「……どうするもこうするもあるかよ。あー悩むぜ」
夏生と理央のこそこそ話を心配そうに柱から見詰める影。
「雨宮、やっぱり俺たち夏生さんには甘えすぎてるのかな?」
「気にするなよ七原。悪いとは思っても俺たちには選択肢ないんだぜ」
「それはそうだけどさあ。俺たちお尋ね者だろ、生活の面倒みてもらうだけでOKってわけじゃないし」
「だから気にするなよ。持統ってやつも言ってただろ、宗方さんは東日本で三本の指に入る金持ちだって。
普通の高校生とは違うんだから遠慮するなよ。悩んだって俺たちにはあいつに縋るしかないだろ」
「ああ、そうだな。でも、やっぱり悪くて……」
「理央、おまえのとこのホテルで住み込みで雇ってやれよ」
「えー駄目だよ。うち大衆ホテルじゃないんだよ、未成年なんか父ちゃんが使うわけないって。
父ちゃん履歴書と面接にうるさいんだ。それに、うちのホテル政府のお偉いさん大勢来るよ」
「……そうだよなあ」
「じいちゃんやおじちゃんに頼んだらいーじゃん」
「馬鹿いうな、じじいにこんなことばれたら勘当くらいじゃすまないぞ。
親父なんか全然頼りにならない。あんなヘタレ論外だ」
「じゃあ秋澄にいちゃんに頼めば?大財閥の跡取りなんだからあのひとたち隠すくらい簡単だろ?」
「ちい兄ちゃんの身に三ヶ月前起きた事件おまえ忘れたのか?」
「前代未聞のフィアンセ同伴の浮気釈明会見のこと?」
「あの時の兄ちゃんは見てられなかった」
『僕は何も言い訳できないんです。魔が刺したということです』
『で、秋澄君。何回浮気したの?』
『彼女は特定の相手なの?それとも単なる浮気相手?』
親類の辛辣な詰問に俯く兄の姿を柱の影から見詰める夏生は心底同情していた。
一番哀れだったのが隣席のフィアンセがあまりにも冷静すぎたことだ。
下手に怒り狂われるよりも、はるかに重たい恐怖感があった。
『秋澄君、彼女に未練あるの?』
その質問に、『ありませんわね?』と淡々と言ってのけた未来の義姉の怖さといったら。
『はい、全くありません』
俯いて表情はわからなかったが、兄の声は震えていた。
「俺、ちい兄ちゃんにこれ以上苦労かけさせたくないんだよ。
囲いの中に侵入したってだけでも問題なのに、そこからお尋ね者拾ってきたなんて言っていろ。
ちい兄ちゃん、ショックのあまり寝込んじまうかもしれないだろ」
(第一、特撰兵士が出てくるなんて言ったら、助けるどころか手を引けと言われるに決まってる。
下手したら連中が出てくる前に、あいつら殺して俺との縁をきっぱり切りにかかるかも……)
鎮魂歌―11―
「光子ぉ、そろそろセカンドにゃんにゃんしようぜ」
「うるさいわね。それより例のものは?まさか忘れたんじゃないでしょうね?」
「忘れるわけないだろ。ほーら、真っ赤なケリーバッグだよ。高かったんだぞ」
夏生は綺麗にラッピングされた箱を光子に差し出した。
光子は無造作にリボンをほどき箱を開ける。
美しい光沢のバッグが姿を現した。光子はニッコリ笑って夏生の頬にキスをした。
「嬉しいわ」
夏生はすっかり有頂天になった。しかし、それは数十秒という期限付きだった。
「せっかくバッグ頂いたんだから、これに似合うドレスと靴も欲しいわ。
それに帽子とコートも。ねえ、お願い」
光子の愛らしいウインクに夏生はぞっとした。
同居を開始してから早二週間。その短期間に夏生が一番早く覚えたことがある。
光子のウインクはおねだりの合図――と、いうことだ。
その合図はすっかり馴染みとなっていた。
夏生は金持ちの息子ではあったが、勘当中の身の上、自由になる金額には限りがある。
すでにケリーバッグのみならず、宝石もいくつかプレゼントさせられたのだ。
そのくせ夏生のお誘いには乗った振りしてさらっと流してしまう。
光子とのバラ色の同棲生活を夢見ていた夏生は、あまりの現実との違いに
「こんなはずじゃなかった」と悶々とする日々を過ごしていた。
「なっちゃん、もしかして騙されてるんじゃない?」
従兄弟の理央の忠告がさらに夏生の疑心に火をつけた。
「……俺、もしかして光子に遊ばれているのか?
はぁ……やっぱり美恵ちゃんか貴子ちゃんのほうがよかったかも」
「だったら今からでも遅くないからトレードしてくれば?」
「馬鹿野郎!それができればとっくにしてるわ……あんな女だけどな、だけど、だけど……」
「だけど?」
「だけど憎めないあのひと」
「……なっちゃん、あのひとのこと好きなんだね」
「夏生さーん。ちょっといいかしら」
「はいはーい、今行きますよ」
夏生は、光子の呼び出しに応えさっさと行ってしまった。
「……なっちゃん」
理央は複雑そうな表情で夏生の背中を見詰めていた。
「ねえ美恵どうしてる?やっぱり気になるわ、あたしみたいにここに来ればいいのに」
城岩3Bの生徒の中で何不自由の無い暮らしを謳歌しているのは光子だけだった。
他の生徒たちは色々と大変だった。一口でいえば困窮と不安に際悩まされている。
彼らの所持金は修学旅行のために用意していたお小遣い程度。
とてもじゃないがまともな生活を送るための資金にはならない。
それ以上に彼らを困惑させているのは政府の追っ手だ。
いつ政府の命令を受けた殺し屋がやってくるかと思うと誰もが生きた心地が全くしなかった。
夏生は美恵と貴子くらいなら何とか隠し住まいを手配できると申し出た。
しかし2人はクラスメイトたちと苦労を共にしたいと丁重に断った。
夏生は約束通り生徒達がしばらく身を隠す場所を探し出してくれた。
政府の捜査官に簡単に見付かるわけにはいかないので、ホテルや旅館などでは勿論無い。
かといってアパートでも、住み込みのバイトでもない。
不動産や就職関係などに接触すれば、すぐに足がつく。
まともな場所には潜むことはできない。
彼らは今や普通の一般市民は近寄らない場所にいた。
「ただいま貴子」
杉村は大きな買い物袋を抱えて帰宅した。深々と帽子を被り眼鏡をかけている。
「お帰り弘樹、いつもご苦労様。でも街に出るなんて危険よ、大丈夫だった?」
「ああ心配ない。それより皆はどうしてる?」
「相変わらずよ、一日中部屋に閉じこもってるわ。それよりお腹すいたでしょ、食事の用意できてるわ」
杉村と貴子はスラム街の一角にある元公営アパートに住んでいた。
杉村と貴子だけではない、他の生徒たちもそれぞれ廃れて目立たなくなっていた街に腰をおろしていた。
普通の一般市民は近寄らない特殊な下町なので隠れ住むにはちょうどよかったが全く違う危険もあった。
善良な一般市民は近寄らない代わりに、貧困層、不法入国した移民、闇社会の住人などに支配されていた。
ただD地区のような完全な無法地帯でもなく、小さな都市国家のような存在となっていた。
と、いっても法律よりも暴力のほうがものをいうのは言うまでもなく、そこでは外の常識は一切通用しない。
夏生は比較的秩序が保たれているスラム街を見つけ、そこの支配者たちに話をつけてくれた。
彼らに住居を提供し、決して危害を加えないこと。
夏生がどんな裏取引をしたのか詳細はわからないが、生徒達は仮の住まいと安全だけは保証されることになった。
ただ、これ以上は自分たちの力で何とかしなければいけない。
杉村は日雇いの土木工事現場で働き、貴子は昼間はレストランの裏方のバイトをしながら生活費を稼いでいた。
しかし2人の稼ぎだけでは、8人分の生活費をまかなう事は難しかった。
杉村や貴子と同居している生徒たちは働くどころではない。
(その生徒たちは、飯島敬太、山本和彦、江藤恵、小川さくら、榊祐子、天堂真弓だ)
今だショックから抜け出せず、いつ捉るかもしれない恐怖に怯え、泣き暮らしているのだ。
それは別居している他の生徒たちも同じだった。
誰もが嘆き悲しみ将来の不安に苦悩して現実逃避している。
内海幸枝のチームは比較的ましな方だった。
野田聡美はいつ何時神経が切れてもおかしくないほどぴりぴりしていたし、
松井知里や金井泉はすっかり落ち込んではいた。
しかし幸枝のリーダーシップでそれなりにまとまりがあったし、夏生が紹介してくれた相手にも恵まれていた。
彼女たちが世話になることになったスラム街は女性が多かった。
(この国の人間と移民の女性との間に生まれたハーフで、
準鎖国制度のもとではまともに暮らせない者がほとんどだった)
彼女たちの中には夜になると街に繰り出して男の袖をひく商売をしている者もいたが基本的に悪人は少なかった。
町のリーダーや自警団の幹部も女性。
偏見かもしれないがスラム街で男より女の数が圧倒的に多いということは幸枝達に安心感を持たせた。
この町では自給自足が原則らしい。
幸枝たちは農業を手伝って、その報酬に野菜や穀物を受け取っていた。
幸枝が率いる委員長グループは真面目な生徒の集まり、皆一生懸命働いた。
その為、不幸中の幸いにも食生活においては飢えるという惨めな思いをすることもなかった。
幸枝が相棒の谷沢はるかと、中川有香、それに唯一の男子の滝口優一郎を連れて農業に従事すれば
聡美は典子と一緒に町で唯一の衣料品店で裁縫の手伝いをして僅かではあったがバイト代をもらっていた。
知里と泉は家事全般を受け持った。
彼女たちはそれなりの生活基盤を築くことに成功していたのだ。
反対にもはや決壊寸前のチームもあった。
大木立道、倉元洋二、旗上忠勝、北野雪子、日下友美子、
琴弾加代子、清水比呂乃、藤吉文世、矢作好美のチームがそれだ。
この異常な状況で募るのは不安と恐怖、それらからくる激しい苛立ち。
大木や旗上は体力はあるが、それが精神的なたふさに繋がるかといえば決してそうではない。
むしろ感情的になっており、毎日負の感情を爆発させていた。
倉元や清水と毎日口汚く罵りあっていた。
唯一しっかりしていたのは友美子だけだったが、友美子は親友の雪子を支えるだけで精一杯。
とてもじゃないが怒鳴りあったり泣き叫んでいるクラスメイトをまとめることはできなかった。
反して、しっかり者のリーダーの元、アンバランスな組み合わせにも係わらずまとまっているチームもあった。
「ほらほらあんたたち、きびきび働きなさいよ!」
月岡彰の激のもと赤松義生、織田敏憲、国信慶時、黒長博、
笹川竜平、元渕恭一、稲田瑞穂、南佳織は必死に内職のノルマをこなしていた。
「今日のノルマは1人500よ。連帯責任で1人でもノルマ達成できなかったら夕飯抜きよ、わかったわね!」
「ひっ……!な、なんで俺がこんなこと……」
「赤松、めそめそしてんじゃねえよ!おまえ見てると本当にいらいらするぜ!」
「よせよ竜平、ヅキが睨んでるぞ」
「じゅ、受験勉強が……進学が……どうして僕がこんな目に!」
(な、なんで高貴な俺がこんな下品なオカマの命令に従わないといけないんだ!)
(ああアフダ・マスダ様。これも試練なのですね)
(順矢ぁ!)
(月岡さん凄いな……こんな個性的で協調性のない連中をまとめあげるなんて。
俺には絶対にまねできないよ。
そういえば、秋也や典子さん元気でやってるかな?)
国信は月岡の人の上に立つ意外な才能に感心しつつ親友や想い人の安否に思いを馳せていた。
(秋也、元気でやってるかな?
いくら隠れ住んでいるとはいえ、滅多に連絡もとれないも寂しいよ。
俺も豊みたいに秋也たちについて行けばよかった。
でも俺がいってもきっと足手まといになるだけだよね。
秋也、典子さん頑張ってね。俺も頑張るよ)
「おじいさん、こんにちわ」
「やあ鈴原さん、今日もいい天気だね。買い物かい?」
美恵と挨拶をかわした老人は、美恵が今仮の住まいにしている小さなアパートの大家だった。
(夏生が一か月分の家賃を気前よく先払いしてくれていた)
樋村という温厚で親切な老人で、すっかり美恵とも気軽に話し合う仲になっていた。
「はい、食料の買出しに」
「1人で大丈夫かい?
この町に住んでいるのは一般社会に暮らせない事情を抱えた者たちだけじゃない。
裏の世界の人間が隠れ住むのに適しているから、そういう輩も少なくないんだ。
それにたちの悪い不良もいるよ。
昼間でも若い娘さんが1人で遠くに出掛けるのは避けたほうがいい。
年寄りのお節介だと思って、私の忠告をきいておくれ」
「大丈夫です。桐山君が一緒だから」
樋村がちらっと振り向くと淡々とした表情の凄い美少年が階段を降りてきた。
「すまない鈴原、待たせてしまったかな?」
「ううん、じゃあ行きましょう」
「ああ」
2人が連れ立って歩き出すと、良樹が「待てよ、俺も行くよ」と駆け寄ってきた。
桐山は『面白くない』という感情を知ることができた。
必需品を買い揃え、3人は帰途に着いた。途中、公園(の跡地)で休憩することにした。
「ねえ桐山君、いつまでこんな暮らしが続くのかしら?」
「今の生活は不便だから嫌なのかな?だったら俺が何とか金を都合する」
「違うの、今の生活のことじゃないの。それは仕方ないことだわ。
宗方さんに家賃や当分の生活費の面倒までみてもらったんだもの十分よ。
それなのに贅沢言ったら罰が当たるわ。ただ私が心配しているのは……」
「政府の追っ手と家族のことだろ?」
良樹の言葉に美恵は無言で頷いた。
「わかるぜ。家族が今どうしているのか人間なら気になるさ」
「雨宮くんも家族のことが心配なのね」
「幸か不幸か俺は家族いないんだ。おふくろは俺がガキのときに死んでさ、殺されたんだ」
「え?」
「同情はいらないぜ。こんな糞国家じゃ、そういう思いした奴は大勢いるからな」
思えば良樹が転校してきてから、立ち入った会話をするのはこれが初めて。
しかし、そんな過去が良樹にあったとは驚きだった、普段の明るい良樹からは想像もつかない。
「おーい、美恵さん!」
「鈴原、荷物重くないか、俺がもってやるよベイビ」
七原と三村が走りよって来る。
「あの2人も必死だな。お姫様を取られたくないんだぜ」
良樹は面白そうに美恵にそっと耳打ちした。
「お姫様?」
「そ、ちょっと鈍感だけど優しいカワイコちゃん」
良樹はにこっとウインクした。
「酷いぜ鈴原、ショッピングなら俺みたいな色男同伴するって相場が決まってるだろ?」
良樹に続いて三村もウインクを披露した。さすがに七原にはできなかったが。
「……そうか。確かに鈴原が心配する気持ちはわかる。いつかは奴ら襲ってくるんだ」
三村はちょっと黙り込んだが意を決したようにある事を打ち明けた。
「鈴原、安心しろ。俺たちも、それを忘れていたわけじゃない。
夏生さんにある事を頼んだんだ。だから俺たちは、この町に来る事になった」
「ある事って?」
「いざってときのためのプロの戦術や逃亡テクニックを身につけさせてくれってさ。
夏生さんがいくら金持ちの息子でも、全面的に俺たちの面倒見切れないだろ?
だから、せめて俺たち自身で何とかできるようにプロの技術を教えてくれるひとの紹介を頼んだのさ」
道理で、このチームには桐山をはじめ城岩3Bの精鋭揃いのはずだ。
(川田、三村は言うに及ばず。七原と沼井、それに良樹。
例外といえば桐山が同伴を要求した美恵と、三村から離れたくないと主張した豊だけだ)
「夏生さんの話では凄腕のレジスタンスがこのスラム街にいるって話なんだ。
もう、そいつに話ついているってことだけど、今だに音沙汰なしだぜ」
「そうだったの。あら?ねえ、見てあれ」
美恵が指さした方角に全員視線を送った。
アパートの下の階に住んでいる男の子が見るからにガラの悪そうな連中に絡まれている。
葛城建という名前で、美恵たちと同じくらいの年齢。
持病を患っている父親の介護をしている感心な少年だ。
「大変、葛城君が不良に。助けに行かないと」
「待て鈴原」
美恵が立ち上がると桐山が即座に腕をつかんできた。
「あいつのために鈴原が危険なことをするのはやめてくれないか」
「でもほかっておけないわ」
「鈴原を行かせるくらいなら俺が行こう」
桐山が立ち上がると、負けじと三村と七原も立ち上がった。
「桐山、おまえだけにいい格好はさせないぜ」
「俺だって行くぞ。弱いものいじめは絶対に許さないぜ」
3人が一歩前に出ると、「ちょっと止めたほうがいいわよ」と元気のいい声が後ろから聞えた。
振り向くと女の子が肩幅まで脚を広げ左手を腰に添えた威勢のいいポーズで立っていた。
「あいつら、この辺りじゃ有名なティーンギャングよ。
普通の不良なんか比較にならないくらいのワルなんだから。
あなた達みたいな普通の男の子じゃ返り討ちにあって最悪の場合殺されるわよ。
あなた達だけじゃないわ、そこの彼女美人だし連れて行かれて酷い目に合わされるわよ。
悪いこといわないから、さっさとこの場所から離れたほうがいいわ」
「でも知り合いのひとがからまれているのよ」
「運がなかっただけよ。この町じゃ安っぽい善意は自分の不幸に繋がるわ」
「言いたいことはそれだけかな?」
桐山は謎の少女の忠告にも全くびびって無い。
それどころか余計なお世話とばかりに再び歩き出した。
「ちょっと、ねえ彼あたしの言った事聞いてなかったの?あいつら本当にやばいのよ」
「大丈夫大丈夫」
良樹はへらへらと「普通じゃない点なら桐山のほうがずっと上だから」と笑みを見せた。
「ちょっと、あなたたち仲間なんでしょ。止めなさいよ」
少女は呆れていた。
「ほら、あなたたちが出て行かなくても大丈夫だから」
「……あー、こいつらだよ。最近俺たちのしま荒らしてるの」
「ふーん、どいつもこいつも馬鹿そうな顔してるじゃん」
肩まであるストレートな長髪とショートカットの対照的な二人組が姿を現した。
「なんだてめえらは!どこでヤク売ろうが俺たちの勝手だろう、営業妨害するんじゃねえよ」
「……そんなこと言われても困るんだよね……。
せっかく俺たちが必死になってこの町の秩序守ってるのに。
おまえたちみたいのがはびこると最悪なんだよね。
……あんたたちさっさとこの町から出て行ってくれない?」
「そういうことだ、さっさと出て行ってくれよ。
じゃないと俺たちの頭にいってあんたたち消してやるぜ?」
なんだか一触即発の雰囲気だ。
「誰だよ、あいつら。危ないぞ、助けてやらないと」
七原は正義感を大いに刺激された。少女がすかさず水を差す。
「大丈夫よ。あいつら、見かけは華奢だけど結構強いんだから」
少女は随分と自信ありげだった。口ぶりといい、どうやら連中とは知り合いのようだ。
その少女の言葉が事実だということは、数分後に実証された。
「驚いた、あいつら本当に強いな」
七原は感心したように彼らを見詰めた。
その気配に気づいたのか二人組はこちらに振り向いた。
「誰だ、おまえら。見かけない顔だな、もしかしてさっきの連中の仲間じゃないだろうな?」
「……あー、そんな感じするよね。なんだか性格悪そうな顔したのが揃ってるしさあ」
「何だと!?おまえたち俺たちにケンカ売るつもりかよ!」
二人組の無礼な態度に七原は即座にカッとなった。
「ちょっと失礼よ。このひとたち人助けをしようとしただけなんだから」
二人組は少女を見てちょっと驚いていた。
「加奈ちゃんの知り合い?」
「うん、そう。いいひとたちよ、だからケンカなんて売らないで。でないとお兄ちゃんに言いつけるわよ」
ショートヘアの男は面白く無さそうに「ちぇ」っと舌打ちした。
「わかったよ。退散するよ。兄さんに出てこられたら冗談じゃすまないからな」
「……じゃ、さよなら」
二人組は大人しく立ち去っていった。
「お姉さん一体何者だよ?」
ふいに三村が質問した。
「さあ、でもきっとすぐにまた会えるよ」
少女――名前は加奈だということだけはわかった――は意味深な言葉を残し去って行った。
――2日後――
「おや鈴原さん、お出掛けかい?今日はいい天気だね」
樋村は重そうな段ボール箱を抱えていた。
「こんにちわ、おじいさん。あ、荷物持ちますね」
「ああ、ありがとう。鈴原さんは本当に優しいひとだね、きっといいお嫁さんになるよ。
もしかして、あの子たちの中に彼氏がいるのかね?」
「そんな彼氏だなんて」
「でもきっと彼らは鈴原さんのことを好いていると思うよ。そうだお手伝いしてくれたお礼だ」
樋村はいったん部屋に戻るとカップケーキを8人分もってきた。
「ちょっと大目に作ってしまってね。よかったらもらってくれないかね」
「いつもありがとうございます」
樋村は特別な事情で親を失った幼子を何人も引き取って面倒を見ていた。
(こんないいひとが大家さんで本当に良かった)
「おじいちゃん、久しぶり」
明るい声。しかもどこかで聞いたことがあるような声質だ。
「あなたは、この前の」
あの加奈という少女が立っていた。
「あら、あなたは先日の。そうか、あなた達だったのね。D地区から脱出した謎の中学生って」
思ってもいなかった言葉に美恵の心臓は跳ねた。
「あ、あなたは?」
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ、政府のお尋ね者って点はあたしも同じ。
だから通報なんてしないから安心して。きっと、あたし達仲良くなれると思うわよ。
ね、おじいちゃんもそう思うでしょ?」
「そうだね。加奈と鈴原さんはいい友達になれると思うよ」
加奈は幼い頃に男手一つで育ててくれた父親に死なれ
兄と一緒に世間から逃げるように、このスラム街にやって来た。
そんな加奈を引き取って15歳になるまで育ててくれたのが樋村だった。
「あの二人組もそうなの。金田君も益子君も反政府活動してた親に死なれて、
あたし達みたいに普通の社会では居場所がなくなったのよ。
あたし達3人は一緒に育ったの。あいつら口は悪いけど根はいい奴らよ。
お兄ちゃん、このままじゃこの国に未来はないって、ずっと戦っていたの。
妹のあたしの目から見ても、お兄ちゃん凄く強いひとだと思う。
でも敵にも強い奴がいたんだ。
それで色々あって、数ヶ月前にあたし達のところに戻ってきたのよ。
でも、お兄ちゃんはあきらめていなかった。
金田君たちもお兄ちゃんを慕っていたから一緒に戦うって言ってくれたの。
それでお兄ちゃん一から出直すことにしたの」
そこまで話を聞いて、美恵はハッとした。
「もしかして宗方さんに依頼された相手って……」
「そ、うちのお兄ちゃん。最初は断ったわよ、そんな怪しい依頼はお断りだって。
でも、あの男の頼み断ったら後が厄介だから結局引き受けたの。
ただし変な連中じゃなかったらっていう条件付でね。
それで、おじいちゃんや葛城君に頼んで、あなた達がどんな人間か観察してもらってたってわけ。
この前もね、葛城君にわざとあなた達の前で危険な目にあってくれってあたしが頼んだのよ。
あなた達がどんな行動起こすか見てみたかったの。
金田君や益子君の登場は計算外だったけど」
「そうだったんだ」
「ごめんね、悪く思わないで。お兄ちゃん、仲間だと思っていたひとに裏切られたことがあるの。
部下を守る為にも二度と油断するわけにはいかないからって」
「あの……加奈さん、それでお兄さんの判断は?」
加奈はにっと笑って見せた。
「うちのお兄ちゃんは厳しいわよ。あの子たちに着いて来られるかしら?」
【B組:残り45人】
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