「今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいまーす」

最低のクソ野郎の一言で地獄が幕を開けた。

血!血だ!!
畜生、流血が止まらない!

銃声が鳴り止まない、何でだよ!
俺達は仲間じゃないか、昨日まで笑い合ってたじゃないか!
なんで、俺達が殺しあわなきゃならないんだ!!

暗闇にぽつんとただ一人立っていた。辺りには誰もいない。
七原は必死になって走った。
走っても走っても出口が見えない。

慶時、どこだ慶時、慶……。

国信が(いや、それは『元』国信だった)赤い円の中央に横たわっていた。

「うわぁぁぁーー慶時ぃぃ!!」
叫んだ、ただ叫んでいた――。




鎮魂歌―1―




城岩町立城岩中学校三年B組
このクラスは同学年の他のクラスと比較すると少々風変わりだった。
男女不良代表から、各部のエースが揃っている。
その中でも、もっとも目立つ生徒は桐山和雄であろう。
なぜなら、出自から経歴まで、あらゆる点であまりにも普通とはかけ離れているからだ。

全国有数の財閥・桐山家の御曹司。
勉強からスポーツ、芸術面にいたるまで天才としか言いようが無い才能を見せつけている。
加えて、この世のものとも思えないほど整った容姿。


――『完璧』――


桐山を一口で評するには、その単語がもっともふさわしいといえよう。
まさにエリート中のエリート。
一点の曇りもない少年のはずだった。

だが桐山がクラスの中で一際異彩を放っていたのは、その出自や才能からではない。
これほど完全無欠のエリートでありながら、どういうわけか桐山は不良グループの頭なのである。
それも県下の不良で、その名を知らぬものはないほどのカリスマ的存在なのだ。
金持ちのお坊ちゃんの気まぐれにしても、あまりにも常軌を逸した武勇伝だ。
その異常な経歴のせいか、それとも近寄りがたい雰囲気のせいか、桐山は常に孤高だった。
彼を慕う不良達はともかく、他の一般の生徒は桐山を恐れ常に距離を置いていた。





そんな桐山に転機が訪れたのは二年に進級した時だった。
新しいクラスメイトの中に、彼の人生に大きな変化をもたらすほど影響力のある女生徒がいたのだ。

鈴原美恵、彼女がそのひとである。

彼女の魅力を一口で言うには難しい。
綺麗な少女である。美しいというより、綺麗と云う形容詞がよりふさわしい。
清楚で可憐。何より笑顔が素晴らしく輝いていた。


美恵は桐山の隣の席だった。
普通の女生徒は桐山を恐れ、視線すら合わせようとしない。
しかし美恵は違った。普通に桐山に接してきたのだ。
他の生徒達は、彼女の心を計りかねた。

怖いもの知らずなのか?
それとも虚勢を張っているのか?

ただ桐山に下手に接触しては、きっと災難を自ら招くだろうと予測し誰もが心配した。
ところが予想に反して桐山が美恵に危害を加えることは全くなかった。
それどころか最初は美恵を無視していた桐山が、徐々にだが美恵に心を開き始めたのだ。
それは周囲から見てもはっきりわかった。
美恵に自分から挨拶したり、最近では下校のさい美恵の自宅まで送っているくらいなのだ。


「桐山君の家は反対方向なのに悪いわ」
「いや、かまわない。それに女が一人で帰るのは危険だろう?」


通り魔事件がやっと解決したと思ったら、今度は不可思議な事件がおき始めた。
どういうわけか、城岩中学の女生徒ばかりが襲われだしたのだ。
今度は痴漢でも変質者でもない。それどころか人間なのかも怪しいくらいだった。
襲われた女生徒達は相手の姿を一切みてないのだ。
背後にかすかに物音がしたかと思うと、次の瞬間意識が無くなっている。
しかし意識を失っている時間は三分にも満たなく、すぐに目覚めるのだ。
その三分の間に何もされてない。
性的暴行もないし、金品も一切奪われていない。
外傷も一切無い。本当に、ごく短時間、地面の上でおねんねするだけ。
(強いて言えば、倒れたときについたのであろうかすり傷がある程度。
それも針で突いたような小さな傷だけだ)


女生徒達はこれといった被害にこそあってはないが、不可解すぎる事件であることは間違いない。
町民達は、謎の犯人を自分達なりに想像力をめぐらせ噂していた。


やっぱり変質者じゃないのか?
ただ女の子を脅かすだけで満足するような変わった奴だっているだろう。

いや、相手はプロだろ。きっと、どこかの組織のスパイだよ。

ついには宇宙人説まで飛び出す始末だった。

おかげで町全体が異様な緊張感に包まれた。
警察は過敏になって警戒態勢を強めた。
今はまだ気絶させられるだけで済んでいるが、エスカレートして殺意事件に発展しないとも限らない。
修学旅行シーズンだというのにそれどころではなくなった。





もっとも、それもこれも二ヶ月前までの話だ。
どういうわけか、二ヶ月前を境に事件はぱったり途絶えた。
まるで事件そのものが最初からなかったかのように町は再び静けさを取り戻した。

「あら、あのひとは」
美恵が指差した方向に桐山も目を向けた。
B組に転入してきた生徒の一人だった。


B組には三人の転校生がいる。
一人は川田章吾。
四月に転校してきた生徒だが、人並みはずれた生徒が多いB組の転校性らしく、彼も普通ではなかった。
坊主頭に、ヘビー級のボクサーのような風体という、およそ中学生離れした風貌。
それだけではなく、色々と悪い噂が付きまとっていた。
(例えば体に銃痕のような傷跡があるというのだ。なんと銃痕だ!
いくら川田が仁侠映画に登場してもおかしくない外見でもそれはありえないだろうが)


二人目は雨宮良樹。
二ヶ月前にやってきた。こちらは川田とは対照的な今風のイケメンボーイだった。
どこからやってきたのか、家庭状況はどんなものなのか、誰も知らない。
なぜか彼は自分のプライベートについて語りたがらない。
しかし気さくで明るく、すぐにクラスにも溶け込み、
今では七原や三村といったクラスの男子生徒の中心人物とも仲がいい。
女生徒達ともすぐに打ち解け、気がつけばクラスの笑いの中心にいつもいる。
驚くべきことにクラスメイト達が敬遠している女生徒にまで気軽に話しかけるほどだ。
あの恐怖の美少女・相馬光子にまでフレンドリーに声を掛けたときは七原と三村が焦って止めに入ったものだ。
(ちなみに光子が心を開いているのは、ただ一人の親友である美恵のみ。
他の生徒にはニッコリ笑って冷たい感情を丸出しにする恐ろしい不良少女なのだから)


「おまえ早死にしたいのかよ、相馬はそんじゃそこらのスケバンとは違うんだぞ」
「そうだぞ、下手なことしたら骨の髄までしゃぶられて廃人にされるか外国に売り飛ばされるぞ」
必死の形相で忠告する二人に良樹は呑気に笑いながらこういった。
「大袈裟だなあ、相馬さんはそれほどワルじゃないよ。
鈴原さんみたいないい子と仲いいんだ、本当は優しい子だよ」
良樹は屈託の無い笑顔で「多分」と付け加えた。




さらに良樹は貴子にも気軽に声をかけている。
(貴子は美恵の一番の親友でもあった)
どういうつもり?と貴子が眉をひそめているのに、はたから見ても異常な懐きようだった。
ただ、かつて貴子に言い寄っていた新井田和志のような馴れ馴れしさはない。
それどころか貴子の幼馴染である杉村を妙に立てている。
厭らしい下心がないことは誰が見てもはっきりとわかった。
だから、貴子も多少うっとおしいと思いながらも、特に文句を言うこともなかった。
良樹が貴子に急接近したのは、貴子が体育の授業で怪我をした時からだった。


珍しく貴子が足を躓いて転び、膝をすりむけて流血した。
ちょうど保健委員の藤吉文世が欠席だったこともあり、慌てて杉村が貴子に駆け寄った。
そしてハンカチを貴子の膝に当て、保健室にと貴子を運んでいった。
貴子の怪我に気をとられて、杉村は止血に使用したハンカチのことなどすっかり忘れていた。
そのハンカチを無くしてしまったことには今だに気づいてない。
そして、この日を境に良樹が貴子に近付いてきたということに、誰も気づいて無い。
貴子自身も全く気づいてはいなかった。




そして、雨宮良樹の次の日に転校してきた三人目の転校生。
今、桐山と美恵の目の前にいる彼だ。
ちょっと変わった三人の転校生の中でも、彼はだんとつで変わっていた。
見た目は素晴らしくいい。いわゆる二枚目。
二日連続の美形の転校生に女生徒達は盛り上がった。
しかし数日で彼の評価は変わった。
同じハンサムな転校生でも良樹とあまりにも対照的だったのだ。


他人を寄せ付けない、ろくに口もきかない、それどころか表情すら乏しい。
川田章吾以上にひととの係わり合いをもたない変わり者。
それが転校三日目にして彼に与えられた評価だった。
勉強もスポーツもそつなくこなすが、特別優秀というわけでもない。
学校では、いつも自分の席に座りジッと窓から外を眺めている。
とんだハンサムボーイに女生徒達はがっかりしたが、そのうちに誰も彼には係わらなくなった。
ただ桐山すら手懐けた美恵はさすがというべきか、この変わり者にも他のクラスメイト同様わけ隔てなく接していた。



「早乙女君、今帰り?」
名前は早乙女瞬といった。
早乙女はチラッと美恵を見たが、すぐに視線を逸らした。
(本当に無口なひとね。まるで以前の桐山君みたい)
美恵がめげずにもう一言声を掛けようとしたら、くるりと背を向けて歩いていってしまった。
(変わったひと)


自宅の正門の前まできた。
「いつもありがとう桐山君」
「俺が好きでやっていることだ礼はいい」
桐山はいつも素っ気無かった。


『ああ!じれったいわ、どうしてそこでキスの一つもしないのよ!
美恵ちゃんが可哀想だわ、もう桐山君ったらホントうぶなんだから!』



桐山率いる桐山ファミリーの一員である月岡彰はそういって何度も桐山を叱り付けた。
(彰は正しいのだろうか?)
桐山は月岡よりもはるかに知識も教養もある。
しかし、こと人間関係のコミュニケーションに関しては、月岡は桐山をはるかに凌駕していた。
それは月岡の父親がゲイバー経営者で、幼い頃から大人の裏まで垣間見ていた人生経験によるところが大きい。
その月岡彰(自称女)は、どういうわけか美恵の親友で二人は女同士の友情で結ばれている。


鈴原」
桐山は突然美恵の頬に手を添え、顔を上に向かせた。
「桐山君?」
桐山の突然の行動に、美恵の心臓は早鐘を打った。
桐山の顔が近付いてきたので、早鐘はさらにスピードアップした。


「ま、待って桐山君!」


慌てて後ずさりしたので、門にぶつかってしまった。
「……痛い」
鈴原、大丈夫か?」
「うん、大丈夫よ」
手をこすって、ちょっと血が滲んでいたがかすり傷だ。
「そうか、では俺は帰る」
「あ、桐山君」
「何だ?」
美恵は頬を赤く染めながら言った。


「また明日」
「ああ」














「おっはよー。あれ、誰もいない。俺が一番乗りか」
良樹は大きく深呼吸した。ふいに貴子の机が視界に入った。

「……まいったな」

苦笑していた。
「貴子さん、いいひとだし、俺のタイプなんだよな……。
いい方法ないのかなあ、ほんとまいったよ」
良樹は本当に辛そうに前髪をかきあげた。
その時、ガラッと背後から戸が引かれる音がし、良樹はハッとして振り向いた。


(早乙女瞬!)


暗く沈んだ色を含んでいた良樹の目は一瞬で鋭くなった。
早乙女瞬は、その鋭い視線に気づいたのかチラッとこちらを見た。
しかし、すぐに視線を逸らし、自分の席に向かうと何事もなかったかのように席についた。
やがて廊下から、生徒達の声が足音と共に聞こえだし、いつもの日常が幕を上げた。




朝のミーティング
「よーし、皆そろったね。今日は嬉しいお知らせがあります」
トンボとアダナされる担任教師林田が満面の笑みを浮かべて切り出した。
「やっと修学旅行の日取りが決まりました」
途端に、わぁっと歓声が上がった。
「夏休み直前になってしまうが、よかったな皆」
生徒達は大喜びだ。無理も無い。
例の事件のせいで、もしかしたら一学期中にはないかもしれないとまで思っていたのだ。

(修学旅行……か)

良樹はチラッと貴子を見た。杉村と楽しそうに談笑している。
(……いいじゃないか、結論を出すのは修学旅行の後で)
良樹が貴子に気をとられていた時、美恵を見詰めている生徒がいた。

(最後の修学旅行――か。災難だったな、鈴原美恵)














――数日前――


アパートの一室。電灯は消され、真っ暗闇だ。
窓際にかろうじて月明かりがはいっている程度。
暗闇に相応しい静寂の中で、電子音が静かに奏でられていた。
ピピピピ……。
電子音が鳴り止むのと同時に小さな液晶画面に文字が表示されていた。

『99.9999%……一致』














「七原君、このクッキーよかったらのぶさんと食べてくれない?」
「え、いいの?嬉しいなあ典子さんの手作りなんて」
慶時、おまえ、顔に出しすぎって!
七原は苦笑した。

『秋也、俺好きな子できた』

そう告白されたのは、ほんの二ヶ月前だった。
国信は七原にとって一番の親友であり共に育った家族でもある。
当然のように七原は国信の恋の成就をひそかに応援していた。
この修学旅行が、そのきっかけになってくれればいいと祈っている。


そう修学旅行だ!やっと待ちに待った修学旅行にきたのだ!


と、いっても、まだ真夜中のバスの中で目的地ははるか遠く。
それでも胸の高まり最高に素晴らしいものがあった。
例の事件のおかげで、さんざん延ばされじらされた分、喜びも大きくなっていた。
それは他の生徒も同じだろう。
興奮して眠れないせいか、全員そろって雑談に華を咲かせている。


内海幸枝を中心としている女子主流派はバスの後部座席を独占して担任の林田と楽しそうに笑っているし
三村は親友の瀬戸豊のジョーク話に抱腹絶倒しているようだ。
杉村は中国に詩集を片手に幼馴染の貴子と、どうやら大人びいた会話をしているらしい。
七原自身は、常日頃から想いを美恵の隣の席について親密になりたかったのだが、
目当ての席にはなぜか桐山が座っている。
七原は残念そうに溜息をついた。


(それにしても眠いな……あれ?)


おかしい、七原がそう感じたのは、バスの中の異様な雰囲気に気づいてからだった。
いくら真夜中とはいえ、まだ寝るには早い、それなのに皆やけに静かになっているじゃないか。
七原自身、意識が朦朧としている。
川田章吾がバスの窓ガラスを叩いているのが見えたのを最後に、七原は完全に意識を失った――。














次に七原が目を覚ましたのは、見知らぬ学校の教室だった。
首に圧迫感を感じ手を伸ばすと、首輪がはめられている。

畜生、首輪だ!俺達は犬じゃないぞ!

そこに長髪の厭らしそうな中年の男が、迷彩服をまとった連中を従えて入室してきた。

「私は皆さんの新しい担任の坂持金発です。
今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいまーす」

全員の表情が一瞬で凍りついた。男はそんなことおかまいなしに流暢に言葉を続けた。

「皆さんは本年度のプログラムに選ばれました。おめでとうございまーす」


プログラム!


その言葉を知らない中学生は、この国にはいない。
誰もが、これは夢だと思っただろう。それも、とびっきり最悪の悪夢だと。
「お父さん、お母さんには連絡してあるから、心置きなく戦うように」
「お、俺!」
国信た立ち上がっていた。
「俺、親はいない。誰に連絡したんだ?」
国信は両親のダブル不倫の末に生まれ、その為にどちらの親からも見捨てられた人間だった。
「君と七原君は先生に連絡しておいたよ。綺麗な先生だったなあ」
含みのある言い方に七原と国信は感情を高ぶらせた。
二人を引き取って育ててくれた安野良子先生は母親も同然の尊い女性だったのだ。
「逆らったんだよ、だから婦女暴行しちゃいましたー」
七原の感情が一気に沸騰した。しかし、国信はそれよりも一瞬早かった。

「ぶっ殺してやる!」

国信は叫んでいた。その叫びの返礼として銃弾が飛んで来た。
七原の目の前で、幼い頃から一緒に笑ったり泣いたりしてきた国信が――死んだ。














「うわぁぁぁーー慶時ぃぃ!!」


七原はガバッと起き上がった。
「な、何だよ秋也!大丈夫か、しっかりしろよ!」
目の前に国信がいた。七原の両肩に手を置いて心配そうに顔を覗き込んでくる。


「……慶時」
「どうしたんだよ。おまえ、うなされてたんだぞ。怖い夢でもみたのか?」


七原はゆっくりと周りを見回した。
クラスメイト全員がジッとこちらを見ている。どうやら七原の絶叫で全員眠りから覚めたらしい。

「……ゆ、夢?」

やけにリアルだった。あれが夢や幻とは思えないほどに。
でも、確かに国信は無事に生きて、今自分の間目の前にいるではないか。
七原は心の底からホッとした。
「……ああ、夢みてたみたいだ」
国信は人騒がせだなと笑った。
(そうだよ。プログラムに選ばれるなんて、そんな悪夢が現実にあってたまるかよ)
バスに設置されている電子時計がパッと『12:00』を表示した。


その時だった!

カッと閃光が走り、バスが大きく揺れた。

揺れたなんてレベルじゃない!


「うわぁぁぁ!!」


三年B組を乗せたバスは暗闇の渦の中に落ちていった――。




【B組:残り45人】




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