良樹は満面の笑顔で、そう言った。まるで優勝したかのような楽観的な笑顔だった。
桐山の強さを何度も目の当たりにしてきた川田も随分と余裕のある表情になっている。
ただ、七原や三村、それに杉村達は、まだ切羽詰った顔をしている。
「元気だせよ、ほら笑えよ。な?」
「雨宮は本当に羨ましい性格してるよな……」
杉村は俯いてしまった。
「なあ、落ち込んでもしょうがないし、もっと前向きに――」
何かが、背後から良樹の肩にポンと手をおいた。やけに、ずっしりとした手の感触だ。
楽天家の良樹も青くなった。なぜなら眼前の同級生達が(桐山は例外)全員、此方をみて顔面蒼白になったからだ。
良樹は、おそるおそる振り向いた。
「がおっ!!」
「うわぁぁー!!」
――その相手は白い牡ライオンだった。
鎮魂歌―67―
「桐山君が来たの?あー良かった、あいつらだけじゃ心配だったもの。これで一安心ね」
光子はホッと胸を撫で下ろした。
「でも、後1人が……」
「大丈夫よ、それならあたしに考えがあるから」
光子は自信満々だった。どういう考えかは知らないが、光子が言うのだから間違いはないだろう。
「……それに心配なことがあるの」
「何よ、心配な事って」
美恵は光子と貴子に本音で話した。
正直な話、優勝どころか三位以内も無理なのではないだろうかと――。
そして、夏樹に全てを託されたはずの秋利と冬也の冷淡な態度にも不安があった。
この屋敷につれてこられてからというもの、春樹と夏生は始終顔を見せるが、あの二人は全く姿を見せなくなった。
春樹とどのような契約を結ぼうと、決定権を握っているのは、あの二人だ。
まるで本心が読めない二人は、春樹よりもはるかに厄介な存在として美恵は認識しているのだ。
「……冬也さんと秋利さんは私達に、いい感情持ってるとは思えないの。
今までは夏樹さんへの義理で色々と面倒を見てくれたわ。
その夏樹さんがいなくなった今、私達をどうするつもりなのかって心配で……」
美恵が感じた不安に光子と貴子は言葉を失った。
「夏生さんは私達を助けてくれようとしているわ。きっと光子のことは守ってくれるわよ。
でもお兄さん達がもしも私達の排除を決定したら、夏生さん反対しきれるかしら?」
「ぎゃぁぁ!!シ、シンジ!殺されるよ、雨宮が食べられちゃうぅ!!」
もっとも取り乱したのは豊だった。恐怖のあまり三村に飛びついている。
「お、落ち着け!下手に騒ぐんじゃない!!」
川田が両手を広げて、「落ち着け、落ち着くんだ」と指示を出した。
「猛獣ってやつは刺激すると、すぐにカッとなって手がつけられなくなる。
いいか、大声をだすな。あいつを刺激するんじゃない、わかったな?」
豊は半泣きしながら、こくこくと頷いた。
「よし……雨宮、いいか、そのまま動くな……動くなよ」
川田の指示に従うまでもなく良樹は突然のことで硬直していた。
「お、おい、これからどうするんだよ川田……このまま、あのライオンが消えるのを待つのか?」
「……何も言うな七原。今、どうするか考える」
こんな所になぜライオン(それも貴重なホワイトライオン)がいるのか。
ただ、じっと、その様子を見ていた桐山がふいに立ち上がって良樹に近付いた。
「おい桐山!下手なことをするな、雨宮が噛み殺されるぞ!!」
川田の制止もきかず、桐山は雨宮の、すぐ前まで来ると、すっと右手を差し出した。
ライオンはジッと桐山を睨みつけ、差し出された手の臭いをかいだ。
「お、おい……桐山?」
「静かにしてくれないか?」
桐山は、今度はこともあろうにライオンの頭にポンと右手を置いた。
良樹はビクッと反応する。ライオンは良樹から手を離した。
「少し離れてくれないかな?」
ライオンは桐山の言葉がわかったらしく少し距離を取った。
「た、助かった……」
良樹は、その場に両膝をついた。だが危険が完全に去ったわけじゃない。
「……な、何なんだよ、こいつは」
「おい、おまえら!」
その声に良樹達は敏感に反応した。
自分達を運命と言う名前の崖っぷちから突き落とそうそしている男・春樹登場。
「こんな所にいたのか。こっちに来い」
春樹の呼びかけにライオンが飛び跳ねるように駆けて行く。そして春樹に飛び掛った。
「お、おい!」
春樹が襲われたと思った良樹達はびびったが、桐山は「慌てるな。殺気がない」と冷静な態度を見せた。
「よしよし」
ライオンはどうやらじゃれているだけのようだ。その証拠に春樹の顔を舐めている。
「お、おい……そのライオンは」
「見ればわかるだろ。俺のペットだ、名前はレオ」
見りゃわかるだろ、って。普通の家じゃライオンなんて飼わねえよ……桐山以外の全員が、そう思った。
「言っておくぜ。レオは俺の愛獅子だから虐めるなよ」
「できるか、そんなことぉ!」
「まあいい。それより、見ろよ、これ」
春樹は自慢げに1枚の写真を取り出した。春樹と女性のツーショット写真だ。
「何だ、これ?おまえの彼女か?」
それはごく普通の質問だったが、春樹は呆れたように前髪をかきあげながら冷笑した。
「やっぱ、おまえら馬鹿なんじゃないのか?」
「あー!そ、その女のひとは!!」
滝口だけが興奮し声を上げた。
「に、人気声優の林原さんじゃないか!」
「わかるか。やっぱり、まともな人間はおまえだけみたいだな。
ふふん、勿体無いが、ついでにサインも見せてやる。それに着ボイスも録音させてもらったんだぜ」
良樹は、もはや何もいえなかった。まさか、それを自慢する為だけに来たのだろうか?
滝口だけは羨ましそうに目を輝かせている。
「それで、それがどうかしたのかな?」
桐山の冷たい声に部屋の空気に一気に亀裂が入るかのような緊張感が走った。
春樹はチラッと桐山に視線を移した。
「……レオが初対面の人間に心を許したのは初めてだ。なんだ、てめえは?」
「動物は無駄な争いはしない。ただ、それだけだろう。本能で相手の強さがわかるというしな」
春樹の目つきが険しくなった。
「何だって?じゃあ、おまえはレオよりも強いつもりかよ」
「そうは聞こえなかったのかな?」
二人のやりとりに川田は緊張しだした。
(……まずいな。こいつの機嫌を損ねたら、ますます状況が悪くなる)
川田の心配を余所に、桐山には下手に出るつもりはまるでないらしい。
春樹はじろじろと桐山を見詰めた。
「……ふーん」
春樹はいきなり桐山の髪の毛を掴んだ。
「おまえオールバックより前髪下ろした方がいいな」
そう言うと強引に髪型を変えてしまった。
そして学ランを投げつけ、「袖を通さずに着こなせよ。それ以外のファッションは当分認めないからな」と言った。
「さあ行くぞレオ」
春樹は、そのまま退室した。珍しいこともあるものだ。
「良かったな桐山。それにしても、あいつ何で大人しく引き下がったんだろう?」
桐山は与えられた学ランを両手で掲げた。
『風紀委員』の腕章がついているだけの、いたって普通の学ランだった。
「ああ、あいつは春樹がどうしても飼いたいってガキの頃に駄々こねて飼うことになったんだ」
良樹から一連の出来事を聞いた夏生はさらりと言った。
さらに夏生は、「あいつ以外にも春樹はペットがいるから注意しろよ」と警告した。
「虎毛の秋田犬の銀だろ。シベリアンハスキーのチョビ、虎猫のマイケル。
他に聞きたいことは?俺が知ってる範囲でなら教えてやるぞ」
「例のトーナメントのことだ。実際どんなものなのか知りたい」
桐山の質問を夏生は予想していたようだ。DVDを取り出した。
「百聞は一見にしかずだ。うちの兄ちゃんたちが優勝した時のやつだ、見るか?」
良樹達は固唾を飲みながら頷いた。
100型テレビに映し出された映像に良樹達は釘付けになった。
ただ桐山だけは(律儀にも春樹に指示されたファッションで)静かに画面を見ている。
「断っておくけど兄ちゃん達は特別なんだ。だから相手が弱いなんて思うなよ」
戦闘シーンの数々に良樹達は言葉を失った。これは試合なんかじゃない、殺し合いだ。
実際に死人と化して担架で運ばれている選手も何人かいる。
その中で夏生の兄達の活躍は華々しかった。ほとんど試合開始と同時に事を終わらせている。
次元が違うとは、こういうことを言うのだろう。
全試合が終了しても、良樹達はショックが大きかったのか、画面から目を離せずにいた。
「気持ちはわかるけど覚悟しろよ。大丈夫だ、俺が手取り足取り、みっちり格闘技教え込んでやるぜ」
その時、桐山がすくっと立ち上がった。
「俺には必要ない。それよりもやりたいことがある」
「何だ?」
「この時優勝したという、おまえの兄と戦ってみたい。賛成してくれるかな?」
『大丈夫よ美恵。いざとなったら、あたしの魅力で何とかしてあげるから。
だって夏生さんや春樹君が、あたしにメロメロなの知ってるでしょ。まかせてちょうだい』
美恵は溜息をつきながら廊下を歩いていた。光子は頼もしいが、それでも不安は拭えない。
(あの二人は一体何を考えてるんだろう?私達のこと本当は凄く邪魔者に思っているんじゃ……)
だとしたら、たとえ春樹との賭けに勝っても、彼らの気持ち一つで状況はガラッと変わってしまう。
夏生は(ちょっと性癖に問題はあるものの)いい人だ。しかし弟という立場上、逆らえ切れないだろう。
(本心が知りたい。何を考えているのか……あら?)
運命のいたずらか、廊下の窓から中庭を歩いている冬也の姿が見えた。
美恵には、それが絶好のチャンスに思えた。
じっくり話をすればわかってもらえるかもしれない。頼んでみようと決意した。
慌てて階段を駆け下り外に飛び出したが、そこに冬也の姿はなかった。
(どこに行ったんだろう?)
確か冬也は噴水の方に向かって歩いていた。
噴水の向こう側を見ると、迷路のような作りになっている薔薇園が目に飛び込んできた。
「……綺麗」
まるでヨーロッパの貴族の城の庭園のようだ。
遠くに小さな館が見える(小さなといっても、庶民の家とは大きさも豪華さも違う)
「あそこかしら?」
勝手に出歩くことに躊躇したが、「この屋敷の敷地内なら自由に歩いていいよ」と夏生は言っていた。
その言葉に今は甘えることにした。薔薇園を抜けたが、まだ冬也の姿は見えない。
「中にいるのかしら?」
館の玄関についている呼び鈴を鳴らしてみたが反応は無い。
鍵は開いていたが、さすがに勝手にはいることは戸惑いを覚えた。
「……もう少し、外を探してみよう。あ、雨?」
突然の夕立、まるで滝のような雨に美恵はあっと言う間に全身ずぶ濡れになった。
おまけにガシャンと屋内から音がした。窓から中の様子を伺うと大変なことになっていた。
「花瓶が風で倒れている」
窓が閉めてなかったらしく、雨を伴った風が凄い勢いで屋内を浸食していた。
美恵は慌てて中にはいると廊下の先の出窓を閉めた。
仕方なかったとはいえ勝手に入ってしまった。
しかし、この雨の中、外に出るのも勇気がいる。
(玄関で雨宿りさせてもらおう。理由を話せばわかってくれるわ)
玄関に戻る廊下の途中にあるドアが少し開いており中が見えた。
(……え?)
美恵は、思わずドアを開いた。そこは、とても美しい部屋だった。
センスのいい出窓には白いカーテン、壁も白を基調としており素晴らしい風景画が飾られている。
天幕付きの白いベッドに、クラシックだが愛らしい家具の数々。そして色とりどりの花。
一目で女性の部屋だとわかった。それも、どうやら若い女性のようだ。
だが不思議なことに、この部屋には人が住んでいる気配が全くない。
花瓶には生き生きとして花が飾られ、掃除も行き届いているにも係わらずだ。
ただ、この部屋の主は、深く愛されていることだけは感じた。
愛の無い相手に、こんな美しい部屋が用意されるはずはない。
「誰の部屋だろう……」
不思議な部屋。謎は時として人間を大胆にさせる。
美恵の目に机の上に伏せられている写真立てが飛び込んできた。
禁断の園に美恵は足を踏み入れ、その写真立てに手を伸ばす。
とんでもない秘密を知ってしまうような気がするが、それは知るべき重要なことに思えた。
「さわるな!!」
だが美恵の手が写真立てに届く直前、手首をつかまれた。
驚いて振り向くと冬也が立っていた。恐ろしい形相でだ。
「……貴様、誰の許しを得て、この部屋に入った?」
「あ、あの……」
慌てて理由を説明しようと思ったが、冬也の全身から殺気が溢れ恐怖で声が出ない。
「出て行け!この部屋に二度と近付くな!!」
凄い剣幕で怒鳴られ美恵は無我夢中で逃げ出した。
「冬也、あれはいかんだろ。あの子、雨が入ったから窓閉めてくれただけだ」
忌々しそうにベッドに腰掛けていた冬也を秋利は諌めた。
「……知るか。秋利、おまえもだ。この部屋には入るんじゃねえよ」
「ああ、わかってるよ」
秋利が姿を消すと、冬也は前髪をかきあげながら小さく舌打ちした。
そして机に伏せてあった写真立てを手にとり、写真を見詰めた――。
(……怖かった……本気で殺されるかと思った……)
あの殺気は本物だった。美恵はまだ震えていた。
雨は一時的なものだったらしく、止んでいたがそれでも恐怖で体が寒い。
「美恵ちゃん!」
夏生が慌てて駆け寄ってきた。
「悪い、あの館には近付くなって言うの忘れてた」
「知ってるの?」
「ああ、秋兄ちゃんから携帯に連絡はいったんだ。ほんと、悪かったな。
あそこのことはちゃんと言うべきだった。すっかり忘れてたよ、ごめんな」
「あの部屋は誰の?」
「さあな」
驚いた。夏生ですら知らないなんて、本当に謎だ。
「冬兄が管理してんだけどさ。兄弟の俺達にも近付くなってうるさいんだよ。
夏樹兄ちゃんと秋兄は知ってるみたいだけど、何も言ってくれやしない。
美恵ちゃんには関係ないから忘れろよ」
「……ええ」
関係ないと言われたが、美恵は不思議と、そんな気にはならなかった。
「それより、とんでもないことになった。兄ちゃんも兄ちゃんだが、あの桐山ってちょっと変だぞ」
「桐山君がどうかしたの?」
「兄ちゃんとガチでやらせろと言い出した」
「桐山君が!?」
「優勝経験者とやりあって、大会のレベル知りたいつもりだろうが今はやばい。
冬兄の奴、ご機嫌最悪で『だったら俺が叩きのめしてやる』だと……下手したら殺すぞ」
「……そんな」
美恵は震えていた。冬也が不機嫌なのは明らかに自分が原因だ。
「夏生さん、お願い止めさせて!私が悪いの、私がお兄さんを怒らせたから……!」
「美恵ちゃん、落ち着けよ」
「アーハハハ!やりたきゃやらせてやりゃあいいんだ!!
俺が直接、手を下すまでもないってことだな。手間が省けたぜ!!」
「……はぁ?」
「……え?」
美恵と夏生は同時に振り向いた。
「ふ、冬樹!」
「冬樹君……どうしてここに!?」
二人の疑問を余所に冬樹は両腕を広げ微笑んだ。
「待たせたな美恵、さあ飛び込んで来いよ」
「なあ冬也、本当にやるのか?」
「あのガキがやりたいと言ってるんだ。少し遊んでやるさ」
「お遊びで終われるのかあ?ちょっーと八つ当たりしよ思ってるだろ?」
図星だったらしく冬也は眉を不快そうに寄せた。
「あんまりやりすぎると夏兄さんに顔がたたないから手加減してやれよ」
「さあな。それよりも、天瀬瞬の情報はまだなのか?」
「ああ、腕利きの情報屋使って捜させてるけど、全く引っ掛からない。完璧に姿消してる。
けど、天瀬瞬が相手なら殺されることは無い。特撰兵士の連中も、そう思っているはずだ」
「K-11からの接触は?」
「それもない。ま、自分らが保護するよりも、うちにいる方が安全と思って様子みてるだけかもしれんし」
結論は『今は様子見するしかない』ということだけだった。
「焦ることもないなら春樹のお遊びに付き合ってやるのも一興。暇つぶしだ」
冬也と秋利は屋敷内にあるトレーニングルームに向かった。
生意気にも挑戦状を叩きつけてきた桐山はすでに待っていた。
春樹が怒り心頭で桐山に怒鳴りつけている。
「兄貴と戦うなんて、おまえ何様のつもりだ!?おまえなんかが俺の兄貴の相手になるわけねえだろ!
うちの兄貴は世界最強だ、ただの一般市民の分際で兄貴に挑戦状叩きつけるなんて図々しいんだよ!!」
「大会に出ろといったはおまえではないのかな?」
「うるせえ!兄貴に二度と無礼なマネできないようにしてやる!
おまえなんか暗黒武術大会にでるまでもねえ、俺がぶっ殺してやる!」
「春樹、いいから黙ってろ」
「あ、兄貴」
春樹はスタスタと冬也の元に駆け寄った。
「兄貴、あいつ生意気すぎるぜ!」
「だから身の程知らずなマネしやがったら火傷じゃ済まないことを俺様が直々に教えてやる」
冬也はチラッと春樹を見詰め、「それから暗黒武術会じゃない」と付け加えた。
「おい桐山、本当にやるのかよ!」
良樹は必死に桐山を止めようと説得を繰り返していた。
もっとも、桐山はやめろと言われてあっさりやめるような性格ではない。
「何だって、こんなことするんだ?本番前に怪我したらどうするんだよ!
あいつは、おまえが今まで相手にしてきた不良と違って強いんだ」
「俺は生まれて初めて勝てなかった。相手は薬師丸涼という特撰兵士だった」
薬師丸涼の名前を出した途端、それまで桐山を見下していた冬也の目が真剣なものになった。
「大会にあいつと同じレベルの奴がでてきたら今の俺では勝てるとは言い切れない。
だから、その前にあいつを超えたい。必要なことなら何でもやる」
(……あのガキ、薬師丸とやりあったのか)
薬師丸涼は兄・夏樹が勝てるかどうかわからないと最高級の賛辞をもって評価している。
桐山が薬師丸と戦うなど冬也にとっては100年早いと言ってやりたい心境だった。
だが喉から出掛かっている言葉を冬也は形にすることに躊躇していた。
それはおそらく桐山に、得体の知れない何かを感じ取っているからだろう。
(見れば見るほど嫌なガキだぜ。あいつと同じ目をしていやがる)
冬也の脳裏に一人の少年の姿が浮んだ。冷たく迷いの全くない特異な目をした少年が。
「……面白くねえ」
冬也はトレーニングルームの中央に移動すると、右手をポケットに入れた。
「おまえは薬師丸が今まで出会った敵の中で最強だとほざいたな」
「ああ、そうだ」
「かかってきな。俺様がてめえに上には上がいることを教えてやるぜ」
「離して冬樹君!止めないと、桐山君を止めないと!!」
「だから、せっかくのチャンスだろ。あいつのことは忘れろって。
いや、俺がいやってほど忘れさせてやるぜ」
「おい冬樹、いい加減に離してやれよ」
こんな時だというのに美恵は突然現れた冬樹に足止めを喰らっていた。
「やっと再会できたんだ。もう二度と離さないぜ」
「冗談はやめて!それに冬樹君は恋人がいるっていってたじゃない!」
「ああ良恵な。もちろん愛してるさ。けど安心しな、おまえのこともちゃんと愛してやる。
順番だから良恵が正妻で美恵は第二夫人になるけど、愛情は平等に与えてやるからな」
美恵は冗談じゃないとばかりに冬樹の腕の中でもがいた。しかし冬樹は頑として離さない。
「ちょっと、あんた美恵に何をしているのよ!」
美恵の姿が見えなくて捜していた貴子。
その目には美恵が痴漢に襲われているようにしか見えなかった。
「すぐに美恵から離れなさいよ!」
冬樹はじっと貴子を見詰めた。そして「ふふふ」と笑い出した。
「……おまえ名前は?」
夏生は「げっ」と、小さく叫んだ。冬樹の悪い癖が、また出た事を悟ったのだ。
「聞えなかったの!?早く美恵を離しなさいよ!!」
「おまえ、もしかして……やいてるのか?」
「……はあ?」
貴子には冬樹の言動は理解不能だった。
だが、この意味不明人間に大事な親友がセクハラされているのは事実。
言ってわからないなら実力行使しかない。貴子は冬樹に立ち向かった。
「さっさと美恵を解放しなさいよ。この変態!」
貴子ご自慢の脚線美が高く振り上げられた。陸上部で鍛えた脚力は蹴りにも十分通用する。
しかし、それは当たればの話だ。冬樹は貴子渾身の蹴りをあっさりと避けた。
おまけに空中回転して貴子の背後に着地。
慌てて貴子が裏拳を繰り出せば、その手をつかみ、さらに貴子の顎をつかんで強引に顔を向かせた。
「顔、合格」
「何、変なことほざいてるのよ、このセクハラ野郎!」
「いいぜ、付き合ってやる」
貴子は予想外の言葉にポカーンとなった。貴子だけでなく美恵も呆気にとられている。
夏生だけは、「あーあ、また始まったぜ」と見慣れた光景の再現に溜息をついていた。
「おまえ、俺に惚れたんだろ?」
「どう考えたら、そうなるのよ!離さないと痛い目にあわせてやるわよ!!」
「隠すな隠すな。俺にはおまえの心が手に取るようにわかるぜ。
いいぜ、おまえ俺の好みだから特別待遇にしてやる。
俺には良恵や美恵がいるが、なーに将来総統になれば一夫多妻が合法になるから問題ない。
第五夫人くらいにしてやるぜ、嬉しいだろ貴子?」
「ふ……」
貴子の怒りが爆発した。侮辱されたと感じたようだ、当然だろう。
「ふざけないで!」
貴子は脚を突き上げた。が、冬樹は簡単に貴子の攻撃を紙一重で避けてしまう。
「おい、そろそろ素直になれよ。もっとも、そんなところも可愛いぜ」
「冗談じゃないわよ!こっちは、あんたなんかと遊んでいる暇ないのよ!
一ヵ月後には弘樹が妙なトーナメントに出場するって言ってるって言うのに!
あいつが出場するなら……あたしもメンバーになるわ。だから、あんたと遊んでる暇なんてないのよ!」
貴子の決意に美恵と夏生は驚いた。貴子は、いざという時は、女の身で出場するつもりでいたのだ。
「貴子ちゃん、何てこと言うんだ。あれは女の子がでるようなもんじゃないぞ。
特撰兵士ほどじゃないけど、それに次ぐレベルの連中が出場する。
確かに女の出場者がいないわけじゃないけど、全員戦闘のプロなんだ」
話が飲み込めない冬樹だったが、特撰兵士に次ぐレベルの者が出場すると聞いてピンときた。
「政府主催のトーナメントか?おい貴子わかってるのか?死ぬことだってあるような危険な大会だぞ」
「弘樹は……あたしの幼馴染は出るわ。他の同級生もね。
あいつらが出場するのに女だからって安全な高見の見物に専念するわけにはいかないのよ。
あたしはね、子供の頃からベストを尽くすのが好きだったの。たとえ、それが危険な事でも」
冬樹は黙って貴子を見詰めていた。そして大声で言った。
「気に入った!おめでとう貴子、第三夫人に昇格だ!」
【B組:残り45人】
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