「ど、どういう事なの?」

クロームが消え、同時に骸が現れた。
目の前で見たことが信じられない。クロームが骸に変化したのだ。
トリックでも錯覚でもない。間違いなく六道骸だ。
美恵は激しく混乱した。何が何だかわからない。
だが今は戸惑っている状況ではない。


「げえええ!ろ、六道骸ー!!」
マフィア達は全員そろって顔色を失った。それだけで骸がどれだけ恐怖の対象であるかわかる。
「お、落ち着け!六道骸は短い時間しか力を発揮できないんだ!!
と、とにかく、その女をとっつかまえて退却するぞ!!」
奴らの標的はあくまで自分。骸には何か特別なものを感じるがあまりにも多勢に無勢。


(巻き込むわけにはいかないわ。嫌な奴だけど、クロームちゃんにとっては大切な人間のはず)


「用があるのは私でしょ。この男には――」

骸の前に出ようとした瞬間、突然美恵は腕を掴まれ強引に引き寄せられた。

「……!」

すぐ目の前には骸の端麗な顔。唇に慣れない感触、その衝撃に美恵の瞳は大きく拡大した。
呆然とする美恵から唇を離すと、骸は美恵を抱きしめ冷笑しながら宣言した。


「見ての通り彼女は僕の大切なひとだ。欲しければ僕を殺して奪いとれ」




PROM―4―





「……と、いうわけなんですー!!
お、俺は……俺は決して雲雀さんの幼馴染を巻き込む気なんかー!!」

ツナは顔面蒼白になって必死に弁解した。
だが雲雀の目が告げている。


『僕を怒らせたね。死んでもらうよ』――と。


(こ、殺される!俺、この若さで死ぬんだー!)
もはや気絶しないのが不思議なくらいツナの意識は崩壊寸前だった。
いつ雲雀に殺害されてもおかしくない状況。
しかし雲雀にはツナに天誅を加えるより優先させなければならないことがあった。


「……美恵」


雲雀は激しく後悔した。平素通りそばにいてやればこんな事にはならなかった。
つまらない事で喧嘩などしたばかりに美恵を一人にしてしまった。
もしも美恵の身に何かあったら後悔どころではすまなくなる。
急がねばならない。美恵を探し保護することが最優先だ。


「わかっていると思うけど美恵に何かあったら――」
「あ、ああああああったらー!?」




「連帯責任でボンゴレは一人残らずこの世から駆除するから」




完全に白くなってしまったツナ。
雲雀は学ランをマントのようになびかせながらあっという間に走り去っていった。














「ぎゃああ!」
「くふふふ、愚かな連中だ。マフィア風情の分際で本気で僕にたてつこうなんて」

多勢に無勢という言葉の意味を美恵は忘れてしまうほど骸は圧倒的だった。
次々にマフィアが地面に倒れてゆく。


(つ、強いわ……恭弥と同じくらい強い。それに――)


「ひ、ひいい!か、顔だけは……、顔だけは勘弁してくれえ!!」
「おや、その程度の面で随分と図太い神経だ。僕はたった今決めましたよ。
その顔だけに攻撃をかけてあげましょう」
「ぎゃああ!!」
骸は顔に集中攻撃。元々大した事なかった顔だったが、人間ではなくなっている。


「……それに恭弥と同じくらい冷酷ね」


骸の強さに感心するも、その残酷さに開いた口がふさがらない。
あれだけ大勢いたマフィアもすでに半数以上が倒されてしまった。
明らかに骸の優勢。もはや勝負は時間の問題にみえた。




「畜生!こうなったら最後の手段だ!!」
残されたマフィア達は一斉に小さなボックスを取り出した。

(何、あれ?あんなものが何になるというの?)

美恵にはただの小箱にしか見えなかったが、もちろん骸にはそれが何なのかわかっていた。
マフィアにとって現在もっとも有効かつ最強の武器。
「こ、これは俺達ファミリーの最強兵器だ!」
全員が指輪を小箱の穴にセット。その途端、炎が燃え上がった。


「な、何よ、これ!?」
「僕から離れないように」


美恵は驚愕した。まるでゲームの中に登場するかのような奇怪な動物が出現したのだ。
映画のCGでも精巧なぬいぐるみでもない。何なのだ、これは!
ますます頭が混乱するが、ただ非常にやばい状況だということだけはわかった。


「六道骸、逃げるわよ!」
「何を馬鹿なことを。どうして弱者相手に僕が退散しなくてはいけないんですか?」
「あなたは仮にも人間でしょう。あんな化け物に勝てるわけないじゃない!」
「おや、これはこれは」

骸はおかしくてたまらないとでも言うかのように笑った。

「何がおかしいのよ?」
「僕は確かに人間といえるかもしれません。ですが――」

骸の赤い目に怪しい文字が現れた。

「化け物というのなら、こんな作り物よりも僕の方が上ですよ」




骸の戦闘力がアップした。今までよりもさらに凄まじいパワーとスピード。
いつも雲雀を見ている美恵には、それがどれだけ人間離れしたものか瞬時にわかった。


「な、何なの、あなたは!?」
「僕の格闘能力は史上最強だと自負してます」

三又槍に炎がともり、恐ろしい怪物たちを次々に破壊していった。
美恵は再び、その圧倒的な強さに呆然となった。
「く、くそお!こうなったら……!」
しかしマフィアも再びボックスを取り出した。
「これは拉致専用のボックス兵器だ!」
飛び出したのは巨大な蛇。しかも空中を猛スピードで飛んでくるではないか。
瞬く間に美恵に襲いかかる。締め付けられそうになり美恵は思わず悲鳴を上げた。


「きゃああ!!」


――え?


しかし美恵は無事だった。蛇がぼとっと地面に落ちるのがみえる。

美恵、無事かい?」
「き、恭弥!」


どうしてここに?


「僕の後ろに」

雲雀はトンファーを構えた。
久しぶりにこんな近くに雲雀の背中を見たような気がした。

「おや。招かざるナイトの登場ですか?僕がいるから、あなたは必要なかったのに」
美恵は僕が守る。君なんてこれっぽっちも必要じゃないね」


骸はニッと不敵な笑みを浮かべた。
雲雀はきっと突き刺すような鋭い視線を投げた。

――その数秒後、マフィアは一人残らずぼろぼろになって地面に横たわっていた。




「…………」
美恵は呆然とその光景を見ていた。
微塵も動けない程、二人の強さは神がかり的であまりにも鮮明すぎた。
だがすべてが終わった直後、とんでもない事が起きた。
雲雀と骸はちらっとお互いの顔を見つめた。そしていきなり激突したのだ。
トンファーと三叉槍が交差にぶつかり鈍い音を発する。

「え?」

美恵は血の気が引くのを覚えた。

「……ちょ、ちょっと、あなた達……ま、まさか」




「今度こそかみ殺してあげるよ」
「笑わせないでください。返り討ちにしてあげますよ」




ぶつかり合う殺気は本物。こ
の二人、本気でお互いの息の根を止めようとしている。
(いけない!)
美恵は慌てて二人の間に割って入った。


「何をしようっていうのよ、やめて!」

美恵の行為に雲雀は露骨にむっとした表情を浮かべた。



「何でそいつを庇うのさ」
「庇うとか、そういう問題じゃないでしょ。さっきまで二人とも協力して戦っていたじゃない!」
「心外なことをいうな。僕はこんな奴と共闘した覚えはないよ」

雲雀は不愛想に悪態をついた。一方の骸も負けてはいない。

「それはこっちの台詞ですよ。第一、庇ってもらったのはあなたの方でしょう。
僕はあなたより強いんですから、庇ってもらう理由なんてない」

雲雀はカチンとなった。


「かみ殺す!」
「恭弥!」

美恵が雲雀の腕を抱きしめなければ、間違いなく雲雀は骸に襲いかかっていただろう。
雲雀は不満そうに美恵を見つめた。


「彼は私を助けてくれたのよ。過去に何があったか知らないけど、お願いだから喧嘩しないで」
美恵を助けただって?」
「そうよ。もし彼がいなかったら、きっと私は今頃さらわれていたわ。
恭弥が駆けつけた時には間に合わなかった」


その言葉に雲雀はゆっくりとトンファーを降ろした。
良かった、冷静になってくれた――と美恵はホッとした。




「当然でしょう。口づけまでかわした女性を見捨てるのは忍び難いですからね」




――シーンと冷たい静寂が辺りを包んだ。


顔面蒼白になる美恵。

俯く雲雀。

そしてニコニコと笑みを浮かべる骸。




誰も一言も発しない。無言状態が数分続いた。
あまりにも気まずすぎる空気。静寂であればあるほど恐ろしい。
その冷たい静寂を破ったのは雲雀だった――。




「……美恵、こいつとキスをしたの?」




「……あ、あのね恭弥……これにはわけが」
「……したんだ」




美恵は、それ以上何もいえなかった。
そして再び無言状態となった。




ど、どうしよう……何て言ったらいいの?




キスしたんじゃなくて、されたの……何て言ったら間違いなく骸は殺される。
かといって同意の上でなんて嘘ついても結果は同じ。
いっそ事故って言おうかしら。
転んだ拍子にって……駄目だわ、恭弥の殺意が収まると思えない。




「あ、あのね恭弥……誤解しないで、上手くいえないけど、その……」




「六道骸、肉片一つ残らないほど咬み殺す!!」




最悪の展開だった――。




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