「ここもハズレか……クソ!」

徹は普段は使わない下品な言葉を吐き捨てながら、腹部を軽く押さえた。
(……痛み止めにも限界がある)
瞬のトラップにより受けた傷が痛む。
しかしそれ以上に、後一歩というところまで追い詰めながら逃した悔しさで徹は怒り狂っていた。
何とか理性を保っていられるのは、かつて四期生に攫われた時と違いの身は安全だということだろう。
もちろん、だからといって追跡の手を緩める気は無い。もう、これ以上に会えないのは我慢なら無い。
その為に嫌々ながらも晃司や秀明の作戦に強引に参加した。
片っ端から賊が潜んでいると思われる街を捜索、この街ですでに四番目だ。しかし今だ誰も見つからない。

(晃司と秀明の方はどうだろうか?)




鎮魂歌―94―




茉冬は今回の事が余程ショックだったのか寝込んでしまった。
秋澄は妹が哀れでならず食事もろくにせず付き添っている。
今も眠っている茉冬の手を握り、心配そうにその寝顔を見詰めている。
「かわいそうに……だが二度とおまえをこんな目にはあわせない。
おまえに狼藉を働いた男は克巳君が退治してくれると約束してくれた。
だから安心して休みなさい。あの狼藉者は……海老原竜也という外道は近いうちに必ず報いを受ける」
扉がノックされた。秋澄は音をたてない様にそっと立ち上がると扉に向かって歩いた。
そして、やはり音をたてない様にゆっくりとドアノブを回し少しだけ扉を開いた。


「秋澄様、お客様がお見えになってます」
「俺に客?話は室外で聞こう、茉冬が起きる」
秋澄は静かに退室した。
「氷室家の若君様がお見えになってますよ」
「隼人君が?」
「はい、お話したいことがあると供も連れずにおいでに。ひとまず客室にお通ししておきました。お会いになりますか?」
「勿論だ。葉月にもすぐに来る様に伝えてやれ」
「かしこまりました」
使用人は礼儀正しく頭を下げるとすぐにその場を離れた。秋澄は一人、客室に向かう。




入室するとソファに着座していた隼人はすぐに立ち上がり軽く会釈した。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
秋澄は隼人の傍に来るとその両肩に手を置いて笑顔を見せた。
「しばらく見ない間に立派になったね。海軍での活躍は噂できいているよ。亡きお父上やお祖父様も喜ばれている事だろう」
「ありがとうございます」
「さあ座って話をしようではないか」
2人はひとまずソファに座った。


「それで話とは?」
隼人は何だか切り出しにくそうだった。秋澄はその様子から頼み事があるのだと察した。
「言いたい事があるのなら言ってごらん。もうすぐ義理の従兄弟になるんだ遠慮は必要ない。
俺のことは本当の兄だと思って甘えてくれていい。
俺に可能な事であればできるだけのことはしてやろうと思っているんだよ」
秋澄は飾らない性格でありがたくはあったが、隼人は内心心苦しかった。


「……秋澄さん、水島克巳の昇格の件で」
「克己君?ああ、彼は大変な好青年でね!」

(克己君?)


隼人は顔をしかめたが秋澄は全く気づいていない。
呼び方一つでその人間をどう思っているかわかる。隼人が思っていた以上に水島は秋澄の信頼を得ているようだ。


「彼は季秋家の恩人だ。それなのに恩を傘にきせるような尊大な面はまるでない。
実に謙虚で誠実な青年でね。今後は実の弟のように目をかけてあげようと思っているんだ」
秋澄はすっかり水島を気に入ってしまっているようだ。おそらく何を言っても無駄だろう。
水島の本性を秋澄自身の目に焼き付けない限り。
だが今はそれは無理。下手なことをすれば水島を妬んでの陰口だと思われるかもしれない。
(……俺が直接言うより姉さんから説得してもらった方がいい)

「秋澄さん、姉さんと話をさせて頂いてよろしいですか?」














「いたか晃司?」
「いや、それらしい気配は全くない。ここも違う」
晃司と秀明は桐山達が潜んでいる安アパートと隣接している貸しビルまで来ていた。
「――だが」
2人は気づいていた。急いでここから離れようとする人間がいる。
「……1人は気配をほとんど消している。だが他の2人は素人だ、行くぞ秀明、後を追う」
「それより晃司」
秀明は気配以外の事に気づいていた。それは晃司も同じだ。
「ああ、火薬の臭いがする」
次の瞬間、ビルはけたたましい爆音と供に炎上した。














「隼人さん、お久しぶりですね」
「ご無沙汰しています」

隼人は葉月に頭を下げた。秋澄は「積もる話もあるだろう」と気を使い退室していた。
「水島克巳の二階級特進は秋澄さんの口添えがあったと聞いている」
「それが何か?」
「水島は信頼に足る人物ではない。それは俺が誰よりも知っている。
姉さんから秋澄さんに水島に肩入れするのをやめるように説いてもらえないだろうか?」
私情に走らないことを信条としている隼人だが、水島に対する私怨の念を感じたのか葉月は溜息をついた。


「五期生と四期生が不仲ということは私も人づてで聞いてます。
水島克巳という男、確かに一癖も二癖もありそうな人間ですが、そんなことは今は関係ありません。
あの男が悪魔だろうが天使だろうが、茉冬さんを助けてくれた事は事実。
今はあの男には借りがあります。この世界では義理がどれ程大切なものかあなたも特権階級出身ならわかるでしょう?」


特権階級ほど裏と表が激しい世界はない。裏ではどんな汚いことをしようとも、体面には異常なほど執着する。
礼儀をわきまえない人間は特権階級では自滅する。
義理には必ず報いなければならない。それがルール。
まして秋澄は心底水島に恩義を感じ、その偽りの人格に惚れ込んでしまっているのだ。


「秋澄さんは茉冬さんと水島の縁談を断ったことを後悔までしているほどなのよ。私も頭が痛いわ」
「その縁談をまとめていたら間違いなく後悔していましたよ」
「……そうでしょうね。幸い秋澄さんは水島以上に癖のある弟君がいらっしゃるから」

葉月はそれ以上は言わなかったが、利発な隼人はすぐに季秋家の実権は秋澄にないことを悟った。
しかし、その肝心の弟君とやらは今回の水島の特進には反対しなかった様子。それが気になった。


「姉さん、もしかして水島に何か弱味を握られているでは?」


葉月は「それ以上は訊かないでちょうだい」と言った。どうやら予感的中のようだ。
どうやら攻介の願いは聞き届けてられそうもない。隼人はそう確信した。


「どうかこれ以上は水島と係わり合いにならないように秋澄さんを説得して頂けないですか?」
「今の時点ではそれは無理です。水島に利用されるのは私も真っ平ですが、それだけだと思いますか?」


季秋家が裏で何をしているのか隼人も漠然とだが知っている。
一歩間違えたらテロリスト指定を受けかねない一族だ。国防省とのパイプは重要。
水島は秋澄を掌で転がすことで季秋と云う最大の後見人を得た。
が、それは逆をいえば、その後ろ楯を失わない為にも季秋に対する国防省の心証を水島は守っていかなければならない。
どんな卑劣な手段でも厭わない水島だ。違法な手法を駆使してでもやってくれるだろう。


「秋澄さんの水島贔屓は度が過ぎてますが、その代わり水島にはそれなりの働きをしてもらいます」
「姉さんは怖いひとだ」


葉月は隼人の母方の従姉で、京極家は隼人にとって最も近い縁戚。
母や祖父を亡くした後、しばらく美也子と供に京極家で養育されていた事もあるくらいだ。
そのため、隼人が唯一頭が上がらない女性でもあった。
周囲の人間は実姉の美也子よりも、葉月は隼人によく似ているとよく噂していたものだ。
水島は、まさかこの控えめにみえる女性が自分を利用しようとしているなんて思わないだろう。
本来、葉月は水島のような男は嫌いだが、季秋家の為には今は必要だと考えている。
それほどやばいことを季秋家はしている。隼人はそれ以上尋ねる事はなかった。
この従姉がついていれば水島だけが甘い汁を吸い続けることはないだろう。
しかし、ないとは思うが秋澄のあの様子を思い出すと不安は拭い切れない。


「秋澄さんは善良すぎる。権謀術数が蠢くこの世界では――」
隼人は言葉を選んだつもりだったが、言葉の真意は秋澄は愚直すぎるという事だ。

「隼人さん、秋澄さんを悪くいう事は許しませんよ」
「すみません、失言でした」


「あなたは自分と氷室家の事だけ考えなさい。季秋家と水島の事は心配いりません。
当家には『善良でない人間』も大勢いますから」


――善良でない人間、か。


「あなたは余計な事に心を砕かず、国防省のことは忘れて海軍だけで頑張りなさい。
それがあなたのためです。いいですね、決して動かず大人しくすることです」


――近いうちに国防省で何か起きる。それに係わるな……と、言う事か。


「わかりました」














「桐山君、あれは……!」
もくもくと上がる黒い煙。爆音に驚いて思わず振り返ったの手を桐山は強引に引っ張った。
「逃げるんだ」
仕掛けておいたトラップが作動したのだ。つまり追跡者はすぐそこまで来ている。
ちゃちな爆弾で始末できたなどと桐山は楽観していない。
軍には化け物レベルの人間がゴロゴロいるという事を、この数ヶ月で十分過ぎるほど学習しているのだ。
「急ごう」
桐山は走った。も必死になって全力疾走している。
しかし突然桐山は立ち止まった。自動的にも脚を止める。


「桐山、どうした?」
「…………」
「おい桐山?」
の問いかけに桐山は応えない。元々、無口な男だが今回は様子が変だ。

を連れて逃げてくれないか」

突然の申し出には驚いた。

「何言ってるんだ?」
「早くしてくれないか。言ったはずだ時間がないんだ」


説明する暇もない。は躊躇したが、桐山はさらに「頼む」と言った。


「……わかった。急ごう
「でも桐山君をおいて行くなんて」
「桐山を信じて今は言う通りにするんだ!」
の手を握り走った。




(来る……!)

猛スピードで近付く二つの気配。桐山の額から一筋の汗が頬を伝わり地面に落ちた。

(何なんだ。こいつらは何なんだ?)

あのままでは逃げられない。だから2人を逃がした。
桐山は1人残って追跡者を食い止めるつもりなのだ。
だが近付く人間の気配を肌で敏感に感じた桐山は異様なものを感じた。


――違う。今度の奴は今までの奴とはまるで違う。


強い人間とは何人も何度も戦ってきた。しかし今度の敵は明らかにレベルが違う。

(俺に勝てるのか?)

桐山は言葉では言い表せないものを感じた。普通の人間であれば、それは不安や恐怖だと理解した事だろう。
そして、ついに気配の主達が姿を表した。その瞬間、桐山は背筋に冷たいものを感じた。














「急げ!」

に連れられは逃げていた。しかし桐山の事がどうしても気になる。
無意識のうちに流した涙。それに気づいたはふいに脚を止めた。

君、どうしたの?」
「……気になるんだろ、桐山の事が?」

は桐山のように天才でもなければ戦闘のプロではない。しかし何かあったということは直感で感じていた。


「逃げろ


は決意した。やはり桐山を見捨てる事は出来ない。
「桐山は俺達を逃がす為に残ったんだ。けど、あいつ一人じゃ無理だ」
「戻るのね。だったら私も!」
「それは駄目だ!」
は強く拒絶した。桐山はを逃がす為に自己を犠牲にした。その思いを裏切るわけにはいかない。

「おまえは逃げるんだ!おまえは強い女だから1人でも大丈夫だな?!」

は踵を翻すと駆け出した。その瞬間、彼らの前に男が飛び出した。
その男を見た瞬間には凍りついた。見知った顔だったからだ。


「ねずみの分際で随分ちょろちょろと逃げ回ってくれたものだね」


佐伯徹だった。を見るなり、「よくも俺からを奪ってくれたね」と低い口調で言った。
「……に、逃げて君。早く逃げて!」
「逃げる?俺は戦うために戻るんだ。それに、こいつは怪我してるみたいだぞ」
(ふん、俺が怪我人だと気づくなんて素人のくせになかなか鋭いじゃないか)
しかし怪我を負っているというだけで素人が勝てるほど特選兵士は甘くない。


「……逃げろ
君」


「逃げろ!」


は果敢にも徹に立ち向かっていった。勝つつもりはない、ただが逃げるまでの時間稼ぎの為の戦いだ。
が、その悲愴な覚悟は一瞬で終了した。徹の一撃ではその場に倒れこんだ。

君!」

思わず駆け寄っただったが、徹の手刀で瞬時に意識を失った。














!?)

に何かあった。桐山はそれを第六感で悟った。
「徹が捕獲したようだな」
長髪の男――晃司――が発した一言で桐山は走った。だけは守らなくてはいけない。
しかし一瞬で秀明が桐山を飛越し、桐山の前方に着地。その行く手を阻んだ。
「無駄だ。もう連中は徹の手の中にある」
「そこをどいてくれないか?」
「駄目だな」
もはや言葉はいらない。桐山は攻撃を開始した。凄まじいスピードかつ切れのある蹴りが秀明を襲う。
ところが秀明は避けない。片手一つで桐山の蹴りを止めた。


「女への感情で我を忘れていたとはいえ、一応、仮にも、腐っても特選兵士の徹と互角に戦った男だと聞いている」
(こいつ片手だけで蹴りを止めた?)
「だから最初から一切の油断も容赦もしないつもりだったが――」


「だったが――何かな?」
「そうか、この程度だったのか」

それは腕に自信のある男ならムッとする一言だっただろう。しかし桐山は何も感じない。


「晃司、おまえが相手をする必要は無い。俺が捕獲しよう」
「そうか、わかった」
晃司はそばにあった切り株に腰をおろした。
「任務は迅速に完了させてもらう」
秀明は指を二本たてて見せた。
「2分だけ相手をしてやってもいい。理解してくれるかな?」
気配が離れている。それが桐山を苛立たせた。
それは意識を失ったを抱えた徹の気配だ。2分どころか1分で、遠くに行ってしまうだろう。


「どけ!」
常に冷静、というよりは無感情な桐山が声を荒げた。
桐山は物心ついた頃より天才と言われていた。義父もその才能を開花させる事に情熱を燃やしてくれた。
そして、あのバス事故以来おきた数々の経験がさらに桐山を強くしていた。
それらが凝縮された素晴らしく切れのある連続蹴りが秀明を襲う。
(右、左、左、上、下、左)
だが秀明は冷静かつ正確に、その全てを避けきった。
攻撃に転ずる前の僅かな筋肉の動きや桐山の目から、動きを読んでいるのだ。


「無駄だ。スピード以前におまえは俺には勝てない」


桐山の蹴りの嵐をかいくぐり秀明の拳が桐山の胸部に入った。桐山ははるか後方に飛ばされた。
並の男なら、そのまま脳天を地面に直撃させ気絶。運が悪ければ死んでいただろう。
しかし桐山は並の男ではない。
くるっと空中で一回転して着地、しかし即座に顔を上げると、その視線の先にいるはずの秀明の姿がない。

「後ろだ」

肩越しから聞えた声は抑制のない口調だったが、桐山は全身に電流が走るかのような感覚を受けた。
振り向いている暇は無い。桐山は懐に腕を伸ばした。
ナイフだ、残念だが秀明の方が戦闘能力は上。身体能力の差は武器で埋めるしかない。
だが桐山がナイフの柄をつかむ前に、秀明が素早く桐山の腕をとった。
肩を足でねじ伏せ腕を持ち上げる。このまま押さえ込まれたら体の自由を奪われるだろう。
桐山は秀明の顎目掛けて無理な体勢から強引に蹴りを放った。
秀明は上体を僅かに後方に反らした。桐山の攻撃は紙一重でかわされる。
だが桐山は左手で地面をはじきジャンプ、秀明の首に脚を絡めつけそのまま地面に叩きつけた。


「思ったよりやるな」
その様子を見ていた晃司は淡々と言った。その口調には焦燥感はまるでない。
仲間がやられたというのに平然としている。
「次はおまえだ。それとも大人しくしていてもらえるのかな?」
「せっかちな男だな。いつ秀明がやられた?」
「何?」

桐山は頬に激痛を感じた。その直後、森の木々をなぎ倒すほどの勢いで宙を飛んでいた。














「今、捕まっていないのはたった3人だ。後は時間の問題だぜ」
夏樹の言葉に潤と譲と佳澄はびくっと反応した。
「捕まったのは誰?」

「知ってどうする?殺されるの覚悟で救出に行くのか?」
「…………」

潤は答えられなかった。自分達も過激な反乱組織として、それなりの実力や経験はある。
しかし軍や国防省には、それ以上の戦士がゴロゴロいる。救出するのは容易ではない。
しかも今自分達は陸軍の怪物・周藤晶に追われる身。
その周藤から逃れる為に仲間達は隠れ家から姿を消した。連絡もとれず、今はどこにいるかもわからない。
たった3人では捕まりに行くようなものだ。

「今は俺も動きが取れない身だ。だが、近いうちに行動する」


「惚れた女があの中にいるんだ。それを見捨てたら男じゃねえからな」


「惚れた?……だって、あんたはまだ彼らと係わりあって間がないのに」
「時間なんか関係ねえよ。それだけの価値がその女にあるかどうかの問題だ」
夏樹は潤の胸ポケットに無作法にも手を突っ込んだ。
潤が「あっ」と言う間もなく、夏樹の手の中には写真。そこに写っている女性を見るなり夏樹は顔をしかめた。


「返せ!」
潤は夏樹に飛び掛ったが夏樹はすっと身をかわし、代わりに右脚を前に出した。
テコの原理で、その脚に引っ掛かった潤は盛大に転んだ。

「……どういう事だ?」

K−11が必死になって守ろうとしている女性が誰なのか、およその見当はついていた。
しかし潤が肌身外さず所持している写真に写っている女性を見た瞬間、夏樹は混乱した。


「……俺は女の顔は見間違わない。この女は確かにあいつだ。だが違う、あいつじゃない。どういう事だ?」














「……く」
桐山はゆっくりと立ち上がった。木々に激突したせいで頭がふらふらする。
「残り1分だ。行くぞ」
秀明が動いた。桐山は素早く構えるが、秀明の姿が視界から消えた。
(また後ろか?)
咄嗟の判断で回し蹴り。だが、そこに秀明はいない。
「上だ」
桐山は咄嗟に左に回転。直後、秀明の踵落としが地面を削っていた。
だが秀明は攻撃を休めない。そのままの体勢から回し蹴り。桐山は反射的にジャンプして木の枝に。
ところが秀明の蹴りはその木を直撃。バキバキと派手な音をたてながら倒れ出した。
勿論、桐山はその場から逃れるべく再び跳んだ。


「残り40秒」

秀明も跳んだ。桐山を越えるほどの跳躍だ。
桐山は木の枝をつかむと回転し、その遠心力でさらに遠くに飛んだ。
しかし秀明はぴったりと追ってくる。桐山は木々の間をすり抜けるように走り距離を取ろうとした。
「残り35秒」
そんな桐山を嘲笑うかのように秀明は桐山を先回りし、さらに攻撃を加えてきた。
「俺は任務を完全に遂行する。おまえは俺からは逃げられない。残り30秒だ」


(もう少し、もう少しだ)


接近戦で銃を使用しても、この男は撃つ前に銃を叩き落すだろう。だから銃を使えなかった。
だが距離を取れば何とかなる、そう思っていたが甘かった。
しかし桐山は保険を掛けていたのだ。銃弾を一つ潰し、走りながら密かにばら撒いていた。


(今だ!)


桐山は点火した。瞬時に火薬は爆発、秀明の傍にあった木が幹から避け秀明を襲い掛かった。
当然、秀明の注意は木に移った。戦闘開始から初めて秀明に隙が生まれた。
倒すなら今が千載一遇のチャンス。今、この一瞬を逃してはならない。
桐山の意図を秀明も瞬時に悟った。しかし桐山の攻撃を防御などしていれば、木の下敷きになってしまう。
「終わらせてもらう」
桐山は勝負に出た。このチャンスを逃さない、そして勝つ!




「残り20秒だ」




秀明の脚が急上昇、木を直撃。そのまま木の幹を貫いて桐山のボディに到達していた。

(……な、んだと?)

直後、木は粉々に粉砕。桐山はがくっとその場に膝をついた。
一連の戦いを、ただ静観していた晃司がゆっくりと立ち上がった。


「終わったか。案外手間取ったな秀明」




【B組:残り45人】




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