「いたか?!」
「いや、どこにもいない。ここには、もう残党はいないんじゃないのか?」
迷彩服の兵隊達がライフルを手に走り回っている。

(……ここには、もう鈴原はいないようだな)

佳澄から聞き出した情報を元に、桐山は逃走ルートに片っ端から赴いた。
行く先々に兵士が群れをなし捜索している。
その捜索のターゲットは、間違いなく自分達だろう。

(……さて、どうしたらいいのかな?)

今の時点では有力な手掛かりがない。
先ほど、兵隊を1人捕らえて、締め上げたが、やはり下っ端だけあって何も知らなかった。
士官でないと話にならない、桐山がそう考えていた時だった。
「海老原大尉、ご足労おかけします!」
そんな声が聞えてきたのは。

(大尉……士官か)

桐山は物影から、そっと覗いた。ガラの悪そうな男が立っていた。




鎮魂歌―53―




「これで全員かな。あっちは冬也が片付けてるだろうしなあ。
なあ兄さん、冬也のいう通り、こいつら生かすのも限界なんじゃないか?
凶暴性が増してるし、季秋に牙向いた連中だ、養ってやる必要もない。
公的機関に逮捕されれば裁判も受ける事なく処刑されるような連中だしなあ」
「……そうだな。おまえ達の言い分ももっともだ」


(……何なのよ、こいつら)
貴子は半ば唖然としていた。国信にいたっては、その場に座りこんで呆然としている。
正気を失った連中に襲われ急遽ホラー映画のヒロインにされたのだ無理もない。
絶対絶命かと思われた、まさにその時、夏樹が秋利を伴い登場。
瞬く間に狂人集団を倒したのだ。
(宗方がこんなに強かったなんて。大口叩くだけのことはあったのね。
それに宗方の弟も強い、何なのよ、こいつら。本当にお金持ちのお坊ちゃんなの?)
貴子が考えをめぐらせている間に、とんでもない事が起きた。


『警告、この建物は爆破します。ただちに避難して下さい』


島中に警告、自爆するというのだ。
「何だと!?」
楽天家の夏樹もこれには焦った。

(冬樹のウイルスのせいだな。安全プログラムが破壊されたんだ)

「時間がない。全員緊急に建物から離れるぞ」
「兄さん、まだ地下には部下がいる。それに、この子達の仲間もいただろ」

貴子ははっとした。そうだ、幸枝と友人美子が地下にいる。
「ちょっと、どういうことよ!爆発ですって、説明してよ!」
「説明も何も聞いただろ?早く離れんと、おまえも死ぬよ。まだ若くて綺麗なんだから、さっさと逃げることだなあ」
秋利は、こんな時だというのに、淡々と言ってのけた。
「何、人事みたいな事言ってるのよ!あんた達が責任とって何とかしなさいよ!」
「何とかできんから困ってるんだろ。察してくれてもいいと思うけどなあ」
秋利は相変わらずマイペースに答えた。




「話にならないわ。あんた自分も死ぬかも知れないのよ」
「警告はありがたいけど、俺は死なんよ。なあ兄さん」
秋利は呑気なくらいの態度で夏樹に同意を求めた。
「ああ」
夏樹もさも当然と言わんばかりにあっさり応えた。
「あんた達は爆破から逃げる手段があるってことね」
夏樹と秋利の余裕の正体を貴子は素早く見破った。
「ご明答」
夏樹が背にしていた森が突 然ざわめき轟音と共にヘリコプターが舞い上がった。


突風に煽られ貴子は思わず側にあった木につかまる。
国信も吹き飛ばされまいと岩にしがみついた。だが夏樹と秋利は微動だにしない。
「あんた達だけ逃げるつもり?!」
息巻く貴子に夏樹はやれやれと溜息をつくと、予告もなしに貴子を肩に担ぎ上げた。
「ちょっと何するのよ、降ろしなさいよ!」
「死ぬのはごめんなんだろう?だったら大人しくしてろよ」
貴子を抱えた夏樹と秋利、それに乃木はヘリコプターに乗り込んだ。
国信も「死にたくないなら、さっさと乗る事だな」と言われ慌てて後に続いた。


「冬也、俺だ。すぐに迎えに行く。その場に待機しろ」
夏樹はインカムを通し指示を出した。
「急げ」
「はい」
夏樹の命令に操縦士は最高速度で応えた。瞬く間にヘリコプターは冬也の元に降り立った。
「冬也!」
ドアを開くと冬也と佐竹が乗り込んできた。続いて良樹 と三村も。
雨宮、三村、無事でよかった。秋也は?」
国信と感動の再会、そして何より貴子は無事(何だか怒っているようだが)。
良樹は心底ほっとした。だが、今、危険な状況にあることも忘れてない。
「七原達は別の場所にいる。夏樹さん、すぐに七原達を迎えに行ってくれ」
「その必要はない。途中、慌てて走るあいつらを見た。すぐにここに来る、ほら、来たぞ」


「きゃあ爆発するわよお!」
月岡と七原が、林の中から現れた。少し遅れて今度は沼井が息を切らしながら登場。
ヘリコプターを見るなり、三人とも即行で乗り込んできた。
「これで全員揃ったな」
七原が「まだ内海と日下が残っている!」と叫んだ。
「岩崎達が逃がしているはずだ。すぐに海岸線に避難しろ!」
ヘリコプターは再び上昇すると海岸めざして一直線に飛んだ。
浜辺に着陸すると、10分程後に車が猛スピードで走って来るのが見えた。
「委員長達だ。よかった、無事だったんだ」
国信と七原はぱっと顔を輝かせて喜んだ。
その数分後、腕時計を見ていた冬也が「時間だ」と呟いた。
東の空が一瞬真っ赤に染まるのが見えた。














「何だって壊滅状態?」
水島が受けた報告は信じ難いものだった。
佐々木率いる陸軍の隊が、たった隊長の佐々木を残しほぼ全滅したというのだ。
佐々木が捕獲した美恵には二人のナイトがついていた。
佐々木からみたらほんのガキだ(実際、まだ中学生程度の年齢だし)
『ガキの一人は季秋冬樹だ。だが、もう一人は見たことがない。ブラックリストに乗ってない人間だ』
「敦、よくも俺に、そんな報告ができたまのだね。特選兵士ともあろう者が無名の少年にやられるなんて」
『克巳、言い訳するつもりはないが、俺は部下をやった奴とはやってない。
部下達に任せて俺は女を連れて車で去ったんだ。10分くらいたって部下から緊急連絡が入った』


『殺される……ってな』


『口調からして、ただ事じゃなかった……戻ったら血の海だったんだ。
しかも八つ裂き状態だった。首を捻じ曲げられたり、手足をもぎとられた奴もいた』
「地下に潜らせていた兵隊は?」
『全員意識不明の重傷だが死んじゃいねえ。だが再起不能だ』


(地下にいた奴は命までは取られてないのか。おそらく季秋の息子がしたことだろう)


「で、おまえの部下を虐殺したのは誰なんだい?」
『誰って季秋の息子だろう?』
水島はムッとした。直接相対していれば、間違いなく佐々木の顔面に一撃入れていただろう。
「明らかに殺し方が違いすぎる、同一人物のはずがないだろう!
もう一人いたはずだ、誰なんだ!?」
『落ち着いけよ克巳、俺だって、そのくらいわかる。
少なくても、季秋の他にいた、もう一人のガキじゃないぜ。俺達から見たら、まだまだヒヨッコな野郎だ。
俺に歯向かったからのしてやったんだよ。あのガキが部下達をやった野郎なわけがねえ。
他には誰もいなかった、人間どころか猫の気配すらなかったんだ」


「誓ってもいい、あの場所に他に人間はいなかった。なのにたった10分後に状況が変わっていた。
俺だってわけがわかんねえよ。まるで幽霊みたいに突然あの場所に殺人鬼が出たんだ。
それもハンパじゃない奴が……現場みりゃあわかるが、悪魔の所業としか思えない』


仮にも特撰兵士として数々の修羅場を潜り抜けてきた佐々木の言葉だけあって重みがあった。
戦場にも慣れている佐々木が言うのだから、よほど凄まじかったのだろう。
「……まあ、いいさ。彼女を捕獲することには成功したんだから」

――だが、誰なんだ。短時間で一個小隊をそこまで壊すなんて。
――殺し方からして、まともな人間じゃないことだけは確かだ。









「……ちっ、軍の動きが活発になってやがる」
歩兵とはいえ陸軍の兵士が正体不明の人間に虐殺されたのだ。無理もないことだった。
「封鎖がさらに厳しくなるな。厄介なことになったぜ」
冬樹は上空をゆく軍用ヘリコプターを忌ま忌ましそうに睨みつけた。
「おい、おまえ。連中をぶっ殺した奴を本当に見てないのかよ?」
座り込み俯いけている潤に問うも、潤は無言のまま顔を上げようとしない。
「今度はだんまりかよ」
冬樹はほんの数十分前の惨劇を思い出していた。
地下にまで聞こえてきた阿鼻叫喚の叫び。そして鼻をつく血の臭い。
マンホールから地上に出るとそこは地獄だった。
辺り一面に流れる血、惨たらしい死体。
その地獄絵図の中、返り血を浴び茫然とその場に座り込んでいた潤が唯一の生存者だった。




「おい何があった?!」
肩をつかみ激しく揺さぶり詰問するも潤は反応しない。
「誰がやった?美恵、美恵はどうした?!」
さらに問い詰めたが潤は放心状態で何も答えない。
(よほど恐ろしいものを見たってことか)
冬樹は潤を引きずるように、その場から早々に立ち去ったのだった。














「俊彦!」
「どうした攻介、そんなに慌てて。良恵なら無事に見つかっただろ。だから今は仕事に集中し……」
「隼人から緊急連絡が入った。国防省がやられたんだ!
テロリストの仕業だ、建物は半壊、死傷者多数でたって話だ!」
「何だって!?良恵は?直人は無事なのか?!」
「直人は無事だ」
俊彦はひとまずホッとしたが、その言葉にもう一つの意味があることに気付き愕然となった。


直人『は』無事、と言うことは――。


良恵に何かあったのか!?まさか死んだなんて言わないよな!」
「死ぬものかよ!ただ……」
攻介は急にトーンダウンした。
「行方不明だって言うんだ。チックショー!!」
攻介は悔しそうに壁を叩いた。
「直ぐに現場に行こう、良恵を捜すんだ!」
「駄目だ。隼人の話じゃ水島が全権握ってるっていうんだ。
隼人も晶も直人も、あいつに邪魔されて自由に動けないんだぜ。
だから絶対に来るなって言ってた。その代わりに俺達に動いてほしいって」
「わかった。何をすればいいんだよ?」
良恵をさらった奴がいるようなんだ。そいつの手掛かりをつかめってよ」
良恵をさらう奴なんて限定されるな」


俊彦達は一年前の事件を忘れていなかった。
海老原達は二度と 良恵には手を出さないと誓約したが、そんなものあてにならない。
だが、その海老原達はテロの後始末に追われ自由に動けない。
海老原達がやった可能性は低いだろうと二人は考えた。
「他にいるとしたら……」
隙あれば良恵をさらおうと企んでいる奴……二人はハッとして同時に叫んだ。


「「季秋冬樹!!」」


「間違いねえよ、あのスケベ野郎だ!あいつ、性懲りもなく、またやりやがったんだ!!」
攻介は断定した。
「そうだな、あいつならやりかねない。いや、あいつ以外にいるものか」
俊彦も疑いの余地はないとばかりに言いきった。
「直ぐに季秋財閥関連の施設を片っ端から捜索しよう」
とは言っても四国・中国地方はすでに水島が手を回している。
「季秋の本拠地の東海地区はどうだ?」
「いや、あいつは勘当されたばっかりだろ。いくらなんでも実家のお膝元には逃げ込まないんじゃないのか?」
「……じゃあ、どこに。待てよ」
俊彦は何かを思い出したらしく、攻介を伴い海軍情報部に赴いた。




「俊彦、何か心当たりあるのか?」
「ああ、季秋のプライベートアイランドが四国のずっと向こうにあるんだよ。
その島も周囲の海域も季秋家のもんだから海軍も容易に手が出せない。
噂じゃ、プライベートアイランドなんて名目で、怪しげな施設があるとか、ないとか」
俊彦は説き続けた。海軍は、その海域に入ることもできない。
季秋の人間以外立ち入り禁止の、その島なら、十分、季秋冬樹の隠れ家になる。
「よし、すぐに行こう」
「慌てるなよ攻介。言っただろう、あそこは季秋の人間以外入れない。
不可侵領域ってやつで、海上保安や海軍も特別な事情がない限り入れないんだ。
けど、数分前に、その特別な事情が起きた。
「何だよ、その特別な事情って?」
「救難信号だ。何があったか知らないが、島で大変な事が起きてSOS信号が放たれたらしい。
島への上陸は無理だが、あの近辺の海域に入ることは可能になった。
こっちには『人命救助』っていう大義名分ができたから、堂々と行けるぞ」
「そうか、良かった!よし、すぐに行こう」


二人は意気揚々として海軍の救助船に乗り込んだ。
そんな二人の様子を見ていた人間がいるとも知らずに……。
「小次郎、俺だ」
『動きはあったか?』
「ああ、噂の季秋の島とやらで何かあったらしいぜ。瀬名と蛯名が今から向かう」
その男は空軍の四期特撰兵士・多田野昭次だった。
陸軍、海軍、そして国防省ともしがらみのない、この男は、その時その時に応じて手を結ぶ相手を変える風見鶏だった。
そして今は戸川の味方というわけだ。
「連中は救助船に乗り込んだ」
『おまえは空から現地に向かえ。水陸両用機を使えば簡単なことだろう?』
「了解した。俺はこれからもあんたの味方だ。覚えておいてくれ」














「……で、この後どうする?」
良樹達は夏樹に今後の予定を聞いた。
「さあて、どうするかな。ヘリコプターでは陸にたどり着く前に燃料切れで海に落ちる。
季秋の定期便を待ってもいいが、育ち盛りのおまえ達に空腹を味合わせるのも酷だ」
「あの、夏樹様」
通信係が申し訳無さそうに手を上げていた。
「何だ?」
「あの……僭越ながら、救助信号を出させていただきました。
海上保安庁の救助船が助けにきてくれると思いますが……」


「何だと?馬鹿か貴様は!」


夏樹が通信係の胸元を掴む前に、冬也が通信係を殴り飛ばしていた。
「まずいことになったな兄貴、海上保安なんか絶対に来ないぜ。
間違いなく海軍が来る。連中、ここを普段から怪しんでいたからな」
海軍という言葉に良樹達は愕然とした。この逃げ場のない孤島に軍の連中がくる。
そうなれば、もう逆らうことはできない。
「……おまえ達、顔はわれてなかったな?」
夏樹は突然上着を脱ぎ始めた。女達はびっくり仰天。
「秋利、冬也、おまえたちもさっさと脱げ。多少サイズが違うが着れないことはないだろ?
岩崎、佐竹、乃木、さっさとしろ。おいガキども、おまえ達もだ。
海上保安の救助船なら民間人相手だから、いくらでもごまかしはきく。
海軍の連中さえ騙せれば、それでいい」
良樹と三村はハッとして上着を脱いだ。七原はまだキョトンとしている。


「あーあ、しょうがないなあ。まあ、兄さんのいうことだから従うけど」
「ちっ、どうして俺様がこんなガキどものために囮になるってんだ?」
囮、という言葉に全員がざわめいだした。しかし勘のいい月岡にはわかったようだ。
「そうか、あなた達が囮になっている間にアタシ達は海上保安庁の船に救出されればいいわけね。
陸についたらすぐに逃げ出せばいいんだし」
「そうだ。俺達は季秋の人間だから素性さえ明かせば海軍の連中も大人しく釈放する。
だが、その確認をする間は拘束されるだろう。
一時間か、二時間か……その間に、おまえ達は逃げ切ればいい」
「ま、待って、そんな危険な賭けしなくても、あたし達は隠れていればいいんじゃないの?」
幸枝が挙手して意見を言った。
「宗方さん達が家に帰ってから迎えの船を寄こしてくれれば……」
「甘いな。連中は間違いなく上陸して島のすみずみまで調査するぞ。
隠れている人間なんか発見してみろ。それこそ、怪しい人間ですと言ってるようなものだ」


「見ろよ、兄貴。お早いお着きだ。海上保安庁の小型高速艇だぜ」


高速艇が近付いてきた。
「季秋様!お迎えにあがりました!」
凡庸そうな男が登場した。そして身なりのいい服を着ている良樹達を見るなり卑屈な態度になった。
「ささ、どうぞ、お乗りを。陸地までご案内致します。
あ、申し送れました。私、海上保安庁、四国支部の田中と申しまして……」
名刺までだしている。季秋の名前の威力は大したものだった。
反対に正真正銘季秋の人間である夏樹たちには横柄な態度で宣言した。
「定員オーバーだから、君たちは後から来る海軍に保護してもらいなさい」
良樹は、「女子も一緒に」と言った。
「はいはい、もちろんです。お坊ちゃまのガールフレンドなんでしょう?
あの、私のこと、ぜひ御祖父様によろしく……」
こうして良樹達は海上の人となった。




「……ちっ、あの野郎、覚えてろよ。顔みりゃ、どっちが本物かきかなくてもわかるだろ。
俺様と、あのガキどもとじゃ全身から漂う気品やオーラが違うんだ」
「いいじゃないか冬也、あいつが馬鹿だからこそ、俺達はここで海軍のお出ましを待つことができる」









「ん?」
「どうした俊彦」
「海上保安庁の小型艇だ……季秋の海域から出てきたみたいだが」
海軍の救助船と途中すれ違った。
もっとも大海原だったので、船同士の間には距離があったが。
「見回りだろ?それより、島に上陸した時の段取り決めておこうぜ。
きっと島の調査は拒否するから、そこんところ穏便にすすめないとさ」
「ああ」
俊彦は多少気になったものの、捨て置くことにした。
今はもっと他に大切なことがある。小石を気にしている場合ではないと――。


「見えてきたぞ俊彦、あの島だな。ほら派手な煙があがってるぜ」
ついに季秋の謎のベールに包まれた島に俊彦と攻介は上陸をはたした。
そして夏樹たちを発見。
「遅かったな。季秋家の御曹司を待たせるなんて、いい度胸じゃないか」
「季秋家の御曹司だって?それは、こちらで確認させてもらう、さあ、さっさと乗れよ」
夏樹たちは海軍の救助船に乗船。海軍の兵士達がなだれ込むように上陸しだした。
「おい!ここは季秋の私有地だぞ、勝手なことするな!」
佐竹がすぐに抗議したが、俊彦は、「お尋ね者がいるかもしれないから捜させてもらうぜ」と聞く耳もたない。
「季秋の末の若様には色々と迷惑かけられたからな」
さらに攻介は、苦々しく吐き捨てた。




「兄貴、上手くいったな」
「ああ、爆発で建物からは何も出てこない。いくらでも捜せばいいさ」
その時、影が走った。夏樹たちは上空を見上げる。
小型の軍用機が飛んでいた。
「あれは……空軍のブラックキャットじゃないか?」
空軍の中でもエリートパイロットしか乗りこせない超ハイスピードの戦闘機。
夏樹たちは預かり知らなかったが、搭乗しているのは多田野だった。
多田野は戦闘機搭載の望遠カメラで夏樹たちを盗撮。それを戸川に送信した。








「……バカめ。こんな単純な詐欺にひっかかりやがって」
戸川は多田野から逐一受けた報告を元に全てを把握していた。
「大尉、何かあったんですか?」
泪がブラックコーヒーを差し出しながら質問した。
「これを見ろ」
戸川は送信画像をプリントアウトしたものを差し出した。
「彼らは?」
「季秋財閥の息子だ。以前、晩餐会で見たことがある。
瀬名も蛯名も、まだそんな晴れがましい場所とは縁のない連中だから、奴らの顔を知らなかったんだ。
だから簡単に騙された。俺なら、こうはいかなかったぜ」
戸川は立ち上がるなり、「行くぞ」と号令を掛けた。
反町が上着を取り出し、恭しく戸川にかける。


「海上保安庁に連絡しろ、季秋の私有海域をうろついていた船は全て海軍の戸川小次郎が抑えるとな」














「海老原大尉、この辺りはもう誰もいないでしょう」
「他は?」
「はあ、それが……陸軍の特撰兵士の皆様がすでに捜しておられるはず」
「何だとぉ?」
海老原は激昂した。そんな話、聞いてない。
佐々木たちと離れてから何度も連絡を取ろうとしたが、全くとれないのだ。
(どういう事だ?なぜ俺に報告してこない?)
陸軍の特撰兵士は海老原にとっては直属の側近のようなものだった。
一緒に悪さをした悪友でもある。
それが、この非常事態に、まるで自分から逃げているとしか思えない行動をとっているのだ。
佐々木たちが水島怖さに海老原との接触を避けているなど、当の本人は知らない。
しかし、海老原も、さすがに気づき始めたのだ。


(あいつら、俺をあえて無視してやがるのか?なんでだ、誰の差し金だ?)


もちろん、それは水島だ。
だが哀しいかな、海老原は、その水島も自分の手下だと思っている。
「……クソったれが。あいつら、つかまえて吐かせてやる」
頭に血が昇りかけていた海老原だったが、その時、妙な視線に気づいた。
「……!」


いる……今まで気づかなかったが、近くにいる。俺を見てやがる。
この気配、普通じゃねえ。A……いや、下手すると特撰兵士クラスだ。
いや、そんな奴がいるわけねえ。俺の気のせいだ、そうに決まってる。


海老原は、音量を下げて部下達に言った。
「……おい、後ろに茂みにねずみがいるぞ」
部下達は、その一言で敵の存在を知り、ぎょっとなった。
「……すぐに囲め。引きずりだしてこい」
「はい!」
兵士達は即座に行動に出た。
そして間もなく、茂みの中から凄い音が聞こえ出した。
音だけじゃない、悲鳴も聞えてくる。海老原は振り向かずに、「バカめ」と呟いていた。
やがてシーンと静まり返り、海老原はゆっくりと振り向いた。
「片付けたか?」
海老原は、そこで初めて驚愕した。倒れているのは部下たちの方だった。
立っていたのは1人だけ。信じられないことに、どう見ても中学生くらいの少年。


「てめえが1人でこいつらを?」
「ききたい事がある。答えてくれるかな?」
海老原は尊大そうにいやらしい笑みを浮かべると、持っていた煙草を投げ捨てた。
「……やるじゃねえか。だが、俺はそうはいかないぜ」
海老原は桐山のボディ目掛けて蹴りを繰り出した。
「おねんねしてな!!」
だが海老原は再びギョッとなった。桐山は掌で蹴りを止めていた。
「て、てめえ、何なんだ?」
「もう一度きくぞ。俺の質問に答えてくれるかな?」
海老原はいったん桐山から離れた。
「……てめえが俺に勝ったら、いくらでも答えてやるぜ」
「そうか、おまえを倒せばいいんだな」
「……むかつくガキだぜ。てめえの体に教えてやる」
海老原は今度は大きく飛んでいた。


「そんな事は永遠に不可能だってなあ!!」














「……クソ、こうなったら秋澄兄貴に頼るか。あいつは甘いから助けてくれるだろ」
冬樹は潤に、「おまえはどうする?」と訊いてみた。
だが潤は膝を抱えて俯いたまま……。
「……おい、いつまで、そうしてる。惨殺ショー目撃したショックはわかるけどよ」
潤は相変わらず黙ったままだった。
「俺はもう行くぜ。おまえが可愛い女の子なら助けてやるけどな。
男にはそんな義理もない。自分で立ち直るなり、つかまって精神病院送りにされるなり好きにしろよ」
冬樹は、多少哀れみながも、結局、潤を見捨てて去っていった。
冬樹が立ち去って、かなり時間がたってから潤は顔を上げた。
両手を顔の前にあげ、じっと見つめている。
その手には、数十分前には多くの人間の返り血が付着していた。


「……はは、また、やっちゃったな」


潤は、そう呟くと再び膝に顔を埋め沈黙した。

――どうして、いつもこうなのかな。
――気がついたら、血の海が広がってる……。
――あの時と同じだ。
――あの時と……あのプログラムの時と。














「ご苦労様です。自分は田中と申しまして……」
「うるさい、どけ!」
多田野は田中を突き飛ばした。
「どこにいる。おまえが救助したっていう連中は?」
「そ、それなら、応接室にお通ししてますが……」
それだけ聞くと多田野は一直線に応接室に走った。




「今のうちに逃げよう。あいつら、まだ俺達がお尋ね者だって気づいてないんだ」
「そうね」
良樹達は、すぐに応接室から出ると屋外に向かって走った。
ドアが見えてきた。それは自由への入り口にすら見えた。
あそこをくぐれば外だ。脱出成功なんだ!


「動くな!」


ドアを開くと兵士達がライフルを手に一斉に威嚇していた。
良樹達は反射的に引き返そうと踵を翻すと、そこには多田野が立っていた。
「これまでだな、ガキども。散々手を焼かせやがって」
「クソ!捕まってたまるか!!」
七原が多田野に立ち向かったが、呆気なくねじ伏せられた。


「全員、逮捕だ!!男は国防省に連行、女は俺が預かる、覚悟しろ!!」




【B組:残り45人】




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