「杉村!ど、どうしたんだ、まさか……!?」
良樹は最悪の想像をして愕然となった。
「これで終わりよ!」
千尋は杉村の背後に回るとナイフを振り上げた。
杉村は右目を押さえて床に両膝をついている。
「ま、まさか、あの女、本気で杉村を……危ない逃げろ杉村!!」
杉村は咄嗟に前方に飛んだ。その直後、ナイフが闘場の床に突き刺さった。
杉村はゆっくりと顔に当てた手を下げた。目の下に深々と赤い線が入っている。

(良かった……眼球を潰されたかと思った)

良樹はホッとした。だが失明を免れたからといって杉村の劣勢は変わらない。
「杉村、相手は武器を持ち出したんだ。もう手加減してやる理由は無いぞ!」
雨宮?」
「そんな余裕ない、このままだと殺される!その女、本気だ、本気で殺る気だぞ!!」
良樹の言葉を裏付けるように千尋はナイフを上げてきた。慌てて姿勢を低くして避ける杉村。
さらに千尋は間髪入れずに、再び蹴りを繰り出してきた。
杉村は避けようと身を翻したが、血で視界がまともに見えない。
ドンッ!と鈍い音が杉村のボディから発せられた。距離感がつかめず、避け切れなかったのだ。

「ふん、まともに入ったようだね。これで終わりだよ」

千尋の靴の踵には鉄が仕込まれていた。
いくら杉村が拳法の達人だろうと生身の人間だ、ひとたまりもない。
杉村は、その場に完全に倒れこみ、審判がすかさずカウントを取り出した。




鎮魂歌―71―




「Bリーグ第二試合終了!」
審判が手を上げると同時に、輪也は特別席に向かって右手を高々とつき上げた。
「兄貴、やったぜ!」
特上観客席では鬼龍院が、「いいぞ輪也!その調子で海軍の連中を血祭りに上げろ!」と叫んでいる。
上機嫌の鬼龍院とは裏腹に、柳沢は怒りのあまりハンカチを噛み締め、その目は血走っていた。
輪也に敗北した海軍のチームは柳沢の子飼いの兵士達だったのだ。
(うおのれ鬼龍院めええええ!この恨みはらさでおくべきか!!)


「たかが一回戦を勝ち上がったくらいで調子に乗りやがって」
晶は呆れたように言ってはいるものの、本来なら全く嬉しくないわけではなかった。
素直に喜べないのは、先ほど空軍のエリート達を破って勝ちあがった謎の無名チームのことが気になるからだ。

(輪也が次にあたるのは、あいつらだ。何者なんだ、あいつらは)

そして第三試合開始の合図がでると、今度は俊彦が身を乗り出して手を振った。
俊彦の親友の大友の出番だからだ。
予選で最高点を出した大友直輝とあって周囲の目つきも変わっていた。
「大友、陸軍のガキなんか蹴散らしてやれ!!」
先ほどの恨みで逆上している柳沢まで熱くなっていた。
同じ海軍の人間とはいえ、直接関係のない人間の私怨に満ちた声援。
普通ならげんなりすることだろうが、生来ネアカな大友はピースを突き出し「イエーイ!」と応えてやっている。


「いい加減にしなさい君。さあ選手は前へ」
審判に急かされ大友は、「はいはい、わかりましたよ」と不真面目に答えた。
「じゃあ試合方式を……」
「そんな面倒なもの無しにしようぜ」
「はあ?」
「5人全員でかかってこいよ。一番てっとりばやいだろ?」
大友の非常識ともいえる台詞に相手チームは全員逆上した。

「何だとぉ!てめえ、俺達を舐めてんのか!!」
「舐めるわけないだろ、そんな汚い面。やるのか?さっさと終わらせてくれよ」

その非常識な台詞第二弾に、相手チームの選手は例外なく一斉に飛び掛ってきた。
「いいねえ、そうこなくっちゃ」
大友は焦ることなく、うきうきした表情を見せた。目は輝いている。
しかし、その楽しそうな目は瞬く間に輝きを失い、顔には完全に『飽きた』と書かれている。
「……あーあ、つまんねえ。もう終わりかよ」
大友の周りには意識を失った兵士たちが転がっている。


「……自分で言うのもなんだけど――やっぱ、俺って強すぎるよなあ」














「す、杉村!おい、立て、立てよ!」
良樹の必死の呼びかけに杉村は全く反応を示さない。
「……まずいな。もしかして気を失っているんじゃないのか?」
三村が不吉な事を口走った。だが、それを裏付けるように杉村はピクリとも動かない。
「あーあ、これで一敗ね。杉村君には期待してたのに」
光子など、すでに敗北宣言までしていた。口にこそ出さなかったが川田も同意見だ。
「いいんじゃないのかな?三敗しなければいいのだから」
桐山などは楽観的すぎる。川田は別の意味で頭痛がしてきた。




「貴子、杉村君が……!」
「あの馬鹿!女だからって甘すぎるのよ!」
貴子は観客席から身を乗り出して大声を張り上げた。
「弘樹!たつのよ、たちなさいったら、この馬鹿弘樹!!」
貴子の声に杉村が僅かにピクッと反応した。だが反応しただけだ、何も変わらない。
「貴子ちゃ~ん。なあ俺が何とかしてあげようか?」
いつの間にか夏生が隣に座っていた。だが今の貴子には夏生など見えていない。


「ねえ貴子ちゃん」
「うるさいわね、黙ってなさいよ!こっちはそれどころじゃないのよ!!
どうにかできるっていうのなら、さっさとなんとかしなさいよ!!」
「OK、じゃあお言葉に甘えて」
「……え?」
貴子は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
「……なっ」
貴子だけでなく美恵まで呆気にとられた。二人の視線の先には夏生が延ばした腕。
腕は貴子の胸の伸び、その手は均整のとれたバストに密着していた。
「……き」
貴子は勝気な女だった。だが同時に健全すぎるくらい純情な面があったのだ。
その貴子に対して夏生のやり方はあまりにも刺激が強すぎた。


「きゃぁぁぁぁー!!」
「た、貴子っ!?」


杉村の意識が突然覚醒した。ガバッと起き上がったのは、審判が今まさにテンと言うとした時だ。
「そんな、数時間は起き上がれない攻撃をしたのに」
千尋は初めて驚愕の表情を見せた。それは余裕タイム終了の合図でもあった。




「この馬鹿!スケベ!最低よ、ぶっ殺してやるわ!!」
観客席では貴子の一方的な平手打ちを夏生がひたすら受けるという場外乱闘が勃発。
「お、幼馴染が助かったんだからいいだろ?……ふごぉ!こ、これは合法的なセクハラなんだよ!」
「何が合法よ!乙女の胸を何だと思ってるのよ、この変態!!」
「うぎゃぁ!!」




「……ふん、思ったよりタフだったようだけどラッキーは二度も続かないわよ!」
千尋が再び蹴りを繰り出してきた。が、今度は杉村のボディに脚が届かなかい。
杉村が足首を掴んで止めたからだ。
「……散々やられたけど、今度は逆襲させてもらうぜ」
「何ですって?」
千尋は杉村からいったん距離をとった。杉村は落ち着き払っており、先ほどと同じ人間とは思えない。
「思い出したんだ……何の為に戦っているか」
杉村は肩越しにチラッと貴子の顔を見た。


(そうだ、俺は貴子を守らなきゃならなんだ。それを忘れていた)


自分が国外追放になったら誰が、この得体の知れない世界で貴子を守るのだ?
「俺にとって大事なのは貴子なんだ。あいつを守るためなら女相手でも容赦しない。
だから、もう俺はおまえを女とは思わない。遠慮なくやらせてもらう」
杉村はようやく覚悟を決めたのだ。身構えると猛然と千尋に襲い掛かった。


「貴子を守る為なら俺は鬼にも悪魔にもなってやる!!」


杉村の正拳突き。千尋は紙一重で避けた、凄いスピードだ。
避けるのに精一杯で反撃する隙がない。
「ちっ!」
千尋は女の子らしからぬ舌打ちをすると猛ダッシュして杉村の背後に回り込んだ。
自分の方が小柄なのだ、杉村の攻撃をかわし何とか懐に入り、そして――。


「心臓を一突きにしてやる!」
ナイフが鈍い光を放ち杉村に向かってくる。杉村は体を沈め攻撃を避けた。
そして千尋の手を掴みあげた。手首に痛みが走り千尋は僅かに表情をゆがめる。
素早くナイフを取り上げると、それを場外に向かって投げた。
これで千尋に武器はもう靴に仕込んだ鈍器しかないはず。
それさえ注意すれば勝てる!いや、勝たなくてはいけない。
今後勝ち上がるためにも、こんな戦いで敗北を喫するわけにはいかないのだ。
「少し眠っていてもらう」
杉村は右手を高くあげると勢いよくふり下げた。
手刀で千尋の後ろ首に一撃、それで全てを終わらせるのだ。














「あ、薬師丸さーん。やっほー!」
満夫は両腕をぶんぶんとふりまわしている。とても今から戦うとは思えない。
緊張感がまるでないのか、それとも余裕の表れなのか。
「どうだ。勝てそうか?」
「楽勝楽勝♪」
満夫はすでに勝った気分でいる。
もっとも時期特撰兵士候補から見れば、例え相手がAクラスの兵士だろうが敵では無い。
満夫が余裕綽々なのは当然といえば当然だ。


「寿さん落ち込んでたよ。薬師丸さん、取り付くしまもなかったってさ」
「江崎じゃ無理だからな」
科学省が今年の総統杯に出場する。
その選手の選抜は薬師丸が行うと公示された、その日に寿は薬師丸を訪ねてきた。

『薬師丸中佐。自分を総統杯の出場メンバーにして下さい!』

滅多に驚かない薬師丸だったが、さすがに、この時ばかりは無表情ではなかった。
「寿さんって結構度胸あったんだね。
それとも俺達で三勝するから自分は座ってるだけでいいと思ったのかな?」
「知るか。あの小心者が大胆なマネをするなんて拾い喰いでもしたんだろ」
「そっか、きっと調子悪かったんだね。それより薬師丸さん、例の女の人見付かったよ」
「そうか、面倒なことを頼んで悪かったな」
「いいよ。それより何なの、あの女?
普段は滅多に外出しないしサングラスや化粧で誤魔化してるけど外人だよ」


「……外人」


薬師丸の目元が険しくなった。
「うん、そう。目なんか緑でさ、肌は雪みたいに白いんだ」
緑の目に白い肌……薬師丸には心当たりがあった。
「水島さんが直接通ってくるのは月に2、3度だけど連絡だけはしょっちゅうやってるよ。
でも俺がわかるのはここまで。どんなに調べても素性だけはわかんなかった」
薬師丸は懐から札束の入った茶封筒を出し満夫の前に投げ捨てた。
「十分だ。くれぐれも、この事は他言無用だ。わかったな?」
「うん」
薬師丸は特別席に戻ると水島を意味ありげにチラッと見詰めた。


(……まさか、あんな女までモノにしていたとはな。本当に見境のない野郎だぜ)


「……ん、何だい涼?俺の美貌に見とれてるのかい?」
「別に」














「……うっ」
形勢逆転かと思われた杉村の顔面から鮮血が飛び散っていた。
「杉村!」
千尋の裏拳が炸裂していた。しかも、その手にはメリケンサックというおまけつき。


「岩城は実戦経験者だ。そんな相手にド素人が密着するなんてお粗末だったな」
晶は予測していたのか詰まらなそうに欠伸をした。


「これで終わりよ!」
杉村が僅かに手を緩めると千尋は待っていたとばかりに杉村を突き飛ばした。
しかも、その先は場外。杉村の額は額がざっくり割れている。
流血によって視界を遮られているが一人では落ちなかった。
「な……!」
千尋の肩をしっかり掴んで離さなかったのだ。
おかげで千尋まで場外まで転げ落ちてしまった。すかさず審判がカウントを取り出す。
慌てて千尋は闘場にあがろうと脚をかけた。しかし杉村は千尋を、その場に押さえつけた。


「このまま最後まで地面に寝ていてもらうぞ」
審判はカウントを順調に数えている。もはや完全な逆転だ。
「いいぞ、杉村!すぐに壇上にあがれ、そうすりゃあ、おまえの勝ちだ!!」
良樹の忠告に従い杉村は勝利を確信しながら千尋から手を離すと壇上に向かって飛んだ。
「8!9!」
審判の声が勝利へのカウントダウンとなり良樹達は一斉にガッツポーズをとった。

「杉村、右脚だ。さっさと避けろ!」

その声は桐山のものだった――。














Bリーグ第4試合では国防省と海軍の戦いが繰り広げられていた。
海軍のチームは特撰兵士の戸川の子飼いの軍人。ストレート勝ちで一回戦を勝ち上がった。
「さすがは戸川大尉の部下ですね。でも、噂ではあなたは大変素晴らしい部下がおいでと聞きました。
彼は出場していないようですが、一体どうしたのです?」
「はずせない任務があるので今回は出場を見送りました」
「この大会を後回しにするなんて、随分と大切な任務があったようですね。
ですが私は全てを差し置いても優先事項にして頂きたいと依頼しておいたはずですよ」
「出場はあくまで本人の希望ですので」
戸川と織絵のやりとりを徹は苦々しく見詰めていた。


(何が任務だ。大方、俺を暗殺しようとした件で、しばらく白州を表に出したくないんだろう。
こんな茶番は、もう、うんざりだ。俺の良恵は相変わらず安否がわからない状態だっていうのに)


徹の我慢は限界を超えようとしていた。本当なら、公務などほっぽりだしてやりたい。
良恵の居場所は杳として知れない。だが、進展が全くなかったわけではない。
良恵が静養しているという科学省の某施設をついに三日前に突き止めたのだ。
当然のことながら、徹はその施設の所長の元に怒鳴り込んだ。そして良恵の居場所を吐けと迫ったのだ。




「い、居場所と言われても。か、彼女は、ずっとここに……」
「見えすいた嘘を言うんじゃないよ。だったら今すぐ面会させてもらおうか?」
「そ、それは……彼女は今は面会謝絶で……」
「殺されたいのかい!?さあ全部吐け!Ⅹ6に何を言われた!?彼女をどこにいる!?」
「し、知らない!な、何の事だかわからない!」
「まだ、言うか……だったら!」
「そこまでだ徹」
振り上げた拳を止められ、徹は殺気のこもった目で隼人を睨みつけた。


「止めるな隼人!俺の邪魔をするようなら君もただじゃすまないよ」
「いいから来い」
隼人は強引に徹を屋外に連れ出した。
「あの所長の妻子が一ヶ月前から旅行に行っているそうだ」
普通の人間なら、「それがどうした?!」と怒鳴りつけるところだろう。
しかし徹は、すぐにピンときた。
「……人質か。殺されている可能性は?」
良恵が、そんなことをさせると思うか?」
良恵が自分達に連絡してこない理由はそれだろう。
瞬は所長の妻子を拉致して監禁している。所長は妻子の命を守る為に、上層部に虚偽報告をしたのだ。


良恵は自分の都合で罪のない他人を巻き込むことはしない女だ。
自分の居所に関する虚偽報告だけが奴の目的なら、妻子がさらわれる前に逃げ出しただろう。
そうしなかった理由は何だと思う?おそらく奴が妻子をさらった理由はもう一つある。
良恵がいようがいまいが、その目的の為に拉致を実行したんだ」
「その理由ってのは何だい?」
「そこまではわからない。ただ一つ言えることは良恵は無事だという事だけだ。
あいつは良恵だけは傷つけたりしない。四期生の時とは決定的にそれが違う。
皮肉なことに、もしあいつの身に危険が迫れば、奴自身が守ってくれる」
「だからといって俺は黙って見て入られないよ」
「俺達には俺達のできる範囲で情報を集めるしかない。別の角度から調べるんだ。
薬師丸さんの情報が正しければ総統杯で何か起きる。大人しく見物しようじゃないか」





(……何が見物だ。季秋家の人間をさっさと締め上げてやれば済むのに)
徹は苦虫を潰したような顔で冬也に視線を合わせた。
無意識のうちに殺気を含んでいたのだろう。それに気づいた冬也が此方に振り向いた。
その時、徹は冬也の自分を見る目が一瞬異常なことに気づいた。
(何だ?)
冬也はふいっとすぐに顔を背けてしまったが、凄い目で睨みつけられた徹は内心穏やかではない。


(どうして俺が、あんな憎憎しげな目で見られなきゃならないんだ!)


「なあ徹、おまえ季秋の若様に何かしたのか?」
徹の隣席にいた俊彦も、その異様な眼光に気づいたらしい。
「あれ、どう見ても恨まれてる目つきだったぞ」
「冗談じゃない、恨まれる覚えなんてさらさらないね」


(第一、恨みならこっちの方があるんだ!)


冬也の末弟・冬樹には何度も良恵にちょっかいを出されている。
それもこれも、冬也の弟の教育が悪いからではないか。
「……おまえ、さっきから恨みパワーむんむんしてるぞ。少しは落ち着けよ」
「うるさいよ」


(ああ、本当にムカムカするよ。いっそ俊彦の馬鹿面でも殴ってやろうかな?
少しは気が晴れるかもしれない。良恵 ……早く会いたいよ)














「……え?」
杉村の右足首を千尋がつかんでいた。ジャンプしていた杉村は無防備な体勢だ。
おかげで完全にバランスを崩し、杉村はその場に崩れ落ちた。
「ま、まずい!」
全くの計算外だった。勝ったと思って完全に油断していた。
慌てて起き上がろうとした瞬間、背中にどんと衝撃が走り、激痛が全身を駆け巡った。
こともあろうに千尋が杉村を踏み台にしてジャンプしていたのだ。
「し、しま……!」
杉村の目の前で千尋が壇上に着地。同時に審判が盛大に叫んだ。


「テン!勝負あり、岩城千尋の勝ちとする!!」


場内が歓声につつまれた。千尋が誇らしげにガッツポーズを決めている。
それに呼応するように陸軍の少年達が立ち上がって拍手していた。
「……おい嘘だろ?」
杉村は間違いなく千尋より強かった。
強かったはずなのに……なのに勝者として壇上に立っているのは千尋。




「……すまない皆」
勝てるはずの試合だっただけに杉村の落胆はかなりのものだった。
「俺は馬鹿だ……試合が終わる前に勝ったと思っていい気になって……俺は、俺は……」
「そんなに自分を責めるなよ杉村。おまえは良く頑張ったぜ」
「頑張っただけじゃ駄目なんだ!……勝たなきゃ……勝たなきゃ意味がない……。
それなのに俺は……俺は最低だ、叱ってくれ貴子!!」
「落ち着けよ杉村、ほら立てよ」
良樹は杉村の腕をとり引き上げた。瞬間、杉村が苦痛に歪んだ顔をした。


「杉村?」
「……背中が」
杉村が油汗をかいている。これは、ただ事じゃない。
「杉村、背中を見せてみろ!」
川田が駆け寄り、杉村の服をめくり上げた。そして眉を寄せた。
杉村の背中には大きなアザが出来ている。川田は、触診してみた。
「どうだ杉村?」
「……きつい。こんな痛みは生まれて初めてだ」
川田は難しい顔をしながら触診を続けた。良樹達は心配そうに杉村と川田を交互に見詰めた。


「なあ川田、杉村の体どうなったんだよ?」
「……俺は医者じゃないから滅多なことは言えないが、多分骨にひびが入っている」
「何だって!?」
「あの女は杉村を踏み台にしただろう?あいつは靴に凶器を仕込んでいる。 骨にまともにはいったんだ」
「じゃあ……じゃあ杉村は」
川田は頭を左右にゆっくりふった。
「……例え一回戦を突破しても、もう杉村は戦えない」
とんでもない結果になった。敗北という二文字だけでは終わらなかったのだ。
この先、勝ち抜いていくには杉村の力は間違いなく必要だ。
その杉村が1回戦で早々と戦闘不能になるとは、これはとんでもない誤算だった。




「……すまない皆」
杉村が頭を下げた。誰よりも悔しいのは他でもない杉村自身だ。
杉村を責めようという男は一人もいなかった。そう男は。
「あーあ、全く嫌になっちゃうわ。これだから経験乏しいくせに中途半端な強さ身につけた男って困るのよ」
「相馬、そこまで言う事は無いだろう!」
「あーら、七原君。あなた、あたしに喧嘩売ってる暇あるの?」
「何だと?」
「見てみなさいよ。あなたの相手が首を長くしてお待ちかねじゃない」
壇上を見ると鷹司朝範が仁王立ちして此方を睨んでいた。
「ほら、あたしに生意気な口きいてる暇があったら、さっさと試合してきなさいよ」
「……わかったよ」


(勝つんだ。俺が杉村の分まで戦って戦って勝たなきゃいけないんだ)


悲愴な決意で壇上に上がった七原を朝範は指差してきた。
「最初に言っておこう!おまえは決して弱くない、ただ運がなかっただけだ!」
「は?」
まだ試合は始まってないのに何が言いたいのだろう?
「この鷹司朝範にあたったのが貴様の不運!だが安心しろ」
朝範は細長い布を取り出した。どうやら、武器をくるんでいるようだ。
布をほどきながら朝範の自己陶酔ともいえる言動はさらにヒートアップしていった。
「七原とか言ったな。俺は貴様の名を生涯忘れないだろう。なぜなら……」
姿を現した武器を見て七原は一気に顔面蒼白になった。

「貴様はこの由緒ある鷹司家の家宝・竜神丸の錆となるのだ!!」

何と日本刀だ。朝範は刀を鞘から抜いた。太陽の光によって白刃がキラキラと輝いている。

「お、おい!ちょっと待ってくれ!!」
「問答無用!一瞬で、この勝負終わらせてくれるわ!!」

真剣が空を切り裂き、七原に遅いかかった。














「なあ、あれってルール違反じゃないの?」
科学省の満夫のチームは、会場の隅でモニター越しに試合を観戦していた。
「んー微妙だね。規定の刃渡りギリギリの長さだよ、アレ」
満夫の眼力はモニター越しでも正確なものだった。哀れにも七原は逃げ回っている。
「でもさ。この大会は腕に自信のある奴しか出ないから大抵素手だよね。
刃物っていってもナイフ程度くらいしか今まで登場しなかったよね?」
「ああ、武器に頼るのは自分に自信のない奴って宣言してるようなもんだからな。
あんなに堂々と武器を持ち込む奴も珍しい。ある意味清々しいほど卑怯な男だよな」
満夫達は真剣を目にしても、まるで動じてない。
だが、結衣は蒼くなり震えながらモニターを見ていた。


「おい折笠」
那智が声をかけてきた。同じチームでありながら、那智が結衣に声をかけたのは何とこれが初めてだ。
「戦闘の経験はどのくらいだ?」
「……あの」
「今まで何度戦闘した?」
「……38回。シミュレーションで」
結衣は小声で答えた。語尾は、ほとんど聞えないほどだ。


「じゃ実戦は何回だ?」
「……2回」


満夫達は驚いたように顔を見合わせた。定道などは、「ふうん、ご立派なことで」と呆れたように呟いている。
「何で、おまえが選ばれたんだ?」
那智の非情な質問は続いていた。
「……そんなこと、私が知りたいくらいよ。出たくて来たわけじゃないもの」
「あ、そう。まあ、いいさ。俺と満夫と定道で三勝すればいいからな」
三人は結衣からモニター画面に視線を移した。相変わらず七原は防戦一方だった。














「お、おい!あれ反則だろう、審判、何黙ってるんだよ!!」
たまらず良樹が大声で怒鳴りつけていた。
「あー、あれはですね。規定より二ミリ短いんですよ。反則じゃないですね」
「そんなバカな!あんなものに素手で勝てるわけないだろ!!」
「俺なら真剣白刃取りで刀をゲットする。簡単なことだ」
「桐山!おまえは黙っていてくれ!!」
とんでもないことになった。七原は持ち前の身体能力で何とか刀を避けている。
しかし、いつまで体力が持つか。一瞬でもばてたら、その瞬間に刀は七原の頭部にヒットするだろう。


「……クソ。仕方ない……七原の命にはかえられない」
良樹はタオルをつかんだ。こうなったら棄権だ、棄権するしかない。
「この試合棄権し――」
「ちょっと、あたしの前で何ふざけたことする気なのよ」
光子がタオルをつかんでいる。投げさせないつもりらしい。
「そんな事言ってる場合じゃないよ光子さん。七原が殺されちまう」
「そうだ相馬、桐山じゃあるまいし七原はまともな人間なんだ。あれじゃ勝ち負け以前に殺される」
三村も棄権に賛成なようだ。




「ふん、情け無い。どうせ負けたら春樹君に処刑されるんだから、今死んだって同じじゃない」
「おい相馬!」
「あんた達も馬鹿すぎて話にならないわよ。相手が武器使うなら、こっちも使ってやればいいじゃない」
光子は持参していた布袋を七原に投げつけた。
「七原君、それを使いなさいよ!」
「そ、相馬?」
「あたしが普段使っている武器よ。遠慮はいらないわ!」
朝範は容赦なく刀を振り下ろしてくる。
七原はからくも、その下にくぐりこみダッシュして朝範から距離をとった。
「相馬の愛用の武器……か」
そうだ。相手はとんでもない武器を使っている。
だったら、こっちも何の遠慮もせずに武器で対抗してやればいい。


「相馬!ありがたく使わせてもらうぞ!!」
七原は布袋に手を突っ込んだ。
「おのれ、させるか!!」
朝範は刀を大きく頭上に振り上げると、一気にジャンプしてきた。
「くそ、これでもくらえ!!」
七原は咄嗟に最初につかんだ武器を取り出し朝範の前に突き出した。
「ぎゃぁぁあー!!」
朝範が両目を押さえて悶え苦しんでいる。七原が手にしたのは痴漢撃退用スプレーだったのだ。


「こ、この卑劣な卑怯者めー!!」
「ひ、卑怯?何言ってるんだ、武器を最初に使ったのはおまえだろ!」

「黙れ、これが目にはいらぬかー!!」

朝範は懐からルールブックを取り出した。
「この大会規約、知らんとは言わせんぞ!!第15条・毒物の禁止とあるだろうが!!」
「……あ」
毒物禁止、つまりスプレーも、その類……と、いうことになる。
「この愚か者がぁ!審判、裁きを下してくれ!!」
呆気にとられていた審判だったが、朝範に促されるとスッと右手を高々と上げた。


「七原選手は反則負け!」
「ば、馬鹿な……!」


七原は、その場に崩れ落ちた。呆気なく二敗、もう後がない。
「あーあ、ほんと馬鹿ね七原君って」
光子が呆れながらふんぞり返った。


「何でスタンガンやナイフを使わないのよ。ほんと使えない男よね」




【B組:残り45人】




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