繰り返す、大至急避難だ、急げ!!」
夏樹はエレベーターにて上昇しながらインカムで何度も佐竹に緊急連絡をとった。
「冬樹め、馬鹿だ、馬鹿だと思っていたが、科学省の強化人間達まで解放するとはな。
あいつらが出くわすことになったたら、まず死ぬぜ。特にナンバーゼロは歩く発狂凶器だ」
冬也が不吉なことをさらりと言ってのけた。
「とんだ実戦訓練になっちまったようだな兄貴」
鎮魂歌―50―
「良恵 が行方不明?!」
隼人は目眩がしそうになった。
『俺の部下を総動員して捜索させている』
直人は水島の手がすでに良恵 にのびていると結論づけるのは早急過ぎると付け加えたが隼人は違った。
もう遅すぎるくらいだと考えているのだ。
「水島はどこにいる?」
『K-11を追跡している』
「奴を締め上げてでも良恵 の居場所を聞き出す」
『もし奴がかかわっていたとしたら簡単に吐くと思うか?。
あいつはこういうえげつない事に関しては抜かりがない男だぞ。
第一、今、あいつに手を出せば任務を阻んだとされ軍法会議にかけられる』
直人の意見はもっともだった。おそらく、それも水島は計算しているだろう。
「それに水島はすでにK-11を追跡している。
情報が漏れないように国防省でも限られた人間しか奴の居場所はわからないシステムになっているんだ」
――瞬。
――瞬。
どこにいるの?何をしているの?
良恵 は暗闇の中をさまよっていた。はるか遠くに男の背中が見える。
――ああ、そうだ。彼は瞬だわ。
間違いない、やった見つけたのよ。
二人の距離がどんどん広がっていく。
――待って!
良恵 は必死に追い掛けた。それでも距離は縮まるどころか、ひろがっていく。
――待って瞬、私よ。置いて行かないで!
「瞬!」
良恵 は手を伸ばした。暗闇ではなく空が見えた。
ゆっくりと上半身を起こすと花壇やベンチも視界に入ってきた。
見覚えのない景色だったが、近くに立てられている看板から、基地の西のはずれにある中庭だとわかった。
「……夢じゃない」
ここまで運んでくれた人間がいる。瞬だ、間違いない。
「瞬、どこにいるの瞬!」
人の気配はない、もうここにはいないのだろうか?
良恵 は慌てて駆け出した。辺りをキョロキョロと見渡したが、やはり誰もいない。
(……瞬)
まだ遠くには行ってないと思いたい。良恵 はすぐに後を追う決意をした。
今見つけださなければ今度はいつ会えるかどうかわからない。
もしかしたら一生会えないかも知れない。
何より瞬をほかっておいたら何をするかわからない危険がある。
(あの時のように凄惨な事件を起こすかも知れない。それだけは未然に防がないと)
今なお科学省がひた隠しにしているおぞましい事件、通称F5事件。
科学省以外に、この事件を知っている者はほんの一握り。
なぜなら国家機密並に厳重に隠さなければならない程に表沙汰にできない悲劇が起きたからだ。
F5とは科学省が作りだした人間兵器。
科学省が芸術品とまで讃え何十年もかけて作り出したXシリーズと同等の能力を持った存在だった。
両者は共に科学省の至宝でありながら同時に相入れない存在同士でもある。
それは科学省の内紛が色濃く影響していたせいもあるだろう。
科学省は長官宇佐美の一派を除くと大きく二つの勢力に分かれる。
代々科学省の要職を勤めている世襲組と、外部の研究所などから入った新参者。
世襲組は保守的で、新参組は改革を推進していた。
改革派が掲げたのは全く新しい人間兵器の研究を今後の科学省の主軸にすること。
それは長い年月と莫大な資金を元に作り出さ れたⅩシリ ーズと否定することでもあった。
当然、彼らを誕生させてきた世襲組をも否定することでもある。
当然ながら世襲組は、それを拒絶。
長官の一存により後にF5と呼ばれる新人間兵器の研究自体は許可された。
しかし彼らがⅩシリーズよりも優秀だと証明されるまで、その存在は内密にされる事になった。
F5はⅩシリーズとは真逆の存在だった。
Ⅹシリーズが何世代にも渡って国内から選ばれた優秀な人間の遺伝子の集大成であるならば、
F5は海外から集められた遺伝子を交配させて誕生させられた。
つまり外国人の血をひいている。
しかも、その遺伝子を購入する為の資金調達の為に改革派は裏でやばい商売すらした。
それだけでも公になったら何十年も禁固刑をくらうだろう。
だが、さらにやばい事にも彼らは手を出していた。
こともあろうに遺伝子収集の対象国の範囲を敵国にまで拡げていたことだ。
ただでさえ準鎖国制度で外国との規制が厳しい軍事国家において敵国との秘密の取引をしたのだ。
ばれたら禁固刑どころではなくなる、下手をしたら組織ぐるみの犯行とみられて科学省の解体もありうる。
ゆえにF5研究は厳重に厳重を重ね、秘密裏に行われてきた。
彼らの誕生から生育にかけては絶海の孤島で行われた。
それは外部に漏れるとまずい事ということもあったが、F5が非常に危険だったからだ。
Ⅹシリーズは何の疑問も持たず任務を遂行 するために余計な感情を奪われていた。
だがF5は逆に好戦的な性質を出す為に感情を優先させていた。
危険な任務すらも好むように負の感情を増幅させられていたのだ。
奴らはどんな残酷な任務をも狂喜して遂行するだろう。だが改革派はやり過ぎた。
F5は自分達の生みの親ともいうべき科学者達ですら手におえない凶暴なバーサーカーに育ったのだ。
そんな、ある日、ついに事件が起きた。
F5達は研究所の科学者達を皆殺しにしたのだ。
科学省上層部は震え上がった。奴らは自分達をモルモット扱いした科学省に復讐するつもりだと。
そして、誰が彼らを檻から解放したのだ?と悲鳴をあげだした。
F5の管理は厳重に厳重を重ねたはずだった。
極悪犯ばかりを収容した監獄など、悪戯っ子を預かる託児所に過ぎないと思われるほどだ。
だが、その鉄壁の檻も外部から脱出に手をかす輩がいては完璧とはいえない。
F5は存在そのものが極秘扱いだった。
そんな彼らを危険をおかしてまで助けようなどという人間がいるはずがない。
科学省の幹部は全員そう思い安心していた。
ところがいたのだ一人だけ。それが天瀬瞬。
その名を聞いた時、科学省は驚愕した。天瀬瞬は死んだはずの人間だったからだ。
科学省は常に完璧を求めるあまり例え人間といえど満足いかない作品は廃棄してきた。
それが例え科学省の家宝ともいえるⅩシリーズでも例外ではない。
天瀬瞬、通称・Ⅹ6も、その例外ではない一人だった。
欠陥品の烙印をおされ、生まれてすぐに廃棄処分が決定したのだ。
しかし瞬の担当博士・塩谷は、瞬の廃棄に納得できず瞬を連れ姿をくらました。
当時、塩谷は宇佐美長官と犬猿の仲で、塩谷を失脚させるための陰謀だという噂も囁かれていた。
真実は闇の中だが、はっきりしているのは何の罪もない赤ん坊が犠牲になったということだけだ。
数年後塩谷と助手数名の惨殺死体が見付かった。
Ⅹ6の生死は不明。
だが残された研究書類から塩谷は狂気に取り付かれていたことが推測された。
そのため、Ⅹ6はもはや生きてはいまいと容易に結論づけられた。
それを裏付けるかのように塩谷の研究施設の地下から幼い子供の白骨死体がいくつも発見されている。
Ⅹ6と思われる死体こそなかったが、塩谷は逃亡生活で各地を転々としているおり、
最後の時を過ごした場所も半年のみで、それ以前の足取りはほとんどわからない。
おそらく、どこかの隠れ家でⅩ6は死んだのだろうという結論付けられた。
Ⅹ6が、いつ、どこで、どのように死んだのは不明のまま、うやむやのうちに事件は終わり忘れ去られていったのだ。
その死んだはずのⅩ6が生きていた。科学省に恨みをもつ人間が。
Ⅹ6は、天瀬瞬は科学省に復讐を開始したのだ。
だが一人では到底不可能、仲間が必要だった。
そこで瞬が目をつけたのは自分同様に科学省を恨み、かつ復讐を実行できる能力のある人間。
――F5だったのである。
瞬は彼らを解放した。
それは鎖に繋がれていた獰猛な猛獣に自由を与えるのと同時に、科学省を血で染める惨劇の幕開けでもあった。
瞬の誘導でF5は島から脱出、次々に科学省の主要拠点を襲い始めた。
宇佐美をはじめ、科学省幹部は震え上がった。
もはやF5の存在を隠し通せる限界はとっくに超えていた。
国防省や軍務省の上層部に彼らの存在と復讐を打ち明けたのだ。
こうして特撰兵士によるF5狩りが開始した。
F5と特撰兵士たちの間でどんな戦いがあったのか詳細は本人達にしかわからない。
しかし、特撰兵士は結果的にF5の暴走を食い止めた。
だが事件が全面解決したわけではない。
天瀬瞬とF5達は姿をくらまし、今なおその行方がわかっていないからだ。
科学省が面子と責任逃れの為にF5の存在と逃亡の事実を隠していたせいで起こった被害も甚大だった。
研究所のバイオハザードや大爆発のとばっちりをくらい全滅した町もある。
良恵はずっと瞬の行方を追っていた。
瞬を止めることができるのは自分しかいないという自負もある。
良恵と瞬の特別な関係を考えれば、彼女がそう考えたのも当然だろう。
だが仲間達の反応は違った。彼女が危険に飛び込むことに猛反対していたのだ。
良恵が瞬に接触する前に彼を探し出し殺しかねないくらいだった。
(瞬を止めなければ瞬と晃司たちが、また殺し合いをするかもしれない。
止めないと……何が何でも瞬を探し出して、もう復讐なんて終わらせなければ)
「瞬!お願い話をきいて、お願いよ瞬!」
何度も呼んだが返事は聞えない。
(もうここにはいないんだわ。姿を消すとしたら……)
敷地内から消えるとしたら目立たない裏門から姿を消すだろうと良恵は考えた。
すぐに裏門をくぐりメインストリートを避け裏道にはいった。
(直人に連絡だけはしておかないと。今は忙しくて私どころじゃないだろうからメールで――)
良恵は携帯電話を取り出した。
途端に小石が飛んで来て携帯電話を弾いた。
「……痛っ」
携帯電話はビルの壁に激突し、細かい部品をばら撒きながら地面に落ちた。
(誰?!)
良恵は小石が飛んで来た方向にすぐに顔を向けた。角を曲がる人影があった。
チラッと背中が(正確にいえば服の裾だけ)見えたのだ。黒い服だ。
「瞬!」
良恵は即座に追いかけた。ところが角を曲がった途端に予想外の事が起きた。
肘鉄が良恵の顔面目掛けて猛スピードで向かってきたのだ。
良恵が普通の女だったら、なす術もなく攻撃をまともに受けていただろう。
しかし良恵は護身術を習得している。咄嗟に肘鉄を避けた。
だが、それで攻撃が終わったわけではない。今度は細長い脚が良恵の腹部に伸びてきた。
反射的に体を沈めた良恵の目に映ったのは横に流れる黒髪とサングラスで隠されても十分美しい容姿だった。
(違う、瞬じゃない!)
繊細でしなやかな体、そしてその肉体にふさわしい美しい顔。
男ではない女だ。
誰かはわからないが自分に危害を加えようとしている女、それだけは確かだった。
「……その顔、めちゃくちゃにしてやりたかったのに」
謎の女は面白く無さそうに言葉を吐いた。
「相変わらず腹の立つ女ね」
(このひと私を知っている。誰なの?)
良恵は、その女が誰かわからなかった。ただ声だけは聞き覚えがある。
少なくても友達などという親しい間柄ではないことは確かだ。
「……誰なの?」
「覚えてないのね。私はおまえのことを1日も忘れた事はなかったわ。
男を追いかけることしか頭にないなんて。相変わらず尻の軽い女ね」
(男……瞬!)
この女が誰かなんて、今はそんなことどうでもいい。瞬のことが最優先だ。
「Ⅹ6なら、とっくに消えたわよ。でないと、おまえに手を出せないもの」
この女は自分と瞬のやりとりを見ていた。おそらく瞬がどこに行ったのかも知っているだろう。
「瞬、瞬はどこに行ったの!?」
「……ふん、淫売はいつでもおかまいなしに男のことしか考えられないようね」
女の手が伸びてきた。良恵の背後はブロック塀、逃げ道がない。
首に圧力を感じ、良恵は息苦しさに眩暈がした。
「……こんな……こんな女のどこがいいのかしら」
(……このひと、このひとは)
女が自分に向けている感情は冷たい刃のように良恵を突き刺してきた。
(この感情は嫉妬……!この女は私を憎んでいる)
誰?誰なの、この女は!?
殺気すら平然と向けるほどの嫉妬、女の嫉妬……男が絡んでいる。
苦しみの中で良恵は必死に考えた。
この女には愛する男がいる。その男のために自分に殺意を向けている。
「……このまま殺してやりたいわ」
女が手を離した。良恵はゴホゴホと咳き込んだ。まだ苦しい。
女は冷たい目で自分を見下ろしている。
「……でも、水島克巳はおまえを直接モノにしたいらしいわ。随分、おまえに執着してた。
本当にこんな女のどこがいいのか理解に苦しむわね」
「あなたは……水島克巳の女なの?」
「水島の女……ですって?」
女の口元が不快そうに歪んだ。
「そう……おまえは、まだ私が誰かわからなのね。私から彼を奪っておいて」
(水島の女……じゃない?)
「私は誰のものでもない。私を所有することができる男がいるとすれば、この世に、たった一人しかいないわ」
女の脚が良恵の腹部にはいった。強烈な痛みに良恵はうずくまった。
「水島がうるさいから、大人しくあいつの言うとおりにするつもりだったけど……」
女は良恵の髪の毛を鷲掴みにして持ち上げた。
「やはりおまえを生かしておくなんてごめんだわ。それとも殺すよりもっと酷い目にあわせてやろうかしら?」
女はくくっと笑った。
「スラム街の場末の売春宿に売り飛ばしてやるのもいいわね。
薄汚らわしい獣どもに穢されれば、もう彼も二度とおまえなんかに関心なんかもたないわ」
良恵はぞっとした。この女の自分への憎悪は底の知れない深い淵だ。
その緊迫と重苦しい空気の中、携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「……こんな時に!」
女が携帯電話を取り出した。
「……ええ私よ。まだ女は捕獲してないわ、捕らえたら約束通りあなたに――」
『ふざけてるんじゃないよ。それとも俺を舐めているのかい?』
「……克巳?」
『スラム街の売春宿に売り飛ばす?おまえも随分と下種なことを考える女だねえ』
「どうしてそれを……!?」
『おまえを根っから信用するほど俺は愚かな男じゃないってわけさ。
ダメだよ。彼女は俺が好きにするんだから、だから――』
『おまえなんかの出る幕じゃないんだよ。俺を無視してことを進めたらどうなるかわかってるんだろうねえ?
それとも俺との契約解除されたいのか?おまえの愛しい彼の所在、もう少しでわかるっていうのにさ』
女が悔しそうに唇を噛んだ。僅かに口の端に血が滲んでいる。
「あなたはこの女を憎んでいるんでしょう?自分の女を傷つけられて。
だったら、どんな方法で仕返ししようと――」
『だから、それは俺が決める事でおまえが口出すすることじゃない。
断っておくが、俺は釣ってもいない魚にはエサどころか水もやらない男だ。
そんなに俺を怒らせたいのかい?
おまえは俺の保護なしでは1日も生きられない人間だってこと忘れてるのか?』
女は悔しそうに「……わかったわ」とはき捨てた。
『いいこだ。じゃあ彼女は丁重に俺の隠れ家に保護しておけよ』
女は携帯電話を切ると、忌々しそうに良恵の肩を掴んだ。
「忌々しい女!」
「……っ」
服の上からでも女の怨念のこもった長い爪が食い込み激しい痛みが走る。
「……いいわ。せいぜい克巳にあきるまで弄ばれればいい。飽きられたら殺されるから」
「……誰が」
良恵は女を突き放した。
「誰が、あなた達みたいな人間に好きにされるものですか!」
悔しいけれど女のほうが戦闘能力は上、ここは逃げるしかない。
良恵は全速力で走った。その時、何かが右肩にぶすっと刺さった。
(――え?)
「……まさか逃げられると思っていたの。馬鹿にしないでくれるかしら?」
ダーツの矢のようなものが刺さっていた。
良恵はそのまま意識を失い地面に崩れ落ちた――。
「訓練中止?どういうことだよ」
納得できない良樹に佐竹は、やや強い口調で言った。
「今は説明している暇はねえんだ。死にたくなかったら、さっさと着いて来い!」
佐竹はかなり焦っている。先ほど島中に響き渡った警報と何か関係あるのだろう。
「雨宮、今は素直に従ったほうがいいぜ。嫌な予感がする」
「……三村」
「相当やばいことが起きたと思っていいぜ。じゃなきゃ、あの夏樹さんが中止なんかすると思うか?」
確かに夏樹には、やるといったらやる凄みがあった。
その夏樹が中止と言うほどのアクシデントが起きた。間違いなく危険な何かだ。
「貴子さんを守らないと」
「そうだな、彼女を守ってやらないと、いつかあの世で杉村と再会したとき殴られちまう」
――そうだ、守らなければ。貴子は、貴子だけは。
――杉村、おまえの代わりに。
「佐竹さん、俺達より貴子さんを守ってくれ」
「あの女は湊が何とかする。おまえらは自分のことだけ考えてろ。
すぐに宗方達がこっちにくるはずだ。後はあいつらが片付ける」
片付ける?妙な言葉だった、まるで何かを始末するようなニュアンスがあった。
良樹が何があったのか詳細を聞こうと口を開いた時、無線がはいった。
『佐……佐竹さん!』
「湊!?」
無線機から聞えてきたのは乃木の切羽詰った声だった。
「どうした湊、何があった!?」
『あいつらです。科学省の強化人間達が!』
「何だと!?」
『俺だけならいい。でも……!』
乃木のそばには貴子と国信がいる。
自分の身を守ることは出来ても、2人を守ることまではできないということだろう。
乃木のSOSに良樹は我を忘れて走り出した。
「あ、おまえどこに行くんだ!?」
佐竹の声が背中越しに聞えたが立ち止まってなどいられない。
(貴子さん、無事でいてくれ!)
全力疾走の良樹、その時、ざざっと葉と葉がこすれあうような不吉な音が聞えた。
そして茂みの中から影が飛び出してきて良樹に強烈なタックルをお見舞いしてきた。
良樹は何メートルも飛ばされ地面に激突した。
「雨宮!」
良樹の元に駆け寄ろうとした三村だが、佐竹が腕を伸ばして制止した。
「やめろ!」
「止めるなよ、雨宮が!」
「下がってろ……今のおまえらがかなう相手じゃない」
佐竹の様子がおかしい。よく見ると伸ばした腕が微かに震えている。
三村は冷静さを取り戻して前をみた。そして良樹を突き飛ばした影の正体を見た。
少年だった。年齢は自分達と同じくらいだろう。
だが年齢に似合わない外見をしていた。その少年は完全な白髪だったのだ。
「あ、あいつは……」
一度見た顔だ。だが、あの時と違い少年と自分達の間に、今は鉄格子がない。
「……№ゼロだ。最悪だぜ、宗方達が到着する前に……」
「……強いのか?」
「強いとか弱いとか、そんな問題じゃない。あいつは……異常なんだ」
佐竹がはなった異常という言葉はすぐに証明された。
№ゼロと呼ばれた少年が今度は三村達に向かってきたのだ。
その形相は凄まじく、およそ正常とは程遠い。完全な狂人の目だ。
「馬鹿野郎!さっさと避けろ!」
佐竹が三村を突き飛ばし、白髪の狂人の前に立ちはだかった。
№ゼロの攻撃を防ぐべく即座に身構える。
佐竹は咄嗟に模範的な対応をしたが、それはあくまでも、まともな相手に対する対処方法だった。
まともな相手なら蹴りか鉄拳が来る。攻撃はするが愚かな深追いなどしない。
一撃はなつと、次の瞬間にはスッとひく。敵の攻撃など喰らわない洗練された動きをする。
だが、№ゼロは狂った人間。保身など微塵も計算していない。
佐竹が蹴りを繰り出すと、それを避けようともせずつっこんできたのだ。
「何だと!?」
佐竹の蹴りは№ゼロの腹部に確かに強烈なダメージを与えた。
それなのに№ゼロは苦痛に表情を歪ませながらも、そのまま佐竹にタックルしてきたのだ。
「……ちっ!」
佐竹は地面に体を沈め、№ゼロの勢いを利用して巴投げを決めた。
№ゼロの体が後方の木の幹に盛大にぶつかり、凄い音が響いた。
素人の良樹から見ても、強烈なダメージなのは一見してわかった。
それを証明するかのように、№ゼロは口の端からボトボトと血を流しながら、ふらふら立ち上がっている。
全身が小刻みに震えており、とてもじゃないが戦闘再開できるような状態には見えない。
ところが№ゼロはダメージを負っているとは思えない動きで佐竹に向かってきたのだ。
樹木が邪魔して佐竹は背後にはさがれない。佐竹は大きくジャンプした。
№ゼロも後を追うように飛んだ。その動きは洗練されたものではない、ただの本能的な雑な動きだった。
だが、その運動量は半端ではない。空中で佐竹にタックルをかまし、そのまま2人は絡み合う格好で落下した。
「うおぁぁぁぁ!!」
№ゼロは二度と佐竹が逃げないように腕を掴むと、拳を握り締め、ただムチャクチャに振り下ろした。
何度も何度も何度も何度も。
佐竹の顔面から血しぶきが上がっても、その動きは止まらない。
己の拳からも血が噴出しているというのに止めないのだ。
その姿は戦闘のプロなどではない、ただの力任せの野獣の姿でしかない。
「この……!」
佐竹は振り下ろされる拳を掴むと不自然な方向に捻じ曲げた。
ボキッと鈍い音がして、№ゼロの顔面が醜く歪んだ。
一瞬うまれた隙を逃さず佐竹は№ゼロを蹴り飛ばす。
「……はぁはぁ……調子に乗りやがって……」
これだけ痛めつけてやったんだ。どんな狂人でも激痛から恐怖を感じるはず。
そして恐怖から逃げようとするだろう、佐竹はそう考えた。
だが――。
「うわぁぁぁ!!」
№ゼロは猛然と佐竹に突進してきた。
「なっ!」
佐竹は右目を負傷している。そのため視界のバランスが崩れ、動きに精彩を欠いた。
「危ない!」
良樹が佐竹をかばうように前に飛び出した。
「止まれ撃つぞ!!」
銃口をまっすぐ向けた。この距離だ、絶対にはずさない。
そして、これだけの至近距離なら、発砲すれば間違いなく即死だ。
それなのに№ゼロは停止するどころか銃など見えてないようにスピードを上げたのだ。
「この野郎!」
三村が側面から№ゼロに体当たりをかました。№ゼロの体が傾く。
だが、地面に手をついた体勢で、今度は三村の首を掴んできた。
「……ぐ!」
三村の顔が苦痛で歪む、狂人の腕力は凄まじいものだった。
「三村君に何するのよ!やめなさーい!!」
月岡が№ゼロの背中に飛びついて、ぽかぽかと盛大に頭をタコ殴り。
だが№ゼロは荒い息を吐きながら、月岡の顔面に裏拳をお見舞いした。
「きゃぁぁ!!」
月岡は一発でふっとび、そのままダウン。
だってしょうがないじゃない、女の子なんだもの!!
「三村!」
今度は良樹が№ゼロに飛び掛った。
「畜生、三村を離せ!このクソ野郎!!」
「殺すことも穢すこともできないなら、こんな女、もう1秒だって見たくなどないわ」
女は良恵の腕を掴んだ。
「……克巳のことだもの。すぐにでも、こんな小娘あきるわ」
その時こそ私に、この小娘の処分を依頼してくれる。
スラム街の薄汚い男達の玩具にするのはその時まで我慢してあげるわ。
それまでは、せいぜい克巳に遊ばれるがいい。
――ドン!衝撃が女の首に走った。
(……え?)
ちらっと首だけを後ろに向けると瞬がたっていた。
(馬鹿な、私が背後をとられたことに気づかなかった……ですって?)
女はゆっくりと、その場に倒れた。
瞬は、自分と良恵の間にいる邪魔物でも扱うかのように女を蹴り飛ばした。
そして大切そうに良恵を抱き上げた。
「……結局、俺はおまえを忘れる事なんてできないんだな」
――瞬は、良恵を抱いたまま、その場から消えた。
【B組:残り45人】
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