「ほらほら、びっくりしている暇なんてないよ」
満夫は眠たそうに目をこすりながら結衣に語った。
「折笠に足りないのは自信だよ。それさえあれば、その程度の相手に負けるわけない。思いっきりやりなよ」
結衣は、まだ信じられないようだ。満夫の励ましの言葉も魔法の呪文にはならない。
それを証明するかのように良樹に簡単につかまった。こうなったら男の方がパワーは上だ。
「何やってんだよー。さっさとふりほどきなよ」
だが良樹は、しっかりと結衣を抱き込んで離さない。
「痛い思いはさせない。しばらくの間、動きをとめさせてもらうだけだ」
結衣はもがいたが、パワー自体はか弱い女の子。良樹の腕を振りほどけない。
「さっさと勝ちなよ。でないと長官がうるさいよ」
その瞬間、結衣の動きが止まった。
鎮魂歌―76―
Bリーグでは二回戦が始まろうとしていた。
一回戦を圧倒的な強さで勝ち上がった謎の一般人チームと陸軍特殊部隊によるの好カードだ。
「いいか、おまえら。俺達はただの兵隊じゃない、陸軍特殊部隊の人間だ!
相手は軍人でも特殊工作員でもない。民間人だ、俺達の敵じゃない。いいな!?」
「はい輪也さん!」
未熟な少年とはいえ、特撰兵士・周藤晶から指導を受けた連中だ。
民間人相手に敗北など決して許されない。晶の前でなら尚更だった。
「怖い連中だ。一回戦の相手と同じに見るのは禁止、わかってるね?」
北斗は仲間に言った。忠告ではなく命令だ。
「俺達よりも彼らの方はどうする?もしも彼の身に危険が迫ったりしたら――」
「生きてさえいてくれればそれでいいさ」
「うわぁ!」
良樹は顔面を押さえて悶絶した。まさか腕の中でもがいていたか弱い少女が突如裏拳してくるとは。
「馬鹿野郎!その女のさっきの戦闘能力忘れたのか!」
三村が傷口を押さえながら立ち上がり怒鳴っていた。
「おまえの言う通りだよ、でも……!」
「でももへったくりもない、さっさと攻撃態勢をとれ!」
良樹は途惑っていた。油断をしていたわけではない、しっかりと動きを封じていたのだ。
それなのに裏拳が飛んで来た。だからこそ良樹は簡単に攻撃をくらったのだ。
「そうそう、それでいいんだよ折笠って、やればできる子じゃん、頑張れよ」
「……やればできる」
「うん、そう。見返してやりなよ長官をさ」
――このひとを倒せば長官を見返してやれる。
「だよなあ、上の連中は俺達のこと道具扱いしてるもんな」
「道具ってよりモルモットじゃないかな」
那智と定道の言う通りだった。科学省にとって作り出したモノである彼らは作品でしかない。
「褒められれば気持ちいいし、我侭もいえるから気分いいけど、それ以上にはならないよな」
「だよなあ」
――ずっと道具やモルモット
「そうだよ。でも道具やモルモットにも感情や意志があること示したら?でないと一生つまらないだろ?」
結衣は自信なさげに満夫を見詰めた。
「ファイト、でないと一生つまんないよ」
「……うん」
結衣はきっと良樹を睨みつけた。今までのおどおどした目では無い。
「まずい雰囲気だな」
夏生はシャッターチャンスを狙いながら呟いた。
「夏生さん、どういう事なの?」
「どうもこうもないの。あの子の動き見ただろ?スピードも身体能力も雨宮とはレベルが違う。
ま、俺から見たらパンツ頂いて胸を散々もまさせてもらってるレベルだけどな」
「余計な事いうんじゃないわよ!」
貴子に頭をひっぱたかれ夏生は思わず前のめりになった。
「と、とにかく、あの子に足りないのは強気だけだった。だから何とか相手になったんだ。
けど、あの子は本気になった。俺でもブラジャー抜き取るのは少々手間取るくらいレベルアップするぞ」
結衣はダッシュした。当然、良樹は構える。
「あの馬鹿、突っ立ってどうする!」
夏生には結衣の次の動きが読めたのだ。
「……なっ?」
一直線に向かってきたはずの結衣の姿が消えた。ほぼ同時に足元に衝撃を感じ良樹は大きくバランスを崩す。
結衣は姿を消したのではない。体を沈め、良樹の膝に蹴りをお見舞いしたのだ。
(しまった!)
一ヶ月前の良樹なら、そのまま地面に真正面から激突していただろう。
だが夏生の特訓の成果が現れた。反射的に手をつき石床を押し返して、その反動でジャンプ。
ところが結衣は、さらに上に飛んでいた。両手を組むと良樹の背中に思いっきり振り下ろす。
今度こそ良樹は床に盛大に激突した。しかし痛みに気をとられている暇は無い。
良樹はすぐさま起き上がろうとした。だが遅かった、結衣が良樹の腕を取って寝技に持ち込んできたのだ。
肩の付け根をがっちりと押さえ込まれ起き上がれない。
(相手は女の子だ、何とかパワーで……ダメだ、動かない!)
強引に動こうとすると肩に激痛が走る。結衣の技は完全に決まっていた。
審判が駆け寄ってきてカウントを取り始めた。良樹は当然慌てた、これはやばい。
「お、おい、ちょっと待ってくれよ!」
などと叫んでも、もちろん審判がやめてくれるわけがない。
(腕を……腕を抜かないと……!)
良樹を痛みを堪え必死に体をよじった。少しずつ体勢が変わってゆく。
(反撃するんだ。でないと……桐山が)
結衣の後ろには三人も控えている。今、ここで一人でも倒しておかなければ桐山の負担は一気に重くなる。
カウントを刻む審判の声が良樹を焦らせた。
(頼む、何とか外れてくれ!)
必死の良樹、だが必死なのは結衣も同じだった。
(勝ってやる!)
誰の命令でもなく良樹は己の意思で強く勝利を求めていた。
(勝って、私を捨てた科学省を、そして私の人生を弄んだ長官を見返してやる!)
「……ぐ」
良樹は苦しそうだった。もう限界だっただろう。
もしも、これが純然たる肉体のみを武器とした格闘大会だったなら良樹は間違いなく負けていた。
しかし、これは殺し合い前提。格闘ではなく戦闘、武器もOK。
相手は女の子ゆえに武器を封印するつもりだった良樹だが、そんなことを言ってられない。
懐からチェーンと取り出し肩越しに投げ、結衣の腕にチェーンが絡みつくのを確認すると一気に引っ張った。
結衣がバランスを崩した隙に良樹は立ち上がった。
そして素早く、もう一本チェーンを取り出すと再び結衣に向かって投げた。
今度は結衣の全身にチェーンは巻きついた。
「あれ、やばいんじゃない?」
那智はトランプを放り投げた。
「あーずるいぞ、おまえジョーカー持ってたくせに」
定道が非難の声を上げる。
動きは封じた。後は押さえ込んで終了だ。それが良樹が描いた勝利のシナリオ。
だが、こともあろうに主演女優が脚本を無視した。結衣は助走をつけると良樹に壮絶なタックルをお見舞いした。
よろける良樹。肩越しにプールを見た直後良樹は水中に没していた。
「ぐほっ」
突然の事に息を止める暇もなかった良樹は水を大量に飲み込んだ。
息苦しさが良樹を焦られた。上へ、とにかく水面へ、考えたのはそれだけだ。
だが必死に手足を動かしているのに上昇できない。
「雨宮!畜生、どうなっているんだ!」
三村の怒号すら良樹の耳には届かない。
(どうなっているんだ!?)
今にも意識が遠のきそうだった。
『馬鹿、何度言ったらわかるんだ』
脳裏に聞こえたのは過去からの言葉。
(マジかよ。もしかして、これが死の間際に走馬灯のように……ってやつなのか?)
過去の声はさらに続いた。
『夏生さん、そんな事いわれてもいきなり水中に引きずり込まれたら誰だって無防備になるだろ』
『口答えするな!おまえらにプロの判断力をつけろってのは無理。たから体に覚えさせるしかない。
水に触れたら反射的に息を止めろ!水面に出ることは後回しだ。
敵をやらなきゃどんなにもがいても水から出れないと思え!』
(……敵)
良樹はようやく気付いた。なぜ水中から脱出できないのか。
水面を見つめていた視線を真下に向けると答が見えた。
(彼女だ!)
結衣だ。鎖で動きを封じられているはずだと思ったのは間違いだった。
鎖を良樹の脚に絡め水底に引きずり込んでいる。
(くそ!)
夏生の言う通りだ。敵を倒さなければ水地獄から抜け出せない。
良樹は決意を固めると今までと逆の行動をとった。結衣目掛けて潜ったのだ。
今度は結衣が驚いた、良樹はただちに結衣を捕獲した。こうなったら我慢比べだ。
肺活量には自信がある。水中では腕力もスピードも関係ない、後は気力と根性の問題だ。
「お、おい……大丈夫かよ?」
いつまでたっても姿を現さない良樹。親友の安否は三村の不安を大いに煽った。
「川田、棄権させよう。いくらなんでも長すぎる、溺れてるかもしれない」
良樹の安全を優先するならば三村の判断は正しかった。
だが勝利を優先するならば性急だったといえよう。その点、川田は冷静だった。
「まだだ三村、相手の女も出てこない。雨宮が負けているとは限らない」
「そんな悠長なこといって、あいつの身に何かあったらどうするんだ!」
「その時は俺が残り全て勝ち抜けばいいだけだ」
桐山は無機質な口調で淡々といってのけた。
「桐山!俺が心配しているのは勝ち星じゃなく、あいつの命なんだ!」
「そうか。それは考えていなかったな」
結衣がぐったりしてきたのを、良樹の腕は敏感に悟った。
(この子の方が早くまいってくれたみたいだ)
良樹は結衣を抱えたまま急浮上した。水面を盛り上げながら顔を出した。
空気のありがたさに大きく呼吸。三村の声が聞えたような気がした。
とにかく上がろうとすると意識を失っていたかと思われた結衣が突然暴れ出し、安心しきっていた良樹は驚愕した。
「その女をさっさと離して上がれ雨宮!」
三村が叫んでいる。しかし、ありがたい忠告は遅すぎた。
結衣は良樹の腕を取ると再び水中に潜ろうと試みた。当然、良樹は逆らうが思うように動作できない。
「やめろ、こんな事をしていたら君も死ぬぞ!」
思わず本音を叫んでいた。だが結衣は聞く耳を持たない様子で尚も攻撃を仕掛けてくる。
「まず上がるんだ、戦うのはその後でいいだろう!」
しかし良樹の意見を結いは受け入れない。
(どうして?この子は他の戦闘馬鹿とは違う。強いけど普通の女の子じゃないか!)
名誉とか虚栄心とか任務とか、そんなものとは縁の無いタイプだ。
むしろ戦闘に対して恐怖と嫌悪すら持っている内向的な女の子だと、良樹は気づいていた。
そんな娘がどうしてここまで必死になるのだ。自分の身まで危険にさらしてまで。
「なぜだ、君は死にたいのか!」
――死にたい?
結衣は自殺願望などない。だが生きているのは辛いと思ったくらいの経験はある。
「どうして君みたいにな女の子がこんな血生臭いものに出場するんだ!」
良樹の言葉が氷のナイフのように良樹の胸に突き刺さった。
――どうして?
それは結衣こそが知りたい疑問だった。自分は望んでここにいるわけじゃない。
――どうして、どうして、どうして!?
科学省で造られた人間としての結衣のスタートは他の兵士と同じはずだった。
同じ様に誰もが顔も知らない両親の間に誕生して、赤の他人の腹を借りて、この世に誕生した。
それぞれ担当の博士の元で英才教育を受ける。大抵は数人ずつの子供のグループの中で成長する。
だが結衣は違った。一人の担当博士、一人の副担当、一人の教育係、一人の指導官、そして一人の後見人。
本来複数の子供に対して付く数人の『育ての親』が、彼女一人についていた。
その為、結衣は兄弟のように共に育つ仲間がいなかった。
そして特別扱いはえこひいきとみなされ妬みも少なくなかった。
そんな居心地の悪い空気の中で結衣は育った。感受性の鋭い内気な少女には良好とはいえない環境。
生来、大人しく人見知りの強い結衣は自然と他人に対して心の壁を築くようになっていった。
結衣の態度は、ますます周囲反感を買ったが、表立って嫌がらせを受けるようなことは無かった。
なぜなら、彼女の後見人は――科学省長官・宇佐美だったからだ。
――どうして私が戦わなければいけないの?
嫌で嫌でたまらなかった。たとえ、それがトレーニング中の模擬だとしても。
――だけど……だけど……。
いつからか、ほんの一時期、結衣は戦うことに苦痛を感じなくなったことがある。
本人の性格には合わないにもかからず、結衣には戦闘の才能があった。
最初は嫌々だった戦闘が周囲の人々の結衣を見る目を変えた。
トレーニングで同年齢の少年少女達を倒すたびに、見くびっていた連中が彼女に賞賛の声を上げるようになった。
――勝てば皆が褒めてくれたわ。
皆が褒めてくれる。笑顔を見せてくれる。
引っ込み思案で他にとり得のない少女は徐々に必要とされる快感に目覚めていった。
――皆が私を必要としてくれる。頑張ってねって声をかけてくれる……皆が、あの長官でさえ。
――私を……私の人生をめちゃくちゃにして捨てた長官を……見返してやる。
ある事件が起きた。二年前だ。
結衣は組織活動を学ぶために、あるグループと行動を共にすることが多くなった。
結衣にとっては、たとえ任務上とはいえ初めて出来た仲間だった。
その仲間が科学省から逃亡を企てた。結衣は逃亡者の名前も知らされぬまま捕獲を命令されたのだ。
『逆らうような殺せ』
それが宇佐美の命令だったが逃亡者達を見て結衣は途惑った。
「……殺せって。相手は彼らじゃない」
結衣には出来なかった。仮にも仲間と呼んだ連中を殺すことなど。
けれども相手はそうではなかった。科学省から逃げ出すためなら健気な少女を殺すことも手段の一つ。
それほど彼らは追い詰められていた。
科学省は下っ端の兵士に情けをかけない、捕獲だけでは済まない、必ず処分されると考えていた。
実際、そうだった。殺すのが今か後か、ただ、それだけの問題だ。
たとえ結衣の命を犠牲にしてでも今逃げ出さなければ自分達に未来は無い。
その崖っぷちにたたされ彼らは悪魔に魂を売り結衣に襲い掛かったのだ。
『何をしている、殺せ、でないとおまえが死ぬぞ!』
カメラのモニターを通して様子を見ていた宇佐美はマイク越しに結衣を怒鳴りつけた。
昨日まで仲間と呼んでいた相手に首を絞められ、結衣の意識は徐々に遠のいていった。
「殺せって……相手は……」
『躊躇するな、奴らはもう科学省の人間じゃない。裏切り者は殺すんだ!』
「……殺せない。だって相手は……射撃の的じゃないのよ、人間じゃない!」
生身の人間を殺すことを結衣は激しく拒絶した。
『殺さなければおまえが死ぬぞ!!』
それは忠告ではなく最後通告だった。それに対する結衣の答えは宇佐美を完全に失望させた。
『……ひとを殺すよりはいい!』
宇佐美はカッとなって立ち上がり、とんでもない言葉を吐いた。
『現時刻を持って折笠結衣を解任する。ただちにアレを出せ』
その後は地獄だった。結衣は見たのだ、銀色の髪と蒼い目をした悪魔を。
悪魔は結衣の仲間を一瞬で皆殺しにした。いや、たった一人だけ虫の息でかろうじて生きていた。
あまりの恐怖に白髪になった、その哀れな少年を引きずりながら悪魔は結衣の前から消えた。
強烈な恐怖だけを焼きつけて。
結衣は、もう何も考えられなくなっていた。
あの時の瀕死の少年が、その後、狂気にとらわれながらも科学省から脱出したことを聞いても何も感じなかった。
しばらくして結衣は科学省から出された。
元々、科学省の体質に耐えられなくなっていた結衣は内心ほっとした。
それなのに再び科学省に連れ戻された。結衣は悟った、科学省で生まれた人間は一生逃げ出せない。
だったら、戦いぬくしかない。
戦いをやめたら死が待っている――あの悪魔に殺された仲間達のように。
「……しまった!」
良樹の肩を足台にして結衣が飛んだ。水中からの脱出成功だ。
慌てて上がろうとした良樹の首に鎖が巻き、直後に激痛と呼吸困難が彼を襲った。
「ま、まずい!」
三村が叫ぶまでもなく今度こそ絶対絶命だった。
足が底に付いてないため、良樹は体のバランスさえ取れない状態なのだ。
「ふりほどけ雨宮!」
(だ、駄目だ……体が、体が……!)
良樹の顔色が青白くなり、そして今度は黒く変色していった。誰がみても危険な状態だ、絶体絶命という奴だった。
「ストップ、そこまでだ!」
審判が叫んだ。結衣の手から鎖がするっと滑り落ち、良樹は咳き込みながらプールから這い上がった。
「勝者、折笠!」
(……どういうことだ?)
良樹のぼやけた視界の中で黄色いものが見えた。意識がはっきりしていくにつれ、それがタオルだと認識できた。
驚いて振り返ると川田と三村も呆然としている、投げたのは彼らではない。
「あれ以上は時間の無駄だった、俺は早く終わらせたい。だから投げた」
りんとした冷たい声が良樹の耳にこだました。
「……桐山」
「さっさとどいてくれないかな?後は俺がやらせてもらう」
「勝負あり。、大将戦だ、両者前に」
Bリーグでは両者一歩も引けをとらない文字通り接戦が繰り広げられていた。
二勝二敗で勝負は大将戦に持ち込まれたのだ。
「あいつら強いですね。でも勝ち星は同じですが内容は間違いなくこっちの方が上ですよ」
やや楽観視している部下を輪也は叱り飛ばした。
「そんなこと兄貴に対する言い訳になるか!おまえら兄貴の怖さ忘れたのか?」
「す、すいません」
(……クソ、こんなことなら俺が大将になるべきだった。
選手の順番をルーレット方式で決める試合なんか承諾するんじゃなかったぜ)
陸軍は先鋒および副将戦で勝利した。どちらも圧勝だ(ちなみに輪也は副将だった)
二敗したが、敗北した次鋒戦と中堅戦は、どちらも接戦で際どい試合だった。
内容だけでいえば、間違いなく陸軍の方が優勢。にもかかわらず輪也は苛立ちを隠せない。
実力未知数の伏兵的存在とはいえ、こんな無様な試合内容など晶は決して認めない。
(畜生、これでもし負けたりしたら兄貴に合わせる顔が無い)
特別席では、晶は薫の手痛い嫌味を聞く羽目になっていた。
「おやおや陸軍特殊部隊少年部ともあろう猛者達が随分と苦戦しているようだね。
晶、本当に君が手塩にかけて育てた連中なのかい?」
「…………」
いつも晶なら手痛い反論をするところが、じっと闘場を見詰めたまま薫の顔も見ようともしない。
(……何だか面白くないね)
晶が言い返さないので薫もそれ以上何も言わなくなった。
(……あいつら)
晶は神妙な面持ちで試合を見ていた。自ら鍛えた連中にはそれなりの自信も持っている。
だが、この試合は妙な展開としか言いようが無かった。
(次鋒戦と中堅戦は問題ない。問題は先鋒戦と輪也の試合だ、呆気なさ過ぎる。
一回戦で空軍の落下傘部隊相手に圧勝した奴等だぞ。
輪也達の力量が上というよりも……敢えて負けたように見える)
もう一つ晶には気になることがあった。ルーレット方式で決められる選手の順番だ。
(……遠目だから確信はもてないが、多分イカサマだ)
一回戦の試合だけで晶は相手チームの選手の戦闘力の順位がほぼわかった。
その彼らの№1や2と思われる強者が、見事に輪也やそれに次ぐ実力者を避けていたのだ。
(輪也相手に無理はせず、劣った相手にトップ選手をぶつけ確実に勝ち星をとろうという作戦か?)
だが晶の推測を結論付けるには、まだわからない事があった。
(イカサマで選手の順番を操作できるなら、なぜ一気に三連勝で試合を終わらせない?
わざと負け試合までして……随分と目立つのが嫌らしいが目的は優勝じゃないのか?)
その後、大将戦では激戦の末、陸軍がまさかの二回戦敗退となった。
だが晶には悔しがるより他にやることができた。
(怪しい。あいつら……調べてみる必要があるな)
「雨宮、大丈夫か?」
「……悪い。俺であの子ともう1人くらい倒すつもりだったのに」
「気にするな。後はタオル投げた桐山に責任とってもらえばいいさ」
20分の休憩の後、結衣は再び闘場に上がった。桐山はすでに待機している。
審判が「はじめ!」と叫んだと同時に那智と定道はジャンケンを始めた。
最初に動いたのは桐山だった。結衣は反射的に身構える、桐山が消えた。
(……後ろ?!)
結衣は裏拳を繰り出した。確かに肩越しに桐山の顔が見えた。
だが、それを最後に結衣は意識を失った。
その後、審判がテンカウントをとっていたことも、そして自分が負けたことも結衣は何も知らない。
「やったー!俺の勝ちだー!」
定道がトランプを放り投げ立ち上がった。那智は「ちっ」と舌打ちしている。
どうやら数十回のあいこの結果、桐山の次の相手は定道に決定したらしい。
定道は時代の特撰兵士候補、観客は騒然となりだした。
「どっちが勝つと思う?」
「あのガキに決まってるだろ。二年後には特撰兵士になるような化け物だぞ」
「可哀相になあ、あの男。一般人にしては良くやったけど、もうおしまいだ」
勝手な想像で盛り上がる観客の中、定道を遠くから見詰めている人影があった。
「……そうだ。定道さんに勝てるものか」
それはやる気満々だったにもかかわらず出場させてもらえなかった寿だった。
「……定道さんや那智さんは強いんだ。普通の人間は勝てやしない」
定道と那智は科学省で全く同じ日に生を受けた為か、何かとライバル扱いされて育った。
今でこそ呑気にトランプに興じる仲ではあるが、かつてはとてもそんな関係ではなかった。
「定道さんが先でよかったな、あいつ。那智さんより、まだマシだから、あの人……」
同じ星の元生まれたのに、二人は全く性格が違った。
那智はルール違反ばかりする問題児、定道は我関せずで、これといった揉め事は起こさい。
その代わりに情熱というものとも無縁で、植物のように呑気におっとり育った。
何度も科学省の施設を脱走して外界で夜遊びするのが日課の那智。
その間、定道は大騒ぎする職員の声がうるさいからと天井裏で寝ていたものだ。
『定道さん、上がかなり怒ってますよ。早く那智さん見つけないと』
『慌てなくても、あいつならいつも二時には帰って来るじゃん。遊びつかれたとかいってさ』
『そうでしょうね。でもって、その後、外から苦情が来るじゃないですか。
那智さんが暴走族半殺しにして、ついでに信号機も壊したって』
そんあ会話をしている間に那智はどこからか戻ってくる。
施設の周囲では職員達が走り回っているのに、彼らの目に触れず屋内に入ってくるのだ。
『おかえり那智。聞いたよ、止めようとした美緒さんを刺して逃げたって。美緒さん、泣いてたよ』
『そりゃあそうですよ。そんな目に合わされたら女性なら誰だって泣きますよ』
『感激してたよ。あの子が立派に成長してくれて嬉しいってさ』
寿は眩暈がした。同じ科学省の兵士でも自分とは本質的に違いすぎる。
彼らは遺伝子そのものが異質、自分は凡人、彼らは変人。
そして超人になる可能性は変人の方が高い、と悟ったのだ。
「……定道さんは負けない。あいつ、運が良くて再起不能になるぞ」
審判が手を上げ、勢いよく振り下ろした。
「はじめ!」
「待ってました!」
定道は嬉しそうに桐山に飛び掛っていった。
【B組:残り45人】
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