「……景吾、いてくれたのね」
「あーん?俺様は嘘は言わねえよ。今は非常事態だしな」
は下に降りようとした。途端に足首に痛みが走る。
「……先輩、無理はいけません」
「心配してくれてありがとう樺地君。でも、一日中ここにいるわけにはいかないでしょ?」


「おい何をもめてやがるんだ」
跡部が登ってきた。
「降りたいんだけど……」
「そうか、だったら」
跡部はを抱き上げた。

「ちょっと景吾!」
「文句言う暇があったらしっかり抱きつけ。でないと落ちるぜ」




テニス少年漂流記―34―




ハンモックに揺られながらトロピカルジュース(ストロー付き)を優雅に飲む白石。
「んーエクスタシー。これこそ南国ライフだよね」
「おい白石、何1人で仕事さぼってんねん」
「あれ〜?氷帝の忍足、どうしてここに?」
「どうしたもこうしたもあるか。俺の花嫁を襲った奴を突き止めてやるに決まってるやろ。
その為に一人一人のアリバイ情報を根こそぎ集めよ思ってなあ」
「そっか。ちゃんを殺そうとした奴だね。やっぱり殺す気なん?」
「あほ、俺はやばい事はしない主義や」
「んー、無駄なことはしないってこと?」
「そうや。クズの為に犯罪者になることはアホのすることや」
「じゃあどないするつもりなんや?」
「そうやなあ……無理やり性転換手術して女に飢えてる網走刑務所に投げ込んでやるいうのはどうや?
誰も傷つかず復讐も成就するなんて最高やろ?」
「なるほど。で、肝心の情報収集の事だけど、忍足の前に聞きに来た奴がいるよ」
「誰や?」
「不動産の神尾や。犯人扱いされて相当頭にきてたみたいやで。
リズムに乗るゆうて、あっという間に走り去って行ったんや」














「青学のキャンプに行きたいだあ?」
跡部は途端に不機嫌になった。
「私の捜索に参加してくれたんでしょう?お礼言わないと」
「俺は反対だぜ。不二が生きてる限り、青学には近付くな!」
「……何でそういうことになるのよ。助けてもらったらお礼を言うのは当たり前でしょ」
2人が揉めていると宍戸がマウンテンバイクに乗って近寄ってきた。

「跡部が嫌なら俺が連れて行ってやってもいいぜ。ほら、後ろに乗れよ
「ありがとう。やっぱり宍戸は誰かさんと違って話がわかるわね」





――数分後――

「あれ、宍戸さん。自転車どうしたんですか?今日はあれに乗って食料調達する予定じゃなかったんですか?」
「……そのつもりだったんだけど跡部にとられた。激ダサだぜ」
「宍戸さん。俺で良かったら乗って下さい」
「……は?」














「おい、もっとしっかり抱きつけ」
「ちゃんとつかまってるじゃない」
「俺様は抱きつけっていってるんだ。逆らうな」
結局、跡部と出かけることになってしまった。
「ふん、まあいい。どうせ出掛けなきゃならなかったんだ。都合がいいぜ」
跡部も忍足同様犯人探しをするつもりだった。
しかし、そうなるとのそばから離れなくてはいけない。それはできない。
と一緒に出掛けることができるのは結果的に好都合というわけだ。




青学のキャンプに到着。立派なツリーハウスに住んでいる氷帝と違い、彼らは今だに悲惨な状況にあった。
「……女の子もいるのに大変よね。私達と違って着の身着のまま海に投げ出されたんだもの」
氷帝はクルーザーまで無人島に打ち上げられたおかげで、服も寝具も失わずに済んだ。
最初は、それなりに苦労したが今ではそう不足の無い生活をしている。
「……着替えとかどうしてるのかしら?」
今までその事に気づいてやれなかったは申し訳ない気持ちになった。


「あれ、どうしたんですか?」
背後から声がして振り向くと桜乃とその友達の朋香が立っていた。
「昨日のお礼と思って……これ、お口に合うかわからないけど」
は手作りのパンをつめた紙袋を差し出した。
「わあ、ありがとうございます!」
「う、嬉しい。こんな、まともなもの何週間ぶりかしら」
朋香は感極まって涙まで流していた。よほど凄まじい生活を強いられていたのだろう。
よく見ると着ている服も所々破れているではないか。


「俺達が来たのは礼だけじゃないぜ。青学の連中のアリバイを確認するためだ」
「景吾!青学の皆は私の捜索に加わってくれたのよ。疑うなんて」
「あーん?犯人が疑惑の目を反らす為に善人ぶるのはよくある事だ」
跡部の言い分はもっともだったが、は青学を疑いたくはなかった。


(不二君の仲間がそんなことするはずないし、青学に私を殺して得をする人間なんかいないわ)


「ねえ、こんなところで何してるの?」
タイミングよくリョーマがやってきた。
「あ、リョーマさま。実はかくかくしかじかで」
「ふーん、いいんじゃない。疑われるよりも徹底的に調べてもらった方がいいよ。
それに、ついさっき不動峰の神尾さんや立海の仁王さんが来たばかりだし二度も三度も同じだしね」
「神尾や仁王が来ただと?」
「自分の疑い晴らすために真犯人つかまえてやるって息巻いてましたよ。
仁王さんは幸村さんの命令で動いているそうっすよ」


「……幸村め」


跡部は面白くなかった。を好きだとほざきながら、犯人探しは他人まかせとは。

「所詮、あいつの愛情はその程度だ。俺様の敵じゃねえ」
「何でも拷問機具の製作に忙しいから犯人探しは仁王さんにまかせてるとか」
「…………」

幸村の愛情に跡部は少々背筋に冷たいものが走った。


(やるじゃねえか幸村。だがは誰にも渡さないぜ)


「まあいい。まずは越前、てめえからだ。アリバイを言え」
「俺はシロっすよ。さんが行方不明になった時、芥川さんや堀尾と一緒だったんですからね」
「そういやそうだったな。ジローが嘘つくわけねえし……てめえはシロか」
跡部の脳内の容疑者リストからリョーマと堀尾が外された。


「不二はどうだ?」
「景吾、待ってよ。不二君は長い間私を見守ってくれた人よ。あんな事する理由がないわ」
「ふん、動機なんかいくらでもあるぜ」
「例えば?」


「おまえが俺とよりを戻したから切れた。あの手のタイプは他の男にとられるくらいなら女を殺すんだ」


は呆れてモノもいえなかった。桜乃と朋香も同様に跡部の強引な推理にぽかーんとしてる。
ただリョーマだけが「そうっすね。そういう所ありますよ、あのひとは」と同意している。
「リョ、リョーマ君なんて事を」
「リョーマ様、それ極論すぎるわよ。不二先輩は愛する人の幸せ願うタイプだわ」
リョーマは深々と帽子をかぶりなおしてつぶやいた。
「まだまだだね」














「アリバイですって?ふふ、僕は昨日はお腹をこわして一日中寝ていましたよ。
嘘だと思うなら裕太君に聞いてみて下さい」
仁王は視線を裕太に移した。
「確かに観月さんは昼食にあたって寝込んでたぜ」
「で、おまえさんは一日中看病してたのか?」
「……え?あ、いや俺は食料を調達しに行って、佐伯さんが行方不明って聞いたから探してて」
「なるほど、つまり観月よ。おまえのアリバイを証明する人間はいないってわけじゃな」
「何ですって?聞き捨てなりませんね!第一、動機がないでしょう。
僕が彼女を襲う理由は皆無じゃないですか!」
「データマンとしてのサガから、意中の女を失った幸村や跡部の状態を知っておきたかったとか」
観月は「なるほど」とぽんと相鎚をうった。直後に慌てて頭を左右にふる。


「じょ、冗談じゃありませんよ!」
観月は真っ青になって否定した。
「彼女に危害を加えたら400%の確率でおぞましい復讐されると僕のデータにはあるんです!
そんな恐ろしい事には手を出しませんよ。データマンっていうなら青学の乾君こそ怪しいんじゃないですか?!」
確かに同じ動機でいえば乾が一番怪しい。だが、その時間帯、乾は新しい汁開発の為に毒草を採取していた。
その裏はすでにとっている。つまり乾には完璧なアリバイがあった。
「そもそも、こんな無人島で皆が皆、食料集めに歩き回っているんじゃアリバイの立証は難しいでしょう」
「そんな事、おまえさんに言われなくてもわかっとるよ。けど、幸村が納得せんけえ」
「僕はアリバイよりも動機と物的証拠の確保が優先だと思いますけどね。
彼女が死んで得する人間なんて限られているでしょう」
確かに観月の言う通りだった。


「動機でいえば、やはり不動峰しかおらん。幸村は今日にでも拷問機具を完成させる勢いなんじゃ。
動機だけで犯人探しなんぞしたら、明日には不動峰の連中の血でこの海は真っ赤に染まる」
観月と裕太は顔面蒼白になった。
「俺が動機だけで犯人探しはいかんと進言したから何とか我慢してるんじゃ。
完全な証拠もないのに血祭りにあげられてはあまりにも可哀相じゃろう?」
「「……た、確かに」」
「物的証拠……か。確かにそれが一番なんじゃが、そんなものがあるとは思えん」
行き詰った仁王。しかし観月はすぐにこう言った。
「何を言ってるんですか。物的証拠が必ずあるとは限らない、でも犯人はないかもしれないものを恐れるじゃないですか」
「と、言うと?」

「よく言うでしょう。犯人は現場に戻る――と。もし僕が犯人だと仮定しましょう。
そうなれば証拠を落としてないか気になって仕方ないですよ。証拠隠滅のために現場に戻ります」














「わー、素敵!」
さん、ありがとう」
新しい服に大喜びの桜乃と朋香。彼女達を不憫に思ったが大急ぎで作ったのだ。
「急いでいたから、何の飾り気もないワンピースだけど……」
「そんな。今まで着てた服はボロボロになって限界だったもの」
クルーザーから持ち出したカーテンで製作したものだ。
竜崎にもおそろいのものを作ってやった。
もっとも桃城は「ばあさんのワンピースドレスなんか見たくねえ」と悪態ついていたが。


「まだ布はあるから、良かったら他の皆も……」
「おい、あれは俺達のものだ。これ以上敵に情けは無用なんだよ」
「……景吾、私達は着替えに困っていないじゃない。あなたなんかクルーザーのクローゼットに何十着もあったくせに」
の気遣いを余所に桃城は「俺、婆さん達とおそろいはちょっと……な」と遠慮している。
やはり高校生の男の子は女とおそろいというのは恥かしいものらしい。
「……、よかったら俺にも作ってくれないか?」
「手塚君?」
だが唯一立候補する男がいた。
「手塚……さては、てめえ」
「ち、違うぞ跡部!俺は竜崎先生とペアルックになりたいなどというやましい気持ちはこれっぽっちもない!」
「……ちっ、てめえを長い間ライバルだと思っていた俺が馬鹿らしくなってきたぜ」
手塚はアリバイを聞くまでもない。跡部はそう思った。


(いや不二に頼まれ……もとい、脅されてやった可能性はどうだ?)

手塚は一見青学の絶対君主に見えて、その実、影の独裁者は不二だ。

(俺の考えすぎか。仮に手塚が不二に屈してに危害を加えたとする。
こいつの性格上殺しかけた相手にペアルックを頼むことはできねえ)















「良かったわね。皆に喜んでもらえて」
跡部の背中につかまりながらは嬉しそうに言った。
「おかげで半日潰れたけどな。いったん戻って服作ってまたキャンプに戻ったんだ」
「ごめんなさい。景吾につき合わせて」
「俺はかまわねえが――」
犯人探しが遅れてしまった。だが、きっと忍足が何か調べているだろう。
ふいに雨が降り出した。跡部はマウンテンバイクを止めるとを抱えて木の下に避難。
南国の雨らしく、あっという間に土砂降りになった。
そして滝のような雨だったのが嘘のように突然ぴたっと止まるのも特徴だ。
しかし短時間とはいえ、今は動きが取れない。しばらく雨宿りだ。


跡部はの肩に手を回し強引に抱き寄せた。
「ちょっと景吾……」
「あーん?このくらいガタガタぬかすな。俺がその気になったら、このくらいじゃすまないぞ」
は溜息をつくと、大人しく跡部の肩に頭を寄せた。
数分ほど2人はそのまま無言でじっとしていたが、ふいに跡部が切り出した。




、そろそろはっきりしてくれ。俺を好きか?」




「……景吾?」
「俺の事が今でも好きなのか?」

跡部の蒼い瞳が真っ直ぐにを見詰めている。その瞳は幼いから見ていたの大好きな目。




「好きよ」




は自分でも驚くほど素直に気持ちを打ち明けた。
跡部は嬉しそうにを抱きしめる。そしての顎をつかむと上を向かせた。

「景吾、待ってよ。私は――」

それ以上は何も言えなかった。跡部によって唇を塞がれたから――。




長い口付けだった。ようやく唇がはなれても跡部はを抱きしめたまま離さない。

、もう二度と俺は過ちを犯さない。だから――」

跡部の胸の中では黙って跡部の言葉を聞いていた。心臓の鼓動がやけにうるさい。


「俺と付き合ってくれ。帰国したら婚約しよう」














暗闇の中、静かにひびく足音。一つのシルエットがあった。
それはが突き落とされ行方不明になった洞窟の中。
シルエットは屈むと何かを拾った。そして再び歩き出し洞窟の外に出た。

「不二?」

洞窟の前には仁王がいた。

「どうしたんじゃ、なぜここにいる?」
「……何って、犯人の手掛かりがないかと思ってね」
「ほう、おまえさんも俺と同じ考えだったのか。で、あったのか、その手掛かりは?」


「何もなかったよ」


不二はそれ以上は何も語らず歩き出した。
そして仁王から完全に距離を取ると洞窟で拾ったものをそっとポケットにしまった――。




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