したで」
「私だって心配したわよ。侑士、無事でよかったわ」
美恵、そんなに俺のことを思っていてくれていたんやな。嬉しいで」
忍足は両腕を広げ駆け寄ってきたが、即座に跡部が二人の間に割って入った。
「……跡部、無粋や奴」
「うるせえ、それよりも合宿所に行く方法ってのを聞いてやる。言ってみろ」
「それに関しては謙也から説明させるわ」
謙也は合宿所まで通じる洞窟があることを話した。多少、危険だが目的地まで直通で、しかも最短距離で辿りつけると。


「おい洞窟なんて多少どころの危険じゃすまねえだろ。あのゾンビどもが住処にしてたらどうする?」
跡部はもっともな質問をした。
「それもノープロブレンや。あの洞窟の入り口は少々複雑でな。知能を無くしたゾンビたちが入れるわけがないんや。
つまり、昼間のうちに洞窟にはいってしまえば、こっちのもんや」
謙也は自信満々に言った。
「よかった。それじゃあ、後は私たちと同じように生き残っているひとたちを探しだすだけね。皆、助かるのね」
「そういうことやけど白石と越前がはたして何人連れ帰ってくれるかどうか」
「脱出方法が決まったんだから、しばらくこっちで生存者を捜索することはできないの?」
美恵に言われるまでもなく、できることなら誰もがそうしたいだろう。


「無理っすよ。俺らも、この数日間壮絶なサバイバルしてたせいで体力の限界。食料はもっと限界。
早く合宿所にいかないと、せっかくの脱出方法も無駄になるかもしれないっすよ。時間との勝負なんすから」
「赤也の言う通りだよ。俺たちには、もう時間がない」
幸村も切原と同意見だ。王者・立海はテニス以外でもシビアだった。
「当然だな。非情だが、こんな状況じゃあ運がものをいう。下手な慈悲心を出したら助けるどころか、こっちまでやられるんだ」
そして跡部も実にクールだった。
「……そう」
美恵は反論したかったが、跡部たちの言い分ももっともだと理解もしていた。


「大丈夫や美恵、きっと白石と越前が大勢連れて帰ってくる。な、元気だしてや」
忍足は優しく慰めてくれる。
「それに俺は生存者がこの山荘にこれるように所々目印をつけてきたんや。それを目にしてここにくる人間もきっとおる」
「そうね」
美恵はデスクの上にあったノートから白紙のページを数枚切り取った。
自分たちが立ち去った後に来る者へのメッセージを書き残しておくために。
今の自分たちの状況や合宿所へのルートを詳細に書き込んだのだ、これを読めば後から合宿所にくることができるように。
「それにしても白石たちは遅いじゃねえか。こんな天気だ、ゾンビに襲われるわけがねえ。事故にでもあったんじゃあないだろうな?」
「景吾、不吉なこと言わないでよ」
「俺は可能性を言っただけだ」
美恵は心配になり屋外に出ると、崖の上から人影を探した。




「……あれは」
しばらくすると小さな点が動くのが見えた。近づくにつれ人の形となってゆく。
間違いない、きっと白石とリョーマだ。
「もう一人いるわ」
速度が随分と遅いが、白石とリョーマについて歩いている人影があった。
「よかった、生存者を見つけたのね」
美恵は思わず山荘に飛び込み、「皆、白石君とリョーマ君が戻ってきたわよ。仲間を一人見つけて戻ってきたわ!」と大声で言った。
そして全員で山荘を飛び出し白石たちを待った。
だが三人の姿が大きくなるにつれ、誰もが違和感を感じ異様な雰囲気が流れ出した。

「……どういうことだ?」
「……あれは菊丸やろ?」

足取りはふらつき元気がないが確かに菊丸だ。


「菊丸君を……縛ってる?」




「皆でお出迎えありがとさん。すまんなあ、遅くなって」
白石は笑顔で言ったが、美恵たちのシリアスな面持ちに多少困惑しているようだった。
「……白石君、どういうこと。どうして菊丸君を縛っているの?」
美恵の質問に即座に答えたのはリョーマだった。
「簡単だよ。菊丸先輩は危険だからね。被害はでる前に未然に防ぐのがサバイバルの鉄則だから」
「危険?何を言うのよリョーマ君、これじゃあ菊丸君がかわいそうだわ」
美恵は菊丸に駆け寄るとロープをほどこうとした。

「あかん!」

しかし、白石に腕をつかまれた。
「こうするのが俺たち全員の安全のためなんや。そして菊丸君のためでもある」
「どういうことなの?説明して、でないと納得できないわ」
「もっともな意見や。とりあえず中に入ろうか。話はそれからや」
全員、リビングルームに入室完了し着座すると白石はまずため息をついた。




「……あんまり深刻な目せんで欲しいなあ。話しづらくて」
リョーマが「じゃあ俺から言おうか?」と言った。
「……いや、ええよ。一年生に嫌な役目押しつけるわけにはいかへんから」
白石は覚悟を決め全てを話した。
ゾンビが誕生する過程を、そして菊丸がすでにゾンビに負傷させられたこと。
そして何より、いずれ菊丸が脅威となる可能性が高いことも。全員静かに聞いていた。
それは衝撃な内容だったが、実際にモンスターになった連中を見てきただけに誰もがその恐ろしい内容を理解し受け入れていた。


「……その時がきたら菊丸君はどうするの?」
美恵が一番心配したのはその点だった。
「何も始末するなんて言うてへんよ。ただ活動できひんように五体の自由は完全に奪わせてもらう。
今は上半身を縛ってるだけやけど、怪しい兆候が見えたら、足も縛るし猿ぐつわはめさせてもらうわ。
ついでに鍵付の部屋に監禁させてもらう。そこまですれば、さすがに俺たちを襲うなんてできひんやろ」
美恵は少しほっとした。 確かにそこまでやれば菊丸がゾンビ化しても襲われる心配はなさそうだ。
もちろん、菊丸がこのまま人間でいてくれさえすれば、それに越したことはないが、最悪の展開も覚悟しておかなければならないのも事実。
そんな美恵の心を察したかのように白石は警告してきた。


「いつ何時変化するかもわからんから、美恵さんは近づかんようにな」




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