「すごい、すごいぜ桐山!これで予選突破確実だな!」
良樹や七原は手離しで喜んでいたが、夏生は逆だった。
(……派手なことしてくれたな。あいつを代表にしたのは選択ミスだったかも)
周囲から殺気が充満している。それに気づいているのは夏生と桐山と川田だけだ。
(……まずいな。桐山は強烈すぎた、これからやりずらくなる)
桐山達は無名の為、ノーマークだった。
だが、桐山のパンチ一発で状況は180度変わってしまった。




鎮魂歌―70―




「おい、聞いたか?まだ予選だってのに棄権者続出してるって話だぜ」

美恵と貴子は顔を見合わせた。一体、何が起きたのか?
そこにタイミングよく意気消沈した連中が試合会場の出入り口から出てくるのが見えた。


「……あーあ、あんな奴がいるんじゃ勝ち目ないよな」
「ああ、甘く見てたぜ。でも、あいつって軍の人間じゃないよな?」
「どっちにしても、あんなのとやりあったら殺されちまうぜ」


美恵、これって……」
「もしかして桐山君かしら?」
とりあえず予選突破ははたしたらしいが、喜んでばかりもいられない雰囲気だった。
なぜなら、彼らの会話には続きがあったからだ。


「あんな奴が他にもいるなんてよ。それも一般人にだぜ」
「今年の総統杯はどうなっているんだよ。……たく」














「では合格チームは籤を引いて下さい」
桐山がひいた紙には『5』とあった。
「……と、なると相手は『6』の籤をひいたチームだな。強豪チームでないことを祈ろうぜ」
夏生は、「さ、控え室に行くぞ」と促した。その時、ざわめきが起きた。

「すげえ、さっきの男の記録を抜いたぞ!」

その台詞に夏生は敏感に反応した。
「あ、あいつは……!」
夏生は表情を歪ませた。
「知ってるのかな、宗方?」
「……海軍の大友直輝じゃないか。なんで、よりにもよって、あんな凄腕が出場するんだ」
「強いのか?」
「強いなんてもんじゃないぜ。素行不良でなかったら特撰兵士になっていたかもしれないって奴だ」


「そうか、強いのか」
「……桐山、おまえ気楽だな。……たく、まいったぜ」
「あそこにも見知った顔があるぞ」
桐山が指差した方向に振り向いた夏生は「……おい、マジかよ」と呟いた。
「……科学省の緒方満夫。あいつ時期特撰兵士の有力候補だろ……はぁ~まいった」
夏生は溜息をつきながらも「おまえら、あいつには近付くなよ」と念を押した。
「変装したっていっても、あいつとおまえらは一度対峙してるから見破られる恐れがある」
夏生の懸念はかなり現実性を帯びていた。
満夫は此方をチラッと見て「あれ?」と首をかしげているではないか。
(……おいおい、あの顔は、『どこかで見たことあるぞ?』って感じじゃないか)
危険は避けたほうがいい。控え室にさっさと移動することにした。




「ねえ、特にマークしなきゃいけないチームってどこかしら?」
「光子ちゃん、予選勝ち残ったチームは基本的にどこも要注意だぞ」
「あらそう?せっかく用意したけど無駄になりそうね、全然足りないじゃない」
光子は下剤入りジュースを見詰めて溜息をついた。
ちなみに、なぜか7人目のメンバーは光子だ。夏生の猛反対を策があるからと押し切っての参戦だ。
(……その策って対戦前に相手チームに下剤もることだったのか?)
やはり相馬は恐ろしい奴……そう思ったのは三村だった。
(……戦闘力は俺の方があると思うが……あいつは敵に回したくない)
杉村など恐怖すら感じていた。


「まあ、光子ちゃんはベンチ入りしててくれよ。このお綺麗な体に傷ついたら俺悲しいよ。
いや、それよりも!光子ちゃんが出場なんかしてみろよ。絶対に操がやばい!!」
夏生は別の意味で心配していた。
やがて時間は午後に移行し予選が終了、決勝リーグに出場できる16チームが決定した。
「さあ行くぞ。開会式だ」














会場はすでに観客で埋め尽くされていた。あまりの歓声に、それだけで良樹は圧倒された。
「お、おい、あれ……」
特別席にずらりと立派な軍服や礼服を着た連中が座りだした。
見るからに将官や議員といった感じの人間だ。それに続き今度は若い士官が着席している。
その連中は良樹達とほんの一ヶ月ほど前、恐怖の鬼ごっこをした相手なのだ。

「……と、特撰兵士じゃないか」

今だ海外での任務に従事しているⅩシリーズ以外の特撰兵士全員だ。
このような場所に顔を出す事も将来国を背負う将官候補にはごく普通のことだった。

(……おい、大丈夫かよ。ばれたら命はない)

特撰兵士がチラッと此方を見るだけで、心臓が飛び出しそうだった。
一番上座に主催者の勅使河原織絵(てしがわら・おりえ)が姿を現すと軍人達が一斉に拍手をした。
だが良樹達が驚いたのは、その次だ。
織絵の隣に用意された貴賓席に現れたのは、何と冬也だった。


「げっ、兄ちゃん!」
夏生は全く聞いてなかったのだろう。かなり驚いている。
「……ど、どういうことだ。あの兄ちゃんが来るなんて」
心配して様子を見に来た……などという微笑ましい理由などでは決してないと夏生は思った。
(冬兄はそんな甘い性格じゃない。何、考えているんだ?)
主催者の開会宣言の間も夏生は冬也の意図ばかり考えていた。
「皆さんもご存知の通り、この総統杯は私の祖父が企画いたしました。
その祖父は、総統杯を見ることなく他界しました。
しかし祖父の意志は私の父が受け継ぎ今年で10回目を迎えました。
今後は私が父に代わり、この由緒ある大会を運営いたします」
良樹は毎週月曜日の朝会で行われる、校長の無意味な長話を思い出した。
場所や時間は違えど、この手の話は共通してつまらない上に長い。


そう思っているのは良樹だけではなかった。
特別席に深々と座っていた晶が、こともあろうに口元に右手を持ってきて欠伸をしたのだ。
その大胆さに陸軍の将軍は口元を引き攣らせて晶と織絵を交互に見詰めている。
織絵は大総統陛下が鍾愛している孫娘だったからだ。
気を悪くした織絵は、そこで宣言を止めてしまった。
「晶、将軍閣下が青くなってるぞ。少しは自重しろ」
「隼人、おまえは小娘の調子付いた長話と、まだ付き合いたいのか?
そんなことより、今年の海軍の出来はどうなんだ?無様な試合はさせるなよ」
「おまえこそ、弟が出るんだろ。優勝は狙えるんだろうな?」
「そのつもりがなければはなから出場させるか」




「では第一試合を始めます。Aリーグ、一番と二番のチームは前に」
大会運営は手際よく進みだした。今年は陸軍出身のチームが最多だった。
もともと陸軍は軍の中でも肉弾戦が最も盛ん。当然といえば当然だろう。

「よく見ておけよ。試合なんて思うな、あくまで実戦だ」

夏生の指示で控え室には下がらず、会場の隅から観戦することになった。
選手が闘場に上がると、夏生は「雨宮、ちょっと来い」と良樹をそばに呼んだ。


「あいつは武藤国光っていってな。特撰兵士の武藤の実弟だ、どんなタイプに見える?」
「……どんなって」


今まで川田を年齢離れした筋肉質な男だと良樹は思っていた。
だが武藤は川田と同じくらい、もしかしたら、それ以上かもしれない肉体な持ち主だ。
人相はいかにも凶悪で、初見だけで馬鹿力だけはあるとわかる。
「順調にいけば準決勝であたる相手だ。あいつを相手にイメージトレーニングしてみろ」
「準決勝?ちょっと待ってくれ、まだ決まってないだろ」
「いいからやれ。ほら戦闘開始だぞ、頭の中でシミュレーションしてみろ!」
試合開始と同時に武藤は一直線に走った。外見に似合わず、なかなかのスピードだ。
「は、早い!」
「無駄口はいい、おまえならどうする!?」


(避ける……ダメだ、間に合わない!左腕でガードだ!)


良樹は反射的に左腕を頭上に突き上げた。
ほぼ同時に、「ぎゃぁー!!」と闘場から悲鳴があがった。
武藤の相手だった選手が左腕で攻撃を受けたのだが、その腕は一撃で妙な形に曲がったのだ。
「……なっ!」
良樹は言葉を失った。


「リアルなら、おまえも腕折られていたな。驚いている暇があったら、次の行動をシミュレーションしろ!」
「み、右だ!右に飛んで二度目の攻撃は避け……」


良樹の目の前で、選手は右ではなく左に飛んだ。武藤の拳が闘場に炸裂、床にポッカリ穴が空いた。
「ばーか。おまえだったら死んでたぞ」
良樹の嫌味に反論する余裕もなかった。確かに、これが実戦なら良樹は死んでいた。
「メリケンサックつけているとはいえ大した威力だ。おまえとはレベルが違う、大人と子供だぜ」
その後も武藤が圧倒的優勢のまま試合は終了した。
「七原、次はおまえだ。おまえなら、どう戦うかやってみろ」
次鋒と中堅戦も同じ様な感じで進み武藤のチームはストレート勝ちしてしまった。
「なんだなんだ、おまえら!そんな様じゃ優勝どころか三位、いや一回戦も勝ちぬけないぞ。
おまえらの相手が一般人でよかったぜ。軍の連中なら全く勝ち目なかった」


「俺は今の戦いなら三度勝っていたぞ」


夏生の怒号の中、桐山がりんとした冷たい声で言い放った。
「最初の奴はパワーはあるが、それに頼って隙が多すぎた。スピードも大してない。
俺なら最初の一撃で、奴の懐に入って心臓を攻撃する」
「桐山、これは個人戦じゃないんだ。おまえ一人が強くても勝てないんだぞ。
仮に一回戦突破したとしても次は緒方満夫だぞ。こいつらが勝つ可能性は一桁台だ」
その厳しい言葉は半分ははっぱをかけるものだったが、もう半分は諦めに近い気持ちからでたものだった。
「緒方満夫になら俺は勝った事がある」
「だから、おまえ一人じゃ駄目なんだ……わかってくれよ。はぁ」




熱戦冷めやらぬうちに、第二試合が始まった。
「おまえら、負けるんじゃねえぞー!!」
選手が壇上に上がると同時に、特別席の攻介が弾幕を盛大に振り出した。
なぜなら第二試合で戦う空軍のチームは、攻介の悪友達だったからだ。

「俺が教えてやった通りにやれば陸軍なんか目じゃないぜ。所詮パワーだけの連中だ!」
「何だと攻介!マシンに跨いで空飛ぶことしか能がないない空軍がほざいてんじゃねえ!!」

特別席では、攻介と勇二の場外乱闘が勃発していた。
陸軍と空軍の将官が慌てて二人を引き離す、それもこの総統杯では珍しい光景ではない。
個人的な試合といっても、やはり、そのバックにある組織の名誉が大きく左右される大会なのだ。
しかも攻介はBリーグの第一試合が、やはり空軍とあって必要以上に興奮していた。
「相手は……なんだあ?無名の一般人って、あいつらもやりにくいよな。
手加減しまくってやっても、ぶっちぎりで勝つのがわかってちゃ面白くないだろ」
悪友達の勝利を確信しているのか、攻介は「つまらない」と連発してアームレストに頬杖をついた。
「およしなさい蛯名。此方にいらっしゃる冬也様は一般人として出場して優勝なさった方ですよ」
織絵の注意に攻介は「はいはい」と面倒くさそうに答え姿勢を正した。
だが、楽観的に試合を眺めていた攻介の表情は徐々に変化していった。




「……な、なんだ、あいつら?」
Bリーグの第一試合。無名の一般人チームに空軍のエリートチームが手も足もでないのだ。
驚いているのは攻介だけではない。観客もだ。
「……ち、中堅戦終了……二回戦進出は№9」
仮にも軍の人間が一般人相手に惨敗。その結果に特別席の連中は全員渋い表情となった。
ただ一人、笑みを浮かべていたのは冬也一人。
「少し失礼する」
冬也は、特別席から退座し人気のない場所に移動すると携帯電話を取り出した。


「俺だ、兄貴。思ったとおり、奴等出てきたぞ」
『間違いないのか?』
「ああ、あんなのが民間にごろごろいてたまるか。間違いない。
どうする?試合の合間にコンタクトとってやってもかまわないぜ」
『今は近付くな。下手に刺激したら姿を消すかもしれない』














控え室では、良樹達がまるでお通夜のように沈んでいた。
夏生が言ったとおり、これは試合じゃない。ここは闘技場ではなく戦場なのだ。
死人こそ、まだ出ていないが、もう7人も重傷を負って病院送りになった。
このままでは次に重傷者がでるのは自分達、下手したら殺されるかもしれない。
「……おい、今から敗北気分でどうするよ」
夏生は頭痛がしてきた。
「俺なら勝てる問題ない」
桐山は桐山で楽観的すぎる。
「そんなに自信がないなら、あたしが今から相手チームを誘惑してあげるわよ」
光子など、とんでもない提案をする始末。
「駄目ダメだめ!そんなの、なっちゃん許さない!!」
それに取り乱している夏生。もはや散々だった。




「おい夏生、てめえの教育は随分と無駄だったようだな」
「ふ、冬兄!」
ドアは閉じられたまま、どこから入ったのか、それとも気づかれずにドアを開閉し入室したのか。
どちらにせよ、冬也は全く士気のない良樹達をチラッと一瞥しただけだ。
「棄権するのか?なら、すぐに船の手配してやるぜ」
冬也の非情の言葉に全員ぎょっとなった(桐山だけは平然としていたが)
「ラッキーなことに三日後に南米に出る船がある。快適な船の旅を太平洋で味わうんだな」
「おい冬兄、きついこと言うなよ」
「あぁ?俺は事実を告げてやっているだけだろう。てめえは甘すぎるんだよ」
「嫌味言うために来たのか?」
「俺様はそこまで暇じゃねえ、ほら」
冬也は夏生に保冷バッグを差し出した。


「春海からの差し入れだぜ。あいつの手料理だ」
「は、春兄の……て、手料理ぃぃ!!」


夏生は思わず後ずさりして壁に激突した。
「もちろん喰うよな?」
「……あ、ああ」
「じゃあな、棄権するなら、さっさとしろ」
冬也が退室すると部屋は再び静かになった。様子が一変していた。


「……このまま何もしなきゃ俺と七原は処刑。三村達は国外追放なんだ」
良樹は立ち上がった。
「だったら1%でも可能性のあるほうに賭けたほうが、ずっとマシだぜ」
「ああ、そうだな。すっかり忘れてたぜ、俺達ははなっから背水の陣なんだ」
(……こいつら。冬兄のせいで、もっと落ち込むかと思ったけど逆だったみたいだな)
夏生は安心した。どうやら思った以上に根性のある連中だったようだ。
「そうと決まれば春海さんの心遣いを頂こうぜ」
良樹は保冷バッグを開け重箱をテーブルの上に並べた。
「お、おい、ちょっと待て」
夏生が止めるのもきまずに全員、その豪華弁当に集まってしまった。




「すごい。安野先生も料理上手だったけど、それよりも凄いよ!」
七原は感激すらしていた。思えば、この一ヶ月間というものアウトドアでろくな食事をとっていない。
「カードがついてるぞ」
『頑張ってね。特に桐山君のことは心から応援しているよ』と記してあった。
「『……彼女の笑顔のために』……彼女?まあ、いいや。皆、ご馳走になろう」
「ちょっと待った!」
夏生が慌てて重箱を取り上げた。
「何だよ夏生さん、一時間後には俺達戦うんだぞ。腹が減っては戦はできないっていうじゃないか」
「……七原、その台詞、これを見てから言え」
夏生は美味しそうな卵焼きを掴むと窓の外に投げた。


すると捨て猫が寄ってきたではないか。そして美味しそうに卵焼きを食べ出したではないか。
「……勿体無いな、あれ上手そうだったのに……い”!?」
猫がバタッと倒れ四足をピンと伸ばしたかと思うと痙攣している。
「……わかっただろう。あの兄ちゃんは料理下手ってわけじゃないんだけど味音痴なんだ。
あんな可愛い顔して激辛派なんだ。パフェにワサビつけて食べれるような人種なんだ」
どんな人間にも欠点はあるということを良樹達は知ってしまった。
「なかなかいけるんじゃないかな?だが、確かに随分辛いな」
「き、桐山何てことを!」
夏生は二重の意味で恐怖をしった。春海の殺人料理に耐えられる人間がいたなんて!
「……水をくれないか」
……と、思ったが、やはり限界があったらしい。
(鈍いのか?それとも、やせ我慢か……そうだよな)




「春兄の料理は俺が調べたもの以外はやめろ。ほら、このサンドイッチなら安全だぞ」
そうは言われても、ふらふらとした足取りで去ってゆく猫の後姿を見た後では食欲などわかない。
「それより夏生さん、俺達が戦う相手って、どんな連中なのかな?」
良樹の質問はもっともだった。戦闘前に敵を知っておくのは戦略の基本中の基本。
「おまえら運がいいぞ。相手もおまえら同様に一般人だ」
夏生はトーナメント表を見ながら、「これなら勝機がある」と明るい表情で宣言した。
「ただな、こいつらは異常な経歴の持ち主だから土壇場での性根はおまえらより上かもしれない」
「それは、どういう意味なのかな?」


「プログラムの優勝者なんだよ、こいつら全員」


プログラムという単語は、士気が上がった部屋の空気を重苦しくするには効果覿面だった。
「そんな顔するな。いいか、同情なんかするなよ。こいつらは今は政府の犬なんだからな」
夏生は強い調子で覚悟を求めてきた。
プログラム優勝者は、一部の例外を除いて政府側の人間になるしか人生のルートがない。
その新制度の為に、彼らは政府に軍人や工作員、警察の特殊捜査官などに仕立て上げられる。
今回出場してきた5人も、プログラム優勝後、特殊訓練を受けた人間達なのだ。
この大会で訓練の成果を確認し、その後、それぞれ政府が決めた部署に配属される事になるだろう。


「つまり、おまえら同様、こいつらも、ちょっと前までは完全な素人だったんだ。
実戦経験といえば、ド素人の同級生相手のプログラムしかない。
おまえ達は、俺がみっちりしごいてやったんだ。負ける要素は、まずない!」


夏生は力説した。確かに理屈ではそうかもしれない。
だが、プログラムという最悪の地獄から生還したのだ。普通の人間だと考えないほうがいいだろう。
「こいつは千寿昴(せんじゅ・すばる)、青森県のプログラム優勝者だ。
俺が調べたところ実力より口数が多い、つまり只のお調子者だ。
鷹司朝範(たかつかさ・とものり)、京都のプログラム優勝者。肉弾戦は大したことないが剣道の有段者だ。
斯波樹(しば・いつき)、熊本県のプログラム優勝者。見た目まんまの腕力だけの男だろ、つかまらなきゃ楽勝だ。
刀原勲(たちはら・いさお)、高知県プログラム優勝者。こいつは札付きのワルだったらしいから注意しろ。
最後の一人は岩城千尋(いわき・ちひろ)、鹿児島県のプログラム優勝者だ」
「お、女の子までいるのかよ」
良樹は眉をひそめた。真剣勝負とはいえ、女相手なんてやりにくい。
「女の子が、こんな危険なトーナメントに出場するなんて」
七原は良樹以上に、女と戦うことに躊躇していた。


「断っておくが、女が出場するなんて、そう珍しいことじゃないんだぜ。
出場資格に男子限定なんて条項はないんだからな。毎年5%前後の確率で女は出てくる。
第一、俺に言わせれば鷹司どもよりも、この千尋ちゃんの方が要注意だぜ」
「どうして?」
「理由は二つ。他の4人は完全に元素人に過ぎないが、千尋ちゃんは元々軍側の人間だった。
この子は国立の孤児院で育ったんだ。国立の孤児院が、どういう場所かおまえらも知ってるだろ?」
確認されるまでもない。国立孤児院は専守防衛軍の予備軍のような場所と言われている。
「この子も例外じゃない。小さい頃から陸軍で訓練受けたらしい」
確かに経歴だけ聞くと、民間で育った他の四人より厄介な相手に思える。
「もう一つの理由は、おまえらが女に対してとことん甘いことだ」
「……なるほど。確かに、このフェミニストどもに女に本気になれっていうのは難しいな」
川田は溜息をついて良樹達を見渡した。


「ならば簡単だ。その女は俺が相手をしよう」
突然名乗りを上げたのは桐山だった。
「俺は相手が女でも容赦も手加減もしない。それでいいかな?」
「それは駄目だ」
夏生に即座に否定され、桐山は僅かに眉を寄せた。
「なぜだ?」
「おまえは容赦なさすぎる。俺は『女の子は殺さない』ってポリシーを間接的にだろうが破りたくない。
それにメンバーはわかっても順番まではわからないんだ。誰にあたるかは神のみぞしるってことだ」
そうこうしているうちに時間はきた。

『ただいまよりAリーグの第三試合始めます。選手は、ただちに闘技場に集合してください』

「時間だ。いいか、後はつまらないことは気にせず、思いっきりやれいいな!」














闘技場はすでに大歓声に満ちている。しかし開会式の時のように震えることはなかった。
「両チームの代表前へ」
その場は、とりあえず年長者の川田が代表として壇上に上がった。
相手チームは鷹司という男だ。


(このガキもプログラムを……あの地獄を味わったのか)


不思議な事に川田は敵意を感じなかった。妙な親近感すら感じるほどだ。
「では試合形式を決めるように」
審判が指示すると同時に鷹司は熱く叫んだ。
「無論、男の勝負は一対一の真剣勝負!先に三勝した方が勝ち、異論はないな!?」
(……勝ち抜き戦の方が有利かもしれない)
川田はチラっと桐山を見詰めた。相手が元素人チームなら、桐山がいる以上負けはない。
万が一三敗を喫しようとも桐山一人で逆転勝ちをしてくれるだろう。
「……いいだろう。その条件でOKだ」
しかし川田は、相手チームの案を呑んだ。


(勝ち抜き戦なら敗北はない。だが桐山には次の試合でこそ力を発揮してもらう。
つまらない相手に体力を削られるわけにはいかないな)
川田は選手席から、此方を見ている科学省チームの視線に気づいていたのだ。
(緒方満夫……また、あのガキとやりあうことになるとはな。
次の第四試合、間違いなく、あのガキは勝ちあがってくる。その時こそ桐山が必要なんだ)
「よし、選手の順番はお互い10分間で決める。それでいいな?」
「ああ、勝手にしてくれ」
こうして短いやりとりで試合方式が決まった。




「川田、順番はどうする?やっぱり、ここは桐山の華々しい大勝利でスタートをきるのが善作じゃないか?
桐山の強さを目の当たりにすれば、大抵の奴はびびって戦意を喪失する」
頭が切れる三村は戦う順番にも戦略を持ち出してきた。
「え?ジャンケンじゃだめなのか?」
反対に純朴な杉村は、戦略など全く計算に入れてなかった。
「ならばコインで選択すればいい」
桐山はコインを空中に高く放り投げた。
「表が出たら三村案、裏が出たら杉村のジャンケンだ。裏……ジャンケンで俺はかまわない。
ところで、俺はジャンケンはやったことがない。どうすればいいのかな?」
良樹達が、試合前とは思えないポカーンとした表情になったのは言うまでもない。


「……たく、しかたのない奴だ。いいか桐山、これがグー、これがチョキ、これがパーだ」
しかし、さすがと言うべきか。川田は冷静な態度で桐山にジャンケンを教えてやった。
「よし、じゃあ決めるぞ」
7人は輪になってジャンケンした。パーを出した光子以外全員グーだった。
「あーら、あたしの一人勝ちね。じゃあ、あたしは見学ね」
「待て相馬、今のは遅出しだぞ」
「……桐山君、あなた初心者のくせに、どうして専門用語知ってるのよ」
結局、先鋒・杉村、次鋒・七原、中堅・良樹、副将・三村、大将・桐山となった。


(……まずいな桐山が最後なんて。宗方は勝てると豪語していたが……安心できん)


川田は今さらながら、これは失敗なのではと不安になった。
しかし、この先、ずっと桐山一人の力で勝てるわけがない。


(あいつらを信じてみよう。ここで負けるようなら、最初から可能性はなかったということだ。
それに考えようによっては桐山が最後という以外は最良の順番かもしれん。
杉村が先鋒なのは幸運だった。あいつは肉弾戦だけなら、かなり期待できる)


杉村が壇上に上がった。次いで相手チームの先鋒が壇上に姿を現した。
その途端、川田の自信は一気に砕けた。
「い、岩城……千尋~?」
何と相手は女、杉村は七原に勝るとも劣らぬフェミニスト!
ご自慢の拳法も攻撃できなければ意味がない。
「ちょっと川田君、大丈夫なの?杉村君の戦闘力って、はっきりいって男専門なのよ」
「……言うな相馬」
川田は、この時点で半分勝ちを諦めた。




「頑張れよ!」
「相手は女の子なんだから手加減してやれよ!」
川田の気持ちを知ってしらずか、良樹と七原ははりきって声援を送った。
「あ、ああ、まかせてくれ!」
杉村は力強くこたえたつもりだったが、その口調にはいまいち覇気がなかった。
(……杉村の奴、やはり女相手で躊躇している。まずい、まずいぞ)
川田の懸念はピークに達しようとしていた。
そして、その懸念は審判の試合開始の号令と共に一瞬で現実のものになった。
「……ぐっ」
千尋の蹴りをボディに決められ、杉村は腹を抱えてガクッと全身の体勢を崩した。


「す、杉村、どうしたんだよ!?」
「そんな攻撃、おまえなら平気だろ!?」
七原と良樹の声援も一瞬で悲鳴に近いものとなった。
「……あの馬鹿」
川田は苦々しそうに拳を握り締めた。

(女だと思って完全に甘くみたな。宗方の話を全く覚えてないのか)

岩城千尋は元々兵士だ。敵を潰す訓練など幼い頃から受けている。
間髪いれずに、人差し指と中指を杉村の顔面に突きつけてきた。
女には不似合いな殺気を感じ、杉村はかろうじて避けたがこめかみに爪痕が赤く滲んでいる。

(……目を潰されるところだった)

杉村は心底ゾッとした。自分と同年齢の女の子が、何の迷いもなく目を潰しにかかってきたのだ。
避けるのが遅かったら、杉村は視力を奪われていただろう。
下手をしたら眼球を潰され失明していたかもしれない。

「わかったか杉村!女でも相手は牙を剥いてきてるんだ。手加減なしでやれ!」

川田の厳しい言葉が飛んだ。









「甘い野郎だ。性別だけで相手を見くびったり本気になれない野郎は戦う前から勝機なんてない」
特別席から、試合を眺めていた晶は呆れたように言った。
「岩城はプログラムで十人以上の男を血祭りにあげて優勝した経歴の持ち主だ。
甘い態度にでてやれるような女だと思っているとはな」
「晶、おまえと岩城は昔なじみなんだろう?」
「ああ、親父の戦友が引き取って鍛えた女だからな。ガキの頃の知り合いだ。
あの時のガキがそのまま大きくなったんなら、あのノッポに勝ち目はまずないぜ。
あいつは直人の女版みたいな奴だ。女だと思って甘く見ると、あいつの逆鱗に触れる」









(……て、手加減なしでやれと言われても)

「本気で叩きのめしてやれと言っているんだ!相手を女と思うな!」
「そんなこと言われても、どう見ても女じゃないか……なっ!」
千尋の姿が消えた。良樹が、「上だ杉村!」と叫んでいる。
空中で千尋の脚が大きく振りあがった。
(踵落とし!?)
杉村は咄嗟に両腕をクロスさせて頭上に持ち上げた。受け止める気だ。


「避けろ杉村!」
「桐山?」


その声に杉村は反射的に従い避けていた。直後、千尋の踵落しをくらった床に穴が空いた。
小さな破片が飛び散るのを見て、杉村は目を大きく見開いた。

(この女、靴の踵に何か仕込んでいる!)

勝利どころじゃない、本気で杉村を殺す気でかかってきている。
杉村は衝撃を受けた。いくら実戦も同然といえ、仮にも試合ではないか。
相手の息の根を止めるつもりで戦いを挑むなんて。
「……ちっ、脳天をザクロにしてやろうと思ったのに」
その女の子らしからぬ台詞に杉村は再び衝撃を受けた。


「おまえ、あたしに対して『女だから手加減しよう』なんて思ったんだろう?」
「…………」
「おまえみたいな温室育ちに舐められるなんて……反吐がでるわ!」


再び蹴りがきた。これをくらったらまずい!
杉村は即座に避け、千尋の脚を取った。
(押さえ込んで動きを封じる。腕力で負けるわけがない!)
そのまま床に押さえ込もうとした杉村の目にキラリと危険な光がはいった。
ぴっ……と、小さな音がして空中に赤い雫が飛び散り、杉村は右目を押さえ、その場に崩れ落ちた。


「す、杉村ー!!」




【B組:残り45人】




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