全国から選び抜かれた特殊な少年、特撰兵士。
四年に一度選ばれる彼らは、すでに第五期生までいた。
しかし第一期から第三期までの特撰兵士は今や軍を統率する立場にあった。
戦場で直接戦闘行為をしているものは四期生と五期生のみ。
その彼らはどういうわけが非常に仲が悪かった。
十ヶ月ほど前には殺し合い寸前の派手な騒ぎを起こしていた。
その事実を知っている者は軍の上層部のほんの一部だ。
上層部は困惑した。軍が誇る特撰兵士同士で不祥事を起こしたのだ。
表沙汰にするわけにはいかない。かといって無罪放免にするわけにもいかない。
散々揉めた末に出た結論は、『何もない事にする』ということだった。
そして、しばらく頭を冷やすようにと海外任務を言い渡した。
頭を冷やせというのは建前で、いつまた殺し合いをしかねない彼らを引き離したのだ。
彼らの間で何があったのかは誰も知らない――。




鎮魂歌―13―




「いつまでこんな生活続くのかな……」
「お父さんやお母さん、どこでどうしているんだろう……」
委員長グループは衣食住こそ、それなりに事足りてはいたが精神的には追い詰められていた。

「皆、元気だしなよ。こんな生活がいつまでも続くわけないよ。
それまで頑張ろう。ね、俺は頼りないかもしれないけど委員長はしっかり者だし」

以前の平凡な日常の中においては、目立たないオタク少年に過ぎなかった滝口は意外にも強い心の持ち主だった。
女子お調子者代表の中川有香と一緒になって、ムードメーカーの役割をそつなくこなしていたのだ。
もっとも、その滝口の優しい明るさも限界にきていた。

「皆、どうしてるかな?」

それでも自分達は何とかやってはいるが他の連中は大丈夫だろうか?
滝口はそれが心配だった。
桐山達のチームは大丈夫だろう。だが他の連中は?
考えれば考えるほど嫌な考えが頭をよぎる。




「待てー!そっち行ったわよ、回り込んで!」
「あの声は……」
自警団の女性達の声だ。どうやら何かを追いかけているらしい。


「ま、待て!待ってくれよ、俺は怪しい者じゃないよ!」

(あれ?この声、どこかで聞いたような気がする)


「つかまえたわ。何よ、こいつ。まさか政府の回し者じゃないでしょうね?」
「ち、違う違う!俺は善良な一般市民だよ、信じてくれえ!」


「に、新井田君!!」
「え?」


自警団に捕らえられロープでがんじがらめにされていた新井田。
そう、新井田だ。滝口が目にしたのは間違いなく新井田。
一ヶ月以上も前に行方がわからなくなり、生死すら不明になっていた懐かしい仲間がそこにいた。


「新井田君、無事だったんだね。良かった!」
ろくに話もしたことがないクラスメイトだったが、滝口は10年来の友と再会したかのような喜びすら感じ駆け寄った。
「おまえの仲間かい?」
自警団の怖いお姉さん達の質問に滝口は元気よく、「はい!」と答えた。
「俺達のクラスメイトなんです。大丈夫、彼は怪しい人間じゃありません。俺が保証します」
滝口はここに住むようになってまだ日が浅いが誠実で裏表のない性格から街の人々から信用されていた。
その滝口が素性を保証したのだ、新井田はすぐに解放された。


「良かった、本当に良かったよ。心配したんだよ新井田君。今まで、どこにいたの?」
「どこって、色んな町を転々としてさ。おまえら薄情すぎるぜ、俺を置いて逃げちまうんだから」
「あ……ご、ごめんね。俺達も逃げることに精一杯で……その……」
滝口はバツが悪そうに俯いた。
「まあいいさ。俺はいつまでも恨み言いうようなちっぽけな男じゃない。
それより他の皆は?おまえ1人だけってわけじゃないんだろ?」
「うん、俺は委員長達と一緒にいるんだ。一塊になっていたら危ないから他の皆は違う場所にいるけどね」
「なあ滝口。他の奴らはどこにいるんだよ?桐山さんとか千草は?知ってるんだろ?」
「うん、詳しい場所は教えてもらって無いけどね。委員長なら聞いてると思うよ」
「……そうか」
新井田は下卑た笑いを浮かべた。














良恵、良恵!」
まだ幼さの残る少年が子犬のようにはしゃぎながら駆け寄ってきた。
「お帰り志郎」
良恵は笑顔で両腕を広げた。志郎は何の戸惑いもなく、その腕の中に飛び込んだ。
「ただいま良恵!」
まるで幼子が母親に甘えるように志郎は良恵の胸に顔を埋める。


2人は幼馴染だった。それも家族同然に育った間柄だった。
天瀬良恵も本来ならⅩシリーズの1人だった。女に生まれなければ。
科学省が最高傑作として生み出した前世代のⅩシリーズ達は今はこの世にいない。
しかし、彼らの遺伝子は滅ぶ事はなかった。
科学省はⅩシリーズの遺伝子を保存し、やがてそれは新たなⅩシリーズを生み出した。

それが高尾晃司たち。

良恵もその1人だが、その誕生は望まれたものではなかった。
子供たちは男しか生まれないはずだったが、どこでどう間違えたのか女の良恵が生まれてしまった。
戦闘の神ともいうべき存在の誕生を期待していたのに、生まれたのは愛らしい天使だった。
良恵は科学省にとっては貴重な男児誕生を妨げた疫病神だった。
しかしⅩシリーズの仲間達にとってはそんなことは問題ではない。
秀明や晃司は実の妹同然に良恵を慈しみ、志郎は実の姉、いやまるで母親のように慕っていた。


「晃司と秀明は元気?」
「ああ2人とも良恵に会えないことを残念がっていた」
「そう」
「俺だけ呼び戻された。他の特撰兵士も全員だ」
「……え?」
良恵の顔色が変わった。


「他の特撰兵士って……海外に派遣されていた五期生達?」
「ああ、そうだぞ」


それは嬉しい情報だった。良恵は彼らとは顔見知り、旧知の仲だったのだ。
だが、もう一つの情報は決して嬉しいものではなかった。


「……あの志郎、特撰兵士が呼び戻されたということは……その四期生達も?」
「ああ全員戻ってきたぞ」
「そう……あいつら戻ってきたのね」














国防省西日本支部第一会議室には不穏な空気が流れていた。
一触即発、まるで爆弾のスイッチを誰かが押す寸前のような緊迫感。

「我が大東亜共和国が誇る特撰兵士たちよ。まずは海外任務ごくろうだった」

将官の言葉すら彼らの耳には入っていないようだ。

「戸川、太平洋では随分と手柄をたてたようだな。九条閣下がお悦びだった。
今後もおまえを推挙してくださった閣下の恩に報いるように精進するように」
「御意」

戸川小次郎(とがわ・こじろう)。四期生の中でも特に非情で頭の切れる男。
海軍最強と自他共に認める存在であったがゆえに、氷室隼人や佐伯徹の台頭を誰よりも苦々しく思っていた。



四期生は歴代の特撰兵士の中でも素行が悪かった。
特撰兵士であるがゆえに上も大目にみていたのをいい事にやりたい放題。
リーダー格の海老原竜也(えびはら・りゅうや)の元、散々悪さをしでかしてきた。
それが五期生登場と共に風向きが変わりだした。
五期生は今や軍で伝説ともなったⅩシリーズの忘れ形見達もいるとあってデビュー前から評判が高かった。
Ⅹ4こと高尾晃司を筆頭に他にも優秀な人材が多くいた。
彼らの出現で四期生の株は大暴落し、以前のような好き勝手はできなくなったのだ。
だからといって四期生達は反省するような殊勝な心の持ち主ではない。


彼らは五期生を憎んだ。実に単純な逆恨みである。
彼らは愚かな人間だったが、かといって即真正面から五期生と衝突するほど馬鹿でもなかった。
仮にも同じ軍人同士。感情だけで事を起こすわけには行かなかった。
だが、そんな鬱積した感情がある日、ついに忌まわしい事件を起こすことになった。
その事件を境に四期生と五期生の間にあった嫌悪感は、憎悪と殺意に進化し今に至っていた――。




「おまえ達も知ってのとおり、K-11はただのテロリスト集団ではない。
恐れ多くも総統陛下の弟君・忠次殿下を殺害した許しがたい蛆虫どもだ。
奴らはもはや単なる犯罪集団などではない。国家に牙をむく反逆者どもだ!
捕らえろ、奴らの居場所を知る者を捕らえ拷問にかけてでも奴らの居所を吐かせるのだ!」

将官閣下の腹の足しにもならないありがたい演説が終わった。

「閣下、要は奴らの仲間らしいという連中を連行すればいいんだろう?
そんな子供の使いみたいな仕事は五期生にまかせりゃいいだろ」
「海老原、情報では奴らは囲いから脱出に成功したそうだ。
国防省が周囲を固めていたにもかかわらずだ。
しかも国防省がその後徹底的に探しているにもかかわらず消息がつかめん」
「そいつは妙ですね。裏の世界の情報屋の口を封じている奴がいる……と、いうことですかね?」
海老原の腰巾着の佐々木敦(ささき・あつし)がいきなり核心をついた。


実際にその推測は正しかった。
国防省が全力を挙げても美恵達の消息をつかめないのは、その存在を隠そうとする人間がいたからだ。
それは夏生だった。
良恵達は夏生をちょっとスケベな金持ちの息子と言う認識しかなかったがそれは違う。
夏生が(正確には夏生の家が)持っている権力は、金の力でどうにかなるものではない。


「そうだ……そんなことができるのは余程の大物。だからおまえ達を呼んだ。
ただのテロリスト相手なら、国防省の捜査官だけに任せておる。
おまえ達は軍が誇る特撰兵士だ。おまえ達なら、連中を捕獲しK-11の居所を調べるくらいお手の物だろう。
期待しておるぞ。連中の背後にいる勢力も突き止めろ、おそらくはどこぞの自治省だろう。
これを口実に一気に地方自治省の膿を出せば総統陛下もお悦びになるだろう」


――やはりな。K-11以上に潰したいのは地方自治省か。


大東亜共和国は総統を頂点に政治家や軍人から末端の一般庶民まで一本の鎖で繋がっている。
権力と言う名の食物連鎖が見事なまでに完璧な国家体制としてこの国に根付いていた。
だが、その総統の権力の傘に直接含まれない一派が存在している。
それが地方自治省。
表向きは政府の官の一つだが、実体は独立した地方国家だった。


かつて、この国が大東亜共和国と呼ばれる前の時代。
後に初代総統となる男をリーダーに強力な軍事国家に作り上げた者達がいた。
彼らは国家建設の英雄として、初代総統の元、中央政府の重鎮になるはずだった。
ところが彼らの思惑と総統のそれは違った。

数多い敵を倒し自分の地位を確固たるものにしたとき、
総統が恐れたのは今まで共に戦ってきた仲間だったのだ。
総統の周りにはあまりにも実力や人望を持った者が多すぎた。
幾度となく生死の狭間で権力闘争を繰り広げてきた総統は
今度は自分が追い落とされるのではないかと恐怖した。
そして、ごく一部の信頼出来る側近以外の部下をことごとく切り離した。

地方を治めさせるという名目で中央政府から追い出したのだ。
勿論、そんなことをすれば彼らは反発するだろう。
だからそれなりのものをやることにした。
中央貴族になるはずだった彼らを地方豪族に貶めた代償として『地方自治権』をくれてやったのだ。
彼らは中央の政治にこそ係わる事はできなくなったが、
ごく一部の地方に限っては王様になることを約束されたというわけだ。


北陸の大宮司、近畿の京極、東海の季秋など、建国当時は地方自治省に属している名家は数多く存在した。
小さいながらも都市国家を繁栄させ、独立国家も同然だった。
だが時代がくだるに従い、中央政府は彼らの権利を侵し始めた。
言いがかりをつけられ自治権を奪われただけならまだいい、中には反乱の罪を着せられ滅ぼされた者もいる。
そうやって総統一族をはじめとする中央政府は政権を独占していったのだった。
当然ながら中には黙っていない連中もいた。
かといって真正面から戦えば結果は目に見えている。


そこで始めたのがテロ行為だった。
自分達のマイナスとなる政治家や軍人の暗殺をはじめ、実に数多くの表沙汰にならない罪を犯してきた。
さらに国家に牙を向く反政府組織にさえ必要とあらば陰で援助すらした。
ゆえに反政府組織をはじめとする影の存在に対し最も強い影響力を持っているのも彼らであるとも言える。
中央政府にとっては実に目障りな存在、それが地方自治省だった。
かといって証拠がない以上、進軍するわけにもいかない。
地方自治省を潰すためには、彼らとグルになっているであろうテロリストを捕獲するのが最善の近道なのだ。


「K-11は新興組織であるにもかかわらず勢いが半端ではない。
よほど巨大なスポンサーがバックについているはず。
突き止めろ!反政府組織ごと、そのバックも完膚なきまでに潰すのだ!」




「おまえ達には期待しておる。まずは豪華な食事でもとって鋭気を養うがよい」
将官は気を利かせたつもりで、特撰兵士のみを残し部屋を後にした。
後は仲良く食事でもして、仲間意識を高め任務を成功させろと言いたかったらしい。
だが、将官の気遣いは余計なお世話以外の何物でもなかった。
将官が退室して数分、誰も豪勢なご馳走に手を出すどころか会話すらない。
それどころか殺気が部屋中に充満し、今にも爆発寸前だ。


「ああそうだ。可愛い後輩の君達に聞きたいことあったんだ」
導火線に火をつけたのは水島克巳だった。
天瀬良恵さんのことだけど」
その瞬間、形相が変わった五期生が複数いた。



「彼女、元気かい?」



その含みのある口調に最初に反応したのは蛯名攻介だった。
「てめえふざけるな!!」
仮にも国防省の中で士官が上官に喧嘩を売る行為は許されない。
そんなことは百も承知。だが攻介の血が全身の細胞が感情だけで染まり、理性など残らなかった。
立ち上がり、今にも水島に飛びかかろうという攻介を止めたのは氷室隼人だった。


「やめろ攻介」
「止めるな隼人!やっぱり、こいつら生かしておけねえ!!」
「ふん、やる気かい、ぼうや?」
攻介をさらに挑発するかのように水島が立ち上がった。


「上等だ、おもてに出やがれ!そのご自慢の面、ボコボコにしてや……」
パンと乾いた音が攻介の頬から発生した。


「……は、隼人?」
「……頭を冷やせ」


隼人は攻介の襟首を掴むとぐいっと引っ張り小声で言った。
「……忘れたのか、何もなかったことで終わりにしたはずだ。もう一度良恵を悪夢に巻き込みたいのか?」
脚のつま先から髪の毛一本にいたるまで憤怒の感情のみだった攻介はその一言で我に戻った。
「……良恵」


「どうしたんだい、やらないのか、ぼうや?」
自信と嘲りに満ちた水島の態度は攻介には耐え難いものだったが、それ以上に良恵の笑顔を曇らせたくなかった。
攻介は振り上げた腕を下ろすと、悔しそうにどさっと自席に再び腰をおろした。


「ふん、臆病者め」
水島は優越感により、満足げに笑みを浮かべた。

「水島先輩」

良恵の名を出され攻介以上に激怒していた男・徹が静かな口調で呼びかけた。
その冷静さが逆に不気味ですらあった。




「何だい佐伯君?まさか君まで、その愚か者と同じように俺に文句があるのかな?」
「まさか、俺はこんな単細胞とは違いますよ」
「だろうねえ、君は小賢しい子だから」
水島と徹の会話は、まるで絶対零度の世界のような冷たさに満ちたものだった。

「俺でしたら感情のまま戦いを挑んでそれで終わりなんて、そんなことでは満足できませんよ。
俺は心底憎んだ相手に、そんな楽な死に方望みませんからね。
俺と同じ苦しみを相手にも味合わせてやりますよ」
「何だって?」


「俺は、命だけじゃ満足しませんよ。そいつの全てを壊してやります。
先輩、先輩には随分とお綺麗な恋人がいらっしゃるでしょう?」


水島の目つきが変わった。徹はさらに話を続ける

「何てお名前でしたっけ?ほら、国防省の秘密捜査官の女性ですよ。
ああ、確か戸川先輩にも長年お付き合いしている女性がいらっしゃいましたよね?
海老原先輩も素敵な出会いがあったと聞きました」


「少しはご自分の身辺に注意したほうがよろしいですよ。
失礼ですが先輩達はひとの恨みを買いすぎてますから」



(徹の奴、この場面で脅迫に出ていやがる。攻介とでは役者が違うぜ。
あいつら自身だけではなく、あいつらの周囲の人間までまとめて殺害予告するとはな。
だが、あいつらにそんな脅しが効くと思うか徹?
効くとすれば、奴らのプライドを刺激したことに対する興奮剤としてのみだ。
下手なことをすれば夜道を歩けなくなるぜ徹。もっとも、そんなこと覚悟の上――か。
ふん、あいつ笑ってやがる。大したものだな徹)

晶は笑いを堪えるのに必死だった。
こんな面白いもの滅多に見れない、そんな顔だった。














「この泥棒猫!」
美恵が加奈と連れ立って歩いていると沙耶加が魚をくわえた猫を追いかけていた。
「沙耶加さん、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも無いわよ。
あのドラ猫、もう三回もうちの店に忍び込んで無銭飲食してくれたのよ。
今日こそつかまえて保健所送りにしてやるわ」
たまじゃくしを振り上げて勇ましく曲がり角を走っていった沙耶加だったが、すぐに引き返してきた。

「沙耶加さん、猫は?」
「……もういいわ。しょうがないから、あいつが無銭飲食するのは大目に見てやるわ」

どうしたのかしら?

美恵は曲がり角からそっと見た。さっきの猫がいる。三匹の子猫と一緒に。
子猫の為に沙耶加の店から魚をしっけいしていたらしい。


「加奈さんが言ってた通り優しいひとなのね」
「でしょ。それに美人でしっかり者だもの、お兄ちゃんが好きになるのもしょうがないわ」
「ねえ加奈さん、大悟さんは沙耶加さんに交際を申し込まないの?」
「あたしは何度もアタックしろって背中押してあげてるんだけどね。
お兄ちゃん、あんな性格のくせに色恋沙汰には消極的なんだから、ちょっとがっかりよ。
負け惜しみで『彼女はきっともう恋人がいる』なんて言い訳までするんだから。
『あんな美人、男がほかっておくわけが無い。絶対に決まった相手がいる。
俺みたいな平凡な男を相手にしてくれるわけがないだろう』だって。本当に弱腰なんだから」
それに――と、加奈はちょっと悲しそうに言った。


「……お兄ちゃん、自分にはそんな資格ないって」
「資格って……沙耶加さんみたいな美人と付き合う資格ってこと?」
「ううん、『幸せになる資格』」









「よし、今日はここまでだ」
七原はすでに手の感触にすっかり馴染んだ鈍い銃に汗を流しながら「はい」と元気よく叫んだ。
「照準の合せ方が随分さまになってきたな七原」
「大悟さんのおかげですよ」
「銃の手入れだけは怠るなよ。いざというとき使えなくなったら元も子もないからな」
「わかってるよ」
それから大悟は少し悲しそうな目をしてさらに言った。
「おまえは優しすぎる。訓練と実戦は違う、いざというとき撃てるかどうか……。
想像しているのとは随分違うぞ。的は人間だ、臭い息もすれば血も流すんだ」
重い話だった。覚悟はしていたつもりだったが、いざリアルに言われると言葉が出ない。
「大悟さん、七原をあまり驚かさないで下さいよ」
良樹は七原を庇った。
「悪いな驚かすつもりはないが、実際怖いもんだぞ人間を撃つってのは」




「大悟さんってどういうひとなんだろうな。レジスタンスやってるって事以外謎だよな」
それも気になることだが七原にはどうしても気になることがもう一つあった。
「どうして俺達にこんなに親切にしてくれるんだろう?」
見ず知らずの自分達に親身になってくれたという点では夏生も同じだ。
しかし夏生には納得できるだけの理由があった。
良くも悪くも夏生は下心に忠実な男なのだから。
美恵や貴子、それに光子の為に良くしてくれた。他の生徒達はついでに過ぎない。
だが大悟には七原達に親切にしてやる理由もメリットも無い。
夏生からの依頼という以上に何かあるような気がしてならなかった。


「……本当に、どうして何だろう?」
「七原、気にするなよ。夏生さんから金でも貰ってるんじゃないのか?」
「そうかな……金だけであんなこと言ってくれるもんか?」
「それより、ちゃんと銃弾の数を把握しておけよ。銃弾だけはきちんと管理しておかないとな」
「ああ、そうだな」
七原と良樹は残った銃弾を丁寧に箱にしまうと倉庫に向かった。




「木下さん、俺、聞いたんですけど特撰兵士が帰国したみたいですよ」
金田の声が聞えてきた。
「……そうかついに来たか」
「どうするんですか?まだ、あいつら匿ってやるんですか?」
特撰兵士という単語にも驚いたが、もう一つ気になる名詞が聞えてきた。
「金田、おまえは桐山たちが邪魔なのか?」
「いや、その……そりゃ、生意気な連中だとは思いますけどね。まだガキなんだし可哀想だとは思うよ。
でも、だからって、どうして木下さんは、あいつらをそんなにかばうんですか?」


「木下……木下って大悟さんのことか?」
そういえば苗字聞いた事なかったな。木下ってどこかで聞いたような気がする。
良樹はハッとした。思い出したのだ。
「木下……木下ってまさか……」
「まさかって何だよ雨宮。どこにでもある苗字だろ?」
「忘れたのかよ七原、あの囲いの中の出来事を。あの糞野郎たちのことを」
郷原といった人身売買までしていた犯罪集団。


「あいつらが何だって言うんだよ。大悟さんと何の関係があるって言うんだよ」
「あいつら元は中国地方のでかい反政府組織のメンバーだって言ってたじゃないか。
その組織のリーダーと№2はまだつかまってないって」


リーダーは確か海原、№2は確か……そこまで思い出したところで、「誰だ!」と金田が大声を上げた。
雨宮と七原の姿を確認したと同時に、話をほぼ全て盗み聞きされたと理解した。
そして2人の顔色から、大悟の正体まで気づかれたと悟ったのだ。














「改めて自己紹介する、俺の名前は木下大悟。
数ヶ月前まで中国地方ででかい反政府組織の幹部をしていた」
(桐山を除いた)生徒達は何と言っていいかわからず言葉を詰まらせていた。
罵詈雑言を浴びせるには、あまりにも世話になりすぎていた。
そんな彼らの気持ちを察したのか切り出したのは木下の方だった。


「悪かった、この通りだ」


木下は床に両手をつき深々と頭を下げた。
「お、おい。何も土下座なんてしなくても……」
単純な熱血漢の沼井は、事実を知った以上、盛大に文句を言わなくてはと思っていた。
しかし、こちらが謝罪を要求される前に、されてしまうとは。


「宗方から事情を聞いたときにはまさかと思った。正直信じたくなかった。
俺達がやっていたことは一歩間違えればテロ行為だ。
中には思想の為とか国や正義感の為でもなんでもなく、単純に政府に反感を持っているだけの奴もいる。
そういう奴は組織というたがが外れればただの犯罪者になることも予想はできた。
だが……まさか、麻薬密売や人身売買にまで手を出すほど腐る奴がいたなんて……」


美恵達を預かって欲しいと言われ、最初、木下は渋った。
だが、夏生から美恵達が郷原から受けた仕打ちを知り、愕然となった。

『直属じゃないにしろ、おまえの元部下のせいで酷い目に合ったんだぞ。
そのせいで政府から追われる身にもなったんだ、責任くらい取れ』

夏生のその一言には断りきれない重みがあった。
郷原は組織内では、木下とは数回会った程度の面識しかないような関係だった。
それでも郷原が犯罪者として暴走するきっかけを作ったのは自分だ。
組織が崩壊しなければ、郷原が追い詰められて犯罪者に堕ちることもなかった。



「……それで俺たちに、あんなに親切にしてくれたのか。なあ、皆、木下さんを責めるなよ。
郷原がしたことは、あいつ個人の罪だろ。木下さんには関係ないよ」
七原はすんなりと木下を許していた。そういう奴なのだ七原は。
誰かを心底憎んだりできるような奴じゃない。それが七原の長所なんだ。
「木下、俺は何もおまえさんを責めるつもりは無い。
七原の言った通り、おまえの昔の部下が個人的に犯した罪にまでとやかくいうつもりないんだ」
川田は煙草に火をつけながら静かに言った。

「それよりも聞きたい事がある。おまえさんは言ったな。
特撰兵士に潰された組織があると。もしかして、その組織ってのは――」


「俺の組織だ」


川田は、「やっぱりな」と呟くようにいった。その顔には緊張感が漂っていた。
「聞かせてくれ。おまえの組織はどうやって潰されたんだ?」
「……俺のせいだ。俺が海原の命令を無視して一人で突っ走った。
その隙を突かれて、奴は襲ってきた。
だが言い訳するわけじゃないが、俺の命令無視を差し引いても、組織が崩壊した最大の要因は、あいつだ」
木下は悔しそうに俯いた。握り締めた拳の内側は爪が食い込み血がにじんでいた。


「水島克巳――あの男1人に俺の組織は滅ぼされたんだ」


「木下さん、大変です!」
益子が部屋に飛び込んできた。
「どうした?」
「い、今、無線で緊急連絡が入って……と」
「何だ!?」
「特撰兵士が広島県のスラム街に奇襲をかけたと!
すでに火の手があがり、住人がことごとく捕らえられてるそうです!」
美恵は顔面蒼白になって立ち上がった。


「幸枝や滝口君たちがいる街だわ!」




【B組:残り45人】




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