美恵 は突然の事で混乱したが、それ以上に必死になって状況を把握しようと努めた。
(彼らは兵士じゃない。この人は『どこの組織だ』と尋ねていたわ。
反政府組織に間違いないようだけど、どこの組織の人間なの?
私はただの平凡な一般市民だし、その私に拘わろうなんて組織は……)
ほんの数ヶ月前ならまるで心当たりはなかった。
今は違う、政府に逆らっている人間とお近づきになってはいる。
(木下さんの知り合いかしら?でも、それなら私じゃなく加奈さん達を助けに行くはずだわ。
それに木下さんが所属してた組織が壊滅した後、仲間とは音信不通だって話だし)
木下の関係者という線はすぐに否定した。
次に 美恵が思い浮かべたのは夏生だった。夏生には大勢の人間を動かせる巨大な力がある。
美恵がたどり着いた結論は夏生だ、彼以外考えられない。
「あなた達、夏生さんの配下なの?」
「全然違うぜ」
否定したのは冬樹だった。
「どうして、あなたが断言できるの?」
「俺はこんな連中見たことも聞いたこともない」
冬樹はさらに付け加えた。
「自己紹介が遅れたな、俺の名は季秋冬樹。ドスケベ夏生の弟だ」
鎮魂歌―48―
「あの女と間違えたのか、相変わらず間抜けな男だな」
直人は呆れた。しかし油断していたとはいえ出し抜かれたのも事実。
冬樹に才能に相応する器量があったらと思うと正直ぞっとする。
「隼人、おまえなぜ見逃した?あの女、例の指名手配されてる連中の一人だろう」
「ああ、そうだ。そして、おまえもわかっているはずだ。上の狙いは連中ではない。
連中と繋がりがあるらしいK-11だということを」
「それと今あの女逃がす事とどう関係がある?」
「晶と取引をしたからだ」
(鈴原がさらわれた?)
桐山は息を潜めて二人の会話を聞いていた。
美恵がいないのなら、こんな場所にいる必要は無い。すぐに後を追うことにした。
タイヤ痕から方角はわかる。桐山は即座に追跡開始した。
「夏生さんの弟?」
言われてみれば、何となく雰囲気が似てる。
「季秋には、こんな連中いない。おまえら、どこの組織の人間だ?」
季秋の名前を出した途端にざわめきが起きた。
「東日本トップクラスの権門だ」
「裏社会にも甚大な影響力を持ってる一族だぞ」
そんな囁きが幾度となく繰り返されている。季秋の名と影響力の大きさを 美恵は改めて思い知った。
「俺の自己紹介は終わったぜ。次はおまえらが名乗れよ」
「必要ない」
少年達のリーダーらしき男はあからさまに拒否した。
「くだらないお喋りは終わりにさせてもらおう。さあ彼女をこちらに」
少年は左手を差し出して 美恵に、こちらに来るように促した。
当然、美恵は躊躇した。一度も会ったことのない人間、それも敵か味方かもわからない相手だ。
そんな美恵の気持ちを察し少年は優しい口調で話しかけてきた。
「安心したまえ。君に危害を加えるつもりはない。
君を怖がらせたりするのは本意ではないんだ。約束する、だから」
「うざいんだよ!」
冬樹は美恵を抱き寄せると、さらに口調を強めて、とんでもないことを言った。
「わらかないのか、この女は俺にメロメロぞっこんなんだ。おまえ達なんか、およびじゃないんだよ」
「な、何を言って……」
「何てったって俺を追い掛けてくるくらいベタ惚れだからなあ!
俺から引き離したら、もう生きていけなーいなんてくらいにな!」
美恵に反論のチャンスも与えず冬樹はさらに盛大にマシンガントークを炸裂させた。
「それでも連れていくってんなら俺を倒してからにしな。
もっとも、おまえらみたいな無名の雑魚、瞬きする間に全員あの世に送ってやるぜ。
人の恋路を邪魔する奴は蹴られて死んじまうのが社会のルールだからなあ、なあ
美恵」
「今頃、あいつが連中と念願の対面を果たしているかもしれない」
「K-11か」
元々、特選兵士が召集されたのは、K-11捕獲のため。
ただの身元不明者逮捕だけの任務であれば警察に全て任されている。
「良恵がさらわれ徹が暴走した。穏便に事を収めろと九条閣下が大佐を通じて俺に泣き付いてきた」
九条は海軍艦隊司令官であると同時に徹の実父でもある。
徹の暴走に一番追い詰められていたのは、外ならぬ九条だった。
良恵を無事に取り戻す事は隼人にとっても最優先事項であり、徹を止める唯一の手段でもある。
良恵を捜し当てる為に隼人は手柄を諦めた。周藤晶に取引を持ち掛けたのだ。
『有力な情報が欲しい。俺一人の力では限界がある、おまえの力を貸してくれ。
俺達二人の情報を共有する事はおまえにとってもメリットになるはずだ』
『デメリットも生ずるぞ。おまえの手柄にならないとも限らない』
『俺は良恵だけでいい。連中はおまえにくれてやる』
『本当に構わないのか隼人?断っておくが俺はおまえもご存じの通り強欲な男だ。
連中を発見したら一人残らず頂くぞ』
『ああ構わない』
『いいだろう。おまえに乗ってやる』
「連中が動いたという未確認情報が入った。連中は例の身元不明者達と関わりがある。
そして、その相手は女だ。正確にいえば、今の時点で逮捕されてない女の誰かだ」
その条件に鈴原美恵も当て嵌まっている。
もしも美恵がその女なら、必ずK-11は動く。それに賭けたのだ。
「だから見逃したのか」
「そうだ」
隼人の当初の計画は桐山と川田を利用することだった。
川田の申し出を聞いたとき隼人は閃いた。
桐山は本来大人しくつかまるようなタイプじゃない。能力も高い。
自ら捕まったのは美恵という女の為だ。
ならば彼女との再会を叶えてやればどうなる?
隙を見せてやればどんな行動を取る?
考えるまでもない。必ず女を連れて逃げる。
(まさか、季秋の馬鹿息子がそれをやるなんて。それだけは計算外だった。
まあ、いいさ。要は役者が変更しただけで脚本が変わらなければ問題ない。
後は、おまえ次第だぞ。一人残らず釣り上げて、勲章を増やしてみせろ、晶)
「何を言うの。お願いだから出鱈目は――」
美恵は言葉を止めた、冬樹の様子がおかしい。
「あの……」
おかしいのは冬樹だけじゃない。美恵達を取り囲んでいる連中も同じだ。
「……佳澄、少し散歩に行って来たまえ」
美恵を引き渡せと要求している少年(どうやら、この中ではリーダー格らしい)が妙な指示を出した。
「俺が?何で。やだね、真澄か潤に行かせろよ」
「ほう、嫌だって?口答えするなら君の恥ずかしい秘密をばらして、笑い者にしてあげてもいいんだよ」
「げっ!」
「嫌なら、さっさと行きたまえ」
「……わかったよ」
(散歩?いえ違う……だって皆凄く怖い目をしてるもの)
「一人離れました。残りは五人と財閥の坊ちゃんに女一人。どうします輪也さん?」
小高い丘から双眼鏡を通して、一部始終を見ていた人間がいた。
一人ではない、少年兵士の二人組だ。
「兄貴、聞こえたか?指示くれ」
もう一人の少年は無線機を手にしている。今度は偽者じゃない、正真正銘本物の兵士だ。
『おまえ達はそこを動くな。奴らから目を離すなよ』
「了解」
彼が交信している相手は陸軍の士官だった。
ただの士官ではない。将来、この国を背負って立つ事が約束されている特選兵士の一人。
陸軍特殊部隊の超エリート・周藤晶だった。
「六人……か」
晶は弟・輪也が送信してきた写真を真剣な眼差しで凝視した。
「周藤さん、本当に奴らがK-11なんでしょうか?」
部下が心配そうに質問してきた。
「氷室大尉がもし……」
「俺を騙してるかもしれないと言うのか?連中がこの地に来ている情報は俺が掴んだものだぞ。
それに隼人はくだらない小細工はしない男だ」
「周藤さんがおっしゃるなら信じます。でも、ただの左翼かぶれのガキの集団ということも」
「安心しろ、それはない」
周藤は写真を見つめなから自信を持ってそう言った。
「奴らは本物だ。おまけに政府を恨んでいる理由もわかったぜ」
部下達はざわめきだした。
「まさか、あの事故で生きていたとはな。驚きだ」
周藤はライターを取り出すと写真を焼き捨てた。
「科学省なんかに借りを作ってやるつもりはない。手柄は全て陸軍が頂く」
周藤はゆっくりと立ち上がると、配下の少年兵たちにジェスチャーで『連中を囲め』と合図を送った。
「……時間がない。今は、ここから立ち去らなければ彼女が危険に直面することになる。
さあ、彼女をこちらへ。約束しよう、彼女は僕等が必ず守ると保証する」
「だから言ってるだろ、誰が渡すか。美恵は俺が守るから、おまえらなんか全く必要ないんだよ!」
冬樹は懐から銃を取り出し、目の前の少年に何の躊躇もなく銃口を突きつけた。
「北斗、やばい。そいつ撃つぞ!!」
『撃つ』という言葉に美恵は敏感に反応して、自分でも思ってない行動に出た。
思わず両腕を広げて冬樹の前に飛び出したのだ、引き金にかけた指を慌てて停止させる冬樹。
「美恵、馬鹿、死にたいのか!」
「……本気で撃つ気だったの?何を考えているの、ひとを簡単に撃とうなんて」
美恵は震えていた。戦闘慣れしてない女の子が銃と向き合ったのだ当然の反応といえるだろう。
女には常に優しくがモットーの冬樹はショックを受けたようだ。
その気はなかったとはいえ、女相手に銃口を向けてしまったのだから。
それ以上に、赤の他人の為に体を張った美恵に強い興味を持った。
(……身震いするくらい怖いくせに。ちっ、俺としたことが女を怖がらせるなんて)
冬樹は冷静になった。今はつまらない争いをしている余裕は無い。
北斗と呼ばれた少年が言った『時間がない』という言葉の意味を冬樹もわかっている。
自分達は囲まれつつある。今逃げなければ退路は全て絶たれるだろう。
「……いいだろう。今は、この場所から消えるのが最優先だ」
「わかってくれたか、では彼女を……」
「ただし!」
冬樹は半ば脅迫するかのように口調を強めた。
「俺はおまえ達を信用しているわけじゃない。
そんな連中に美恵を単独で引き渡せるか。俺も同行するぞ」
「待って!私の意志はどうなるの?
あなたも、あなた達も私にとっては信用していい相手かどうかもわからないのよ」
冬樹の素性はわかったが、かといって信用できる人間かどうか判断材料がない。
まして、謎の団体(と、言えるほど多人数でもないが)は素性どころか名前も目的も知らないのだ。
「今は言えない。でも信じて欲しい」
あやふやな言葉ながらも必死に訴えてきたのは、北斗と呼ばれている少年ではなかった。
その少年は美恵の両肩に手を置くと切羽詰った様子を見せた。
「あなたの事は上の命令なんだ。傷一つ、つけるなと厳命されている」
「……上?」
「俺達のリーダー……そして命の恩人だ。とにかく今すぐここから離れるんだ、でないと逃走経路がなくなる。
あいつら、俺達を囲んでいる。敵のヘッドは……おそらく特撰兵士だ」
「特撰……兵士」
幾度となく聞いてきた、その恐ろしい名に美恵は震え上がった。
「……特撰兵士には俺達も勝てない。勝つ自信を持てるほど俺達は……まだ強くない」
その少年の瞳は実に真摯なものだった。純真で嘘をついているとは思えない。
「……わかったわ。あなたの目、嘘ついているように見えないもの。
でも、1つだけ教えて。あなた達は誰なの?」
「……K-11」
それは特撰兵士同様に美恵が何度も聞いてきた名前だった。
そもそも美恵達が追われるようになったのも、彼らの仲間だという疑惑からなのだ。
自分や仲間達がお尋ね者になった元凶ともいうべき存在。
もちろん理不尽なのは彼らじゃないことはわかっている。
わからないのは、なぜ彼らが自分を助けようとしているかということだ。
しかし、それもこれも今は説明を受けている余裕は無い。
「すぐに撤退する。さあ美恵さん」
少年が銃を取り出し美恵に握らせた。
「護身用だ、いざという時はこれを使ってくれ。さあ走って、近くにボートを用意してある」
「彼は?」
佳澄と呼ばれた少年が現在単独行動をとっている。
「彼を置き去りにするの?」
「あいつは大丈夫。ふてぶてしいくらいタフな人間だから」
その会話に、冬樹はまた美恵に強い興味が湧いた。
(こんな時に、たった数分前に出会ったばかりの赤の他人の心配……か。
俺の良恵以外にも、こんな女いたんだな)
最後に美恵はもう一つだけ質問した。
「あなた、名前は?」
「潤……草薙潤(くさなぎ・じゅん)」
「輪也さん、奴ら動きましたよ!」
「そうか、すぐに兄貴に連絡す……幸作、ふせろ!!」
殺気を感じて輪也は岩陰に飛び込んだ。
肩越しに幸作が倒れるのが見えた。間違いない敵襲だ。
「覗き見なんて感心しないぜ」
(一人か、さっき離れた奴だ)
迂闊だった。上手く気配を消したつもりだったのに。
輪也はすぐに兄・晶に連絡をと思ったが無線機は数メートル先。
(幸作は?)
微かに動いている、まだ死んではないようだ。
(ちっ、敵の接近に気付かなかったなんて兄貴に大目玉だぜ)
輪也は周藤晶の実の弟だが、それでも周藤は他の配下と同様、いや、それ以上に輪也には厳格な上官だった。
(こんなケチなテロリストに出し抜かれてみろ、兄貴に殺されちまう)
輪也は懐から銃を出し、岩を一気に飛び越えながら発砲した。
「銃声!?」
美恵は走りながら振り向いた。肩越しに小高い丘が見える。
「振り向かないで美恵さん」
「でも……!」
彼らが携帯していたのはサイレンサー付きの銃だった。
銃声が聞えたということは、発砲したのは彼らの仲間ではない。
つまり敵、先ほど単独で離れていった佳澄という少年のことが気になった。
「今、戦っているのは、あなたたちの仲間じゃないの?」
「だろうね。でも、あなたは気にしなくていいよ」
潤という少年はあっさり言った。
「当然だ、俺は一切気にしないぜ。なあ美恵」
冬樹は笑顔すら見せて言い切った。
「敵に囲まれているんでしょう?殺されるかもしれないわよ!」
「そうなったら、それはそれでしょうがないんだよ」
「……そんな!」
「佳澄だってそのくらい承知の上さ。俺達は本来とっくに死んでいた人間だからね。
今はあなたの身の安全が最優先。それ以外は考えなくていいんだ」
「当然だ、俺は、美恵と俺の安全の為なら、おまえら全員喜んで犠牲にしてやるぜ」
冬樹は、さらなる笑顔すら見せて言い切った。
(わけがわからない、誰なの、彼らのリーダーって。どうして私を助けてくれるの?
それとも、助けるふりをして本当は敵なの?
でも、この潤ってひとの目は純真すぎる、嘘をついている目じゃない)
「うわ!」
輪也が放った銃弾は佳澄の銃を破壊していた。
「おっと、危ない、危ない!」
佳澄は咄嗟に銃を放し、利き腕にダメージを及ぶのを防いだが、これで飛び道具は失った。
「あんた特撰兵士?……ってわけじゃないよなあ。に、しちゃあオーラがいまいちだ」
輪也はカチンとなった。特撰兵士ではないが、輪也はAクラスの少年兵士なのだ。
それなりの才能もプライドも持っているつもりだ。
その全てを馬鹿にしたような態度にでられたのだ。それも自分と同じ位の年齢の少年に。
「K-11のメンバーに間違いないな?」
「ああ、間違いないぜ。なんなら、あんたの腕で試してみる?
断っておくけど、俺、聖人君子じゃないから、こう見えても案外酷いことするよ」
「ふん、おまえがどれだけの戦闘力を持ってるかしらねえが、兄貴の鉄拳のほうがはるかに怖いんだよ!」
輪也は佳澄に飛び掛り、左腕に渾身の力をこめたストレートパンチをお見舞いしてやった。
佳澄は数メートル地面を滑り、その口元は血が滲んでいる。が、体勢が僅かに後ろに傾いただけだ。
「……へえ、いいパンチもってんじゃん。お見事お見事」
(……こいつ、倒れなかった?)
「……血を流したのなんて久しぶりだ。あんた殺すよ」
「おまえ何者だ?」
それは輪也のみならず政府や軍関係者全員の疑問でもあった。
今まで数多くの反政府組織が存在したが、K-11ほど特異な連中はいなかった。
それまで反政府活動を一切行わず、ある日突然表舞台に姿を現した少数精鋭。
どこの組織にもかかわらず、その過去は一切不明。
「何なんだ、おまえ達は?」
「そいつの名前は香坂佳澄(こうさか・よしずみ)、おまえとは同じ年齢だぞ輪也」
それまで余裕の笑みすら浮かべていた佳澄はぎょっとして振り返った。
背後に男がたっていた。
今、自分の前にいる輪也とよく似た風貌だが全身を覆うオーラや威圧感がまるで違う。
敵の接近なんてまるで気づかなかった。
気配をほとんど消して移動することができる人間がいるなんて!
(……なんだ、この男は?)
佳澄は足元が微かに震えているのに気づいた。
それは野獣の本能で相手の強さを肌で感じたからに他ならない。
同時に、それはまともにやりあっても、自分には勝ち目がないということを悟った瞬間でもあった。
「大したものだな。直感でわかるのか。だったら俺が誰なのか、もうわかるだろ?」
佳澄はごくりと唾を飲み込んだ。
「……特撰、兵士……かよ?」
「陸軍の周藤晶だ」
「……道理で、噂は聞いてるぜ。へへ、とんでもない化け物らしいな、あんた」
(畜生、やっぱり、こんな役目、潤に押し付けるべきだったぜ。
化け物には化け物でなきゃ相手になるかよ。と、いっても、そうも言ってられないか)
「兄貴、こいつを知っているのか?」
「顔と簡単なプロフィールくらいはな。俺だけじゃない、第五期の特撰兵士なら全員知っている」
晶はゆっくりと佳澄に近付いた。
「あれから二年近くもたつが、俺が今みていることを上が知ったら驚くだろうぜ。
何しろ、こいつは……いや、こいつらはデータ上、この世には、すでに存在していないはずの人間だからな」
「存在していない?」
「そうだろう香坂佳澄。おまえも、おまえのお仲間も、二年近く前にこの世から消えたはずだ。
おまえと一緒にいた五人もそうだ。
比企直弥(ひき・なおや)、忍壁北斗(おさかべ・ほくと)、草薙潤(くさなぎ・じゅん)、
財前真澄(ざいぜん・ますみ)、鏑木伊吹(かぶらぎ・いぶき)。
どいつもこいつも、バスごと転落して原型も残らずに死んだと報告された連中だ」
「……あーらら、ばっちりばれちゃったわけみたいだな。
やばいんだよね、俺達の強味は顔が割れてないことだったのに」
「おまえらのリーダーは誰だ?」
佳澄は目つきを鋭くした。
「あの時バスに乗っていた連中は他にもいた。おまえやあいつらだけじゃない、他にもいるはずだ。
そして最低でも、もう1人いる。バスごと死ぬはずだったおまえ達を助けた人間だ。
そいつがおまえ達のリーダーか?女を捜しているのは、そいつなのか?」
(……ちっ、面白くねえ。特撰兵士ってのは腕力だけじゃなく頭も相当切れるってか。
完璧な推理じゃねえか。彼女のことがばれたらやばい、殺される可能性もあるじゃないか)
前には輪也、背後には晶、佳澄は周囲を改めて見渡した。
(……クソ、まいったぜ。この化け物相手から逃げるなんて到底できそうもないぜ)
絶体絶命の佳澄の脳裏にリーダーの言葉が浮んだ。
『彼女だけは守れ。その為なら他の事は全部犠牲にしてでもだ、最優先で守れ』
「……OK。わかってるよ」
佳澄は何かを口に素早く入れた。同時に晶が疾風のように素早く動き、佳澄のボディに一発入れた。
「兄貴!?」
「……こいつ自殺しようとしやがった」
佳澄の口から錠剤が一錠おち、そのまま佳澄は地面にうつ伏せになり忌々しそうに顔を上げた。
間髪入れずに晶は佳澄の口元を押さえる。
「舌を噛み切ろうとしてもそうはいかないぜ。
よほど俺達に知られたくない秘密ってのをかかえているようだ。死なせるものか」
晶は佳澄の体を探り出した。懐、ポケット、探せるところは全部だ。
「見ろ輪也、メモだ。これの意味がわかるか?」
数字の羅列、ただの落書きにも見えるメモだったが晶の見解は違った。
「数字を文字に置き換えるのか?単純にあいうえお順に、それともアルファベット順?
……ダメだ、メチャクチャで文章にならない」
「よく考えろ、ヒントは数字の間隔だ。所々、スペースが大きくなっているだろう」
「……間隔、ああ、そうか、わかったぞ!」
晶はにっと笑みを浮かべた。
「そうだ、スペースがない数字はそのまま文字に置き換えればいいが、
スペースがあるものは、その後に続く数字を掛けてから置き換える。
スペースがさらに広ければ二乗してから置き換える。
それ以上のものは置き換えず、数字のままでいい。答えはでたな輪也」
「……住所だ。これって国防省の基地がある場所だろ、それに時間。
兄貴、こいつら、この時間に国防省の基地を破壊するつもりなんじゃないのか?!」
「だろうな。どうやら、こいつらと係わりのある人間は他にもいるらしい。
そいつを守る為に、国防省の機能をストップさせるつもりなんだろう」
「やばいぞ、もう時間が無い。後、数分で爆発する!」
良恵は直人と共に基地に戻っていた。鮫島に加奈たち、それに川田も連行されている。
隼人は逃げ出した桐山を追って一人現場に残った。
「鮫島はどうなるの?私の命の恩人なのよ」
「宗徳殿下を暗殺しようとした人間だ。処刑は免れない、俺が上に報告すればの話だが」
「直人、あなたが職務に忠実なのはわかっているわ。
私が頼んだところで、黙っていてはくれないんでしょう?」
「当然だ。だが今は状況が変わった」
「どういうこと?」
「宗徳殿下は謹慎中だ。暗殺未遂事件も今後一切打ち切られることになった。
彰人殿下がそう裁可を下された。
何があったのか知らないが、彰人殿下の逆鱗に触れるようなことをしたんだろう」
それは、もちろん光子のちょっとした陰謀が原因だ。
「もっとも、それを差し引いても裏の殺し屋の末路は厳しいぜ。
だが、こいつは四期生の悪行を知ってしまった。国防省としては表沙汰にしたくない。
四期生が行った違法行為に口をつぐむと約束するなら司法取引で減刑してやってもいい」
「あ、ありがとう直人」
良恵は心からほっとした。
減刑されても短い刑期とは言えないだろうが、人生をやり直す時間すらないほど長くもないだろう。
次に良恵が気にしたのは手錠で自由を奪われ、とぼとぼと連行されていく加奈たちだった。
「あの人たちはどうなるの?」
「テロリストの木下の身内だ。当然有罪になる」
しかし直人は、テロ実行犯ではない未成年ということで、少年院行きで済むだろうとも付け加えた。
「後は晶がK-11を捕らえれば全て片付く」
「晶は大丈夫かしら?連中は正体不明の超過激派なんでしょう?」
「晶は常に超過激派ばかりを相手にしてきたんだ。何を心配することがある?」
「そうね。彼は強いわ」
直人は携帯電話が震動したので通話ボタンを押し耳にあてた。
「晶、珍しいな。どうだ、連中はつかまえたのか?……何だと?!」
直人は良恵に、「すぐに外に出ろ!」と言うなり司令室に向かって走り出した。
「直人、どうしたのよ?!」
「二分以内に退避しろ、今すぐにだ!!」
尋常ではない直人の様子に、良恵はすぐに指示に従い階段を駆け下りた。
程なくして、『全員退避、ただちに緊急退避しろ』と放送が流れ基地中の人間が一斉に走り出した。
非常用通路に差し掛かると、そこはパニック状態になっていた。
国防省のお偉いさんが優先され、それ以外の人間は通してもらえない。
良恵は直人と親しい間柄だ。直人の名前を出せば通してもらえるだろう。
そして緊急脱出用のジェット機にも間に合う。
だが、よりにもよって1番会いたくない人間を発見してしまった。
「俺を誰だと思っている!?俺のおじい様や母様、誰だと思ってるんだよ!!」
人々を誘導していた職員が吊るし上げられていた。
(水島克巳!)
こんな非常事態では、さすがにあの水島も良恵に手を出したりはしないだろう。
それでも、過去のトラウマのせいか顔を合わせたくない。
「沙耶加は俺の連れだぞ、それなのに席がないだって?
なければ作れ。誰でもいい、今すぐ1人ジェット機から引きずり降ろせよ!」
「そ、そんな無茶な!ご、ご存知の通り特別ジェット機は高官優先でして」
「長官の孫娘のどこが高官だ!あのガキ自身はただの民間人じゃないか!
お飾りの長官には忠義面して、俺の命令はきけないっていうのか?ふざけるな!
お遊びで基地を訪問する一般市民が、上級捜査官の沙耶加より優先なんて馬鹿にしているのか?
あのガキこそ通常機に乗せろ。何が何でも俺と沙耶加は特別機に搭乗させてもらうからな!」
(……ジェット機は確か三機あったわ。1番スピードのでる特別機は無理だとしても
あの様子じゃ、きっと残りの二機にも乗れるかどうかわからない)
こんなところでもたもたしている暇なんてない。
良恵は踵を翻して廊下を走った。とにかく屋外にでなければ。
人ごみの中、走っていると誰かが肩をつかんできた。
「そっちじゃない。その方向に逃げれば死ぬぞ」
「誰?」
「こっちだ」
男が良恵の手をつかみ走り出した。今走って来た通路を戻っている。
「どこに行くの?!早く基地から出ないといけないのに!!」
それなのに男は基地の奥に向かって走っている。
「待って、あなた誰なの?外に逃げないと――」
良恵は鳩尾に強い衝撃を感じた。と、同時に意識が遠のき、目がかすんでいく。
「……屋内に仕掛けられている爆弾は、ただの囮だ。本命は別の場所にある」
男は良恵の顔をそっと両手で挟み、愛おしそうに見つめた。
その瞳を自分は知っていると感じた瞬間、良恵は男の正体に気づいた。
変装をしているが、その瞳だけは隠しきれなかったのだ。
「……あなたは」
ぐらっと足元が崩れるような感覚が良恵を襲った。
意識を完全に失う直前、良恵は、たった一言だけを呟いた。
「――瞬」
【B組:残り45人】
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