「まったく、その通りですね。お父さん」
軍務大臣・九条孝一郎と、その息子で海軍艦隊司令官・九条時貞は笑いを止めることができなかった。
総統の息子が襲われた。その件で長年いがみ合っている三沢家の息子は名誉を失った。
惜しくも事件の責任をとって罷免や左遷にはならなかったが、出世コースから確実に遠のいたはず。
「公彦が防衛大学を無事卒業する前に、あいつをなんとかしたいと思っていたが、奴の方から墓穴を掘ってくれるとはな」
「そもそも総統陛下の後を継ぐ可能性がない尚史殿下に仕えている時点でやつは駄目ですよ。
公彦は祥太郎殿下か彰人殿下に仕えさせます。
ゆくゆくは私の後を継いで海軍司令官に、そしていずれはお父さんの後を継いで軍事大臣に」
親子の愉快きわまる笑い声はしばらく続いた。そこに電話の呼び出し音。
「九条だ」
『久しぶりですね、お父さん』
時貞にとって、声も聞きたくない隠し子からだった。
普段なら即しかめ面になるところだが、時貞は今はすこぶる機嫌がよかった。
「久しぶりだな、用件はなんだ?」
『今の任務にはあきあきしました。俺に会いたいというひともいるので、しばらくバカンスを楽しみたいんですよ』
「何だ、そんなことか。わかったわかった自由にしろ」
『随分と気前がいいですね。いつもは文句の一つもおっしゃるのに』
海軍大尉・佐伯徹は表向きは、ある中小企業を営んでいた佐伯夫妻(すでに故人)の息子である。
実際は彼は幼い頃に、ほんの半年程度親子関係をもった養子に過ぎなかった。
彼の実父は九条時貞。元帥になるのは確実視されている海軍の大物だった。
徹はことあるごとに父に無理難題を要求していた。
実に冷めた父子関係だった。
鎮魂歌―9―
車をとばしながら、徹はさも厄介なものをしょいこんだとでも言いたげな目で後部座席を睨みつけた。
意識こそ失っているが唸り声といい油汗といい夢の中でも随分と苦痛を感じているようだ。
さらに徹には気になることがあった。
良恵の頼みだから助けてやることにしたが、この男はどう見ても善良な一般市民ではない。
それ以上に気になるのは男が持っていたメモ用紙に記載された『結城司』という名前。
(どこかで聞いたことがあるような名前だな。結城……結城司、ああ思い出した)
徹は携帯電話を取り出した。仕事用の携帯電話のアドレスのサ行を呼び出す。
『何の用だ。珍しいな、おまえが俺に電話をかけてくるなんて』
携帯電話の向こうから、可愛げの欠片も無い声が聞えた。
「久しぶりだね晶。どうだい南米は?」
『用件をさっさと言え』
携帯電話の向こうでは、少々くせのある髪のすらりとした長身のハンサムな少年が愛銃の手入れをしていた。
彼の名前は周藤晶。陸軍特殊部隊に所属するエリート大尉。
そして徹同様、国家が誇る特撰兵士の1人。
しかも第一等特別勲章を授与されたこともある百戦錬磨の精鋭だった。
「結城司という名前に覚えはないかい?」
『結城司?ああ、陸軍の衛生兵だろう。見習い軍医をしている少年兵士だ。それがどうした?』
「彼、どんな男だい?」
『奴ともめているのか?あいつは変わり者で少年兵士のくせに特撰兵士のブランドにも媚を売らない。
あいつを動かすのは地位でも権力でも無い、金だ。やつと何かあったのなら金で解決しろ』
「それは貴重な情報をどうもありがとう」
(金で動く……か。よかった、どうやら彼女に危険が及ぶことはなさそうだ)
裏の世界の臭いがする男、襲われた総統の息子、おそらくあの馬鹿を襲ったのはこの男だ。
そんな男と係わって、それが上にばれたら良恵まで反逆者の疑惑を受けかねないところだった。
(それにしても仮にも軍人が殺し屋なんかの関係者とはね)
徹はサングラスを取り出した。
(俺の顔は見られないほうがいい)
「シンジ~、俺たちのお気に入りのアダルトサイトなくなってるよ」
「ああ、妙だな。……って豊、それどろこじゃないだろ?」
「あ、そうだよね。ごめん」
三村はパソコンの前で難しい表情を浮かべながらキーボードを叩いていた。
その隣で豊が心配そうに液晶画面を覗き込んでいる。
「けど確かに妙だな。俺たちのお気に入りのサイトが何一つ残ってない。
たった一日で閉鎖どころかページそのものが消えるなんてありえないぜ」
「うん、やっぱりおかしいよね」
相変わらず電話は通じない。そこで生徒達は今度はインターネットを駆使した。
何か城岩町のことがわかるかもしれないと期待していたのに、城岩町という単語は検索禁止ワードになっていた。
「桐山君、何かわかった?」
桐山は桐山財閥関連の会社のホームページを片っ端から閲覧していた。
「組織がかなり変わっている。父の名前すらない」
「桐山家に電話してみたら?」
美恵も自宅に何度も電話したが結果は元渕や織田と同じだった。
まるで鈴原家など最初から存在してなかったかのように。しかし桐山財閥は間違いなく存在している。
「無駄だ。俺が知っている電話番号は全て解除されていた」
「会社に電話して本家の電話番号を教えてもらったら?」
「桐山家ほどの家になると決して第三者に電話番号は教えない。電話帳にも記載しない。
俺の名前を出したが駄目だった。すぐに切られたよ」
「何とか調べられない?」
「方法はいくつかある。鈴原がそこまでいうのなら非合法な方法をつかってもいいと思うんだ」
「やめたほうがいいぞ」
背後から夏生の声がした。
「桐山家は全ての電話に盗聴器や録音機器はもちろん、逆探知機も仕掛けてるって話だ。
おまえたちは今や政府のお尋ね者。下手に電話なんかしたら、お迎えに来るのは政府の捜査官だ」
「お尋ね者だなんて……」
「うーん、美恵ちゃんを悲しませるのは俺も不本意なんだけどね。あいつら非道だから。
囲いの中にいた正体不明の人間ってだけで、こっちの話も聞かずに即逮捕するぞ。
そうなりたくないなら、しばらく俺のところに来いよ。光子ちゃんはそうしてくれるしさ」
「でも助けてもらって、そこまで夏生さんに迷惑かけるわけには」
「いいのいいの。美恵ちゃんになら面倒かけてほしいわけ。だからおいで。もちろん貴子ちゃんも大歓迎だ」
「着いたよ。さっさと起きな、いつまでひとの高級車の中でのんびり寝てるんだよ」
徹は絶対零度の口調を怪我人に浴びせた。
「……着いたのか」
男はゆっくりと上半身を起こした。
「立てる?肩くらい貸すわよ」
良恵が腕を伸ばすと、途端に徹が男を突き飛ばした。
「汚い手で俺の最愛のひとに触れるんじゃないよ」
「徹、怪我人になんてことをするのよ」
「君は気にしなくていいんだよ。俺も気にしてない」
到着したのは、殺風景だが衛生的な白い壁にシンプルだが整ったガーデニングが特徴的な一軒屋だった。
留守電にいれた連絡を聞いてくれたのか、玄関がひらき中から若い男が出てきた。
この男が結城司らしい。
「またおまえか。懲りない男だ」
白衣に身を包んではいるが、年齢といい開業医ではないようだ。
「腹部をやられた……頼む、治療してくれ」
「言葉なんか一つもいらないな。治療代金はあるんだろうな?」
男は懐から汚れた札を何枚も取り出した。
「鮫島、俺を舐めてるのか?それとも頭をやられたのか?全然、足りないんだよ」
「……残りは次の仕事の成功報酬でだす。だから」
「俺はツケで仕事はしない主義なんだ。現金以外信用できるか」
そんな会話の間にも男(苗字だけはわかった。鮫島ということだ)は腹部から流血している。
「このままでは出血多量で死んでしまうわ。せめて応急処置くらいはしてあげたら?」
「誰だ、おまえ?まさか、この馬鹿の女なんてオチはないよな?」
その言葉に徹は敏感に反応した。
「馬鹿なことを言うんじゃないよ。彼女は俺のフィアンセだ」
結城はチラッと徹を見て妙な表情をした。知っているけど思い出せない、そんな表情。
「……おまえ、どこかで会わなかったか?」
「知らないね」
会ってはいないが徹の顔に見覚えがあって当然だ。
少年兵士で特撰兵士の顔を知らない人間などいないのだから。
サングラスをかけてなかったら、結城もこんな平静な態度をとってはいられないだろう。
(軍の人間が裏の世界の人間を違法治療して稼いでいたとはね。俺が告発すればただじゃすまないだろう)
結城の裏家業を知った徹は安堵した。
愛する良恵が殺し屋を助けたことを結城が報告でもしようものなら、殺してでも阻止するつもりだった。
しかしそれは結城自身の首を絞める。そんな馬鹿なことはしないだろう。
「どこかでみたような面だな。まあ、いい。金がないんだったら、さっさと引き取ってくれ」
「待って、あなた彼の知人なんでしょう?治療代の後払いくらい承知してあげても」
「さっきもいっただろう。俺はツケは受け付けない主義なんだ。俺に治療してほしかったら金を持ってこい」
「いくらよ」
「50万」
良恵は困惑した。そんな大金もっていない。財布の中にあるのは3万円ほどだ。
良恵に、そんなに自由になる大金があるわけがない。それを察した徹は自分の財布を取り出した。
そして札束を取り出すと放り投げた。
「これで文句無いだろう。さっさと治療しろ。たかが縫合手術に法外な金要求しておいて腕は三流じゃないだろうな?」
「三流だったら患者はこないだろ」
「それもそうだな。じゃあさっさと始めろ」
鮫島は手術室に運ばれた。大した怪我ではない、その証拠に手術は短時間に終わった。
「おまえたち、あんなせこい殺し屋とどういう関係だ?」
結城はどかっと椅子に座り込むと横柄な態度で質問してきた。
「やつは政府の要人専門の殺しばかり請け負う商売っ気のない野郎だ。そんなのに係わるとろくなことにならないぞ」
「あなたはかかわっているじゃない」
「俺はビジネスだ。あんなのとプライベートで係わるつもりは毛頭ないぜ。金さえ払えばヤクザも客だ」
「どうして政府の要人専門なんだい?」
「聞いてないのか?こいつは昔プログラムの優勝者だったらしいぜ、俺も詳しいことは知らないが。
プログラムの優勝者は、親にコネでもない限りまともな人生歩めないだろ。だからこんな商売やってるんだろうぜ」
「こんなクルーザーの中じゃ大した情報なんて得られない。少し外に出ようぜ」
三村が提案した。最初は泣いてばかりだった級友たちも、さすがに泣き止んでいた。
冷静になった者もいたし、ただ途惑っているだけの者もいた。
泣き喚くよりはずっとましな状態になったことだけは確かだ。
「あたしも行くわ。このまま何もしないわけにはいかないもの」
幸枝が立ち上がった。幸枝は常日頃発揮しているしっかり者という評価を、こんな状況でも下げることはなかった。
「さすがは委員長。他には?」
おどおどしていた生徒達だったが、1人、また1人と立ち上がった。
三村の提案に七原と杉村、それに豊が即賛成し、さらに幸枝が同意したことが大きかったのだろう。
幸枝率いる女子主流派グループが勇気を振り絞り行動することにしたのだ。
幸枝のように女生徒の中心的人物というわけではないが、友美子も芯の強い女だったので三村の案を飲んだ。
友美子が行動を起こせば、彼女の親友の雪子も同調する。
そんな連鎖行動の末、大半の生徒たちはこの異常な状況を打破する為に行動を起こすことを決意した。
「頑張りなさいよ。あたしは焦らないわ、夏生さんが面倒みてくれるっていうし、ここにいることにしたの」
居候先の親戚に邪魔者扱いされている光子だけは、帰宅することに執着してなかった。
「グッドラックだな。光子ちゃんは俺が責任もって面倒みてやるから安心しろ。
貴子ちゃんと美恵ちゃんも残れよ。俺がなんとかしてやるから、それまで俺のマンションに来い。な、そうしろよ」
半分下心、半分親切心、ともあれこんな状況ではありがたい申し出ではあったが美恵も貴子も丁重に断った。
クラスメイトたちを見捨てて自分たちだけ安全な場所にとどまるつもりはなかった。
何よりクラスメイトたちの中には彼女達にとって特別な人間がいるのだから。
「そうか残念だが仕方ないな。何かあったらすぐに戻れよ、美恵ちゃんと貴子ちゃんを匿うくらいどうってことないから」
夏生はまだ未練があるのか、2人に自分の携帯アドレスを記載したメモを渡した。
「もしインターネットで調べるなら軍関係のサイトにはアクセスするなよ。
『城岩町』も禁止ワードだったからやばい。 検索するなよ」
夏生はそれだけを忠告すると、美恵と貴子に再度誘いをかけ、断れると残念そうに光子を連れて去っていった。
調べるといっても、当てはなかった。
「新井田はやっぱり殺されたのかな?」
大木がぽつんと呟いた。自分たちのことだけで頭がいっぱいだったが、少し落ち着いた今になって思い出したらしい。
もっとも新井田のことなど永遠に忘れていたかった貴子にとっては大木は余計なことを口走ってくれた。
「軍に逮捕されたのなら、軍関係のサイトで逮捕歴みればわかるぜ。
でも夏生さんがそれはやめろって言っただろ。可哀想だが新井田のことはあとで考えよう」
三村は非情ともいえる言葉を吐いた。だが1人より多数のクラスメイトの事を考えた末の妥当な決断でもあった。
「俺は図書館に行く。桐山、おまえも一緒に来ないか」
普段無口でクラスメイトとの関わりをもとうとしなかった川田が桐山を誘った。
この世界は明らかに自分たちの世界とは異質。しかし唯一桐山財閥だけは現存している。
川田は、その事実から解決の糸口をたぐりよせようと思ったのだ。
「ああ、構わない。鈴原、一緒に行こう」
「ええ。貴子、月岡君、みんなも一緒に」
杉村と桐山ファミリーも同行することになった。七原は国信と女子主流派、他数人の生徒を連れてネットカフェに。
三村は豊を連れて、街中に行くことにした。他の生徒は公園で留守番だ。
どう見ても年齢以外これといった共通点のない人間の集団がネットカフェというのは奇妙な光景らしい。
しかも全員学生服という身なりでだ。店員が訝しげな目つきで七原たちを見詰めている。
「ご注文は?」
一番安いコーヒーを注文した。
「どうやって調べようか?」
三村についてきてもらえばよかったと七原は早くも後悔した。
「例のD地区のことがわかるサイトにアクセスすればどうだ?」
旗上が提案した。七原はすぐに拒否した。
「夏生さんがそれはやめろって言っただろ?」
「そりゃそうだけど、でも何でだよ?誘拐犯の逆探知じゃあるまいし、サイト閲覧したって害にならないだろ?」
「……だよな」
そうだよな。特に危険なんかないよな、あそこを調べるのが一番なんだ。
第一、あそこが城岩町じゃなくなった理由がわかるかもしれない。
「でも、だめだ」
「何でだよ」
「夏生さんの忠告に従おう。あのひといい加減に見えて、そんな悪いひとでもなかっただろ?
そんなひとが忠告するにはよっぽど何かあるに決まってる。
どうしても軍のサイト調べたいのなら、三村に相談してからにしよう」
ネットカフェに入り浸って一時間が過ぎようとしていた。
「なあ旗上」
大木が旗上の腕をつかみ引き寄せると、耳元に「ちょっと話がある」と囁いた。
「何だよ」
「七原はああいったけど、こんな調べ方じゃ駄目だと思うんだ。俺はおまえのやり方が正しいと思う」
「そうか?でも七原が……」
旗上は七原が反対したことで、自分の考えに自信を無くしていた。
「七原は時間をかけて安全な方法を模索しているんだろうが、俺はそんなに時間かけたくないんだ。
両親や小さい弟妹はきっと俺を心配している。両親は共働きだから俺が妹や弟の面倒みてたんだ。
体の弱いばあちゃんだっている。だからどうしても家に帰りたいんだよ。おまえはどうなんだよ?」
いつも陽気な大木に、そんな家庭の事情があったなんて驚きだった。
「……俺もおふくろが心配してるだろうしな」
口うるさい母親だったが、こうして離ればなれになると無性に恋しくなってきた。
甘ったれかもしれないが、旗上はホームシックにかかっていた。
「七原はいいやつだけど一本気すぎて融通のきかないところがあるだろ。
だから俺とおまえで調べないか?軍のサイトを調べるのが一番近道で確実なんだ。そうだろ?」
「ああ、そうだな。俺たちで調べて結果だせば七原だって喜んでくれるよ」
「満夫さーん、さっきからパソコンいじって何調べてるんですか?」
寿はソファに横になり頬杖をつきながらせんべいを食べながら満夫に尋ねた。
「新井田っていったっけ?あいつ何度も『城岩町』って言ってたよね」
「ああ、そんなこと言ってましたね。そんな存在しない町を」
「してたよ」
「え?」
「してたよ。今はしてないけどね。今時、あの町のこと調べる奴らがいるとしたらあいつらかなーと思ってさ」
満夫がパソコンと睨めっこして数時間が過ぎていた。
「見つけたよ」
満夫が立ち上がった。
「見つけたって?」
「うん、D地区の目立たないサイトにアクセスしたやつがいるんだ。おまけに『城岩町』で検索してる。
もしかしたらマジでビンゴかもしれないよ。ちょっと出掛けてくるって姉ちゃんに言っといてね」
「ねえ夏生さん、部屋はもちろん最上階のスイートルームよね?」
「勿論だよ。だから、そこで今度こそ記憶に残るにゃんにゃんを」
夏生が差し出した手を光子はパチンと叩いた。
「あたしの処女奪っておいて、まだ奪い足りないっていうの?」
「そういうわけじゃないんだけど、僕ちゃんこう見えても強欲でねえ」
2人のやり取りを理央は距離を置いて眺めていた。
「なっちゃんもそれなりに男前だと思うけど、いつも女の人の前ではデレデレして三枚目なんだよなあ。
にいちゃんたちみたいにきりっとしてれば、もっともてると思うのに」
理央はクルーザーの丸窓から外を見た。
「あれ?なっちゃん、なっちゃん、あいつら戻ってきたよ!」
「何だって?」
夏生は理央を押しのけて窓から外を覗き込んだ。すっかり落胆した豊を連れた三村がこちらに歩いてくるでは無いか。
「三村と瀬戸じゃないか」
「どうしたんだろう、迷子になったのかな?」
「おまえは黙ってろ」
夏生は理央にデコピンした。そしてクルーザーの船室から外にでた。
「浮かない顔だな三村。その様子じゃ、何もでてこなかったらしいな」
「……まあな」
三村は疲れ果てた顔だった。基本的に男には同情しない夏生でも、さすがに哀れに思った。
「今夜、どこに寝るのかも見当がつかなくてさ。
ネットカフェで夜を明かすか、それとも公園でホームレスの真似事するしか……」
「で、何で戻ってきた?同情はするが俺に愚痴言われても何も解決できないぞ。
美恵ちゃんと貴子ちゃんなら引き受けてやるけどな」
「ああ、そういってくれると思ったよ。2人だけでも宿があるだけマシだ、頼むよ」
「で、おまえはこれからどうするつもりだ?」
「まあ何とかなるさ。女の子を野宿させるわけにはいかないんでね、どこかカプセルホテルにでも泊まらせる。
俺たち男は一晩くらい公園の芝生の上でもどうってことないさ」
「その後はどうする?おまえたちが所持している小遣いじゃカプセルホテルも持って三日だろ?
それにおまえたちはお尋ね者だってことも忘れるなよ。
得体の知れない人間が40人以上も固まってるんじゃ目立つぞ。
警察に補導されて、その筋から軍に通報されるのがオチだな」
三村は言葉を詰まらせた。夏生の突っ込みは的確で反論のしようがない。
「……ち、厄介な連中だぜ」
夏生は困惑していたが覚悟を決めたように立ち上がった。
「おい案内しろ」
「案内しろって?」
「乗りかかった船だ。おまえたちがしばらく身を隠す場所くらいなんとかしてやる。
見放しておまえらが野垂れ死にでもしたら寝覚めが悪すぎるからな」
「……結局何もわからなかったな」
七原は悔しそうにネットカフェを後にした。三時間も粘ったのに何一つ城岩町の手掛かりはつかめなかった。
もうすっかり日が暮れて月が顔を見せ始めている。
「七原君、今夜はどこに泊まろうか?」
幸枝が心配そうに七原に問いかけた。
「……どこか安いホテル探そう。女の子に野宿させるわけにはいかないもんな」
七原たちは、とりあえず公園に戻ることにした。桐山や川田、それに三村のほうは何か手掛かりつかんだかもしれない。
それに期待するしかなかった。
前方から2人の少年が歩いて来るが、それすら目に入らない。
「城岩町」
七原たちはぎょっとして、少年を見た。今、確かに言った、『城岩町』と。
「満夫さん、驚いてますよ。間違いないっすよ、こいつらです」
1人は自分たちと同じくらいの年齢、満夫と呼ばれている少年は年下だろう、見るからに幼い。
「へー、こいつらかあ。おまえら『囲い』の中から脱出した連中だろ?ネットアクセスで簡単にわれたよ」
七原たちはさらにぎょっとした。この幼い少年は七原たちのことを知っているのだ。
「おまえら覚悟しろよ!満夫さんに痛い目に合わされたくなかったら、大人しくお縄になれ!」
夏生の忠告を無視した旗上と大木は最初こそ心臓の鼓動が大きく跳ねた。
しかし相手は少年。たった2人の少年、しかも内1人は、ついこの前まで小学生だったような子供ではないか。
「ふざけるな、おまえたちこそ痛い目に合わせてやる!」
大木と旗上は居場所を突き止められたやましさも手伝って、いの一番に飛び出し満夫と寿に襲い掛かった。
「おい、そんな子供に乱暴はよせ!」
敵とはいえ相手はまだ幼さの残る少年ではないか、暴力で何とかしようなんて七原の正義感に反する行為だった。
だが七原の正義感が一瞬で崩れる事件が起きた。大木と旗上が投げ飛ばされていたのだ。
「は、旗上、大木!」
2人は壁に激突して、そのまま気を失っていた。
「しっかりしろ。くそ、白目をむいているじゃないか。ここまですることないだろう!」
七原の怒りに火がついた。
「いくら子供だからって、もう許さないぞ!」
七原は満夫に飛び掛った。満夫の動きを封じようと腕を伸ばした瞬間、七原は投げ飛ばされていた。
「うぐ……っ!」
七原は旗上と大木の二の舞だ。気絶しなかっただけマシだった。
「七原君しっかりして!」
幸枝がハンカチをとりだしながら七原に駆け寄った。
「恐れ入ったか!満夫さんを甘くみたてめえらの自業自得だぜ。
満夫さんはそんじゃそこらの少年兵士とは格が違うんだ!」
「く、くそ……」
七原は口の端から流れた血を手の甲で拭いながら、ふらふらと立ち上がった。
「ふ……」
「へー、江崎さん、こいつたったよ。けっこう打たれ強いな」
「ふざけるな!」
七原は猛突進した。身体能力の高さは自他共に認められる七原だ、さっきは油断しただけだ、今度は勝ってやる!
だが七原は腕をつかまれ引き寄せられると、そのまま地面に押し付けられた。
「突進力はあるけど力の使い方わかってないね、あんた」
「何だと?」
「多分、腕力だけなら体格でずっと劣る俺のほうがあんたより下だよ。でも俺負けないよ」
「ざまーみろ、満夫さんはなあ合気道の達人なんだよ!」
「あ、合気道?」
「へへ合気道なら誰にも負けないよ」
満夫は自慢したのではない。確固たる自信から素直に口にしただけだった。
(そうだ。満夫さんは強い、強すぎる。俺だって科学省で物心ついたときから格闘をみっちり習ってきたんだ。
その俺が満夫さんには一度も勝てなかった。満夫さんは中学にあがったばかり、体格は小学生と変わらない。
決して腕力があるほうじゃない。けど腕力の差なんか格闘のテクニックで簡単に埋めちまうんだ。
それどころか相手の力を利用して自分のパワーに代えちまうんだ。素人なんかが勝てるものか)
「そうか。だったら、その合気道を俺に仕掛けてみないか?」
低くないがりんとした冷たい声だった。七原がはっとして顔を上げると、視線の先にB組最強の男が立っていた。
「あんたが俺と戦うの?」
「ああ、賛成してくれるかな?」
「でも俺そんなに弱くないよ。あんたどのくらい強いの?」
桐山の姿が満夫の前で消えた。ぎょっとする寿、満夫はハッとして背後に顔を向けた。
桐山が満夫の腕をつかんだ。そして投げ飛ばしていた。
「み、満夫さん!」
満夫はくるくると回転して着地を決めた。
「これで賛成してくれるかな?」
【B組:残り45人】
BACK TOP NEXT