あいつも必死に彼女達をさがしているはずだ。大方の居場所は絞り込んでいるはずだぜ。
政府の一掃作戦開始まで時間が無い。すぐに行動おこさなくちゃな」
夏生は、「待っててくれ、俺のお姫様」と余計な一言を付け加えるのを忘れなかった。
「鈴原はダメだ。わかっているのかな?」
低くないのに威厳のある声がりんと響いた。
川田は、ふうと溜息をつき、その他の連中は顔面蒼白になって桐山に視線を集中させた。
「……何だと?」
夏生だけが頬を紅潮させてギラリと桐山を睨んだ。
「鈴原はダメだ」
「……もしかして美恵ちゃんはおまえの恋人なのか?」
七原たちはごくっと唾を飲み込んで、桐山と夏生の顔を交互に見詰めた。
そして誰もが思った。
頼む!せっかくその気になっている、このお調子者のやる気をそぐ事だけはしないでくれ!と。
「充、俺は鈴原の恋人なのか?」
桐山は背後で、ただただ焦っていた沼井に残酷な質問を投げた。
(な、なんて言えばいいんだ。違うなんていったらボスが傷つくかもしれねえ。
俺にはそんなこと言えない。言えないが、今言ったらこの男またパスとか言い出すかも)
「答えないのか充?」
非情にも桐山は返答の催促をしてきた。沼井は頭を抱えだした。
「おい坊主、他人に確認してもらう必要はないだろ。
要はおまえが彼女を愛しているかそうじゃないかという問題だろう」
「……俺が鈴原を愛している?」
「そうだ!おまえは美恵ちゃんといちゃいちゃしたいと思っているのか?
彼女のために自分が犠牲になってもいいと思っているのか!?」
桐山は静かな声で静かに言った。
「よくわからない。だが鈴原の為ならどんなことでもするつもりだ」
決定的な一言だった。
「彼氏持ちなのかよ!俺は彼氏持ちより目先の女って主義なんだぜ!
他の男の女にまで命張れるほど、俺は暇じゃないんだ!」
七原たちは、もうダメだと思った。だが川田が威厳のある低い声で夏生にこう切り出した。
「焦るな宗方よ。おまえのお姫様は、まだ二人も残っているじゃないか」
「おい貴子はダメだぞ」と言い掛けた杉村は途端に三村に口を押さえられた。
「それもそうだな。よし、行動開始といくか!」
タイミングよく無線から緊急連絡が入った。
『なっちゃん始まったぞ!奴等囲いの中に侵入しやがった!』
鎮魂歌―6―
「おい、まだ女たちの居所はわからないのか!?」
郷原のヒステリックな声が壁に反響した。
「すいません郷原さん、でもこれでかなり場所が特定できました。後残る隠れ場所は、ここと……」
室外からぎゃあ!と悲鳴があがった。
「な、なんだ?おい田中見て来い」
「へいへい」
田中がドアを開けたとたん、長い脚が田中の腹部に向かって伸びてきた。
「ぎゃあ!」
哀れ田中は、今しがた聞いたばかりの悲鳴を自ら再現する羽目に。
「ど、どうした田中!」
偉そうに椅子にふんぞり返っていた郷原は予期せぬ展開に思わず立ち上がった。
そして戸口に視線を移したが、もうすでに遅かった。
ナイフが三本飛んで来て、郷原の肩と脇腹部分の服を貫通。
郷原は、まるで毛皮だけとなった鹿のように壁に背中から張り付いた。
「だ、誰だ!?」
「ひとーつ人の世の生き血をすすり」
郷原はごくっと唾を呑み込んだ。
「ふたーつ不埒な悪行三昧、みっつこの世の悪を退治してくれよう、宗方夏生」
「あ、あんたは……!」
郷原は夏生の顔を見るなり後ずさりして窓に背中から衝突した。
「俺の顔知っているのか」
「海原や木下でさえ逆らえなかった、あの東海自治省の権門の……?」
「海原たちを呼び捨てにするなんて、おまえも随分偉くなったもんだな。あのグループの中じゃ末端だったくせに」
「くそぉ!」
郷原が銃に手を伸ばした。途端に灰皿が飛んで来て手に強い痺れが走った。
「遅いんだよ」
ガシャン、と派手な音がした。田中が窓ガラス突き破って飛び出していた。
「あ、あの野郎、逃げたな!」
郷原は怒りで眩暈がしそうになった。
「おまえよりは賢いじゃないか。俺に勝てないと判断してさっさと逃亡なんて」
夏生は郷原の襟をつかんで持ち上げた。
「さあ吐いてもらおうか。彼女たちの居場所は見当ついているんだろ?
政府の連中はとっくに侵入している。奴等より先に彼女たちを保護しなきゃならないんだ」
「せ、政府の連中が!?」
泣きっ面にハチだった。夏生に命を握られているだけでも悪夢なのに政府がついに動いたのだから。
「だからこっちも急いでいるんだ。おまえと遊んでいる暇はないの」
夏生は郷原が腰にぶら下げている鍵の束を奪い取り、背後にぽいっと投げた。
たまたま鍵の落下地点にいた豊が、慌てて両手を伸ばして受け取った。
「地下牢の鍵だ。さっさとお仲間助けにいけよ、でないと連中も政府に逮捕されるぜ」
そうだ、まだ地下牢には女生徒たちがいる。自分たちのように夏生についてこなかった男子生徒も。
それを思い出した七原は、「俺が助けに行く。美恵さんのことは頼んだぞ」と叫んで猛ダッシュした。
「さあ吐けよ」
「だ、誰が!あれは大事な商品なんだ!」
思ったより郷原はしぶとかった。腐っても政府相手に体張って戦ってきただけある。
しかし、郷原の努力も桐山のたった一言で水泡と帰した。
「宗方、これが
鈴原たちの居場所なのではないのかな?」
桐山が地図を手にしていた。赤鉛筆でいくつもX印がついている。
「この×印がついている場所は捜索済みってことか?」
夏生は郷原を詰問した。郷原は口を硬く閉じたが、思わず視線を逸らしてしまった。
その様子から、図星だということは明白だった。
「だったら、おまえはもう用済みだ。離してやるよ」
ガシャン!郷原の体は投げ飛ばされ、窓ガラスを突き破っていた。
「お、鬼ぃー!」
無念に満ちた悲鳴がきこえた。しかし夏生は完全に無視して地図をデスクの上に広げる。
「×印がついてないのは三箇所か。政府の連中が最初になだれ込むのは……」
夏生のへらへらした表情が一変し、シリアスを極めたような真面目な目を見せた。
「最悪だ。鳴海の部隊が最初に突入する箇所と一致する」
「すぐに急襲をかける。連中は完全武装しているとはいえ中身はクズだ。
敵は自分自身の油断と思え。相手がクズだろうと全力を出せ、いいな?」
直人の作戦は完璧だった。囲いの地図を何度も確認して、すぐにアジトになりそうな場所をいくつか特定した。
何もなければ完全武装しているチンピラ集団にすぎない郷原たちを壊滅させることなど時間の問題だった。
だが完璧のはずだった直人の計画にひびが入った。
「菊地中尉!大変です、大変です!」
下士官がノックもせずに部屋に飛び込んできた。
「何事だ!俺は作戦の指揮で忙しいんだ、用なら後にしろ。二時間で決着をつける」
「それどころではありません」
直人は無線機の電源をOFFにした。
「さっさと用件を言え。くだらねえことだったらただじゃすまないぞ」
「殿下が間もなく到着するそうです」
直人は瞬時に頭の中から、総統の息子達のスケジュール表をひっぱりだした。
総統の息子、尚史と宗徳が到着するのは明日の午前11時のはず。
24時間以上もずれているではないか!
「どういうことだ?」
「殿下の気まぐれで予定を一日早めたとしか聞いておりませんが……」
「到着予定時刻は!?」
「30分後だそうです。いかが致しましょう?」
直人はそばにあったトランシーバーを壁に投げつけたい衝動にかられた。
完璧な作戦だった。順調に開始して順調に終了するはずだったのに。
「殿下の警備を整えておけと宮内省から厳命が下されてます……」
もちろん国防省としては、そんなことぬかりはない。
テロリストどもを一掃した後、そのまま戦闘部隊を編成して警備に当たらせるつもりだったのだ。
直人は悔しそうに唇を噛んだ。一掃作戦は中止するしかない。
総統の息子たちを守る為のテロリスト一掃作戦だ。
彼らの身に何かあっては本末転倒。納得はできないが、受け入れるほかなかった。
直人は忌々しそうに無線機を手に取った。
「全戦闘員に告ぐ。作戦はただちに中止、全員警備配置に着け」
直人は右手で両目を覆うと、左手で机を叩いた。
『中尉、聞えていて?』
色っぽい声が無線機の向こうから直人の耳に届いた。
「何だ?」
『雅信が命令に背いたわ。私では止められない』
「何だと?」
『あいつ、一人で囲いに残ったわ。命令に従うつもりはなさそうよ』
「……あの馬鹿」
直人は持っていたボールペンをへし折った。
『あいつ一人にはできないでしょう。私も行くわ、許可をくれる?』
「仕方ないな。さっさとあの馬鹿を連れ戻してくれ」
「月岡、覚悟決めろよ」
良樹は美恵たちを背後にまわした。
「覚悟って?」
「決まってんだろ。女を守るのは男の使命だ」
「ちょっと!アタシだってか弱い女の子なのよ!」
「細かいこというなよ。おまえも今は仮にも男だろうが、男なら半端なこと言うな」
「たく、しょうがないわね」
月岡は大いに不満があったが、それでもやるときはやる男なのだ。
「いいか、俺が合図したら全力疾走だ。相手は素人じゃない、何があっても止まるなよ」
辺りはシーンと静まり返り物音一つしない。しかし、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。
良樹と美恵だけではない。貴子も光子も月岡も言い知れぬ恐怖の存在を肌で感じていたのだ。
「今だ走れ!」
美恵たちは一斉に駆け出した。背後から黒い影が飛び出し5人の頭上を飛び越えた。
そして金髪フラッパーパーマの美しい獣が地上に降り立ったのだ。
こんな一瞬で追い抜かされるとは思ってなかった。
予想外の展開に美女4人は思わず脚を止めかけた。
「止まるな!」
良樹は、そう叫ぶと魔物に蹴りを繰り出した。
「!」
だがその蹴りは左手だけで簡単に止められた。
「ちっ!」
良樹は間髪いれずに垂直にジャンプして、さらに回転した。
回し蹴りならどうだ?今度は簡単に止められないぜ!
遠心力で威力が倍増した良樹の蹴りが再び魔物を襲った。だが魔物は人差し指一本で、その蹴りを止めた。
(強い!)
「それだけか?」
石のように口を閉ざしていた魔物が、ぞっとするような冷たい声をだした。
「……だったら、今度はこっちから行くぞ」
うつろなだった魔物の目が、血に飢えた猛獣のそれへと変化した。
魔物の左脚があがった。そして、まるでムチのようにしなやかにスピードに乗って動いた。
(見えない!)
動きが速すぎる。良樹はとっさに後方宙返りしたが、魔物の蹴りのほうが速い。
良樹の学生服に横一直線に切れ目が入っていた。
(何て蹴りだ……反応が後コンマ一秒でも遅かったら、内臓破裂だけじゃ済まなかった)
魔物は良樹から視線を逸らし、肩越しに背後を見詰めた。
4人が走っていた。しかし2人の攻防に、自分たちだけ逃げるのを良しとしなかったのだろう、4人は立ち止まった。
「馬鹿野郎!止まるなっていったじゃないか!さっさと逃げろ!」
「……逃がさない。俺のものだ」
魔物が魔獣に進化した。凄まじいスピードで走った。
「きゃあ!」
魔獣は強引に美恵を脇にかかえるとスピードアップした。
「美恵!あいつ、美恵を連れ去るつもりよ!!」
「どこかに連れ込んで食べる気だわ!!月岡君、見失わないで!!」
大事な親友を拉致されてなるものかと貴子たちは全力疾走した。
見るからに身のこなしの軽そうな男だが、人一人抱えて駿足を保てるわけがない。
特に貴子は陸上部全国クラスの実力の持ち主。すぐに追いつけるはずだった。
ところが魔獣との距離は全く縮まらない。それどころか広がるばかりだ。
「美恵!美恵が危ない!貴子、月岡君、早く追いつきなさいよ!」
「……無駄だ。誰も俺を止められない」
「誰、誰なの、あなたは!離して、離してよ!」
「鳴海雅信だ。おまえは今日から俺の女だ……わかったか?」
鳴海は階段を一気にジャンプした。
「美恵!」
4人が階段の段上にたどり着いたときには、鳴海の姿はどこにもなかった。
エアフォースワンが着陸した。ライフル銃を携帯している軍人が一斉に敬礼する。
「中尉、警備のほうは怠りないでしょうね?」
富貴原が心配そうに直人の問いかけてくる。
「到着日は明日を想定してたんだ。完璧とはいえない、元々俺は反政府組織殲滅のために来たんだ。
殿下の護衛は宮内省の管轄だろう。それを『そちらに一任する』だと?ふざけやがって」
宮内省はいつも面倒なことは他省に丸投げする、嫌な体質だ。
だが任務ともなれば全力を尽くす。それは直人のポリシー、投げ出す事などできようはずもない。
「尚史殿下と宗徳殿下、それからお2人の参謀として三沢健一様が付き添っておいでです。
護衛の人数は箕輪氏を筆頭に……」
富貴原はメモを片手に、詳しい状況説明をしだした。
直人の任務は、季秋財閥主催の晩餐会まで2人を守ること。
それ以降は宮内省が責任を持って2人を護衛するということだ。それまでの辛抱だ。
「それにしても、なぜ急にスケジュールを繰り上げたんだ、こっちにも都合というものがあるのに」
「さあ、ともかく予定通りに護衛さえすれば何の問題も起きませんよ。さあ、お出迎え致しましょう」
直人の警備は完璧だった。しかし油断はできない。
空港は見晴らしがよすぎる。どこから狙われるかわかったものじゃない。
すでにホテルまでのルートには完全警備線をしいている。
後はホテルまで防弾仕様のリムジンで送り届けるだけだった。
『き、菊地中尉!大変です、宗徳殿下のお車がルートを外れました!』
全てが順調で安堵していた直人は、そのアクシデントに声を荒げた。
「どういうことだ!運転手には何度もホテルへのルートを確認させておいたはずだぞ!」
『それが殿下の気まぐれがまた始まったらしくて、大勢の警備に囲まれて窮屈な思いはたくさんだと。
たまには下町を猛スピードで走り回りたいと要求したらしく。運転手は命令に逆らえない立場ですので……』
直人が無分別な男なら、間違いなく大声で叫んでいただろう。
「あの、くそったれの低脳野郎!!」――と。
「さあ早く逃げるんだ。走れ!」
七原がクラスメイトたちを逃がしている間に、離れた場所にいた桐山たちの事態は急変していた。
「――頼むぞ相棒」
夏生はリボルバーを取り出し、銃身を額につけて祈った。
「銃!?あんた一体何者なんだよ、銃なんか所持しているなんて。まさか、そんな物騒なもの使うのか?」
杉村がいかにも常識的な質問を投げかけた。
「当然だろ、相手は猟奇殺人鬼なんだ。本当ならバズーカー砲ぶっぱなしたいところだぜ」
夏生の話では相手はかなりの危険人物だ。しかし昨日まで修学旅行気分だった生徒達にはやはり刺激が強すぎた。
銃を見ても表情を崩さないのは桐山と川田くらいだった。
「いよいよだな宗方」
川田は煙草の煙をふかしながらそう言った。
「ああ、いよいよだ。いよいよ貴子ちゃんや光子ちゃんとにゃんにゃんできる」
「……そうか」
川田は内心あきれはしたが相変わらずポーカーフェイスは崩さない。
川田の代わりにはじけたのは杉村だった。
「断っておくが貴子に変なマネはするなよ!あいつは俺の一番大事な幼馴染なんだ!」
「……今、何て言った?」
夏生の口調がやたら低くなった。その空気を読んでないのは桐山と杉村本人だけだっただろう。
川田などは額に手を置いて、「やれやれ」と溜息をついている。
「貴子に手を出すなと言ったんだ」
「……違う。その後だ」
「貴子は俺の幼馴染だ。一番大事な」
「おっさななじみぃー!!」
夏生の怒りは一気に沸点を超えた。
「初耳だぞ、おまえら俺を騙したのか!?貴子ちゃんには彼氏いないっていったじゃないか!」
「おい待てよ夏生さん。杉村は幼馴染、彼氏じゃないだろ?少しは落ち着こうぜ」
三村は夏生をなだめようと、独特の憎めない口調でその場を和めようとした。
だが、それは無駄な努力だった。夏生には全く通用しない。
「ふざけるな!幼馴染つったら友達以上恋人未満の美味しいポジションじゃないか!
よくも俺を騙してくれたな。おまえら俺をいいように利用するだけ利用するつもりだったんだな!」
当たらずとも遠からずのもっともな意見に誰もが口をつぐんだ。
「……帰る」
「え?」
「貴子ちゃんに男がいたんじゃ助けてもニャンニャンなんてできないじゃないか!もう帰る!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ夏生さん。話聞いてくれ」
「帰る!!」
「どうするんだよシンジ、この人、すっかりすねちゃったよ」
「まさか、これほどショック受けるとはな……小学生かよ」
やれやれと溜息をつくと、川田は煙草を地面にほうり投げ靴底で火を踏み消した。
「おい宗方、耳を貸せ」
「なんだよ的屋のにいちゃん。俺はもう騙されないぞ、何言っても無駄だからな」
「いいから耳を貸せ」
川田は夏生に小声で囁いた。すると夏生の目の色が変わった。
「そうかー!俺にはまだ希望があったんだ!!」
夏生は二つの拳を握り締め力強く立ち上がった。
「な、なんだ、この立ち直りの速さは。川田、おまえ何いったんだよ?」
「相馬が王子様が助けにきてくれるのを首を長くしてまってるぜ」
「……豊、俺頭が痛くなってきた」
「シンジぃ」
「おっと理央から連絡がきた」
『なっちゃ~ん。脱走用の車の手配はしておいたよ、でさ脱走ルートのほうは大丈夫なわけ?』
「何とかなるだろ。政府の厳戒態勢が崩れればそこをついて」
『いつ崩れるんだよ?』
「それは後で考える」
『なっちゃんはいつもそうだな。一週間前もいきあたりばったりで失敗して警察の厄介になったくせに。
じいちゃんが裏で手を回してくれなかったら今頃少年院行きだっただろぉ』
「そんな昔のことは忘れた」
『そこで問題でーす。賢い俺はなっちゃんのために手を考えておきました。当ててください』
「おまえが?おい余計なことだけはするなよ、九九もろくにいえないおまえに何ができる?」
『あー馬鹿にしたな。なっちゃんのために気を利かせて、はるにいちゃんに相談してやったのに』
「……今、何て言った?」
『だから、はるにいちゃんに全部打ち明けたんだ』
「このさわやか馬鹿!あれほど喋るなっていったじゃないか!」
『馬鹿?俺はなっちゃんの父親の妹の息子だぞ。
なんだよ、はるにいちゃんならいいだろ。上のにいちゃんたちは怖いけど、はるにいちゃんは優しいから。
だから相談にのってくれると思ったんだ。
なっちゃんのこと話したら、すぐに助けてくれるって。やっぱ、にいちゃんは優しいよな。
すぐに手を打ってくれてさ、『要は戦闘部隊を他にさかざる得ないようにすればいいんだね?』だって。
だから戦闘部隊はすぐに撤退するから、その隙に逃げろって。それともう一つ。にいちゃんが久々に占いしてさあ』
「は、春兄が占いを?」
夏生はぞっとした。
『それがさ総統の息子に死神の影が見えるっていうんだ。
どういうことかわっかんないけど当たったら連中はそっちに釘付けになるだろ?
なっちゃんにとってはその占い当たったほうがいいだろ?』
夏生は無線機をしまうと静かに言った。
「喜べ、どうやら脱出はそう難しくないぞ。
俺の兄ちゃんの占いで総統の息子の身に何かあるから、兵士達はそっちのほうに気を取られるってさ」
川田たちは全員ぽかんとなった。
占いだと?
「占いは統計学の集大成というが、おまえの兄の占いはどのくらいの確率で当たるのかな?」
夏生の話を真面目に聞いてやっているのは桐山だけだった。
「おい宗方、占いなんかでこの大事を決めるのか。頼むから真面目に考えてくれ」
「そう馬鹿にできたものじゃないぞ。うちの兄ちゃんの占いは昔から百発百中なんだ。
カードもおみくじもつかわないんだけどな、あれは占いというより予言に近いな。
本人がいうには、ある日、ぱっと脳裏に未来のイメージが浮ぶんだと。
同級生が川で溺れたり、上級生がひき逃げにあうのも当てたことあるんだぞ」
「……占いね」
「だから今度も当たる。総統一族は常に殺し屋に命狙われているから、多分その筋だろうぜ」
「もっと、もっとだ!スピード上げるんだ!おい、なんでブレーキ踏んでやがるんだ!」
「殿下、前方の信号は赤です」
「構うもんか上げろ!でないと父上に言っておまえなんか死刑にしてやるぞ!」
宗徳の命令で暴走車と化したリムジンは、横断歩道を猛スピードで通り抜けた。
乳母車をおしていた老婆が車に接触しそうになって転倒しても、スピードは一向に落ちない。
「殿下、もうそのくらいで。お父上の恥じになることだ」
宗徳のおつきの箕輪尚之(みのわ・なおゆき)が諫言を呈した。
しかし、ありがたい忠告など、宗徳には胸糞悪い抗議にしか聞えない。
「うるせえぞ箕輪。下衆の分際で、いつになったら自分の立場理解するんだ」
箕輪はもう何も言わなかった。自分がこれ以上警告しても宗徳は返ってムキになってさらに愚行を重ねるだろう。
物心ついたときより宗徳に仕えてきたのだ、言うだけ無駄だということは誰よりも知っている。
「箕輪さん、いいんですか?こんな馬鹿に好き勝手させて」
箕輪の隣に座っていた胡桃沢怜(くるみざわ・さとし)が小声で聞いてきた。
「かまうものか。仮に問題が起きても俺がしばらく独房入りすれば済むだけだ。
このメタボリック豚の顔をしばらく見れなくなるだけでも幸福だ」
「苦労してますねえ。俺には無理っすよ、そんな悟りの境地」
(このにきび蛙の我侭にいちいち腹立てていたらキリが無いからな。
歓迎晩餐会を主催している季秋家にちょっと甘い事言われたら予定変えるし。
おまけに誰に聞いたのか知らないが警備が手薄なルートを知ってローマの休日ゴッコだ。
こんなところを反政府組織に見付かったら、どんな目にあうか。
ふん、そんな気骨のある連中はここにはいないな。第一、国防省の警備事情が簡単にもれるわけが無い)
箕輪は窓の外に視線を移した。危険はないとは思うが一応念のためと思ったのだろう。
だが、その考えはすぐに間違いだったと知った。
キラリと鈍い光が遠くに見えた。銃口だ!とすぐに察した。
「ブレーキを踏め、ヒットマンだ!」
砲弾が飛んで来た。拳銃なんて規模の小さいものじゃない、バズーカー砲だ。
いくら防弾仕様のリムジンといっても、さすがに大砲は想定してない。
左前輪を撃たれ、リムジンが数メートル垂直に上がった。
「ひぃぃぃ!!」
宗徳は蛙がひき殺されたような悲鳴を上げた。
「胡桃沢、おまえは殿下を連れて逃げろ。すぐに国防省の連中が駆けつける、数分でいいから隠れるんだ」
「箕輪さんは?」
「ヒットマンを片付けてくる」
『なっちゃん!すげえよ、はるにいちゃんの占い当たったぞ。総統の息子が殺し屋に襲われた!
今だよ、なっちゃん。今なら、大人数でも脱出できるぞ!』
「よし、わかった」
夏生は神妙な面持ちで言った。
「一時間以内でここを出るぞ。足手まといになるんじゃないぞ」
「いよいよってことだな宗方」
「ああ、いよいよだ」
「いよいよ光子ちゃんとにゃんにゃんできる」
【B組:残り45人】
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