「じゃあ行ってくる」

跡部と忍足はいつものように、のろし台に出掛けることを告げた。

「行ってらっしゃい。私はジローと果物を採りに行ってくるわ」
「「何だと(やて)!」」

途端に跡部と忍足は態度が急変した。


「駄目だ、おまえはしばらく外出するな!」
「そうや。この島は危険がいっぱいなんや!」
「ど、どうしたのよ?大丈夫よ、あなた達が調べてくれた安全な場所しか行かないから」
「その安全な場所に行って何されたのかもう忘れたのか!」
「そうや、そうや!」

「……二人とも変よ」




テニス少年漂流記―22―




「まずいな。 美恵の奴、疑いだしてやがる。早いこと手をうたねえと」
「ああ、比嘉校以外にこの島に人間が来てるなんて美恵には絶対に知られてはならないことや。
その前に他校の連中を探し出して……特に青学の不二はあわよくば、やな?」


「当然だろ。俺から美恵を奪おうとした男は例外なく許さねえ」
「一つ訂正しておくけどな。跡部、美恵は自分のものやないで」

とりあえず跡部と忍足は共同戦線を張ることになった。

「で、どうするんや?」
「探すのも面倒だから、おびきよせてやる」

跡部はのろし台に火をつけた。盛大に炎が舞い上がり、煙がもくもくと立ち上った。














「ねえ美恵、本当に良かったの?」
「いいのよ。景吾も忍足も頑固なんだから」

美恵は跡部達の反対を無視してジローや樺地と食料調達に来ていた。
比嘉校の事件以来、二人はやたらと過保護になって美恵がツリーハウスから離れることを許さないのだ。
最初は心配してくれる気持ちが嬉しかったが、それが三日も続くと溜息もでたくなる。
前回はジローと離れたのがいけなかったのだ。
今回は樺地という最高のボディガードもいる。注意さえすれば何の心配もない。
(それなのに外出一切禁止なんて酷すぎるわ)
それから美恵はふとある事を思い出した。

「そういえば木手君たちどうしたのかしら?あれ以来、姿見せなくなったけど……」














「……は、腹減った……俺はこんな所で死にたくない……」
木の枝を杖代わりにしてふらふらして歩いていたのは山吹高校の千石だった。
「たるんどるぞ千石!それがかつて中学Jr選抜に選ばれた兵士のいう台詞かあ!
貴様には気合がたりん。歯を食いしばれ!!」
喝を入れているのは立海に真田だった。 パンパンと往復びんたが炸裂する。


「真田副部長、ちょっといいっすかあ?」
「何だ赤也!」
「余計なことかもしれないっすけど。千石さん死んでません?」
「何い!この程度の制裁で死ぬとはたるんどるぞ千石!」
「……ま、まだ死んでないって……でも、もうダメ……だ」
「何を甘えたことをぬかしとる!空腹に耐えているのは貴様だけではないのだぞ!!」
「……空腹は我慢できるけど、お、女の子がいない生活を半月以上続けてるんだ……もう駄目」
「きっさまあ!!」


真田も千石も本人はいたって真剣そのものだったが、はたから見ている切原にはコントにしか見えない。
千石は小島に流れ着いた後、たまたま遭遇した立海に拾われて生活を共にしていた。
だが、その女の子大好き精神は真田からは軟弱根性にしか見えず今や連続して制裁をくらう羽目になっていた。
そんな目にあいながらも立海の連中が千石を追い出さなかった理由は簡単。
千石のおかげで、立海の選手は真田の鉄拳制裁をくらうことがなくなったのだ。


「副部長、そろそろやめないと千石さんの顔が変わりますよ」
千石の顔は真っ赤にはれ上がっている。
「何い!?貴様の目は節穴か、どこから見ても千石そのものではないか!!」
「……副部長、帰国したら眼医者に行った方がいいっすよ」




「でも、いい加減にそこまでにして食料調達しないと。部長達も待ってますよ」
「うむ、それもそうだな。さあ行くぞ千石」
三人は再び歩き出した。この島は今までいた小島の十倍はあるし緑も豊だ。
これでもう飢えに苦しむことはないだろう。


「だいたい部長はわがままなんすよ。爬虫類や両生類は一切食べれないですから。
その点、イモリだろうがネズミだろうが平気な副部長はどんな状況でも生きていけますよ」
「仕方あるまい。幸村は病弱なのだ」
「部長の病気が完治して三年になるのに、都合が悪くなると発作が起きるってのも不思議ですけどね」
「うむ。もしかしたら病気が再発しているのかもしれんな。我々が幸村を守ってやらねば」
「……副部長は純粋なひとっすね。ん……?」
「どうした赤也?」
切原は無言で指をさした。その方角をみた真田も驚いた。

のろしだ、のろしが上がっている!つまり、この無人島に人が住んでいるということだ!

「行くぞ赤也!」
「もしかしてカワイコちゃん!?」
三人は走った。さすがは一流のテニスプレイヤーと言わんばかりの素晴らしい走りだった。
空腹で動けないと主張していた千石は海辺=ビキニ美女を連想したのかトップを切って疾走している。

「いやっほー!カワイコちゃん、ラッキー千石が来ましたよ~!」

砂浜に出た瞬間だった。突然足元から何かが飛び出してきた。
三人は吸い込まれるように、その何かに囚われ宙を舞っていた。
数秒後、ようやく自分たちのおかれた状況を知った。
トラップだ。トラップにかかり今自分達は網の中の住人になっているではないか。


「ぬう、これはどういうことだ!」
「どうもこうもないっすよ副部長!俺達つかまったんですよ。は!もしや人食い人種の罠!?」
「ま、まさかあ切原君、冗談きついよ。この21世紀に人食い人種なんて」




「1、2、3人か……ふん、青学の連中じゃあないな」
「とりあえず連行やな」




聞き覚えのある声に三人は振り返った。そこに立っていたのは跡部と忍足。
「おまえ達、どうしてここに!」
「俺達も嵐で船が難破して、この島に遭難してたってわけだ」
「おお跡部、おまえ達も同士だったのか」
「副部長、何を呑気なこと言ってるすか。俺達囚われの身になったんすよ!」
「うむ、その通りだ!」
千石など真田の下敷きになりもがき苦しんでいる。


「跡部よ、これはどういう事だ」
「どうもこうもあるか。この島じゃ俺が法律だ、てめえら青年男子にこの島をうろうろされるのは迷惑なんだよ」
「そうそう。可哀想だけど、救助隊が来るまで監禁させてもらうで」
哀れにも真田たちは網ごと引きずられ、そのまま洞窟を利用して作られた牢獄に放り込まれた。
しかも先客がいるではないか。不動峰、六角、聖ルドルフ、四天宝寺と、どれも顔見知りだ。


「おまえ達もつかまったのか!」
「そういうことや」
鉄格子の外から見知った人間が憐みの表情を浮かべ此方を見ている。
「ぬおお!貴様は四天宝寺の忍足謙也、なぜ貴様だけ牢獄から解き放たれている!」
真田の疑問はもっともだった。
「ケンヤの奴、氷帝の眼鏡につきよったんや!」
金太郎が泣きわめいているではないか。
「堪忍な金ちゃん。ま、血は水より濃いってことや」
謙也はすでに忍足派となっていた。


「てめえら、青学はどこにいる?青学の居場所を教えれば出してやらねえこともねえぞ」
全員がお互いの顔を見詰めあった。そして何気なく佐伯と祐太に視線を集中させる。
「そういえば、おまえ達はあいつらと一緒にこの島に来たんだろ?」
「ああ、佐伯は不二の友人だし、弟君は不二の家族だしな」
「弟君はやめろよ!」

「……ふん、まあいい。おい佐伯と不二弟出ろ。今から貴様らを尋問してやる」
「……痛い目にあいとうなかったら、はよ全部吐くことやな」














「わーいパイナップルパイナップル!」
ジローは大喜び。そんなジローの姿を見てると美恵も自然と顔がほころんでしまう。
さとうきびも大量に収穫できた。樺地がいるおかげで持ち運びも苦にならない。
「樺地君、大丈夫?」
「ウス、大丈夫です。問題ありません」
「ありがとう。そろそろ帰りましょう」
跡部や忍足の指示を無視したのだ、後でうるさく言われる前に早く帰った方がいい。
帰り道にちょっとしたハイビスカスのお花畑がある、美恵は「少し待ってて」と寄り道した。

(少し摘んでいこう。花の一つもないと殺風景だものね)

見事なハイビスカスを数輪手に取った。香しい匂いが漂う。
「奇麗。最近、景吾や忍足はご機嫌悪いし、花でも見ればきっと情操教育になるわ」
目的もすましたし再び帰路につこうと踵を翻した時だった。


美恵さん?」

背後から懐かしい声が聞こえてきた。














「やっぱり不二もここに来てやがったのか!」
跡部は忌々しそうにそばにあった小石を蹴った。
「跡部、美恵が心配や。すぐに戻ろう」
「当然だ!」
二人はすぐに走り出した。後には木に逆さ吊りにされた佐伯と祐太が取り残された。














「……え?」
「やっぱり美恵さん」
「その声は……」
美恵はゆっくりと振り向いた。


「……ふ、不二君?」


そこにいるべきはずのない人がいた。青学の不二だ、美恵が一番辛い時に慰めてくれた人。
「ど、どうして不二君がここに?」
美恵が疑問を口にする前に不二は走っていた。そして突然美恵を抱きしめた。
「不二君!?」
不二の予想外の行動に美恵は動転した。


「……会いたかった」
「不二君、痛いわ」
「ごめん。少しこうしていたいんだ……少しだけでいいから」
不二の声は何だか弱々しかった。そんな不二を拒絶なんて、とてもじゃないができそうもない。

(でも、どうして不二君がここに?)

比嘉校の事を思い出した。
跡部と忍足のせいで話を訊けなかったが、もしかして青学も比嘉校と同じ境遇に陥ったのかもしれない。
そして食料に乏しい島から此方に逃げてきたのだろう。そう考えると全てつじつまがあう。


「不二君、あっちの小島から来たんでしょう?」
「うん、そうだよ」
「苦労したのね」
不二が弱々しい理由もわかった。
「他の青学の人たちはどうしたの?皆、無事なの?」
不二がここにいるということは、他の部員がいてもおかしくない。しかし周囲にそれらしき人影はない。
美恵はそれが気になった。比嘉校の甲斐は、他の部員は嵐で行方不明になったと言っていた。
もしかして不二の仲間は……そんな不吉な考えが頭をよぎったのだ。
とにかく今は不二をツリーハウスに連れて行って話を聞こう、そう考えた。


「不二君、一人なの?だったら私達と一緒に暮らさない?」
美恵さんと僕が一緒に暮らすの?」
「ええ、不二君さえよければ。もし他に住む場所があるなら無理強いはしないけど……」




「そんな場所全然ないよ。喜んで美恵さんと人生を共にするよ」




不二は二つ返事でOKした。
(青学の人達のことは何も言わないのね……と、いう事はやっぱり不二君の仲間は)
美恵は不二にこれ以上聞くのは止めた。
「じゃあ行きましょう。不二君は氷帝の好敵手だもの、きっと皆も喜んでくれるわ」
不二はニッコリと笑みを浮かべた。美恵もつられて笑顔になった。
「じゃあ行きましょう。この島には狼が生息してるから夜は危険なの、早く帰って夕食の用意しないと」
「そう狼が……そうだね。そういう害獣は始末しないとね」
「大袈裟ね不二君。大丈夫よ、私たちが今住んでるツリーハウスなら夜でも危険はないから」
「でも世の中には二本足で歩く狼もいるんだよ。だから僕が守ってあげるよ」
「二本足で歩く狼?」




「それは君の事じゃないのかい不二?」




聞き覚えのある声だった。不二は忌々しそうに開眼している。
振り向くと女の子のように綺麗な青年が立っていた。
「ゆ、幸村君!」
幸村まで不二と同じ運命に?美恵は咄嗟にそう考えた。
「会いたかったよ美恵さん!」
幸村が走ってきた。ところが不二が両腕を広げて幸村の前に立ちはだかった。


「……不二、何のつもりだい?」
「……それはこっちの台詞だよ。何をするつもりだったの?」


何だか二人の間には不穏な空気が流れている。
(不二君と幸村君って仲悪かったのかしら?)
思えば、二人が対峙する姿を見るのは初めてだった。
二人はじっと睨み合っていたが、突然幸村は左の胸を抑え込み、その場に片膝をついた。
「幸村君!」
慌てて美恵は駆け寄った。


「……心配いらないよ。持病の心臓病の発作が……いつもの事だから気にしないで」
「そんな……こんな医療施設もないところで」
「……美恵さんがそばにいて看病してくれたら少しは楽になると思うんだ」
不二の目つきがこれ以上ないほど悪くなったが、幸村に気を取られている美恵は気づいてない。
「だったら幸村君も私が今住んでるツリーハウスに来ない?あそこなら安全だし看病してあげられると思うの」
「俺と美恵さんが水入らずで暮らせるの?」
「幸村君さえ良ければ。あ、もしかして立海の皆もここに?だったら余計な事かもしれないけど……」




「そんなこと全然ないよ。皆とは生き別れになって俺一人なんだ」




(幸村君一人……じゃあ立海の人達は行方不明ってこと?
幸村君病気なのに一人で頑張ってきたんだ。これ以上は聞かない事にしないと)

美恵は、「立てる?」と幸村を支えながら立ち上がろうとした。
「悪いけど肩貸してくれる?」
「ええ、それくらいお安い御用よ」
幸村がニッと笑って美恵の肩に腕を回そうとした。すると不二がいきなり間に割って入った。
「僕が肩を貸すよ」
「何だって?」
「不二君は優しいのね」
幸村は俯きながら唇を噛んだ。

(覚えてろ。不二、覚えてろよ)

「さあ行きましょう。幸村君が加わったらにぎやかになるし、きっとうちの連中も喜ぶわ」




ズギューン!!




銃声が空を切り裂いた。こんな事をする人間は一人しかいない。
「景吾!」
跡部だ。跡部が凄まじい形相で此方を睨んでいた。忍足も一緒だ。
「……不二、幸村……てめえら」
跡部は怒っている。幼馴染の美恵だからわかった。その怒りの度合いは半端ではない。
「景吾、やめて。不二君と幸村君は一人ぼっちで遭難してたのよ!
今後は私たちと一緒に暮らしてもらうわ。賛成してくれるでしょう?」
「……一緒に暮らす?」
跡部の口元が引きつっている。


「二人とも私が入院した時、毎日のようにお見舞いして慰めてくれたのよ。
その後も、ずっと励ましてくれたわ。恩返しをしたいのよ、わかって景吾」
「何だと?」
跡部の脳裏に連日美恵の着信履歴を埋めていた不二以外の謎の人物が浮かんだ。
「……幸村」
そして思い出した。そういえば、あの病院は幸村がよく入院してた事を。


「俺の女にちょっかいだしていたのはてめえだったのか!!」




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