しかし科学省長官・宇佐美はソファに腰かけたまま、じっと窓の外を見詰め昨夜は一睡もしていなかった。
「……奴等が解き放たれた。鳩山の馬鹿め……妻子など、さっさと見殺しにしていれば良かったのに」
決して公表できないⅩシリーズ達を閉じ込めていた研究所の秘密地下が爆発。
多数の死者がでたが、宇佐美がしたことは他界した部下達の遺族への弔問ではなかった。
Ⅹ1達が爆死したというのなら(科学的損失は大きいが)まだいい。だが逃げ出したのなら厄介だ。
いや、厄介どころではないと苦悩している処に鳩山の妻子が保護されたという報告が入った。
そんな事はどうでもいいと怒鳴り散らした宇佐美だったが報告には続きがあった。
『鳩山夫人がいうには夫が謎の少年に脅されて何かしていたようです。
その間、夫人と娘は監禁されていたそうで。少女が見張り役をしていたのですが、その少女が……』
『どうやら天瀬良恵らしいのです』
鎮魂歌―93―
「隼人、聞いたか!?」
攻介は興奮しながらドアを開いた。すると先客の俊彦がソファに座っている。
「攻介、おまえも聞いたのか?」
「ああ、ついに例の連中が捕まったってよ。東海地区で捕まったってことは、やっぱり季秋が絡んでやがったんだな」
「だろうな。けど、上は季秋を追及するつもりは全くないらしいぜ」
水島と秋澄の裏取引など知らない攻介は到底納得できないらしい。
最も知っていたら余計に承知できなかっただろう。
「今頃、直人が尋問してるのか?」
「連中を確保したのは水島だ。そのまま水島が調査するだろう」
隼人の推測は当たっていた。攻介は我慢できないようで露骨にムッツリとしている。
直人が取り調べするのなら良恵の情報をいち早く教えてもらえるだろうと期待していただけに頭にきたのだ。
「直人に頼んでも、やっぱ駄目だよな……水島は絶対に手柄独り占めするタイプだ」
攻介はあきらめきれないようだった。
「少し待ってろ」
隼人は携帯電話を取り出した。途端に攻介は目を輝かせた。
「やっぱり隼人は頼りになるよな~」
特選兵士という肩書き以外にも、名門軍閥の御曹司である隼人には多方面に人脈がある。
普段はそういうものはあまり使わない主義だが、今回ばかりは隼人も良恵の事が気になったらしい。
「お久しぶりです。伯父さんや伯母さんはお元気ですか?」
まずは礼儀正しく挨拶から入った。その隣で攻介が「早く早く」と急かしている。
俊彦も同じ気持ちだが「落ち着けよ」と諭している。
「……と、いうわけで今回国防省が拘束した――何だって?」
隼人の口調が変わった。攻介も俊彦も敏感にそれを感じとった。
「……水島が。そうですか、わかりました。忠告感謝します」
隼人は携帯電話を切った。その目は険しくただ事ではない様子は一目瞭然だった。
「晃司、秀明!いいか、何が何でも瞬を、いや瞬達を捕獲しろ!!
もしも逆らうようなら殺してもかまわん。いいか、絶対に逃すなよ!!」
興奮気味に怒鳴り散らす宇佐美。反して晃司と秀明はしれっと出発準備をしている。
「あいつらが脱走した事は、まだ他省にはばれてない。
おまえ達はあくまで例の連中を逮捕する為に呼び戻したことになっている。
だが、すでに他省、特に国防省は今回の帰還命令を不審に思っているんだ」
当初、K-11と関係があるだろうということで特選兵士に出た帰国命令。
その時ですら科学省は晃司と秀明を出し惜しみしていたのだ。
それなのに、ほぼ逮捕できた今さら緊急帰国なんて怪しすぎると、すでに噂になっている。
「K-11も、Ⅹ1どもも、全員まとめて潰せ!秀明、弟の不始末は兄のおまえがつけろ、いいな!!」
秀明は宇佐美の言葉をまともに聞いているのかも怪しい態度で、「晃司、行くぞ」とさっさと部屋を後にした。
背後から宇佐美のヒステリックな声が聞えてきたが、2人は全く相手にしなかった。
屋外にでると車寄せに1台の車が猛スピードに来た。
運転席から、これまた凄い勢いで2人が見知った顔が登場した。
「何の用だ徹、俺達は任務で忙しい」
「そうは行くか。良恵を探しに行くんだろう?俺も行くよ、拒否は許さない」
「どこで、その情報をつかんだ?」
「愛の奇跡だよ」
「そうか。だが、おまえは必要ない」
徹の愛に秀明はあっさり待ったをかけた。
「拒否は許さないといったはずだよ」
「この件は科学省が単独で片付ける。海軍の介入は必要ない、第一良恵とおまえは赤の他人だ」
当然ながら徹はムッとした。徹にとっては良恵は未来の妻なのだ。
「聞えなかったのか?もう一度いうが、おまえは良恵の赤の他人だ。だから良恵がどうなろうとおまえが気にすることはない。
逆におまえがどこで野垂れ死にしようが良恵が気にすることもない。
なぜなら、おまえ達は赤の他人で今後もその関係はかわらない。理解したか?」
「……秀明、君は俺に喧嘩を売っているのかい?」
「なぜ、そんな解釈をする?俺はただ事実を言っただけだ、おまえは――」
「もういい!とにかく良恵は俺も探す、絶対にだ!!」
徹はぷいっと顔を背けた。秀明は不思議でたまらなかった。
「徹、おまえカルシウム不足なのか?感情的になる最大原因は栄養の摂取不足とストレスだぞ」
「うるさい。それよりも早く良恵を探しに行くよ!俺は彼女さえ見つかればそれでいい、手柄を横取りしようなんて考えてないよ。
もちろん海軍にも何も言わない。上には休職届けを出してある、嘘だと思うなら調べてくれて結構だ」
「そうか。それなら俺は何も言わない」
「やっとわかったか」
「だが、おまえは良恵の赤の他人だ」
徹は、もはや切れる寸前だった。
「兄ちゃん、光子が捕まったって本当か!?」
「女の事になると情報が早いな夏生」
「ちゃかすのはよしてくれ。はっきり言ってくれ!!」
夏生は夏樹の胸倉をつかんで興奮気味に叫んだ。
「ああ、本当だ。桐山と鈴原、それに雨宮以外は全員つかまったらしい」
光子達は並の中学生ではない。だが、相手が特選兵士なら所詮中学生に過ぎない。
わかっていたことだが実際捕まったとあっては夏生は平静ではいられない。
「すぐに助け出さないと」
「出来るわけねえだろ。今はまだ駄目だ」
夏樹はあっさりと夏生の提案を却下した。
「そうそう、夏兄さんに言う通りだ。俺らは水島に目をつけられてる。今、動けば今度は俺らがやばくなる」
秋利も夏樹の肩を持った。元々、夏生と違い彼らに思い入れがなかったので、あっさりしたものだ。
「……情けねー」
夏生は目を掌で覆い、ソファにひっくり返った。
「……結局、俺一人じゃなーんも出来ない」
「そうふてくされるな。ま、いずれチャンスは来るよ。それまで、いい子で待ってろ。な?」
秋利は優しく言い聞かせた。夏生は無言で何度も頷いた。
「いい子、いい子」
秋利は笑顔で夏生の頭を撫でてやった。
「じゃ、俺は夏兄さんと大事な話があるから」
夏樹と秋利は夏生を残し部屋を後にした。そして夏樹の私室に入室すると鍵をかけた。
周囲に誰もいないことを気配で確認。その目は先ほど夏生に向けていたお優しい兄の目ではなくなっていた。
「夏兄さんも悪い人だな。あれほど秋澄兄さんに心配かけておいて」
「おい、今動いているのは冬也だぜ。俺は関係ないだろお?
それに冬也が追っているのは奴らのお仲間としてのあいつじゃない。Ⅹシリーズとしての天瀬瞬だ」
「冬也があいつを追いかけてるのを黙認してるのは、いや協力してやってる理由は?
まさか兄さんは、K-11同様、あいつも駒にしたいなんて思ってるんじゃないだろうなあ?」
「まさかだろ。あんな危険な奴、いくら俺でも調教しきれない。第一、冬也が承知しない。
冬也はただ奴に奪われたものを取り戻したいだけなんだ」
「ふーん、まあいい。それより夏生に約束してやった事は真実か?それとも方便か?」
「前者に決まってるだろ。貴子は見殺しにするには惜しい女だ。それに――」
「それに兄さんの目的の為には見殺しにできんもんなあ」
「そういう事だ」
「で、いつ助けに行く?」
「今はまだ見当もつかねえよ。水島がぽっくり逝ってくれれば状況も変わるが、その可能性はほとんどない」
今、動けば今度こそ水島は季秋の罪を公にするだろう。
それとも、その罪をたてに無理難題を要求してくるかもしれない。
どちらにしても、只では済まない。まして水島は数日中に、さらに大きな権力を手にすることが決まっている。
その権力を水島に与えるよう国防省に要請したのは他ならぬ彼らの次兄なのだ。
水島によって捕獲された海老原一味は国防省ではなく水島邸の一室に監禁されていた。
とりあえず告発されるわけではないと半ばホッとしてはいる。
だが相手が残忍非情な水島だけに何をされるのか得体の知れない恐怖があった。
そんな中、水島は自分の手下だという認識を持つ海老原だけは激昂している。
「克巳の野郎、何日俺を待たせれば気が済むんだ!!」
捕り物劇から、すでに二日は経過している。水島は今だ姿を現さない。
律儀に一日三食の食事こそでるが、外の情報は一切入ってこない。
「落ち着けよ竜也。克巳は事後処理で忙しいんだよ」
佐々木がなだめるが、「てめえの忠義面は見飽きたんだよ!」と鉄拳が飛ぶ始末。
そのままだったら半日もすれば、海老原の手によって複数の負傷者が出たことだろう。
だが三時間ほどして水島がようやくお出ましになった。
「やあ、この二日間の生活は快適だったかい?」
開口一番の嫌味。海老原はカッとなって飛びかかろうとした。
佐々木達が止めなければ実際そうなっていただろう。
「よくも俺をこんなせまい部屋に閉じ込めやがったな。おまけに二日も音沙汰無しとは、どういう了見だ!!」
「竜也、俺は今まで何度も君にチャンスを上げてきたんだよ」
水島は溜息をついた。しかし、その瞳には冷たい輝きが宿っている。
しかし口調には、それをおくびにも出さず上段に上がると高価な椅子に深々と座った。
「けど、俺の忍耐をもってしても君の馬鹿には、これ以上付き合いきれない」
「何だと!?」
状況が飲み込めてない海老原は激怒しただけだが、佐々木は愕然となった。
(これ以上付き合いきれない……つ、つまり、それは……)
もう付き合わない、つまり一切手を切る。そして水島にとって手を切るとは最も非情な形である事が多い。
言葉の裏に秘められた意味を悟り佐々木は恐怖した。それは他の陸軍四期生にとっても同じだった。
海老原と水島の関係は悪友仲間のトップと№2、しかし実際は違うということを彼らは昔から知っていた。
わかっていなかったのは水島を手下と信じ込んでいた海老原ただ一人だ。
「そういうこと~。水島さんは慈悲深いお方だが、仏の顔もこれでストップ」
いつの間にいたのか背後に多田野が立っている。それを見た海老原はますます激怒した。
「昭二、てめえ俺を裏切って今までどこに行ってやがった!」
「裏切る~?元々、俺はおまえなんかリーダーなんて思ってなかったんだぜ」
「何だと?」
「従うなら頭が切れる方でないとなあ」
多田野は意味ありげに水島を見詰めた。海老原もさすがに気づいた、二人がとっくに通じていたことに。
「誘拐の事を克巳にちくったのはてめえだったのか!!」
「ちくるだなんて。言っただろう、俺は水島さんについて行くって決めてただけだ」
多田野は水島の前まで進むとクルリと向きを変えて両腕を広げた。
「恐れ多くも水島さん……いや、水島中佐殿に反抗するっていうなら、まずは俺が相手になるぜ」
「何だと本当か!?」
受話器を握り締めながら戸川は声を張り上げた。電話の相手はかつて交際していた美鈴だ。
『本当よ。あなたには薫の事で随分お世話になったから忠告しておこうと思ってね。
あなたも近々少佐に返り咲く事になってたけど、もう彼とは同等ではない。大丈夫?』
「……ああ、もう切る」
受話器を静かに置くと戸川は椅子に座った。
(克巳が中佐……あの克巳が俺より上位だと?)
普通ならありえない事だ。確かに水島も自分と同様近いうちに昇進する予定だった。
だが、それはあくまで少佐。それが中佐、二階級も上がるとは。
殉死したわけでも、超国家的手柄をたてたわけでも、総統一族でもない水島がだ。
この世界では上下関係は絶対。少なくても公の場では常に水島に頭を下げなければならなくなる。
「……克巳が……あの克巳が、今後は俺の上官気取り?……ふざけるな!」
戸川はそばにあった花瓶を壁に投げつけた。
「中佐?克巳が中佐だと?」
「そうだ。中佐殿に逆らうというなら俺が相手になるぞ」
海老原は頭の中が絡み合った糸のようになった。なぜ大尉の水島が急に中佐になるのか。
そのからくりは水島がはなった、たった一言によって解明した。
「君のおかげだよ竜也。おかげで俺は東海の覇者・季秋という最大の後ろ楯が出来た」
「か、克巳……てめえ」
「季秋のおにいさんに約束したんだ。可愛い妹さんをかどわかした悪魔は必ず処分しますってね」
海老原の感情がついに沸点を越えた。
この事件で自分は堕ちる所まで落ち、その代わり水島は高みに登った事を知ったのだ。
「てめえ、ぶっ殺してやる!!」
「負け犬の遠吠えってやつかな昭二?」
「はい、そのようですよ中佐殿」
水島と多田野は愉快そうに高笑いした。それが海老原の神経をますます逆撫でした。
「克巳……絶対にゆるさねえ。だが、てめえがこれほど馬鹿だとは思わなかったぜ」
「おや心外だな。馬鹿に馬鹿呼ばわりされる覚えは無いね」
「自分の今の状況わかってんのか!こっちは4人もいるんだぜ!!」
短絡的な海老原の考えを水島はすぐに察した。つまり、数に物を言わせ今すぐに暴力に訴えるという事だろう。
「おまえら、今すぐこの優男をボロ雑巾にしてやれ!!」
「敦、勝則、伸男」
水島に名前を呼ばれた佐々木達はビクッと反応した。
「一度しか言わないからよく聞きなよ」
「今ここで俺と竜也、どちらにつくか決めな」
それは選択を迫るものではなく命令だった。
「考えるまでもねえこというな。こいつらは陸軍の人間、俺の子飼いだ」
「そうだったねえ。だからこそ幼い頃から君に嫌々従ってきたわけだ」
「にゃあん」
緊迫した空気に不似合いな愛らしい鳴き声がした。
いかにも血統書付きと言わんばかりの白い猫が入室したのだ。
その猫は水島を見つけると軽やかな足取りで即座に駆け寄り、水島の足に体を摺り寄せた。
「相変わらず可愛い子だね。さあ、おいでメアリーアン」
水島は猫を抱き上げると自分の膝に乗せ、その頭を撫でた。
「愛想のいい犬だろ?」
「犬だあ?克巳、てめえは馬鹿か?」
「竜也、君には犬に見えないようだねえ」
水島は今度は佐々木達に視線を移した。途端に彼らは硬直した。
「この子は犬だよねえ?」
海老原は水島を見下すかのように大声で笑い出した。
「てめえはやっぱり馬鹿だ!」
だが海老原以外は誰も笑ってない。その異常な雰囲気に海老原もやっと気づいた。
「……てめえら何で否定しねえ?」
「もう一度聞くけど」
「この子は犬だよね?」
数秒間の静寂の後、最初に口を開いたのは島村だった。
「……あ、ああ……それは犬だ……です」
「何だと伸男、てめえ!!」
「……お、俺も犬にも見えます」
「勝則、てめえまで何を言ってやがる!!」
水島は勝ち誇ったように立ち上がった。
「どうやら君達は竜也よりは賢いようだね。さあ、こっちにおいで。今度だけは俺が助けてあげるよ」
その言葉を聞いた瞬間、島村と武藤は魔法にかかったように歩き出した。
「ふざけるな。てめえら俺を!この俺を裏切るのか!!」
陸軍四期生にとって自分は絶対君主だと信じきっていた海老原。だが海老原の悪夢はそこで終わらなかった。
「克巳、いえ中佐殿。自分も……!」
「あ、敦、てめえ!!」
自分に一番忠実なはずの佐々木まで。海老原は佐々木の肩をつかんだ。
「どういうつもりだ。てめえら俺の命令が聞えなかったのか!?
俺は克巳を殺せと言ったんだぞ!何してやがる、さっさと、その糞野郎をぶっ殺せ!!」
「……竜也、すまねえが、おまえにはついていけねえ」
「……な、何だと?」
「おまえはわかっちゃいないんだ……克巳の恐ろしさを!」
その時、初めて海老原は気づいた。
今まで格下と見くびっていたがゆえに見えなかった水島を覆うドス黒いオーラに。
何よりも、自分を恐れ敬っていると思っていた手下達が、自分ではなく水島を真の頭だと思っていた事実に。
自分が裸の王様だったことを、ようやく悟ったのだ。
「さあ、どうする竜也?5対1だよ、それでもやるのかい?」
「……ち、畜生」
どんな馬鹿でもわかる。勝ち目がない事に。
海老原は鬼のような形相で自分を裏切った佐々木達を睨みつけた。
幼い頃から海老原に恐怖しながら育ってきた彼らは怯んだが、それでも水島から海老原に鞍替えする気は毛頭なかった。
「敦、勝則、伸男……よくも俺を裏切ってくれたな……この借りは必ず返してやる!!」
海老原は踵を翻すと猛ダッシュした。
「追え、逃がすんじゃないよ。逆らうなら殺してもいい!」
水島の命令で鬼ごっこが開始された。常に狩る側の人間だった海老原が初めて逃亡者になったのだ。
「み、水島が中佐?嘘だろ、そんな馬鹿なことがあるかよ!!」
「落ち着けよ攻介。俺だって納得できねえけど隼人のせいじゃないだろ」
「これが落ち着いていられるかよ。あいつが隼人より二階級も上なんて!
何だって、そんな事になるんだ。おかしいじゃないか!!」
攻介の疑問はもっともだ。隼人は攻介をなだめるためにも全てを話した。
「季秋家の娘が誘拐されて水島が救出したんだ。季秋家は水島に非常な恩義を感じて裏で手を回したらしい。
水島が元少佐だということもあって、本来の地位からの昇進ということにしろ……と、いう事だ」
「本来の地位?あいつは良恵を攫って危害加えようとした最低野郎だぞ!
本来なら降格だけじゃすまないところだ!!」
しかし、その事件は公になっていない。表向きには些細なミスでの降格……ということになっている。
秋澄は国防省長官に直接電話で『どんな過ちかは知らないが、あんな立派な青年を降格なんて』と熱弁をふるった。
そして水島への報恩に特例ともいえる二階級昇進を承知させたのだ。
「また季秋家かよ!」
冬樹との一件以来、季秋家をよく思ってない攻介は忌々しそうに叫んだ。
「なあ隼人何とかならないのか、おまえ季秋家とは親戚なんだろう?」
「……正確に言えば、これから親戚になるんだ。それも遠い親戚だぞ」
「それでも親戚は親戚だろ。おまえから季秋に働きかけて水島の昇進止められないのかよ。
これから会う度に、あの下種野郎に大きな顔されるかと思うと反吐がでる」
「無理言うなよ攻介。隼人を困らせるなよ」
「俊彦、だって悔しいじゃねえか!」
「隼人はこういう事は嫌いなんだ。知ってるだろ?」
隼人は名門出身で強力な人脈もある。にもかかわらず、それに頼らず実力だけでのし上がってきた。
自分の家柄に物を言わせたことは一度もない。
だからこそ、隼人個人の評価は大変良好なのだ。
水島がしたことは褒められた事ではないが、だからといって隼人が横槍をいれ、それがばれたら何を言われるか。
俊彦はそれが心配だった。攻介より苦労して育っているせいか、攻介よりもその辺りの配慮ができるのだ。
しかし本音を言えば、俊彦だって、どんな手段を使ってでも二階級特進など阻止してやりたい。
「……わかった。だが、やってはみるが約束はできないからな」
攻介は素直に万歳三唱したが俊彦は少し心配していた。
「……雨」
良恵は助手席から窓の外を見詰めていた。
「Ⅹ5とⅩ4が帰国したそうだ」
運転していた瞬から無機質な言葉を投げかけられた。
「晃司と秀明が……」
「帰りたくなかったか?」
「いいえ、少しも」
「そうか」
会いたくないといえば嘘になるが、今は瞬のそばを離れる気は無い。
「それにしてもどこに向かっているの?」
人気のない場所に向かっている事だけはわかるが、ろくに説明をされず何時間もこうして乗車しているのだ。
この数日間、1人モーテルにほったらかし状態になっていた。
もしかして自分を置き去りにして、どこかに行ったのかと疑った。
そんな時に姿を現したと思ったら車に乗せられたというわけだ。
到着したのは過疎村だった。数年前には科学省の研究所もあったが今は廃墟と化している。
「会わせたい連中がいる」
「……誰?」
「会えばわかる」
瞬はそれ以上何も言わなかった。良恵も何も聞かなかった。
街外れのオンボロアパートビル。古びた外観以上に中身は廃れていた。
今や住人もほとんどいない、そのビルの三階の空き部屋にひっそりと美恵は身を隠していた。
目立たず、だが無人ではないビル。物音を出さずに潜んでいれば数日はばれないだろうと判断したのは桐山だった。
実際に今のところ住人達にはばれていない。
美恵良樹
を残し桐山は夜の間に数日分の食料等を調達してきた。
それだけではなく情報もだ。国防省は、この辺りの廃墟や空き家を片っ端から調べているらしい。
人が住んでいるビルを隠れ家にした桐山の判断は正しかったというわけだ。
もちろんそれは窮余の策であって、すぐにこの場所から離れなければいけない。
「これに着替えろ」
桐山は袋から新しい洋服、それにかつらや眼鏡を取り出した。
「昼食をとったらここを出る」
「おい桐山、夜になってからの方が良くないか?」
「駄目だ。返って怪しまれる、俺だけならいいが鈴原もいるんだ」
雨宮は黙って頷いた。
「本当ならもっと早く離れるべきだった。ここもいつ見つかるかもわからない」
「国防省がまだ探してない場所で人が住んでいる所……条件にあっているな」
「ああ、俺が奴らの立場なら敵の盲点をついて無人の場所は避ける」
晃司と秀明はひび割れた外壁に囲まれたビルの前にいた――。
【B組:残り45人】
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