じだんだ踏んで悔しがる那智の頭を美緒は盛大に引っ叩いた。
「ああ、うるさい!納得できないのはあたしも同じよ、わめくんじゃないわよ!」
「……ちぇっ」
那智は大人しく黙ったが決して反省したわけでも理解したわけでもない。
単純に美緒の癇癪やヒステリーに付き合うのは泣きっ面に蜂だと悟ったに過ぎない。
「連闘は厳しいだろう。30分休憩の後に大将戦を行う」
審判の提案に桐山は「俺は今すぐでもかまわない」と発言した。ふらっとよろめきながら。
川田が慌てて桐山を闘場から降ろした。
「おまえは!」
「何かな?」
「……頼むから大人しく休んでくれ。
おまえさんは自分の体を酷使してもかまわないと思っているらしいが、それは間違っている。
体力が無尽蔵な人間なんていない。おまえも生身の人間なんだ少しくらい自分を労われ」
桐山は不思議そうに川田を見詰めた。
「おまえは強い。だが最強だからって無敵とは限らない。俺からみりゃあおまえはまだ人生経験未熟なガキだ。
謙虚になって年長者のいうことを少しはきけ。それは甘受ではなく成長なんだぞ」
桐山は尚も不思議そうな顔をしている。
「その方が鈴原も喜ぶぞ」
「鈴原が」
「ああ、そうだ」
桐山は少し考えた。そして出した結論は「わかった」だった。
鎮魂歌―79―
「ついに大将戦かよ。勝負はわからなくなったな」
優勝候補最有力の科学省チームの人間が一般人相手に三連敗した。
しかも内二人は次代の特撰兵士有力候補であるにもかかわらずだ。
「おい涼!」
海老原は調子のいい口調で嫌味ったらしい言葉を薬師丸に浴びせた。
「てめえの子飼いのクソガキもてめえの女も負けた。てめえには指導者としての能力がないらしいな」
薬師丸を悪し様にいえる機会など滅多にない海老原はのりのりだった。
「もしかしててめえの指導のせいで弱くなったんじゃねえのか?かわいそうになあ」
「……竜也」
「何だ?」
「耳障りだから少し黙っていてくれないか?」
「な、何だと!」
全く表情を崩さない薬師丸に返って海老原のほうが頭にきてカッとなった。
「ふん、そのすましたあ面がいつまで続くか見物だな!」
海老原は一方的に悪口を並べ立てた。薬師丸は完全に無視している。
「悔しくて言葉も忘れたのか涼!いい気味だぜ、てめえの部下は負けるんだ。一般人のガキになあ!!」
「な、なあ竜也」
「何だ敦?」
「未熟なガキとはいえ特撰兵士候補が二人も負けたんだ。あいつ、もしかして特撰兵士クラスなんじゃないのか?」
「そんなわけねえだろ。寝言ほざいてんじゃねえ」
海老原は佐々木の意見を一蹴したが佐々木は尚も続けた。
「そりゃそうだろうけど、でも近い実力持ってるってのは間違いねえだろ。もしも、もしもだぞ……」
「もし、何だ。うじうじしてねえではっきり言え!」
「あいつが緒方まで倒しちまったら……」
満夫の敗北は必然的に薬師丸の失態に繋がる。
「最高じゃねえか。涼のほえ面おげんでやるぜ!」
海老原は即答したが、その単純な考えに佐々木は恐る恐る忠告した。
「こんな事いうのは余計なことかもしれねえけど……でも緒方が負けたら本物だろ?と、いうことは……」
佐々木の伝えたい事がわからず海老原はいらいらした。
「何が言いてえんだ!」
「……次にあいつとあたるのは陸軍チームってことで」
そこでやっと海老原はハッとした。
「俺達の部下や堂本さんが負けたら竜也の立場なくなるんじゃねえのか?」
科学省チームは次代の特撰兵士候補ゆえ負けても恥ではない。
しかし一般人に負けるのは恥どころの騒ぎではなくなる。
陸軍チームには科学省チームのように次期特撰候補生などいない。
もし桐山が陸軍チームと相対するようなことがあれば、結果は日を見るより明らかだった。
「それを早く言え、この馬鹿野郎!」
海老原の鉄拳が佐々木の頭に振り下ろされたが、問題の解決にはならない。
「……あ、あのガキが勝ちあがったら」
海老原はやっと桐山の脅威に気づき全身をわなわなと震わせた。
「では両者前へ」
桐山と満夫は闘場に駆け上がった。満夫は30分間ずっと寝ていた為、欠伸をしている。
「はじめ!」
審判が開始を宣言。しかし両者とも動かない。
「川田、あいつ動かないぞ」
「落ち着け。おそらく様子見だろう。下手に動くより桐山の出方を伺っているんだ」
満夫は立ったまま静かに瞼を閉じた。
「……?あいつどうしたんだ?」
「今さら精神統一してるんじゃないのか?」
良樹と三村が感じた疑問を審判も同様に抱いたらしい。
そっと満夫に近付き、「どうした?」と声をかけた。しかし反応はない。
不思議に思った審判がさらに満夫との距離を取る。そして意外な事実を知り愕然とその場に尻餅をついた。
「……ね、寝てる~?!」
「満夫、まだ寝足りなかったみたいだぜ」
「寝る子は育つっていうもんな~」
外野では那智と定道が納得したように雑談し、その背後では美緒はカッとなり結衣はおろおろしていた。
「き、君!真面目にやりなさい!!」
審判は困惑しながら叫んだが満夫は起きる気配はない。すやすやと吐息さえ立てていた。
「どいてもらおうか」
静かな声が審判の耳に届いた。いつの間にか一瞬で満夫の傍に移動していた桐山だった。
邪魔な審判を蹴り飛ばし満夫の心臓目掛け、そのまま回し蹴り。
だが桐山の脚は宙を空振りしていた。目標の満夫が、その場から姿を消したからだ。
「ふわぁ……何だよ、うるさいなあ」
満夫は桐山の背後に立っていた。瞬間移動ではないかと疑いたくなるような一瞬の出来事だ。
「俺を起こしたいなら俺を本気にさせて……あれ?」
突然、満夫はガクッと片膝を床についた。ぽたっと赤い点が足元に発生している。
「あれれ?」
顔に手を伸ばすと鼻血が出ていた。
「……あれ?」
完璧に避けたつもりでいた上に痛みもないのだ。
満夫はまだ自分が攻撃をかわしきれなかったことが信じられない。
しかし桐山にとっては、そんなこと問題ではない。
「おまえを倒す」
満夫が鼻にハンカチを宛がう時間も与えず、さらに攻撃をしかけてきた。
紙一重で器用に桐山の攻撃をかわしていた満夫。
だが、寝ぼけ眼だった表情は徐々に余裕のない緊張感溢れるものに変化してゆく。
「あれあれ?!」
「これで終わりだ」
桐山の強烈な鉄拳が満夫のボディに完璧に喰い込んだ。
「やった!」
良樹が熱っぽい声を上げると同時に満夫の体は宙高く舞っていた。
「冬也の野郎~、よくも弟の俺を一ヶ月も地下房に閉じ込めてくれたな」
冬樹はスポーツカーを最高速度で乱暴運転しながら林の中を突き進んでいた。
「あの馬鹿兄に制裁加えてやる!でもって美恵と貴子は俺との再会に感泣だぜ、待ってろよ!!」
調子に乗っている冬樹の目に影が飛び出したのが見えた。慌ててブレーキを踏む。
「気のせいか?」
確かに何か飛び出してきた。しかし気配はない。
「……いや、いる。間違いなく何かいるぜ」
気配はないが血の臭いがする。つまり、その何かは気配を消せるということだ。
冬樹はゆっくりと車外に出た。どんな化け物が相手だろうが天才の自分が倒される事はない。
「出て来い」
辺りはシーンと静まり返っている。それが返って不気味だった。
「……おい、いい加減にしろよ。俺を誰だと思ってる、こっちから攻撃してやってもいいんだぜ」
冬樹は行動範囲を広げた。自然と車との距離が開く。
それを待っていたかのようにエンジン始動の音が盛大に聞えた。
「何だと!?」
慌てて振り返ると愛車が急発進している。運転席にはチラッとだが確かに金髪フラッパーパーマが見えた。
木々をなぎ倒しながら冬樹の愛車は加速した。
「ふざけるな。俺の車が廃車になるじゃねえか!!」
冬樹は大声を張り上げたが停車する気配はまるでない。
「誰が乗り逃げなんか許すか!」
冬樹はボンネットに飛び乗った。にもかかわらず車はさらにスピードを上げた。
「おまえが動かなくなるまで攻撃をやめない」
満夫を場外に飛ばしたにもかかわらず桐山は攻撃の手を休めない。
自ら満夫を追って場外に飛び出した。そして満夫の落下地点に到達すると構えた。
「……お、おいおい、まさか」
桐山の一片の情けもない容赦ない戦い方に、味方の良樹達の方が青くなっている。
「死ぬかもしれないが理解してくれるかな?」
桐山の両手にはそれぞれ鋭利なナイフが数本ずつセットされている。
「あー、俺のナイフ!」
那智が非難がましい声を上げた。だが桐山はお構い無しにナイフを投げた。
ナイフは一本残らず満夫の背中に命中した。
「あいつ、やりやがった。ついに人を殺しやがった!」
三村が叫んだ。その響きには絶望感すらある、まともな人間なら当然の反応だろう。
「まだだ!見ろ……あれを!」
良樹が満夫を指差した。
いや満夫ではない、空中でナイフが突き刺さり剣山状態になっているのは満夫の上着だけ。
「すっげー!おまえ、やるな。那智や定道倒しただけある!」
桐山の背後に満夫は着地した。桐山は振り向きもせずナイフを投げたが、満夫は紙一重で避ける。
審判はその間にもテンカウントを忠実に実行していた。
二人はとりあえず戦闘を止め、お互い闘場に戻ることを優先させた。
「本当におまえすごいよ。俺すっげーわくわくしてきた」
満夫は目をキラキラと輝かせていた。まるでテーマパークで遊興に楽しんでいる子供のような純粋な目だ。
もう眠気は全くない。桐山は寝ていた子を完全に起こしてしまったようだ。
「倒されてくれないのかな?」
「おまえだってそんなつもりないんだろ?お互い様じゃん」
桐山は少し考えて「それもそうだな」と同意した。
「じゃあ余計な事は言わずに戦闘に集中しようよ」
「いいだろう」
桐山が構えると同時に今度は満夫が仕掛けてきた。
腕が桐山の喉元に伸びている。桐山はすっと状態を反らし満夫の攻撃をかわす。
そしてお返しとばかりに満夫の襟首と掴んだ。すると間髪要れずに満夫が桐山の手首を握った。
「取ったよ♪」
満夫は満面の笑みを浮かべた。それは満夫にとって必勝のパターンだったからだ。
桐山の手首を一気に捻る、途端に桐山は不自然なバランスの崩し方をした。
「やった!あのガキは合気道の達人よ、組み合って勝てる奴なんかいないわ!!」
美緒が思わず立ち上がっていた。
「計算済みだ」
「え?」
科学省チーム全員がぎょっとして目を見開いた。
いつもなら敵は転倒して体勢を崩し、そのまま満夫の攻撃を盛大に受け起き上がることさえ出来ず撃沈する。
だが何とくるっと回転までさせられ転倒したのは桐山ではなく満夫の方だったのだ。
すかさず桐山は満夫を押さえにかかろうとする。
しかし、そこは道夫も百戦錬磨、ぱっと一瞬早く立ち上がり桐山から距離を取った。
「惜しかったな」
「ああ、あのまま押さえ込めば後はテンカウントだったのに」
三村と良樹は単純に残念がっているが事態はずっと深刻だった。
(……俺の合気道を返した?)
満夫は合気道の腕に絶対の自信を持っている。天性のバランス感覚や手首の柔らかさにも。
その満夫が仕掛けた技をそっくりそのまま返され自分が床に叩きつけられたのだ。
(……この動き、どこかで見たような……どこだっけ?)
満夫は勘のいい方ではない。
しかし肉体に刻まれた野生の勘が、フル回転して満夫の記憶を刺激し出した。
「あのさ……」
「何かな?」
「おまえ、どこかで会った事ない?」
「……やばいぞ」
夏生は愕然として立ち上がった。そんな夏生を美恵と貴子は不思議そうに見詰めている。
夏生に満夫の声が聞えるわけがない。
はるかに距離が近い良樹達ですら聞き取れなかった音量なのだ。
しかし夏生は耳ではなく目で満夫の言葉がわかったのだ。満夫の唇の動きで。
「夏生さん、どうしたんですか?」
夏生の様子に只ならぬ物を感じた美恵は不安そうに尋ねた。
「どうやら彼と桐山君は以前会った事あるみたいだね」
夏生の代わりに答えたのは春海だった。
「……まずい、まずいぞ」
「落ち着いて夏生、まだばれたわけじゃないんだろう?」
「けど春兄……」
勝負は早めにつけなくてはいけない。満夫が桐山の正体に気づく前に。
(けど緒方満夫相手にそれができるのか?)
「夏生落ち着いて。夏生が神経質になったって仕方ないだろう?」
春海はにっこり微笑んだ。
「もし負けたら、それはそれでいいじゃないか。その時は違う方法で改めて手助けしてやれば済む事だよ」
「…………」
夏生は何か言いたげだったが諦めて着座した。
(桐山、おまえ無しじゃ一回戦も突破できたかどうかわからない。けど、おまえは危険すぎる存在だ)
「じゃあ、おまえは水島を殺そうとしたのか。仲間じゃないのか?」
「……あいつは俺と俺の女を引き離した」
冬樹と雅信は向かい合って談合していた。やや離れた場所には電信柱に衝突し鉄の塊と化したスポーツカー。
冬樹が所持していた美恵の写真を熱い視線で見詰め、時折頬ずりをする雅信。
(……こいつ変態か。美恵も厄介なストーカーに目をつけられたものだぜ)
美恵を第二夫人にと心に決めている冬樹にとって雅信は憎むべき恋敵。
しかし今は雅信以上に邪魔な存在が多すぎる。美恵と貴子を奪い返す為にも利用できる強力な駒が欲しかった。
「その女の居所を知っているぞ」
「本当か?」
雅信の目つきが変わった。
「ああ、おまえは水島克巳を追っているんだろう?偶然、彼女は同じ場所にいる」
「俺の女を抱いているのか!?」
(すごい短絡思考、馬鹿の単純で片付く性格だぜ)
冬樹は半分呆れたが、もう半分は笑い出したいくらいだった。なぜなら駒になる人間に頭脳は不要だからだ。
馬鹿だからこそ簡単に騙し利用できるというものなのだ。
「俺も女を水島に攫われたんだ」
冬樹は早速作り話をでっち上げた。
水島を共通の敵とすれば雅信はある程度自分を信用するだろうと考えた冬樹の読みは当たった。
雅信は冬樹の話に食いついてきたのだ。
「彼女を取り戻そうにも、あいつの周りには大勢の兵士がいるだろう?」
「そんな雑魚は蹴散らしてやればいい」
「まあ話を聞け。もちろん、そうしてやるが問題は特撰兵士の存在だ。おまえのお仲間は強い、俺よりは劣るけどな」
冬樹はさりげなく自分が最強だということを付け加えるのを忘れなかった。
「しかし、いくら自他共に認める最強の天才・冬樹様といえど多勢に無勢なのは少々きつい。
そこでおまえの力を借りたい。おまえだって水島をぶっ殺して愛する女を取り戻しただろ?
ここはお互いの利益のために一時的に手を組もうじゃないか。
水島を殺したら、さっさと同盟破棄して自由に動けばいい」
「…………」
「もっと暴れたいならそれもよし。女を取り戻して逃げるのも自由だ」
雅信はじっと冬樹を見ていた。
胡散臭そうな目をしているものの、女に狂っている雅信にとってこの際冬樹の正体はどうでもいい。
「……いいだろう」
「そうと決まれば乾杯だ。ほら」
冬樹は雅信にドリンクを手渡した。
「飲めよ。固めの杯みたいなもんだ。体力もつくぜ、赤マムシも入ってる。精力増強剤だ、ぐいっといけ」
雅信は言われた通り一気に飲み干した。
「よーし行こうぜ。水島に俺達の女に手を出したらどうなるか、思い知らせてやろうじゃないか」
冬樹は上機嫌で雅信の背中をぽんぽんと叩いた。雅信はぎろっと冬樹を睨みつけた。
美恵を奪い返す為に仕方なく手を組んだだけで、決して心を許したわけではないのだ
(本当に馬鹿だぜ、こいつ)
冬樹は心の中でほくそ笑んだ。
(誰がてめえみたいな迷惑男に俺の美恵を渡すかっての。おまえは俺の存在を隠す為の囮なんだよ。
おまえが会場で大暴れしている最中に俺は美恵や貴子と感動の再会を遂げ、そのままとんずらするってシナリオだ)
冬樹はすでに愛する恋人達を抱きしめる未来を妄想し胸をときめかせていた。
(さらにいえば、さっきてめえが飲んだのは強力な興奮剤だ。
二時間後に効き目が表れおまえは自己さえ保てないほど凶暴化し最後は記憶を忘れるほど意識を失う。
その間に俺はおまえの分まで美恵を愛してやるから感謝しろよ)
「何だか覚えがあるんだよね、おまえの動き……どこでだっけ?」
満夫は首をかしげている。
「俺とおまえは今闘っている、それが全てだ」
桐山は満夫が思い出すのを阻止するかのように猛スピードで攻撃を繰り返した。
満夫は驚いた。戦いなれしている彼ですら、こんな見事な動きを見るのは希だったのだ。
メンバーズの中で現特撰兵士の薬師丸を除けば最強かもしれない満夫でさえ避けるのに余裕など持てない。
スピードも運動量も間違いなく特撰クラスだと満夫は感じた。
そんな凄い戦闘力を持った人間なら一度闘えば忘れるわけがない。
(あ、そうか!きっと変装してるんだ!)
満夫が出した結論は、そのまま桐山の正体を辿る糸口になった。
必死に避けながら満夫はさらに過去を探った。
(変装しているのなら、以前俺と出会ったのは違う外見だ。だから動きだけで特定すればいい)
満夫は一見ただの単純で陽気なだけの子供に見えるが、戦闘に関してはそうではない。
もう少しで思い出せそうだった。
それが出来ないのは桐山の猛攻が凄まじく頭脳に神経を集中できないからに他ならない。
「邪魔しないでよ、思い出せない!」
満夫はまるでアクロバットのように大きくジャンプ、そのままくるくると二回転して着地、桐山との距離を取った。
だが桐山は満夫を越えるスピードで一瞬で、その距離を縮め足に蹴りを入れてきた。
満夫はバランスを崩すも床に手をつき、ブリッジの体勢から起き上がり何とか持ちこたえる。
しかし、すかさず桐山が強烈な拳を突き出してきた。
満夫は掌で受け止める。すると桐山はもう片方の手で再度殴ろうとしてきた。
今度は上体を横に曲げて攻撃を回避したが、肩をつかまれそのまま床におしつけられる。
「何も言うな」
桐山は満夫の耳元で囁いた。
「何も考えるな、思い出すな、余計なことをするな。それとも息の根を止めて欲しいのかな?」
「嫌だよ」
満夫は桐山の腹部目掛けて両脚を突き出した。桐山はぱっと満夫から距離を取る。
「……ふーん、おまえってさ、わけありなんだね。わかったよ、今は戦いに集中するよ」
「いいだろう。さあ続けようか、勝つのは俺だ」
満夫は楽しそうにニッと笑みを浮かべるととんぼをきっていた。
闘場の中央プールを飛び越え着地、間髪要れずに水面を蹴った。
水が飛び散り太陽に反射してキラキラと眩しく光る。桐山は一瞬目を細めた。
その瞬間、光の粒の中から満夫が飛び出してきた。胸部に強烈なタックルをされ、桐山はよろめいた。
肺に衝撃を受けたせいか少し呼吸困難になった。
さらに満夫は桐山の襟首を掴むと、すっと姿勢を低くして桐山の足をすくった。
バランスを崩した桐山は簡単に投げ飛ばされる。
宙を大きく舞う桐山、満夫はふところから素早くチェーンを取り出して投げた。
それも一つではない、合計四つだ。
桐山の左腕、両脚に絡みつく。だが右腕に絡みつくはずだった最後のチェーンは桐山が受け止めた。
「おまえ、ずっと錘つけていただろう?」
満夫が今がチャンスとばかり牙を向いた。
「そのチェーンもっと重いよ」
満夫が説明するまでもなかった。鎖は桐山の体に負担を強いている。
(重い!)
満夫の蹴りが桐山の脇腹に入った。痛みが走ったのか桐山は僅かに表情を歪ませた。
「桐山、どうしたんだ!?」
良樹から見ても桐山の動きが急に鈍化したのは明らかだった。
桐山自身が一番痛烈にわかっている。
唯一自由がきく右手でチェーンを振りほどこうと試みるが、満夫の攻撃を避けながらなど不可能。
その上、桐山の体力は見るからに落ちている。それもチェーンのせいだろう。
満夫の攻撃は徐々にだが確実にヒットしだした。急所だけは死守しているものの、このままでは時間の問題だ。
桐山はそれでもむなしいほど大きく手足を振り回して必死に応戦する。
もちろん、そんな攻撃が満夫に通用するはずがない。満夫の動きに余裕がでてきている。
(まるで攻撃して下さいといわんばかりだな。このままでは敗北は必至だぜ、どうする坊や?)
冬也はほぼ勝敗が決まりつつあるこの試合に飽きもせず見入っていた。
なぜかわからないが興味がそがれない。桐山はそれだけの人材なのだ。
(見れば見るほど高尾に似てる。あの目も可愛げの欠片もない性格も。
違うのは能力のレベルだ。高尾の足元にも及ばない)
「そろそろ終わりにしようか?」
満夫は一気に決めようと腕を伸ばした。その途端激痛が腕に走った。
桐山の手足を封じたはずのチェーンが外れかかっている。桐山はそれで満夫の腕を殴り倒した。
桐山は無闇に手足を振り回していたわけではなかったのだ。
「あーあ、はずれるの時間の問題かな。じゃあ俺も全力以上の力出し切るよ」
満夫も覚悟を決めた。
勝つか負けるか、桐山がフルパワーを出すのが先か、満夫がフルパワーを出し切るのが先か。
二人はお互い構え、じっと視線を相手に向けた。
「ねえねえ、どうなるんだろう?賭けのオッズだと断然緒方有利だけど、わかんなくなってえきたよ」
「どうしよう?だって、これ凄いことよ。
もしも、もしもよ?あっちの人が勝ったら、ええと賭け金と倍率をかけて……きゃあ!」
頭の中で出した計算の答えにひっくり返る少女。周囲の観客達が「うるさい」と口々に苦情を洩らす。
だが、そんな声など届かない。それほど凄まじい金額が少女の脳裏に強烈に焼き付いていたのだ。
「う、う~ん……ゼ、ゼロいっぱい、ゼロが……ど、どうしよう同人誌山ほど買えちゃう~」
「え、山ほど?」
持参した計算機で出た金額を見て、男も「はぁ!」と心臓押さえてひっくり返った。
「あははは、二人には刺激強すぎたみたいだね」
あまりのショックで硬直している二人とは裏腹に冷静にオッズと賭け金を計算している少年がいた。
二人の連れだ。いや、どちらかといえば二人が彼の連れといった方が正しいだろう。
「あっちの男に賭けてるのは俺一人だよ。だから勝ってもらわなきゃ困るんだよね」
「か、買える、買えるよ……ヌード写真集が山ほど……か、かえ……」
「ど、どうしよう……コミケ貸切できちゃうかも~」
「あはは、本当に馬鹿だね二人とも」
少年はニヤリと笑って二人をこずいた。
「二人は俺の雑用係でついてきただけ。金賭けたのも金出したのも俺、もちろん頂く金は全部俺の物だよ♪」
桐山は一回戦で華々しい活躍をしたとはいえ無名の民間人。
それゆえ満夫を無視して彼に賭けたのは、この強欲そうな少年ただ一人。
「勝ってもらうよ。俺のパーフェクト的中の記録伸ばしてもらうためにもね♪」
【B組:残り45人】
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