「ギャース!!」
がっぷりと組み合う真田と謎のオオトカゲ。
その光景はまさに古代人VS巨大爬虫類のB級映画のワンシーンだった。
「おのれ、体温調節もできない下等生物の分際で人類に勝てると思わんことだ!」
「ギャオオー!!」
お互い一歩も引かない。壮絶な肉弾戦だった。
「……さ、真田の奴……一体、何と戦ってるんですか?
ど、どう見ても巨大イグアナじゃないですか……!」
散歩中、この恐ろしい光景を偶然見てしまった観月は木の陰で震えていた。
テニス少年漂流記―42―
(……誰かいるわ。勘違いなんかじゃない)
何者かがいる。そして、その相手はまともな人間ではない。
まともな人間なら堂々と姿を現すはず。
何よりも白目を向いている向日が尋常な相手では無いことを如実に物語っているではないか。
(まさか、私を殺そうとした犯人?)
可能性は高い。だとしたら狙われているのは自分の命だ。
早く逃げなければならないが向日を置いてはいけない。
ターゲットが自分だとしても、向日を殺さない保証は無いのだ。
「岳人、起きて」
美恵は向日を揺さぶったが、まるで反応がない。
がさっと不気味が音が背後からして振り向くと茂みに何かが飛び込むのが見えた。
(一体誰なの。悪趣味すぎるわ)
美恵はそばにあった木の枝を手にした。
(大人しくやられるつもりはないわ。かかってらっしゃい)
美恵は恐怖に怯えながらも戦う覚悟を決めた。
じっと観察するように周囲をうかがう。
少しずつ歩いてみると、茂みから靴の先がはみ出ているのが見えた。
(頭隠して何とやらね……先手必勝よ)
美恵は枝を振り上げると茂みに飛び掛った。
「桃城先輩どうしたのかしら。昨日から姿見えないけど」
「さあね。でも不二先輩が『気にする事ないよ』って言ってるからいんじゃない?」
桜乃と朋香は和やかに井戸端会議に花を咲かせていた。
少し離れた場所から乾が「……理屈じゃない」と呟いている。
「……やれやれだね。うちの連中は誰かさんの顔色伺いすぎだよ」
リョーマは溜息をつくと桃城を探す旅に出た。
「桃城君?!」
茂みの中にいたのは桃城だった。しかも向日同様白目を向いて意識を失っている。
「ど、どういう事?」
美恵は混乱した。だが、すぐに優先すべき事に気づいた。
「桃城君、しっかりして!」
揺さぶってみたが、まるで反応がない。美恵は最悪の事態を考えぞっとした。
「……ま、まさか」
首筋に触れてみた。そして初めてほっとした、脈がある。
「……良かった。生きてる」
安堵すると同時に今自分は謎の人物に狙われていることを思い出しハッとして振り向いた。
向日が茂みの中に引きずり込まれている。
「岳人!」
慌てて向日に駆け寄ろうと走った途端に足元に何かが引っ掛かり転倒した。
「……痛いっ」
木漏れ日に反射され何かが光った。
「糸……?」
いつの間にかトラップが仕掛けられていた。いや、おそらく最初から仕掛けられていたのだろう。
やはり相手の標的は自分のようだ。武器の枝は……転倒した勢いで手離してしまい距離ができてしまっている。
武器がないと危ない。すぐに立ち上がろうとするも足首に痛みが走った。
しかし痛みに途惑っている暇などない。手を伸ばした。
その時だ!背後から腕が伸びてきて美恵の口と腕を封じた。
「……んんっ!」
叫ぼうとしたが声がでない。振りほどこうと暴れたが、相手のパワーの方がはるかに上だ。
(殺される。助けて……景吾!)
美恵は自分の死を予感した。だが謎の殺人者は、そのまま美恵を抱きかかえ歩き出した。
どういうつもりかわからないが、ここでは殺さないということなのだろうか?
(死体が見付かったらまずいから、どこか人気のない場所で殺そうってつもりなの?)
どちらにしてもゾッとする。しかし、ここまで力に差があるのでは逃げる事もできない。
(い、嫌……!)
美恵はなすすべもなく拉致されようとしていた。
だが、突然、美恵は謎の殺人者の手から解放され地面に落下した。
慌てて見上げると今度は謎の殺人者が殴り飛ばされるのが見えた。
「け、景吾……!?」
「大丈夫か美恵!」
跡部だ。跡部は美恵に駆け寄り無事を確認するとホッとした。
そして凄まじい殺気を敵に向けた。大切な恋人を攫おうとした人間を許しはしない。
黒い布をまとっている。顔は、ふざけたマスクで隠している。
だが女ではない。身体つきといい、美恵を軽々とねじふせた力といい間違いなく男だ。
(もっとも、この無人島の男女比は圧倒的に男が上。男が犯人の可能性が高いことは跡部も美恵もわかってた)
「……てめえ、覚悟は出来てるんだろうな?」
「……どうして、おまえがいる?」
変声器を持っているらしく機械的な声だった。
「俺は美恵からは離れないって約束したんでな」
その約束の通り跡部は美恵から目を離さないようにしていた。
同時に犯人を油断させる為に距離を置き、少し離れた場所から美恵を見守っていたのだ。
「…………」
分が悪いとみたのか謎の男は背中を見せると全力疾走で逃げ出した。
「逃がすか!」
当然、跡部もすぐに追いかけようとしたが、すぐに立ち止まった。
(美恵と離れるわけにはいかねえ。単独犯とは限らないからな)
もしも殺人者がもう1人いたら、跡部が離れた途端に美恵を再び襲うだろう。
跡部は美恵のそばにくると抱きしめた。
「遅くなって悪かった。怪我はないか?」
「私はいいわ。それより岳人と桃城君が……」
「ちっ、しょうがねえ野郎だな」
跡部は向日の両肩をつかむと力を入れた。ボキッと妙な音がして向日はうっすらと目を開けた。
「……あ、あれ……俺、どうしてこんな所で寝てんだ?」
「どうしてもこうしてもねえだろ。美恵をしっかり守れっていったろうが!」
「景吾、怒鳴らないで。岳人だって危ない目にあったのよ!」
「それがどうした!美恵を守ると言ったのは嘘だったのか!」
突然の跡部の怒号に仰天した向日だったが、美恵が危険な目にあったことを察し青くなった。
「わ、悪い跡部。俺、油断してたよ。こんな真昼間から襲ってくるなんて思わなくてよ」
「言い訳はもういい!ジローも簡単に美恵から離れやがって――」
「景吾、私は無事だったんだから、もうやめて」
跡部はまだ何か言いたそうだったが美恵が悲しそうに制してくるので向日を責めるのことをやめた。
「もういい。これからは俺が直接美恵の警護をする」
跡部は美恵を抱きしめた。
「え、千石いないの?」
「ああ、こっちには来ておらん。ずっと氷帝にいると思ってたんじゃがのう」
「だっておかしいよ。千石は姿見せてないんだよ。美恵が帰ってきてからずっとだよ」
「じゃったら島のどこかで迷っているんじゃないのか?
小さい島じゃないし姿消したから、まだ一日しかたっておらんのじゃろ?
真田がいる限り、千石がここに戻るなどありえん。行くとしたら他校のところじゃ」
「ふーん。もし千石がきたら、美恵が心配してたよって伝えておいてね」
無邪気なジローは手を振りながら走って帰って行った。
「……ふーん、美恵さんが心配してるんだ千石のこと」
「ゆ、幸村!」
幸村は今だ不機嫌の絶頂にあった。
「……千石が姿みせたら俺八つ当たりするかもしれないな」
幸村は不吉な言葉を残し洞窟の奥に姿を消した。
「何?ここに置いてくれだ、図々しいこというな。さっさと帰れ!!」
「景吾、そんな頭ごなしに……桃城君の事情くらい聞いてやったら?」
「あーん、他人の事情なんか知るか。
余計な人間が増えるってことは俺とおまえがいちゃつく時間も減るってことなんだぞ!」
「……あ、あのね」
桃城は記憶が曖昧だった。なぜ、あんな場所に転がっていたのかさえわからない。
ただ青学には戻れない、戻ってはいけない感じがするというのだ。
勿論、そんなことで跡部が納得するわけがない。
揉めているところにタイミングよくリョーマがやってきた。
「桃先輩さがしましたよ。さあ帰ろう」
「帰る?うーん、なぜか帰る気にはならないんだ……何でだろうなあ」
「何でもクソもあるか!さっさと帰れ!!」
「跡部さん……わかってるよ。帰るよ……けど、何か恐ろしい目にあったような気がする」
「桃先輩、思い出さない方が幸せって事もあるんすよ。さあ」
「そうだよなあ。おまえがそういうなら、それが正しいんだよなあ」
元々、素直な性質の桃城はリョーマに促され大人しく帰った。
「景吾、あんなにきつい言い方しなくても良かったのに」
「あーん、俺は言い過ぎたとは思ってないぜ。おまえの周囲に怪しい人間を置けるか」
跡部の意図に気づき美恵は目を大きくした。
「景吾、まさか桃城君の事を疑ってるの?」
「当然だろ。おまえのそばに殺人者かもしれない男なんか置ける道理がねえ」
「で、でも桃城君は私が襲われた時、気絶してたのよ。景吾も見たじゃない」
「あれが演技じゃなければなあ。タイミングよく現場にいたのが怪しいぜ」
跡部は完全に桃城を疑っていた。確かに、あの現場にいた以上疑惑の対象になる事は無理もない。
ただし、それは桃城に美恵を襲う動機があればの話だ。良くも悪くも桃城と美恵は何の関係もない。
桃城に美恵に危害を加える理由など何もないのだ。
「てめえの言いたいことはわかるぜ。だが動機ならあるぜ」
「教えてちょうだい」
「あいつは不二の腰巾着だ。不二の命令に決まっている」
美恵は驚愕した。思わず表情を強張らせて跡部を見詰めてしまう。
「不二君が私を……?」
「そうだ。あいつはそういう男だ」
「……景吾、言っていい冗談と悪い冗談が」
「冗談なわけないだろう。俺のインサイトを甘くみるなよ、あいつは外見と違い中身は腐りきっている。
あいつはおまえに心底惚れていた。だからこそ今はおまえを憎み恨んでいるに決まっている」
「あの優しい不二君が私を恨んでる……どうして!?」
「決まってるじゃねえか。俺とおまえが結ばれたからだ」
跡部の推理はあまりにもかけ離れており、美恵は呆気に取られた。
「ああいうタイプは愛情が深い分、嫉妬で憎悪を燃やすんだよ」
美恵は何もいえなかった。跡部のあまりにも飛躍しすぎた思い込みだと思った。
しかし、跡部が自分を俺の女だと宣言した時の不二の瞳がなぜか頭から離れなかった。
(……いえ景吾の勘違いよ。不二君は優しい人よ、一人ぼっちになった私を慰めてくれたのは不二君よ。
景吾の事は愛しているけど、やっぱりこんな話到底信じられないわ)
美恵は跡部の話は忘れる事にした。
「桃先輩、俺からの忠告ですけど二度と美恵さんや跡部さんのこと口にしない方がいいっすよ」
「何で?」
「……先輩は鈍いね」
「はあ?」
「まだまだだね」
青学キャンプに戻ると意外な客が来ていた。不動峰の伊武だ。
「何でおまえがここにいるんだよ?」
「……うちの杏ちゃんが行方不明なんだ。探してる」
「立花妹が?」
まだ明るいが、それでも危険生物がいることを考えたら帰宅していなければいけない時間だ。
「……神尾はおまえが杏ちゃんと親しいから、おまえのところにいるんじゃないかってうるさいんだ」
「俺はしらねえぜ、しらねえよ」
「……最近、杏ちゃん悩んでるみたいだったから心配だ。もし見掛けたら保護しておいてくれ」
「ぬおお!下等生物め、いい加減に降参せんかー!!」
「ギャオオー!!」
真田の一本背負い。しかしイグアナは尻尾を使い内股を仕掛けてくる。
「大人しく立海の胃袋にはいらんかー!」
「ギャギャー!」
「何ー!嫌だと、何という我侭な奴!!」
真田と巨大イグアナの戦いは、まだ続いていた――。
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