良樹は舌打ちした。七原は落ち込んで座りこんだままだ。
「そう落ち込むな二人とも。前進したと思えばいいだろう」
川田は煙草をくわえながら諭した。確かに処刑と比較すれば、大きな一歩だろう。
春樹が出した条件をクリアすれば、過去のことは水に流してくれるというのだから。
しかし、その条件と言うのが一筋縄ではいかないものなのだ。
「川田の言うとおりだぜ。俺や杉村も協力するよ。な?」
「ああ、皆で頑張ろう」
「ありがとう三村、杉村」
鎮魂歌―66―
「何ですって、弘樹が政府主催のバトルトーナメントに出場する!?」
貴子は鋭い目で夏生を睨みつけた。
「……貴子ちゃん、怒らないでくれよ。ベストを尽くした結果だ」
バトルトーナメントに出場して3位以内に入る。それが春樹が出した条件だった。
「政府主催の大会に出場なんて逮捕してくれって言ってるようなものじゃない!
あたし達は負われている身なのよ。それを忘れたの!?」
貴子の指摘は最もだった。
大会に出場するどころか、会場に姿を現した途端に拘束されるのオチだろう。
「ああ、その点なら大丈夫。貴子ちゃん達は爆発事件で死んだことになってるさ。
原型が残らないくらい悲惨な死体になったことで納まってるから。
もちろん変装はしてもらうことになる。それで一件落着ってことでいいんじゃないか?」
夏生は楽観的だったが、貴子は心配でならなかった。
「変装しても、私達を追っていた連中にはばれる可能性が高いわ。間近で顔を見られているのよ」
「大丈夫、大丈夫。特撰兵士はこのトーナメントには出場できないルールになってるから。
来場するとしても貴賓席だろ。遠目だからばれるわけないって。な、安心しろよ」
「……本当に安心できるんでしょうね」
貴子はいまいち信用できなかった。
「ところで夏生さん、そのトーナメントの詳しい話を聞かせて。
まさかとは思うけど死人が出るような危険なものじゃないわよね?」
美恵はそれが心配だった。トーナメントで死んでしまっては元も子もない。
この国は軍事国家、スポーツマンシップに乗っ取った健全なものであるはずがない。
「政府が主催ってことは全国の猛者が出場するでしょうし、それに軍人だって……。
皆は強いといっても民間人よ。戦闘のプロ相手じゃ怪我では済まないことになるわ」
「……美恵ちゃんが心配するのもわかるよ。
特撰兵士は出ないとはいえ弱い相手しかいないってことじゃねえもんな。
逆にいえば特撰兵士以外で腕の自信にある奴は出場しまくりだからなあ。
ちなみに二年前はうちの兄ちゃん達が優勝してる。あの時は圧勝だったぜ。
ただ、あんまり派手に勝ったせいで季秋家の人間は次の大会から出場禁止になったんだ。
春樹は兄ちゃん達みたいに自分も出場して優勝するつもりだったから頭にきてるんだ。
しょうがないって諦めていたけど、内心、未練あったんだなあ」
「それで、いつ開催されるの?」
「一ヵ月後」
「一ヶ月……あ、それなら夏樹さんが帰国するわね」
夏樹が帰国すれば、きっと春樹とのいざこざを取り成してくれるだろうと美恵は期待した。
秋利と冬也は非情な性格で春樹をなだめてくれなかったが夏樹ならきっと……。
そんな淡い期待を裏切るように夏生は呟くように言った。
「……ああ、言い忘れたけど夏兄ちゃんは一ヵ月半は帰国しないよ」
美恵はがっくり肩を落とした。
「なーに、心配しなくても俺がきっちり格闘指南して誰にも負けないように強くしてやるって。
その報酬だけど、あいつらが、めでたく3位内に入ったあかつきには……美恵ちゃぁ~ん、ぐふふふ」
夏生は指をいやらしく動かしながら、美恵に近付いた。
「あーら夏生さん。あたしはお目当ての女じゃなかったのね」
突然の光子登場に夏生は、しまった!と硬直した。
「いいのよ、あたしに飽きたのなら。あたし、お別れしてあげるわ」
「み、光子ちゃん、誤解だよ~。俺が愛してるのは君だけ。ね?機嫌直してよ」
「もう美恵には手を出さない?」
「うんうん、なっちゃん、もう浮気しなーい。光子ちゃんだけだよ」
光子は美恵に、そっと耳打ちした。
「これで安心よ美恵」
「ありがとう光子」
気を取り直して、美恵は夏生に質問を続けた。
「やっぱり軍人が出場するの?」
「そりゃそうさ。制約がゆるいから民間人も出場できるけど、そんなのはほんの僅か。
下手に出場してみろ、最悪の場合、生きて帰宅できなくなる」
大会は一チーム7名まで。一試合は5名の戦士同士のガチバトルとなる。
先に3勝した方が勝利。補欠は1名、ただし一度しか使えない。
武器の使用も認められるが、制限がある。
まず銃火器類や毒物は不可、刃物も刃渡りの長い物は駄目。
防御に関するものは防弾チョッキはおろかヘルメット等、ダメージを防ぐもの全般禁止。
「チーム7名なんていってるけど優勝狙うようなチームは相当な自信家の集まりだ。
だから5名だけで登録する連中が多いんだぜ。
ま、あいつらは名誉のために出場するわけじゃないから臆病者呼ばわりされてもOKだよな。
それに、これはちょっとセコイ話になるけど登録者が少ないと金も少なくて済むからな」
「お金がいるの?」
「そ、武器にも登録代いるんだ。だから強い連中ほど安上がりで出場できるってわけさ」
「……案外、セコイのね」
「兄ちゃん達は5人だけで出場したぜ、当然武器もなしだ。
3勝すりゃあいいんだから、3人だけで十分って言ってたくらいだ。
けど試合には必ず5人そろえてってのが規約だから仕方なくな」
そこまで話を聞いて、金にうるさい光子が「その金は誰が出すのよ?」と尋ねた。
「……ああ、それなんだが春樹が出すってさ」
美恵は驚いた。言いだしっぺとはいえ、随分と気前がいいものだ。
とてもフィギュアを壊された腹いせに処刑するとわめいた人間とは思えない。
「その代わり妙な条件だしたけどな」
「条件?」
「……ああ、我が弟ながらセコイっていうか……何と言うか」
夏生は、はあっ、と溜息をつきながら天井を仰いだ。
「おい、とにかくやると決めたからにはやるしかないだろ」
「……三村、おまえポジティブだな……俺は貴子に顔向けできなくて」
「おい杉村……元気だせよ」
「元気だせるかよ!あの小椋って奴、大会登録料を出す代わりに――」
杉村は両手で頭を抱え出した。
「3位どころか優勝しなかったら恥ずかしいコスプレして街中練り歩けって言うんだぞ!!」
『コ、コスプレ?』
『そうだ。優勝したら登録料は賞金で返してもらうさ。
だから、その担保代わりに負けた時は、おまえ達に恥ずかしい思いをしてもらうぜ』
春樹は、真っ先に良樹と七原を指差した。
『まずはおまえら!雨宮と言ったな、おまえにはセーラームーンのコスプレして原宿を歩いてもらう。
そして綾波を直接ぶっ壊してくれた七原!おまえはヒソカのコスプレでもして渋谷を七週半しやがれ!!
それも全身白タイツ集中線バージョンだ!ついでに『ズギューン』効果音もつけてやるぜ!!』
『……セ、セーラームーン』
『……全身白タイツに集中線……なんだ、それ?』
アニメ、漫画関係に疎い七原には意味不明だった。
しかし滝口の哀れみに満ちた目を見る限り、とんでもなく恥ずかしい格好だと悟ることができる。
『……ど、どうしよう雨宮……もしかして大人しく処刑された方がマシかもって気になってきた』
『早まるな七原……勝てばいいんだ。勝てば……』
落ち込む二人を見て春樹は勝ち誇ったように冷笑していた。
春樹の魔の手は勿論のこと他の人間にも及んだのである。
『おい、そこのオヤジ!』
『……それは、もしかして俺のことか?』
川田は煙草の煙を吐きながら溜息をついた。
春樹の異母弟・冬樹に散々失礼なことを言われたのだ。もう半ば諦念している。
『おまえはこいつらの逃亡に手を貸した。だから三番目に罪が重い!
……と、言いたいところだが、おまえは漫画に対する造詣が深いから特別に妥協してやる。
おまえはメーテルのコスプレして銀座でお茶しろ。
そっちのノッポはラムちゃんのコスプレして海ほたるにでも出現するんだな。
そして俺に散々たてついた生意気なツンツン野郎!』
『……おい、俺には三村って名前があるんだ』
『三村だか四村だかしらねえが、おまえは城戸沙織のコスプレして霞ヶ関でともだち音頭踊りやがれ!』
『……何気に俺が一番酷くないか?』
滝口が三村の服の裾を引っ張り、こっそりと耳打ちした。
『大丈夫だよ白タイツが一番恥ずかしいから。下手したら公然猥褻罪になるかもしれないんだよ』
三村は複雑な気分になった。喜んでいいのだろうか?
こうして5人の処遇が決まった。春樹はさらに言った。
『で、残り二人と補欠は決まったのか?もちろん5人でも構わないぜ。
でも、おまえらだけじゃ優勝どころか一回戦突破も無理だろ?』
春樹はわざと棘のある言い方をした。
夏生曰く、可愛い弟という話らしいが、とてもそうは思えない。
『まあいいさ。俺も鬼じゃないから、コスプレの刑はおまえ達だけで勘弁してやるぜ。
じゃあ、一ヵ月後の優勝めざしてせいぜい頑張れよ』
春樹は意気揚々と部屋を後にしようとした。
『ちょっと待てよ』
そんな春樹を三村が引き止めた。どうしても腹の虫が納まらなかったのだ。
豊が三村の服の裾を引っ張りながら、『よしなよシンジ』と小声で諌めるが三村は聞く耳もつつもりないようだ。
『一方的に恥ずかしい罰ゲーム課しやがって、随分とアンフェアなことしてくれるじゃないか』
『何が言いたい?』
『俺達が優勝したら、おまえも罰ゲーム受けろよ』
『何だと?』
春樹はあからさまに不快な顔をした。しかし三村の言い分にも一理ある。
『いいだろう。俺はフェアな男なんだ、平等に俺もデメリットを背負ってやろうじゃないか。
もし、てめえらが優勝したあかつきには――』
『雲雀恭弥のコスプレして秋葉原をリムジンで走ってやるぜ!!』
「……わかった三村、俺も男だ。もう愚痴は言わないよ」
杉村は観念したようだ。
「でも、残りのメンバーはどうするんだ?滝口や豊はダメだぞ、可哀相だ」
「……そうだな。あいつら出すくらいなら相馬や千草に出てもらった方がまだいい」
「何だと!駄目だ、駄目!貴子を危険な目に合わせるなんて絶対に駄目だ!」
「落ち着けよ杉村、例え話だよ」
杉村と三村のやり取りを見詰めながら川田は相変わらず溜息をついていた。
「川田、ちょっといいか?」
「何だ雨宮」
「小椋が嫌味で言ってたことだけど、確かに5人じゃ不安だ。メンバーはフルでいくべきだと思わないか?」
7人のメンバーを上手く使った方が勝利の可能性はグンとあがる。
もちろん、弱い人間では駄目だ。滝口と豊に戦闘力を期待するのは酷すぎる。
「これはゲームじゃなくバトルなんだ。怪我人でること前提に考えた方がいいだろ?
5人だけじゃあ不安だ。可能な限りメンバーは集めるべきだぜ」
「おまえの言うとおりだ。けど、現時点でバトルできる仲間は俺達にはいない」
川田は捕まっている仲間のことを思い出してみた。
そして溜息をつきながら頭を左右にふった。
「……いや、捕まっている連中の中にもいないな。
むしろ、戦える人間が揃っている、この現状が奇跡なんだ」
――桐山がいてくれれば……川田は、それが何よりも残念だった。
「バトルトーナメントに出場させる?」
「ああ、構わないだろ兄貴?」
春樹の申し出に秋利はちょっと考えて、「まあ、好きにしろ」と言った。
「兄ちゃん達は忙しいから、おまえには構ってやれんよ。だから、おまえと夏生でやれよ」
「ああ、わかっている。兄貴達の手は煩わせないよ」
「そうか、しっかりやれよ。冬樹みたいにヘマするな」
「冬樹の奴、また何かしたのか?」
「科学省の兵士につかまったらしい。秋澄兄さんが迎えに行ってるよ」
「おい、いい加減に泣き止めよ兄貴」
「これが泣かずにいられるか!おまえはいつになったら、素行不良を治す気になってくれるんだ!
おまえのために兄さんがどれだけ苦労しているか……まして今のおまえは勘当中の身。
だから、おじい様や叔父さんに内緒で、こうして兄さんが保釈させてやったんじゃないか!」
冬樹が軍に捕らえられた事は、即座に季秋家に伝達された。
しかし叔父・雄大は、「実刑をもって処置してくれて結構」と冷たく突き放したのだ。
軍に対して違法行為をしたのだ。たとえ未成年といえど、重い罰が課せられるだろう。
次兄・秋澄は弟に非情になりきれず、こっそりと助けにきたのだった。
「葉月が政府に強力なコネがあって助かったよ。季秋のコネは使えなかったからな」
葉月の祖母は歴代の首相の中でも特に大物だった西園寺総理の娘だった。
西園寺派は、今でも政界の最大派閥。
西園寺家の直系が途絶えている今、傍系とはいえ亡き西園寺首相の血を引くのは葉月一人。
その為、西園寺子飼いの政治家達は葉月に対して特別な思いを抱いている。
おかげで国防省に縁の深い議員に頼み冬樹を釈放させてやることができたのだ。
「なあ兄貴、俺に対してふざけた事しやがった薬師丸涼を左遷させろよ」
「おまえって子は……人のせいにしないで、いい加減に自己反省しなさい!」
「俺は反省だの後悔なんて言葉は似合わない男なんだぜ兄貴」
「おまえ自分の将来を真剣に考えたことあるのか?一度でいいから10年後の自分を想像してみろ」
「十年後の自分?」
冬樹は想像力を全開にした。そして酔いしれるように目を閉じながら言い放った。
「眩しくて見えないぜ」
秋澄は、もはや涙も枯れ果てた。この弟は生涯心を入れ替えることは無いだろう。
「もういいから帰ろう。おじい様や叔父さんには内緒にしてあげるから」
冬樹はソファにふんぞり返って脚を組みながら偉そうにこう言った。
「しょうがねえなあ。兄貴の顔をたてて帰りたくもない家に帰ってやるか。
まったく我侭な兄弟を持つと苦労するぜ。俺に感謝しろよ」
「…………」
秋澄は、もう何も言わなかった。
「季秋冬樹が釈放された?」
国防省にまともに歯向かったのだ、普通なら簡単には外にでれないはず。
「あいつの兄ちゃんって男が迎えにきて連れていっちゃんだよ。どうするの?」
満夫はお菓子を食べながら質問した。
「もういい。これは国防省の問題だ、科学省の俺達には直接関係ない」
薬師丸は、もう冬樹には興味がなかった。それよりも気になる事がある。
桐山、そして結果的に桐山を助けた謎の男。
その謎の男が残した妙な言葉。
『水島克巳の女を調べてみろ。科学省が欲しがってる答えの糸口になるぞ』
(克巳の女……か。目ぼしいのは同じ国防省の鹿島真知子に真壁沙耶加、大久保早苗だ。
三人とも科学省とは何の関係もない。あいつは女を利用はするが馬鹿じゃない。
簡単に女を信用して自分をさらけ出すことはしない。あいつと女の関係は大半は一方的な間柄だろう
危険な秘密を共有するような女がいるなら、周囲にはばれないように上手く付き合っているはずだ)
「満夫」
「ん……何?」
窓際で気持ち良さそうに日向ぼっこをしていた満夫は眠そうに目をこすりながら上半身を起こした。
「おまえ克巳の交友関係について何か知ってないか?」
「水島さんの交友関係?」
「ああ、異性関係に関する情報なら尚いい」
満夫は「ん~?」と考え込んだ。
「それって水島さんとHなことしてる女の人ってこと?」
「……おまえ、あどけない顔して、はっきり言うんだな」
満夫は科学省では情報収集関係の任務につくことが多い。
国防省で最も厄介な存在である水島のことなら調査済みだろうと薬師丸は期待したのだ。
「世間に関係を知られていない女の情報がないか?」
「秘密ちゃん?岩男弥生とかさあ、不破瑞希とかは?」
「三沢財閥の跡取りや竜也の女じゃないか……そうか、克巳のスパイだったのか。
道理で、あの女達の恋人を見る目は、やけに冷めていたわけだ」
「警視総監の娘の富貴原瑠璃とか、総統陛下の第三夫人の姪の堂本舞子とか」
総統の第三夫人には息子がいる。つまり堂本家は総統の外戚だ。
「……宣昭殿下の従妹にまで手を出していたのか。呆れた男だ」
「あ、そうだ!薬師丸さんのフィアンセの美緒さんともホテルに入ったことあるよ」
「……それなら、とっくに知っている。克巳本人が自慢げに告白してきた」
満夫はそれからも女の名前をズラッと並び立てた。
薬師丸は半ば呆れ、半ばがっかりした。
どの女も、克巳が素人スパイに使っているような小者や、世間知らずのお嬢様ばかり。
謎の男が言っていた科学省と関係のありそうな女の名前は1人も出てこない。
「満夫、内密で克巳の異性関係を調べてくれないか?」
「内密で?」
「ああ、そうだ。上はもちろん、家族や友人にも秘密だ」
「姉ちゃんにも秘密?」
「嫌か?」
「んーん、全然。薬師丸さんの頼みなら、全然いいよ」
「良恵が行方不明!おい、どうなってるんだよ!?」
攻介は半ば興奮しながら直人に詰め寄った。
「落ち着け攻介!直人にも言い分があるだろ」
俊彦が必死になって攻介を止めている。
「けど国防省で良恵が神隠しにあったんだぞ。何の手掛かりもないなんて納得できるもんか!
なあ直人、何か残ってないのかよ。目撃者とか隠しカメラとか!」
「……それが何も残ってない」
残ってないのは当然だった。
冬也によって良恵が瞬に連れさらわれる映像は盗まれていたのだから。
「……まさかとは思うが爆発で死んだ……なんてことないよな?」
「いや、それはない」
直人は即座に否定した。回収された遺体の中に良恵はいなかった。
生きている。少なくても国防省を襲ったテロ事件では死んでいない。
「つまり可能性は二つ。良恵が自分で姿をくらましたか、誰かにさらわれたかって事だよな?」
「ああ、そうだ。可能性としては後者の方が高いな」
そうなると問題は誰がさらったかと言うことだろう。
「水島か薫なんじゃないのか?」
「ああ、あいつらならやりかねない。と、いうか、あいつらが何もしないわけがない!」
俊彦と攻介は完全に疑心暗鬼になっていた。
「そんなわけないじゃないですか。水島さんと立花さんは任務で出掛けていたんですよ」
突然の第三者の声に三人は不愉快そうな表情で振り向いた。
「……おまえ、何の用だ?まだ科学省に戻ってなかったのか」
その声の主は科学省の江崎寿だった。直人を捜してうろついていたのだ。
「俺に何の用だ?」
「何の用だじゃないですよ。早紀子ちゃんが捜してましたよ」
直人のこめかみに青筋が現れたが寿は構わず続けた。
「可哀相じゃないですか。婚約早々、フィアンセにほったらかしされるなんて」
俊彦と攻介はそろって驚愕した。突然の事で声は出なかった。
「俺、これからは一ファンとして早紀子ちゃん見守ろうと決めたんです。
だって、国防省の特撰兵士と長官の孫娘じゃベストカップルすぎて、とても割り込めないや。
それなのに肝心のフィアンセが早紀子ちゃんに冷たいなんて納得できないよ!
これじゃあ何の為に俺達ファンが悲しみの涙流したのか……げっ!」
寿は、それ以上言えなくなった。直人の目が殺意で満ちていたからだ。
直人は、この件は秘密にしておきたかった。
それが寿のおかげで俊彦や攻介にばれてしまったのだ。
親友にすら言えない屈辱の婚約。
ほんの二時間前に、国防長官の越権行為によって内定してしまった。
直人の父は、身分違いや年齢を持ち出し抵抗したが、お天気脳の長官には通じない。
早紀子が二度も拉致されたせいで、長官の精神の糸は切れていた。
是が非でも二人を婚約させると言い張りと引かなかったのだ。
『やはり、どんな時もそばにいて早紀子を守ってくれる相手が必要だ!』
長官は勝手に舞い上がった。直人にとっては迷惑この上ない話だ。
『ありがたい申し出ですが、せめて直人が成人するまで、この話は――』
『菊地君、これは国防省長官としての命令だ!潔く受命したまえ!』
直人の人生は、そこで終わった――。
直人の父は、せめて、しばらく内密にと頼んだ。
だが、こともあろうに早紀子自身がルンルン気分で言いふらてしまった。
僅か30分後には直人は嫉妬と羨望のターゲットになっていたのだ。
「……な、直人、おまえ」
「……そ、その……何て言っていいか」
俊彦と攻介は言葉に詰まった。『おめでとう』とは口が裂けても言えない。
早紀子は可愛い子には違いないが、直人にとっては嫌いなタイプだ。
かといって、あからさまに『災難だったな』などと言えば、直人のプライドをもろに傷つけることになる。
「……無理しなくていいぞ二人とも」
直人は右手で額を押さえた。さらに頭痛を酷くする元がやってきた。
「やあ直人。おめでとう、話は聞いたよ」
その嫌味ったらしい口調、顔を見なくても誰なのか、すぐにわかった。
「……何の用だ薫」
「冷たいなあ、今、君は人生で最も輝いているんじゃないか。少しくらい僕に幸せをわけてほしいよ。
いやあ、それにしても本当に驚いたよ。
常日頃、僕を蔑みの目で見ていた君が、こんな露骨に出世目当ての婚約をするとはね。
堅物そうに見えて、なかなかどうして、君も随分な野心家じゃないか。見直したよ、ふふふ」
薫の嫌味は止まる事を知らないヒートアップを見せた。
「さすがの僕も、あんな世間知らずなお嬢様をたぶらかそうなんて考えもしなかったよ。
負けたよ、君には完敗だ。おめでとう、直人。末永くお幸せに」
「……薫」
「ん、何だい?」
「……言いたいことはそれだけか?」
直人はゆっくりと立ち上がった。
「あれ?もしかしてテレてるのかい?可愛いなあ」
もはや一触即発だった。冷静な直人だが、切れる寸前。薫は面白がって止めるつもりはない。
「おい薫、いい加減にしろよ!」
「そうだぞ、こんなデリケートなことで直人をからかうな!」
「からかう?僕は祝福してるだけだよ。直人は今、世界一幸せな男じゃないか。羨ましいくらいだよ」
「立花さんの言うとおりだよ。菊地さんは幸せ者ですよ!」
薫に同調して寿まで余計なことを口走り出した。
この馬鹿、余計なこと言うんじゃねえ!と、俊彦と攻介は心の中で叫んだ。
「薫、それ以上ふざけた事を口にするなら――」
「良恵が行方不明なんて、どういう事だ!!」
それは、あまりにも突然の乱入者だった。
「「げっ、徹!!」」
俊彦と攻介は顔面蒼白になった。最悪の展開だ。
「直人、話は聞いたぞ!おまえ、婚約に浮かれて良恵をさらわれたそうだな!!」
「何だと、聞き捨てならないぞ徹!痛い目にあいたいのか!!」
「それはこっちの台詞だ!自分一人だけ幸せになろうなんて、そんな事ゆるしてたまるか!!」
とんでもない事態になってきた。徹は良恵を失い完全に理性を失っている。
冷静になって話し合いをするつもりは毛頭ないようだ。
突然、銃声が轟かなかったら、間違いなく徹と直人は戦闘開始していただろう。
「おまえ達、いい加減にしろ」
発砲したのは隼人だった。いつの間にか、ドアに背をもたれて立っていた。
「は、隼人!いいところに来てくれた」
俊彦と攻介は心底ホッとした。
徹と直人の潰し合いを期待していた薫は忌々しそうに親指の爪を噛んでいる。
「徹、良恵は生きている。良恵の手掛かりが欲しかったら俺に協力しろ」
美恵は中庭のベンチに座って外の空気を吸っていた。
(……桐山君、どこにいるんだろう?)
夏生が集めてくれた情報によると、軍がとらえた人間の中に桐山らしき人物はいないとのことだ。
だからと言って安心もできない。不安だけが募っていた。
「美恵ちゃん!」
夏生が手を振りながら走ってくる。
「桐山の最新情報が入ったぞ!冬樹が、俺の弟が、あいつの事知っていたんだ!」
「本当!?」
「ああ、多分軍から無事に逃げ切ったと思う。今、行方を捜して――」
夏生は言葉を止めた。そして、右手を上げると指差した。
その方角に顔を向けた美恵は目を見開き、そして立ち上がった。
「……桐山君?」
それは間違いなく桐山だった。 美恵は、じっと桐山を見詰めた。
桐山も美恵を見詰めた。そして走り出した。
「鈴原!」
桐山は美恵を抱きしめた。
「き、桐山君、痛いわ」
「そうなのかな?だが俺は、いつまでもこうしていたい。どうしても駄目かな?」
「……桐山君」
美恵は困ってしまった。これでは、拒絶できないではないか。
「おーい、美恵さん……あ、き、桐山?」
今後の事について話し合いをしようと美恵を捜しにきた良樹と川田。桐山の姿を見て二人も驚いている。
「桐山……桐山だ、あいつ無事だったんだ!」
良樹は大喜びで猛ダッシュした。
「桐山、無事でよかったな!」
良樹は大喜びで桐山と美恵に抱きついた。
「離してくれないかな?」
「そんな事いうなよ。感動の再会じゃないか、ほら笑えよ!」
「……やれやれ、あいつも変わった奴だな。
他のクラスメイトは怖がって、まともに口もきけない桐山に対して」
川田は呆れたように、その光景を見詰めていた。
しかし眼差しは優しいものだった。そして嬉しそうに微笑した。
「これで6人目のメンバーが決まったな。それも最強のメンバーだ」
【B組:残り45人】
BACK TOP NEXT