良樹と三村は呆気に取られた。何だよ、こいつ?
外見はエレガントな美青年なのに、中身は氷のような冷血人間。

「あんた、こんなに強いなら、気絶させるとか拘束するとか、いくらでも手はあっただろ……」
「ああっ?」
男は不愉快そうに振り向いた。
「てめえら、こいつに殺されかけたの、もう忘れたのか?」
「……だけど!」

「それほど同情するんなら、俺が来る前にさっさと殺されてやるんだったな」


良樹は表情を凍らせた。男の言葉も冷たければ口調も冷たかった。
それにもまして男の目は冷たかった。
何となく夏樹に似てもいたが、夏樹よりも冷たい光を放っている。
夏樹の目が磨いたナイフなら、この男の目は氷のナイフだ。

「殺さなければこっちがやられるんだ。殺されてやる度胸もねえガキが甘い戯言ほざくなよ。
俺様は口先だけで綺麗事ほざくような甘ちゃんは一番嫌いなんだ。口のきき方に気をつけるんだな」

男は冷たく言い放つと再び歩き出した。
「待てよ、あんた何者なんだ?こっちは名乗ったんだから、あんたも名乗れよ!!」
男は、「てめえらじゃ100年早い」とほざき、すたすたと歩を進めた。




鎮魂歌―52―




美恵、悪かったな、ほったらかしにしておいて。その分、可愛がってやるからな」
「やめて、はなして!」
美恵は冬樹のセクハラに必死に抵抗していた。
「彼女嫌がってるじゃないか。やめたら、どう?」
潤が横から口を出してきた。冬樹はムッとしたようだ。
「もともと美恵は俺と逃げてきたんだ。間に割り込んできたのはおまえ達だろ」
冬樹の言い分に今度は美恵が呆れたように言った。
「……最初に割り込んできたのはあなたじゃない」
そんな嫌味も、この自己中男・冬樹には全く通用しない。
「いけずなこというなよ美恵、いいかげんにキスくらいさせろ」
「あなた恋人がいるんでしょう。何を考えているの?」


「それとこれとは話は別だろ。安心しろよ、良恵はつまらないヤキモチなんか妬く女じゃねえよ。
その証拠に俺の浮気にあいつが怒った事はただの一度もない。俺を信じているんだろうぜ」


美恵は呆気に取られた。もしかしたら口を開いていたかもしれない。
「……あの、もしかして、あなた愛されてないんじゃないの?」
「俺もそう思う。俺の勘はよく当たるんだ、あんた愛されてない」
美恵の意見を潤も支持したが、冬樹は全く揺るがない。
「ま、他人にはわかりづらいかもしれねえが、俺は誰よりもあいつを愛し、あいつは誰よりも俺を愛している。
それだけは間違いのない真実だぜ。誰が何と言おうが、あいつは俺の運命の相手なんだ」
冬樹は一点の曇りのない笑みを浮かべて言い切った。
どうしたら、これほど揺るぎのない自信を持てるのか不思議なくらいに。
「……だったら、こんなことやめて。あなたの恋人がきっと悲しむわよ」
「そうだね。あなたの可愛いひとを泣かせたくなかったら彼女には手を出さないほうがいいんじゃないの?」
二人の意見はもっともだったが冬樹はまったく聞いてなかった。
美恵……良恵のことを思ってくれるなんて何て優しいんだ。ますます気に入った」
もはやつける薬のない冬樹に美恵は溜息をつくしかなかった。その時――。


「……見付かったよ」


潤が立ち上がって窓の外に視線を泳がせた。
「み、見付かった?」
美恵はかすかに全身を震わせた。反対に冬樹はしれっとしている。
「何だって?馬鹿なことを、敵の気配なんか感じないじゃないか」
冬樹の意見など聞く耳もたず、潤はすぐに行動に出た。
「来るんだ、行こう」
美恵の手を取ると走り出したのだ。
「おまえ、俺の美恵をどうするつもりだ!ついに野獣の本性現したな!!」
そうはさせるかとばかりに冬樹も後を追いかけようとしたが、ほぼ同時に背後から敵が近付く気配を感じた。


(何だと!?)


「坊ちゃま大変です!軍用車が何台もこちらに向かってます、早く逃げてください!!」
冬樹は窓に張り付いた。確かに複数の軍用車が猛スピードで迫ってくるのが見える。
(あいつら、どうしてここがわかったんだ!?)
安全と思われていた居場所がばれた。それも、こんな短時間で。
腑に落ちなかったが考えている暇は無い。冬樹は踵を翻し走り出した。
「おい貴様!」
冬樹はすぐに二人に追いついた。
「なぜ敵の接近がわかった?俺よりも先に気配を感知できるなんて」
「気配じゃない。直感だ、俺は勘がいいんだよ」
冬樹は馬鹿にしてるのかとばかりに顔をしかめたが、潤は大真面目だった。
「俺のよく当たるよ。特に悪い予感が外れた事はほとんどない」




「なぜばれたんだ?!」
まだ納得がいかない冬樹に、潤は走りながら淡々と言った。
「決まってるじゃないか。あんたの筋から調べたんだ。あんた有名人なんだな」
「そ、そうか俺がスター性があるばかりに!」
美恵は黙っていた。二人の会話を、まるで人事のように聞きながら。

(これからどうなるんだろう?)

不安はあった。離ればなれになった仲間の安否も気になった。
そして、あまりにも多くのことがありすぎた。頭が混乱して考えがまとまらない。
裏庭をつきぬけ、用意された車に乗り込み走っている間も美恵は無口だった。
「この先は道路を封鎖されている降りるぞ」
車を乗り捨て歩いている間も、この先、どうしていいのか結論はでない。
ただ、これ以上、無関係の人間を巻き込みたくなかった。


冬樹は自ら渦中に飛び込んだ、いわば自己責任。
潤は無関係とはいえないが、今彼らが危険な目にあっているのは間違いなく自分のせいだ。
ここで別れれば少なくとも二人にこれ以上迷惑はかからないだろう。
美恵は物音をたてないように慎重にそっと後ずさりした。
だが簡単に冬樹に気付かれてしまった。
美恵?」
美恵は踵を翻すと、全力疾走で逃げた。
美恵、待てよ!」
しかし、すぐに冬樹に捕まった。


「なんで逃げた?」
「離して、もう私に係わっちゃダメよ!でないと、あなた達まで捕まるわ!」
冬樹はちょっと目を丸くした。
「おまえ自分の立場わかってないのか?今おまえを守ってやれるのは俺しかいないんだぞ。
それなのに自分の身より俺のことが心配なのか?」
「あなただって……こんな目にあってるのに、どうして私から離れようとしないの?
あなたの家族だって、きっと悲しむのよ」


冬樹にとっては驚きだった。人間、余裕がない時は他人の心配までできない。
まして、この状況の中、ナイトを自ら切り捨てようなんて、普通の女は絶対にしない。
(本当に優しい女なんだな。普通、こんな状況下で他人の心配なんて考えないぜ)
冬樹が美恵についてきたのは気まぐれな遊び心だった。
(人間、いざってときに本性が出るが、そうすると、この女――)
冬樹はこんな時だというのに笑っていた。
今、冬樹は本気で美恵を守りたくなったのだ。
こんな女を汚い連中の手には渡したくない。真剣にそう決意もしていた。














「……克巳」
聞こえているはずなのに水島は振り向かない。
しかし、表情は見えないが、かなり怒っているのがわかる。
「……もう一度チャンスをちょうだい。今度こそ必ず」
「チャンスだって?」
水島が笑いながら言った。
「おまえは彼女をさらった男が誰かも知らないんだろ?」
女は何も言えず、張り詰めた空気だけが二人の間に漂っていた。
「もういいよ。おまえなんかに頼んだ俺が間違っていたんだ」
水島は立ち上がりながら「もう用はない。さがってろ」と冷たく言い放った。


「待ちなさいよ克巳!」
女が慌てて水島の腕に手を伸ばすと、女の顔に冷水がかけられた。
「無能な女は嫌いだよ」
空のコップを手にした水島は冷たく言い放った。
天瀬良恵の事は後で考える。俺はおまえと違って暇じゃないんだ。彼女だけにかまってられない」
女は屈辱に歪んだ顔で、悔しそうに唇を噛んだ。
「もう1人のお姫様の逃亡先は見当がついてる。まずは、そっちだ」


天瀬良恵に盗聴器をつけていたのは正解だった。
おかげで、あの場所で何があったのか、大体理解できる。
K-11がどういう連中で、今どこにいるかなんてさっぱりだが、季秋冬樹なら話は別だ。
おそらく季秋財閥の人間の元に身を寄せるはず)


水島はダーツの矢を壁に向かって投げた。
(この四国で、奴が立ち入りそうな場所、合計142ヶ所)
その全てにさらに絞込みをかけ、水島は冬樹が立ち入りそうな場所を17ケ所ピックアップした。
そして、四国駐在の軍隊や国防省捜査官はもちろんのこと、警官にまで捜索に当たらせた。
「……いつまで、そこに立っているつもりだい?おまえはマンションに戻ってろよ」
水島はびしょ濡れの女に、さらに冷たく言った。
「……あの女に逃げられたのよ。じっとなんかしてられないわ」
「まだ憎いのか?全く、女の情念ほど怖いものはないね」
水島は女に近付くとサングラスを強引に取った。


「いつ見ても綺麗な目だな。この国の人間の黒い瞳とはまるで違う。
美女の瞳は宝石以上だというが、まるでエメラルドだ」


女は水島から視線を逸らすように顔を横に向けたが、水島がそれを許さなかった。
女のあごに手を添えると、強引に自分の方に向かせる。
「心配しなくても、俺はまだおまえを見捨てちゃいないよ」
水島は笑みを浮かべたが、目は氷のように冷たかった。
「俺達は今や運命共同体のようなものだ。その、おまえの存在が公になってみろよ。
俺の立場までやばい。おまえには隠れていてもらわなくてはいけないんだ」
「……わかってるわ」
「わかっているなら大人しくマンションで俺の連絡を待ってなよ。
事が終わったら真っ直ぐマンションに帰って抱いてやるから」














「静かにしろ、誰か来る」
桐山は廊下の先に神経を集中させた。やがて会話が聞えてきた。

「陸軍の連中が動いてる?」
「ああ、陸軍の佐々木や武藤達だ。未確認情報だが、もう捕まった奴もいるって話だ」
「あいつら海老原の手下だろ。海老原の命令で動いてるのか?」
「それが妙なんだ。海老原は国防省に動き封じられてて、奴らに指令出してんのは水島だとさ」
「水島?やばいんじゃね?あいつ性格は悪いけど頭は切れるもんな」
「ああ、周藤さんも海老原より水島の方が要注意だって言ってた。
K-11の居所もすぐに掴むんじゃねえの?」
「でも何だって季秋財閥の支社長宅なんかに兵隊送りこんだのかな」
「さあな。女の取り合いで私怨でもあるんじゃねえの?」


会話は徐々に小さくなってゆく。幸いにも二人は遠ざかってゆくようだ。
かといって桐山達には安堵してゆっくりする暇なんてない。
特に、季秋財閥の支社長宅という言葉に、佳澄は敏感に反応して表情を強張らせた。
「季秋の支社長宅……北斗達の逃走ルートと目と鼻の先じゃねえか」
綿密にたてた計画だったのに早くも綻びが生じている。
間違いなく水島は美恵達を確実に追い詰めている。佳澄は焦った。
「今すぐ彼女の元に行こう!」
「彼女、それは鈴原の事だな?」
「そうだ、美恵さんだよ」
「わかった。歩けるかな?」
「ああ」
佳澄は立ち上がろうとしたが足元がふらついた。
気力はあるのが、残念ながら体の方がついていかない。


「足手まといになる」
桐山は非情な事をあっさりと言ってのけた。
「……はっきり言うんだな、あんた。わかったよ、俺は置いていってくれ。
時間がないから一度しか言わない。今から言うこと頭に叩きこめよ」
佳澄は逃走ルートを桐山におしえた。桐山は必要な情報を得るとすぐに、その場から立ち去った。
その後姿を、佳澄は感慨深く見つめていた。


「……あの人が例の」


陸軍特殊部隊の兵士を一瞬で気絶させた戦闘力。
加えて、あの冷静さ。あの判断力の素早さ。

「強いし頭も切れる。俺達の想像以上だ……血は争えないな。
リーダー、あんたに一度会わせてやりたかったぜ」













「三村君大丈夫かしら?ああ、こんなことになるのなら、アタシの処女を捧げとくんだったわ」
半ばうっとりしながらおぞましい言う月岡に七原と沼井はぞっとした。
そして三村に深く同情すると共に月岡のターゲットが自分ではない幸運に感謝もしていた。
「それにしても、あいつら大丈夫なんだろうか?」
良樹と三村が戻ってくる気配がまるでない。二人が行って、まだ間もないので当然といえば当然だ。
しかし、こんな状況ゆえに数分が数十分にも数時間にも感じる。
窓が全て閉められ屋内が暗いことも七原達の不安をかき立てていた。
「自家発電所なのに電気つかないのか?」
沼井は何度も電灯のスイッチを押したが、まるで反応がない。
それは冬樹の仕業なのだが、もちろん七原達が知るよしもない。
「どこかに電源があるだろ?」
七原は室内を歩きだし、ある物を発見した。


「なあ、こっちに来てくれ」
沼井と月岡が行ってみると、七原はいかにも重要そうな機械を前にしていた。
「これが発電装置なんじゃないのか?」
「うーん、どうだろ。ヅキ、おまえならわかるんじゃねえのか?おまえ、頭だけはいいからな」
「だけって何よ失礼ね!」
月岡は薄暗い中、まじまじと機械を見つめた。
ボタンやスイッチやレバーがいくつもついており、見慣れない英単語のプレートが掲げられている。
「多分、そうね。素人のアタシ達が勝手にいじらない方がいいわ」
月岡の判断は正しかったが、せっかちな沼井には、ややルーズに思えた。
「何でだよ。電源入れるくらいいいんじゃねえの?」
「焦らなくても、そのうちに夏樹さん達がきてくれるでしょ。それまで待つの」
「ちぇ」
沼井は面白くなさそうに舌打ちした。


(電気つけるくらいならいいじゃねえか)
レバーは全て上がっており、その中にやけに目立つ赤いレバーが合った。
その下には、やはり赤いボタンがある。
(これが電源のスイッチじゃねえのか?)
沼井はレバーを下げるとボタンを押した。途端に辺り一面パッと明るくなった。
「やっぱりそうじゃねえか。大正解だぜ」
沼井は得意満面でそう言った。
「……ねえ、何よ、これ」
「ん?」
月岡が顔面蒼白になって、指さしている先にはタイマーがあった。
数字がカウントダウンされているではないか。


「何って……」
「……よく見なさいよ」
沼井と七原は、きょとんとしてタイマーを覗き込むように見た。
最初に『30』という数字、『:』を挟んで数字が『50、49、48……』とカウントダウンしている。
「よく見てもわからねえよ」
「……下げるのよ。とにかくレバー下げなさいよ!」
「はあ?せっかく電気ついたのに、何言ってんだよ。このオカマ」
「そうだよ月岡、おまえ少しおかしいぞ。落ち着けよ」
「とにかく下げるのよ!」
月岡はレバーを下げようとしたが、ビクともしない。
その内に、先頭の数字が『25』になった。突然、ビービーと警戒音が鳴り響く。
「な、なんだぁ!?」


『警告、警告、後、25分で爆発します』


「「え?」」
沼井と七原の顔からさっと血の気が引いた。


『20分以内に半径三キロ以内から避難してください』


「なんてことしてくれたのよ、沼井君!あなた、自爆スイッチ押しちゃったのよ!!」
「そ、そんな!」
「やばい、逃げるぞ!!」
3人は慌てて屋外に飛び出し、全力で逃げ出した。














「おい、あんた、そっちは……」
殺人鬼の集団がいると警告するつもりだったが遅かった。視界に奴らが姿を現したのだ。
佐竹が必死に対戦しているものの多勢に無勢。全員の動きを封じることは出来なかった。
良樹と三村の姿を見た佐竹はカッとなった。
「おまえら、どうして戻ってきた?!さっさとこの場から消えろ!」
大勢の敵に囲まれ余裕が無くなっているのだろう。
そ口調から、かなり苛立っていることは火を見るより明らかだった。


「そんな連中相手に、まだてこずっていやがったのか佐竹」


しかし、男の姿を見た途端に佐竹の様子は一変した。
「……おまえ!」
佐竹の表情から、極限状況下ゆえの刺々しさが一瞬で消えた。
「それでも季秋の身内か?そんなだから、てめえはトップクラスの人間になれねえんだよ」
「うるせえよ。散々待たせやがって」
憎まれ口をきいているものの、佐竹の表情に不快感はかけらもない。
それどころか今までの切羽詰まった様子が嘘のように落ち着いた態度になっている。
反対に佐竹を取り囲んでいる連中の様子に変化が現れた。
佐竹から、この謎の男に視線を移動させたのだ。しかも狂暴さを増している。


「おい、あんた、あいつらの様子おかしいぞ」
連中は血走った目で男を睨んでいる。よく見ると微かに震えているではないか。
(何だ、どうしたんだ、こいつら?)
それは恐怖からくる怯えだったが、良樹には狂人の心理は、わからなかった。
ただ空気が限界まで引っ張った糸のように、張り詰めていることだけはわかった。
(この男のせいだ。あいつらの様子がおかしいのは、この人が原因なんだ)
ふいに緊張の糸が切れた。連中が一斉に男に飛び掛かかる。
自分達をあれほど圧倒していた佐竹ですら足止めするのが精一杯なのだ。
間違いなく殺される。


「逃げろ!」
「ああ?逃げろだと?」


男の眉が不快そうに歪んだ。
「何で俺様が、こんな雑魚ども相手に逃げなきゃならねえんだ?」
男は自ら殺人鬼の群れの中に飛び込んだ。
「あ、危ない!」
良樹は男の八つ裂き死体を連想し、反射的に目を閉じた。














「公道は目立ち過ぎる。林の中に隠れよう」
潤は美恵の手を引き木の陰に身を潜めた。兵隊達が走り去るのを見送り、再び行動を開始した。
「地上は危ない。地下から逃げよう」
「地下って、おまえ、美恵に下水道を走れって言うのか?女の子なんだぞ」
冬樹は即座に反対したが潤は譲らなかった。
「捕まるよりはマシだろ?」
「私は平気よ」
こんな時だ、贅沢など言っていられない。
美恵がそう言うなら」
三人はマンホールから地下に下りた。その直後に、軍用車がやってきた。
乗車しているのは今や水島の下で動いている佐々木敦だ。


「克巳、俺だ。おまえの推測通り、季秋冬樹は女連れで、支社長宅にいたぜ。
でも気づかれて逃げられた。それから素性のわからないガキも1人いたそうだ」
『周辺は徹底的に調べただろうな?』
「ああ、でも影も形も見あたらねえよ。車で逃げた形跡があるから距離広げて捜索させてる。
逃亡に使ったらしい車は発見したが、すでにもぬけの殻だった」
『さっさと地下に潜れよ。道路は使えない、人家や林に隠れるにも限界がある。
空路や海路に出るには距離がありすぎる。だから奴等に残された道は地下だけだ』
「下水道かよ……」
『さっさと潜れよ。いつも泥まみれの野蛮な陸軍の得意分野だろ?』
「……わかったよ」
『それから兵隊を分散させて、下水道の出入り口を全て塞ぎなよ。
いいかい、必ず捕獲しろ。それから女には傷つけちゃだめだよ』
「男は?」
『好きにしろ』




「……来た」
潤は振り向かずに呟いた。
「走るよ、いいね?」
「え、ええ」
美恵は走った。暗い地下道に足音が盛大に響きだす。
「いたぞ!」
背後から懐中電灯の光が見えた。見付かったのだ。
「あいつらぁ!」
冬樹は体の向きを変えると、猛然と追っ手に向かって走り出した。
美恵を連れて逃げろ!いいか、絶対に逃げきろよ!」
「そんな、冬樹君!」
慌てて冬樹を止めようと手を伸ばした美恵だが、潤に制止をかけられた。


「行こう、彼の死を無駄にしちゃダメだ」
「まだ死んでないわよ!」
「ああ、そうだったよね。まあ、いいや。とにかく、今は逃げよう」
「でも」
まだ躊躇する美恵、しかし今度は反対方向から声が聞えた。
「こっちだ、声がしたぞ!」
足音が近付いてくる。
「囲まれている、早く逃げるんだ。大丈夫、彼なら季秋財閥のとりなしで、すぐに釈放されるよ」
「本当に?」
「ああ、何しろ特撰兵士の秘密施設に侵入した時も、季秋家の力だ即釈放された前歴の持ち主だからね」
ぐずぐずしている暇はなかった。
今は潤の言葉を信じ逃げるしかないだろう。
二人は全速力で走った。途中、何人も襲い掛かってくる兵士がいたが、全員、潤が倒した。


「見て、梯子よ」
背後からは何人もの兵士の足音がする。
「君から上がって」
潤はまず美恵を昇らせた。そして懐から催涙爆弾を取り出すと投げた。
煙が発生し、悲鳴が聞える。
「今のうちだよ」
二人は梯子を上った。マンホールの蓋が見える。
美恵は蓋を持ち上げた。よかった、思ったより簡単に上がっり、太陽が視界に入る。
美恵はすぐに外に身を乗り出した。
「しまった……ダメだ、降りろ!!」
潤が叫んだ。ただごとではない口調に、美恵は反射的に視線を下げた。
その時、美恵の体が急激に持ち上げられた。腕に痛みを感じる。


「つかまえたぜ!!」


美恵の腕をつかみ引っ張り出したのは、佐々木だった。
「散々、手間かけやがって。もう逃げられないぜ!!」
美恵の鳩尾に拳がはいった。
(……桐山君……貴子、光子……皆……)
美恵は完全に意識を手離した。














「な、何なんだ、こいつ……」
良樹と三村はただただ唖然とするしかなかった。
あの殺人鬼の群れが、今は全員地面に横たわり意識を失っている。

「てめえらと俺様とでは格が違うんだ」

男は狂人達を見下ろし淡々と言った。
(強い、強すぎる。これだけの人数をあっという間に倒すなんて)
あまりの圧勝劇。しかし佐竹は平然としている。彼にとっては、珍しくない光景だったようだ。
「相変わらず、さすがだな片桐」
「雑魚相手じゃ準備運動にもならなかったぜ」


(片桐……それがこいつの名前か。もしかして桐山より強いんじゃないのか?)


城岩3Bで最強無敵なのは間違いなく桐山だ。
その桐山と比較しても鮮烈すぎる強さだった。
あまりの強さに、しばし呆然としていた良樹だったが、大切なことを思い出した。
「……貴子さん!」
驚いている暇などない。貴子を助けに行かなければ。
良樹は猛然と走り出した。


「あの女なら助けに行く必要はないぜ」
片桐と呼ばれた男が言った。
「何だって?」
「今頃向こうの連中は兄貴達に片付けられているはずだ」
「兄貴?」
「おまえらなんかに肩入れしてる夏樹の事だ」
「夏樹さんの弟?」
「道理で何となく雰囲気が似てるわけだ……」
良樹と三村はお互いの顔を見ながら納得した。
顔形そのものは全く違うのに、尊大なくらい自信に満ち溢れている所は夏樹にそっくりだ。


「断っておくが、俺は夏樹の考えには反対だ。おまえ達なんかに肩入れしてもメリットがない」
当然といえば当然だろう。メリットどころかデメリットが大きすぎる。
「夏樹の顔をたてて、この島には置いてやるが、しばらくしたら出て行ってもらうからな」
「おい片桐、気持ちはわかるがガキ相手にきついこと言うなよ。こいつら、他に行く所がないんだ」
「相変わらず甘いな佐竹。特撰兵士が帰国してるんだぞ、こいつらのためにな。
それだけやばい何かがある。メリットがあれば、どんなやばい連中でも引き受けても文句はないぜ。
だが、こいつらは、正体不明なだけのただのガキだ。
季秋の命運をかけてまで保護してやる必要性は全くない。まして――」


『警告、警告、後25分で爆発します』


警報が島中に響き渡った。
「何だと!?誰だ、自爆スイッチを押しやがったのは!」
「……まさか!」
「佐竹、おまえ心当たりあるのかあ?」
「ガキ達をそこに避難させたんだ。だが、重要なプログラムは何重にもロックがかかっているはずだろ。
だから、部外者には発動させられないと思ったんだ」
「その安全プログラムは冬樹が送り込んだウイルスのせいで、今は凍結されて役に立たないんだ!」
「何だと!?」
もはや一刻の猶予もなかった。
「片桐、すぐに発電所に行って、自爆プログラムを解除しよう!」
「忘れたのか、自爆プログラムは20分を切ったら停止不可能だ」
今から駆けつけて停止措置を施している間に5分という時間など、あっと言う間に過ぎてしまう。


「全員、避難だ。建物は放棄する!」




【B組:残り45人】




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