「こんなおんぼろビルの地下にこんなものがあるなんて」
良樹達は、地下室に続く階段を一歩一歩降りていた。
「わかってないな七原。ぼろっちいビルだから目立たなくていいんじゃないか」
「それもそうだな」
七原は三村の一言で口を言葉を止めた。

その後は特に会話はなく、淡々として足音が壁に反響するだけ。
元々無口な桐山と川田は勿論だったが、普段は陽気な七原や良樹もだんまりだ。


「そんなにびびらなくてもいいわよ。誰でも最初はそうなのよ」
先頭を歩く加奈は男顔負けのさっぱりした性格らしく明るい声で陽気に言った。

「ほら、ここよ」

地下室の廊下の先にあった重たそうな扉を押し開けると射撃場が目の前に広がった。
同時に盛大な銃声が鼓膜に響く。

「すげー……」

映画やドラマの中でしか射撃場を見たことがない七原は物珍しげにジッとみた。
「ほら、さっさと扉閉じてよ。銃声が外にもれたら大変だわ。
どこで政府の秘密捜査官が盗み聞きしてるかわからないもの」
「ああ、そうだな」
良樹は急いで扉を閉めた。


「加奈ちゃん、遅かったじゃないか」
男が駆け寄ってきた。先日公園で出会ったショートヘアだった。
「こいつら誰だよ。あれ?……おまえら、どこかで会わなかったか?」
ショートヘアの男はマジマジと桐山たちを凝視した。
「ほら、この前公園で会ったじゃない」
ショートヘアはハッとして「あの時の生意気な坊主たちかよ!」と叫んだ。
「加奈ちゃん、なんでこんな連中つれて来たんだよ。国防省の犬にちくられでもしたら!」
「大丈夫よ、それは保証するわ。今日から一緒に訓練受けるんだから仲良くしてやってよ」




鎮魂歌―12―




「紹介するね。金田鉄平(かねだ・てっぺい)君に益子泰三(ますこ・たいぞう)君」
加奈に紹介されたショートヘア(金田)と長髪(益子)はじっと桐山達を見た。
数秒後、金田は反抗的な目つきで立ち上がっていた。

「加奈ちゃん、俺は反対だぜ!国防省の捜査が厳しくなってるってときに厄介者かかえるなんて!」
「ちょっと金田君、本人達の前で失礼よ」
「でも加奈ちゃん!」

良樹と七原、それに沼井はあからさまに不愉快な表情を見せた。三村もちょっとむっとしたようだ。
反対に桐山と川田は平静そのもの。実に対照的だった。

「……俺も金田と同意見だ。K-11とかかわりがあるかもしれない連中なんてさ。
だってあいつら過激派だぜ。鬼畜だぜ。極悪人だぜ……かかわりたくない」
益子は低い声で控えめに反対の意を表明していた。
「……それに足手まといなんてしょい込みたくねえじゃん。そんなの嫌だ」
足手まといという言葉に沼井が切れた。


「ふざけるな、言いたいこといいやがって!
誰もおまえらなんかの世話になろうなんて思ってねえんだよ!
俺たちは自分の身は自分で守る。ただ、訓練場だけ提供してもらえばいいんだ!
誰がおまえたちみたいな腕力なさそうな連中に面倒みてもらおうなんて思うかよ!!」
「何だとぉ!」
今度は金田のほうが切れた。しかし手を出してきたのは益子のほうだった。
益子は突然拳を振り上げた。


「やめろ泰三!」


益子が拳を止めた。男が扉のそばに立っていた。
「お兄ちゃん」
どうやら例のレジスタンスのリーダーらしい。どことなく威厳がある。

「決めたのは俺だ。文句があるなら俺にいえ」
「……いえ」

鶴の一声。益子も金田もそれ以上何も言わなかった。
その男はじっと桐山達を見詰めると、「宗方から預かっている」とトランクを持ち上げた。
トランクを開けると数丁の銃が黒光りしていた。


「始めに言っておくが俺は基本的な戦術を教えてやれるだけだ。それでいいな?」
良樹たちはめいめい銃を手に取った。ずしりとした不気味な感触が掌に広がった。
「本物の銃かよ……へっ、やっぱりモデルガンとは違うな」
沼井は笑って見せたが、誰が見てもやせ我慢ということは明白だった。
「自分にあった銃を選べ。素人ならリボルバーよりオートマチックのほうがいいだろう」
桐山が44マグナムを手にした。金田が失笑していた。
「おい坊主、まさかそれ撃つ気かよ。素人に扱える銃じゃないぜ」
桐山は物言わず左手でマグナムを構えた。その十数メートル先には的。
威勢のいい銃声が轟き、空気が震動した。
的のど真ん中に穴が空いていた。桐山は全く微動していない。


「う、嘘だろ……素人が44マグナムを片手で撃ちやがった。そ、それもど真ん中に」
金田や益子はおろか三村たちもこれには驚き呆然と立ち尽くしている。
「これでわかっただろう?このおにいちゃんを素人だと思って甘く見ると痛い目に合うぞ」
川田が煙草をくわえながら微笑していた。
「……大したものだな。どうやらこいつは俺の指導なんていらないようだ」
「そういうことだ。俺も基本的な銃の扱い方くらいは心得ている。
俺と桐山は場所だけ貸してくれればいい。指導のほうは、こいつらを頼む」
川田は良樹達を親指で指さすと、「ところで、おまえの名前は?」と質問してきた。

「俺の名前は大悟だ、呼び捨てでいい。どうやらおまえがこいつらの保護者らしいな」
「……俺はただの同級生だ」














「こんにちわ美恵ちゃん」
「加奈さん、こんにちわ」
「買い物に行かない?結構、いい店知ってるんだ」
金田と益子はいけすかない連中だったが、加奈は明るくてすぐに美恵とも仲良くなった。


「それでね、お兄ちゃんが……ん?美恵ちゃん、どうしたの?」
美恵の様子がおかしい。加奈は心配そうに見詰めてきた。
「……いつまで穏やかな日々が続くのかなって。ここに来てもうすぐ一ヶ月でしょ。
今まで何事もなかったけど、それが返って不気味なの。まるで嵐の前の静けさみたい。
桐山君たちも頑張って訓練してくれているけど、政府はきっと戦闘のプロを差し向けてくるわ。
数週間くらいの特訓でプロより強くなれるかどうか……」
それはもっともな意見だった。
「大丈夫よ、いざって時はお兄ちゃんが守ってくれるから。
お兄ちゃん、戦闘指導以外は何もしないって言ってるけど皆の事気に入ったみたい。
毎日のように『あいつら見所ある』って褒めてるんだから。
だから安心していいよ。うちのお兄ちゃん、すごく強いから絶対に負けないわ」
加奈の言葉はありがたかったが、美恵の不安を完全に拭いきれるものではなかった。
感謝はしているが、あの大悟という男がどれくらい強くて、どれほど頼りになるのか美恵は全く知らないのだ。
まして桐山と戦った満夫という少年は言っていたではないか、いずれ自分よりはるかに強い連中が来ると。


「ねえ。もしかして、その連中って特撰兵士?」
「知ってるの?」
「知ってるも何も、お兄ちゃん、そいつらと戦ったことあるのよ」
「本当?」
それは重要な情報だった。少年兵士最強と呼ばれた存在の正体がわかるかもしれない。
「本当よ。詳しく聞きたい?」
美恵は何度も頷いた。

「お兄ちゃんはね、特撰兵士を倒したことがあるのよ。それも2人まとめてね」














「倒した?政府ご自慢の特撰兵士って連中を?」
三村たちは驚いていた。桐山といい勝負をした満夫よりずっと強い連中を倒したなんて。
(桐山だけは全く無反応で淡々と射撃をしていた)
「詳しいことは聞いてないけど相手は確か海軍の氷室隼人と陸軍の周藤晶って言ってたな。
どっちも第五期特撰兵士上位の戦闘力の持ち主だって話だぜ。でも大悟さんは勝っちまったんだ。
これでわかっただろう。大悟さんは本当にすげーひとなんだよ」
金田はまるで自分のことのように目線を高くして自慢した。
「喋りすぎだぞ鉄平」
いつの間にいたのか、その武勇伝の主役がお出ましになっていた。
「でも本当のことじゃないすか。俺たちも鼻が高いんすよ。
特撰兵士だろうがなんだろうが大悟さんのほうがずっと上だぜ」


「当時は俺のほうが経験値が高かった。運が良かっただけだ。
完成された俺と比べて奴らはまだ未熟だった。ただそれだけだ。
もう一度やりあえば今度負けるのは俺のほうかもしれない。軽はずみはことは言うな。
特撰兵士の怖さは俺は誰よりもよくわかっている。
たった一人の特撰兵士に壊滅させられた組織もあったんだ。それを忘れるな」


「たった一人の特撰兵士に組織が壊滅?詳しく聞かせてくれないか」
無口だった川田が初めて会話に加わってきた。
いずれ自分達と戦うであろう相手だ。重要な情報になると思ったのだろう。
しかし、それは彼には禁句だったらしい。
突然、口をつぐみ俯きながら、「そろそろ飯の時間だ。今日の特訓はこれまでだ」と話を逸らしてしまった。
「俺がおごってやる。美味い店を知ってるんだ、行くぞ」














「この店よ。二ヶ月前にオープンしたばかりなんだけど凄く美味しいの。あたしがおごってあげるわ」
「ありがとうございます」
「いいからいいから。あれ?お兄ちゃんたちだわ、ほら美恵ちゃんの仲間もいるわよ」
全員揃ってのランチとなった。
スラム街の中心地から離れているとはいえ、こんな場所にしてはいい店だった。
若い女性が店長で、数人の女性従業員と営んでいる小さな店。


「あたしは、特製オムレツセットね。あんた達もそうしなさいよ、この店で一番お勧めなんだから。
店長ご自慢でね。彼女はお料理上手なだけじゃなくて美人なのよ、ね、お兄ちゃん?」
加奈は何だか含みのある言葉を兄に投げかけている。
「ね、お兄ちゃん。お兄ちゃん、週に三回はここのランチ食べにくるんだから。
料理だけがお目当てじゃないんでしょ。あたし、ちゃんとわかってるんだから」
「……やめろよ加奈」
そのやり取りをみて三村は「ははーん、そういうことか」と面白そうに、あの独特の笑みを浮かべた。
「美人の店長さんねえ」
まるで弱点発見したかのように喜ぶ三村と違い、七原や沼井はわけがわからずきょとんとなっていた。


「川田、この店の店長が美人なことと、この店に来店することと、どう関係があるのかな?」
七原たち以上に、こういうことに疎い桐山。
川田は内心、「俺に聞くなよ」と苦笑していた。




「いらっしゃい加奈ちゃん」
店の奥から若い女性が姿を現した。一目見て噂以上の美人だと理解できた。
なるほど、極め細やかな肌、すらりとした体型、しかしでるところは出ていた。
ストレートで豊かな髪が大人の女の色気を醸し出している。
ほりが深い顔立ちや髪の色などは、何となく外国人に似通った雰囲気さえある。
準鎖国制度のこの国では珍しいタイプの美女だった。

「見かけない顔ね」
「新しい友達よ。最近、引っ越してきたの」
「ふーん、こんな場所に住み着くなんて事情があるんでしょうけど、もっとマシな街はいくらでもあるのに」

美人ではあるが、遠慮なくずばずばとものをいう人間のようだ。
「見たところ中学生みたいだけど、こんな街に住み着いたらろくなことにはならないわよ。
こいつらみたいに、まともじゃなくなったら終わりなんだから」
「相変わらずきついなあ真壁さんは。俺たち基本的にはいいひとなんだぜ」
金田はちょっと拗ねたように頬杖をついた。

「真昼間から何やってるのかわからないような人間がまともっていうのかしら?
違うっていうのなら、あんた達仕事もしないで何してるのよ。
まさか法律に触れることしてるんじゃないでしょうね?」
それは非常に痛い質問だった。まさか政府に逆らってますなんて言えるわけがない。
「まあいいわ。きっちり代金さえ払ってくれればお客様には変わり無いもの。
でも、あんたには可愛い妹だっているんだから、バカなマネだけはしないことね」
それだけ言うと彼女は店の奥に入ってしまった。
「綺麗なお姉さんだけど、きついひとだな」
三村は溜息をついた。どうやら、全く相手にされてないようだ。




「ちょっときついけど優しいひとなのよ。あたし沙耶加さんがお姉さんになってくれたら嬉しいな」
加奈は美恵に耳打ちした。
「沙耶加さんっていうんだ」
「うん、真壁沙耶加(まかべ・さやか)さん。ね、お兄ちゃんとお似合いだと思わない?」
「……え?」
加奈には悪いが、大悟は不細工ではないにしろ、かといってハンサムでもない。
外見は、いかにも堅実ではあるが地味な印象が拭えない体育会系。
先ほどの美女とはあまりにもアンバランスだ。
もちろん、そんなこと加奈に言えるはずも無い。
「うん……そうだね」


店員が注文の品を運んできた。
「ご注文は以上でよろしいですね。では」
「ちょっと待ってくれないか?」
桐山が静かな声で静かに言った。
「何か追加でも?」
「あの店長はどんな男が好みなのかな?」
桐山以外全員が固まった。川田は危うく吸いかけの煙草を落しかけた。
そして「桐山、頼むから余計な事を言わないでくれ」と、ただ祈った。
「まあ、お客様。もしかして店長に興味あるんですか?
店長がお好きなのは物静かで社交的なインテリですよ。頑張ってくださいね」
店員が去ると桐山は川田の期待をただちに裏切った。
「聞いたか鈴原。これは彼女のタイプではないということがわかった。喜んでくれたかな?」
たまたま、美恵と加奈の会話が聞えてしまった桐山は、美恵に気を使ったつもりだった。














「これで全部揃ったか?」
「えーと、後は……」
良樹と七原は近くの市街地に来ていた。もちろん変装はしている。
買い物リストをチェック。必要なものは全て買い揃えた。
「早く戻ろう。俺たち一応お尋ね者だろ、捕まったら元も子もない」
「ああ、それにしても桐山にはまいったな……」
数日前の出来事を思い出し2人は溜息をついた。


「大悟さんが人間ができたひとでよかったよ。俺たちに対する態度も全然変わらなかったし」
「そうだな。その代わり、あの金魚の糞たちはおかんむりだろ。
桐山はどんな態度とられても平気な体質みたいだけど、俺たちにまで当たらないで欲しいよな。
俺、あの2人好きになれないぜ。教わる事教わったらあそこをでるぜ」
「我慢しろよ雨宮。出るったってどこに行くんだよ」
「いざとなったら光子さんに頼み込んで何とかしてもらう。
どうやら夏生さんは彼女の頼みはきいてくれそうだからな」
「……相馬か。そういえば夏生さん、もう俺たちのこと助けてくれないのかな?
美恵さんや千草には何度も援助を申し出てるらしいぜ。
あのひと女のことだけはマメだよな。あれ?」


「どうした七原?」
「あれ見ろよ」
七原の視線の先にはカップルがいた。男は派手な金髪のウルフカット、女も派手なファッションだ。




「あたしはどうでもいいっていうの?」
女のほうは泣き喚く寸前だ。どうやら痴話喧嘩らしい。
「あたしとどっちが大事なのよ。あんなの人形じゃない!」
「馬鹿かおまえは。おまえは遊び、あいつのことは何年も愛してるんだ、比べられるわけないだろ」
「酷い!」
女は泣きながら走り去っていった。


「さ、最低だ……おい、おまえ!」

七原は男に駆け寄った。良樹の「おいよせよ」という声も怒りで聞えない。
「ん、誰だおまえ?」
「女のひとを泣かせるなんて最低だ。遊びだって?彼女は真剣みたいだったじゃないか。
おまえにはひとの気持ちがわからないのかよ、謝れ、彼女を追いかけて謝れよ!」
「いきなり出てきて何他人のプライベートに口出ししてるんだおまえ?
『遊びでいいから付き合って』って誘ってきたのはあの女だぜ。
こっちは逆ナンされて気まぐれで付き合っただけなんだ、文句言われる筋合いあるかよ」
「な、なんてやつだ……」
七原は開いた口が塞がらなかった。
「理解したかよ。だいたい女なんて俺の顔だけみて近寄ってくるわ、勝手にひとを理想に当てはめるわ。
俺の高尚な趣味は理解しないわ。挙句の果てに望み通りにならないと『そんなひとだとは思わなかったわ』だぜ」
七原は怒りで声もでなかった。


「わかっただろ。俺はこれっぽっちも悪くない」


男はこれで全て一件落着と言わんばかりにクルリと七原に背を向け歩き出した。
「ふざけるな、待てよ!!」
七原は猛ダッシュした。男の肩に腕を伸ばす。
が、男はスッと体を右に避け、代わりに脚を七原の足元に突き出した。七原は男の脚につまずいて見事にこけた。
そして転ぶ寸前に見た。男が七原の無様さにご満悦の笑みを浮かべたのを。


「こ、この……!」


こんな最低男の思惑通りに倒れてたまるか!七原は何かにつかまろうと腕を伸ばした。
男が大事そうに抱えていた箱につかまった。しかし七原の転倒をとめるには至らない。
箱は男の腕から離れ飛んでいった。そして七原はアスファルトに倒れていた。
ほぼ同時に箱がグシャっと音を立ててアスファルトに激突した。




男の顔色が変わった。先ほどまでの生意気な表情が一変、顔面蒼白になり箱に飛びついた。
「綾波!」
慌てて箱のラッピングをひらく。箱の中には粉々になったフィギュアが……。


「き、期間限定の超レアな綾波のウエディングドレスヴァージョンが……きっさまぁぁ!!」


男の目の色が一瞬で赤く染まった。そしてみなぎる殺意、やばい雰囲気だった。
何事かと七原たちの周りに野次馬が集まってきた。
(やばい……これ以上目立ったら。それに、あの男の目やばい。七原を殺しかねない)




「逃げるぞ七原!」
良樹は猛ダッシュ、七原の手を掴むと走り出した。
「逃がすか!」
良樹も七原も走る事には自信があった。一気に男との距離を広げるはずだった。
ところが男はぴったり二人をマークして一向に遅れをとらない。
それどころか怒りのパワーゆえなのか、距離が広がるどころか縮みだしてではないか。


「こっちだ七原!」
良樹は七原の手を取ったまま狭い路地裏に飛び込んだ。
「急げ、あの男やばいぞ。すぐにボートに戻るんだ!」
路地裏を抜けると川に出た。
ボートの操縦席に座っていた川田は必死の形相で走ってくる二人を見てぎょっとなった。
何かあったに違いない。すぐにエンジンをかける。


「どうした、何があった!?」
「質問は後だ、早く出してくれ、変な男に追われてるんだ!」
「何?政府の追っ手か!?」
「違うがとにかく普通じゃない!あ、あいつだ!」


川田は洞察力の鋭い男だ。一目でまともな人間ではないと察した。
それを裏付けるように男は懐からとんでもないものを取り出した。銃だ!
「な、なんだあいつは!?」
川田はボートをだした。すぐに最高速度にまであげる。
橋の真下を猛スピードでくぐり抜ける。橋が銃弾からボートを防いでくれていた。
幸運だった。橋がなければ、間違いなく銃弾をまともに受けてボートごと炎上していたであろう。
「助かったな」
3人はホッとした。


「言いつけてやる!」
男(今や謎の危険人物までレベルがあがった)が叫んでいた。
「兄貴達に言いつけてやる!逃げられると思うなよ、地の果てまで追い詰めて息の根止めてやるからな!」


ただの偶然の出会いだった。ほんの些細な出来事だった。
このままいつか自然に忘れて思い出にもならないような事だった。
だが、この出会いが後に恐るべき災いとなってふりかかるとは――。














「この地域の捜査はどうする?」
「そこは何かありそうだな。ブラックリスト記載のテロ野郎がいるかもしれねえ」
国防省では日夜対テロのミーティングが幾度となく行われていた。
「おい、おまえたち」
振り向く菊地直人が立っていた。
「これは少尉、ご苦労様です!」
「奴はいるのか?」
「あ、立花中尉ですね。その、あの方はただいま『会議中』でして……」
「会議中だと?」
直人の表情が途端に厳しくなった。その空気を読んだ職員達は俯いてしまった。
「……またか」




「ねえ薫、今夜部屋に来てくれるでしょ?」
「うーん、どうしようかな。僕は任務上多忙の身でね、君も知ってるだろう?」
「本当に任務なのかしら?こうして私を押し倒している間も誰のことを想っているのかわかったものじゃないわ」
「馬鹿なことを」
上品な巻き毛の美しい少年が、ソファの上で妖艶な美女のブラウスのボタンを外しながら、
その豊満な肉体の封印を解こうとしていた。
「目の前に最高の女性がいるのに、他の女のことなんか考えられるわけがないじゃないか。
僕の髪の毛から足のつま先まで、君への想いで占められている。
それなのに僕の愛情を疑うようなことを口にするなんて、そんな悪い口は塞ぐに限るな」
男の唇が、真紅な艶やかさを彩っている女のそれに重ねられようとしていた。


「は!」
だが男は背後に気配を感じ、ラブシーンを中断して素早く上半身を回転して背後に振り向いた。
「誰だ!?会議中だから入室禁止だと言っておいただろう!!」
「それのどこが会議中だ?」
「……直人か、相変わらず野暮で無粋な奴め」
「薫、おまえに話がある」


薫と呼ばれた男はフルネームは立花薫(たちばな・かおる)。
直人同様、国防省の超エリートにして、特撰兵士の1人だった。


薫は忌々しそうに舌打ちすると、ゆっくりと体を起こし、すでに半分はずれていたブラウスのボタンをはめだした。
そして今しがた愛を囁いていた女に、「お茶だしてやれよ」と一言。
女のほうも面白くなさそうに起き上がると、乱れた髪の毛を整えながら奥の給仕室に姿を消した。
「ああ、アールグレイなんて出す必要ないよ。一番安い賞味期限ギリギリの紅茶で十分だ」
「薫、おまえのプライベートに口出すつもりはないが、こういうふざけた行為は自宅でやれ。
ここをどこだと思っている?自分専用とはいえ国防省のオフィスだぞ、おまえのホテルじゃない」
「……だから君はもてないんだよ。で、なんだい話って?」

「召集がかかっていた特撰兵士が数日中に帰国する。晃司と秀明以外全員だ。
3日後、午後2時40分、国防省西日本支部第一会議室に集合だ。遅れるなよ」
「了解したよ。紅茶を飲んだらさっさと出て行ってくれ」









「……ち、面白くねえ」
和田勇二(わだ・ゆうじ)、陸軍のエリートだが、周囲の人間から煙たがられていた。
短気で粗暴で、口より先にすぐに手を出す男。
特撰兵士の1人でありながら、少年兵士たちの尊敬でも畏怖でもなく、ただ恐怖の対象でしかない。
その彼は今空港にいる。軍用飛行機が一機、飛行場に降り立った。
「お帰りなさい、大尉!!」
「周藤さん、お戻りお待ちしてました!!」
途端に空港に押しかけていた少年兵士達が一斉に歓声を上げる。
その情熱に応えるように、飛行機からサングラスにロングコートという出で立ちの男が颯爽と姿を現した。
歓声のボリュームがさらに上がった。男はサングラスを取り外す。
「半年ぶりの祖国か。ゴキブリ退治のために呼び戻されるとは思わなかったぜ」

男の名は周藤晶(すどう・あきら)。勇二と同じ陸軍の士官、そして特撰兵士の1人だ。
勇二と違い、多くの少年兵士に敬愛されている陸軍のカリスマ的存在である。









――ほぼ、同時刻。
とある軍港にて、周藤晶に劣らぬ大歓声を受けて戦艦から降り立っている男がいた。
「氷室大尉万歳!!」
「未来の艦隊司令官閣下万歳!!」
白い軍服が、太陽の光で反射してキラキラと輝いている海面をバックに、一際男を際立たせていた。
「俺は戻った。長い間留守をご苦労だったな」
男がそう言って、右手を高々と上げると、さらに歓声のボリュームが上がった。

男の名は氷室隼人(ひむろ・はやと)、代々海軍の大物軍人を輩出してきた名門軍閥氷室家の御曹司。
当然、海軍の超エリート。さらに特撰兵士という肩書きも持っていた。









『管制塔をかすめて飛ぶ許可をもらいたい』
謎の戦闘機から、空軍の管制塔に妙な要請が無線機を通じて入った。
「誰だね、君は。そんな許可は出せない。迂回したまえ」
『やれやれ、ちょっと留守にすると、もう声を忘れられるのかよ』
「は!その声はまさか!」
管制塔の職員たちは途端に顔面蒼白になった。
『そう、俺だよ俺。悪いけど迂回する気ないんだ。挨拶代わりだと思って見逃せよ』
直後、戦闘機が管制塔の真横を通過。
職員たちは半年振りに人口地震を味わう羽目になっていた。
「……も、戻ってきた。蛯名少尉が帰国したんだ」

蛯名攻介(えびな・こうすけ)は空軍では知らぬ者のない型破りのエリートパイロットだった。
エリートパイロットとは別の顔も持っている。
特撰兵士という、もう一つの特別な肩書きを。









「ヨーロッパも良かったけど、やっぱり故郷が一番だぜ」
見た目はごく普通。観光帰りの少年にしか見えなかった。
キャスター付きの大きな旅行用鞄を引きながら空港を歩いていると、前方に知っている顔があった。 「よ!」
「何でおまえがいるんだよ。この便で帰国するなんて誰にも言ってなかったはずだぜ」
「ちょっと海軍のコンピュータいじったんだよ」
「たく、おまえいい加減にしろよな。いつか絶対に軍事裁判にかけられるぞ。
おまえほど軍人らしくない奴もいないぜ」
少年は呆れていたが、相手の少年にも言い分はあった。
「そういうおまえこそ特撰兵士の中尉様なのに民間機でお戻りなんて。
氷室隼人と一緒に戦艦で帰るよう指示されなかったのかよ?」
「ああいうのは苦手なんだよ。わかるだろ直輝?」
「そうだよな。ま、とにかくお帰り俊彦!」
直輝と呼ばれた少年は俊彦に飛びつき、肩に腕を回すと「おごるぜ、飯食いに行こう」と言った。
「それとも憧れの彼女に会いに行くか?」
「馬鹿なこというなよ!」
頬を紅潮させた俊彦に、面白そうに笑みを浮かべる直輝。
はたからみたら普通の学生のやりとりに過ぎない。
しかし正真正銘の軍人なのだ、彼、瀬名俊彦(せな・としひこ)は。









「長官、宇佐美長官!」
「何事だ」
「たった今、科学省専用機で速水志郎(はやみ・しろう)が帰国したそうです」
宇佐美はゆっくりと立ち上がった。
「随分手間取ったな。帰国命令を出してから何日たったと思っている?」
「それがⅩ7は、Ⅹ4とⅩ5と一緒でなければ嫌だと駄々をこねられまして。
説得するのに骨が折れましたよ」
「あの我侭坊主め」


科学省が何代にもわたって交配した遺伝子の集大成であるⅩシリーズ。
その二世代目にあたるのが科学省ご自慢の3人の人間兵器だった。
通称Ⅹ4(堀川秀明)、Ⅹ5(高尾晃司)、そしてⅩ7と呼ばれているのが速水志郎。
上の2人は科学省の至宝。
いくら最近活動が目覚しいとはいえ新興のテロリスト相手に呼び戻すことなどないと科学省上層部は考えていた。
だが格部署の特撰兵士達に召集がかかっているのに、科学省が1人も出さないとあっては体面が悪い。
そこで速水志郎のみ緊急帰国させることにしたのだ。









海軍の佐伯徹、国防省の鳴海雅信、立花薫、菊地直人、陸軍の和田勇二。
今回帰国した周藤晶、氷室隼人、蛯名攻介、瀬名俊彦、速水志郎。
今だ海外にいる科学省の高尾晃司に堀川秀明。
四年に一度選ばれる第一級特別選抜兵士。通称特撰兵士。
彼らは、その中でも特に百花繚乱だと名高い第五期生達である――。




【B組:残り45人】




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