「み、満夫さんを投げ飛ばした?」
寿にとっては衝撃だった。満夫を年齢で判断して痛い目にあった連中は山ほどいた。
科学省で満夫よりも強い少年兵士といえば特撰兵士くらいしかいない。

ほんの一ヶ月ほど前のことだった。プログラム優勝者が政府の施設から脱走した。
高知県優勝者の刀原勲(たちはら・いさお)、山形県優勝者の茂木小百合(しげき・さゆり)、
静岡県優勝者の楪環(ゆずりは・たまき)の3人だ。
満夫は3人を連れ戻せと命令された。3人は満夫を中学一年生だと思って甘くみていた。
3人はプログラムで優勝したものの帰る家を失っていた。
(刀原勲は元々国立の孤児院出身で最初から自宅はなかったが)

彼らはプロが追いかけてくると思っていた。ところが現れたのは、まだ幼さの残る満夫だった。
3人は何かの間違いだと思った。もしくは自分たちを舐めてのだと。
刀原は悪名高い国立孤児院で鍛えられたつっぱり、小百合は両親が反政府活動に身を投じた影響を受けた人間だった。
環は普通の家庭に育った女の子だったが、楪家は代々武道家を輩出してきた旧家だった。
つまり3人は実力でプログラムを優勝してきた人間だったのだ。


だが3人は舐めていたのは自分たちのほうだとすぐに気付いた。気づいた時には気を失い連れ戻されていた。
そして政府にたてついたということで、地獄のような場所に送り込まれ以後行方不明となった。




鎮魂歌―10―




瞼を開くと白い天井が目に飛び込んできた。
「気づいたか鮫島」
可愛げのない声が枕元から聞え、鮫島は頭だけ動かした。
「あの2人に礼を言っておけ。おまえの手術代を出してくれたんだ」
鮫島は重たい頭をさらに動かした。部屋の隅にカップルを見つけた。
「……あんたはあの時の」
鮫島はばつが悪そうな表情でそっぽを向くと、「……悪かったな」と呟くように言った。


「お礼なら彼に言って。私は何もしてないわ、あなたに聞きたいことがあるの」
良恵はベッドに近付いた。
「あなた、もしかして宗徳殿下を襲ったヒットマンじゃないの?」
鮫島は顔をしかめて良恵を凝視した。

「安心して通報するつもりはないわ。その代わりに教えて欲しい事があるの」
「通報しない?おまえも国に不満でも持っているのか?それともあの豚個人に恨みでもあるのかよ?」
「恨みがあるとすればあなたにあるわ」
鮫島は渋い顔をした。


「あなたのせいで私の大切な友人が降格したのよ。怪我人じゃなかったら何してたかわからないわよ」
「それは災難だったな……」
「謝罪の態度じゃないな鮫島。第一おまえなぜ総統の息子なんかを襲った?
今までおまえが襲っていたプログラム関係者とは違う。奴ら間違いなくお前を殺しに来るぞ」
結城の言うとおりだった。
未遂とはいえ総統の息子殺害犯人をこのまま逃がすほど国家というものは甘くない。


「……ち、痛いところついてくれるな。俺もこんな依頼さすがにやべえと思った。
第一警備が厳重で不可能すぎる。だが殺しの仲介人に耳寄りな情報が匿名でよこされたんだ。
総統の息子たちのスケジュールが急に変更されやがった。
おまけにあの馬鹿息子が警備ルートをはずれることまでだ。
最初は半信半疑だったがその通りになった。
千載一遇のチャンスだった。後少しだったんだ。
まさか宮内省のお上品な護衛官にあんな強いのがいるなんて計算外だった。
特撰兵士クラスだ。半端じゃねえ、あんなつええ野郎には生まれて初めて会った」


(特撰兵士クラス……ねえ。本当にそんな奴が宮内省なんかにいるのか?
そういえばやたら顔のいい男がいるという噂は聞いたことはあったな。
もし、そんな奴がいるなら特撰兵士選考に名前が挙がらないわけがない。
鮫島といったな、たかがセコイ殺し屋風情がわかったふうな口きくんじゃないよ)

徹は訝しそうに鮫島を睨みつけていた。




「教えて欲しいことって何だ?あんたには借りができたから、俺に言えることなら何でも言ってやる」
「このひとを見なかった?あなたが潜んでいた科学省秘密研究所にいた可能性が高いのだけど」


良恵は持参していたお洒落でシンプルなバックから一枚の紙切れを取り出した。
男の似顔絵だった(描いたのはⅩシリーズの1人・堀川秀明だ)
鮫島はじっと似顔絵を見ていたが、息を吐き、さも残念そうに言った。


「……こんな色男みたこともねえな」
「……そう」


良恵は酷く落胆したようだ。その様子を見た鮫島は「だが」と付け加えた。
「……あそこの地下室の扉。あれは俺があけたんじゃない。最初から開いていた、誰かが開けたんだ」
俯いていた良恵はぱっと顔を上げた。
「本当に?」
「ああ、そんなくだらねえ嘘ついてどうなる?」
確かに鮫島に嘘をつくリメットはない。その話は真実だろう、良恵は嬉しそうに微笑んだ。


(きっと瞬だわ。生きていたんだわ、あの爆発で遺体すら残ってないと思っていたのに……本当に良かった)
その様子は徹にとって面白く無いものだった。

(他の男を想って喜ぶ君を見たくなかった。第一、あの男と君を再会なんて俺が絶対にさせないよ。危険すぎる)




「鮫島、手術は済んだ。さっさと出て行ってくれ」
結城の冷たい言葉に、良恵は驚いた。
「何をいうの?このひとはしばらく動けないでしょう、せめて一日くらいおいてあげたら?」
「こんなお尋ね者を置いておけるか。それだけのリスク背負うなら、その分金をもらわないとな」
「あなた、お金のことばかり言うのね」
「当然だ。世の中、金が全てだろう」
「お金じゃ買えないものだってあるのよ」
「ないな。金さえあれば何でも買える。愛情も命も名誉も何でもありだ」

「噂以上の守銭奴だな」

徹があきれたように立ち上がった。
「帰ろう良恵、もう用は済んだだろう?
久しぶりに君の手料理が食べたい、食事しながら2人の将来のことを話し合おう」
「でも徹」
「いいんだよ、十分過ぎるほど情けをかけてやっただろう?
金の為に殺人請け負うような男だ、こいつだって守銭奴だろ。
そんな男のことで君が気を病むことはないんだよ」
鮫島は何か言いたそうだったがグッと言葉を飲み込んだ。


「結城とかいったな。最後に一つだけ教えてやるが、俺の愛は金じゃ絶対に買えないよ」
徹は良恵の肩を抱き寄せると、そのまま連れ立って部屋を後にしようとした。
「……おい、ちょっと待てよ色男」
鮫島が痛みを堪えて上半身をゆっくりと起こした。
「信じてもらえないだろうが、俺は金のために命かけるほど割り切れる人間じゃねえぜ。
それだけは覚えておけ」









「金のためじゃないのなら、やっぱり国に対する復讐なのかしら?」

プログラムは年端もゆかない子供の命や人生を奪う。生き残っても待っているのは地獄だ。

「あんな貧相な顔をした男が国を相手に戦うなんて勇敢なまねができるかな?」
「だってプログラム関係者ばかり狙っているって話じゃない」
「俺が思うに裏の世界でしか生きていけない人間だったからじゃないのかな。
君も知っている通り、香川県でのプログラムで起きた予想外の事態のせいでプログラムは変わった。
それ以前は国民が反逆心を持たないように絶対的な恐怖を受け付けることと、
お互いの信用を奪うという単純な目的のために存在してただけだっただろう?
でも、あのプログラムで存在意義が変わってしまった。そしてプログラム改革が行われた。
優勝者保護プログラムも廃止された。
優勝者は親にコネがあるか、廃人にでもならない限り自由にはなれなくなったんだ」


証人保護プログラムを参考にしてできた、プログラムの優勝者保護制度。
同級生を殺害して帰宅した生徒に対する世間の風当たりから彼らを守り、
かつ通常の生活が送れるようにとのリハビリを兼ねた制度。
(もっともそれは建前で、本当の理由は優勝した生徒からプログラムの詳細が一般社会にもれることを防ぐためだ)
優勝者は素性を隠して他県に転校。その後生涯生活費が保障されていた(ただし大した金額ではなかったが)
おまけにありがたいことに総統陛下のサイン色紙をいただけるという名誉までついてくる。
それらが一切なくなった。
それどころかプログラム優勝者は政府が定めた制限の中でしか生きられなくなった。


優勝者は帰宅を許されない。
(ただし親が権力者だったり、本人に肉体および精神に尋常ではない障害があった場合のみ例外)
そして政府が決めた枠の中で生きる事を迫られる。
ある者は軍人に、ある者は工作員に、またある者は情報部員になった。
それを拒んだ者は国からあらゆる冷遇を受けた。
住居や職業の選択もない。進学すら国の許可がなければ不可。
例えレジャーが目的でも県外にでる時には、国の許可が必要だった。
それらをを破ったものは逮捕。未成年であっても実名を公表され世間から迫害を受けた。
他にもあらゆる点で生活を制限され、まともな人生を歩むことはできなくなった。
人生を悲観し薬に走って廃人になったり、最悪の場合自殺して自ら人生にピリオドをうった者もいる。
生命を持続させることだけなら成功した者も存在した。
それが鮫島のように裏の世界の住人となった者たちだった。














「こんな恥かかされるなんて、いくら満夫さんでも相当激怒して……」
寿は思った。桐山はこっぴどくやられるだろうと。

「江崎さん、今の見た?」
「いいえ!俺は全く見てません!」

寿なりに気を使ったつもりだった。きっと満夫は自信喪失したであろうから。

「ええ!勿体ねー!あんなすげーの見なかったの?」
が、予想に反して満夫は嬉しそうに子犬のような笑顔を見せた。
「すげー、すげーよ!こんな強い奴、俺久しぶりだ」
満夫は無邪気に喜んでいた。そして、その目つきは好戦的なものへと変化していった。


「俺も本気でいくよ」
満夫の本気に、寿は内心ぞっとした。
満夫は子犬のように愛らしい風貌とは反して生まれつき純粋な戦闘者なのだから。
逮捕だけで解決と思っていた寿は、今後起きるであろう流血の未来を想像して顔面蒼白になった。


「桐山君、大丈夫?」


美恵は心配そうに桐山を見詰めた。桐山の強さは信じているが絶対ということはないのだ。
図書館で城岩町のことを調査したが成果はなかった。
その上、軍人達が入館してきたので仕方なく引き上げることにしたのだ。
そして七原たちとの待ち合わせ場所に向かう途中で、追っ手に襲われている七原たちと遭遇したというわけだ。
いつかは政府の追っ手がくるとは思っていたが、こんなに早いとは思ってなかった美恵は恐れおののいた。
もしかしたら、他にも追っ手がいるかもしれないと。




「じゃあ行くよ」
満夫は猛ダッシュした。桐山は、その動きを捉えていた。
満夫が桐山の左腕をつかんだ。そして地面に向かって腕を引く、桐山のバランスが大きく崩れた。
さらに満夫は桐山の足元を払った。桐山の体が一瞬空に浮く。
満夫の勝利パターンだった。このまま桐山をコンクリート塀に叩きつける。
間髪いれずに、桐山がグロッキーするまで急所に徹底的に連続蹴りをくらわせてやるつもりだった。
桐山が塀に向かって飛んでゆく、しかし叩きつけられず、そのままクルッと回転して塀の上に着地した。

「あれ?」

寿は目を丸くした。バランス崩した桐山が空中で体勢を立て直せるわけないのに。
寿には桐山の動きが見えなかったが、満夫が桐山の体勢を完全に崩す前に、桐山は自ら飛んでいたのだ。
勿論、満夫は即座に桐山に再び襲い掛かる。桐山はスッと左手を胸の前に上げた。
満夫の拳を桐山は受け止めていた、体格的に勝る桐山は軽々と満夫のパワーを封じると反撃に出た。
満夫のボディに桐山の拳が炸裂。満夫はくの形になって、そのままふっ飛ばされていた。


「やった!桐山が小僧に勝ったぞ!」
七原がガッツポーズをとった。沼井が得意そうに、「ボスが負けるわけないだろ!」と自慢げに声を張り上げた。
「いったぁ。すげーな、おまえ」
満夫が腹部を押さえながら立ち上がった。七原と沼井は同時にぎょっとなった。


「な、なんでだよ!やくざだってボスのパンチをまともにくらって白目むかなかったやつはいねえんだぞ!」
「充、うるさい。静かにしてくれないか?」
「は、ボス!」
「拳はまともにはいってない。あいつは拳がはいるとほぼ同時に一歩引いて直撃を避けていた」


桐山はさらに言った。
「充、彰、鈴原を連れて、すぐに逃げてくれないか?」
「何言ってるんですかボス!俺たちはいつも一緒だよ!」
「馬鹿ね。ああ、どうして男ってこうも単純なのよ」
月岡は沼井の頭をぽかっと叩いた。
美恵ちゃんを巻き込みたくない桐山君の気持ちどうしてわからないのよ」
「そ、それもそうだな」
「さあ行くわよ!」
月岡は美恵の手を握ると、「走るわよ美恵ちゃん!」と叫び、両脚を素早く動かした。
途端に二人の前に寿が飛び出す。




「おっと逃げようなんて、そうはとんやがおろさないぜ」
「ちょっと!人質篭城事件でも女子供だけは解放されるのは定番でしょ!」
「おまえのどこが女なんだよ!とにかく満夫さんがあいつを倒すまでは大人しくしてもらうぜ」
「随分自信たっぷりだけど一つ教えておいてあげるわ。桐山君の辞書に敗北なんて文字は無いのよ」


月岡の期待に答えるように桐山が猛攻を仕掛けた。満夫はすぐに合気道で迎え撃つ。
桐山の肩をつかむと即座に桐山の体勢を崩しにかかった。
「やった!あの野郎、地面に叩きつけられるぞ!」
ところが桐山はバランスを崩したと思わせて一瞬で満夫の背後にでた。
満夫の体が地面から浮き上がった。桐山の裏投げが決まったのだ。
寿は我が目を疑った。満夫の技を簡単に切り返されたのだ。
「あ、あいつ何者なんだ?」
寿はますます青くなっていたが、満夫は反比例してますます嬉しそうにニッと笑った。


(すげー、本当にすげーよ、こいつ。こんな変幻自在の動きができる奴なんて科学省にも滅多にいねえよ)


「でも、今度は逃がさないよ。俺の技決めさせてもらう」
満夫はスピードアップした。桐山が技を切り返す隙をあたえないつもりだ。
満夫が腕をのばした。だが桐山に到達する前に、満夫の腕が空で止められていた。
「あれ?」
「俺も本気でやらせてもらう、容赦はしない。了解してくれるかな?」














「局長、直人さんがお戻りになられました」
ドアの前から秘書が声をかけると、中から「入れ」と低い声がした。
直人が入室すると菊地春臣(直人の父)はすくっと立ち上がった。いつも以上に渋い顔をしている。

「直人……この馬鹿者め!」

菊地は左手を上げると直人の頬に振り下ろした。ぱんと乾いた音が室内に響いた。
「私はおまえにこんな醜態を演じさせるような教育を施したことは一度も無いぞ!」
一線を退いてから年数を重ねているとはいえ、
かつてはテロリスト相手に死闘を繰り広げた経験をもつ父の平手は相変わらず強烈だった。


「……言い訳のしようがない。次で挽回する」
「当然だ。すぐに特別トレーニングにかかれ」


菊地は直人にトレーニングのスケジュール表を渡した。
「二週間は謹慎処分だ。こんな公けに動いてかまわいのか?」
「おまえの謹慎処分は取り消された」
「取り消された?」
妙な話だった。直人に対する宗徳の怒りは相当のもので、処分が取り消されることなどありえないはずだ。
厳格だが直人の双肩に菊地家の未来をかけている父が必死になったからこそ謹慎と降格で済んだのだというのに。




「宗徳殿下のご機嫌などにかまっている余裕がなくなったということだ。
囲いから脱出した連中の中にK-11のメンバーがいたらしい」
「K-11だと?本当なのか親父」
「信憑性の問題じゃない。奴らの名前がでたということは、上は黙ってはいないぞ」
K-11はほんの数ヶ月の間に政府の要人を何人も暗殺している。
元老院のお偉方も複数その殺害被害者リストに名を連ねていた。


「あの年寄り達は今度狙われるのは自分だと恐れている。早々に片をつけろと厳命が下された。
その為に、海外任務についている特撰兵士を全員帰国させることになった。
Ⅹシリーズまでだ。一ヶ月以内に全員戻る、その前におまえはもっと向上しておけ」
「……ああ、了解した」


特撰兵士が全員戻ってくる。直人は嫌な予感を感じずにはいられなかった。
直人には気になることがある。
直人は第五期の特撰兵士だった。
直人と同期の特撰兵士たちと、第四期つまり直人たちには先輩にあたる特撰兵士たちはなぜか仲が悪い。
もともと仲良しなんて間柄ではなかったが、この特撰兵士たちの間で何か事件が起きたらしい。
公けにこそならなかったが、それに関係した特撰兵士たちは全員しばらく海外任務に従事することになった。
つまりほとぼりが冷めるまで遠国に追い払われたということらしい。
水島克巳と佐伯徹もその事件に関与したらしいが、2人はそれぞれ親のコネで国内にとどまっている。

「あいつらが一同に会する事になったら、ただじゃすまないだろうな」














太陽が完全に西の彼方に沈もうとしていた。
「おい、もう30分以上は闘ってるぞ」
桐山と満夫の闘いはまだ続いていた。
「あのガキ全然堪えて無いぞ。本当にボスと同等の強さなのか?」
「充、どうする?ボスの加勢するか?」
沼井と笹川がこっそりと相談している脇で、川田はじっと戦局を見詰めていた。


(一見互角にみえるが、桐山はあのガキの技を全て返している。息切れ一つしてない。
対して、あのガキは発汗量も増えている。そろそろ限界だろう、桐山も気づいているはずだ。
いや、一番わかっているのは闘っている、あのガキ本人じゃないのか?)


「く、糞……こうなったら」
寿は懐から銃を取り出した。
「満夫さんパス!肉弾戦なんかにこだわってちゃいけませんよ、さあ早く銃を!」
満夫はなんだかしらけた表情で受け取った銃を見詰めていた。
「何を躊躇しているんですか満夫さん、さあ、さっさとそいつを確保してください!」
「いいだろう、それを使え」
桐山は冷静だった。反して周囲の生徒たちが青ざめている。
「おまえが撃つ前に攻撃を仕掛ければ済む事だ」


「あー、やめたやめた!なんかやる気なくしたよ俺」


「満夫さん!?」
満夫はその場にペタンと座り込んだ。
「本当におまえ強いな。俺本気だったのに、おまえまだ全力だしてなかっただろ?
片手しか使ってないんだもんな。ほんと、まいったよ」
「え?桐山、片手しか使ってなかったのか?」
七原たちは一斉に驚愕した。もっとも月岡と川田だけは気づいていたようだ。




「すっげー楽しかった。おまえより強い奴なんて軍にも滅多にいないよ。
今度会うときは俺もっと強くなるから、その時、決着つけようぜ」
意外な展開に美恵たちは呆気にとられた。

「俺たちを逮捕しなくていいのか?おまえには復命する義務もあるだろう?」
「俺たちは、おまえたちの逮捕命令受けたわけじゃないしいいって。勝手に動いていただけだから。
それに俺じゃ力不足だしな。やっぱ、おまえを逮捕するのはそれなりの連中で無いと無理」
「そうか」
「なあなあ、一つだけ忠告するけどさ。俺は負けたけど、軍には俺よりずっと強い奴が大勢いるよ」


「だから、おまえたちすぐに逃げろよ。一ヶ月以内に海外脱出がベストだな」


「なぜ一ヶ月なんだ?」
「おまえ特撰兵士って知ってるか?全国の少年兵士から選びぬかれた化け物みてえな連中だよ。
そいつら外国から帰ってくるよ、おまえ達を逮捕する為にさ。その期間が約一ヶ月」
「なんで俺たちみたいな普通の中学生相手にそんな連中がでてくるんだよ!」
七原が叫んでいた。
「田中靖裕って知ってる?そいつが自白したんだよ、おまえたちの中に超過激テロK-11のメンバーがいたって」
「そんな馬鹿な!あいつは俺たちを監禁した、ただのイカれた野郎だぞ、嘘に決まってるだろ!」
「それがそうでもないんだよなあ。だって、おまえらのクラスメイトの中に超危険人物がいたんだもん」
「なんだって?誰だよ、そいつは!」
「あー、それはね……」


「満夫!」


ハスキーボイス、振り返ると少年のような中性的な女性が立っていた。
「あ、姉ちゃん。大変だ、さっさと逃げなよ。ほら早く」
満夫が姉だといった相手は銃を握っていた。これはやばい展開だ。
鈴原 、行くぞ」
桐山は美恵の手を引くと走り出した。川田や月岡、それに七原たちもそれも続く。
「一ヶ月以内だよー。元気でな、会ったら、またやろうなー」
満夫は能天気に手を振っていた。














「特撰兵士がくる?なんだって、おまえら逮捕するのに、あんな化け物がでてくるんだよ。
おまえら、やっぱりテロリストなんじゃないのか?」
「違うっていってるだろ」
「だよなあ、一体政府のお偉方は何考えてるんだろうな?」
夏生は溜息をついた。


(冗談じゃない。あんな化け物がでてくる?それも全員そろってなんて普通じゃないぜ。
いくら俺が強くて優しくて頼りがいのある男でも1人じゃ限界がある。
過疎化した田舎にでも連れて行くつもりだったが、それじゃ駄目だろうな)


夏生は両腕を組んで、うーんとうなっていたが意を決したように立ち上がった。
「ま、俺が何とかしてやる。ドロ舟にのったつもりでいろ」
「……それじゃ沈むだろ」
「住み込みで働ける場所紹介してやるよ。夜の街だから白昼は目立たないし今のおまたちにはぴったりだ」
『夜の街』という単語に七原は嫌な予感を感じた。


「川田、どうしよう。夜の街って、まさかいかがわしい場所じゃ……」
「落ち着け七原。宗方、親切はありがたいが一度俺たち自身の目でその場所を見てから決めたいと思う」
「ああいいぜ。そうと決まったら完全に暗く前に行動開始だ」









夏生は川田と三村、そして七原を連れ立って街に繰り出していた。
閑散としてた街は、少しずつ活発になって、この街の始まりを告げようとしていた。

「なあ三村……ここって、どう見てもお水系の街じゃないか?」
「おちつけ七原、少し様子見ようぜ」


夏生はきょろきょろと辺りを見回していた。そして1人の女性を見つけた。
「みーつけた。おーい、俺だ俺、俺のこと覚えてる?」
夏生の姿を確認すると、その女性(随分と派手な格好をしている)はつかつかと近付いてきた。


「会いたかったぜベイベー」
「あたしもすごく会いたかったわよ」

感動の再会か?

「この女ったらし!!」
女は前触れもなく夏生の頬に往復びんたを炸裂させていた。
「うげぇ!」
夏生は地面に倒れこんだ。七原は突然の修羅場に途惑っている。
(川田は大人だし、三村はそういう場面には慣れっこだった)


「二度と、あたしの前に姿を現さないでちょうだい。あんたとはもう終わりよ、さようなら!」
夏生は赤くなった頬を押さえてふらふらと立ち上がった。
ぽんと誰かが夏生の肩に手を置いた。ふりむくと、これまた派手な女が立っていた。
「会いたかったわ夏生、あたしのこと覚えている?」
夏生は苦痛に歪んだ顔を即座に笑顔に変えた。

「もちろんだよ。夏生ちゃんは一度会った女性は忘れないのよ、久しぶり」
「そう、よかったわ……このろくでなし!!」
「うぉ!」
女がはなった左ストレートパンチが見事に夏生の顔面に直撃していた。
夏生はまたしても地面に倒れこんだ。


「お、おい三村……」
「見ないふりしてやるんだ七原。それが男の対応ってやつなんだぜ」
「なんでそんなに冷静でいられるんだよ……」


「宗方、手を貸そうか?」
川田が近付いてそっと手を差し伸べた。
「……危険だ」
夏生はふらふらと立ち上がった。


「……この地域は危険地帯だ」
「そうだな、おまえ個人限定だがな」




【B組:残り45人】





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