「何だ、こいつら?」
徹は一室に集められ身体の自由を奪われた上に意識を失っている集団を目にした。
白衣を着た人間がやけに多い。胸のネームプレートを見ると、この施設の博士や職員だとわかった。
「おい起きろ!」
襟首をつかみ揺さぶったが反応はない。数発引っ叩いてやったが同様だ。
「薬をつかったのか」
だとしたら数時間は目覚めないだろう。だとしたら用は無い。
今の徹は彼らが目覚めるまで何時間も待っていられる余裕は無いのだ。
徹は自分で瞬の痕跡を探すしかなかった。しかし監視カメラを調べても、案の定、削除されている。


(だが削除されている部分を辿れば、奴のルートだけはわかる)
地下室だ。それも超危険レベル地域に認定されている区域。
「……一体何があるというんだ」
考えていても答えは出ない、行動あるのみだ。
慎重に階段を降り廊下を進んでゆくと巨大な扉が目に入った。半開している。

「あれは……!」

徹は扉に駆け寄り落ちていたハンカチを拾い上げた。女物のブランドのハンカチ、見覚えがあった。
「間違いない、俺がにプレゼントしたやつだ!」

――、君はここにいるのかい?


!!」


徹は理性を失い、その謎の扉の向こうに飛び込んでいった。
その数分後、カッと閃光がきらめき爆音が轟いた――。




鎮魂歌―85―




「……遅かったぞ要」
瞬は車のボディに背をもたれ腕を組んだ体勢でじろっと睨みつけた。
「そう言うな。なかなか面白いものだな、戦闘というものは」
「はしゃぎすぎだ。今後は嫌でも何度でも戦ってもらう。で、とどめはさしたのか?」
「おまえこそ、あの佐伯徹はほかっておいてよかったのか?」
「奴なら、もう消えている」
瞬は、「早く乗れ」と促した。
要――長髪の少年の名前だ。フルネームは葉勢森要(はせもり・かなめ)という――が乗車すると、即発車。


しばらく走行すると前方に信号機のある十字路が見えた。
パッと赤になるのと同時に瞬はアクセルを思いっきり踏み込んだ。
ブレーキ音と、「ばかやろー!」と罵声が聞えたが、瞬はしらっとしている。
「……何であいつ怒ったんだ?」
ずっと黙り込み荷室でうずくまっていた少年が呟いた。
(初めて喋ったのを聞いたな)
自分も変わっているが、この対人恐怖症という少年は、さらに珍獣だと瞬は思った。


「おまえ達は外の世界のことは知らないから、今後は俺が全て教えてやる。
一度しか言わないから、しっかり頭に叩き込め。
さっきの三色灯は『信号機』というんだ。赤・青・黄色のランプにそれぞれ意味がある。
その色に従って道路を走行する。それが、この世界のルールなんだよ。
青は万事OK、黄色は注意しながら加速、赤は命をかけろだ」
対人恐怖症の少年は考え込んでいる。どうやらルールの矛盾に頭が混乱しているようだ。
「……じゃあ、あいつは敵だから怒鳴っていたのか?わからない、わからないよ」
瞬は思った。こいつらに一般知識や常識を教え込むのは容易では無いと。
「おまえ達はわかったか?」
他の3人に問うと、意外にも「俺はそのくらい知ってた」と返答してきた。
(どうやら、上の三人は案外早くこの世界に馴染んでくれそうだな)
瞬は安心すると同時にに会わせる前に念を押しておく事にした。


「佐伯徹が死んだことは絶対に に言うなよ」














「ぎゃぁぁー!!」
恐ろしい絶叫だった。地面に赤い液体が流れ出す。
!」
川田は近くまで駆け寄った。と今帰仁の体は折り重なるような状態で、どちらが傷を負ったのかわからない。
「て、てめえ……!」
今帰仁が血走った目で立ち上がった。その腹部にはナイフが深々と食い込んでいる。
ぼとぼとと滴り落ちる血液の量は半端ではない。その証拠に今帰仁の目はうつろになっていくではないか。
「……くっ」
も立ち上がった。そして今帰仁を見て愕然とした。


(俺がやったのか?)


殺しも合法とはいえ、やはり人を傷つけるなんて気持ちいいものではない。
それ以上に、致命傷になりかねない重傷を負いながらも動きを止めない今帰仁にぞっとした。


「ぶっ殺す……はあはあ、小僧、八つ裂きにしてやるぞー!!」


今帰仁は力づくでナイフを抜いた。ストッパーを失い、当然のように一気に血が噴出する。
「ば、馬鹿か、動くな!」
「うるせえ!A級兵士の俺がてめえみたいなガキに舐められてたまるかあ!!」
ナイフを振りかざし襲ってくる。こんな怪我を負っているというのに、まだ動けることには驚愕した。
こんな重傷で動いていたら出血多量で死ぬかもしれないのに。
「おい、止めろよ!」
は、こんな自体になってもふんぞり返っている陸軍チームに向かって叫んだ。
「仲間だろ!勝利よりこいつの命の方が大事だろ、さっさと棄権させろよ!!」
だがの警告に彼らは眉一つ動かさない。聞き入れる気は全くないようだ。


(何て連中だ。何で、そこまで……これが、これが軍の、いや国の教育ってやつの賜物かよ)

は唇を噛んだ。

(この国が変わらない限り、こういう連中がこれからも出るんだ)


審判がカウントを取っている。は素早く闘場に駆け上がった。
「観念しろ、小僧!」
今帰仁は突然七原に襲い掛かった。
「うわぁ、何だ!」
出血のせいで視力まで低下していたのだろう。七原をと見間違えたのだ。
だが声で人違いだと悟り、慌てて踵を翻し闘場に走った。と、その途端何かにぶつかり転倒した。




「きゃあ!」
視界は相変わらずはっきりしないが、その声で、女にぶつかったことだけは今帰仁にも理解できた。
そこに悲劇は突然やってきた。掌に柔らかい感触がある。

「……ん?」
「どこに触ってるのよ。このエロチビ!!」

今帰仁の頬に光子の拳(メリケンサック装着済み)が飛んできた。
「……げふっ!!」
今帰仁が大量の血を吐く。これには今まで平然としていた毛利たちも思わず立ち上がった。
なぜなら、女の拳で今帰仁が打撃を受けるなんてありえないことだったからだ。
おまけに光子は懐からスタンガンを出し今帰仁の胸に押し付けた。今帰仁が電圧ダンスを踊っている。
「どういう事だ!?あの女、見かけによらず怪力なのかよ?」
堂本など叫んでさえいた。しかし、すぐに、その理由は判明した。


「ふん、夏生さんが護身用にプレゼントしてくれたダイヤ埋め込み式の超合金メリケンの威力は大したものね」
「……ダ、ダイヤ……超合金?」

光子の恐ろしさに仲間である七原達の方が心底ぞっとした。


「……い、今の……感触はまさか」
今帰仁はふらふらと立ち上がった。
「何よ。あんた女に免疫なかったのね。断っておくけど、あたしの胸に触った料金は高いわよ」
今帰仁はショックで大量の鼻血を噴出、彼の体内に留まっている血液残量は一気に激減した。
「それから、あたしの攻撃はセクハラに対する正当防衛だからOKよね?」
光子がウインクすると審判は、「う、うむ。悪いのは今帰仁選手だ。君に全く非は無い」と赤面しながら頷いている。
今帰仁はフラフラになりながら闘場に足をかけ這い上がった。


「何、ぼさっとしてるのよ!そいつは、もう反撃の力もないのよ。さっさととどめ刺しなさいよ!!」


も、すでに体力がほとんど尽きていた。両手を床につき、ゆっくりとふりむくと今帰仁がナイフを手に迫っている。
(正直、怖い奴だよ……でも光子さんの方がもっと怖い)

「ぶっ殺す!」
流血しながらも今帰仁はにナイフを振り下ろした。
「あ、危ない!」
七原が絶叫している。は必死に身体を回転、ナイフが石床の割れ目に突き刺さるのが見えた。
「ちっ!」
今帰仁の舌打ちする音がやけに大きく聞えた。どうやらナイフが抜けないようだ。
「チャンスよ!!」
光子の声に反応するかのように、は最後の力を振り絞って今帰仁の腹部に拳を放った。














「着いたぜ。あの試合会場の向こうに俺達の愛しい女がいるんだ」
冬樹が指差した先にはコロッセオのような壮大な建物が聳え立っている。
「……あそこに俺の女が」
雅信はすでに興奮状態に陥っていた。元々の性質か、それとも薬の効力か、いやおそらくは両方だろう。
「まあ、そう慌てるな。もう少し待て。今、会場は興奮のるつぼだ、そんな時に俺達が暴れたらどうなる?」
「死人が大勢でる?」
「違う。俺達の女がパニックに巻き込まれてしまうだろ?」
雅信はこくこくと頷いた。


「まずは会場の中の様子や状況を把握することだ。おまえは、ここで待機していろ」
冬樹は雅信を会場の外に残し一人中に侵入した。目指すは警備室だ。
警備員がいたが、もちろん冬樹の敵ではない。簡単にのされトイレの個室に放り込まれた。
すぐに冬樹は監視カメラのモニターをチェック。
と貴子はどこだ?)
冬樹の計画はまず二人の恋人の位置を確認すること。
そして頃合いを見て雅信に暴動を起こさせ、その危機の最中、颯爽と二人の前に登場するというシナリオだった。


『助けにきたぜ。さあ、俺の胸に飛び込んで来いよ』
『冬樹、会いたかった!』
『もう、離さないわ!』


駆け寄る二人を抱きしめる自分の姿を想像すると自然と顔がにやついてしまう。
恋人達の再会を盛り上げる為には、雅信にはせいぜい働いてもらう。
その後、雅信がどうなろうが知ったことではない。

「さて……と。Aリーグは……ふーん、どうやら勝負がついたようだな」














「7、8!」
審判がカウントを取っている。その対象は今帰仁だ、が最後に放った渾身のパンチによりダウン。
運が悪いことに、それはナイフにひり負傷した箇所だった。
傷口がひらいた激痛は凄まじく、さすがの野生児も、もはや立ち上がれない。
「9、10!」
は放心状態だった。まるで他人事のように審判のカウントを聞いていた自分が不思議なくらいだ。
「勝者!」
ようやく実感できたのは審判が自分を指差し勝利を宣告した時だった。


「……勝った」

は、がくっとその場に尻餅をついた。

「俺が……勝った」


実力で勝ったのかどうかは疑わしいが、とにかく勝った。優勝へのかそぼい糸を守り抜いたのだ。
「やったわ、君!」
光子が駆け寄ってきて抱きしめてくれた。
「ご褒美よ」
頬にキス、あまりのサービスぶりには真っ赤になった。しかし、遠くから夏生の怒号も聞えてくる。
「負けたらドラム缶につめて東京湾に沈めてやろうと思ったわよ」
けろっと言う光子に、「冗談だろ?」と笑い返せなかった。
(……きっと嘘じゃない)
は今度は顔面蒼白になっていた。




「やったな!」
七原も大喜び。しかし川田の顔色は優れなかった。
の勝利は嬉しいことだが、最大の難関がまだ一つ残っているのだ。

(二勝二敗……大将戦までもつれ込むなんて)

川田は決勝リーグに行くためには副将戦までで三勝する事が必須だと考えていた。
光子は油断のならない烈婦だが、肉弾戦で百戦錬磨の男に勝てるはずがない。

(大将戦に勝ち目はない。今帰仁四には何とか勝った、だが今度はそうはいかないだろう)

そんな川田の気持ちをあざ笑うかのように、先方の大将・毛利雪永は颯爽と闘場に飛び上がった。
小柄だった今帰仁とは対照的に、この男はやたら背が高い。
だが武藤兄弟のような筋肉質でもなく、逆にほっそりしており腕力があるようには見えない。
ストレートな黒髪をトップで無造作に束ねている。
それでも腰まで伸びているのだから随分な長髪だ。侍風ポニーテールといったところか。
胸元は大きくはだけており色白。化粧をしているにもかかわらず病人にすら見える。
お世辞にも特別美形というわけではないが(ただし本人はそのつもりのようだ)不気味な色気はあった。
その得体の知れない不気味さは、これから始まる試合に恐怖を添えるプロローグと言っていいだろう。


(敗れたとはいえ今帰仁四は強かった。その今帰仁よりも、この毛利という男は上だと考えた方がいい)


毛利は担架に乗せられ運ばれてゆく今帰仁を冷たい目で見ている。
「ねえ、その負け犬さあ」
ぺろっと赤い舌をだした。まるで蛇、そうだ、この男の持っている雰囲気は蛇に似ている。
それも獲物を締め付け全身の骨を粉々にして飲み込む時の。
「治療すんのも勿体無いし、今ここで俺が片付けてやろうか?」
担架に横たわっている今帰仁はビクッと大きく反応した。
「ふざけるなよ、おまえの仲間だろ!」
怒りに声を震わせながら叫んだのはだった。
つい今しがた死闘を演じた相手とはいえ、こんな下劣な行為を見逃すことはできなかったのだ。


「うるさい……っつうの。アーハハハハ!」


毛利は高笑いしながら走り出した。その目は狂気に満ちたものだった。
「……くっ」
今帰仁は身体を起こそうとしたが、自由がいかずに地面に転がり落ちた。
「どうした、どうしたあ!さあ、おっちんじまいな!!」
毛利は刀を抜くと大きく跳躍した。


「かっこ悪いわね。もしかして死に掛けてる奴にしか勝つ自信ないの?」


その一言で毛利の動きが止まった。
「相手間違ってるわよ。あんたと戦うのは、そのチビじゃないでしょ?」
毛利がゆっくりと振り向き、光子の顔をじっと見詰めた。
「さっさと闘場に戻ったら?それとも棄権する?」
無言の毛利と雄弁の光子の睨み合い。当事者たちよりも周囲の者が震え上がっていた。


「……あ、あの女、毛利を怒らせやがった。殺される……絶対に殺されるぞ」


三村を半殺しにした国光ですら顔面蒼白になり、その口調はびくついている。
川田の考えは正しかった。毛利は陸軍のA級兵士で一、二を争う強者。
そして、その残忍性に置いては、さらに上をいく冷酷無比な男だったのだ。
今帰仁も、この男には到底敵わない。だからこそ大将に選ばれた。
毛利に勝てる男は特撰兵士くらいしかいないだろうとさえ言われているのだ。


「だ、大丈夫なのか光子さん?」
は心配そうに光子を見詰めた。
「あんたはあたしの心配より自分の怪我心配しなさいよ」
「でも……!」
「言ったでしょ。あたしには秘策があるって」
確かに自信満々にそう言った。だが、どう逆立ちしても光子が、あの悪魔に勝てるとは思えない。
「わ、わかったぞ!相馬のお得意の色気で油断させて」
七原がぽんと手を叩いた。しかし、川田がすぐにそれを否定する。
「……甘いぞ七原。色気が通用するような相手だと思うか?」
七原はもう一度毛利をじっくり見た。にたりと不気味な笑みを浮かべている、七原は心底ぞっとした。


「女ってさあー……虐める以外使い道ないよなあ。それも綺麗な女は特に虐め甲斐があるってもんよ」

(だ、駄目だ……こいつ、色仕掛けが通用するような男じゃない)


完全なサディストの目、しかも先ほどのこともあり光子に対しドロドロした殺意を向けている。
「……相馬、棄権しよう」
七原は光子の肩を掴むとさらに言った。

「もういい、もういいんだ!あんな化け物にか弱い女の子が勝てるわけない。な、棄権しよう?」
「何、言ってんのよ」


「俺が出る!」
杉村が名乗りを上げた。
「相馬、おまえは棄権しろ。試合前なら補欠との交替は可能だろ?」
杉村はゆっくりと立ち上がった。途端に傷が痛み、表情が歪む。光子はそれを見逃さなかった。
「怪我人が何かっこつけてるのよ」
光子の言葉は正論だった。しかし怪我人とはいえ女の光子よりも杉村の方がマシかもしれないと誰もが思った。
杉村は拳法の達人だし、あのサディストの嗜虐心を煽る素材でもない。
光子よりは勝負になるかもしれない。だが、光子は声高らかに言い放つ。
「怪我人は黙って見てたら?どこの馬鹿が勝てる勝負投げ出すってのよ」
光子は自信満々だ。それは虚勢などではない、達は不思議でならなかった。




(勝負あったな。あの女に100%勝ち目は無い)
晶は静かに試合の行方を見守っていた。
(毛利は最悪の性癖の持ち主だ。あの女を出せば、ただ殺されるだけでは済まない。
虫けらのようにいたぶられて、原型の残らない死体にされるぞ)














毛利雪永は、かつて陸軍による反政府組織一掃作戦で、その悪名を轟かせたことがある。
反乱が起きたのは東北地方にある、ある小さなスラム街だった。
国から見捨てられた流民が多く住み着き、衛生も治安も最悪。
まさに汚物の溜り場、そのような場所には反政府組織が隠れ住むことも良くある。
政府は陸軍を出撃させ、そのスラム街を一掃することにした。
住民を追い出し廃墟を破壊し更地にしようというのだ。
当然のことながらスラム街の住民達は当然のように反発した。
その怒りに目をつけたのが、ある小さな反政府組織だった。住民をけしかけて武装蜂起したのだ。
世間から落ちこぼれた民間人とはいえ数に頼れば、それは大きなうねりとなる。
しかし逆にいえば頭を失えば、連中はただの烏合の衆に戻る。
そこで陸軍は少数精鋭の部隊にスラム街への侵入を命じた。


その部隊の中に毛利がいた。彼らは敵の警備の目をかいくぐり組織の中心部に徐々に近付いていった。
そこまでは計画通りだった。だが、後少しという所で、とんでもない誤算が起きた。
スラム街に住み着いていたホームレスの中に、毛利の昔の知人がいたのだ。
中学時代の同級生で、父親がリストラされた上にサラ金に手を出し一家夜逃げの憂き目にあった人間だった。
毛利は彼のことはほとんど覚えていなかったが、彼は毛利を覚えていた。
一度でも出会えば忘れられない不気味なインパクトが毛利にはあったからだ。




「お、おまえ、確か軍系列の高校に進学するって言ってたよな……何で、こんなところにいるんだ?」
男がたどたどしい口調で質問した途端、周囲の人間の目が険しく変化した。
いっせいに毛利たちに敵意と殺意の篭った視線が集中する。
「お、おまえ達……も、もしかして俺達を追い出そうとしている……ぐ、軍の……?」
もはや完全にばれた。大勢の人間に囲まれ逃げ場もない。
さすがの毛利も、もはやこれまでと思いきや、毛利は恐れおののくどころか高笑いをしだしたのだ。
「や、やっぱり、おまえ軍の人間なのか?お、おい、そうなのか?」
毛利は笑いながら持参していた釣竿袋に手を突っ込んだ。

「いちいち、うるさい――」

勿論、袋には釣竿なんか入ってない。キラリと光りながら姿を現したモノ、それは日本刀だった。

「――つうの!」
「ぎゃぁぁ!!」


最初に血祭りにあげられたのは元同級生だった。
「あーははははっ!こうなったら、もう遠慮はしねえぜ、さあかかってきなっ!」
毛利は狂気に満ちた高笑いを上げながら、電光石火の速さで次々と死体の山を築き上げた。
住民達は一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「あ、ちょっと!待ちな、逃げるなよ。あははは!!」
その中には反乱に参加してない女や子供もいた。だが例外なく毛利は刀の錆にしつくしたのだ。
全員、体のどこかを切断されているという無残なものだった。
これには同じ部隊の仲間達ですら眉をひそめた。


「おい、何も非戦闘員の女子供まで手にかけることないだろ!」
「何だって?」
「俺達の敵はあくまで反乱者であって、戦闘行為をしてない民間人を殺すのは違法行為だ!」
「……ふーん、あっそ。って、やかましい!」
毛利は自分を非難した仲間にまで刀を振り上げた。廃墟の壁に血が飛び散った。
「お、おい何をするんだ!」
「何って、こいつ俺を違法行為したとかぬかしたんだぜ。おかしくない?
はっきり言って、こんな野郎、もういらない……つうか、どっちかと言うと邪魔ってやつかあ?
上に変な告げ口されて軍法会議にかけられちゃたまんねえからなあ。
お、まだ生きてるよ。結構しぶといじゃねえの。さっさと死ねよ、ほら死ね!」
毛利は「しーね、しーね」と、彼の耳元で呪文のように繰り返したのだ。














(あの事件は下水道に住む溝鼠でも反吐を吐きそうなものだった)
毛利の行いは結局ばれたが、殺されたのが納税もしていない人間だったので、大したお咎めもなかった。
しかし陸軍にとっては封印すべき恥ずべき行為である。
誰も、この呪われた男を部下にしようという士官はいなかった。
唯一の例外が海老原だったというわけだ。

(女を殺したくなかったら棄権するしか道はない)




「さあ早く闘場にあがりなさい。大将戦を開始する」
審判が光子に促す。毛利はすでに舌なめずりして光子を待ち構えていた。
「ふふふ、まずは、その綺麗なお顔からやっちゃおうかな?」
光子はちらっと時計を見た。
「後、二分だけ待ってくれるかしら?」
「何を言っているんだ。五分以内に闘場に上がらない場合は不戦敗になるぞ」
「大丈夫よ。見てなさい、その化粧オバケを退治してあげるから」
達は光子の意図がわからず、ただ成り行きを見守るしかなかった。
杉村は健気にも上着を脱ぎ自分が戦うつもりでいる。やがて無情にも二分が経過した。
「さっさと上がりなさい」
光子はにっこりと笑みを浮かべた。


「補欠と交替するわ」


誰もが表情を強張らせた。あれだけ大言を吐いておいて、結局は怪我人の杉村に任せるというのか?
「よろしい、では補欠はさっさと上がりなさい」
杉村が悲壮な決意で立ち上がった瞬間だった。空の彼方から轟音が近付いてくる。
「な、何だ?」
ヘリコプターだ。しかも、この試合会場に降下している。
着陸と同時にドアが開き男が登場。機体から飛び降りるとサングラスをとった。
その、あまりの美貌に会場中の女性観客がいっせいに騒々しくなった。


「きゃー、誰よ、あのハンサム!」
「何て麗しいの、まるで佐伯様や薫様みたーい!!」
ミーハーな女達とは裏腹に、男の観客からは一斉にブーイングが起きている。
特に夏生の罵詈雑言は凄まじいものだった。




「だ、誰だよ、あいつ?」
だが、その美男子の登場に一番呆気にとられているのは、達に違いない。
彼は真っ直ぐ此方に近付いてくる。やはり見覚えがない、一体誰なのか?」


「遅かったじゃない」


達は全員そろって光子に視線を移した。
「これでも最高速度で来てやったんだ。文句は後にしろ」
「そうね。あの下劣豚の目を盗んで来てくれたんだもの、感謝するわ」
「で、どいつだ?」
光子は闘場の中央でふんぞり返っている毛利を指差した。




「そうか――あれを這いつくばらせればいいんだな?」
「ええ。お願いね箕輪君」




【B組:残り45人】




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