雲雀はトンファーを手に問答無用で骸に襲いかかった。
最初の一撃で常に相手は頭部を石榴のごとく血みどろにされる。
しかも今の雲雀はまともではない。
ここまで怒りにまかせた感情だけの攻撃は幼馴染の美恵ですら初めてみるものだった。
美恵は骸の無惨な死体を想像して愕然となった。 ところが予期せぬ事がおきた。
何と、その雲雀の攻撃を骸は止めたのだ。 トンファーと三又の槍が交差した状態で動かない。


「僕を簡単に殺せると思ったら大間違いですよ」
「……最低、20回、咬み殺す」




PROM―5―





「あ~、本当に疲れた。雲雀さんと話すだけで寿命が縮むよ」
ツナはふらふらと倒れそうになりながら帰宅の途についていた。
「だらしねえぞツナ。それが大マフィア・ボンゴレの十代目かよ」
「だから俺はマフィアになんてならないって言ってるだろー!
おかげで危うく雲雀さんに殺されるところだったんだぞ!!
雲雀さんが天瀬さん最優先で俺を後回しにして行っちゃったからよかったものの……」
雲雀が立ち去る時に吐いた台詞がツナの精神に衝撃を与えていた。


『もし美恵に何かあったら連帯責任で君達全員咬み殺すから』


「ああああ!もし天瀬さんに何かあったら、俺殺されるよ!
ど、どうしよう!今から引っ越しした方がいいのかな!?」
その時、リボーンの携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「俺だ。そうかわかった」
「な、何だよ……またマフィアが来たなんて言うなよ」
「雲雀の幼馴染だが、雲雀と骸がマフィアをぶちのめして守ったそうだ」
「そ、そうなの!?あー、よかったー、これで俺も枕を高くして寝られるよ」
「でもって今、雲雀と骸が戦っているそうだ」
「そうか、そうか。本当によか……え?」


「雲雀と骸が戦っているそうだ」
「え”え”え”ー!!」














「やめて、お願いだから二人とも、もう止めてよ!!」

コンクリート壁に大きな穴、まっぷたつに折れた電柱。
化け物レベルの二人の戦いは、文字通り常軌を逸したものだった。
当然、被害も甚大。しかし二人は全く止める気配なし。
このままでは物どころか、対人被害がでるのも時間の問題だ。


(どうしよう。どうしたら二人を止められるの?)


焦る美恵とは対照的に、ますますエキサイティングする雲雀と骸。
もう誰も彼らを止められない。




「ああー!ほ、本当に殺し合いしちゃってるよー!!」
第三者の声がしたので反射的に振り返ると見知った顔があった。
「あれは……沢田綱吉君」
美恵に知る由はないが、ツナはリボーンにせかされ駆けつけたのだ。
もっとも、だからと言って止められるものではない。
ツナはまるでムンクの叫びのようになってしまった。


「ボスならボスらしくとめろよツナ」
「だーかーら!俺は絶対にマフィアにはならないと――」
「うだうだ言ってんじゃねえ。行け!」

リボーンにどつかれ雲雀と骸の間に飛び込む羽目になったツナ。
それは本人にとっては非常に不本意だが、結果的に二人の戦闘の邪魔をする行為。
つまり雲雀と骸、二人同時に喧嘩を売ったも同然なのだ。




「何、君。そんなに僕と殺し合いしたいわけ?」
「くふふふ。いいですよ、何なら今すぐ惨殺して差し上げましょうか?」

あまりの恐怖に言葉も出ないツナ。
これはまずい。あの二人の事だ、本気でツナを殺しかねない。

「待って二人とも。いい加減にしてちょうだい!」

美恵は慌てて駆けよろうと走った。
何の罪もないツナまで二人の気まぐれで殺されたらシャレにならない。
二人を止められるのは今は自分しかいない。
美恵は勇気を振り絞り、体を張って二人をとめようと決意したのだ。




「お願いだから、二人とも、これ以上バカな事は――」


ズギューン!!

――銃声が空を引き裂いた。


(……え、何?)


それは美恵にとっては、あまりにも耳慣れない音だった。
ただ、不気味なものだということは本能的に理解していた。

わからないのは今の自分の状況だ。 自分は走っていたのに、何故か、これ以上走れない。
走ろうとしているのに不思議なことに足が動かない。
いや、動かないのは足だけではなかった。 手をはじめ体全体が麻痺したように動かない。
周囲の景色まで、静止画面のように止まっている。
そんな中、雲雀と骸が自分を見つめているのはわかった。




(恭弥……何を驚いているのよ)


いつも無表情の雲雀が目を見開き愕然としている。
手にしていたトンファーが落ちるのが見えた。

雲雀らしくない。何をしているのだろう?




(六道骸まで、あんな顔して……どうしたのかしら?)


いつも不適な笑みで妙な事を口走っていたのに。 随分と神妙な面持ちではないか。

一体、どうしたいうのだろうか?


動かない体、動かない景色、そんな中、突然、美恵は己の肉体ががくっと崩れる感覚を味わった。

「……え?」

体勢を立て直そうとしたが、相変わらず体は言うことをきかない。
地面が歪むような感覚。まるで奈落の底だ。 視界までぐらっと歪んだ。
そんな中、僅かに頭だけが動き、美恵は反射的に肩越しを見た。




「へ、へへ……ざまあ、みやがれ」
雲雀と骸に倒され地べたに這い蹲っていたチンピラが目に映った。
そいつが銃を手にしている。おまけに銃口からは煙があがっていた。


「……美恵……、馬鹿な……そんな馬鹿な……!」

雲雀が追い詰められた口調で叫んでいた。


「こんな事……こんな馬鹿な事、ありえない……あって、たまるか!」

いつも憎らしいほどの慇懃無礼な骸とも思えない言葉だった。


「ま、さか……」


美恵は麻痺した己の体に視線を移した。
血、血だ。血が流れている。その量は半端ではなく、地面を赤く染めている。
美恵はようやく自分の状況を把握できた。




――私……撃たれたんだ。




そう悟った瞬間、一気に体のバランスが崩れた。
スローモーションの景色の中、雲雀が駆け寄るのが見えた。




――何よ……そんな青い顔して。
――いつも可愛げないくらい……すました表情してるくせに。




走っていたのは雲雀だけではなかった。
不敵な笑みしか見せてこなかった骸、その彼のこんな顔は初めて見た。




――どうして、あなたがそんなに焦……ってるのよ。
――暇つぶしで……私をからかっていただけの……くせに。




美恵!しっかりしろ美恵!!」

声は聞こえる。でも、もう視界は真っ黒だ。
どっちの声なのかもわからない。


「僕をおいていくな!!」


その言葉を最後に美恵の意識は完全に途絶えた。




『ねえ、知ってる?このプロムでパートナーになった二人は恋人同士になれるのよ』




美恵、目を開けろ。あけてくれ!!」

救急車がけたたましいサイレンを鳴らしている事も 握りしめられた手の温もりも――。
そして頬に落ちてきた涙の存在すらも……美恵は知らない――。




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