強引な口づけに戸惑う美恵
に跡部は再び唇を重ねた。
「好きだ」
跡部の熱い眼差しはとても嘘をついているようにはみえない。
かといって今までの事があるだけに素直に信じられない。
「……美恵
、おまえに確かめたいことがある」
「確かめたいことって?」
「……幸村の家の泊まった時」
「それがどうしたの?幸村君には本当にお世話になったわ」
跡部は非常に面白くなかったが、それを表情には出さなかった。
「それに幸村君のお母様やおばあ様、妹さんにも」
「何?」
ぱっと跡部の表情が明るくなった。
「あいつの家族も一緒だったのか?」
「当たり前でしょう、何考えてるのよ。妹さんの部屋に泊まらせていただいたのよ」
「……そうか、そうだよな」
――幸村の野郎、意味ありげな言葉で俺様を揺さぶりやがって。そうだな、美恵
はそんな軽い女じゃねえんだ。
「幸村君は自分の部屋で寝ていいよって言ってくれたけど断ったの」
「何だと!」
――あ、あの野郎!やっぱり下心で美恵
を自宅に連れ込みやがったんだな。ゆるせねえ!!
「いくらなんでも幸村君を自分の部屋から追い出すわけにはいかないもの」
「いーや、あいつはおまえと一緒の部屋で寝るつもりだったに決まってるぜ」
「景吾、それは考えすぎよ」
――考えすぎなものか。俺だったら力づくでそうしている。
テニス少年漂流記―27―
「四天宝寺の連中を跡部が許した?美恵
、おまえどんな魔法使ったんだよ?」
向日が不思議に思うのも無理はない。当の美恵
ですら今だに信じられないのだ。
「魔法なんて……ただ頼んでみただけよ。景吾は根は優しいひとだもの、きっとわかってくれたんだわ」
「そうかあ?単なるライバルってだけならともかく、嫉妬に狂ってる跡部は容赦ねえぞ」
「そんな、嫉妬に狂うだなんて……」
本当にそうなら少し嬉しいと思ってしまった美恵
は自分の浅ましさに自己嫌悪した。
「でもよお、元々一緒に住んでた侑士と忍足はともかく他に四人も増えたら寝る場所なくなっちまうぞ」
それは跡部も懸念していた。いくらこのツリーハウスが広いと言ってもさすがに限界がある。
「ええ、それは景吾にも言われたわ。とりあえず今日はテントを張って、明日から新しいツリーハウスを作ろうって。
幸い、この森は大木が豊かだし、きっと近くに手ごろな大樹がみつかるわ」
「そうだな。それが一番だよな」
「明日から忙しくなるわよ。岳人も協力してね」
「ああ、まかせておけって。けど、急に共同生活者が増えるなんてにぎやかになるよな」
「そうね。白石君達と一緒なら笑いが絶えないわ」
楽しそうに会話する美恵
を少し距離を置いて眺めている跡部は複雑な心境だった。
(……ちっ、あいつらを許す気なんか本当は毛頭ねえが、あいつがあんなに喜ぶなんて)
美恵
の笑顔を見ていると、どんな憎しみも氷解してしまうのではないかという錯覚すら抱いてしまう。
(それほど俺はあいつに惚れてるってことか……他の男には絶対に渡さねえぜ)
――そのためには、まず不二と幸村を追いだしてやる。
「きゃあ、ここが美恵
ちゃんと忍足君の愛の巣ねvv」
「そうやそうや。余計な人間も大勢いるのがたまにきずやけどな」
忍足は約束通り四天宝寺の連中を引き連れてツリーハウスに戻ってきた。
「侑士ー!おかえり、良かったな戻ってくれて!!」
向日が大喜びで走り寄ってきた。
「美恵
が俺がいないと寂しくてたまらないゆうから戻ってくるしかないやろ?」
「おい忍足、口を慎めよ。跡部が睨んでるだろ」
宍戸が横から小声で自重を促している。
(おーこわ。景ちゃん随分とご立腹らしいな、しばらく大人しくしてた方がええかもな)
「皆、こっちにきて」
テーブルの上にはご馳走が並べられていた。
「腕によりをかけたのよ。味はともかく栄養だけは保証するから」
「うまい、めっちゃ美味いで!最高やー!」
「こら金ちゃん、行儀ようせんとあかんやろ」
「いいのよ白石君。そんなに喜んでもらえると嬉しいわ」
食事がすむと美恵
は明日からの予定を切り出した。
「景吾のクルーザーにまだ使えるベッドや家具があるわ。それで新しいツリーハウスを作りましょう。
この近くに手ごろな大樹があったのよ。私も手伝うわ」
「おおきに。ほんまに美恵 ちゃんには世話になりっぱなしやな。俺達はラッキーや、あの洞窟の牢獄と比べたら極楽浄土や」
「洞窟?」
跡部と忍足は同時に恐ろしい形相になり、白石はしまったと思った。
「洞窟って……白石君達、洞窟で暮らしてたの?」
「あ、ああ、そうや……あそこは衛生環境が悪くて」
「今、牢獄って言ったわよね。どういうこと?」
「それは例えや。牢獄みたいな場所っちゅうーことや」
「そうなの。苦労したのね」
何とかごまかせた。ほっとしたが跡部と忍足は今だに白石を睨みつけている。
(……白石、何て口が軽い男だ。今のうちに始末した方がいいかもしれねえな)
(ほんまや。けど、それは難しい。やっぱり早々にあいつらを出した方がええで)
跡部と忍足は目と目で会話をした。鬼畜同士だからこそ通じる心の会話であった。
――次の日――
「ここがあたし達の新居になるのね~。あたしハンモックも欲しいわあ、だって美容の為に睡眠はしっかりとりたいもの」
「小春~、おまえの願い俺がかなえてやるで」
「ユウ君ありがとう~vv」
四天宝寺は早速新居作りに取り掛かった。美恵
も手伝っている。
そのため、美恵
を慕っているジローや二年生達も彼等に協力した。
「ありがとう美恵
ちゃん、おかげで俺達も人並みの生活ができる」
白石は丁寧にお礼を言った。
「私は何もしてないわ。お礼ならジロー達に言って、それに景吾にも」
「そうやな。跡部が材料をくれなかったらツリーハウスもできひんかったし……」
跡部に話がおよぶと白石は表情を曇らせた。その微妙な変化を美恵
は見逃さなかった。
「白石君、どうしたの?景吾がまだ何か言ってきたの?」
「そういうわけやないんやけど……な」
「気になる事があるなら言って」
「……う~ん」
跡部達が限界だと思っているように白石もあの牢獄の囚人達の存在を隠すことは限界だろうと感じていた。
共犯者となってしまった以上、跡部や忍足に協力してはきたが昨日のようにいつ口を滑らせてしまうかわからない。
かといって今さら牢獄から出せば酷い目に合された連中は暴徒と化す恐れもある。
「……こんなことひとに言えへんな。特に美恵 ちゃんには」
「……白石君」
「美恵
、美恵
!」
ジローが空を指差している。見ると煙がもくもくと上がっているではないか。
「ぬおお跡部ええ!!貴様、よくも俺の前に再び姿を現せたなああ!!」
「吠えるんじゃねえ真田、この俺様がてめえらに情けをかけてやろうっていうんだ。ありがたく思え」
「黙れ!この真田弦一郎、敵に情けをかけられる覚えはないわ!!」
「そうか。邪魔したな」
跡部が踵を翻すと千石が泣きそうな顔で鉄格子に飛びついた。
「うわー!ちょ、ちょっと待ってよ跡部!俺は情け受ける受けるよ!!」
「ぬぅ!千石、貴様それでも軍人かー!!」
「俺は一介のテニスプレイヤーだよ。ただのラッキー千石だよ!」
このままでは永遠に無人島の洞窟に閉じ込められてしまうかもしれない。
こうなったら意地もプライドもない。切原も真田に妥協を促した。
「そうっすよ、真田副部長!お願いですから空気読んでください。
この洞窟に閉じ込められた人間全員死んでもいいっていうんすか?
女だっているんすよ。全く可愛げのない橘妹が。
あんな馬鹿女でも道連れにしたとあっては真田家末代までの汚名じゃないっすか?」
切原は自分を兄の仇とストーキングした過去を持つ杏にいい感情を持っていなかった。
「何だと切原、杏ちゃんに謝れ!!」
神尾が切原に掴みかかってきた。狭い洞窟内で激しいミニ乱闘が始まった。
「……こ、この真田弦一郎のせいで非力で無能な小娘まで死なせることになるのか?お、おのれ……無念!!」
ついに真田は跡部に屈服した。
「……人命は何にもまして重い。仕方ない」
「……真田……心変わりしてくれたのはありがたいが、ひとの妹をそこまで言うのは酷くないか?」
「そうよ、そうよ!」
全員、牢獄から解放された。しかし跡部の話は、まだ終わっていない。
「真田、てめえを出してやったんだ。おまえの腹黒部長をさっさと引き取ってもらうぞ」
「何の話だ?」
「幸村だ。あの野郎、俺の女に色目つかってやがるんだ」
「跡部の言う通りや。ほんまや、虫も殺さん顔して性悪や。それから美恵は俺の彼女な」
それを聞いた真田は驚愕した。そして全力で否定した。
「でたらめを言うな跡部、忍足!幸村がそんな真似をするわけがない!!
我が立海大付属高校は男女交際一切禁止という鉄の掟がある!!」
横から切原が「それ副部長が勝手に主張してるだけじゃないっすか」とため息交じりに言っている。
「我がテニス部に女と乳繰り合おうなどという惰弱極まる男など一人も存在せん!
乱れまくっている貴様ら氷帝ホスト部と一緒にされてたまるか!!
立海大付属テニス部に入った以上、生涯女とは縁など持たん!その覚悟を我が部員たちは持っているはずだ!!
赤也、そうだろう!我らは生涯女犯はせん誓いを誇りにしているのだ!!」
「……真田副部長、あんた俺達に一生童貞でいろっていうんすか?」
跡部と忍足は立海の選手達に少しだけ同情した。
「てめえらを出してやったんだ。いいか、この事は誰にもいうなよ。特に俺の女には黙ってろ」
「何だと跡部。我らにこんな仕打ちをしておいて水に流せというのか。それは虫が良すぎるぞ!」
真田が怒るのも当然だろう。他の者達もいっせいに「そうだ、そうだ!」と騒ぎ出した。
「がたがた騒ぐな!俺がこんな真似をしたのはやむを得ねえ理由があるんだ。
てめえらも知ってると思うが俺達には美人のマネージャーがいる。俺の女の美恵だ」
すかさず忍足が「俺の彼女や」と訂正を入れる。
「つまりだ。この島には今、思春期の男が何十人もいる。
対して女は俺の美恵たった一人。俺様が危険を感じて警戒するのは当然だろう」
今度は神尾が「失礼な事いうな。杏ちゃんだっているだろう!」と反論した。
杏も「そうよ。それに青学にだって女の先生やマネージャー代理の女の子が二人もいたわよ」と補足する。
「ふん、ばばあや小娘なんか女のうちにはいるかよ。男だったら誰を襲いたくなるか考える必要もねえ」
跡部のこの発言に神尾と杏は盛大に激怒したが跡部はそれ以上二人を相手にしなかった。
「つまり跡部、君が俺達を閉じ込めたのは美恵ちゃんを守るため?」
「話が早いじゃねえか千石、その通りだ。てめえらが安全だとわかるまで自由にしてはおけなかったんだ」
「何い跡部、貴様は俺達をそんな目で見ていたのか!女なんか襲うわけないだろう!!」
「……副部長、ホモじゃないんすから、その発言はやばいですよ」
「実際に美恵は比嘉校の平古場と甲斐に襲われかけたんだ!!」
これには誰もが驚き無口になった。
「そうや、これは事実やで。おかげで俺の可愛い美恵は傷ついてしもうたんや。
そんな時に、また男が何十人もこの島にきたなんて聞いたんやで。
あいつらと同じことしでかすかもしれん思うて俺達が警戒するんは当然やろ!?」
事実なだけに跡部と忍足の言い分には有無を言わせぬ迫力があった。
「……た、確かに俺がおまえ達の立場でも同じ事するかもしれないな」
最初に佐伯があっさりと納得してしまった。
「だが、数日間様子を見ておまえらなら信頼してもいいかもしれないと思ったんだ。
正直、まだ危険があるかもしれないと思っているくらいなんぜ。
それでも俺達はおまえらを信じる事を選択した。この気持ちに応えてくれるだろうな?」
「……う、うむ。そんな事情があったのでは仕方ないな」
一番、激高していた真田でさえ丸め込まれた。跡部と忍足はお互いの手をパンっと合わせた。
「すごい煙だ!」
「誰かいるんだわ。私達の他に、この島にひとがいるのよ!」
美恵は走った。それを見てジロー達も後に続く。
(誰なの?)
不二や幸村は仲間と離れ離れになったと言っていた。もしかしたら青学か立海の人間かもしれない。
(そうだとしたらきっと不二君や幸村君喜ぶわ)
跡部が酷い態度をとるせいで、二人は辛い思いをしていると考えている美恵は喜んだ。
不二や幸村に帰る場所ができるのだから。
森を抜けると草原が広がった。岩場が見える、その向こう側から煙が上がっている。
岩を慎重に駆け上ぼった。焚火だ、それもかなり大きい。
「誰もいないわ」
しかし肝心の人間がいない。どこに行ってしまったのだろう。
「誰かいないの!?」
呼びかけてみたが返事がない。不思議に思いながらも美恵は焚火に近づいた。
「美恵、危ない!」
「え?」
ジローが悲鳴のような声を上げた。その理由はすぐにわかった。
岩の間から蛇が飛び出してきたのだ。もしかしたら毒蛇かもしれない。
美恵は咄嗟に背後に下がろうとしたが不安定な足元のせいで大きくバランスを崩した。
「美恵!!」
ジローの前で蛇が美恵に飛び掛かった。絶体絶命だ。
その時だった!
ボールが蛇目掛けて一直線に飛んできた。そして見事蛇に的中、蛇は一目散に逃げていった。
「テニスボール!?」
そう蛇を撃退したのはテニスボールだ。全員、いっせいにボールが飛んできた方向に振り向いた。
「注意した方がいいよ。この岩場は蛇の棲家だ、それも気性の激しいやつがそろってる」
「あ、あなたは……!」
岩場の頂上に少年が座っていた。そして深々にかぶっていた帽子を上にあげる。
「まだまだだね」
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