それから何度か壁外調査に参加した。俺は兵長の面子を保つ程度には役にたったつもりだ。
討伐数は常に兵長に次ぐ記録をだし、産休中の分隊長の穴埋めに貢献した。
以前の俺なら、巨人殺しにも大した興味はなかった。だが、俺は兵長に自分が把握していた以上に大きな借りがあることを知った。
兵長のためにも俺は『できる兵士』を演じなくてはいけなかった。
三度の壁外調査で周囲は「兵長の見る目は確かだった」と絶賛される結果に俺はほっとした。
そして運命の四度目の壁外調査の日がきた。
それは今までなく大規模なものだった。
多くの犠牲をだし判明した巨人たちの本拠地に侵攻、人類の存亡を賭けた戦いになるといっても過言ではない。




魂の継承




「奴らの拠点を潰せば、もう新たに巨人が増えることはなくなる」
「どういうことですか兵長?」
「重要機密だが、おまえには教えてやってもいい。巨人の正体は人間だ」
「何の冗談ですか」
「冗談だと思うか?」
俺は反射的に団長に視線を移した。
「……彼の言うとおりだよ。巨人の元は人間なんだ。この戦いは巨人対人類ではなく、巨人化できる人間とできない人類との戦いなんだ」
その優しそうな外見とは裏腹に団長は冷徹なほどきっぱり言った。


「15年前……私たちは巨人化の秘密を手に入れ大きな前進を遂げた。その戦いに勝利できたのは、君のお父さんのおかげだ」
「……父さんの?」
「そして巨人化能力を手に入れた人間を普通の人間に戻す方法を知ることができた。
そのおかげで私はかけがえのない友人を失わずに済んだ。巨人になる能力はとてつもない大きな力を得る代わりに大切なものを多く失う諸刃の剣だからね」
団長の話は続いた。それは驚愕の事実だった。
「巨人は戦争を有利にするための道具として開発されたものだった。政府の連中にとっては捨て駒の武器だったんだ。
けれど政府は巨人を完全管理することができなかった。
巨人は理性をなくし、操縦できなくなった。そして見境なく人間を襲うようになったんだ。
壁を築き中に逃げ込んだのが王政府の祖先だったというわけだ。政府は巨人を放棄するつもりだったらしいが、それに反対する勢力はクーデターを起こしたが失敗し、巨人の秘密を盗み壁外に逃げた。自ら巨人化することで外の巨人の脅威から逃れ、なおも戦争を繰り返していたらしい。
そして100年後、この壁外以外の国は亡び、ついに奴らは、かつての祖国でさえも襲撃してきた。
王政府は全てを知っていた。だから密かに人民の一部を巨人に変え壁外に送り込み反乱軍と戦わせていた。
政府も反乱軍の連中もお互い引き返せないところまできていた。けれど実際に命を失っているのは何も知らない一般市民だった。
だから当時の団長は王政府を倒し、君のお父さんは総司令官として敵国に進撃し巨人の秘密を暴くことに成功した。
けれども反乱軍は亡びたわけじゃない。逃亡に成功した連中もいる。その中には反乱軍の首領である獣の巨人もいた。
奴を倒せば、もう二度と人間が巨人化する悲劇は起きない。この戦いにも終わりが見えてくるんだ」
団長は言った。「そのために人間性すら私は捨てた……やっと終わるんだ」と――。





三日間の行軍の末、たどり着いた場所は壁内では見られないような荘厳で危険な景色が広がっていた。
「見ろ、この大渓谷に獣の巨人がいる。この入り組んだ地形は身を隠すのに最適なんだ」
高所恐怖症というわけではないが、その崖のあまりの高さに俺は一瞬息を飲んだ。
歴戦の兵士である分隊長たちも同様だったようで武者震いを隠そうともしなかった。
「獣の巨人は手ごわい……彼女がいない今、君だけが頼りだよ」
冷徹な団長が珍しく気弱だった。即座に兵長が声を張り上げた。
「はっ、何言ってんだ。団長のおまえがそんな様じゃあ兵士の士気に影響するだろ」
「……わかってるよ。でも僕……いや私はもともと強い人間じゃない。君が一番わかってるだろ?
私にできたのは作戦を考えることだけだ。君たち2人がいたから何とかやってこれただけだ」
「あいつは常々言ってたぜ。おまえには正しい道を選択する力があるってな。
俺もそう思う。他の誰でもない、おまえでなけりゃ団長は務まらねえんだ。
おまえの手足となって、おまえが選択した道を切り開くことが俺の仕事だ」

「ありがとう……そして、ごめん」
「ありがとうってのはわかるけど、ごめんなんて二度と言うな」

それは奇妙な光景だった。常に冷徹な団長と最強の兵士長であった2人。
分隊長Aが2人は幼馴染だと話してくれた事があった。
兵士として巨人との戦いに人生と命を注ぎ込んできた2人が親友に戻った瞬間だったのだろう。
そして、親友としての団長と兵長を俺が見た最初で最後の光景でもあった。





(崖……か。立体機動が使えると同時に、どこから巨人が沸いてでてくるかわからねえ場所だ)

はてしない岩壁は凹凸の差が激しく死角が数え切れないほどある。一瞬の油断が命取りになるだろう。
もっとも平原のように見晴らしだけ良好でも立体機動に適してない場所よりはマシかもしれない。
しかし平原ならば馬で逃げることもできる。勝敗など念頭におかず命の有無だけを考えれば、逃げることすら困難な、この巨大な渓谷は調査兵団の墓場にも見えた。

「油断はするな。無駄な戦闘も避けろ。我々の目標はあくまで獣の巨人だ。100匹の奇行種より奴1匹だと胸に刻め!」

団長は兵士たちに檄を飛ばすと、もっとも視界のいい場所を選び野営をはった。
獣の巨人というやつは夜でも活動できるらしく、見張りは24時間交替で行われた。
翌朝、巨人との戦闘が始まったが、さしてでかくもない通常種数匹と交戦しただけだ。獣の巨人どころか奇行種も、まだ姿を見せない。
本当にここが巨人たちの根城なのだろうか?


「……獣の巨人はバカじゃない。何かあるな」

団長は地図を広げながら呟くように言った。

「大変だ!」

血相を変えた分隊長Aが駆けつけてきた。

「巨人の群が一斉に北上している!」

団長と兵長はそろって椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。

「……どうする?」
「獣の巨人は?」
「奴の姿はない。ちくしょう、あいつ、どこかで俺たちの様子伺ってやがるんだ!」

巨人の群れが壁に侵攻しているだと?
母さんたちが危ない!

無意識に駆け出そうとした俺の腕を兵長がつかんで制止した。


「止めないでください兵長、巨人どもが扉を突破したら壁内は地獄になる!」
「獣の巨人を倒すのが先決だ。何のために壁内にも兵団が存在していると思っている?」
「憲兵や駐屯兵なんか信用できるか!」

それは兵長が一番よくわかっているはず。実戦経験など皆無の連中に家族の命を預けるなんて酔狂なマネ、俺にはできない。
絶対にできない!

「精鋭班はこの場に残れ。私たちは北上する巨人を倒しに行く」

団長の決断は早かった。


「後は頼むぞ、兵士長」
「ああ、わかってる……団長、必ず壁内の人間を守り抜いてくれ」

精鋭班は兵長直属の部下で構成されている。つまり俺も残るということだ。

「個人的な感情で任務を忘れるな」

兵長は俺の肩に手を置き念を押すように言った。


「おまえの父さんは私情に溺れない強い人間だった。そして感情に流されないことが結果的に自分の大切なものを守ることになるんだ」
「……兵長」
「おまえには、まだ判断できないだろう。だが俺を信じろ」
「はい……!」


俺にはわからない。何が正しいのか、この選択で俺は後悔しないのか、迷いはある。
そんな曖昧で残酷な状況の中、俺は兵長の言葉だけを信じた。
兵長を信じること。悔いのない選択があるとすれば、それしか思い浮かばなかった。





太陽が沈んだ。巨人たちが活動を停止させる時間帯が訪れたにもかかわらず嫌な予感がする。

「油断するな。獣の巨人に夜間など存在しない」

静寂の闇の中で放たれた兵長の声は峡谷にこだまして不気味な雰囲気すら感じさせた。
誰もが無口だった。数時間ものあいだ虫一匹姿を現さないにもかかわらずだ。

(……何だ?)

俺は妙な胸騒ぎを覚えた。何なのだと問われれば理由はない、直感で感じたとしか言いようがなかった。
俺の第六感が告げたのだ。全神経が逆立つほどのおぞましい恐怖が猛スピードで近づいていると。

「避けろ!!」

叫んでいた。闇に吸い込まれた声の向こうから大岩が飛んでくるのが見える。
次の瞬間、地面がえぐられ、土が辺り一面に飛び散った。
振り返ると月光が岩の下敷きになった仲間の死体を浮かび上がらせていた。

「奴が近くにいるぞ。構えろ!」

兵長の司令の元、全員ブレードを構えた。



(どこだ?どこからくる?)

巨人は、その巨体ゆえ物音をださずに動くことは困難なはず。
それなのに物音がしない。俺は神経を集中させ気配を探った。
その瞬間、背筋に凍りつくような戦慄が走った。いる、奴は背後にいる!
「うわぁぁー!!」
恐怖を感じるより先に立体起動装置で宙を舞っていた俺は間一髪逃れることに成功していた。
だが俺の隣に立っていた兵士は、奴の手に握られている。
俺は見た。獣の巨人と呼ばれる、俺たちの人類の敵を!
逃げ遅れた兵士は奴の手の中で、その肉体を瞬く間に変形させれた。
ボキボキと嫌な音がして、大量の血液が噴出した。それは、あまりにも残酷な光景だった。
そして、奴は血が足りないとばかりに他の兵士たちにも襲いかかった。今まで見てきた、どの巨人よりも俊敏な動きで。
絶叫が轟き兵士たちは次々に殺された。それも原型を留めない姿となって。

「この……クソ野郎がっ……!」

殺してやる、殺してやる!
人間を虫けらのように虐殺してきた報いを受けさせてやる!!


「ガキはさがってろ!!」


兵長が俺を飛び越え、電光石火の動きで獣の巨人に攻撃をしかけた。

(早い……!)

人類最強の二つ名はだてじゃなかった。
獣の巨人も拳を振り上げ兵長に襲いかかる。僅かに接触するも兵長は素早く体勢を立て直し項に一撃を加えた。
断末魔をあげ獣の巨人倒れた。


「やった。兵長が獣の巨人を……兵長?」

着地した兵長が大きくバランスを崩し地面に膝をついた。

「兵長、血が!」

あの時だ。接触した時、負傷したんだ。


「来るな、こいつは、まだ死んでない!」


獣の巨人が起き上った。大岩のような拳が迫ってくる、避けきれない!


――ごめん、母さん。生きて帰れそうもない。




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