川田は持っていた煙草を落としてしまったことにすら気づいてない。
桐山の恐れを知らない自信は頼もしいというよりも、恐ろしさすら感じてしまう。
「なぜだ?季秋夏樹と季秋冬也もやったことだ。前例がある」
季秋家が圧倒的な強さを見せ付けた2年まえの大会。それは全勝で幕を下ろしただけが理由ではない。
こともあろうに勝ち抜き戦を提案し、たった一人で相手チームに五連敗という屈辱を与えたからだ。
しかも冬也が五連勝を観客に見せ付けた試合は決勝戦だった。
軍としては完全に体面に泥をぬられたというわけだ。
もっとも、それが仇になって季秋家は総統杯に出場不可という報復措置をとられてしまったが。
「俺がそれを再現して何がいけないのかな?」
「……桐山、おまえって奴は」
川田は頭をおさえた。
(わかっているのか?そんな簡単に事がすすむわけがない……だが、他にどんな手段がある?
桐山なら、あるいはやってくれるんじゃないのか?いや!いくら桐山でも、そんな神技できるものか。
相手は桐山が今まで相手をしてきた不良やヤクザとは違う。超一流のプロフェッショナルなんだ)
鎮魂歌―74―
「……夏生さん、どうしたんだよ。その傷」
「あ、ああ、これは……その猫だ、猫」
夏生が強引な言い訳をしている傍らで貴子が、「ふん」と呆れ返っている。
「しばらく休憩しろと言いたいところだけど、もうすぐ二回戦第一試合が始まるぞ」
夏生がモニターを指差すと、すでに選手は闘場に姿を現していた。
「二回戦はもっと厳しくなる。覚悟しておけ」
夏生は念を押した。もちろん
良樹達も、それは覚悟している。
「わかってるって。一回戦より二回戦の相手が強いのは当たり前だと思ってる」
「その前に、俺が山の中でやった特訓思い出せ」
桐山以外全員が表情を暗くさせた。思い出したくも無い地獄だった。
「……生きて帰ってこれたのが不思議なくらいだ。川で激流に飲み込まれたときは、もう死ぬかと思ったよ」
「その川での特訓が今から生かされるんだ。よく見ておけよ」
夏生の言葉の意味がわからず良樹達はきょとんとしてモニターに視線を送った。
川での特訓は過酷なものだったが、ここは地上。あまり関係ないのではないのか?
ところが、良樹達をあざ笑うかのように闘場の中央の床の一部分が円の形で沈みだした。
「な、何だ?」
何かが見える。水だ、水が注入されている。
あっと言う間に、闘場の真ん中に直径3mほどのプールが作られた。
「夏生さん、何だよ、あれ!」
「見てのとおりだ。水中戦を得意とする選手もいるだろうからっていう主催者のありがたい公平な恩恵だ」
夏生は、この情報を事前に仕入れていた。だからこそ、良樹達に過酷な水中訓練を課していた。
「よく観察して奴らの弱点をしっかり見極めろ。陸軍の連中は水中戦も強いぞ。
陸軍で、この大会に出場するのはサバイバル戦術のプロがほとんどだからな」
二回戦第一試合は、陸軍と空軍の戦いだ。
空軍チームには親友が二人いるとあって攻介の応援にも熱がはいっている。
「おまえら、負けるんじゃねえぞ!!」
元気いっぱいの攻介とは反対に、同じ空軍出身の特撰兵士・多田野は暗い表情で俯いていた。
多田野は、すでに空軍の敗北をほぼ把握していた。
しかも多田野にとって悲痛極まりない事に、彼の妹が出場している。
二回戦が始まる直前、多田野は妹を連れ出して棄権しろと忠告した。
しかし、おてんば娘は兄の忠告を無視したのだ。
『だって水島様が見てるんでしょう?試合で活躍したら、彼の目にとまるかもしれないじゃない』
『馬鹿か、おまえは!克巳はおまえなんかがどうにかできる男じゃない!!
性格極悪!欲望多量!エゴイズム400%!
男の醜いものを集約した人格を美貌と云うまやかしで包み隠している化け物だぞ!』
『何、それ。兄さんが水島様のこと、とやかくいえるっての?このセクハラ魔!』
『……う』
『水島さんくらいカッコいいひとなら、噂の一つや二つあったってしょうがないじゃない。
あんなにモテモテなのに童貞だったら、その方が怖いわよ。
もてる要素全くない冴えない男より、多少浮気してもいい男の方がいいに決まってるじゃない』
多田野は『噂の一つや二だあ?多少なんてレベルじゃない!』と力説したが妹には馬の耳に念仏だった。
(俺の忠告無視しやがって。おまえなんかが克巳みたいな化け物を相手にしてみろ。
メチャクチャにされて終わりだぜ。それ以前に試合中にぶっ殺されっぞ。
でも、俺はもうしらねえからな。俺に逆らった、おまえが悪いんだ)
対戦する連中は陸軍の中でも血の気の多い連中の集団。相手が女でも手加減しないだろう。
さらにいえば多田野には妹の参戦を反対する理由がもう一つあった。
実力派揃いの陸軍チームに唯一こんな危険な大会には不似合いな少年が混じっている。
彼の名は堂本正美(どうもと・まさみ)、はっきりいって戦闘力はあまり期待できない。
だが、彼の背後には陸軍の名門堂本家が控えていた。
彼の祖父は陸軍少将、そして総統ご子息・宣昭は従兄ときている。
つまり堂本は自分の外戚に箔を付けたい宣昭の意向で出場しているのだ。
海老原の腰巾着・佐々木は同じ陸軍の四期生は宣昭に何度も便宜を図ってもらっている。
特に海老原が不始末をしでかした時などは、せっせと賄賂を贈ってかばってもらっていたのだ。
かつて五期生との間で起きた壮絶な私闘の後始末も裏で手を回してもらった。
『海老原達が五期生と私闘をしでかしただと!?』
陸軍にとって不名誉極まりない不始末に宣昭は激怒した。四期生は陸軍士官が特に多かったので尚更だ。
決して表沙汰に出来ない事だが、かといって元凶である海老原達は厳罰を免れないだろう。
陸軍の体面を何よりも重んじる宣昭は事態の隠蔽に躍起になった。
そこに重傷を負って軍病院に収容されたはずの佐々木が痛みを押して面会を求めてやって来たのだ。
『どの面さげて私に会いに来た!?五期生は、特撰兵士になったばかりの青二才だぞ!!
そんな子供相手に、とんでもないことをしでかしてくれたな!陸軍の面汚しめ!!』
『お怒りはごもっともです。今回の不始末は竜也と止められなかった私に全責任があります』
佐々木の言葉は自分に責任があると言いながら、遠まわしに海老原が元凶だと訴えていた。
尚且つ、自分は巻き込まれただけだと強調するものだった。
『ですが……ですが、恥を忍んでお願いに参りしました!
このままでは私も竜也も……いえ、陸軍四期生全員、ただでは済まないでしょう』
『当然だろう。こんな事が公になってみろ、特撰兵士の称号を剥奪されても文句は言えないぞ』
『ですから、殿下のお力で何とか……!』
宣昭は立ち上がって怒声を上げた。
『貴様は私におまえ達の尻拭いをしろというのか!!』
佐々木は懐から封筒を取り出すと、宣昭に差し出した。
宣昭が封を切ると中に小切手があった。その額面を見て宣昭は顔を真っ赤にした。
『貴様!私に金で動けというのか!!』
『お願いします殿下!もしお聞き届けいただけましたなら、私どもは終生殿下の下僕として忠節を尽くします!!』
宣昭は忌々しそうに佐々木をにらみつけたが、もう一度小切手の額面に視線を移し再び着座した。
そして『仕方のない奴だ!』と怒鳴りつけながら、小切手を懐にしまったのである。
その宣昭が海老原に厳命した。「正美を優勝させろ」――と。
海老原は二つ返事で引き受け、陸軍チームと当たる空軍チームに対しても裏で圧力をかけた。
「昭二、空軍チームに負けさせろ」
海老原から、そんな理不尽な命令が下ったのは、ほんの二時間前だった。
「もし断ったら、おまえの妹も含め闘場で皆殺しにしてやるぜ」
「では先鋒前に」
陸軍の先鋒は武藤哲彦。武藤国光と同様、特撰兵士の武藤の実弟だった。
これまたボクシングのヘビー級のような体格の持ち主。対する空軍の選手が子供に見えるくらいだ。
「……これは勝負ありなんじゃないのか?」
三村は試合開始前から、早速陸軍の勝利を確信しているような口ぶりだった。
ただ気になるとしたら闘場の中央に出来た即席プールだった。
「大翔!そいつは、ただの筋肉馬鹿だ。恐れることはないぜ!!」
攻介の声援ボリュームが一気に大きくなった。
「おい攻介、武藤が睨んでるぜ」
俊彦が忠告するが攻介のヒートアップは止まらない。
「あいつの弟だぜ。俺が直接ぶっ潰してやりたいくらいだ!」
攻介は素直な性格だが、悪い意味で正直すぎる面があるなと俊彦は思った。
(実際問題として、武藤の弟は腕力がすげえからな。、攻介のダチは勝ち目あるのか?)
あるとしたらパワー以外のもので勝負するしかない。
「はじめ!」
審判の試合開始の宣言と共に、的場は武藤に一直線に飛び掛った。
直後に、ドボンと音がして即席プールの水面が派手に弾け水が飛び散った。
控え室でモニターに見入っていた良樹達の目にも、それは映った。
「あいつ試合開始早々水中戦に持ち込んだぞ」
「ある意味、正しい選択だな。水中ならパワーを封じることが出来る」
モニターの画面が水中カメラに切り替わった。プールの中は5mの水深だ。
武藤は暴れている。的場は、その下に位置し武藤の足を掴んでいた。
「水中なら自由に動けないし、息が続いた方が勝つよな」
七原は単純に結論を出した。良樹も、そう思った。後は気力と持久力の問題だ。
川田は腕時計を睨み出した。時計の長針が刻々と時を刻んでゆく。
(……5分過ぎた。そろそろ苦しくなってくるころだ)
武藤はもがき出している。もはや彼の敵は的場ではなく酸欠だ。
必死に水面に出ようとするが的場がそれを許さない。
(暴れている分、体力を消耗しているだろう。これは勝負あったか?)
武藤が苦しいということは、当然的場も状況は同じだ。だが的場は、まだ余裕がある表情をしている。
しかし、それも川田の時計の長針が一周すると徐々に変化していった。
的場の顔から余裕が消え、苦痛の色が出だしたのだ。おそらく限界だろう。
「大翔!もういい、さっさとあがれ!!」
攻介が特別席から乗り出して叫んだ。それを合図にしたかのように的場が急上昇しだした。
試合を観戦していた者の大半が的場の勝利を確信した瞬間だった。
「……ぐっ」
だが水面に顔を出そうとした的場の首に武藤の太い腕が一瞬で巻きついた。
的場は、たちまち苦悶の表情を見せた。さらに顔色がドス黒く変化しており、明らかに様子がおかしい。
「大翔!!」
攻介の叫びも、観客の歓声にかき消された。
(……やりやがった。竜也の言葉は脅しじゃなかった。報復にでやがったんだ)
慌てふためく攻介と反対に、同じ空軍である多田野は後ろめたそうな目で試合を正視するのを避けていた。
的場が水底に沈んでいく。反対に武藤は下卑た笑みを浮かべながらプールからあがりガッツポーズをとった。
「大翔、何してやがる。さっさとあがれ!!」
チームメイト達が必死に叫んでいるが、的場はぴくりとも動かない。
陸上とは違う、水中で動きを止めれば、それは死を意味する。
「クソ、棄権だ!」
たまらずタオルを投げたのは蒲生一(がもう・はじめ)、彼も攻介とは竹馬の友だった。
「おっと」
だがタオルが闘場の床に落ちる寸前、何と武藤がそれを掴み上げた。
「てめえ何しやがる!」
「こんな面白い死亡ショーを中断されてたまるか。俺達に逆らった奴は例外なくこうなるんだよ」
蒲生は審判に向かって叫んだ。
「見ての通りだ、的場大翔(まとば・ひろと)は棄権させる!すぐに大翔を引き上げてくれ!!」
「しかし、大会規約で試合開始後の棄権は本人が棄権を宣言するかタオルが床に接触した時のみなんだ」
「馬鹿いってんじゃねえよ!タオルはそのクズがつかんじまったじゃないか!!」
「へっへ何とでもいえ。大会規約には棄権用タオルの進路を邪魔するなって条文はねえんだよ」
武藤の言い分は事実だった。確かにルール上、武藤は違反はしていない。
もっとも、試合ルールを定めた人間も、そんなくだらない行動を起こす人間がいるとは予想外だったことだろう。
「大翔!このままじゃマジで死んじまう!!」
観客も騒然となりだした。もはや、これは試合ではない。
「畜生!!」
蒲生が闘場に駆け上がった。
「小僧、やる気か?」
武藤が挑発するようにファイティングポーズをとったが、蒲生は武藤を飛越してプールに飛び込んだ。
そして的場を抱きかかえ浮上した。
「大翔、大翔、おい、しっかりしろ!」
的場はぴくりともしない。蒲生は何度も的場に往復ビンタを施した。
「……けほっ」
効き目があったのか、的場が水を吐いて咳き込みだした。
「大翔、良かった。おい大丈夫か?」
蒲生は期待のこもった眼差しで的場を見詰めたが、的場は相変わらず顔色が悪く、ぐったりしている。
「かわいそうになあ」
武藤が近付いて腕を伸ばすと的場の髪の毛をぐしゃっと鷲掴みにした。
「あの野郎、何しやがるんだ!」
その様子を見ていた攻介は、もはや臨界点突破寸前だった。
キッと海老原や武藤を睨みつけると彼らに向かって歩き出したのだ。
「やめろ、何をするつもりだ?」
隼人が攻介の腕を掴み制止をかけた。
「決まってるだろ、俺のダチをコケにしやがって!」
「これは殺し合いも合法の試合だぜ攻介、いちいち熱くなってるんじゃねえよ」
「晶!おまえ、同じ陸軍だからって庇うのか?見たろ、あの最低野郎が何をしたか!
棄権したのに薄汚い手段で大翔を殺そうとしやがったんだ!!」
「いいから座れ、おまえ頭に血が昇って気づかなかったのか?」
「何がだ!?」
攻介は怒号まじりで晶を詰問した。その問いに答えたのは晶ではなく隼人だった。
「的場大翔は武藤の反撃だけで急激に動きが悪くなったわけじゃない。
水中戦の上、密着していたから遠目にはわかりづらかったが……あいつ、毒をつかった」
攻介の表情が憤怒から愕然としたものにガラッと変わった。
「腕を的場の首に巻きつけた瞬間、おそらく毒針のようなもので刺したんだろう」
「本当か!?」
攻介は確認するように、もう一度晶の顔を睨みつけるように見た。
「ああ、間違いないぜ。水中ではわかりづらかったが、あいつが的場の髪を掴んだ瞬間確信できた。
あの野郎、髪の毛掴むふりして、また何か刺しやがった。多分、中和剤だ。
これで的場の体を調べても証拠は何もでてきやしないぜ」
大会規約では毒物の使用は禁止、立派なルール違反に攻介の怒りはマックスに到達にした。
「海老原!てめえの指図だろう、ふざけやがって!!」
元々、良恵の件で海老原を憎んでいた攻介だ。怒りが殺気に変化するのに時間など必要ない。
「お嬢様の前で不敬な!」
織絵の護衛が銃を取り出した。それを見た俊彦が慌てて攻介に羽交い絞めをかける。
「攻介、気持ちはわかるが耐えろ。総統の姪の前で事件起こしたら降格どころじゃすまないぞ」
公の場で私闘を起こしたら個人の問題ではなくなる。
攻介は唇を噛んだ。しかも、悲劇はそれで終わらなかったのだ。
「蒲生一、失格!」
審判が蒲生を指差し高々と叫んでいた。
「な、何だと!?」
攻介は信じられないという顔をした。
「試合中の選手に手を貸したら、その選手は勿論のこと手を貸した選手もルール違反で失格だ」
蒲生は友人を助けただけのつもりだったが、大会規約上違法行為に当たる行動だった。
つまり空軍は二連敗を喫したということになる。
当然、攻介は納得いかない。失格になるのは相手の方ではないか!
半ば呆然とする攻介を海老原や武藤は冷笑すらしていた。
おそらく蒲生が仲間の命ほしさにルール破りをすることは計算の範囲内だったのだろう。
「……よ、よくも……海老原、よくもやってくれたなぁー!!」
攻介の怒りは到底収まらない。俊彦が制止をかけなければ、とっくに暴力で訴えていただろう。
「おまえが事を起こしたら多分それを口実に奴等何かするぞ!
我慢しろよ。でないと、あいつらの思う壺だ」
俊彦の忠告通り、公の場で暴力沙汰を起こそうものならば二時間後には軍事法廷に引きずりだされるだろう。
悔しいが泣き寝入りするしかなかった。
「攻介」
隼人は攻介の肩にぽんと手をおいて小声で囁いた。
「心底連中を叩きのめしたいなら今は我慢しろ。そう遠くない未来に実現してやるためにな」
その言葉が一番攻介には効力があった。大人しく自席に戻ると着座したのだ。
(海老原が汚い手段を使うのは珍しい事じゃないが、大会規約の盲点をつくなんてあいつらしくない)
隼人の視線は海老原の向こう側の席で試合を観戦している水島に注がれていた。
(おそらく水島の入れ知恵だろう。国防省が敗退を喫した以上、堂本家に恩を売っておこうというつもりか。
相変わらず、転んでもただでは起きない男だ。一番厄介なタイプだな)
「駄目ねえ、あんた達」
華梨(多田野の妹)は、チームメイト達に向かって冷たい言葉を吐いた。
「やっぱり男は強くなくちゃ駄目よねえ、水島様みたいに」
「何だと!大翔は殺されかけたんだぞ!」
「いいから下がってなさいよ。弱い男はさっさと退場退場」
華梨は颯爽と闘場にあがった。
「やばいんじゃないのか。陸軍の連中、血も涙もないぞ」
「女が相手じゃ、きっと首の骨なんて一捻りなんじゃないのか?」
良樹と七原は華梨に同情的だった。武藤の汚い戦い方を見た後だけに余計肩入れしてしまいたい気分なのだろう。
「腕力だけじゃない残忍性も大したもんだ。厄介だな、宗方、あんたはどう思う?」
川田に意見を求められた夏生は懐から手帳を取り出した。
「そうだな……多田野華梨18歳、特撰兵士の多田野昭二の妹。顔は並だが胸は相当でかい。
俺が調べたところではスリーサイズは上から――」
「ちょっと待て宗方!誰が女の情報を知りたいといった?」
「事前に敵を知ることも重要な事だ。
俺はおまえ達の本選出場チームが決まった時点で総力を結集して全チームの選手を詳細に調査したんだぞ」
「……じゃあ聞くが、俺達が次に戦う科学省の選手のデータを教えてくれ」
夏生は自慢げに手帳をパラパラとめくると読み上げた。
「来須美緒18歳、上から88、60、85。チャームポイントは左胸の下のオリオン座のような黒子。
初体験は16歳、相手は某特撰兵士。なかなかの床上手で持久力も――」
「どんな情報だ!肝心の戦闘力はどうした?」
「野暮なことは訊かないでくれ」
「……おまえ、頼りになるのかならないのかわからない男だな」
川田は思った。もう、女関係で夏生に質問するのはやめようと。
「俺が知りたいのは、俺達と当たる相手の戦闘力なんだ」
「何だ。だったら早く言えよ」
もはや川田は反論すらできなかった……。
「あの武藤兄弟はおまえ達も実際見てわかっただろうが性格が悪すぎる。
ま、うちの兄ちゃんほどじゃないだろうけどな。
だが性格は悪いくせに頭脳がそれについていってない。つまり馬鹿だ。
恐れるにたらねえよ。捕まらなきゃ殺されることは無いぜ。
堂本正美は士官学校の優等生だが所詮はお坊ちゃん。こいつも大したことないぜ」
夏生は調子よくペラペラと喋った。
「……だが」
夏生の表情がアホ面からシリアスモードに一変した。
「だが、何だよ?」
夏生の変わりように、良樹は心配そうに尋ねた。嫌な予感がする。
「あいつら最初の三人は出てくる順番も強さもバラバラだ。多分ジャンケンで決めたんだろう。
けど残りの二人は間違いなく超上級兵士だぜ」
残りの二人、一回戦では姿すら見せてなかった連中だった。
今も武藤兄弟がわめき散らしている脇で、ただ、だるそうにベンチに着座しているだけではないか。
1人は長髪のチビ、もう1人は身長は平均的だが華奢な体型で、とても陸軍の兵士とは思えない。
特に後者の方は、よく見ると男のくせに化粧までしているではないか。まるで芸者だ。
「強そうに見えないぜ」
三村はすぐに夏生に疑問をぶつけた。
「馬鹿いってんじゃねえよ。人は外見じゃ判断できないって、おまえらが一番わかってるじゃないか」
夏生はソファに深々と座りながら親指で桐山を指差した。
確かにこれほど説得力のある人材はいないだろう。だが、あの二人は桐山以上に戦闘とは無縁に見える。
「論より証拠だ。あいつらの戦い方しっかり見ておけ」
「かも~ん」
華梨は闘場の上から、今だベンチに座っている選手達を挑発した。
堂本が腰を上げると、隣席のチビが立ち上がった。
「堂本さん。あんたは黙って見てなよ、あんたに怪我させるわけにはいかねえんだ」
そしてジャンプ。クルクルと宙返りを披露して闘場に着地、まるで猿を思わせるような身軽さだった。
「あーら、あたしの相手っておチビさんなんだ」
華梨は勝利を確信してほくそ笑むと、すっとミニスカートを上にめくった。
夏生は猛ダッシュでモニターに駆け寄り視線を釘付け。
次に画面に表示されるのは黒か、それとも真紅のパンティーか?と頭脳をフル回転させて予測している。
そんな夏生をあざ笑うかのように、画面にアップされたのは無数のナイフ群だった。
「あーははは!悪いけど手加減して上げられそうもないわ、殺されちゃってよ!」
「あんなの避け切れるか、あいつ死ぬぞ!」
良樹は驚愕し叫んでいた。
「で?」
だが次の瞬間、良樹が見たのは全身切り刻まれた死体ではなかった。
全てのナイフの刃を指で挟み簡単に止め冷笑しているチビの姿だ。
「……驚いた、結構やるじゃない。でも、詰めが甘いのよねえ」
チビがガクッと体勢を崩し、床に片膝をついた。足には小さなナイフが突き刺さっている。
「そっちのナイフは囮よ。その小型ナイフは、他のナイフの影に隠れて敵の急所に突き刺さるってわけ」
どうやら足の神経を切ったようだ。華梨も敵に負けないくらい残酷な人格の持ち主だった。
「けけけ、やな女だぜ」
「笑ってるのぉ?そうよねえ、笑うしかないわよねえ」
華梨はナイフをさらにもう一本取り出した。
「とどめよ!」
華梨は一直線に走った。狙うは敵の喉、確実に息の根を止める、それが彼女のやり方だった。
「ぎゃーははは!笑うしかねえだろう!!馬鹿すぎてお話にならねえぜ!!」
チビが立ち上がった。当然、華梨は驚愕した。
「そんな、立てるわけないのに!」
「女はだから甘いんだよ!」
華梨の顔面に拳が入った。何と女の顔を殴ったのだ。
彼女は場外まで飛ばされ地上に落下した。そして、もはやピクリとも動かなかった。
「おい、大丈夫か!?」
駆け寄った蒲生は、その酷い有様に眉を歪ませた。
「……ひ、ひでえ。鼻の骨が折れてやがる」
顔面血まみれで完全に気を失っている。カウントなど、もう必要ない。
「おまえのせこい攻撃なんざ最初からわかってたぜ。神経切られたふりしてやったんだよ」
チビの高笑いは、まだ終わってなかった。
「多田野さんの妹だから命だけは助けてやったぜ。じゃなきゃ、もっとグチャグチャにしてやったのによお」
まさに鬼畜としか言いようが無い。しかも、この無礼なチビは審判からマイクを強奪するとカメラに向かって叫んだ。
「見たか、てめえら!次に俺と当たる奴は棄権しろよ、今度は怪我だけじゃすまないぜ。ギャーハハハ!!」
「……な、何だよ、あのキチガイ野郎は」
「これでわかっただろ。武藤の弟なんか前座なんだよ」
衝撃的なシーンだというのに夏生は平静を保っていた。
「あの二人はA級兵士だ。他の連中とはレベルが違いすぎる」
「……A級兵士」
「少年戦闘兵は戦闘力によって階級分けされている。特撰兵士を除けば、A級兵士が最強だ。
軍には『A級兵士に勝てる人間は特撰兵士のみ』って格言があるくらいだ。要注意だぜ」
打ちのめされる良樹達に対し、夏生はさらに衝撃的な言葉を投げつけた。
「おまえ達が、これから戦う科学省チームにも3人のA級兵士がいる」
室内は静寂に包まれた。完全に言葉を失ったといった方がいいだろう。
その静寂を打ち破るように桐山が立ち上がった。
「時間だ。おまえ達は行かないのかな?」
「……桐山?」
「怖いのなら、ここにいても構わない。俺が五勝すればいいだけの話だ」
桐山は、さっさと退室して闘場に向かった。良樹達は慌てて後を追った。
科学省チームはすでに待機している。先鋒はおっかないグラマー美女の来須美緒だ。
(男じゃない……良かった)
良かった……それが川田の本音だった。そして闘場にあがろうとする桐山を慌てて止める。
「桐山、おまえはうちの切り札だ。七原、おまえが行け」
「お、俺?」
「そうだ、相手はいくら強いとはいえ女。おまえにも勝機はある。桐山1人に全てを押し付けていいのか?」
「わ、わかった」
七原が闘場にあがると、美緒は見下すような目つきでじろじろと睨んできた。
「この坊やがあたしの相手ってわけ?役者不足もいいところだわ」
審判が試合方法を決めるように促してくると、七原はチラッと肩越しに桐山を見詰めた。
桐山が主張していた勝ち抜き戦、やはり、それが一番妥当だろう。
「勝ち抜き戦でいいか?」
「構わないわよ」
(よし!後は少しでも桐山の負担を軽くするんだ。まず俺はこの女を倒す)
二番手はきっと三村か良樹が倒してくれるだろう。それが七原が描いた勝利のビジョンだった。
しかし、審判が「はじめ!」と開始を宣言した途端、七原の意識は真っ白になった。
「な、七原!」
良樹の眼前で、七原が空中で高く弧を描いている。そのまま床に落下した。
良樹がいくら呼んでも七原は空を見詰めたまま動かない。
「美緒さん相手に、あいつ勝つつもりだったらしいぞ」
「美緒さん、タイプじゃない男には容赦しないもんな。ほら、早く引けよ」
那智と定道は、ろくに試合を見ずババ抜きに熱中していた――。
【B組:残り45人】
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