「な、何だい、君はもしかして……!」
同じ穴のムジナ同士。冬樹の顔は水島も知っていた。
「吐いてもらうぜ水島!ひとの女かどわかしやがって、くらいやがれ!!」
冬樹は連続して手榴弾を投げつけてきた。
「……な!」
これには水島も少々青くなった。反して桐山は無表情だった。
かくして桐山と水島の肉弾戦に、突如として無礼な乱入者が現れた。
爆発が二度、三度と辺り一面の空気を激しく震動させた。
その様子を見ていた晶も呆れるくらいの壮絶さだった。


(あいつは季秋財閥のバカ息子、なぜ奴がここにいるんだ?
それにしても……相変わらずムチャクチャな野郎だぜ。全く人間的に成長してない。
だが、これは厄介だな。さあ、どうする水島?小僧を逮捕するどころじゃなくなったぜ)

晶は、もうしばらく高みの見物を楽しむことにした。




鎮魂歌―59―




シーンと、静寂が薄暗いコンクリート作りの部屋を包み込んでいた。
ぽたっと血の雫が床に落ち、戸川の側近達がハッとして戸川に駆け寄った。
「大尉!」
血は戸川の頬から流れていた。ほんの数センチ程だが一直線に赤い線が走っている。
「うろたえるな、かすり傷だ!」
顔面蒼白の側近達と比べ、戸川は全く微動だにしていない。


「……小僧、俺なら、額のど真ん中を撃っていたぞ。
こんな至近距離で照準を誤るような腕で、よく銃が握れるものだな」


戸川の視線の先には銃を握り締め震えているが立っていた。
「3センチ照準をずらすべきだったな」
一歩間違えれば即死だったにもかかわらず戸川は平然としていた。
特撰兵士の彼は、が銃口を向けた瞬間に、その弾道を読んだのだ。
水島と違い、その端整な容姿が多少傷つくことも戸川にはどうでも良かった。
発砲される前にに攻撃を仕掛けても良かったが、戸川には一つ気にかかることがあり出来なかった。
戸川はジッとを見詰めた。


「……以前、おまえとそっくりな男を、ある場所で見た」
は戸川を睨みつけたが、銃を握った手は今だに震えが止まっていない。
「……おまえをヘリから見たときは驚いた。だが他人の空似だったようだな。
俺が知っている人間なら、こんな場所にいるわけがない」
「……さっきから、わけわかんねえこと言うなよ。俺みたいな、いい男が二人もいてたまるかよ」
「減らず口はそのくらいにしろ。俺は国家に忠誠を誓った軍人だ、その顔はやりづらい。
別人だとわかっていても、痛めつけるのは……まして殺すのは気がすすまない」
戸川の言葉に偽りはなかった。いつもの戸川であれば、瞬時に反撃してを殺していた。


「反町、そいつを殺せ。特撰兵士に対して銃を向けるのは万死に値する」
「はい」
反町が近付いてきた。は慌てて銃を構えた。
「動くな!」
「やめておけよ。今度撃てば、おまえのお仲間が死ぬぞ」
の視界にクラスメイト達に向けられた銃口がズームアップされた。
反町の言う通りだ。今、撃ったら、戸川の側近達は一斉に引き金をひくだろう。
「さあ銃を捨てろ。そうすれば、おまえ一人だけが死ぬだけで終わるんだぜ。
それとも、お仲間を見捨てて自分の命欲しさに抵抗するのかよ?」
はハッとした。クラスメイト達が非難がましい目でを睨みつけている。


――おまえのせいで俺まで危ない目に!
――何してるのよ。さっさと銃を捨てなさいよ!

そんな心の声がには、はっきりと聞えた。




「そんな奴らの言うことなんかきくんじゃないぞ
そいつら、どうせ俺達を殺す気なんだ。絶対に銃を手放すなよ!!」
七原はクラスメイト達の空気が読めていなかった。
まさか苦労を共にしてきた仲間が自分可愛さにを切り捨てようとしているなど想像すらしてなかったのだ。
だが三村や川田はクラスメイト達の本心を敏感に感じ取っていた。


(……まずいな。敵を前にして絶体絶命という状況で、この上、仲間まで敵にまわすのは)
川田は、かつて味わった地獄を思い出した。
(人間って奴は、自分の命がかかると昨日の友が憎い敵に簡単に変わっちまう)
川田の額にうっすらと汗が滲んだ。
(どうする、どうしたらいい?どんな手段をとれば、この状況を打破できるんだ?)
その時、建物全体が激しく揺れた。


「何だ?!」
戸川でさえ焦りの表情を見せた。それが、ただ事ではないことを物語っている。
「た、大尉、この揺れは?」
「爆発だ、何かが起きた。こんな連中にかまっている暇はない!」
戸川は貴子の腕を掴むと強引に引っ張った。
「おまえは俺と来るんだ!反町、そいつから銃を取り上げたら、すぐに来い!」
何が起きたかわからないが、の処刑はとりあえず延期になった。
何者かが、この基地を襲ったらしい。はたして救いの神か、それとも死神か?


「貴子!待てよ、貴子を返せ!!」


杉村は貴子を取り戻そうと必死にもがいたが、久良木に押さえつけられ起き上がれない。
「大人しくしろ!安心しろ、彼女は当分危害は加えられないだろうぜ」
杉村はピタッと動きを止めると訝しげな表情で久良木を見上げた。
「大尉は彼女を痛めつけたところで言いなりになるような人間ではないと評価している。
だからこそ、おまえを自白の道具に使うなんて面倒な手段を選んだんだ。
今さら、彼女自身に何かしようなんて考えてない」
「ふ、ふざけるな!貴子を返せ、貴子、貴子!!」
杉村は必死に叫んだが、無情にも貴子の足音は遠のいていった。
ここで貴子を取り戻さなければ、二度と貴子に会えないような気がした。


「……クソ、離せ!」
杉村は全力で抵抗した。拳法で鍛えた体だ、腕力はかなりある。
素人だと侮っていた久良木は、そのパワーに驚いた。
「動くな!」
こめかみに銃口を突きつけられ杉村はビクッと一瞬大きく反応して硬直した。
「そうだ、それでいい。おい反町、さっさと、そいつから銃を取り上げろよ」
「……それが、見ろよ、こいつ」
は銃口を反町に向けている。大人しく銃を渡す気はさらさらなさそうだ。


「……おい、それ以上逆らって大尉を怒らせると本当におまえ殺されるぞ。
大尉は、おまえらみたいなガキには想像もつかないほど非情なお方だ。
大人しく従えば、この事は黙っておいてやるぜ。あばらの二、三本程度で勘弁してもらえぞ」
反町の警告には、さらに目つきを鋭くさせた。
「……ちっ、このガキ、完全に反抗期に入ってやがる。おい、もう一度だけチャンスをやる。
さあ銃を此方に渡せ。でないと、力づくで取り上げて、この事を大尉に報告させてもらうぞ」

『緊急避難。建物内にいる者は至急屋外に避難せよ』

緊急放送が地下室にも聞えてきた。しかも、それに続いて再び建物が大きく揺れた。















「わかったな。何があっても俺との係わりだけは絶対に口を割るなよ」
は何度も頷いた。
「本当にありがとう。でも、私を助けたことで博巳さんに迷惑かけてしまって……。
それに、あの女の人も。いくら恋人でも、私を逃がしたことがばれたら」
「……気にするな。仮にばれても、大久保は弟のお気に入りだから殺されることはない。
弟は大久保を手離す気は毛頭無さそうだし、酷いことはしないだろう」
その時、暗闇の向こうからヘッドライトの光が見えた。
「追っ手かもしれない隠れろ」
は慌てて近くの茂みに身を隠した。しかし近付いてきたのは軍用車ではなく赤いスポーツカーだった。
博巳との距離がなくなると停車。中から女性が姿を現した。


「大久保」
その女性はを見逃してくれた早苗だった。恩人といえるが、同時に水島の恋人でもある。
「水島君、あの娘は、もう逃がしたの?」
は茂みから顔を出した。
「克巳は、桐山和雄って子を捕まえに行ってるわ。その子、逃がすなら今のうちよ」
「桐山君を!」
は思わず全身をさらけ出した。
「あなたも本気で逃げるつもりなら、感情に流されて、迂闊な行動をとらないことね。
もし、私が追っ手だったら、どうするつもりだったの?」
早苗の言う通りだ。は自分の浅はかさを反省した。
「そんな事より大久保、おまえ何の為にここに来た?」
「気になったからよ。それに一つ確認しておきたいことがあったから」
早苗は鋭い目つきでに、こう言った。


「あなた……克巳の女じゃないわよね?」
「ち、違うわ!」
は慌てて否定した。
「そう、ならいいけど……もしも克巳と係わり持ったなら、手遅れにならないうちに彼からは手を引くことね」
は、「こっちが手を引いて欲しいくらいなの」と答えた。
「本当ね?」
早苗はくどいくらいに念を押してきた。
やはり自分の彼氏が他の女と関わりを持つのが面白くないのだろうか?
(悪い人には見えないのに。どうして、あんな男を……)
の疑問を察したのか、早苗は警告を与えてきた。


「あいつは麻薬よ。破滅しかないとわかっていても一度味わったら離れられなくなる」


「克巳に係わって身を滅ぼした女は一人や二人じゃないわ。そうなりたくなかったら肝に銘じておきなさい」
は突然理解した。早苗は嫉妬ではなく、憐憫の情から警告しているのだと。
「でも……どうして?」
は早苗に感謝していたが、同時に納得できなかった。
同情だけで、恋人の水島を裏切ってまで、なぜ自分を助けてくれたのだろうか?
「どうして私を助けてくれたんですか?あなたは水島の恋人なんでしょう?」
早苗は自嘲気味な笑みを浮かべた。


「さあ、それはどうかしら?もしかしたら、この世で一番あいつを憎んでいる女かも知れなくてよ」
「…………」


は、それ以上追求しなかった。早苗と水島の間には、及びもつかないほどの愛憎があるのだろう。
「私を助けたことで、あなたに迷惑が……」
「どうでもいいわ。女絡みの事で克巳とやりあうのは毎度のことだもの」
早苗は博巳のそばにくると、「大変なのは、あなたの方でしょ水島君」と囁いた。
「どうして、あの娘を助けたの?」
博巳は答えなかった。

「……昔のあなたに似ていたから?」














「そらそらそらー!!まとめて、あの世に送ってやるぜえ!!」

冬樹は俄然調子に乗っていた。一体、いくつ手榴弾を持っていたのか、呆れるくらいだ。
(火が木に燃え広がる。風上に移動しなくては)
桐山は素早く風上に向かって走った。すでに辺りから煙が黙々と溢れ視界を遮っている。

「あーははは!俺から逃げられると思うなよ、水島克巳!!」

ドドドドっと、今度は爆竹をド派手にしたような連続音が鳴り響いた。
(マシンガン!?)
桐山には聞き覚えがあった。二度ほど野外射撃場で聞いた経験がある。
財閥の跡取り息子であるがゆえに、桐山は常に危険と背中合わせの生活を余儀なくされていた。
身代金目当ての誘拐などは、まだマシなほうだ。
テロリストに狙われたことすらある。桐山家が政府と縁の深い軍事産業の最大手だったからだ。
その為に、桐山の父は、万が一の為に桐山に護身術を身につけさせた。
中学生には不似合いな射撃まで教え込ませた。
だが、さすがにマシンガンは、そう何度も聞くような銃声ではない。
しかし、間違いなくマシンガンだ。しかも、その音は鳴りやまない。


(水島克巳……ではない。あいつは拳銃しか所持していなかった。
ならば、あの男か。のことを、あの男も探している。なぜだ?)


桐山の視界に、また手榴弾が飛んでくるのが見えた。
落下地点は桐山が今立っている地点と目と鼻の先だ。桐山は踵を翻すと猛ダッシュした。
(落下した。爆発する!)
桐山は岩の陰に飛び込んだ。同時に爆発が地面を削り飛ばした。
(水島はどこに行ったのかな?)
死なれてはの居所がわからなくなる。それは桐山の本意ではなかった。
(こんな攻撃をされていたら、水島克巳は死んだかもしれない。それは困るな)
桐山は神経を集中させた。冬樹の盛大な笑い声と爆音だけが聞える。
その笑い声の隙間を縫うように微かだが人が走る音が聞えてきた。
(いた。水島克巳だ!)
桐山は木々の間を素早く駆け抜けた。
幸い近くにいる。木々が燃え爆発の煙が行く手を遮るが、それでも桐山は全速力で走った。
桐山は足音を逃すまいと全速力で木々の中から飛び出した。




水島は突然目の前に飛び出した桐山と正面衝突しそうになり大きくジャンプした。
ところが桐山が水島の足首を掴んだものだから、水島は大きくバランスを崩した。
「うざいんだよ!」
水島は咄嗟に木の枝を掴んだ。桐山ごと大きく大車輪、手を離した途端、桐山ごと遠くに飛んだ。
桐山は空中で手を離しくるりと一回転して着地。水島も当然のように華麗に着地を決めていた。
「君がさっさと捕まらないから、こんなことになるんだよ!」
水島が腕を伸ばしてきた。桐山はパッと体を沈め、その魔手から逃れる。
水島は間髪いれずに蹴りを急上昇させてきた。桐山は両腕をクロスさせて防御した。
「……この期に及んで、まだ。反抗期はそろそろ卒業したらどうだい!」

「はーははは、見つけたぜ水島ぁ!」

冬樹の声が空から聞えてくる。
桐山が顔を上げると、サブマシンガンを手にした冬樹が飛んでくるのが見えた。
「逃がさないぜスケコマシ野郎!!」
飛び降りながらサブマシンガンを乱射しまくる冬樹。桐山と水島はパッと岩陰に飛び込んだ。
「追い詰めたぜスケコマシ野郎!さあ吐いてもらうぜスケコマシ、俺の女をどこにやった!?」
マシンガン相手に分が悪いと思ったのか、水島は様子を見ることにした。
岩陰からジッと様子を伺っている。


「フフフ、この超絶天才美男子様に恐れをなしたなスケコマシ野郎!
さあ、さっさと出て来い。三つ数える間に出てこねえと蜂の巣にするぞ。1、2――」
「待った」
水島が両手を挙げて岩陰から姿を現した。
「フン、女癖の悪そうなツラしてやがるぜ」
「……人の事が言えた義理かい?断っておくが俺は女癖は悪くないよ、女性の方が寄って来るだけなのさ」
「嫌な野郎だぜ、うちの兄貴どもと、いい勝負だ。愛の戦士として天誅くらわしてやりたいぜ。
だが今はの居場所の方が先だ。さあ言え、俺の女をどこにやった!?」
「知らないねえ」
水島は鼻で笑いながらほざいた。直後に水島の足元がマシンガンの銃弾によって盛大に削られた。


「てめえの立場考えてからもの言えスケコマシ。さあ言え、俺のの居場所はどこだ?」
「何度でも言ってあげるよ。し・ら・な・い・ね」


冬樹の導火線にたちまち火が付いた。冬樹はマシンガンの銃口を水島の頭部に合わせる。
水島がスッと拳銃の銃口を冬樹に向けた。冬樹は反射的に引き金を引いた。
だがカチっと乾いた音だけが冬樹の鼓膜に届いた。
冬樹は軽く舌打ちした。マシンガンは連射も凄まじいが、その分、弾が尽きるのも早い。


「ジ・エンドかい?」
「ふん、計算してたってわけか。バカめ、このスケコマシ野郎!」


冬樹は懐から素早く拳銃を取り出したが、当然、水島の発砲の方が早い。
銃声と共に冬樹は何メートルも背後にふっ飛んだ。
左胸からはキナ臭い硝煙が立ち上っている。
だが水島は冬樹が絶命したなどと考えていなかった。
手ごたえはあった。だが、それは生身の肉体ではなく、無機質な反応だった。
(防弾チョッキだ。あいつは死んでいない、とどめを刺してやる)
冬樹が季秋財閥の御曹司だということは知っていたが、事故に見せかける方法はいくつもある。
だが背後から桐山が水島に飛び掛ってきた。
冬樹を助けたわけではない、ただ水島を拘束するチャンスだったからだ。
水島の首に腕を伸ばし、その動きを封じた。


「動けば、この首をへし折ると言っておこう」


桐山は本気だった。それを実行するだけの腕力もある。
の居場所を教えてもらおうか。断れば、おまえの命もないと理解してくれるかな?」
「……やるねえ子猫ちゃん。でも一つ忘れてるよ、大事なこと」
水島が瞬間的に体を沈めた。桐山の腕の中に水島一人分のサイズの空白ができる。
直後、桐山の腹部に強烈な拳が入り、桐山は宙に舞ったかと思うと地面に激突していた。
「俺を誰だと思っているんだい?第一級特別選抜兵士だよ!
特撰兵士を倒したければ、完全武装した戦闘のプロを一部隊連れてくるんだね」
水島は飛んでいた。とどめとばかりに桐山の腹部に膝蹴りをお見舞いするつもりだ。
落下速度が加わった今、胃液を吐くだけでは済まなくなるだろう。




「……おまえ!」
桐山は水島の蹴りを掌で完全に受け止め、ボディへのダメージを避けていた。
「もう一度聞く、の居場所はどこだ?」
「自分の今の立場をわかってないようだね子猫ちゃん」
二人の間に割って入るように燃えたぎった木が倒れてきた。
さらに水島は背後から殺気を感じ、慌てて大きくジャンプした。
その真下を銃弾が通過してゆく。同時に、舌打ちする音がした。
「気絶してなかったとはね」
「避けやがって。スケコマシのくせに生意気なんだぜ」
冬樹だった。素早くマシンガンの弾を詰め替えていたのだ。
「防弾チョッキのおかげで絶命こそ逃れただろうけど、アバラの二、三本は折れてるんだろ?
無理しなくていいよ。痛いだろ?そんな体じゃ、しばらく恋人を抱いてやる事もできないよ。ふふ」
「生憎だなあ」
冬樹は何事もなかったかのように笑っていた。


「クソ兄貴どもの鉄拳に比べたら、チンケな銃弾なんか痛いうちにはいらないぜ!」
マシンガンの銃口が水島の自慢の顔にセットされた。
の居場所を吐かないなら、てめえをぶっ殺して、その死体を土産に国防省に乗り込んでやるぜ。
そしてを奪い返して、そのままベッドインだ……ん?」
冬樹にとって予想外の事が起きた。桐山が予告も無しに強襲してきたのだ。
「なんだ、おまえ!?」
に近付かないでくれないか?」
「はあ?おまえ、俺のの何なんだ!?」
「聞えなかったのかな。彼女に近付くな」
「何で、おまえなんかに、そんな事言われなきゃならないんだ。頭おかしいんじゃないのか?」
「近付くというのなら……殺す!」
桐山の脚が急上昇。マシンガンを弾き飛ばした。


(何だ、こいつら。バカなのか?)
水島は猛ダッシュして、マシンガンの落下地点に滑り込んだ。
「しまった、マシンガンが!」
これにはお天気野郎の冬樹も焦った。水島の手にマシンガンが渡ったら、もう勝ち目はない。
冬樹は懐に手を伸ばした。まだ手榴弾が一つ残っている。
が、冬樹が手にする前に桐山が、その手榴弾を投げ飛ばしていた。
水島がマシンガンのトリガーを引いたのは、ほぼ同時。その弾丸のシャワーの前に手榴弾が落下。
手榴弾は大爆発。至近距離にいた桐山も冬樹も水島も只では済まない。
そう、三人が普通の人間であれば、間違いなく即死だっただろう。




(……ふん、三人とも、ぴんぴんしてやがる)

三人の戦いを見物していた晶は三人分の気配をしっかり感じ取っていた。
(だが爆発で水島との距離が広がった)
それぞれ爆発から逃れようと三方に散った。
さらに冬樹が手榴弾を連発した為、辺り一面はすっかり山火事状態。
木々が倒れ出し、桐山と水島の間の障害物となった。
風が激しくなってきた。炎が燃え広がり火柱が何本も立った。




「おい、てめえのせいで水島どころじゃなくなっただろうが!」
冬樹は盛大に桐山を責めた。
「いったん森から抜け出さないと大火傷だぜ……ん?」
軍用機が飛んでくる。よく見ると吊り梯子をたらしているではないか。
その吊り梯子に水島が飛び移ったのが見えた。
「ああー!あのスケコマシ、自分一人だけ安全地帯に逃れるつもりだ!!」
水島を救助した軍用機は上空に向かって飛んだ。しかも何か落しやがった!
「……おい、あれって」
「俺の目には爆弾のように見える」
桐山と冬樹は踵を翻すと猛スピードで全力疾走した。
その数秒後、今までの手榴弾とは比較にならない大爆発が辺り一面を襲った。




「……死んだか?」

晶は一部始終を眺めていたが、二人の気配を見失っていた。
赤外線スコープ付き双眼鏡で念入りに捜したが、桐山たちはおろか猫の子一匹見付からない。
(あの爆発だ。死んだと考えるのが妥当だな)
晶は残念そうに、その場を立ち去った。














「い、嫌……お願い、触らないで」
光子は目にいっぱい涙を浮かべ、雨に濡れた子猫のように震えた。
「男は初めてか?可愛がってやるぜ」
海老原は光子のしおらしい態度に、ますます嗜虐心が煽られたようだ。
しかし光子をベッドに押し倒したまでは良かったが、ドアがバンバンと叩かれ出した。
「大尉、大変です!」
「うるせえ、今は取り込み中だ。消え失せろ!」
「そ、それが……その女を大至急、上が連れて来いととの指令が出まして」
「何だと?今は尋問中だぞ!!」
「……は、はい、そう申し上げたのですが、何でも長官の孫娘が誘拐されたそうです。
返して欲しければ、その女を釈放しろと脅迫されたとのことで」
海老原は忌々しそうに、そばにあった灰皿をドアに向かって投げつけた。
ドアの向こうから兵士が「ひっ」と叫んだ。
「……あの昼行灯め。あんな役立たずの孫なんか」
海老原は、そんなクソガキ、さっさと殺されてしまえ!と叫びたいというのが本音だった。
だが、今は光子をあきらめて上に引き渡すしかないだろう。
「勝手にしろ!」
海老原は未練がましく光子の体を睨みつけると、ドアを蹴り壊して立ち去っていった。
(……何とか助かったみたいね)
光子は隠し持っていたカッターナイフを眺め、ふふんと笑った。














「ぷはぁ!」
炎を移しだし赤く染まった川の水面から冬樹が顔を出した。
「間一髪だったぜ。あーあ、これじゃあ森が焼け野原になっちまうぜ。たくっ、自然は大切にしろよ」
冬樹は生きていた。そして、もう一人九死に一生を得た人間がいる。
水面が盛り上がり、桐山が姿を現した。
「おまえ、生きてやがったのか」
冬樹が嫌味ったらしく言葉をかければ、桐山もすかさず辛辣な言葉を返す。
「おまえ、死んでなかったのか?」
冬樹はぷいっと桐山から顔を背けた。どうやら桐山のことは嫌いらしい。


「聞いておくが、おまえは、どうしてを捜している?」
「はあ?決まってるだろ、恋人だからだ」
桐山の眉がわずかに動いた。
「よくわからないが、俺はきっとおまえのことが嫌いだと思う」
「俺ははっきりわかってるぜ。おまえなんか大嫌いだ」
「そうか。では俺達は気が合うのだな」
「……はあ?」
「それで、俺の質問だが答えてくれるのかな?なぜを捜している。
俺には彼女を捜す理由がある。だが、おまえにはそれがない。なのになぜだ?」
桐山はじっと冬樹を見つめた。
その無表情なはずの目の奥に僅かだが熱いものを感じた冬樹は真剣な眼差しで桐山を睨んだ。


「……おまえ、ひょっとしての男か?」
桐山は少し考えた。そして言った。
「俺は、そういうことは考えたことがない。ただ、ずっと彼女と一緒にいた。
俺が守ってやらなければいけない。そんな気がするんだ。だから今も捜している」
桐山の曖昧な問いに冬樹は満足しなかったが、ただと特別な関係だろうということだけはわかった。
「……の昔の男か。皮肉な話だな、あいつの昔の男と今の男が会話してるなんて」
冬樹はやや困惑したように前髪をかきあげると懐から写真を一枚取り出した。


「よくわかった。俺は女の過去にはこだわらないタチなんだ。
俺にも多少過去はあるし、の昔の男に文句を言うつもりはない。だから、これで手を引け」
冬樹が手にした写真には着物姿の美しい女性が写っていた。
「誰だ?」
から手を引け。その代償として、この女をおまえにくれてやる」
桐山は不可解な表情をした。
「俺の姉だ、まだ男を知らない。舐めるなり突くなり好きにしろ。
その代わり、の事は忘れろ。あいつは俺が幸せにしてやる」


「どういう事かな?」
「どうもこうもない。これで取引成立だ、アンダースターン?」




【B組:残り45人】




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