「……そんな大声ださなくても聞こえてる」
兵長が吐血した。内臓をやられたんだ。
「しっかりしろ、すぐに医療班の元に連れて行く!」
俺は焦った。心臓が肉を突き破り露出したのではないかと思えるほど鈍く嫌な鼓動が大音量で耳を突き刺してくる。
「……俺の……胸ポケット……に……げほっ」
兵長が再び血を吐いた。それは素人目に見ても非常に危険な状態だった。
魂の継承
「喋るな!」
駄目だ、もたない。口では助けるなんてほざいておきながら俺は絶望感で心が冷めてゆくのを感じた。
それでも諦めるわけにはいかなかった。
このひとは、もうすぐ父親になるんだ。子供が生まれるだ。俺と妹のように父親のいない子にはしたくない。
片親であることを卑下したことはない。母さんは、裕福とはいえないが俺と妹に惨めな暮らしはさせなかった。愛情も教育も人並み以上のものを与えられた。
幸せな家庭だったと胸を張って言える。
それでも、父親はいた方がいいに決まっている。
「生きて帰って生まれてくる子供を抱きしめてやれよ。人類最強の兵士だろ!!」
人類最強、その言葉に兵長は敏感に反応し、何かを秘めた瞳で俺をじっと見つめた。
「……違う」
違う、何がだ?
「……違うんだ」
兵長が必死に伸ばしてきた手を俺は反射的に握りしめた。
生温い血が手首を伝わり、滴となって地面に吸い込まれていった。
「俺は……人類最強なんかじゃない……んだ」
「兵長?」
「俺は人類最強じゃない……本当の……本物の人類最強は、こんなものじゃないんだ」
『兵長、しっかりしてください!』
『……ちっ、うるせえな……怒鳴らなくても聞こえる』
「……俺は知っている。人類最強の兵士が……どんなものか……。
あのひとは……俺が、ずっと背中を追い続けた、あのひとは……俺たち部下を守るために……一人で巨人の群れを迎撃した……。
俺が……戻った時、見たのは……巨人どもの死体と……あのひとの……」
『死なないで下さい兵長!もうすぐお子さんが生まれるじゃないですか!
あなたを必要とする子供が……だから死んじゃいけないんだ、あんたは!!』
「……人類最強は……おまえの父さんだけだ……!」
『死なないでください、リヴァイ兵長!』
『……俺のガキに……戦い方を教えるんだ……』
『兵長?』
『ハンジが……言ってた。間違いなく俺に似たガキ……だとよ。
だったら必ず……調査、兵になる……はずだ……頼んだぞ……エレン……』
「……父さんが?」
俺は混乱した頭で訊ねた。俺の父さんが本物の人類最強の兵士?
母さんは、よく父さんの話をしてくれた。
立派なひとだった。誠実で真面目で情が深くて、厳しいけれど誇り高くて最後まで信念を貫いた強いひとだった、と。
けれども人類最強なんて一度もきかせてくれたことはなかった。
「そうだ……誰よりも強くて大きいひとだった……部下を守るために……自分を犠牲に……。
今度は俺の番だ……そして……」
兵長は震える手で胸ポケットから薄汚れた布きれを取り出した。
色あせていて血に汚れてはいたが、それは紛れもなく調査兵団のシンボル・自由の翼のエンブレムだった。
「リヴァイ兵長の……形見……だ……」
父さんのエンブレム……これをつけて父さんは戦っていた。
それを手にした時、俺の胸に言葉では表現できない熱いものがこみ上げてきた。
「これを……おまえに受け継がせる意味が……わかるな?」
兵長は俺の手を握った。徐々に生気を失っているにもかかわらず、渾身の力が籠っていた。
「おまえが人類の新たな希望になるんだ」
「エレン兵長!」
兵長はにっこり微笑むと、俺から視線を逸らした。その瞳の先には、俺には見えないものが見えていたのかもしれない。
「……ミカサ、後は頼んだぞ」
それが最後の言葉だった――。
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