美恵、大丈夫か!?」
「景吾!」

跡部は駆けつけるなり美恵 を抱きしめた。
温かい、怪我もない、その事実に安心し跡部はようやくホッと息を吐いた。

「真田君が助けてくれたの」
「真田が?」


「ぬぉぉぉ、潔く散るがいい爬虫類めー!!」
「ぎゃぎゃぎゃー!!」


「……何なんだ、あいつ。おまえの存在に気づいてねえだろ」
「……そうね」

真田とイグアナを残し、美恵 達は、その場を後にした。




テニス少年漂流記―44―




「また美恵 が襲われただって?どうなってやがるんだ!」
宍戸は声を上げて激昂した。
「……宍戸さん、もしかして美恵 先輩の事が好きなんですか?」
「おい長太郎、俺は仲間として怒ってるんだ」
「それを聞いて安心しました」


「と、とにかくだ跡部。真昼間から、おまえ達に守られてる美恵 を襲うなんて異常すぎるぞ」
「ああ、もう美恵 は外出禁止だ」
跡部は美恵 の肩を抱きよせた。
ツリーハウスの周囲にはあらゆるトラップが仕掛けられている。
近寄ろうものなら杏の二の舞になるだろう。ここなら安全だ。
跡部は今まで以上に美恵 のそばから離れなくなったし、殺人鬼もさすがにここまでは来ないだろう。


美恵 、こうなったらベッドでも一緒だ」
「それは駄目」
「あーん、何いってやがるんだ?」
「じゃあ何もしないって誓える?」
「何を今さら、小島での2人での熱い夜を忘れたのか?あーん」
「……だから駄目なのよ」




やがて日が暮れてきた。夕食を終えると全員早々とツリーハウスに移動。
狼を警戒して樹の上に家を作ったのが幸いした。ここなら安全だろう。
美恵 は明るく振舞っているが、実際は襲われたショックを受けている。
跡部だけは、それに気づき、美恵 が眠りにつくまでベッドの傍らにいてくれた。
美恵 ……やっと、眠ったようだな」
跡部はほっとすると同時に美恵 を付けねらう殺人鬼への憎悪を倍増させた。


――俺の美恵 の命を狙うなんてふざけやがって。
――絶対に不二か幸村か、あいつらの手下に決まっていやがる。
――ふられたからって悪質な腹いせしやがって!
――証拠つかんだら、ぶっ殺してやるぜ!!














「……美恵 、愛してるぜ」

夢の中でも美恵 への愛を呟く跡部。安全な場所にいるのだ、美恵 の身は大丈夫。
それが跡部を安心させてはいたが、やはり完全に気を緩めていないのか何だか熟睡できない。
跡部はうっすらと瞼を開いた。カーテン越しに人影が見える。

(……美恵、まだ起きてるのか?)

眠れないのかと思い跡部は少し上半身を起こした。
どんなに気が強いといっても、やはり美恵は女の子だ。あんな目にあったら眠れないのも無理は無い。
跡部は美恵が気が紛れるように会話でもしてやろうと立ち上がろうとした。

(……美恵?)

跡部は何か腑に落ちない思いに駆られた。カーテンに映るシルエットが何か違う。
美恵とは幼い頃からずっと一緒にいた。顔など見なくても後ろ姿でも手や足だけでも本人とわかる。
それが影だけであっても同じだ。


(違う、美恵じゃない!)


それに気づいた途端、跡部の意識は完全に覚醒した。
と、同時にそのシルエットが手を上げた。その手にはナイフらしきものが握られている!




美恵!!」




跡部の叫びにレギュラー達もいっせいに飛び起きた。跡部はカーテンに向かって盛大に体当たり。

「景吾!」
美恵、大丈夫か!?」

跡部の声に驚いて飛び起きた美恵の目に映ったのは鈍い光を放つナイフ。
そして昼間自分を襲ったマスクをかぶった謎の黒服殺人鬼だった。


「てめえ、ぶっ殺してやる!!」


跡部は激昂した。目の前で愛する女を殺されかけたのだ、理性など残ってない。
だが殺人鬼はいきなり地上にダイブした。逃げられないと覚悟しての自殺か?
いや違う。跡部達の耳に聞こえたのはストンと華麗に着地した音だった。
よく見ると枝にロープがくくりつけてある。これを使って滑り降りたのだろう。


「逃がすものか!」
跡部もロープを使って地面に着地した。
(あれだけのトラップを、どうやってくぐり抜けやがった!?)
トラップがあるからこそ安心していたというのに。
「くそっ!」
すでに殺人鬼の姿はなかった。黒服をまとっていたせいか闇に溶け込んだように全く見えない。


「跡部!」
「跡部さん!」
宍戸と樺地が吊り梯子で降りてきていた。
「景吾、大丈夫なの!?」
跡部を心配した美恵も降りてこようとしている。
「馬鹿野郎、てめえはそこを動くな!岳人、ジロー、そいつから目を離すんじゃねえぞ!!
宍戸、樺地、周囲を探せ。まだいるかもしれねえから注意しろよ」
「あ、ああ、もちろんだぜ」
「……うす」
跡部達は、それぞれ物置小屋から武器になりそうな物を手にすると慎重に調べだした。
トラップは全て正常だ。ちょっとでも引っ掛かれば即座に作動する。


(壊れてねえ。これだけの数のトラップに掛からずに抜けきるなんて考えられねえ。
トラップの位置や種類を知ってるならともかく……待てよ)
跡部はあることを思い出した。それは、杏がトラップに掛かった事だ。
(……まさか)
跡部は、そのトラップの位置まで走った。そして確信した。


「……糸が切られてやがる」


ここだ。この場所から殺人鬼は侵入をはたしたのだ。
つまり殺人鬼は、このトラップの存在を前もって知っていたということになる。

(……このトラップは氷帝の連中しかしらねえ。唯一の例外は橘の妹だけだ)

忍足は美恵と跡部の関係に失望して四天宝寺に身を寄せている。
跡部は不二と幸村の事は疑っていたが、忍足は違った。
ずっと一緒にいた仲間だ。忍足の性格はよくわかっている。
忍足は今はショックを受けているが、不二達のように潔癖ではない。
時間さえたてば立ち直り再び美恵にアタックを開始することだろう。
最初の男になれないなら永遠の男になりたい。それが忍足侑士という男なのだ。
そうなると可能性は一つ。


「あの女が殺人鬼だったのか!!」


跡部は激怒した。相手が女だろうと手加減なんかしてやるつもりはない、愛する女が殺されかけたのだ。
もしかしたら殺人鬼の正体は幸村達ではなく、不動峰の連中かもしれない。
あいつらなら杏の口車にのってそのくらいの事をするだろう。
「さては橘の事で逆恨みしているんだな。ふざけやがってぇ!!」
怒り狂った跡部。しかし行動を起こすには適当な時間でないこともわかっている。
跡部は決意した。やられる前にやってやると。


「跡部、どうした?」
「……宍戸、今夜は交替で見張りをたてて寝るぞ。明日は忙しくなる」
「忙しくなるって?」
「決まってるだろ。殺人鬼狩りだ、あいつら、ぶっ殺してやる!!」














美恵、眠れた?」
「ええ、ぐっすり眠れたわ。ジロー達のおかげよ」
「よかった。俺、うれC」
ジローは喜んだが、それはもちろんジローを思っての美恵の優しい嘘だった。
「それよりジロー、景吾達の様子が変なんだけど何か知ってる?」
「ううん。俺、知らないよ」




「おい跡部、本当に美恵には秘密にするのかよ。ちゃんと説明すればわかってもらえるんじゃないのか?」
「駄目だ。あいつは相手が殺人鬼だろうが一方的な私刑は必ず反対する。
それに俺はこれ以上、あいつを血生臭いことに係わらせたくないんだ。
犯人がわかった以上、あいつが知らないうちに全て片付ければ済む事だ」
跡部は不動峰に襲撃をかけ一気に片をつけるつもりでいた。
知らないのは美恵とジローだけ。ジローは純粋すぎるので黙っている事はできないだろうと判断したのだ。
「樺地、おまえはジローとツリーハウスにいろ。何が起きても樹から下りるなよ」
「……うす」
「もっとも今度はこっちが殺人野郎を襲ってやるんだ。二度と美恵に危険な事は起きない」
跡部達はそれぞれ武器を手に作戦に出た。




「あれ美恵、跡部達出掛けたよ。何だか物騒なスタイルで」
「え?」
急いで地上を覗き込むと確かに跡部を先頭に武器を手にしてどこかに行ってしまったではないか。
その様子に尋常ではないものを感じた美恵は慌てて地上に降りた。




美恵先輩いけません。樹の上に戻って下さい」
「樺地君、景吾達どこに行ったの!?」
「ただの狩りです。心配いりません」
「狩りって……」
確かに狩りといえないこともないが、何かおかしい。第一、跡部が自分を置いて出掛けるなんて。


「樺地君、何か隠してるでしょう?教えて、何があったの?」
「本当に狩りです。自分にはそれ以上言えません」
「……樺地君」
樺地は跡部に誰よりも忠実だ。これ以上、どんなに問い詰めても決して口を割らないだろう。
「いいわ。景吾に直接聞くから」
美恵は全速力で跡部の後を追いかけた。














「いいか、てめえら。一切容赦するな、あいつらは美恵を殺そうとしやがった。
殺人鬼に情けは無用だ。油断せずに一気に捕獲しろ。
後は簀巻きにして海にでも捨ててやればいい。鮫が始末してくれるだろ。
帰国したら不動峰の連中は嵐で海の藻屑にでもなったと言えばいい」
「……跡部、おまえって時々怖い事いうよな」
「うるさい、とにかく俺の美恵をナイフで一突きにしようとした殺人鬼どもは――」


「今の話はほんまか跡部!?」


そのエロボイスに跡部は不快な表情を見せた。
四天宝寺の連中と一緒に食料探しに来ていたのだ。

「侑士、おはよう」
「おはようじゃないやろ岳人!どういうことか説明するんや!!」

向日は全て話した。昨夜、殺人鬼が家にまで入り込んで美恵を殺そうとした事。
跡部の推理によると、その殺人鬼はどうやら不動峰らしいという事。
さらには今から不動峰を襲撃しに行く事まで全てだ。


「何やて!やっと俺は哀しみから立ち直って新しい目標見つけたゆうのに!!」
「……ほう、その目標とやらを聞かせてもらおうじゃねえか忍足」
「略奪愛に決まってるやろ!!」
途端に跡部と忍足の殴り合いが始まった。
「おいよせよ跡部!」
「侑士、落ち着くんや!」
宍戸と謙也が間に入ってようやく止めたかと思ったら、ますます厄介な事になった。


「俺の美恵さんが殺されかけただって!?」


女性のような繊細な声。跡部と忍足は同時に顔をしかめた。

「……幸村、てめえ落ち込んでたんじゃなかったのか?」
「……ほんまや。恋愛経験ない潔癖な自分は再起不可能だと睨んでたんや」

幸村の背後では仁王が青ざめて立っている。
『そんな可愛い性格なら俺は苦労せん』とでも言いたげな表情で。

「今はてめえと争っている暇はねえんだ。俺は恋人としてあいつを守る。
美恵に危害をくわえやがった不動峰の連中は皆殺しだ!!」




「跡部さん、落ち着いてくださいよ。まだまだだね」
そこにまたしても役者が登場した。
「青学の生意気な一年坊主……てめえ、何しにきやがった?」
「何って大石先輩が不二先輩探せってわめいたんで桃先輩と仕方なく探してたんすよ。
そしたら偶然、この先で、不動峰の連中とばったり出くわして。
あいつら氷帝に用があるみたいっすよ。何だか随分怒ってたみたいだけど」
「ふざけるな!怒りなら、こっちの方があるんだ。美恵の命を狙いやがって!!」
「……ほんまや。それに関しては同意したるで跡部」
「……あの坊や達、少々おいたが過ぎたようだね」


「あ、氷帝!」
タイミング良く(いや、この場合は悪いのか?)不動峰登場。
リョーマは帽子を深々と被り直し「まだまだだね」と呟いた。
「おまえ達、よくも杏ちゃんを――」


「てめえら……!よくも俺の美恵を殺そうとしてくれたな!!」


「……は?」
台詞を言い終わらないうちに跡部は不動峰に飛び掛っていた。


「ぶっ殺してやる!!」
「ぎゃあー!!」

こうなったら跡部は止まらない。
不動峰も慌てて総力で対抗するも跡部は財閥の御曹司として護身術を叩き込まれている。
テニス一筋で格闘技とは縁のなかった人間に勝ち目があるわけがない。
まして今の跡部は愛する女を殺されかけた事で頭に血が上っており、手がつけられない。


「景吾、やめて!」


その愛しい女の声が聞こえなければ跡部は実際止まらなかっただろう。
美恵、何で来た!?」
「あなたの様子がおかしかったら……何て事するの。殺すつもりなの!?」
「ああ、そうだ。こいつは殺すしかない!!」
「跡部、良かったら、これ使ってくれへんか?樹を切ろうと作った石造りの斧や」
「侑士、何てこというのよ!!」
美恵の登場に跡部達は冷静さを取り戻したようだ。しかし、今度は不動峰が騒ぎ出した。


「おい、おまえ!よくも杏ちゃんを虐めてくれたな!」
「……え?」
何の事かわからず美恵は困惑した。
「おまえ、杏ちゃんに暴力ふるったりアクセサリー取ったんだろ!!」
あまりにも予想外な言葉に美恵は言葉もでなかった。
その無言を不動峰は肯定ととったのか、さらに勢いづいて怒号した。


「奇麗な顔して裏で虐めするなんてよ!聞いたけど、おまえ氷帝のもう1人のマネージャーも虐めてたんだってな!」
「何だと!やっぱり殺してやる!!」
呆気に取られている美恵とは反対に、跡部が再び激昂した。
「てめえら、殺しがばれて言うに事欠いて俺の女を侮辱しやがったな!!
もう許せねえ、昨夜は俺達の家にまで不法侵入して美恵を殺そうとしたくせに!!
変なマスクに黒服の猟奇殺人野郎が、偉そうに人の言葉を喋るんじゃねえ!!」
「さっきから、何の事だ。俺達が人殺しって……!」
「まだ、シラを切る気か!昨日、この女がトラップにかかったのは、俺達を探りにきて引っかかったんだろう!
「し、知らねえよ!」
「いい加減にしやがれ。まだ吐かねえのなら、今すぐ拷問して――」


「あ、跡部、あれ!」


向日が指差した方角。全員が反射的に同じ方向に視線を送った。
太陽を背に異形の者が立っていた――。




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