夏生は全力疾走していた。茉冬が救出された今、もう光子を渡す理由はない。
急いで追いつき奪い返さなければ。だが、一本の電話がすべてを壊した。
『夏生、俺だ』
「夏兄ちゃん。今、追いかけてるんだ。すぐに奴らを倒したら――」
『屋敷には連れてくるな』
「兄ちゃん?」
どういうことだ?夏生は混乱した。だが、すぐに理由がわかった。
『水島克己に全てばれた。あいつらは水島に引き渡されることになったんだ。
だから逃がせ。そしておまえは戻ってこい。今はそうするしかない』
鎮魂歌―92―
「国防省ってことは……ま、まさか克己にばれたのか?!」
佐々木は震えあがった。仮にも仲間に対する感情としては妥当なものとはいえない。
「克己にばれただあ?奴にちくった奴がこの中にいやがるのか!!」
海老原は激昂した。
「ふざけやがってえ!!」
「竜也、今は逃げるんだ!」
佐々木は無線機を取り出した。
「勝則、俺だ!事情が変わった、すぐにこの地を離れる。いいか、連中を連れてなるべく遠くに逃げ――」
海老原は佐々木の手から無線機を叩き飛ばした。
「敦、てめえ勝手なことしてんじゃねえ!!」
木の幹にぶつかり落下した無線機からは、『おい敦、おい』と野太い声が流れている。
「この作戦を途中で投げ出す気か、ふざけるな!!」
「目を覚ませ竜也、今はこんなことしてる場合じゃないだろ!」
「克己なんかに邪魔されてたまるか。こっちには季秋家令嬢という切り札があるんだ!」
海老原は自信満々だった。茉冬さえ手元にあれば何とかなると思っているのだろう。
だが楽観的な海老原と違い小心なほど慎重派の佐々木はハッとして青くなった。
「……おい竜也。あの女はまだちゃんと俺達の手中にあるのか?」
「どういう意味だ?」
「おい何だって?」
「それが途中で通信が切れやがった」
武藤と島村は急に連絡が取れなくなったことに戸惑った。
だが、その直後に予想外の事が起きた。
「おい勝則、よーく耳をすましてやがれ」
「何だと?」
何者かがすごいスピードで走ってくる。
「何だあ?」
「うおおお光子おお!!」
「あら夏生さんじゃない」
光子は遅かったじゃないとばかりに「ほら、こっちよ。こっち」と弾んだ声を出した。
当然、その行為は武藤と島村の感情を刺激した。
「てめえ自分の立場がわかっていやがるのか!」
「あーら、それはどっちの台詞かしら?」
熊を彷彿させるような大男、しかも武器を持っている武藤に胸ぐらを掴まれたというのに光子は平然としている。
恐怖のあまりおかしくなったわけでも捨て鉢になったわけでもない。
明らかに優位に立ったという確信に満ちた余裕が彼女にはあった。
「てめえ何がおかしい?」
そんなやり取りをしている間に夏生はどんどん近づいている。
「なるほど、そういう事か」
桐山が静かな声で静かに言った。
まだ状況がわからない島村と武藤はイラつき銃口を桐山に向ける。
「意味不明な事いってんじゃねえ。季秋はてめえらを見捨てた、いいか大人しく――」
「どうやら人質を奪い返したらしい。俺はそう判断した」
桐山の一言は二人を愕然とさせるには十分すぎる威力があった。
最初は、「このガキ、何を言ってるんだ?」とばかりに胡散臭い目で桐山を見つめた。
しかし桐山は冷静に理路整然と、その理由を語りだした。
「あいつの姉をおまえ達が手中にしている以上、あいつは動きが取れない。
まして俺達を追ってくるなんてできないはずだ。それは即、姉の死に直結する行為だからな。
だが、あいつは来た。それは人質という足枷がなくなった。そう考えるのが自然じゃないのかな?」
そこで初めて島村と武藤はぎょっとなった。もっとも覆面をしているので、その表情を見ることはできない。
しかし光子の胸ぐらを掴んでいる武藤の手が僅かに震えたのが何よりの証拠。
「ば、馬鹿な!あの女は厳重に監禁してるんだ!!」
「信じられないのなら宗方に聞けばいい。すぐここに来る、後二秒だ」
「輝ける男参上!貴様らの悪事もここまでだ、さあ光子を返してもらおうか!」
桐山の予告通り、夏生はきっちり二秒後に姿を現した。
「て、てめえ!てめえの姉の命がどうなっても――」
「馬鹿め、茉冬はすでに奪い返させてもらった。おまえ達の命運もここまでだ」
夏生の言葉に嘘偽りはない。島村も武藤も立場が逆転したことをようやく知った。
そして先ほどの佐々木からの緊急連絡が何なのかも。
だが同時にこうも思った。自分たちは特選兵士、何も恐れることはない。
要は夏生をさっさと倒し、この無力なガキどもを連れて、この場から逃げれば済むことではないか。
まして相手はたった一人、特選兵士二人がかりなら赤子の手をひねるよりも簡単な事だ。
そんな二人の思惑を壊すかのように桐山がとんでもない事をした。
「俺が言った通りだった事が正しいと理解してくれたかな?」
何かが地面に落ちる音がした。ハッとして振り返った島村が見たのは桐山を拘束していたはずのロープ。
「おい背後だ!」
桐山の標的は武藤だ。島村はすぐに武藤に忠告した。
だが遅い。桐山の右拳が武藤の顔面に見事に入っていた。
「俺達はおまえたちの自由にならない。これも理解してもらえるかな?」
「部下と連絡がつかない?!」
ここにきてようやく海老原は自分が置かれている立場を知った。
これはまずい。非常にまずい展開だ。
今まで海老原が季秋家に対して強硬な態度を貫けたのも人質があったればこそ。
その人質という切り札を失ったのだ。当然、季秋は復讐という名の牙をむく。
総統ですら簡単に手を出せない強大な権門。その力が恐怖というイメージと変化し海老原にのしかかってきた。
「畜生、後少しだったのに!!」
悔しさのあまり海老原はフルオートでライフルを乱射しまくった。
「逃げるんだ竜也!」
佐々木は再度逃亡を促した。今度ばかりは海老原も反論しなかった。
「覚えていろ。必ず俺の計画を台無しにした人間を突き止めて借りを返してやるからな!」
海老原と佐々木は武器を手にすると猛ダッシュした。
木々の間を走り抜けながら、万が一の為に仕掛けておいた爆弾の遠隔作動操作機の爆破スイッチを押した。
背後に火の手があがる。これで証拠は燃え尽きる、とりあえずは安全だと佐々木は半ばホッとした。
島村達に連絡を取れないことだけが気がかりだった。
だが火の手が上がったのを見れば状況を察して奴らは奴らで行動してくれるだろうと判断した。
今は自分達が逃げることが最優先。
季秋の復讐がどれほど冷酷で残忍なものか、それは軍の上級士官なら誰もが知っている。
「ほとぼりが冷めるまで姿をくらまして、その間にアリバイを作るんだ」
走りながら佐々木は今後の提案をした。
「アリバイだと?俺達が誘拐犯なんてばれてねえだろ」
「念のために決まってるだろ。季秋が総力を挙げて捜査したら、俺達のことがばれる可能性大だ」
光が二人の前方に降り立った。あまりの眩しさに、目を腕で覆い隠す。
凄まじいライトの中にシルエットがいくつか見える。人影だ。
「季秋の私設軍隊か?」
「違う国防省だ。克己の命令で来た連中だ」
それを裏付けるように「無駄な抵抗は止めて、さっさと投降したらどう?」と降伏勧告がなされた。
(鹿島真知子!)
海老原はカッとなった。
かつて言い寄った自分をあっさり袖にしてくれた苦い思い出も加わって通常以上の屈辱を感じたのだろう。
海老原は水島を手下同然の存在だと思っている。
その水島の女が自分を手酷くふった挙句、今大人しくお縄につけと言っているのだ。
「……ざけやがってええ!!」
海老原は完全に切れた。そして佐々木が止めるのも聞かずに突進していったのだ。
「犯人は完全武装して向かってきます!」
国防省の戦闘隊員達は即座に応戦状態に入った。
「十分引き付けて一斉射撃。死んでもかまわないわ、克己の命令よ」
隊員達は指令通りに銃の引き金を絞った。だが海老原は大ジャンプして弾丸のシャワーを一気に避けていた。
そのまま木の枝を飛び移り、あっという間に真知子の背後に移動。
真知子を捕らえるとサバイバルナイフをその首筋にあてた。
「すぐに戦闘員どものを引き下がらせろ。それとも、その奇麗な顔に傷をつけて欲しいのか?!」
隊員達は海老原を囲んだが一定の距離を保ち近づくことができない。
真知子はというと、こんな状況なのに慌てることもなく腕を組んだまま失笑さえしている。
その傲慢な態度はますます海老原の感情を刺激した。
「てめえ、自分の状況がわかってんのか!?」
「その言葉そっくりそのまま返してあげるわよ」
真知子は海老原にしか聞こえない程度の小声で徹底的な一言を放った。
「相変わらず猪みたいな男ね。海老原大尉」
「……て、てめえ」
完全に正体がばれている。それが何を意味するか、海老原もわかっている。
「特選兵士相手に克己が私に危険な事をさせると思って?
私がこの任務を受けたのは身の危険がないとわかっているからよ。
大人しく克己に従えば悪いようにはしないわ。それとも季秋に地の果てまで追われてみたいのかしら?」
状況的には真知子は人質だ。にもかかわらず海老原は脅されている。
おまけにふと気づくと佐々木の姿がないではないか。
(敦の野郎、逃げやがったのか!?)
もっとも自分に忠実なはずの佐々木の裏切り行為は、さらに海老原を追い詰めた。
「もうすぐ克己も来るわ。季秋の私設軍隊と共にね。
私を殺して逃げてみる?それとも季秋より先に国防省に降伏する?」
「……く、くそったれ」
「さあ、どうするの猪大尉?」
「き、貴様いつの間に!」
桐山の足元には切り離されたロープが落ちている。袖口に何か仕込んでいたのだろう。
素人のガキと侮って厳重な身体検査をしなかったのが仇となった。
「よし桐山、おまえはそのむさ苦しい熊男の相手をしてろ。
こいつを倒したら、すぐに俺が片づけてやるから、それまで耐え抜けよ!」
夏生は島村目掛けて颯爽と飛び蹴り。島村の手からライフルが落下した。
「時間がないんだ。勝負は早めにつけさせてもらう。わかってんだろうな誘拐魔」
「俺に勝てると思ってるのか!」
島村はすぐに反撃してきた。相手も丸腰である以上、特選兵士の自分が負けるはずはないと思ったのだろう。
だが、その考えは甘いということをすぐに思い知らされた。
渾身の力を込めてふり降ろした脚を夏生はクロスさせた腕で軽々と受け止めたのだ。
「俺を見くびるなよ。俺が勝てないのはカワイコちゃんの笑顔だけって定評があるんだぜ」
「ふざけるんじゃねえ!」
金持ちの苦労知らずのお坊ちゃんと見くびっていたが夏生は強い。
それを理解した島村はすぐに全力で向かってきた。
「桐山君、危ない!」
美恵は顔面蒼白になって叫んでいた。
最初の一撃で武藤にはかなりのダメージが入ったと思った。だが次の瞬間、武藤は笑ったのだ。
「蚊が刺した程度だ。効かねえなあ」
武藤は「かゆい、かゆい」と顔をこする真似をして見せた。
「今度は俺様の番だな。格の違いを見せてやるぜ、ぐへへ」
武藤の丸太のような腕が桐山に向かって伸びた。その体格からは想像もできないほどスピードがある。
だが、さすがは桐山。さっと紙一重で避けた。
「すごいぜ桐山!」
良樹が歓声を上げた。しかし直後にぎょっとなった。
標的を捕らえられなかった武藤の腕は木の幹に激突、その破壊力にバキバキと恐ろしい音が発生したのだ。
周囲70㎝ほどの大きさの木、それが見事に幹の部分から避けた。
「……な、なんてパワーだ」
良樹は心底ぞっとした。この武藤の弟達とは総統杯で戦った、だがレベルが違いすぎる。
(こ、これが特選兵士の実力……俺達とは次元が違う、大人と子供だ)
しかもよけたはずの桐山の頬には数センチの切れ目が入り、その端からは血がにじんでいた。
「桐山君、逃げて!まともに戦わないで!」
こんな猛獣につかまったら桐山はぼろ雑巾のようにずたずたになるまで殴られるだろう。
美恵は、そんな不吉な予想をしたのだ。実際に武藤はサディストの気がある。
だが当事者の桐山は周囲の人間が焦っているのとは裏腹に冷静沈着。
汗ひとつかかず、静かにじっと武藤を見つめている。
「だいたいわかった。俺も全力でやらせてもらおう」
桐山が動いた。それは素晴らしいスピードだった。
猛禽類が獲物を見つけた瞬間、ハイスピードで襲いかかるが、それに近いほどシャープで洗練された動きだった。
一瞬で武藤の間合いに入った。武藤は驚いたようだが余裕の笑みは消えていない。
「かかってこい。てめえの細腕じゃ何百発殴っても俺様はノーダメージだ」
そばでみると桐山と武藤の体格差は歴然だった。
だが桐山は全く臆することなく、拳を武藤のボディに突き上げた。
その瞬間、余裕綽々だった武藤の顔から笑みが消えた。
武藤は腹を押さえガクッとその場に膝をついたのだ。
「ば、馬鹿……な。こ、こんなガキの拳……俺の鍛えられた筋肉には……」
「通用するという事だ。実証したのだから説明は不要だ、そうだろう?」
「……こ、このクソガキ」
武藤は血走った目でゆっくりと立ち上がった。
「あ、あのガキ……勝則の鋼鉄の体にダメージ与えやがった」
夏生と戦っていた島村も驚愕していた。油断していただけではこうはならない。
「あいつは特選兵士クラスの実力を持ってるぜ」
夏生がニヤッと決定的な一言を吐いた。
「特選兵士クラスだと?!馬鹿も休み休み言え!!」
四年に一度、全国から強者中の強者を集め、さらにふるいにかけ最終的に残った超エリート集団。
その特選兵士と、この素性もわからない無名の少年が同レベル。
島村でなくても否定しただろう。だが夏生は決してハッタリで言ったわけではない。
(初めてあいつを見た時から、そんな予感はしてた)
桐山と出会った時、夏生は何よりもその目を見て驚いた。
(あいつの目は高尾晃司にそっくりなんだ。特選兵士最強と言われた、あの高尾に)
目だけでなく才能や器量まで似てるとしたら、特選兵士の中でも桐山に勝てる人間はそうはいない。
夏生はそう考え桐山には特に目をかけ鍛えた。そして出した結論は、自分の目は正しかったということだ。
「熊男退治は桐山にまかせて、俺は俺の当面の相手をやらなきゃあなあ」
夏生はキッと島村を睨みつけると一気に攻撃に出た。
「よくもうちの茉冬をかどわかしてくれたなあ!きっちりお返しはさせてもらうぜ。覚悟しな!」
「……竜也の馬鹿め」
海老原を見捨てた佐々木は山を下りていたが、光がいくつも降りるのを目撃して木の陰に隠れた。
(チックショーめ……ヘリだ。いくつも降りやがった)
これでは誰にも見つからずに山を下り、町まで逃げ延びるのは難しい。
(どうする?どこかに隠れてやり過ごすか?)
今はそれしか選択肢はない。さらに大勢の兵士が此方に向かってくる足音まで聞こえる。
佐々木はジャンプして木の上に。枝の上でジッと息を殺した。
真下を大勢の兵士が駆け抜けていく。やがて足音は遠のいて行った。
(……助かった)
佐々木は辺りを見渡した。もう近くに人の気配はない。
地面に飛び降り、どこか隠れられる場所を探すため歩き出した。
「みーつけた」
佐々木の背中に冷たい電流が走った。
慌てて振り向いたが誰もいない。少し離れた場所から、ふくろうが「ほーほー」と鳴いているだけだ。
(……い、いない)
確かに人の気配はなかった。幻聴と思いたかったが、すぐに恐ろしい現実が佐々木を襲った。
突然、後頭部をつかまれたかと思うと、そのまま頭部が木の幹に自分の意志とは関係なく向かってゆく。
次の瞬間、鼻に激痛が走りぼとぼとと流血していた。
後頭部はまだ鷲掴みにされたままだ。
震えながら目線を背後に向けると月明かりの中に恐ろしいほど美しい顔が浮かんでいた。
「やあ敦、元気だったかい?」
「ひっ……!か、克己!!」
佐々木は愕然とした。よりにもよって水島に発見されるとは今日の運勢は大凶だとさえ思った。
「わかってると思うけど俺に従ってもらうよ」
こうなったら逆らうべきではない。
水島の恐ろしさを十分すぎるほど知っている佐々木はコクコクと無言のまま二回頷いた。
「季秋に引き渡すのもいいけど俺の提案を飲む気があったら助けてやらないこともない」
水島はニッコリと笑みを浮かべた。その笑顔が美しければ美しいほど佐々木はぞっとした。
「いい知らせがある。竜也は投降したそうだ、あのバカもさすがに逃げ切れないと悟って俺に縋り付く気らしい」
水島は膝を突き上げ佐々木の腹に食い込ませた。
「おまえら下種にはほとほと愛想がついた。わかってると思うがこれが最後だ、いいな?」
佐々木はうなだれるように深く頭を下げ恭順の意を示した。
夏生の変則蹴りが島村を襲った。
その変幻自在な動きに島村の動体視力はついていけず何メートルも飛ばされた。
「まだまだ!俺は男には一切容赦しないタチなんだ!」
夏生の猛攻は止まらない。
相手が特選兵士でなかったら、とっくに傷害致死になっていたかもしれないほどの攻撃だった。
(そして勿論夏生は後悔もしないだろう。女を殺さないというポリシーを持つ反面、男の命はどうでもいいのだ)
「す、すごい」
七原は夏生の雄姿に呆気にとられていた。
「ちょっと七原君、感心している暇があったらあんたも戦いなさいよ」
「でも相馬、俺達ロープで……」
「桐山君は自力で何とかしたじゃない。ああ、もう頼りない男ね!」
「俺だって戦いたいよ。でも、これじゃあ」
それは言い訳ではなく七原の本心だった。
「あたしの後襟にカミソリが仕込んであるわ。それで何とかしなさいよ」
「ナイス相馬!」
武藤も島村も、今は戦闘に神経を集中している。やるなら絶好のチャンスだった。
七原は慎重に光子が隠し持っていたカミソリを使ってロープを切った。
そして次々に他の皆のロープも切り落とした。最初は光子、そして美恵、次が貴子と次々に女子が解放される。
まずは女の子が優先と七原は思ったのだ。実にフェミニストな七原らしい考えだ。
だが、この判断は戦闘においてはマイナスとなった。
女子達を全員自由にして、さあ次は男子の番という時だった。
「ん?てめえ、何をしてやがる!!」
島村に気付かれた。七原痛恨のミスだった。
「ふざけやがって、ぶっ殺してやる!!」
島村が七原目掛けて突進してきた。夏生がその前に立ちはだからなかったら、殴り殺されていただろう。
「逃げるんだ!」
夏生はそう叫んだ。
「遠くへ。いいか、今すぐなるべく遠くへ行け!この街を離れるんだよ!!」
「どういう事よ?」
光子の質問に夏生は悔しそうに唇を噛んだ。
「人質を取り返したんなら、もうあたし達をこいつらに引き渡す必要はなくなったんでしょう?
どういう事よ夏生さん。あたしを守ってくれるんじゃなかったの?」
「俺だってそうしたい、でも……」
夏生はいったん口を閉ざした。そして数秒後に悲しい事実を告げた。
「ばれたんだよ国防省に!ここにもうすぐ水島克己が来る、おまえ達を捕らえる為にな!
俺がここに来たのは、おまえ達を連れ戻すためじゃない。おまえ達を逃がすためなんだ!!」
「……秋澄兄ちゃんは元々おまえ達を保護することには大反対だった。
その上、水島にがばれて俺達の事には目をつぶる代わりに、おまえ達から手を引けと言ってきたんだ」
それは同時に誰も頼りになる者がいない美恵達を見捨てるという事でもあった。
「だから逃げろ、逃げてくれ。いずれ、ほとぼりが冷めたら夏兄ちゃんが何とかしてくれる。
それまで逃げ延びて、どこかで静かに隠れ住んでくれ」
夏生は光子に向かって財布を投げた。
「俺のキャッシュカードが入ってる。街に出たらATMで全額引き下ろしてすぐにどこかに行け!」
「わかったわ!」
光子はすぐに承知すると美恵の手を引っ張った。
「聞いたでしょう。すぐに逃げるのよ!」
「でも桐山君が。それに他の皆も」
七原は必死になってロープをほどいているが、やっと良樹を自由の身にできたばかりだ。
「いいから逃げるのよ。今は他人を気にしてる場合じゃないわ!」
光子の言葉は非情だが同時に正論でもあった。上空のかなたから光がいくつも近づいてくる。
おそらく国防省のヘリコプター部隊だろう。もう時間がない。
それは桐山もわかっていた。武藤に見事な蹴りをいれると、さらに攻撃を加えようとせず踵を翻したのだ。
「鈴原、逃げるんだ」
もはや一刻の猶予もならない。その証拠に光が地上に降り立ったのが見えた。
すぐに、ここから去らなければならない。それは島村と武藤も同じ事だった。
「ちっ、逃げるぞ!」
「覚えてろよクソガキ!」
二人は猛スピードで山を駆け下りて行った。だが、数十秒後にとんでもない声が聞こえてきた。
「見つけたよおバカさん」
「ひっ……か、克己どうしてここに!!」
さらにグロテスクな音も聞こえてくるではないか。
「……水島の奴、あいつらのあばらを二、三本折りやがったな」
水島がすぐそこまで来ている。もう考えている余裕もない。
「よし全員ほどけた!」
七原が叫んだ。それを合図に夏生は懐から手榴弾のような物を取り出すと遠投した。
カッと閃光がきらめき、次にドライアイスの煙のようなものが一斉に噴き出した。
「今だ逃げろ!」
全員、その言葉に従った。それを見届けると夏生自身も急ぎ、その場から走り去る。
後は祈るしかなかった。
どのくらい走っただろうか。美恵はへとへとになっていた。
こんなに走った経験は今だかつてない。汗が滴り落ちている。
「大丈夫か鈴原?」
美恵の手を引いて走っていたのは桐山だ。あの煙の中、誰かが手をつかんだ。
そして引っ張られ、そのまま一緒に逃げてきたのだ。
「……皆は……光子や貴子は?」
誰もいない。暗闇がただただ広がるだけで友の姿はなかった。
あの状況だ。それぞれ散り散りになって走ったのだろう。
「……はぐれたのね」
落胆する美恵だったが、暗闇の中で何かが動くのが見えた。
桐山が身構え、足元にあった石を拾い上げた。
「おい俺だ俺!」
聞き覚えのある声だった。
「雨宮君?良かった、他の皆は?」
良樹は残念そうに頭を左右に振った。
「……そう」
「大丈夫だって。あいつら足が速いんだ、きっと俺達みたいに逃げ切ってるよ」
「そうね。きっと、そうだわ」
光子は修羅場をくぐりぬけた経験に長けているし、貴子なんか短距離の女王なのだ。
他の皆だって、きっと……美恵はそう願った。
「これで全員か」
水島は哀れにも鉄格子付きの荷台に乗せられた少年たちを一瞥した。
「いや、三人足りないね。すぐに探すんだよ」
美恵達以外の仲間は全員拘束され、そのまま国防省に送られた。
科学省のマーク付きのジェット機が飛行場に着陸した。
搭乗口から二人の少年がゆっくりと降り立つ。
それを待っていたかのように、科学省の職員達が一斉に敬礼した。
「おかえりなさいませ高尾大尉、堀川大尉」
「挨拶なんか必要ない。任務内容は?」
「Ⅹ6がある人間の鎖を解き放ちました。こいつらです」
差し出された資料を奪うようにとりあげ一瞥すると、晃司は険しい表情をした。
「了解した。Ⅹ6を探す手掛かりは?」
「それが実に妙な話なのですが、Ⅹ6はある得体のしれない集団の一員になっていたらしいのです。
まだ年端もゆかない少年少女の集団ですが、Ⅹ6がその中に入っていたことは事実です。
奴らのほとんどは逮捕されましたが誰もⅩ6の居所は知らないと。
それどころかⅩ6は犯罪者の集団に殺されたはずだと主張しているのです」
「だったら、そいつらからはⅩ6の居所はわれないということか?」
「いえ、先ほども言ったように、まだ逮捕されていない人間もいます。奴らを捕えて尋問すればあるいは……」
「いいだろう。それで連中はどこにいる?」
新たな資料が差し出された。晃司と秀明はその資料をぱらぱらとめくると早速行動を開始した。
「ああ、そうだ。
良恵は元気か?」
その質問に全員がぎょっとなった。
「どうした?」
「……そ、それがその……Ⅹ6と一緒にいるらしいのです」
「そうか、あいつと一緒なのか」
【B組:残り45人】
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