「三村、良かった無事だったんだな!」
雨宮、七原、杉村。おまえ達も脱出に成功したんだな」

束の間の再会を喜ぶ間もなく、良樹は辛い現実に気づいた。他の生徒の姿は見えない。

「夏樹さん、他の連中は?」
「知るかよ」

夏樹の冷たい返事に七原は泣きそうになった。それでも夏樹は動じない。
「ちょっと、もう少し言い方ってのもあるでしょ?
あんたなら、その気になれば簡単にわかるんじゃないの。調べてあげたら?」
七原に同情したのか貴子が口添えしてくれた。
途端に夏樹は携帯電話を取り出して、「俺だ。至急調査しろ」と指示を出す。
5分もしないうちに答えがでた。


「どうやら無事に逃げ切れたのは、おまえ達だけらしいぜ。
国防省の敷地から逃れた奴はおまえ達以外にはいないってさ。
その代わりに脱走して捕獲された囚人は200人ほどいるってことだ。
おまえらのお仲間も、その中に入ってるんだろ」
「じゃあ、慶時も」
「だろうなあ。ま、俺には関係ないぜ。俺は目的はたしたな」
夏樹は佐竹に、「じゃ、後は頼んだぜ。くれぐれも貴子には贅沢させてやれよ」と命令した。
そして、ヘリコプターに乗り込んだではないか。


「夏樹さん、あんた、どこに行くんだよ?」
夏樹はやけにそわそわしていた。随分と急いでいるようだ。
「どこってアメリカだよ。ア・メ・リ・カ」

「アメリカだって!?」

大東亜共和国にとってアメリカは米帝と呼称する敵国。良樹達が驚くのも無理はなかった。
それに、今は仲間達が大変な時だ。そんな時に、夏樹が国内不在とは。


「ま、待ってくれ夏樹さん、まだ俺達の仲間が大勢つかまってるんだ!」
「それで?」
「それでって……あいつらを何とか助けてやりたいんだ」
「ふうん、それで?」




鎮魂歌―63―




「俺が先攻する」
冬樹の提案に桐山が賛成の是非を返答する前に冬樹は薬師丸に飛び掛っていた。
(脚だ!)
体勢を低くしタックルを炸裂。が、薬師丸は、あっさりジャンプして避けてしまった。
その上、空中で回転蹴り。冬樹の顔面にお見舞いしてやろうというのだ。
切れのいい蹴りに、冬樹の自慢の顔は血まみれになるはずだった。冬樹一人を相手にしたら。
冬樹の背後から桐山が薬師丸に攻撃を仕掛けるべく飛び掛る。
薬師丸は回転して桐山の攻撃を避け着地。そこへ冬樹が先ほどの仕返しとばかりに猛攻。
薬師丸は桐山と冬樹に前後を挟まれ、間髪入れない攻撃を受けた。
さすがの薬師丸も、余裕ではいられない。ポケットから手を出し防御した。
そして冬樹の腹部に蹴りを喰いこませた。冬樹は何メートルも飛ばされ、大木に激突。
胃液が逆流しそうなほどの衝撃。冬樹の全身の骨がギシギシと痛んだ。
その攻撃は桐山にも仕掛けられた。だが桐山は紙一重で薬師丸の蹴りを避ける。
薬師丸は目つきを険しくした。桐山が避けたのは予想外だったのだろう。
桐山と薬師丸はパッと距離をとった。お互いの出方を慎重に見極めるためだ。


「……おまえ、名前は?」
「桐山だ。桐山和雄」


「桐山和雄……そうか満夫を倒したのは眉唾ではないようだな。
あいつに格闘技のイロハを教えたのは、この俺だ。借りは返させてもらうぞ」














「夏樹さん、待ってくれ!」
良樹は夏樹の服の裾を掴み、必死に引き止めた。
「脱走をはかったんだ。今度こそ、あいつら、只じゃ済まないかもしれない。
厳罰に処せられる可能性がある。だから助けてやらないと。頼むから手を貸してくれ!」
夏樹はだるそうに前髪をかきあげた。
「……おい、勝手なこと言うなよ。おまえらには十分過ぎる恩恵をくれてやったんだ。
助けてやりたいなら、おまえらで好きなだけ助けろ。俺に頼るのは筋違いだろ」
確かに正論だ。夏樹に、自分達に手を貸す義理も義務もない。
「……わかってる。でも俺達だけじゃ、そんなこと無理だ。あんた、それくらいわかってるだろ?
それなのに非情なこと言わないでくれ。係わった以上、もう全然関係ないわけじゃないだろ?
それに……あんたが、俺達に手を貸してくれるのは、裏があるんだろ?」
夏樹の目つきが変化した。


「俺だってバカじゃない。女好きってだけで、ここまで介入するわけがないことくらいわかるさ。
いいのか?あんたにも目的があるんだろ、その目的のためには俺達を――」
「残念だがなあ雨宮、おまえのお仲間助けてやる必要なんかなくなったんだぜ」
良樹の顔色が変わった。完全に計算ミスだ。
「散々、てめえの言い分ばかり主張しやがって。図々しいガキだぜ。
おまえらにとって仲間の救出が大事なように、俺にも大切な用があるんだ。
自分の事情を優先させるのは当然だろ」
「……何の用事だよ」
「俺が12年間ファンをやってた歌手が死んでな。追悼式に行くんだ」
「……は?」
良樹は耳を疑った。クラスメイト達は、どんな目に合わされるかもわからない。
下手をしたら闇に葬られてしまうだろう。
そんな時に身内でもない赤の他人の追悼式に出席する為に見捨てるといわれたのだ。


「夏樹さん、それはないだろ!あいつら殺されるかもしれないんだぞ!!
それなのに芸能人の追悼式に行くなんて、あんたは鬼か!?」
「しょうがないだろ。俺にとっては、おまえらこそ、この前、出会ったばかりの赤の他人だ。
だがなあキング・オブ・ホップは、もう12年もファンをやってるんだぞ。
どっちを選ぶかは当然の結果だろう。俺はボランティアで、おまえらに手を貸してたわけじゃないんだ」
夏樹は冷たく突き放したが、良樹達の悲愴な表情を見て、さすがに哀れに思ったのか一つだけ助言した。
「後のことは冬也と秋利にまかせてある。そんなに助けてやりたいなら、あいつらに頼め。
俺の弟だけあって情に厚い男だ。後は、おまえ達次第だぜ、しっかりやれよ」
夏樹を乗せたヘリコプターは空高く舞い上がった。














「まだ、邪魔をするのか……八つ裂きにしてやる。いや、それだけでは足りない」
雅信の怒りは、とうに限界を超え大気圏外突入状態だ。
雅信は転倒しているバイクに近付くと、それを軽々と持ち上げた。
大型バイクも雅信の腕力の前には、重量などではなかったようだ。それを博巳に投げつけた。
もちろん、そんなものに当たるまでジッとしている理由は無い。
博巳は避けたが、バイクは道路に叩きつけられて大破。
部品が弾け飛び、ガソリンが博巳の周囲を覆った。雅信はニヤっと嫌らしい笑みを浮かべる。
その表情を見て博巳は雅信が何をするつもりなのか、即座に理解したが遅かった。
雅信はライターを点火して投げつけてきた。突如として出現した業火は、あっと言う間に博巳の囲んだ。
火勢は衰える事を知らず、博巳を焼き尽くそうと踊り猛っている。
その様子は上空から夏樹にも見えた。




「なんだあ、あれは?」
夏樹は双眼鏡を取り出した。
「あいつは国防省の恋愛の白い巨塔・水島克巳じゃねえか」
まさか水島瓜二つの兄とは、さすがの夏樹も思わなかった。
「あいつが苦戦するなんて、どこのテロリストだ?……と、鳴海雅信ぅ?
おいおいマジかよ。なんで国防省のエリート同士がやりあってるんだ?」
夏樹はちょっと考えた。そして、一つの結論を出した。

「……女か?」

水島克巳が同僚とやり合う理由としては、一番可能性が高い。
しかし、相手が鳴海雅信となると、わからない。

(あの猟奇野郎は仕事上、女と寝る事は度々あるが、プライベートではからっきしだ。
女絡みで私闘するような奴じゃねえ。それとも、本気で女に惚れたのか?
だとしたら、あいつが惚れるくらい、いい女がいるってことか。チェックしないとなあ)


夏樹は双眼鏡を下げると溜息をついた。
「それにしても水島の奴……まだ、女絡みで泥沼やってやがったのか。
本当に懲りない野郎だぜ。あの時、息の根止めておいてやったほうが良かったかな?」
夏樹は呆れていたが、とんでもないことを操縦士に命じた。

「おいロケット弾を、ぶち込んでやれ」
「ええ?!いいんですか、死にますよ?」

「これに搭載してるのは小型だろう。大丈夫だ、相手は化け物だからなあ」
「化け物っていったって生身の人間ですよ?」
「なーに、ただの挨拶代わりだ。心配なら、照準をちょっとだけ外してやれ」
そう言われても尚もしぶる操縦士の後頭部を、夏樹は後部座席に座ったまま足で小突いた。
「ほら、遠慮なくやってやれ」
「……ど、どうなっても知りませんよ」
操縦士は気乗りしなかったが、渋々とロケットの発射ボタンを押した。
地上は一瞬で火の海と化した。

「寄り道をしてしまったな。じゃあ急げ、最高速度だぞ」














(スピードは、あっちが上。ならばパワーではどうだ?)
桐山は薬師丸を観察して見ることにした。
「おい、おまえ」
桐山は冬樹に小声で話しかけた。
「なんだ?」
「五分だけ、俺一人に攻撃させてくれないかな?」
冬樹が了解もしないうちに桐山は薬師丸に飛びかかった。


左正拳突き、当然のように薬師丸は右手で受け止め防御。桐山はそれを狙っていた。
薬師丸の利き手は右手。それを握りしめた。
間髪いれずにボディ目掛けて蹴り、だが薬師丸も片脚を上げて蹴りを防御。
桐山は、それにもめげず今度は右腕でストレートパンチを放った。
もちろん薬師丸は左手で攻撃を止めた。これで薬師丸の両手を塞いだ。
こうなればスピードなど役に立たない、後はパワーの問題だ。
桐山は薬師丸の腕を一気にひいた。が、次の瞬間、桐山は宙を舞っていた。
桐山の落下地点に薬師丸は、すでに移動を完了している。
このままでは薬師丸の攻撃の格好の標的となる。
桐山は一回転した。薬師丸の蹴りに、遠心力の加わった蹴りで対抗しようとしたのだ。
通常よりもパワーが増しているはずの蹴りだが、薬師丸の蹴りに力負けして、ふっ飛ばされてしまった。


「馬鹿野郎!何が自分一人でだ!」
もう見ていられないとばかりに冬樹が薬師丸に飛び掛った。
薬師丸は背後に振り向くことなく、後ろ蹴り。
冬樹は両腕をクロスして防御するも、蹴りの力が強く、そのまま地面を滑る羽目になった。

(力も上か。もしかしてピンチってやつじゃないのか?)

桐山は生まれてこの方、自分より強い人間と出会ったことがことがない。
スピードもパワーも上、そして二人がかりで攻撃しているにもかかわらず、薬師丸は汗一つかいていない。
おそらく体力もずば抜けているだろう。死角というものが見当たらない。




「なるほど特撰兵士最強というのも嘘ではないようだな」
「感心している場合か。おい、おまえ銃は?」
「駄目だ。弾切れだ、弾のない銃は何の役にもたたない。おまえは?」
「……ちっ、おまえもかよ。だが、手榴弾なら、あるぞ」
「手榴弾……接近戦には不向きだな」
「だから、おまえが何とかして、あいつに羽交い絞めをかけろ。後は俺に任せろ」
桐山はちょっと考えてみた。
「それは俺を犠牲にするということなのかな?」
「ちっ、深く考えるなよ」
「賛成できないな。おまえが俺の立場なら、快諾してくれるのかな?」
「誰がするか」
冬樹は面白くなさそうに舌打ちした。


「……じゃあ手榴弾は勘弁してやる。その代わり羽交い絞めはしろよ」
「わかった」
桐山は猛ダッシュ、そして薬師丸の間合いに入るとジャンプした。
薬師丸の背後に着地。すかさず羽交い絞めをかけようとした。
だが桐山の目的を薬師丸は咄嗟に気づき、させるかとばかり裏拳を繰り出した。
(何やってんだ、あいつ!)
桐山が薬師丸の動きを封じるのを待つことなどできるかとばかりに冬樹は発光弾を投げつけた。
それは桐山と薬師丸の足元に落下。
かっと激しく発光、これで薬師丸の視覚は数分間は役に立たない。
この場で、まともに動けるのは目を腕で覆い保護していた冬樹だけだ。
冬樹は自信満々に拳を高く振り上げた。


「くらえ格下!スーパーウルトラビッグ――」
長ったらしい必殺技の名前を半分も言わないうちに、冬樹の腹部に蹴りが喰いこんでいた。
「……な、何だと?」
視覚を失い一時的にしろ戦闘力を失ったはず。なのになぜ?
納得いかず薬師丸の顔を見上げると、薬師丸はちゃっかりサングラスをかけていた。

「何か仕掛けてくると思ったが、幼稚な手段だったな」
「い、いつの間に……ずるいぞ、おまえ!」

辺りを覆う光がすっかり消え、周囲の薄い朝もやが、また見えた。
薬師丸は目元を僅かに歪ませた。そこには桐山の姿がなかったのだ。
マンホールの蓋が開いている。どうやら地下に逃げ込んだようだ。
「俺から逃げられると思っているのか」
薬師丸は手錠を取り出すと冬樹に向かって投げつけた。
ガチャンと音がして、手錠は冬樹の両手にしっかりセット。
「貴様、俺を誰だと思ってるんだ!?」
「俺がいない間に、おまえに逃げられると困るからな」
薬師丸は冬樹を電信柱にくくりつけると、部下に連絡をとった。




『……んー?何、薬師丸さん?』
「満夫、ここに一人、俺に逆らった男がいる。拘束しているからすぐに来てくれ」
『うん、いいよ』
薬師丸はすぐに地下道にはいり、程なくして満夫がやってきた。


「……薬師丸さんが捕まえたの、おまえ?」
「違うな。わざと捕まったふりをして敵の隙をつこうという高等な心理作戦だ」
「ふーん、まあ、いいや……眠いなぁ」
満夫は冬樹の隣に寝転がると、すやすやと吐息をたてて寝込んでしまった。
「なんだあ、こいつ?俺の傍らで寝る権利があるのは美人だけって不文律しらねえのか?」
それにつけても腹立たしいのは桐山だ。自分をダシにして逃げるとは。


(あの野郎~、俺を囮にして自分だけ、さっさと美恵の元に辿り着こうって魂胆だな。
すかしたツラして、こんな腹黒いこと考えていたなんて、何て野郎だ。
さっさと薬師丸に捕まって半殺しにされりゃあいいんだ。それに、これは災い転じて福と成すかも)


冬樹は拘束されているが、彼にとって捕縛を解くなど難しい事ではない。
問題は、そばにいる満夫だけだが、これほど役に立たない見張りもいない。

(さてと手首の骨をはずして、と)

「……ん~?」
満夫が突如として上半身を起こして寝ぼけ眼で冬樹を見詰めた。
「気のせいか……」

(……おい、まさか、このガキ)

満夫はバタンと倒れこむように、また眠りについた。
ただのまぐれだろうと、冬樹は懲りずに手錠を外そうとした。ところが、その途端に満夫はガバッと覚醒。
「……ん?いるよね……逃げようなんて考えないでね。じゃ、おやすみ」
満夫は三度眠りについた。

(……こ、こいつ、何て、可愛げのないガキだ!覚えてろ!絶対に仕返ししてやる、泣かしてやるからな!)

冬樹は絶対に認めないだろうが、我侭で子供っぽい面があった。














「おまえ、鈴原美恵だろ?」
「ど、どうして、私の名前を知ってるの?」
「どうしてって、あんたの友達の依頼受けて捜してたんだよ。ほら」
その男は懐から紙を取り出した。写真がコピーされている。光子と二人仲良く並んでいる写真だ。
よく見ると、それは光子が生徒手帳に挟んでいるプリクラの拡大コピーだった。
「じゃあ、あなた達は光子に頼まれて?」
「正確に言えば、その光子って女に頼まれた宗方の命令で動いてんだよ」
「夏生さんの?じゃあ、あなた達は季秋家の人たちなんですか?」
「まあなあ。とにかく、あんた来てくれよ。こんな所を国防省の連中に見付かったらやばい」
「ま、待って下さい。私を助けてくれたひとが、この林の向こうで追っ手と戦ってくれてるんです」
「追っ手?誰だよ、それ」
「金髪フラッパーパーマの危ない人ですけど……」
特徴を言っただけで、その男の素性を彼らは悟ったらしい。
二人ともギョッとした。ギョッとしたどころか、目を大きく見開いて硬直している。


「お、おい乃木……金髪フラッパーパーマの危険人物って、やっぱ」
「間違いありませんよ岩崎さん。国防省の殺し屋・鳴海雅信ですよ」


「……だったら、話は早いよな」
岩崎は美恵の手を掴むと性急に歩き出した。
「とっとと逃げるぞ!あんな危ねー野郎とはかかわりたくない!」
「ま、待って私の恩人を、博巳さんを助けて下さい」
「無理無理無理無理!可哀相だが、そいつ、もう死んでるって!」
「そんな!」
美恵の脳裏に血の海に沈む博巳の映像が浮んだ。


「博巳さん!」
「おい、どこに行くんだよ!」
「今なら、まだ間に合うかもしれない。私が大人しく捕まれば、博巳さんは殺されないわ。
博巳さんは何の関係もないのに、命の恩人なのに、そんな目には合わせられない!」
「おい、おまえ何も知らないんだな!おまえが戻ったからって何もかわりゃしねえよ!
大人しく殺しやめるほど人間ができちゃあいないんだ、あの野郎は!
死体が増えるだけだ。可哀相だけど、そいつは運がなかったと思ってあきらめろ!」
「だったら、あなた達だけで逃げて。私は戻ります!」
その時、背後の林の向こう側が一斉に明るくなった。
最初は強烈なライトかと思ったが違う。激しい熱を伴った業火、爆発だ。




「……そ、そんな……博巳さん!」
美恵は駆け出そうとしたが、岩崎が手首を掴んでいるため出来ない。
「離して、あの火の中に博巳さんがいるの!」
「だったら諦めろよ。もう焼け死んでるって!」
そんな説得に美恵は応じる様子は全く見せない。それどころか岩崎の手を振りほどこうと必死にもがく。
「ききわけのない女だな!おい乃木、さっさと車に連れ込もうぜ!」
「はい」
岩崎と乃木は美恵を強引に車内に連れ込み即座に発進させた。


「静かにして下さい!あなたは、あの男の恐ろしさを知らないんですよ!」
「そうそう。おまえ助けた男はもう死んでるしな。今は逃げるに限る」
博巳のことで頭がいっぱいだった美恵はここである事に気づいた。
博巳は死んだから諦めろと主張しているにもかかわらず、鳴海雅信に関しては二人は死んだとは思っていない。
「あなた達、あの男は生きてると思ってるの?矛盾してるわ。
だって博巳さんが死んだなら、あの人だって死んでいるはずよ」
「あのキチガイを常識で考えてたら、命がいくつあっても足りないんだよ!」
岩崎の主張を証明するかのように、林の中から火達磨が飛び出してきた。
「うわぁー!!」
岩崎は反射的に急ブレーキを踏んだ。火の塊がフロントガラスにぶつかってきた。
「う、上着?」
それは、ただの上着だった。問題は『誰の』上着かということだろう。
ドンと何かが車上に落下してきた。


「な、何だぁ?」
岩崎は窓から上半身乗り出した。途端に襟首を掴まれ呼吸が苦しくなる。
「岩崎さん、どうしたんですか!?」
乃木も窓から身を乗り出した。そこで見たのは全身くすぶっている金髪の悪魔の姿。
「な、鳴海……!」
「……俺の女を返せ!!」
NOと言えば、即座に雅信は岩崎の喉をかき切り、その返り血を浴びることだろう。
かといって即答しなければ、雅信は返事も聞かずに岩崎と乃木を血祭りにあげる。
乃木は即座に決断しなければならなくなった。それも雅信が望んでいる答えを。


(こんな、か弱い女性を生贄にするなんて……でも、やらなければ岩崎さんも俺も殺される)

乃木の悪魔の心が天使の心に打ち勝とうとした、その瞬間、またもや林の中から人影が飛び出してきた。
雅信に激しいタックル。雅信は、その人影もろとも車上から転がり落ちた。

「早く逃げろ!」
「ひ、博巳さん!?」


その声を最後に、博巳は雅信と共に川に落下した。
「博巳さんは?!」
流れは速いとはいえ、運動神経抜群の博巳が溺死することはない。きっと生きているはずだ。
水面が盛り上がり、その直後、水に滴り朝日に輝く金髪が出現した。

「……そんな」
「げっ!に、逃げるぞ!!」

岩崎は美恵を車に押し込めると、ハイスピードで逃げた。もう後ろを振り返る余裕もなかった。














良樹達は佐竹達によって季秋家別邸に連れてこられ一応安全な身の上になった。
だが素直に喜べない。佐竹の話では、やはりクラスメイト達は再逮捕されたらしい。
全員、建物の外にすら出れずに捕まり、以前よりもさらに厳しい監視下におかれたということだ。
このままでは、通常よりも重い罰が課せられると佐竹は言った。
助けてやりたいが、良樹達だけでは到底無理だ。夏樹がいない今、彼の弟に頼むしかない。
それなのに頼むことすらできない。冬也も秋利も、良樹達に会ってもくれない。
良樹達の必死の頼みに同情した佐竹が何度も取り次いでくれたのだが、なしのつぶてだ。


「おい、おまえら飯もってきたやったぞ。朝飯くわねえと力出ないからな」
佐竹のせっかくの好意だが、良樹達は食欲が出ない。
「あたしは頂くわ。いざってときに空腹じゃ話にならないもの」
「お嬢さんのいう通りだ。俺も素直に甘えさせてもらうぞ」
さすがは現実主義者と言うべきか、貴子と川田は朝食を取る事にした。
ちなみに光子は夏生に招待されて、超特別豪華朝食に、すでにありついていた。
(貴子も招待されていたが、杉村の為に断ったのだ)


「佐竹さん、飯なんかより、早く会わせてくれよ。夏樹さんは弟に頼めって言ったんだ!
その弟さん達に早く皆を助けてくれるように交渉したいんだ」
佐竹は哀れみを込めた目で良樹達を見詰めた。
「岩崎から連絡があって鈴原美恵を保護したってよ」
美恵さんを?!そうか、よかった」
「……だから、もう、他の仲間のことは忘れろ。近衛と片桐は甘い奴等じゃねえ。
宗方にしても、元々ボランティアでおまえらに肩入れしてたわけじゃないんだ。
かけてもいいぜ。絶対に、あいつらは、おまえらのお望みを叶えてなんかくれねえよ」
秋利と冬也は、元々、夏樹のお遊びに反対してた。
一応、見逃していたのは、夏樹の目的に一定の理解を示していたからだ。
夏樹はK-11とコンタクトを取りたがっていた。
彼らが必死になって助けようとしている相手は特定の女生徒だということも判明している。
つまり、今、捕まっている連中の中にはK-11の関係者はいない。利用価値のない人間を助けるわけがない。


「警告してやるぜ。あんまり、しつこく言って、あいつらを怒らせたら仲間を助けるどころじゃなくなる。
おまえらを放り出すかもしれねえ。悪いことはいわねえから、仲間のことは諦めろ」
「そんなバカな!」
大声を上げたのは七原だった。
「そんなことできるものか!慶時を見捨てるくらいなら俺も――」


「一緒に死ぬってか?麗しい友情だなあ。なあ、冬ちゃん?」
「今時、珍しい熱血野郎だぜ。長生きしそうもないタイプだな」


全員の視線が集中した先に、いつの間にか入室していた秋利と冬也がいた。
「近衛、片桐、おまえら、話も聞いてくれなかったのに、急にどうしたんだ?」
「どうしたって、しょうがないだろ。俺達、朝食とってたんだから。なあ?」
「ああ、朝食は優雅に食するのが俺様のポリシーだからな」
「……ちょ、朝食?まさか、俺達に会ってくれなかったのは飯のため?」
良樹達は、怒り通り越して完全に呆れ返った。
ともかく、こうして対面かなったからには、何が何でも仲間を救出する手助けをしてもらわなければならない。
「夏樹さんの弟さん!」
「おいおい、弟はないだろ?こっちは冬也、俺のことは秋利様って呼んでいいよ」
秋利はにっこりと優しい笑みを浮かべながら、尊大なことを言ってのけた。
「じゃあ秋利さん」
「秋利様だ」
秋利はニコニコと愛想よく笑っていた。

「……秋利……様。皆を助けて――」
「駄目だなあ」

良樹が最後まで言わないうちに、秋利はさっさと断った。相変わらず、にこやかに笑いながら。

「そんなに助けたいのかよ?」
「冬也さん、あんたは協力してくれるのか?」
良樹は期待をこめた眼差しで冬也を見詰めた。冬也は小さな薬瓶を差し出した。

「拷問や重罰で苦しめたくないなら、これを届けてやってもいいぞ。楽にあの世に旅立てるぜ」
「……!!」

(夏樹さんも相当妙な性格してたが、この二人もとんでもないんじゃないのか?
散々世話になってこんなこと思うのはなんだが、夏生さんの兄貴はろくな奴がいない)




「片桐、近衛!」
突然、威勢よく扉が開かれた。
「何だ岩崎、想像しいぞ」
「来客だぜ。小椋が来た」
「何、春樹が?すぐに通せ」
秋利と冬也の表情が随分柔らかくなった。
それだけで、訪問者は二人と親しい間柄の人間だという事が容易に推測された。


「佐竹さん、小椋春樹って誰だよ?」
三村が佐竹に、こっそり質問した。
「本名は季秋春樹、小椋ってのは母方の姓だ。あいつらの弟だよ、腹違いだけどよ。
小椋は末っ子みたいなもんだから、宗方達はあいつを可愛がってるんだ」
「末っ子みたいなもん?」
「冬樹っていうはねっ返りが末っ子なんだが、こいつは兄貴にも生意気な可愛げゼロな弟なんだ。
反対に小椋は宗方達を尊敬して懐いてる可愛い弟だ。おまえ達も態度に注意しろよ。
小椋の機嫌損ねたら、あいつら協力するどころか、おまえらを半殺しにするぞ」
「……大袈裟だな」
「大袈裟なものか、小椋を傷つけて、宗方達に再起不能にされた人間は10人や20人じゃないんだぜ」
ちょっと話を聞いただけで、厄介な人物だということがわかった。


「……確かに機嫌損ねるのはやばい相手みたいだな」
三村は考えた。
「でも、そいつに気に入られれば、あの兄貴達も改心するんじゃないのか?
可愛い弟に、人助けしろって説得されれば……いけるかもしれない」
「確かにそうだな」
と、そこに足音が聞えた。どんどん、大きくなってマックスになると同時に扉が開かれた。


「兄貴、久しぶりだな!」


「――え?」

噂の弟の顔を見た途端、七原の表情が、これ以上ないほど引き攣った。




「春樹、元気だったかぁ?」
「ふん、相変わらずみたいだな。安心したぜ」
「秋利兄貴も、冬也兄貴も、会えて嬉しいぜ。兄貴達の顔みたくて劇場から大急ぎで来たんだ」
「劇場?はは、おまえ、毎日、劇場通いしてるんだなあ」
「だって最高に面白いんだぜ。ラストで思わず俺も『綾波を返せ』って叫んじまってさあ。
なあ、兄貴達も今度一緒に行こうぜ。あれ、夏樹兄貴は?一緒にいるんじゃなかったのか?」
春樹はきょろきょろと部屋を見渡した。そして良樹達の存在に気づいた。

「……ん?」

見知らぬ中学生の集団。その中で引き攣っている七原を見た瞬間、春樹の顔色がガラッと変わった。

「あー!お、おまえは、おまえ達は!!」


『言いつけてやる!』


「何だ、おまえ、こいつらのこと知ってるのか?」
「知ってるも糞もあるか!兄貴ー!こいつらだ!!」


『兄貴達に言い付けてやる!逃げられると思うなよ!!』


「白昼堂々街中で俺に殺し合い仕掛けてきやがった連中だ!!」

春樹は七原達に人差し指を乱暴に突きつけた。


「よくも俺の綾波を破壊してくれたな!兄貴、こいつらに生まれてきたこと後悔させてくれ!!」


全てが終わった。もはや問答無用な空気だった――。




【B組:残り45人】




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