「今頃、不二先輩どうしてるんすかね」
桃城は皮をむいただけで何の味付けもしてないタロイモをかじりながらそう言った。
トカゲの黒焼き、イモリの串焼き。さらにはグロテスクな昆虫の姿揚げ。
なかなか壮絶な光景だ。桜乃や朋香は一目見るなり逃げ出してしまったほど。
「こんなに美味いのに。変な奴等だな」
大食いの上、元々悪食だったせいか食べれるものは何でも口に放り込める。
桃城の胃はサバイバルに対応して、妙な才能を開花させていた。


「でも五日も2人っきりでしょ?あの2人もう……なーんちゃって」


少々淫らなジョークを言ってしまった。
受けると思ったのだが目の前にいる乾や一年トリオは笑うどころか凍り付いている。
「どうしたんすか?」
「……り、理屈じゃないんだ」
「言ってる意味わかんないんすよ」
乾達の視線は自分の背後に向けられている。桃城は何気に頭だけ後ろに向けた。


「ひいいいい!ふ、不二先輩!!」




テニス少年漂流記―41―




美恵、心配したんだよ!」
ジローは美恵に抱きつき再会を喜んだ。
邪気がないのか、さすがの跡部もジローだけは邪険にしない。
「うれC」
「ごめんねジロー心配かけて」
「これからはずっと一緒だよね?」
「ええ」
美恵と跡部は元の島に戻ってきた。居場所が見付かった以上、もう隠れ住む意味もない。
それに美恵自身、もう逃げたくなかった。
美恵どうしたの怖い顔して……」
ジローが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……あ、ごめんなさいジロー。何でもないのよ」


『大丈夫だ。俺がおまえを守ってやる』

――景吾がいるから大丈夫。


跡部は片時も離れずに美恵を守ると誓ってくれた。だが、美恵は嬉しい反面心配だった。
もしも犯人の狙いが悪質な悪戯ではなく、本気で美恵を殺す事だとすれば当然跡部は一番の邪魔者。
跡部にまで危害を加えようとしても不思議ではない。
氷帝のチームメイト達も同じだ。美恵の城壁も同然な存在だけに、彼らも危険な目に遭う可能性は十分ある。


「……私、本当にここにいてもいいのかしら?」
美恵、何言ってるの?」


「何言ってんだよ美恵、荷物ここでいいか?」
宍戸が美恵のベッドの脇に旅行鞄を置いてくれた。
「ありがとう」
「ところでよ。跡部はやっぱりおまえのベッドで寝るのか?」
「え”?」

――何、今なんて言ったの?

「跡部のベッドは千石が使ってるだろ?あいつ立海には絶対に戻りたくないって泣いてんだよ。
戻ったら最後、真田に軍事裁判にかけられて制裁くらうって思い込んでるんだ」
「ま、待ってよ。だからってどうして私のベッドに……!」
「跡部が自慢げにそう言いふらしてるぜ……ま、そういうことだから」
美恵は眩暈がした。きっと今頃島中に自分と跡部の関係が知れ渡っていることだろう。
(景吾の馬鹿!)
美恵は恥かしくて言葉も無かった。




「じゃあ部長と美恵先輩は下克上な仲なんですね?」
「ああ、そうだ。彼女のいないおまえらは目のやり場に困るから、近いうちに俺と美恵は引っ越そうかと思っている。
どこか近くにちょうどいい樹はねえか?2人だから、そんなに広くなくていいぜ」
「……跡部さん、ここから目と鼻の先に似たような大木があるんです」
「樺地、おまえは気が利くな。よし早速見に行こう」


「……そんな必要ないで」


重々しくぞっとするような口調だった。忍足が俯きながら立っている。
「……俺は出て行かせてもらうわ。せやから跡部は俺のベッドを使えばいい」
「おい侑士、出て行くってどこにだよ?」
「……謙也がな。一緒に住もういうてくれんねん。持つべきものは肉親やな」
忍足は死霊に取り付かれたようにとぼとぼと歩き出した。
その背中は哀しみで満ち溢れ、パートナーの向日ですら慰めの言葉が思いつかない。
鳳など「もし宍戸さんに彼女が出来たら……気持ちわかります!」と号泣する始末。


「……しょうがないけど可哀相だな」
「ふん、何が可哀相だ。あのプレイボーイが何悲劇の男きどってやがる。
今まで散々女遊びしてたくせに。てめえがふられたら奈落の底なんて根性が足りないんだよ」
「おい言いすぎだぜ跡部。侑士は本当に美恵の事が好きだったんだぞ」
「あいつは1人しかいないんだ。遅かれ早かれこうなっていた」
忍足が消えると向日は跡部に耳打ちした。




「なあ、どんな夜過ごしたのか後で聞かせろよ」
「……てめえもいい性格してやがるぜ」

忍足が四天宝寺に行くのなら跡部が引っ越す理由は無い。
しかし跡部は内心不満だった。2人っきりになれなければ美恵とキス以上の行為ができない。
いくら跡部でもカーテンを一枚隔てただけの状況で、美恵と愛を交わせない。

(それに次の安全日まで一ヶ月近くある。
うちの連中は忍足以外は純情なのがそろってるから避妊具持ってねえだろうな)

しばらくはお預けだろう。跡部は溜息をついた。

「跡部、どうしたんだよ?」
「……あーん、他人に言えることじゃねえよ」


「兄さん兄さん、いいものあるよ」


「……ん?」
千石が少し離れた木の陰から跡部に向かって手招きしていた。
気づいているのは跡部一人。彼は立ち上がると「用ができた」とその場から離れた。


「何の用だ千石?」
「そう邪険にしないでよ跡部~」
「てめえに俺様のベッドを貸してやるのは、俺がいない間の話だったな」
「それなんだけどさ。俺をこのまま置いてくれたらいいものあげるよ」
「はっ!てめえなんかが俺が喜ぶものを出せるわけねえだろ!」
「そんな事無いって。跡部、あれ持ってないんだろ?」
「あれ?」
千石はこっそりと跡部の耳に口を近づけると小声でささやいた。




「ひ・に・ん・ぐ」




「……!」
跡部の目の色が変わったのを千石は見逃さなかった。
それを証明するように跡部は急激に千石の話に興味を示し急かすように「詳しく話せ」と言ってくる。
「俺さ、向こうで外国人のおねえさんをナンパするつもりだったんだ。だからちゃんと用意してたんだよ。
粗悪品じゃないよ。なけなしの小遣いはたいて買った高級品だから楽しめるよ」
「千石……てめえは思ったより気が利く男だな」
美恵との熱い夜の再開を来月まで待つことはない。そう思い跡部はニヤッと笑みを浮かべた。
「いいだろう。すぐに持って来い」














「うわあ!こ、殺される!」
「どうしたんじゃ丸井!?」
「ゆ、幸村が、幸村が帰って来るなり暴れて……!」
幸村はつかめる物を手当たり次第投げ飛ばしている。
その姿は普段の文学少年のような大人しく上品な幸村からは想像もつかない鬼のような形相だった。
「おい真田はこんな時にどこに行ってるんじゃ?」
「真田は昨日仕留め損ねたオオトカゲと決着つけるって狩りに出掛けたんだよ!」
「な、なんじゃと?こんな時に留守とは……使えんやつじゃ!」


美恵さん、美恵さん、美恵さん……!」


幸村は一通りの破壊活動を終えると崩れ落ちた。
地面につっぷし土を握り締め赤く染まった目で岩壁を睨みつける。


「跡部……!」


ずっと遠くから見詰めていた。ずっと近付くチャンスを狙っていた。
そしてやっと自分のものにする好機がめぐってきたのだ。


「よくも……!よくも、よくも、よくもー!!」

だが跡部は幸村が必死に策略を練って縮めた距離を一気に飛び越え、あっさりと美恵を手に入れてしまった。


「……このままじゃすまさない!絶対に済まさないよ!!」














「跡部が高額で買い取ってくれるなんて、やっぱりちゃーんと持ち歩いてて良かった。ラッキー♪」
千石は吊り梯子で揚々とツリーハウスにのぼった。
人影は無い。どうやら留守のようだ。
五日間レンタルしていた跡部のベッドの脇に千石の私物をつめたスポーツバッグがある。
千石は早速ジッパーをさげ手を突っ込んだ。
「あれ?」
千石はすぐに違和感をかんじた。バッグの内側ポケットに入れておいた避妊具がない。
「あれあれ?」
勘違いかと思い他の荷物を全部取り出し探しなおしたがやはりない。
「おかしいな……確かにばっちり入れておいたのに」
バッグを逆さまにしてみたが少量のチリがぱらぱらと落ちてきただけだ。
千石は狐に騙されたようにきょとんとなった。




「探し物はこれか?」




突然背後から低い声がして千石はびくっと硬直した。

(な、なんで!?誰もいないはずなのに!!)

吊り梯子をのぼれば必ず音がする。誰かが昇ってきたのなら気づくはずだ。
千石はおそるおそる振り向いた。


「自分、随分といけないもん持ち歩いてるんやなあ。ほんま、いけない子や」
「……お、忍足?」

忍足は10枚つづりのコンドームを手にしながら、冷たい眼光を千石に向けている。


「……い、いやあ、俺って女の子大好きだから……その、外国のおねえちゃんと遊びたいなあ……なーんちゃって」
千石は平静を装うとしたが、その口調はどうしても震えてしまう。
「そうか、外国のおねえちゃんと。俺もこういうもんは持ち歩いてるし、それに関してはとやかくいうつもりはないで」
「そ、そう、よかったよ。忍足が話のわかるひとで」
千石は無理に笑おうとした。
だが顔の筋肉を総動員したにもかかわらず、笑顔というには程遠い引き攣った表情しか完成できなかった。

「そうや。俺は話しのわかる男の子や」
「……は、はは」
「ただなあ千石――」




「ここには外国のおねえちゃんなんか1人もおらへんやろ?自分、誰にこれを使うつもりだったんや?」




千石はびくっと反応した。

「いや……質問が間違ごうていたなあ。誰に使うかじゃあなく――」




「誰に渡すつもりやったんや?」




忍足の眼鏡の奥にはっきりと憎しみの色が見え、千石は心の底から恐怖した。
「ご、誤解だよ忍足!こ、これはその……そ、そうだ、青学のカワイコちゃん相手にと思っ――」
言葉を吐き出すことを止められた。物凄い力で顎をつかまれたからだ。
「……違うやろ千石?」




美恵相手に跡部が使うために横流しするんやろ!?」




「……あ、ああ……お、おした……り」

もはや千石は弁解すら出来なかった。

「なあ千石、俺はな――」


「もう自分の感情を抑えられそうにないんや。堪忍な」














「何、千石が消えただと?」
「うん、どこにもいなかったよ」

跡部は千石がいつまでも戻ってこないのでジローを迎えを行かせたのだ。
だが結果は思わしくない内容だった。
「ちっ、あのスケコマシ野郎、どこに行きやがったんだ?」
きっとどこかで油を売っているのだろうと跡部は気楽に考えていた。
だが千石は夜になっても帰ってこなかった。
夜どころか、朝になってもだ。そして跡部が必要としていた千石の私物は影も形も消えていた。














「千石君、どこに行ったのかしら?」
「立海に帰ったんじゃないのかな?」
「それならいいけど……」
美恵はどうしても気になった。あれほど真田を恐れていた千石があっさり帰るとは思えない。
忍足が四天宝寺の居候になってツリーハウスを出て行ったのでベッドは一つ空きがでていた。
だから跡部と自分が戻ってきたからといって千石が出て行く必要は無かったからだ。
仮に戻るとしても一言くらい言葉があるだろう。何も言わず姿を消すなんて考えられない。
何かあったとしか思えないが調べる術がない。
立海に行って確認すればいいのだが、跡部との関係がばれてしまったので恥かしくて他校のキャンプには行けなかったのだ。
跡部は跡部でどうしたわけか千石に立腹しており、その行方を捜そうともしなかった。
「俺様に期待だけさせやがって!」
そう言って物欲しそうな目で美恵を見詰める跡部に、美恵は首を傾げるしかなかった。


「ねえ美恵、俺が立海に行って話をきいてこようか?」
「ジロー、いいの?立海の洞窟は、ここから随分離れているけど」
「うん、いいよ。ただ美恵と岳人を2人っきりにするのは危険だC。いざってとき護衛が少ないと」
「はあ?俺1人でも十分美恵を守ってやれるって。安心して行って来いよ」
「そうなの?じゃあ、行ってくるね!」
ジローはすぐに走り去った。しばらくすると向日は「ちょっと用足し」と茂みの中に姿を消した。
美恵は1人で山菜採りに精をだした。だが、しばらくすると違和感を感じだした。




「……岳人?」

おかしい。10分ほど経っているのに向日が一向に戻ってこないのだ。
「岳人、どうしたの!?」
茂みに入ってみたが向日の姿は全く無い。嫌な予感が脳裏を過ぎった。

「……!」

その時だ。何か黒い影が森の中を猛スピードで横切るのが見えたのは。

「誰かいるの?」


返事は無い。美恵は恐怖を感じ慌てて茂みから出ようと踵を翻した。
その時、何かにつまずいた。何と白目を向いている向日だ!


「岳人!」


鴉がばさっと飛び立った――。




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