「俺様が判決を言い渡すぜ。主文、死刑!」
「ちょっと待ってよ景吾!」
慌てて美恵が止めに入る。跡部は切れたら何をするかわからない。
「忍足達はつい悪ふざけでやっただけって言ってるじゃない」
「悪ふざけで済むか!おい弁護人幸村、何か言う事はあるか?」
「異議なし」
「待ってよ景吾、いい加減に機嫌直しなさいよ!」
「そうだよ跡部、僕はもう全然気にしてないよ」
そう言いながら不二は忍足達のロープをほどきだした。
「不二君は許してくれるの?良かった、不二君が心の広いひとで」
「それは過剰評価だよ。ただ僕は美恵さんの悲しむ顔は見たくないだけなんだ」
跡部と幸村は同時に思った。
しまった。この野郎、いつか殺す――と。
テニス少年漂流記―26―
「……はあ、ほんまに殺されるかと思った」
謙也はぺたっと地面に座り込んで溜息をついた。
「何さぼってるんやケンヤ、はよせんと日がくれるで」
白石がさとうきびを大量に抱えながら注意してきた。
「悪いなあ白石、侑士のためにおまえらまで巻き込んでしまって」
「悪いと思ってるんなら、さっさと働くことやな」
忍足と四天宝寺の選手は罰として砂糖作りをすることになった。
この島にはサトウキビが大量に生えている群生地があったのだ。
根気と労力を伴う仕事だが、今は大量にある調味料もいつか切れるかもしれないことを考えれば絶対必要。
その為、今回の悪戯の罰として彼等に罰として宛がわれたのだ。
「何や、こんなにいっぱい潰したのに汁はたったこれだけか?」
金太郎は不満めいた声を上げた。体力がありあまっている彼にとって労働自体は苦ではない。
ただ、思ったより量がとれないことは大食漢には苦痛のようだ。
「しょうがないやろ金ちゃん。ほら汁を煮詰めるんや、ちりも積もれば山となるやろ」
「……そんな面倒なこと俺もう嫌だ。白石やっといてくれよ」
「金ちゃん……そんな悪い子にはこれやで」
白石は仕事人のような鋭い目で包帯をほどきだした。
「うわあ!毒手は勘弁!!」
何だかんだと彼らは黙々と作業を続けた。どっちにしても、この島で生きていくには食料がいる。
それを考えたら、罰とはいえそう悪いものではないと思ったのだろう。
だが納得できない人間もいる。それは、もちろん忍足だ。
(跡部め~俺を美恵から引き離すなんて神さんが許しても俺はゆるさへんで!)
サトウキビの群生地はツリーハウスから距離がある。跡部は罰と称して美恵から遠ざけたのだ。
「忍足、どうはかどってる?」
「……ああ、俺は美恵恋しさで耳までおかしくなったみたいや。幻聴が聞こえる」
「何言ってるのよ」
「幻聴やない!?」
忍足はがばっと顔を上げた。眩しいくらいの美恵の笑みがそこにある。
「美恵、美恵や!嘘やない、本物の俺の美恵や!!」
感極まって忍足は美恵に抱きつこうとしたが、美恵がぱっと後ろに下がったので空気を抱きしめる羽目になった。
「……いけずやな」
「反省してないの?せっかくお弁当作ってきてあげたのに」
美恵は袋からタッパーをいくつも取り出した。
「ええ臭いや!」
途端に金太郎が猛ダッシュ。並べられた色とりどりの弁当を見て感動のあまり連続後方回転を披露しまくった。
「ごはんやごはん!ご馳走やー!!久しぶりのまともな食事や!!」
「きゃー、嬉しい。小春感激ーvv」
その喜びようは異様なくらいだ。よほど今までろくなものを食べてこなかったのだろう。
「あっちの島は崖と岩場ばかりで危険やったからな。魚介類もろくにとれへんかったんや」
「大変だったのね白石君達……向こうの島にいた人たちは全員この島に来たのかしら?」
「だと思うで。どこの学校も一生懸命イカダやらボートやら作ってたからなあ」
「……そう」
人数が増えれば協力もできる考える美恵と違い、跡部は争いの種だと断定してしまっている。それが美恵が心配だった。
「美味しい、おまえほんまに料理上手いなあ。忍足が惚れるんもようわかるわ!」
たくさん作って来たのに金太郎はすでに半分近く食べつくしている。
「もう金ちゃんったらお行儀悪いんだから。ほら口元にご飯ついてるわよ」
小春が金太郎についているご飯粒をとって食べると、すかさず一氏が「浮気かー!」と叫ぶ。
その明るさに美恵は思わず頬が緩んでしまった。
(本当に楽しい人たち。この人達となら氷帝の皆も上手くやっていけるわ)
しかし、それはあくまでも跡部を除いての話。
(景吾はまだ怒ってたわ。私がどんなに頼んでも、「あいつらは信用できない」の一点張りだもの)
『あいつらも一緒に住むだあ?そんな戯言、俺様は聞く耳もたねえ!』
『景吾、あなたも知ってるでしょ。この島は夜になると危険なのよ。腹を立ててる時じゃない』
『だったら自分達で安全な住み家を見つけることだな。材料だったらいくらでもくれてやる。
第一、いくらこのツリーハウスが広いといっても、大人数すぎる。これ以上は無理なんだよ』
美恵は溜息をついた。確かに跡部の言い分も一理ある。
かといって彼らを見捨てることもできない。
だからこそ「あいつらには近づくな」という跡部の厳命を無視して弁当を差し入れしたのだ。
「なあなあ天瀬、これ見ろよ」
金太郎が大鍋を持ってきた。煮詰まったサトウキビの汁が甘い匂いを漂わせてくる。
すでに煮詰め完成させた砂糖も大量にあった。
「美味しそう。たくさんできたわね、ご苦労様」
「これでいいのか?」
「ええ、これだけあれば今ある砂糖が無くなっても安心だわ。本当に皆、働き者なのね」
美恵は感心した。彼らはきつい労働も嫌な顔一つやってくれる。
(やっぱり景吾を説得して仲直りしてもらおう。こんなにいい人達なら、仲間にしても頼もしいわ)
「今夜は煮物を作ろうと思っているのよ。せっかくだから、このお砂糖使ってもいいかしら?」
「やったー!俺、煮物大好き!!」
「まあ金ちゃんったら、あなたは何でも好きなのねvv
でも美恵ちゃん、あたし達に会いに来たりして大丈夫?跡部君って怖いじゃない」
「ごめんなさい。皆にも嫌な思いさせて……」
「あたしたちはいいのよ。跡部君が怒るのも当然の事したんだから。
でも跡部君って美恵ちゃんの事よっぽど愛してるのね。あんなに怒るなんて」
「それは誤解よ。景吾には他に好きなひとがいるんだもの」
――そうよ。きっと幸村君の言う通りだわ。
「そう?だったらやっぱり忍足君とくっつくべきよ、ね?」
小春はさすがオカマというべきか、まるで同性のように上手く美恵に接している。
忍足は小さくガッツポーズをした。
(ええぞ小春!その調子で美恵のハートをがっちり俺に向けさせるんや!)
「美恵ちゃんは美人なんだから、これから先ちゃんと彼氏いないと変な誘惑多いわよ」
「そうかしら?」
「そうよ。恋人は作った方がいいわ」
ふと気づくと忍足が満面の笑顔で目の前にいた。
「……前科があるから」
そう言って顔をそらすと「なんでや!」と悲痛な叫びが耳に響いた。
「そろそろ帰るわ。景吾より先に戻らないと後でうるさいから」
美恵は早々と帰り支度をしだした。
「皆、後で来てね。景吾のことは大丈夫、私が説得しておくから」
「……とはいったものの景吾は頑固だから簡単に許してくれるわけ……ないわよね」
せいぜい機嫌を取って何とか承知してもらうしかない。
(でも景吾はあの性格だから一度立腹すると……どうしたら)
がさっと背後から音がした。ハッとして振り向くと猿が木の上から此方を見ている。
「……何だ猿か、びっくりした」
この島は得体のしれない無人島ではあるが、真昼間から危険動物は出現しないだろう……と、思いたい。
(もう、この島に三週間も住んでいるけど注意しなければならないのは狼だけだもの。
後、いるとすれば毒虫とか毒蛇くらいだろうけど。
それは此方が不用意に茂みや草むらに入らなければまず大丈夫だわ)
見晴らしのいい安全な道を歩いているから安全だ。そうは思っていても美恵は一抹の不安を感じずにはいられなかった。
何だか嫌な気配がする。美恵は少し歩く速度を上げた。
(やっぱりついてきている)
勘違いではない。怪しい気配を感じる。
(狼以外にも危険生物がいるの?)
だとしたら一人きりでいるのは非常にまずい。美恵は走り出した。
そしてツリーハウスがある森に飛び込もうとした。だが何かが飛び出してきて衝突。
美恵は小さな悲鳴をあげ地面に倒れ込んだ。
「見てユウくん。ほら奇麗でしょ?」
ハイビスカスを頭に飾る小春。一氏は「女神だ~」とふらふらと後を追う。
「……俺には理解できひん世界やな」
「まあ、いいじゃないか侑士。おかげで美恵ちゃん争奪戦の人数が増えずにすんだんやから」
「それもそうやな」
「なあ、それよりも美恵ちゃん跡部を説得できると思うか?俺はどう考えても、あの跡部が折れるわけ――」
「折れるで。美恵が本気だしたら跡部がかなうはずがない」
謙也は目をぱちくりさせて忍足を見つめた。
「けど侑士、跡部はあの通りの俺様やで」
「せやな。けど美恵のいう事だけは無視できひんで。二度と美恵を怒らせたくない思ってるからな」
幼馴染の跡部と美恵。その付き合いが長いだけに喧嘩した回数も一回や二回ではないだろう。
その度に仲直りしてこれたのは美恵の方が常に妥協してきたからだ。だが、その美恵は跡部から一度は心を離した。
だから跡部は美恵を怒らせることを恐れている。
おそらく心のどこかで今までのように甘い態度にでてはくれないと思っているはずだ。
だから、どれだけ頭にこようが美恵の願いを無下に断ることは今の跡部にはできない。
少なくても美恵の心をもう一度完全に取り戻さない限り、以前のようなわがままを通すことはできないだろう。
「だから心配ないで。跡部は俺達を許すしか道がないんや」
くくく……と禍々しい笑みを浮かべる忍足に謙也はやや引いていた。
「……時々、おまえと血がつながってること信じられなくなる」
「美恵!」
「け、景吾?」
飛び出してきたのは跡部だった。
「どうしてここに?」
「それはこっちの台詞だ!おまえは外出するなって言っただろ!!」
「ごめんなさい。でも忍足達がお腹すかせてるだろうと思って」
「そんなことだろうと思ってたぜ。目を離すんじゃなかった」
跡部は忌々しそうに言った。
「それより景吾……」
自分をつけていた怪しい気配を思い出し美恵は思わず跡部の腕に縋り付いた。
「どうした?」
自分に頼ってくる美恵は久しぶりだ。本来は嬉しいはずなのだが、美恵が怯えているため喜んではいられない。
「何かあったのか?」
「ずっと何かが後をつけてきたの。もしかしたら私の気のせいかもしれないけど……」
「何だと?」
跡部はすぐに美恵を守るようにその肩を抱き寄せた。
鳥が数羽大空に飛び立つのが見える。他に物音はしない。
「……何もいないぜ」
「そう……やっぱり私の気のせいね。ごめんなさい、変なこと言って」
美恵は跡部から離れようとしたが跡部がそれを許さない。
「万が一ってことがあるからな。俺から離れるな」
我侭で自己中な俺様だが、こういう時の跡部は本当に頼りになる。そしてかっこいい。
美恵は跡部の腕の中で頷いた。
「少し話をしないか?」
跡部からの提案に美恵はすぐに乗った。忍足達と仲直りしてもらわなければならない。
二人は倒木に腰かけた。跡部は相変わらず美恵の肩に腕を回し抱き寄せてくる。
「景吾、忍足達のことだけど」
「あいつらは追放だ。食料をわけてやるくらいはいいが、共同生活は絶対に駄目だ」
「でも皆とてもいい人たちよ。それに金太郎君は力持ちだし、白石君は毒草に詳しいし、私達には必要な人材になるわ」
「あいつら全員忍足の飼い犬だ。信用できるか!」
「その忍足は氷帝の仲間じゃない」
「男としては全然信用できねえ。現にあいつはおまえを襲った前科があるだろ!」
「だから二度と忍足とは二人きりにならないわ。私を心配してくれる気持ちはありがたいけど……」
「それも勿論だが、俺はおまえが他の男に手を出されるのが我慢ならないんだ!」
跡部は舌打ちして顔を横に向けた。
(まさかヤキモチ焼いてくれてるの?……そんなことないわよね?)
「景吾、お願いよ」
美恵は必死に頼んだ。しかし今までの経験上、跡部が考え直してくれる可能性は低い。
「どうしても嫌なの?私の頼みきいてくれないの?」
「…………」
跡部は無言のまま顔を背けたままだ。
「……そう。しょうがないわね、でも私」
「わかった」
「……え?」
美恵は耳を疑った。
「わかった。ただし、あいつらを許してやるのはこれっきりだからな」
跡部はむすっとした顔を美恵に向け念を押すように言った。
「……嘘、信じられない」
「あーん?てめえから頼んでおいて、その言い草はなんだ?」
「あ、そうよね。ありがとう景吾嬉しいわ」
「だったらキスさせろ」
跡部はいきなり顔を近づけてきた。
「ちょって何するのよ」
「うるせえ。この俺様が譲歩してやったんだ、そのくらいサービスしやがれ!」
「待ってよ!……ぁ」
強引に重ねられた唇は不思議と心地よいものだった。
ほーほーと妙な鳴き声がした。
「鳥か?」
宍戸は薪割に精をだしていたが手を止めタオルで汗をぬぐっている。
そんな宍戸の目に幸村が歩く姿が見えた。
「おい、どこに行くんだよ。おまえ体が弱いんだろ?出歩くなよ、美恵が心配するだろ」
「大丈夫、そう遠くには行かないよ」
その言葉の通り幸村はほんの少し距離を取っただけだった。
氷帝の皆から目の届かない程度の位置に移動すればいい。そこで幸村は足を止めた。
「いるんだろ?さっさと出ておいでよ」
「探したぜよ幸村」
木の上から人間がふってきた。それは立海の詐欺師・仁王だ。
「急に姿を消すなんて。赤也達といいおまえといい心配かけるのはよくないのう」
「つべこべうるさいよ。俺には俺の目的がある、おまえだってわかってるだろう」
合同合宿で美恵に恋してからというもの幸村は変わった。いや本性を出し始めた。
その本性を嫌というほど見てきた仁王は反論もせず、ただ「ぷりっ」と呟いた。
「で、彼女は?」
仁王は渋々と一枚の写真を取り出した。
そこには先ほど激写して跡部と美恵のキスシーンが――。
「……跡部め。殺したくなってきたじゃないか」
幸村はゆっくりと写真を握りつぶした。
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