「西区エリア制圧致しました!」
「テロリストどもの部隊を三隊拘束致しました!」
「よし、拘束した逆賊どもは薬使って完全に自由を奪い本部に送っておけ。
第一、二部隊共に、負傷者を除き、直ちに北エリアに向かえ」
次々ともたらされる報告を元に直人は的確な指令を出していた。


「順調だね直人、これなら予定より、はるかに早く片がつきそうだ」
「……ああ、思ったよりも物足りなかったな。薫、こんな連中に出し抜かれるなんて反省しろよ」
「……一言多いんだよ、君は。そんなだから女性にもてないんだよ」
「その方が仕事がやりやすくていい。俺はおまえと違って色恋沙汰には興味ないんだ」
「おやおや、そういう発言自体、幼いんだよ。僕なら何を置いても女性を優先するよ」
薫の他愛無い嫌味の相手をするつもりは直人にはなかった。
それより気になる事がある。
連中が突然反乱を起こした事もあるが、薫を出し抜いたにしては、あまりにも手ごたえが無さ過ぎる。


(俺や薫が直々に出るまでもないような小者ばかりだ。だが薫を出し抜いたのも事実。
どう考えても小者の仕事じゃない。奴らの背後に大物がいる……と、しか思えないな)


大物の反政府組織が、が三流テロリスト達と手を組んだ。
一体何のメリットがある?

(メリットなんかあるものか。俺なら三流のカスなんかと手なんか組まない。手は組まないが……)

直人は立ち上がった。
(そうだ、手など組まない。やるとしたら利用するだけだ)
何の為に……その理由は結果から推測できる。
反乱の連絡を受け、国防省の精鋭達は基地から離れ遠方の、この地までやってきた。


「……そういうことか」
「直人?」
「薫、後の指揮はおまえが取れ。俺は、いったん四国本部に戻る!」

直人は気づいたのだ。これは罠だ、反乱軍は国防省の外堀を埋めるための囮に過ぎないと。




鎮魂歌―61―




「なんだ、この有様は?」
晶は国防省の悲惨な状態を目の当たりにして面白く無さそうに舌打ちした。
「兄貴!」
輪也達が駆け寄ってきた。
「基地にやすやすと侵入者を許すなんて、国防省の警備はどうなってるんだ?」
「それが士官クラスの連中がほとんど留守してたみたいなんだ」
「隼人は?」
「あいつなら国防省病院だよ。長官の護衛しろって命令受けてただろ、兄貴は無視したけどさあ」
「そうか」
晶はすぐにバイクに跨った。
「おい兄貴、この惨状みて、ほったらかしにして行くのかよ」
「おまえも言ったとおり、俺は元々長官の護衛の命を受けていたんだ。それが最優先だろ?」
晶は、もっともらしい事を主張して、さっさと走り去ったが、勿論、本心は全く違った。














「貴子!」
杉村は貴子を囲んでいる兵士達に決死の特攻をかけた。
「何だ、こいつは!?」
兵士達はいっせいに杉村を睨みつけた。同時に、まどかの檄が飛ぶ。
「何、ぼさっと見てるの?さっさと片付けなさいよ!」
相手はたった一人、それも丸腰の中学生だ。なめてかかった兵士達は武器を取らず素手でかかってきた。
それは杉村にとって大変なラッキーだっただろう。
そして広い場所ではなく、廊下と言う細長い空間だったことも杉村に有利だった。
兵士達は杉村を拘束しようと向かってきたが、全員で一斉にかかってくることはできない。
杉村は先頭を走ってきた二人の兵士に跳び蹴りをお見舞いした。
彼らは背後に倒れ、彼らの後に続いていた兵士達がドミノ倒しのように床に重なった。
杉村は、素早く兵士の一人からライフルを取り上げた。

「動くな!」

あらゆる状況が杉村に有利に動いた。
杉村が銃を手にした瞬間に形勢は完全に逆転したといっていいだろう。
今だ重なり合って床に崩れている兵士達は、もはや逆襲は無理と悟ったのか手を上げている者さえいる。

「さあ、貴子を離せ。逆らえば撃つ、俺は本気だ!」

杉村は銃口を寿とまどかに向け激しく威嚇した。
「ま、まどか……どうする?」
寿も銃は携帯しているが、腰のホルスターに手を伸ばす前に杉村が発砲するだろう。
「……ふざけないでよ。誰が、あんな雑魚相手に降参なんかするものですか」
まどかはナイフを取り出し、素早く貴子の喉に突きつけた。


「さあライフルを捨てるのよ。でないと、この女を殺してやる」
「……ひ、弘樹」
「……クソ……貴子」
杉村は悔しそうに眉を歪ませた。
発砲しても良かったが、素人の自分の腕では、貴子を誤射してしまう可能性もある。
「撃ってこない……わかった!まどか、あいつ銃の腕は素人なんだ」
「あんた馬鹿!?敵の分析なんかしてないで、さっさとあいつを拘束しなさいよ!!」
「あ、そうか……よ、よし」
寿が杉村に近付いてきた。
「く、来るな!」
杉村は銃口を寿に向けた。寿は僅かにたじろいた。
その様子を見ていたまどかは切れて、ナイフを持った左手を突きつけて叫んだ。




「ちょっと何ぐずぐずしてるのよ!」
ナイフが貴子の喉から離れた。その一瞬を貴子は見逃さなかった。
貴子は、まどかの左手を掴んだ。まどかは慌てて貴子を振り放そうとしたが、貴子も必死だ。
二人はもみ合いになった。
「貴子!」
早く止めないと貴子が危ない。杉村はライフルを持ったままダッシュした。
「ここは通さないぜ!」
だが寿が行く手を阻む。杉村は正拳を突き出した。
「おっと!」
杉村の攻撃は切れがあったが、寿も仮にも戦闘訓練を受けている少年兵士。
咄嗟に避けた。だが杉村は間髪入れずに今度は蹴りを繰り出した。


(こいつ、強い!)
寿は腕をクロスさせて防御に出たが、杉村のパワーの前に防御は無意味だった。
寿の腕はぎしぎしと鈍い音をだし、寿はたまらず背後に倒れた。
「寿!あんた、馬鹿!?」

「貴子、待ってろ。今、助け――」

ガン!凄い音が杉村の頭部から発生した。杉村は最初何が起きたかわからなかった。
ただ手足が痺れ、杉村はライフルを落とした。
数秒後、後頭部にズキズキと痛みが走り、左手を回すとぬめっとした感触があった。
その左手をゆっくりと目の前にもってくると、掌にべったりと鮮血が付着している。


(……何だ?俺は……どうなったんだ?)


杉村は考えがまとまらなかった。敵に襲われたという発想すらでないほどだ。
ただ反射的に、ゆっくりと頭だけ背後に向けると女が立っていた。

「格闘術は大したものだけど、やはり素人。背後が無防備すぎるのよ」
「……お、おまえは」

見覚えがある。戸川が連れていた女の側近――河相泪――だった。
記憶をそこまで辿ったところで杉村は、ようやく自分が攻撃されたことを理解した。
足元が崩れ、両膝が床に接触した。貴子が何か叫んでいたが、杉村の耳には、よく聞えない。

(……貴子!)

駄目だ。今、自分が倒れたら貴子を守る人間がいなくなる。
杉村は必死に堪え立ち上がった。頭がガンガンして視界がやけに歪んでいる。
相手は女だが、貴子を守る為には容赦なんてしていられないだろう。
杉村は足元がふらついていたが、泪の武器(おそらく警棒のようなもの)を叩き落そうと蹴りを繰り出した。
スピードは落ちていたが、拳法の達人に相応しい切れのあるものだった。
だが同時に、その脚は攻撃を受け、杉村はふくらはぎに強烈な痛みを受けて床に倒れた。
「弘樹、弘樹!」
貴子は杉村に駆け寄ろうとしたが、まどかが押さえつけて離さない。
「……た……かこ」
杉村はライフルに手を伸ばした。だが寿がすかさずライフルを奪い杉村に銃口を突きつける。
「終わりだ。観念しろ」
杉村にドミノ倒しされた兵士達も起き上がり、杉村を包囲した。




「……だ、だから、やめろって言ったんだ。俺は知らないぞ」
その様子を廊下の角からこっそり見ていた旗上は、慌てて走り去った。
他の連中も、その後を追う。巻き添えはごめんだった。
しかし彼らは素人。すでに存在がばれていたのだ。
「捕虜が逃げたわ。すぐに追いかけて!」
泪の命令に兵士達はいっせいに駆け出した。旗上たちは悲鳴を上げながら階段を駆け上がる。

「時間の問題ね。どうやら、あいつらは、この男と違い、戦闘力皆無のようだから」














「国防省の基地が二度もやられるとはな」
隼人は国防省長官の身辺警護に当たっていた。
長官は爆発騒ぎの報告を受けて精神的ショックを受けてしまっている。
本当なら、さっさとこんな任務終わらせて良恵が無事かどうか確認したかった。
良恵、おまえは今無事なのか?)
背後に気配を感じ、隼人は振り返りながら銃を構えた。

「晶か……悪趣味な奴だ、足音を消して近付くな」
「ただの習性だ。それより隼人、話がある。二人きりでだ」

周囲には護衛官や兵士が大勢いた。どうやら聞かれたくない内容らしい。
「短時間で済ませよ。俺は任務中だ」
二人は人気の無い場所に移動した。




「草薙潤を覚えているか?」
周囲に人がいないことを確認して晶は切り出した。
「忘れるわけが無いだろう。あれは異常だった。凄惨な光景に慣れている俺でもぞっとした」
「草薙がK-11だ」
滅多な事では驚かない隼人が一瞬顔色を失った。信じられないとでも言うように晶を見つめる。
「おまえの、そんな顔を見るのは久しぶりだ」
晶は、それが面白かったのか、ちょっといたずらっぽく笑みを浮かべたが、すぐに苦々しい表情になった。
「これは冗談でも眉唾でもないぜ。俺が、この目で実際に確認したんだ。
草薙だけじゃない。忍壁北斗、比企直弥、他にもいた。あの事故でくたばったはずの奴らだ」
驚いていた隼人だったが、すぐに、いつもの冷静な顔になった。


「……つまり科学省は連中の死を隠蔽していたという事か?」
「そういうことになるな。上が知ったら、ただじゃ済まないぜ」
「なぜ報告せずに俺に話す?おまえは手柄を立てたがっていたじゃないか」
「生憎と物的証拠が無い。俺の証言だけでは弱い。下手に巧を焦って報告してみろ。
科学省は全力で俺を潰しにかかる。手柄どころか余計な厄介ごとが増えるだけだ。
協力しろ隼人、良恵の為に俺に手柄を譲ると約束しただろう」
「ああ、確かにそうだったな。だが、今は駄目だ。国防省が正常になるまで、俺はここを動けない」
「いいだろう。俺の予測では、国防省のゴタゴタは、もうすぐ終わる。その後でいい」
「わかった」
晶は満足そうに笑みを浮かべた。


(……あの草薙が生きていた)
隼人は嫌な予感がした。得体の知れない連中が出現し、それをきっかけにK-11が姿を現した。
(……点と点がつながらない。奴らは何なんだ?なぜK-11は奴らを守ろうとする?
K-11の正体はわかったが、そうなると科学省は、とんでもない裏を隠していたことになる)
K-11が、この国に現れてからというもの、その破壊活動は熾烈を極めていた。
彼らのやり方は、過激すぎる。
まるで、この国と共に自分達ですら滅ぼそうとしているかのように――。
(……あの時、奴らの処置は科学省に一任されていた。科学省は『事故』で全員死亡したと言った)

「あいつら、草薙達に一体何をしたんだ?」














「貴子さん、どこにいるんだ貴子さん!」
良樹は必死になって走った。いずれ建物は崩壊する、その前に貴子を救い出したかった。
雨宮!」
七原が飛び出してきた。一人のようだが、怪我もしてない。
「七原!良かった、無事だったんだな。三村や杉村は?」
「わからない。委員長や日下は一緒だ、階段の下に隠れている。
おまえの声がしたから俺だけ様子を見に来たんだよ」
「そうか……でも、おまえ達だけでも無事でよかったよ。すぐに屋外に出ろ」
そこに幸枝と友美子が走ってきた。
「七原君、皆が!旗上君達が階段を駆け上がってくるわ!」
幸枝の様子がおかしい。かなり慌てている。仲間が見付かった喜びではなく狼狽してるようだ。


「委員長、何があった?」
「旗上君達を追いかけて兵士もついてきてるの。あのままじゃ捕まるわ!」
良樹と七原はお互いの顔を見合わせ、すぐに走り出した。
階段の踊り場に来ると、確かに旗上達と、それを追いかける兵士の一団が見えた。
良樹は、きょろきょろと辺りを見渡し消火器を発見した。
「七原、こいつを奴等に盛大にかけてやれ!」
「よし!」
七原は消火器を噴射。階段を駆け上がっていた兵士達は突然視界が真っ白になり慌てふためいた。
予想外の出来事に旗上たちも驚いて足を止めた。


「ふせてろ!」
そこに良樹の声。何が何だかわからないが、その場に伏せた。
良樹は旗上達を飛び越えて、兵士達に体当たり。
視界を遮られた連中は良樹のタックルで簡単にバランスを崩し、団子状になって全員仲良く階段を転がり落ちた。
「今だ、さあ来い!」
良樹に促され、旗上達は、その後について走った。
「七原、おまえは、こいつらを連れて早く逃げろ。俺は貴子さんを捜す」

「た、貴子は……貴子と杉村君は手遅れよ!」

叫んだのは聡美だった。
言葉をはなった直後に、しまったと言わんばかりに口元を手で押さえた。
「……手遅れ?どういうことだ?」
「……そ、それは」
「言えよ!二人に何があった!?」
聡美は閉じた貝のように口をつぐんだ。何か後ろめたい事があると良樹は容易に悟った。
聡美だけではない。誰もが俯き良樹や七原の目を見ようとしないのだ。


「……おい、何があった?……いや、おまえ達、二人に何をしたんだ?」


良樹が質問を変えると、旗上が慌てて弁解した。
「違う、俺達は何もしていない!あの時は、しょうがなかったんだ!!」
旗上は頭を抱えて悲鳴のような声を上げた。
「そ、そうよ。あたし達は、ただ逃げただけさ!杉村が悪いんだ、自分から捕まったようなものだよ!」
今度は比呂乃が叫んでいた。
「あ、あたし達は止めたんだ。貴子を助けるなんて無理だって、でも、あいつは奴らに向かっていったんだ!」
「それで杉村と貴子さんはどうしたんだ!?」
「……つ、つかまっちまったよ」
「どこでだ!?」
「……3階下のエリアで……ろ、廊下を右にずっと行って曲がった……」
比呂乃が最後まで言わないうちに良樹は疾風のごとく階段を駆け下りていた。














「……どうやら脱出に成功したのは俺達だけみたいだな」
三村は茂みの中から様子を伺い、そう結論付けた。
「俺達だけでも脱出できただけ運が良かったんじゃないのか?」
川田の言うとおりだ。幸運か不運か二者択一で言えば、間違いなく前者であろう。
ただ単純に「ラッキー♪」などと言えない理由は二つある。
一つは前述の通り、脱出に成功した人間が極めて少ない事。
三村と川田の他は豊と滝口しかいない。他のクラスメイトとは、はぐれてしまったのだ。
今だ屋内で逃げ惑っているか、再逮捕されたか、二つに一つ。
二つ目の理由は建物から脱出する事に成功したものの、今後の逃走ルートが全く定まっていないこと。
今は誰もがパニック状態になっている、今こそ逃亡の絶好のチャンス。
だが逃走ルートが確定してないのに行動を起こしても、すぐに捕まってしまうだろう。
かといって、いつまでも隠れているわけにはいかない。


雨宮や七原、それに杉村達だけでも待ってやりたいが……」
「気持ちはわかるよ三村、おまえさんにとって連中は親友だからな。
だが、そう待ってはやれそうもない。見ろ、連中が落ち着きを取り戻しつつある。
逃げるなら今しかない。でないと、瀬戸や滝口もまとめて再逮捕だ」
「わかってる、だが、どうやって――」


「脱獄者は神妙にお縄になれよ」


突然、背後から声が聞えた。川田も三村も、そして豊や滝口も慌てて振り向いた。
国防省の制服をびしっと着こなしている男が立っていた。
「うわぁシンジ!」
豊は思わず三村に飛びついた。
「まーったく、せっかく逃げるチャンスくれてやったのに、まだ、こんな所でグズグズしてたとはなあ」
恐れおののいていた四人は、その台詞にきょとんとなった。
「逃げるなら今しかチャンスないぜえ。もうすぐ士官どもが帰って来るからなあ」
「……もしかして夏樹さん?」
「やっと気づいたのか」
颯爽とサングラスを取った夏樹に、川田と滝口は「誰だ?」と訝しげな表情を見せた。
それに気づいた三村が、「夏生さんの兄貴だよ」と簡単に紹介した。


「宗方の兄貴?」
煩悩に走るあまり三枚目に崩れてしまう夏生とは違い、正真正銘の色男。
どちらかといえば、冬樹に似ている。
だが愛想よさそうに見えるが、目に非情さが垣間見える。
夏生は何だかんだ言って、捨て犬は見捨てられそうも無い情に厚い目をしていた。
この男にはそれがない。憐憫の情など、その気になれば、きっぱり切り捨てられる目だ。
「俺達、この人に色々世話になったんだ。……ま、酷い目にも合わされたけどな」
その一言で川田は自分が抱いた夏樹の印象は間違っていないと確信した。
夏生にあった甘さが、この男にはない。


「そうか。それで、おまえさんは、どうしてここにいる?俺達を助けに来てくれたわけではなさそうだが」
「当然だろ。俺が助けにきたのは貴子だけだ」
川田は思わず口をあけた。さすがは、あの夏生の兄貴といったところか。
「貴子さえ救出すれば、さっさと、ここからおさらばする。スケジュールが詰まってるんでなあ。
その様子じゃ貴子はまだ中にいるんだな。じゃあ、あばよ。俺はもう行く」
「おい待てよ夏樹さん!俺達も助けてくれとは言わない、せめて逃走ルートを教えてくれ!」
夏樹はだるそうに振り向くと、親指で東を指さした。
「二キロ先に佐竹達がいる。そこまで行け」
それだけ言うと夏樹は走っていった。もう呼んでも振り向いてもくれなかった。














「検問?」
早苗は車のスピードを落とした。
(さっきは、こんなものなかったのに)
何かあったのだろうか?と思いながらも停車した。そしてギクッとなった。
「おはよう早苗、こんな朝から、どちらにお出掛けだったのかしら?」
「……真知子」
真知子は車のボンネットに腰掛けると、哀れみをこめた目で言った。
「よくも克巳に舐めたまねをしてくれたわね」
口調こそ非難めいたものだったが、その表情は嬉しそうでもあった。
「克巳は怒るかしら?あなたへの気持ちも冷めるかもしれないわね」
水島の愛を独り占めしたい真知子としては恋敵の失脚ほど喜ばしいものはない。


「……なんの事かしら?」
「その台詞、克巳の前で言えて?ほら、来たわよ」


風が上空から地上に向かって渦巻いてきた。見上げると軍用ヘリが降りてくる。
水島がヘリから飛び降りてきた。
「やあ真知子、それに早苗」
「克巳、おはよう」
駆け寄ってきた真知子を水島は抱きしめ唇と額にキスを落とした。
「おはよう真知子、今日も綺麗だね」
それから早苗に視線を移し、「さあ、今度は君の番だよ、おいで」と誘った。
早苗はハンドルをぎゅっと握り締めた。水島の笑顔の下に隠された感情をひしひしと感じ僅かに震えている。
「おびえているのかい?」
水島は早苗の右手首を掴むと、「話がある。二人きりで」と耳元で囁いた。
水島の背後から真知子が嬉しそうに、その様子を見ている。
二人が視界から消えると、真知子は嬉しそうに高笑いした。




人気の無い場所に来ると、水島は唐突にに早苗に平手打ちをくらわした。
早苗が地面に倒れると、水島は屈み、襟首を持ち上げた。
「やってくれたね早苗、俺を裏切るなんて、何を考えているんだい?」
「……何の事?」
「しらばっくれるのかい?何なら、じっくり尋問してやってもいいんだよ?
でも俺としては愛しい君に、そんな乱暴なことはしたくない。
そんな俺の気持ち、どうしてわかってくれないんだい?俺に酷いことをさせないでくれ」
早苗は冷めた目で水島を見据えた。
「この程度、私は酷いことなんて思わないわよ。昔、あなたがしたことに比べたら」
早苗は水島の襟を掴むと、「私は何もしてない。尋問したって何も出ないわよ」と言い放った。


「拷問でもする?あなたの得意分野でしょう」
水島は、「俺はその気になれば、君でもやる。わかってるんだろうねえ?」と念を押した。
「どうぞ。あなたの残酷さは、とっくの昔から承知してるわ」
「ふーん、承知した上で俺に逆らったっていうのかい?」
「もう一度言うわよ。私は何も知らない」
水島は俯いた。しばらくすると、くくっと笑い出した。
「あははは、よくも、そこまで言えたものだ」
愉快でたまらない、そんな感じだ。先ほどまでの怒りはどこかに吹き飛んだかのように。
「ふふ、見直したよ早苗。俺にそこまで、たてつけるとはねえ。
いいよ、特別に何もなかったことにしてあげるさ。俺の愛情に感謝しろよ」
水島は、「今夜はおまえの所に行くよ」と付け加えて立ち上がった。
早苗は特に拒絶しなかった。真知子の期待とは裏腹に水島は早苗と別れなかった。


「……克巳」
「ん、何だい?」
「あなたに従順ではない生意気な女を、どうして手離さないの?」
「だったら俺も聞くよ。なぜ俺から離れようとしない?」


「あなたの最後を見届ける為よ。それまでは絶対に、そばから離れないわ」


水島は、また面白そうに大笑いした。

「だから、おまえは手離せないんだよ」


「俺の女になると、どいつも変わる。俺の機嫌を損ねないことばかり考えて、媚ばかり売る。
だから、つまらなくてしょうがないよ。
一人くらい俺に反感持ってる女をそばにおいておくほうがスリルがあっていいものさ」
それから水島は携帯電話を取り出した。
「やあ俺だよ。そっちの様子はどうだい?何だって、また基地を爆破された?
まあ、いいさ。俺は不在だったんだ。俺に責任がなければいい」
水島にとって例え同胞といえど、その命は大した価値はなかった。
「それで沙耶加の様子はどうだい?基地なんか、どうでもいいけど、そっちは無事なんだろうねえ?
意識が戻った?そうか、わかった、すぐに行くよ。それまで、しっかり護衛するんだよ」
水島は通話を切ると、「早苗、今夜はキャンセルだ」と淡々と言った。


「怒ってるかい?」
「……別に。いつものことじゃない」
「そうだったっけ?」
今度は真知子に電話をかけた。
「で、彼女は見付かったかい?」
その言葉に早苗は内心ドキッとした。
「まだ捕まらない?衛星カメラも対して役に立たないものだな。で、新しい手は考えているのかい?」
『刺客を一人用意したわ。上には秘密よ。そうしないと、用が済んだら手柄はあなたに移行しににくなるもの』
「当然だろうねえ。でも、その刺客とやらが妙な欲を出さない保証はあるのかい?」
『安心して、地位や権力には全く興味のない子よ。ただ他の欲望が常人の十倍はあるわ。
その為なら手柄なんかドブに捨てるような男よ。
捕獲対象が鈴原美恵だと言ったら、二つ返事でOKしたわ』


『どういう意味かわかるでしょ克己?』


水島は面白くなさそうに舌打ちした。手柄に興味の無い男が鈴原美恵個人に強い執着を示している。
どういう意味なのか、男女の色恋沙汰に関して百戦錬磨の水島がわからないはずがない。
『あなたの名前は一切出してないわ。だから、面倒が起きても、あなたは無関係。
あなたには手柄しか入らないわ。だから、それで構わないわね?』
水島は即答しなかった。だが、国防省の大事に身動きが自由にとれない立場では贅沢は言えない。
「いいだろう。背に腹は変えられないさ。けど、彼に厳重注意しておけよ。
後で必ず彼女は差し出せと。その約束さえできれば、つまみ食いくらいは大目に見てやるよ」
『良かったわ。実は、もう、あの子、出撃してるのよ』














「ここまで来ればひとまず安心だ」
博巳は停車して車外にでた。早朝ということもあって、兵士どころか民間人もいない。
「おまえは友人の情報が欲しいんだろ?だが、おまえ自身は動かないほうがいい」
博巳は財布から大金を取り出すと美恵に握らせた。
「民間のホテルに泊まってろ。後で連絡する」
「でも博巳さんに、これ以上迷惑は……」
「もう十分すぎるほどかかわった。おまえが街中をうろついて弟にばれる方が迷惑だ。
それとも、おまえには誰かかくまってくれそうな有力な後ろ楯がいるのか?」
後ろ楯……今まで匿ってくれていたのは夏生だが、はたして今も手助けしてくれるかどうかがわからない。
返答を渋る美恵を見て、博巳は事情を察したようだ。


「そうか。じゃあ他に手を守ってくれそうな心当たりは?」
美恵はハッとした。
「いるのか?」
「……でも、相手は、どんな素性なのかもわからなくて。正体不明なんです」
美恵が頭に思い浮かべた相手はK-11だった。
もう一人、冬樹も思い出したが、そちらは忘れることにした。
「……素直に甘えるわけにはいかない連中らしいな。やはり、しばらく民間のホテルに隠れ――」
その時、博巳の全身がぞくっと逆立った。とてつもない邪悪な気配を感じたのだ。
「車に乗れ!」
美恵 は、わけがわからなkったが、とにかく言われてとおり助手席に急いで乗り込んだ。
エンジン始動。博巳は車を急発進させた。


「博巳さん、どうしたの?!」
「わからない……だが、やばい!とんでもない化け物の殺気を感じた!」


美恵は振り向いた。そして見た。
林の中からバイクが飛び出したのを。そのバイクに乗っていた金髪の悪魔を。

「……そんな……そんな、どうして!」

美恵の全身に恐怖の戦慄が走った。博巳もバックミラーで殺気の持ち主の正体を知った。
「あいつは……鳴海雅信!あんな狂犬、相手にしていられるか!!」
ギアをハイトップに入れ、公道を下った。だが雅信は道路をまともに走らず橋の上から飛んできた。
「正気か、あいつ!」
バイクと車は正面衝突寸前。博巳はハンドルをギリギリまで切ってかわした。
しかしガードレールに激突。車は走行能力を失っていた。


「何て奴だ、一歩間違えたら自分が死んでいたんだぞ。おい、大丈夫か?」
「え、ええ」
「早く逃げるんだ」
博巳は美恵の手を取って車外に出た。だが、二人の前に雅信が立ちはだかった。
「……探したぞ」
雅信を美恵に向かって手を伸ばしてきた。
「……さあ、こっちに来い」
美恵は顔面蒼白になって、ただ諤々と震えることしかできない。
反比例して雅信は嬉しくてたまらない、そんな表情だった。
しかし常人から見れば、それは狂気の笑みでしかない。
自分の元にこようとしない美恵に痺れを切らし、雅信は歩き出した。美恵はビクッと反応した。
その美恵を雅信から隠すように博巳が前に出た。途端に雅信の目つきが鋭くなる。

「その女は俺のものだ。殺されたくなかったら、そこをどけ」
「嫌がっているだろう。彼女が好きなら、怯えさせるな」

その一言で雅信の感情は一気に沸点を超えた。


「邪魔する奴は殺す!誰だろうが殺す、そこをどけ!!」




【B組:残り45人】




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