「彼女は僕の中にいますよ。同一人物みたいなものなんだから、今までと同じ様に扱ってくれていいんですよ」
「ちょっと、どうして密着してるのよ!」
雲雀以外の男とは手も握ったこともない美恵は焦りまくった。
「可愛いひとですね、こんなに震えて。今時、こんな純粋な女学生は珍しいですよ」
「あ、あのねえ……いい加減に離れてよ!」
PROM―2―
「……美恵」
「委員長、どうかいたしましたか?」
草壁が心配そうに尋ねてきたが雲雀は何も答えない。
(……何だ、この嫌な予感は)
「委員長、どうなされたんですか?委員長?あのう……うぎゃあ!」
「近付きすぎだよ」
草壁はトンファーのえじきになっていた。
「私に、これ以上変な事したら後が怖いわよ!」
「おやおや勇ましい態度ですね。でも僕を怖がらせることが、はたして君にできますか?」
「あのね、知らないと思うけど私は並盛町最強最悪の不良・雲雀恭弥の――」
そこで美恵はハッとして言葉を止めた。
(嫌だわ、何を考えているのかしら。恭弥の名前に頼るなんて冗談じゃないわよ)
「おや、あの雲雀恭弥の何ですか?」
「……その」
「もしかして恋人なんてオチではないでしょうね?」
「だ、誰が、あんな薄情者!ただの幼馴染よ!!」
言ってしまった!……しまったと思ったが、もう遅い。
(……駄目ね、私って……でも彼もこれで顔面蒼白になって逃げ出すわ。万事OK……かしら?)
終わりよければ全てよしと思おうとしたが、美恵にとって予想外の事が起きた。
「ふうん、幼馴染といえば友達以上恋人未満ですね。いいポジションじゃないですか」
(……え?)
雲雀の名前をきいて逃げ出さない人間が、この並盛町に存在したとは驚きだった。
「……あ、あなた恭弥の事が怖くないの?」
「僕も少々特殊な人間でしてね」
「特殊?」
そう言われてみれば、何か得体の知れないものを感じた。
雲雀と似ているようで全く異質でもあるような、そんな妙なオーラを感じる。
美恵は冷静になって、もう一度、男を見詰め、そして尋ねた。
「あなた何者?何て名前なのよ?」
「六道骸。最近他校に転校してきた帰国子女ですよ」
その時、美恵は初めて骸の片目が妙なことに気づいた。赤く光っており、文字まで見えるではないか。
「あなた、その目は何?」
美恵は興味深そうに、その目をじっと見つめた。
「この目が怖くないんですか?」
骸は前髪をかきあげて、その怪しい目を殊更に強調した。
「怖くは無いけど」
今度は骸が驚いた。この目をまともに見て驚かない人間は久しぶりだったからだ。
「さすがは雲雀恭弥のなじみだけありますね。彼と同じ様にまともじゃない精神構造をしていると見える」
「ちょっと、変な事言わないでよ。私は恭弥と違って普通の人間よ」
骸は今度は笑い出した。
「笑ったのは久しぶりですよ。もっとも作り笑いならいつもやっていますけど」
「作り笑いでも笑顔ができるだけマシじゃない。恭弥なんか、いつも仏頂面なんだから」
「確かにそれはいえますね。でも自分に正直な性質なんでしょう。裏表ないんですよ、彼は」
何だか雲雀のことをよく知っているような言い草に美恵は思わずきょとんとなった。
「あなた、恭弥の知り合いなの?」
「知り合いも何も彼とは殺しあった仲ですよ」
「…………」
「おや、どうしたんですか?急に無口になりましたね」
美恵は、ふうっと溜息を吐き、もう一度骸を改めて見詰めた。
(普通はこんな時は『冗談は顔だけにして』と言うべきなんでしょうけど。
笑顔で『事実ですよ』って切り替えされそうだわ)
骸はニッコリと笑っている。はっきりいって、この男はまともじゃない。
「……ああ、そう。でしょうね、恭弥の性格考えたら、そんなことあっても不思議じゃないわ」
「おや、これは予想外の台詞ですね。僕は『冗談は顔だけにして』と言ってくれると思ってましたよ」
「…………」
美恵はじろっと骸を睨みつけた。
「……あなたって性格最悪ね」
「クフフフ、よく言われますよ」
これ以上付き合ってはいられない。
「……あっそ、どこのどなたか知りませんけどさようなら。もう二度と会うことはないですけどね」
美恵はさっさととんずらすることにした。
「おや、冷たいですね。クロームにはあんなに優しかったのに」
「……あ」
そ、そうだ!あの子、あの子の事忘れてた。何処行ったの?
「彼女はどうしたのよ?!」
「だから、さっきから言ってるじゃないですか。彼女と僕は同一人物みたいなものですよって」
「あんな可愛い子が、あなたみたいな性悪と同じなわけないでしょ!
本当はどういう関係なのよ!彼女の家族?あ、もしかしてお兄さん?
だったら言っておくわ。育ち盛りの子にお菓子しか食べさせないなんて非常識すぎるわよ。
本当に彼女のこと大事に思っているんだったら、少しは彼女の健康考えてあげなさいよね」
(言いたいことは全て言ったわ。もう帰ろう)
骸とこれ以上係わりたくなかった美恵は逃げるように去っていった。
「クフフフ、本当に優しいひとですね。昨日今日出会ったばかりの赤の他人に。
あの雲雀恭弥の幼馴染とは到底思えませんよ」
「……あの子、大丈夫かしら?」
お兄さんがいるなら、もう自分の出番はないと帰宅したものの、やはり気になる。
「美恵、何物思いにふけっているのさ」
はっとして振り向くと、雲雀が窓から侵入していた。
「何しにきたのよ恭弥」
「嫌な予感がしたんだよ」
「嫌な予感?何よ、謝りにきたんじゃないの?」
「謝る?僕に非は全くないのに、どうして謝る必要があるのさ」
美恵はむっとした。
「あ、そう!だったら、さっさと帰ってよ。私、これからプロム用のドレス作りで忙しいんだから」
今度は雲雀がムッとした。
「出るつもりなのかい?あんな群れに混ざって踊るなんて神経疑うよ」
「あなたの神経が普通じゃないのよ。年に一度のプロムよ、それに彼氏を見つけるいいチャンスだしね」
「……恋人を作るつもりなのかい?」
「そうよ、悪い?」
雲雀は返答せずに、背中をみせると帰ってしまった。
「……何よ、恭弥の馬鹿。私が本当に他の男と付き合ってもいいわけ?」
――恭弥は本当に私のこと幼馴染としか見てないのね。
――仕方ないわよね。ただ一緒にいただけで、きっと私は魅力のある女じゃないんだわ。
「……はぁ……はぁ」
「大丈夫?しっかりして。すごい熱……やっぱり、帰るんじゃなかった」
あの後、気になって黒曜ランドに戻った美恵が見たのは高熱にうなされているクロームだった。
(骸……って、いったわね。妹をほったらかしにして、どこに行ったのよ!)
美恵必死に看護した。しかしクロームの熱はさがらない。
(こんな廃墟では悪化するだけだわ)
美恵はクロームを背負うと黒曜ランドをでた。タクシーを呼び彼女を連れマンションに帰宅した。
そして手厚い看護の甲斐あってクロームの熱は下がり呼吸も安定しだした。
「……良かった」
クロームにベッドを貸してあげたので、美恵自身はソファで寝ることにした。
「……ん」
どのくらい時間がたっただろう?ふと人の気配を感じ瞼を開けた。
「……誰?」
シルエットからクロームを連想できた。
「クロームちゃん?」
「くふふふ、本当にあなたは優しい女性ですね」
聞き覚えのある怪しい声に美恵はがばっと飛び起きた。
「また会いましたね」
忘れもしない!小憎たらしい謎の美形・骸!!
「この……薄情者!」
美恵は右手を振り上げたが、簡単に骸にねじ伏せられソファに押し倒された。
「何するのよ!」
「それはこっちの台詞ですよ。乱暴ですね。それに薄情者されるのは心外です」
「何が心外よ!病気の妹をほかってどこに行ってたのよ!!
あなた彼女のお兄さんでしょ、病気の時くらいクロームちゃんのそばにいてあげないなんて最悪よ!」
「僕はクロームの兄じゃないですよ。保護者みたいなものですが」
「保護者?じゃあやっぱり酷いじゃない、どうしてそばにいてあげなかったのよ!!」
「あなたに言ったところで信じてもらえないかもしれないが、
僕はほんの短い時間しか、この世界に出て来れない人間なんですよ」
骸の突然の告白は意味不明というよりも、なぜか悲しいものだった。
美恵は、しばらく言葉も出なかった。
わからなかったのは昨日出会ったばかりの美恵に、そんな事を打ち明けてきたことだ。
「……どうして、そんな事を私に言うの?」
「なぜでしょうね」
骸はふふっと笑みを浮かべた。
しかし、その笑みは今までのような面白半分の挑発じみたものではなかった。
「強いて言えば、クロームが君を信じたからでしょうか?」
クロームを媒体としているがゆえに骸には彼女の心の中が手に取るようにわかるのだ。
出会ったばかりの、この赤の他人のことをクロームは心を許している。
クロームは決して人付き合いの上手い人間ではない。むしろ人見知りする性質だ。
幼い頃から大人の醜い本性を見続けたからだろう。
だからこそ本当に心の温かい人間を見抜く力が自然と備わっていたのかもしれない。
「クロームが信じている以上、僕も君を信じることにしたんですよ。
だから僕のプラベートなことを話してもいいと思ったんです。そんなところで納得していただけますか?」
骸の説明は十分とは言えなかったが、美恵は、もうそれ以上骸の事は何も聞く気にはなれなかった。
「一つだけ聞かせて。クロームちゃんは無事なのね?」
「ええ、それは保障しますよ」
「そう良かった」
「君の看病のおかげで熱も下がって、もう安心です。ありがとう、あの子を助けてくれて」
ずっと冷たくて恐ろしい人間だと思っていたが、感謝の言葉を述べた時の目だけは温かかった。
「……あなた」
「何ですか?」
「そんな目もできるんだ」
美恵もつられて笑っていた。
「初めて僕に微笑んでくれましたね」
「え?」
そういえば、骸と出会ってから、ずっと怒っていたばかりだった。
「それはあなたが……もういいわ」
――不思議。恭弥とは全然違うようで何となく似てる。
「今度は君の事を話してくれませんか?
僕は滅多にこの世界に出て来れない、たまには誰かと話をしてみたいんですよ」
「話といっても私は平凡な中学生よ」
「平凡な中学生が、あの雲雀恭弥と仲良くできるわけがないでしょう」
「それは……私が幼馴染だからよ。ただそれだけ、何も特別なことじゃないでしょ?」
「雲雀恭弥のことは一から十まで知っているわけではありませんが――」
「彼はたとえ物心つかない幼子の頃でも、気に入らない人間と一緒にいるような人間じゃありませんよ」
「あんな変わり者とずっと付き合えるあなたは十分大物ですよ」
「それ褒めてるの?けなしてるの?」
「あなたの好きなほうで受け止めておいてください」
ほんの数十分前ならば、おそらく怒鳴り散らしていた。でも今は違う。
「そう、じゃあ褒め言葉として受け取っておくわ」
今度は余裕の笑みすら見せてやっていた。
「また笑ってくれましたね。雲雀恭弥は幸せ者だ、こんな可愛い幼馴染がいて」
「あら、そうでもないわよ。現に今は絶交中だもの」
「おやおや、それは穏やかじゃないですね。喧嘩でもしたんですか?」
「……ちょっとね」
骸は部屋の隅に視線を向けた。仮縫いされた純白のドレスがミシン台に掛けられている。
「あれは?」
「あれはプロム用のドレスよ。手作りで出ようと思ってるの」
「雲雀恭弥と?」
骸は随分と驚いたようだった。
「彼は群れるのが大嫌いでしょう。それなのに大勢の人間が集まるパーティー会場に行ってくれるんですか?」
「私はそうして欲しかったんだけどね……でも」
美恵は溜息をついた。
「恭弥は取り付くしまもなかった。だから誰か他のパートナー捜すか、一人で寂しく食事に専念するか二者択一よ」
しかし雲雀以外の男子生徒とパーティーなんてやはり考えられない。
おそらく後者になるだろうと美恵は今から覚悟していた。
「だったら僕が君のパートナーになってあげましょうか?」
「……え?」
突然の申し出。予想してなかった言葉に美恵は呆然となった。
「自分でいうのも何ですが、僕は雲雀恭弥に劣らず極上の美少年ですよ」
「どうして?クロームちゃんを助けてあげたから?」
「違いますよ」
「僕自身があなたを気に入ったんです。とても、とてもね」
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