「身に覚えがないと言いたいのか克巳?それなら俺は、これ以上は何も言わない」
薬師丸は言葉通り何も言わずに退室した。
何を考えているのかわからない男、いや何も考えてないかもしれない。
だが水島は違う、薬師丸の警告で水島の一気に感情が沸騰しだした。
(……あいつ、どこまで知っているんだ!?)
水島には常に女の影が付きまとっている。
だからこそ新しい女の一人や二人増えたところで誰も疑問を感じない。
例え、それが少々やばい素性を持つ女だろうとも。
良恵を襲わせた女のことがばれたらまずい。
(……科学省上層部にあいつの事は報告せず俺に警告するなんて、どういうつもりなんだ、あいつ?)
――竜也、このバカには愛想が尽きるが、今は仲間割れしている場合じゃないな。
「……竜也、小次郎、俺達の目的はあくまでK-11だ。ここは、お互い協力し合おうじゃないか」
鎮魂歌―55―
(……貴子と鈴原は無事だろうか?)
杉村は暗闇の中にいた、周囲の連中は気力を失っており俯き座り込んでいる。
(灯りはおろか窓もない。今は朝なのか夜なのかもわからない)
地下室なのか、それとも扉一つのみの牢獄なのか、それすらもわからない。
その唯一の扉が開いた。久しぶりの光がやけに眩しい。
杉村は思わず手で顔を覆った。シルエットが見える、聞き覚えのある声も聞えてきた。
「おい、少しは丁重に扱ってくれよな」
「三村君の言う通りよ!アタシはか弱いレディなのよ、もう!」
杉村は立ち上がりながら、「おまえ達も捕まったのか!」と叫んでいた。
「杉村、おまえ生きていたのか!?」
良樹が駆け寄ってくる。生きていたのか、などと言われ杉村はぎょっとなった。
「は?俺はこの通り生きてるぞ」
「貴子さんは、おまえが殺されたって言ってたぞ。おまえの仇とるって言ってたんだ」
「そうか貴子が……無理もないな、敵にやられて川に流されたから」
「ほら、さっさと歩け」
今度は川田が連れて来られた。最悪な形だが、城岩中学三年B組がほぼ揃った瞬間だった。
「桐山はいないな。それに、あのお嬢さんも」
「なあ、雨宮、貴子はどうした?」
「女子は別の場所なんじゃないのか?」
「それはおかしいぞ、見ろよ」
その暗い部屋には女生徒達もいた。
「泣いている暇があったらきびきび歩け!女だからって容赦しないぞ」
今度は幸枝と友美子が連れて来られた。
「内海、貴子は!?」
「……え、知らないわ。あたし達、取調室でいくつか質問された後で連れ出されたの。
貴子だけ残されたけど……そういえば光子もいたわ。彼女も残されてた」
「貴子と相馬だけ……どういうことだ?」
「おまえらはここにいろ!」
敦は貴子と光子を特別室に押し込めた。
「シャワーがあるから体を綺麗に洗っておけ。着替えも用意したから身なり整えておけよ」
「貴子、光子!」
先客がいた、美恵だ。二人に駆け寄ってくる。
「美恵!」
「あんたも捕まったのね」
「うん、でも二人に会えてよかった」
三人は束の間の再会を喜んだ。
「他の皆は?」
「わからないわ。捕まっているのは間違いないけど」
「どうして、私達だけこんな所に連れてこられたのかしら?」
「なあ敦、どうして、あの女達だけ特別待遇しやがるんだ」
武藤は佐々木に疑問をぶつけていた。
美恵同様に訝しがっている人間が特撰兵士の中にもいたというわけだ。
「勝則、おまえ何年克巳や竜也と付き合ってるんだ?
克巳から、K-11に関する情報を引き出すために、連中の尋問は自分達でやるって連絡はいっただろ」
「ああ、けど、それが何だってんだ。あの女どもに着替えや食事用意してやる理由になってねえぞ」
「賭けてやってもいいぜ。あいつら、間違いなく尋問相手に、この三人指名する」
佐々木は捕らえた連中の顔写真のデータを国防省に送信していた。
後は水島からの指令を待つだけだった。
その頃、国防省では海老原達が生徒達の顔写真を手に密議を行っていた。
何十枚という写真の中から、海老原はアイドルのように愛らしい美少女の写真を掴みあげた。
「俺はこの女を尋問してやってもいいぜ」
海老原はニヤッと笑った。今から楽しみで仕方ない、そんな顔だった。
(相変わらず好きな野郎だぜ。何を楽しみにしてやがるんだか)
半分、呆れながらも、戸川も1枚の女生徒の写真を指先で弾き飛ばした。
海老原が選んだ女に負けないくらいの美少女だった。それも気の強そうな。
「俺はこの女でいい」
尋問する生徒を決めた海老原と戸川は、水島に視線を送った。
水島は選ぶまでもなかった。最初から相手は決めている。
中指と人差し指の間に挟んだ写真を、水島は二人に見せつけた。
「鈴原美恵さん。俺は彼女にするよ、これで決まりだな」
三人の決定は無線機を通じて、即座に佐々木に伝達された。
「彼女達を早々に送り届けてくれ。後は俺達が尋問するよ」
佐々木は溜息をつきながら、一応他の生徒の処遇を質問した。
『他の生徒はどうするよ?』
「小便臭い小娘やむさ苦しい野郎なんかに用は無い。面倒なら殺せ!」
佐々木は耳を塞いだが遅かった。海老原の粗暴で甲高い怒鳴り声は佐々木の鼓膜を痺れさせた。
『……わかった。他の連中は俺達が尋問する』
「最初からそういいやがれ!いいか、三十分以内に女を送り届けろよ!!」
無線機が切れると、佐々木は疲れ切った表情で武藤に言った。
「ほらな言ったとおりだっただろ?」
「なんでわかった?」
「おまえ本当に竜也をわかってねえんだな。相馬光子はもろ竜也のタイプなんだよ。
見ろよ、このボディ。可愛い顔して男を骨抜きにする魔性の体してやがる」
「じゃあ千草貴子は?」
「小次郎は勝気そうな女が好きだからなあ」
「まさか鈴原美恵は」
「ああ克巳の好みだ。あいつ清純そうな女をメチャクチャにするのが趣味なんだよ。
積もった雪をみると踏みつけてグチャグチャにしたくなるって心理なんだろ」
「……で、俺達は何すりゃいいんだよ?」
「残りの連中を拷問だ。毎度つまんねえ仕事ばかり回ってくる、いい加減に嫌になるぜ。
ほらお姫さん達を送り届けるぞ。かわいそうになあ、あの大人しそうな女」
大人しそうな女というのは美恵の事だろう。
武藤は、海老原に気に入られた光子こそ最悪の状況に立たされつつあると考えていたので不思議に思った。
「何でだ?厄介なのは竜也じゃねえか、あいつは気に触ると女の顔でも平気で殴るんだぜ。
克巳はなんだかんだいって女の扱いは一流じゃねえかよ。
今まで、この手の尋問されて、あいつにメロメロになった女が何人いた?
この女だって事が終わる頃には、ただのメス豚に成り下がってるに決まってらあ」
「いつもの克巳ならそうなるだろうけど、今のあいつは怖いんだよ。
てめえの女を病院送りにされた仕返しに、あいつらの女をいたぶってやろうってオーラがびんびんなんだ。
ちょっとでも逆らったら、この女、殺されかねないぞ」
「嫌、離して!貴子や光子をどこにやったの!?」
せっかく再会できた親友達と引き離され、見知らぬ場所に連行された美恵は怒りと恐怖で感情的になっていた。
「ここはどこ?」
手錠と目隠しをされてはいたが、飛行機に乗せられたことだけはわかった。
だが、それ以上のことはわからない。ようやく目隠しを外され見たものは壮麗な屋敷だった。
とてもじゃないが軍事基地とは思えない。
「ほら、さっさと歩け。克巳がお待ちかねだ」
半ば引きずられるように邸内に連れ込まれた。
屋内も外観に劣らない美しさだったが、今の美恵には、そんなもの見えなかった。
「やあ、会いたかったよ美恵さん」
美恵を出迎えたのは美しい青年だった。だが美恵は本能的に恐怖を感じた。
理由はわからないが、この男は自分を連行してきた男よりも恐ろしい。
「勝則、ご苦労だったな。もう帰っていいよ、後は俺がやる」
「ああ」
武藤は美恵を水島に引き渡すと、さっさと屋外に出た。
「ちっ、面倒はことは俺に押し付けて、てめえは美人とお楽しみかよ。
本当にいい御身分してやがるぜ、面白くねえ」
「怖がることはないさ。ここは俺の実家で監獄じゃないから安心しな」
美恵は反射的に玄関に向かって走っていた。だが、すでに玄関は鍵がかかって開かない。
「無駄さ、オートセキュリティーで自動的に閉まるんでねえ」
「こ、来ないで!」
壁に背を密着させながら、美恵は右に移動しだした。
が、すぐに水島が腕を壁に伸ばし、その動きを止めた。
「君には色々と聞きたいことがあってねえ。怖がらなくても、君の態度さえ良ければ酷い扱いはしないさ。
その証拠に俺の実家に君を招待したんだよ。趣きがない場所で女生と会話はしたくないからね」
「私、何も話すことなんかないわ」
美恵の声は震えていた。今、この場所に助けてくれるひとは誰もいない。
「そうはいかないよ。さあ、おいで」
水島は怯える美恵の腕をつかむと引きずるように歩き出した。
「何だって海老原先輩が美女を尋問する?なんて事を……これは国防省の仕事だ。
陸軍の先輩の出る幕じゃない。誰もそのことを言及しなかったのかい?」
薫は美女に対する尋問で自分が蚊帳の外におかれたのが相当頭にきたらしい。
(相手はどんな女性かな。顔くらい見ておくか)
薫は嬉々として尋問室に向かった。
「あ、これは立花さん」
見張りの兵士達が薫を見るなり敬礼してきた。
「扉を開けなよ」
「は?あ、あの……もうすぐ海老原大尉が尋問を始めますので、それは」
「尋問~?先輩を悪く言いたくないけど、彼は尋問には向いてないよ。
女性には女性に対するやり方ってのがあるのに、彼にはそれがわかってない。
殴る蹴るなんて暴力に訴えることしかできないひとだろう?
それはレディに対して、あまりにも可哀相だ。僕がやるよ。
僕なら、先輩が到着する前に、彼女から全てを聞きだす自信がある」
「……はあ」
確かに薫は、この手の尋問には定評が合った。
今まで、何人もの女から重要な情報や自供を引き出した実績があるからだ。
もっとも、どういう方法を使っているかといえば、薫は「企業秘密」とノーコメントを通している。
「ほら、さっさと開けるんだよ。それとも力づくでやってほしいかい?」
「い、いえ、どうぞ」
兵士はすぐに鍵を外した。
「誰よ?」
光子は入室してきた薫を訝しげに見つめた。芸能人にしか見えないわね、そんな目をしている。
「やあ、君。君に聞きたいことがあるんだ、いいかい?」
薫は光子とデスクをはさんで置かれている椅子をわざわざ光子の隣まで持ってきて着座した。
「何よ、聞きたいことって」
「何もかもだよ。君が知っていること全て」
薫は品定めするように、じっと光子の頭のてっぺんからつま先まで眺めていた。
どうやら薫にとって光子は合格だったようで、薫はすこぶる上機嫌になった。
「ねえ君」
薫は図々しくも光子の腰に腕を回し引き寄せた。しかし、なぜか手を止めた。
(……この女、焦りも恐れも全くない)
「てめえ、俺を差し置いて何してやがる!」
何と言うタイミングか、海老原がこめかみをピクピクさせて怒鳴り込んできた。
「出て行け、この女は俺が取り調べるんだ。てめえなんかにつまみ食いされてたまるか!」
薫は面白く無さそうに立ち上がった。海老原は視線を薫から光子に移動させる。
「写真で見るより、いい女じゃねえか。気に入ったぜ」
(それが尋問しようっていう人間の台詞ですか先輩。晶といい陸軍の連中は野蛮だね、露骨すぎる)
薫は哀れみに満ちた目で光子を見つめた。光子は俯き、全身がかすかに震えている。
「怖いのか?安心しろ、俺はお優しいんだ。
おまえが、俺の言いなりにさえしてりゃあ悪いようにはしないぜ」
海老原は光子の顎をつまむと顔を上に向かせた。
「お、お願い……酷いことしないで」
光子は潤んだ瞳で必死に訴えていた。普通の男なら誰しも同情心を刺激されるだろう。
だが海老原のような男には、それは煽っている行為でしかなかった。
「おい立花、さっさと出て行け邪魔だ!それとも、その綺麗な顔を殴ってほしいのか!!」
「いえ、仰せの通り、僕は大人しく引き下がらせてもらいますよ。先輩のお楽しみの邪魔は致しません」
「てめえは他の五期生と違って馬鹿じゃないようだな。よし、さっさと行け」
薫はもう一度光子を見た。泣きそうな顔を相変わらず震えている。
「そんなに怖いのかよ」
光子は言葉も出せないと言わんばかりにこくっと頷いた。
「すっかり怯えてやがる、可愛い女だ」
海老原は有頂天になっていた。だが薫は神妙な面持ちで光子をじっと見ていた。
俯いている光子の口の端が僅かに上がったのが見えた。
海老原は全く気づいてないが、冷静に観察していた薫にはバッチリ見えた。
(ふふっ)
薫は心の中で海老原を嘲笑した。
(この女が怯えてるだって?僕にはわかる、この女は僕と同じ臭いがする。
怖くて言葉もでないだって?へそで茶を沸かすよ、本当に大した女だ)
薫は、「じゃあ、ごゆっくりと」部屋を後にした。
「お馬鹿な海老原先輩、素人だと思って油断して寝首かかれないようにしてくださいね」
貴子は手錠をされたまま戸川の前に突き出された。
(こいつ、あの時の……あいつらの、弘樹を殺した連中の仲間)
貴子の中で杉村を想う気持ちが一気に怒りへと変換し爆発した。
貴子はそばにいた兵士を突き飛ばすと、腰にささっていた銃を手にした。
「貴様、何をする!?」
ただの女だと油断していた兵士(戸川の側近の久良木)は、驚いてすぐに貴子を止めようとした。
だが貴子の脚力は超中学生級、久良木を振り切って戸川の至近距離に入るや銃を構えた。
「弘樹の仇、思い知るがいいわ!!」
戸川は微動だにしなかった。女性兵士が戸川を庇うように両腕を広げ戸川の前に出た。
貴子は一瞬躊躇した。自分の目的はあくまでも杉村の仇であって、その手下には用は無い。
「貴様、大尉に何をする!」
その一瞬が命取りだった。貴子は背後から床に押し付けられ銃も取り上げられた。
「よくも大尉にこんな非礼を!!」
貴子を押さえつけた兵士は完全に頭にきたらしい。貴子の腕をねじ上げた。
貴子の表情が苦痛で歪む。骨が軋む、折れる寸前だった。
「離せ反町」
「しかし大尉、この女は大尉を……」
「いいから離せ」
戸川は立ち上がると、「いいから離せ。それから史矢、二度と醜態をさらすな」と久良木を睨みつけた。
「思った以上に獰猛な女だな。だが、それがいい。俺は見苦しい奴は嫌いだ。
それに窮地に追い込まれてすぐに口を割るような精神の持ち主がK-11と繋がっているはずがない。
こいつらの中で奴らと繋がっている奴がいるとしたら、それはこういう人間だ。
反町、史矢、泪、おまえ達も、よく覚えておけ」
「はい」
「わかりました大尉」
「女、俺が聞きたいことは一つだ。K-11、奴等のことを吐いてもらおう。
嫌だといえばどうなるか察しはつくな?俺は女でも容赦しない、少々痛い目に合ってもらうぞ」
貴子は戸川を睨みつけた。両腕を反町と久良木につかまれては、それしか出来ない。
睨みつけることなど、この男には痛くもかゆくもないだろう。
貴子は悔しそうに唇を噛んだ。
「戸川様、他に何かご用件はなかったですか?」
扉が開き、嫌らしい声が聞えてきた。貴子の目が大きく拡大する。
その声には聞き覚えがあった。貴子はゆっくりと振り向いた。
「……げっ!」
「あ、あんたは新井田!なんで、あんたがここにいるのよ!!」
「な、なんでって……ふ、ふん」
新井田は気まずそうにそっぽを向いた。
貴子は確信した、新井田は自分達を売った見返りに、こいつらの手下に成り下がったのだ。
「この恥知らず!」
貴子は反町と久良木を振り切ると新井田に飛び掛っていた。
「殺してやる!」
新井田の顔面に貴子の鉄拳がうなりを上げる。
「ぎゃあ!!か、顔が……ひぃ、こ、殺される、助けて戸川様!!」
貴子の腕が止まる。手首を戸川につかまれていた。
「おまえ、今の自分の立場はどうでもいいらしいな。
俺の気分次第でおまえをどうとでもできるんだぞ。 今のうちに知っていることは全部話せ」
「知らないわ。知っていても、誰が、あんたなんかに」
「そうか……貴様がそのつもりなら、俺にも考えがある」
戸川がクイッと顔を動かすと反町と久良木は一礼して退室した。
「泪、おまえもだ。さっさと行け」
「は、はい」
泪が部屋を後にすると、新井田はにやつきながら戸川に近寄った。
「いやー、さすがは戸川様、お目が高い。この女はかなりの上物ですよ」
「…………」
戸川は無言のまま新井田を見下ろしていた。
「あ、お靴が汚れていますよ」
新井田は屈むとハンカチを取り出して戸川の靴を磨き始めた。
「おい、貴様」
「はい、何でしょう?」
笑顔で戸川を見上げると、戸川の腕が首に伸びてきた。強い圧迫感が新井田を苦しめる。
「ひ、ひぃい!……ぐ、ぐるし……!」
「……貴様、なぜ、俺の歓心を買おうとする?」
「ど、戸川……様?」
戸川は片腕一本で新井田を持ち上げた。新井田の呼吸はさらに困難なものとなった。
「気に入らねえ……てめえは、くだらねえ媚で俺の機嫌をとれると思っているらしいな。
よく聞け、俺が必要としているのは、何の役にもたたねえ巧言令色じゃなく実力を持った人間だけだ。
薄汚い世辞で取り入りたかったら克巳や竜也に所にいけ!!」
戸川は新井田を壁に投げつけた。
新井田は激突して床に落下、怯えきった目で震えながら戸川を見ている。
「目障りだ、さっさと消えろ!」
「ひっ!!」
新井田は前のめりになって転びそうな体勢で走り去っていった。
「……これで、俺がどんな人間かわかっただろう?」
戸川は邪魔者が消えると貴子に近付き、乱暴に肩を掴んだ。
「さあ吐け、K-11はどこにいる?奴らの正体は何だ、目的は何だ!?」
「知らないわよ!!」
戸川は小さく舌打ちすると、貴子を押し倒した。
「何するのよ!」
「止めてほしかったら正直に全部吐け」
「話すことなんて何もないわ!」
「そうか」
戸川は貴子の服を引き裂いた。
「な……!」
「これ以上陵辱されたくなかったら、さっさと吐くことだな。それとも命を消されたいか?」
(……弘樹、助けて!)
貴子は無意識に杉村に助けを求めていた。気が弱いところはあるけど、いざとなったら頼れる男。
少なくても貴子にとっては精神的な支えだということが、今さらながら思い知らされた。
(こいつらは弘樹を殺した。弘樹を……あたしの大事な幼馴染を!)
貴子は戸川を睨みつけた。今までの、ただ敵意に満ちた獰猛な目ではない。
その目を見た途端、戸川は手を止めた。そして貴子から離れると部屋から出た。
「大尉、どうかなさったんですか?」
「……あの女は閉じ込めておけ。別の方法を考える」
「別の方法って、あの女、吐かなかったんですか?」
「あの女は、屈辱や辱めには屈しない。そういう目をしている、あれ以上は時間の無駄だ」
戸川は今度は自分に言い聞かせるように呟いた。
「あの女と同じ目だ。佐伯徹の女と……あの女もそうだった」
「嫌、やめて、何をするのよ!!」
美恵は寝室に連れ込まれ、ベッドに押し倒されていた。
「何って、男と女がベッドの上でやることは世界共通して一つしかないだろ?」
「私は本当に何も知らないわ。こんな脅迫したって無駄よ、何も話すことなんてないわ!」
「そんなことはどうでもいいんだよ」
「……どう、いう……こと?」
「君がどう思おうが、君がK-11にとって大切な存在だってことは明々白々。
自分でもわかっているんだろう?でなければ、なぜ危険をおかして君を守ろうとする必要がある?」
「……それは」
「俺の恋人が奴らに酷い目に合わされてねえ。俺は屈辱は十倍にして返さないと気が済まないんだ。
奴らの大切な女をめちゃくちゃにしてやったら、あいつらにも俺の気持ち、少しはわかるだろうな」
水島のドロドロした感情を美恵ははっきりと感じ取った。
最初からまともに尋問するつもりなんかなかったのだ。ただ自分をいたぶりたかっただけ。
泣こうが叫ぼうが、そして仮に政府が欲しがっているK-11の情報を教えたとしても、この男は止めないだろう。
「最低よ、私に触らないで!」
美恵は必死になって腕を振り上げた。その手が偶然、水島の顔に当たった。
「ふざけるな!!」
水島は異常なナルシストだ、顔に手が当たったことで豹変した。
恐ろしい形相で美恵の顔に平手打ちを食らわせた。それも一発じゃない。
「……っ!」
「よくも、よくも俺の顔を!!」
二発、三発。見かけは華奢だが、特撰兵士の水島の腕力は凄まじく、すぐに美恵はぐったりとなった。
口内をきり、唇の端から僅かな血が流れている。
美恵が大人しくなったので水島は冷静さを取り戻した。
耳元に口を近付け囁くように言った。
「殴るよ」
「…………」
「大人しくしてれば可愛がってあげるから。 それとも俺を本気で怒らせて痛い目に合いたいか?」
美恵は何も応えなかった。顔がジンジンと痛み、目が霞んでいる。意識がはっきりしない。
「手こずらせてくれた分、楽しませてもらうよ」
水島は美恵から、ゆっくりと服を剥ぎ取り始めた。
ブラウスのボタンを一つ一つ外し、同時に自分の服も脱ぎ始めた。
(……こんな男に好きにされるくらいなら)
美恵は無抵抗を装い、辺りを見渡した。そばに花瓶が見えた。
その向こうにはデスク見える。机上にはナイフが置いてある。
水島が美恵の首筋に顔を埋めてきた。美恵は、花瓶に手を伸ばす。
「この悪魔!」
花瓶を掴み思いっきり振り下ろした。だが花瓶はベッドの上で軽く跳ねただけ。
水島の姿はそこになかった。美恵は顔を左右にふった。
「どこを見てるんだい。こっちだよ」
背後から声。振り返るまでもない、後ろにいる。
美恵は、そのまま走った。必死に手を伸ばして、ナイフを手にする。
「まさか、そんなちゃちなもので俺を倒そうって腹か?
断っておくが、君がたとえマシンガンを所持してても俺は倒せないよ」
「……わかってる」
美恵はナイフの先端を自らの首に突きつけた。
「……何のつもりだい?」
「それ以上近付いたら死ぬわ。だから来ないで」
「まさかとは思うけど、俺に抱かれるくらいなら、死んだ方がマシだって冗談つもりじゃないだろうね?」
水島が一歩前に出た。
「来ないで!……死んだほうがマシよ。あ、あなたみたいな最低の男なんて」
水島の眉がピクリと不愉快そうに動いた。
「私をいたぶった後で、どうせ最後は殺すつもりなんでしょう?だったら、今、死んだ方がマシよ」
「だったら死ねよ」
水島の言葉は冷気がまとわりついているように冷たかった。
「君が死のうが俺は痛くもかゆくもない。さあ、さっさと死になよ」
水島が近付いてくる。
「来ないで!」
水島は止まらない。美恵は覚悟を決め、ナイフを突き上げた……が、死ななかった。
「……あ」
水島がナイフを中指と人差し指で挟んで止めていた。
美恵がナイフを引こうが突き上げようが、全く動かない。
「無駄だよ」
水島は美恵からナイフを取り上げると、そのまま一気に下に振り下ろした。
「きゃああ!!」
美恵の下着からスカートに一直線に切れ目がはいり、白い肌が露出された。
慌てて美恵は胸を隠そうとしたが、水島がそれを許さない。
両手首をつかまれ、そのまま壁に押し付けられた。
今や完全に動きを封じられた蜘蛛の巣にかかった蝶に過ぎない。
「逆らわれるとますますそそられるだよ、男って生き物はね。さあて、一緒に楽しもうじゃないか」
水島は手始めだと言わんばかりに美恵のブラジャーに手をかけた。
「お坊ちゃま、大変です!」
そこにスーツ姿の中年の男が飛び込んできた。水島と美恵の姿を見るなり、まずいと思ったのかドアを閉めた。
「なんて野暮な人間なんだ!」
「し、失礼いたしました。どうかお許しを!」
扉の向こうから泣きそうな声が聞えてくる。
「いいや許さないね。その前に用件を聞こう、くだらない用だったら、おまえを殺すよ」
「な、何者かが特別拘置所を襲ったとの連絡が入りました!」
「何だって?それで被害は?」
「わかりません。ただ、至急、お坊ちゃまに出頭しろとの命令が出ております」
水島は忌々しそうに美恵を睨みつけた。獲物を前にして食事を中断しなければならないのだ。
だが上の命令に逆らうわけにもいかない。
水島は美恵の両手首を縛り付けるとベッドに倒しこんだ。美恵の体が小さく跳ねる。
「すぐに戻ってくる。お楽しみは、その後だ。いいか、絶対に彼女を逃がすな、しっかり見張ってろ」
「は、はい、坊ちゃま」
水島が姿を消した。千載一遇のチャンスだ。
「……全く人使いあらいぜ。どうせ、この女といちゃついてたんだろう」
使用人は振り向きギョッとなった。ベッドの上にいるはずの美恵がいない。
「そ、そんなバカな!」
慌ててベッドに駆け寄った。その途端、ベッドの脇に隠れていた美恵が花瓶を振り上げてきた。
男の顔面に花瓶が激突、破片が飛び散り、男は顔を両手で覆って悲鳴を上げながら悶えた。
(今のうちだわ!)
美恵は走った。広い屋敷だ、どこに出口があるのかもいまいちわからない。
とにかく階段を駆け下りた。すると廊下の端から、「あっちだぞ」と声が聞えてきた。
直後に、数人が走る足音がした。それは廊下の端からも階段の下からも。
美恵は踵を翻すと廊下を走った。だが、角を曲がると、そこは突き当たり。
引き返そうとしたが、男達の声が聞えてくる。もう戻れない。
とにかく身を隠さなければ、そう考え、慌てて近くにあった部屋に飛び込んだ。
「いたか?!」
「いや、いないぞ。隠れたみたいだ、探しだせ!」
部屋の外から嫌な声が聞えてくる。見付かったら逃げ切れない。
(窓から外に逃げれるかしら?)
美恵は窓に向かって駆け出した。
「おまえ、ここで何してる?ここは俺の部屋だぞ」
(……え?)
ひとがいるなんて気づかなかった美恵は驚いて振り向いた。そして愕然とした。
「水島……克巳……」
そこには、一番会いたくない男が立っていた――。
【B組:残り45人】
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