巨人との戦いは多くの犠牲者を出しながら人類の勝利で終わった。これで人類の活動領域は、さらに広がるだろう。
しかし帰途についた兵士に笑顔はなかった。
それほど失ったものは大きい。エレン兵長の戦死は、その最たるものだ。
これからの戦いで俺たちは人類最強の兵士を失ったまま挑まなければならない。今の勝利など、今後の希望の光がほど遠い苦難の闇に飲み込まれて誰もが実感できずにいた。




魂の継承




「……そう、エレンが」

ミカサ分隊長は俺の話を最後まで静かに聞き、一言だけ、そう言った。
兵長は俺を守るために死んだ。それなのに俺を責めない。

「……どうしてですか?」
「何が?」
「俺のせいだ。俺がいなければ兵長は死ななかったかもしれない。俺が憎くないんですか?」

ジャン分隊長とコニー分隊長が慌てて「それは違うだろう!」と口を挟んできた。
俺を庇っての言葉だが異論は認めない。兵長は俺のせいで死んだんだ。


「あの時、兵長が俺を突き飛ばさなかったら、あいつの拳で潰されていたのは俺だった。
兵長は俺の身代わりになって死んだ。分隊長、あんたには俺を憎む権利がある」

ミカサ分隊長は深い湖水のような瞳で、じっと俺を見つめ静かに言った。


「リヴァイ兵長は私たちを守るために死んだ。あなたは私たちを憎まないの?」
「……!」

俺は言葉が出なかった。



「君に責任はない。あるとしたら団長の私だ」

団長はミカサ分隊長の傍に立つと、ただ一言「すまないミカサ」と絞り出すように言った。


「……エレンはいつもそうだった。追いかけても追いかけてもいつも全力疾走で走り続ける……背中が見えなくなるまで。
立体起動を身に着けてからは特にそうだった。私は必死だった。エレンを見失いたくない一心で何とかそばにいた。
気が付けば私とあなた以外エレンのそばにいる人間はいなくなっていた」

「……そうだね。本当に自由奔放な男だったよ」

「……でも、いつかは一人で飛ぶ日が必ず来る。それが早く来ただけ」

団長はミカサ分隊長を抱きしめた。分隊長は団長の胸の中で声を押し殺して泣いた。


「……ごめんミカサ」

俺は団長を沈着冷静で事務的な人間だと思っていた。
団長が感情を現したのを初めてみた。そしておそらく最後だろうとも思った。
彼は言った。団長としてではなく、おそらく兵士長の友としての言葉を。

「エレンは巨人に殺されたんじゃない、命数を使い果たしたんだ。それだけは皆、覚えておいてほしい」

アルミン団長の頬には一筋の涙が流れていた――。









――3年後――

エレン兵長が、その命と引き換えに獣の巨人を倒してから12回目の壁外調査が幕を切ろうとしていた。
巨人は生産されなくなり、調査兵団が壁外に赴く度に確実に数を減らしていった。今や巨人は絶滅危惧種だった。
数か月前から人類の活動領域も壁外に広がりつつある。
おそらく今回の壁外調査で巨人は絶滅するだろう。文字通り最後の戦いというわけだ。


「調査兵団の主力部隊だ!」
「アルミン団長、巨人どもを蹴散らしてください!!」


かつては金食い虫と揶揄されていた調査兵団は人類の英雄として人民に崇められていた。


「見ろ、人類最強の兵士だぞ」

「……うるさいな」
騒々しい民衆の歓声の中、俺は耳に馴染んだ声を聞き逃さなかった。

「見て、調査兵団よ。彼らは英雄、あなたのお父さんがそうだったように」

懐かしい声の主の前で俺は馬を止めた。
周辺の民衆は俺に手を出しだして「人類最強の兵士」などと熱狂していたが、俺の意識は、目の前にいる一組の母子に注がれていた。


「分隊長、お久しぶりです」
「もう分隊長じゃないわ。半年ぶりくらいかしら」


ミカサさんの腕の中の幼子はあどけない仕草で俺に手を伸ばしてきた。その表情は笑みで溢れている。
家族を守ること以外人生に何の目的も持たなかった俺にとって、初めて見つけた第二の生きる理由は、この笑顔を守ることだ。
兵長によく似た、この小さな命を。


「勝てそう?」
「その為に兵長にしごかれました。これが最後です」

俺は子供の頭に手をおいた。


「父、兵長、そして俺。この先はありません。俺の代で終わらせます。誰もが巨人の脅威に怯えず外の世界に踏み出すために」


巨人に自由を人生を、そして命を奪われる時代は、この戦いで終幕だ。
兵長の息子には巨人と戦うためではなく、未知の土地を探検するために壁外に旅立って欲しい。


「ハンジさんは元気?」
「母と妹には昨夜挨拶をすませました」








巨人との戦いの終焉は、母が何より望んでいたことだった。

「全てが終わったら調査兵団は新しい土地を探索することになるだろうね」

それは母の夢だった。そして兵長や団長の。

「俺が連れていってやるよ。好きなだけ広い世界を旅すればいい」
「それは楽しみだね……昔、父さんも、そう言ってくれたよ」

母は少女のように微笑んでいた。

「じゃあ行ってくる」

背中を見せると、母は俺が思ってない言葉を口にした。



「今のおまえは、父さんに、そっくりだよ」



俺は呆気にとられ思わず足を止めた。頭だけ振り返ると、母は目を細めながら、さらに言った。


「いい男になったね」








「……ハンジさんの言うとおり。今のあなたはリヴァイ兵長のように強くて大きい」
「だったら、息子さんも、いずれエレン兵長のように強くて大きい人間になりますよ」

何なら俺が鍛えて差し上げますよ。彼が俺にしてくれたようなしごきでよければと付け加えるとミカサさんは笑ってくれた。


「何をしている。開門だぞ」

アルミン団長に促され、俺はミカサさんに軽く一礼すると隊列に戻った。
重厚な門扉が、ゆっくりと持ち上がる。この先を一歩出れば、そこは巨人が支配する地獄の世界だった。
けれども今は希望の光が見える。
俺は胸ポケットに、そっと手を添えた。人類に捧げた心臓と常に共にあったこれは俺にとって魂の象徴だった。
この戦いが終わったら、母さんとミカサさんに返そうと思う。

父さんと、兵長のエンブレムを――。




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